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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  33話 漆黒の猛禽

 水没ダンジョンから脱出して一夜明け、コルネリオの待つダンジョンへと足を運んだ俺達は、前回と同様に納品アイテムである《密貿易に関する報告書》を側近伝いに手渡し、情報を精査してもらう。
 速読能力は今回も遺憾なく発揮され、七枚に及ぶ大ボリュームの羊皮紙を二分と掛からず目を通したロービアンマフィアの顔役は、神経質に書類を重ねては机の端に移しつつ、口を開いた。


「………エルフだと?」


 俄に信じがたいと言いたげなコルネリオの低い声は、小さく執務室内に響いた。


「そうだ、水運ギルドから木箱を買い上げていた犯人は、フォールンエルフというらしい」
「しかし、エルフとは予想外だな。彼等は少なからず人間に対して忌避感を抱いているものだ。それが如何なる感情によるものかは図りかねるが、あの水運ギルドに与するとは驚かされる」


 理解できないと言ったふうに、コルネリオはいっそ出来の悪いジョークに愛想笑いでもするかのような乾いた笑いを零す。


「とにかくだ。重要なのは、そのフォールンエルフなる一団に、ロービアの住人が世話になった。その一点に尽きる」
「で、具体的にどう行動するんだ?」
「なに、簡単な話さ。来客に挨拶へ出向きつつ、その場を取り持ってもらう為に友人とも話をする。至って平和的だと思わないか? ………まあ、相手方の態度次第では《悪ふざけ》を窘めることになるだろうがね」


 何が可笑しいのか、低く掠れた声で笑いながら机の上に置かれた報告書を引き出しに納め、おもむろに椅子から立ち上がる。予見していたかのように側近の一人がコートハンガーから深い灰色のトレンチコートを持ち寄り、袖を通させる。


「ありがとう。それと、《朔》を用意してくれ」
「………畏まりました。では、若い者にも指示を?」
「ああ、だがその前に彼等と手筈を整えてくる。折角のパーティーだ、万全の状態で出向かなければ勿体ないだろう。それに、こんな冬に部下達に風邪を引かせるのも忍びない」
「………ご武運を」


 側近の声を聴く初めての機会は驚く間もなく簡潔に終了し、その意味の不透明な会話の後、側近が続いて用意した《サク》なるモノに、俺は目を見開くこととなる。


「刀、なのか?」


 鞘に収まりながらも、刀身の形状をを思わせる緩やかな湾曲は見逃しようもない。しかし、十層で見たような唾や柄巻のような加工は一切施されない曲線的なデザインのみであり、だからといって第一層ボス攻略にて猛威を振るった《イルファング・ザ・コボルドロード》の野太刀のような荒々しさもない。継ぎ目の見えない漆黒、光さえ反射させない、(新月)の夜空を刳り貫いたかのような姿は、どこか不気味な魅力さえ感じてしまう。


「君達はこれを知っているのか? 何でも十層あたりの魔物が振るう武器を真似て造ったと言われているのだが、若い頃は柳葉刀ばかり使っていた所為か、ひどく手に馴染んでね。これに出会ってからは《お守り》として、有事の際に持ち歩くようにしているのさ」


 しかして持ち主は一切として気にしていないかのように振舞うのだから、こちらも追及が出来ない。ティルネルに対する疑問とは驚愕の度合いこそ大きな差があるものの、そういうものだと割り切るしかない。
 それよりも、クエストログの更新が為されたらしく、もはや親しみさえ覚えるようなサウンドエフェクトを聞き取るとコルネリオは刀を腰のホルダーに差し、机の引き出しから取り出した黒革の手袋を身に付けて、身支度を手早く整える。


「では、これより道案内を頼みに行くとしよう。取引を終えたこのタイミングであれば、彼等は我々を警戒する理由はなくなっている。今ならば話を付けやすいというものだ………なに、簡単な散歩だと思ってくれればいいさ。私も執務室に籠ってばかりだと息が詰まってしまうからね」


 全容をぼかしたような言い回しに女性陣が揃って疑問符を浮かべる。クエストログについても、コルネリオと行動を共にして、その成り行きに任せるしかないような文面であることから、基本的には知らなくてもストーリーはオートで進むようになっているらしく、然したる問題はないのだが、これから繰り広げられる光景を予想しつつ腹を括ることとする。

 ………そして、コルネリオがPTのイベントMob枠に収まる。視界の端に増えたHPバーと共に表記された固有名は【Cornelio The Lobian Syndicate Boss】となっており、フロアボスや隠しボスと一部例外と同様の《定冠詞》を含むネーミングであった。もしかすると、どこかでルートを間違えたり、クエストを失敗してしまったりすると、その名前通りに彼と戦う羽目になっていた可能性さえ考えられる。空恐ろしい話だ。


「………リン君、コルネリオさんのレベルって………」
「気付いたか」


 隣から掛けられたクーネの声に、俺もただ頷いて返す他ない。なにを隠そう、この男のレベルは三十という破格の数字だったのだから。一瞬、年齢ではないかと疑ってしまったほどだ。こんな男と刃を交える可能性さえあったのだと思うと、背筋が凍る思いだ。空恐ろしいものである。


「そろそろ出よう。話は早いうちに纏めた方がいい」
「ひ、ひゃい!? がんばります!?」


 出発を促すコルネリオの声に、最も近くに居たクーネが声を裏返らせる。別にその程度でカラーカーソルが赤くなることもないだろうし、そもそも圏内だからどうなるわけでもないのだが、あからさまな高レベルを見せつけられるというのは、やはり少なからず警戒をしてしまうものなのだろうか。


「お嬢さん。やる気があるのは結構だが肩の力を抜くといい。良い仕事とは、いつも通りの平常心から自ずと仕上がっているものだ」
「………はい」


 しかし、余裕を崩さないコルネリオはクーネに気軽に声を掛ける。俺以外とは初の会話となるのだが、それでもNPCが能動的に会話を持ち掛けるというのは稀有な例だろう。もっとも、ティルネルには及ばないであろうが、彼も中々に複雑なアルゴリズムに則してで行動しているