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はて迷外伝 最強の剣と最強の盾4th
前書き
次回から本編更新したいなぁと思うので、外伝はそろそろ一時休止の予定です。
オラリオは、その別名を『世界の中心』という。
危険と引き換えに巨万の富を生み出し続けるダンジョンと、それに対抗する人間に力を与える神々。世界で最も金、環境、技術、人、戦力が集中し、諸外国と比べても群を抜く成長を見せるこの街は、今もなお肥大化を続けている。
まるでそれ自体が生物であるかのように胎動する巨大な都市は、今日も大量の人々の偏在的な意志を貪っり続けている。
この日、この目に見えない怪物のような街に、一人の旅行者が訪れた。
それは、男の子にも女の子にも見える小さな子供だった。裾などが盛大に余った民族服らしいものを着こみ、その耳はエルフ特有の鋭角を描いている。小さな子供と犬猫を足して二で割ったような不思議なぬいぐるみを両手で抱えたその少年は物珍しそうに周囲をキョロキョロしながら感嘆の息を漏らす。
「ふわー……すっごい量のヒト。やっぱり大都会は違うんだ……」
『ボサっとしてんなよ。オマエちみっこいから直ぐ人ごみに流されやがるんだもんな!』
「そ、そんなにちみっこくないもん!ちょっとは成長してるもん!!」
『うるへーロリガキが!そーやって強がってるうちはガキなんだよ、ニンゲンってのは!』
子供の周囲には通りすがりしかおらず、その子供の目線はぬいぐるみへと向いている。二つの声も非常に似ており、傍から見ているとぬいぐるみを使って一人二役の会話をしているように見える。見えるからこそ、周囲は真実に気付かず微笑ましい目線を子供へ向ける。
子供の握る人形の目線や口が明らかに動いているなどと――誰も思いはしないだろう。
「もう、いつもいつも馬鹿にしてー……!アミィは立派な女の子なんだからね!キミにはデリカシィって物が足りないんだよ!」
『ほーれ、そうやって大声出してっと周りから変な奴みたいに思われるぞぉ?ちょっと頭を上げて周りを見てみな』
「え………?」
はっとした子供――アミィという少女だったらしい――は周囲を見渡し、自分に生暖かい目線が集中しつつあることに気付き、顔が沸騰するほどに紅潮した。ズルいことに、こういう警告の時だけ『彼』はアミィにほんの小さな声で告げるから、まさにピエロのように踊らされてしまう。
「えっと、あのあの………」
『困ってる困ってる♪』
恥ずかしい状況に追い込まれた少女の腕の中で、ぬいぐるみが悪戯っぽくキシシシ、と笑った。だが、このまま小生意気なぬいぐるみの思い通りにさせることだけは悔しい。しかし、どうやって仕返しできるだろう。
前にこんなことがあった。このぬいぐるみは実は喋るぬいぐるみなのだと言ってポンと他人に手渡したのだが、『彼』はここで敢えて完全に沈黙。おかげで「イタい一人遊びを誤魔化すためにヘンな言い訳をした子供」というシチュエーションを作り出されてさらに恥ずかしい思いを強いられたのだ。
あの時の二の舞だけは避けたい。そう考えた矢先――不意に、アミィに目線を合わせるように一人の青年がかがみこんだ。こちらが見入ってしまいそうなほどに透き通った視線と、細身ながら逞しい体躯。黒髪と褐色の肌が健康的な印象を与えるその青年は、ぬいぐるみをまじまじと見つめている。
「喋るぬいぐるみか。面白いものを持っているな。触ってみてもいいか?」
『ハッ!ヤなこったぜ!オマエみたいな筋肉しかトリエがなくて知能低そうなブ男に抱かれるほどオイラは安っぽくねぇぞ!』
「……………」
青年の目線がちらりとアミィへ向く。
――今のはお前の本心か?
――ちちちちち違います!こいつが勝手に!!
無言ながらブンブンと首を横に振るアミィだったが、同時に前にもこんなことがあったのを思い出す。『彼』が自分を触ろうとした人を盛大に罵倒たり馬鹿にしまくったりした結果、怒りの矛先がアミィの方に向かってしまって逃げ惑う羽目になったことを。
(ああ、アミィはこの街でもこの陰湿ウスラバカに翻弄される運命なのぉぉぉ~~~っ!?)
言い訳はするけど、胸の内に秘める想いは完全に諦観――諦めの感情だ。無表情の青年は何一つ言葉を発さないまま、ゆっくりとアミィに手を伸ばしていく。殴られる――そう思ったアミィはきつく両目を瞑った。
だが、いつまでたっても衝撃は来ず、代わりに自分の手からぬいぐるみが抜き取られる感覚があった。
「……ブランドの刺繍もなし、完全に手作りか。触ってみた所では中身も基本的には綿だな」
『う、うわぁっ!?き、気安く触んなあぁっ!!お、オイラは誇り高き……ひえっ!?も、揉んで中身を確かめるなぁ~~!や~~め~~ろ~~~~!?』
「なぁ、君。このぬいぐるみは一体なんなのだ…………?どうした、そんなに身構えて?」
「へ?あの……あれ、怒ってないんですか?」
「いや、苛立ちよりも君達への興味が勝っただけだが」
まるで表情を変えずに手の中で暴れるぬいぐるみを触る青年は、ビクビクと震えるアミィを不思議そうな目で見つめ、首を傾げた。
『~~~ッ、おい黒いの!オイラの事が知りたいんならまずはオイラをアミィに返すのがニンゲンのレーギだろッ!』
「む………一理ある。勝手に取り上げて済まなかったな」
「あ、どうも――」
礼儀正しく返された『彼』を、青年は拍子抜けするほどあっさりと返してくれた。誠実な人だな――と思いつつも差し出されたぬいぐるみを手渡されたその瞬間、ほんの一瞬だけ青年の手とアミィの手が触れあう。
「―――ッ!?」
「む?」
『あっ、これヤベっ……』
――田舎育ちの青年はあまり知らなかったことなのだが、エルフという種族は自分が気を許した相手にしか肌を触られることを許さない。異性に対しては尚更に過敏だ。
無論、青年は意識していたわけではない。むしろ深く考えずに『彼』を受け取ろうとしてアミィの方が迂闊にも触れてしまったようにさえ見える。
それでも、展開はいち早く事情を察した『彼』の思惑通りに進んでしまった。
「さ、触るな無礼者ぉぉぉぉーーーっ!!!」
べっちーん!!と派手な音を立てて、アミィのビンタが青年の頬に炸裂した。
= =
「………ということがあったそうだ。子供はそのあと泣きながら逃走し、エルフに無遠慮な事をした上に泣かせてしまった自分が許せないとかでずっと落ち込んでいる」
「い、意外と繊細な所あったんだ、ユーリ……」
カウンターに突っ伏したままピクリと動かないユーリを指さすトールの説明に、アーサーは頷く他なかった。割と鈍感で他人の眼を気にしない方だと思っていたが、現在の彼はダンジョンでの屈強な姿からは想像も出来ないほど陰気くさい。放っておいたらコケとか生えてきそうである。
先日の決定通り二人は朝からスカウトをして回っていたのだが、昼飯の為に帰ってきてみればユーリはご覧の有様だった。これでは午後は使えそうにない。
「にしても、喋るぬいぐるみねぇ……そんなファンシーかつファンタジーな代物、本当にあんの?」
「さぁな。呪いの人形といった噂の類なら聞いたことがあるが………ううむ、本人に会って見なければ確かな事は言えん。もしかしたらぬいぐるみのような魔物をテイムしていたのかもしれないしな」
「や、魔物は喋らんでしょう」
「いや……ごく少数だが、調教とは別に会話によるコミュニケーションの出来る魔物はいるぞ」
「なにそれ家来に欲しい……!」
『異端児』と呼ばれるそれの存在を知る者は少ないそうだ。理由は単純で、彼等が人間に見つからないように動き回っているからである。そのため、『異端児』については詳しく分かっていないという。
「『異端児』を仲間に、か。魔物を従える王になる気か?」
「王の前では生まれ育ちなど些細な事なのよ。要は私がそいつを気に入って、そいつも私が気に入るか!ここが重要なのっ!」
王と臣下の間には、確かな信頼関係が無ければならない。一方通行の信頼による誓いなど信じるに値しないものだ。逆を言えば、それさえあれば二つの意志は繋がることが出来る。相手が魔物だろうが人間だろうが、共通語が通じればどうとでも理解しあえる筈だ。
「ふふっ………その豪胆さは流石だなアーサー。だが、それを許すほど世間は甘くないかもしれんぞ?」
「関係ないわ。何故なら、剣王たる私がその存在を認めるのだもの。それ以上の説得が世界に必要あるかしら?答えは否よ!!」
「お前はいつでも何の根拠もなく自信満々だな……俺なんか駄目だ。この世で生きていくことに自信がない。死んでしゃくとり虫にでも転生したい」
「いつまで落ち込んでんのよユーリは!?やめなさいマイナスオーラが口から洩れてるから!!」
溢れ出るマイナスオーラの噴出が止まらない。カウンターの一角は今や完全に魔界と化し、触れるだけでネガティブゾーンに落とされそうだ。彼はどこまで沈む気なのだろうか。
「まったく、せっかくウチに来てくれるっていう冒険者をスカウトしてきたってのに………」
「そうか、アーサーは凄いな。俺には真似できない…………………ん?」
「スカウト………したのか?」
「え、そりゃしたけど。そろそろここの店に来る筈なんだけど」
絶対に上手く行くとは思っていなかったユーリと同意見だったトールは顔を見合わせる。
確かにアーサーには王の資質を感じられるが、それは見る目がある相手に限る。他人から見たら彼女は身の程知らずのいなかっぺ少女に過ぎない。そんなアーサーの求めに応じるような冒険者……。
「相当の物好きだな」
「相当の変わり者だの」
「私の盾になることを誓った男と団長の座を預けた男の言う台詞かぁっ!?」
どうやらアーサーの周囲には変わり者しか近寄らないらしいことが判明した今日この頃。
= =
アーサーのスカウトしてきたという男は、小さな少年だった。
太陽のように明るいショートの金髪を揺らす彼は、改めて自らの主神となるかもしれないトールに自己紹介した。
「名はリベル・ラルカ!種族は小人族!元【ナタク・ファミリア】所属のナイフ使いだ!レベルはまだ1だけど、17層までは戦闘経験があるぜ!」
「元【ナタク・ファミリア】、とは……?」
「あそこのファミリアは腕力至上主義なんだよ!入団試験をクリアしたはいいものの全然ソリが合わなくて、この前辞めてきた!!」
どーん!と小さな体の割に尊大な態度で胸を張るリベル。そこはかとなく問題児っぽい気配が漂っているのは気のせいだろうか。
「ま、そう言う訳でスカウトは渡りに船だったんだよ!俺の才能を見抜いてくれる奴がいるんなら、俺はどんな規模のファミリアでもいいぜ!」
「………という事ですが、どう思いますかトール様」
「ふむ………このギルドの最高決定権はアーサーにある。アーサーが選んだのなら、後はお主が儂の元でよいのかどうかという問題になるが?」
「俺を評価してくれる奴なら誰でも問題ナッシング!あ、でも俺一人だけステイタス更新しないとかそういう嫌がらせしないことだけ約束してくれ!」
「そんな陰湿な嫌がらせなんぞせんわ!むしろそれをやったナタクを見る目がたった今変わったぞ!」
冒険者はステイタス更新なしにステイタスを高める事はほぼ出来ない。どうやら彼の前の主神ナタクは相当に彼の事を嫌っていたらしい。主神にそんなことをされた彼が何をやらかしてきたのかも気になる所ではあるが。
トールは気にかかった。【ナタク・ファミリア】は一級冒険者も抱える大型ファミリアだ。辞めたとはいえ入団試験をクリアしたのなら相応の力があるのだろう。即戦力としてはいい人材かもしれない。だが、少し話しただけでも彼は前主神のナタクとかなり険悪な仲であったことが感じ取れる。
(素質は感じる……だが、素質に人格が附随しているとは限らない。アーサー、お前は本当にこの男を御することが出来ると判断したのか?それとも……)
もしかしたら、彼が前の主神と上手くいかなかったのは彼の方に大きな原因があるのかもしれない。ともすれば、彼はこのファミリアにとっても毒たりうる。
「トール様的にはオッケイみたいね!じゃ、夜までに荷物纏めてここまで引っ越してちょうだい!一応この店って2階にあと3,4人暮らせるくらいの部屋あるから!」
「へへっ、飲み屋がホームかよ!酒と飯が捗りそうだねぇ!」
「………酒?」
「え?」
アーサーが首を傾げる。ユーリも首を傾げる。
二人が何故首をかしげているのか分からずリベルも首を傾げた。
「ンだよ。俺が酒飲むのがそんなに意外か?」
「いや、君は酒を飲むには早いだろう。年齢的に」
「そーよ。子供は肝臓の機能が強くないからアルコールは後々の成長に影響を……」
「いや子供じゃねぇよ俺はっ!?何をパルゥム見た人が最初にやる勘違いしてんの!?」
「?」
「?」
お前こそ何を言っているんだ?と言わんばかりに首を傾げる二人に、事情を察したトールが声をかけた。
「あー、リベル。今、何歳だ?」
「ああッ!?何歳も何も今年で30歳だよ文句あんのかッ!!」
「はいダウト。あなた、私より背ぇ小っちゃいじゃない」
「うむ、どこからどうみても10歳前後の子供だ。酒は早い」
このいなかっぺ2人は全く理解できていないようだが――小人族はネバーランドの子供たち。子供に生まれ、子供のまま育ち、子供として老いていく。
ヒューマンしかいない田舎で育った二人は実感として全くそのような感覚はなかったのかもしれないが……基本的にオラリオにいる小人族は見た目と年齢が一致しないのが特徴であることを、トールは失念していた。
怒りにプルプル震えるリベルと、それを全く分かっていない若者二名。
これは今から諌めるのは無理だな――と悟ったトールは、静かに店のカウンターの影に大きな身を隠した。
「………だぁぁぁれが30歳になってもピーターパンだァッ!!ブッ飛ばしてやるからそこに直れクソガキどもぉぉぉぉーーーーーーッ!!」
「うおおおおおおおおおッ!?」
「キャアアアアーーーーッ!?」
………その日、散らかりきった店の片付けのせいで開店時間が2時間延びることになったのは、想像に難くないだろう。
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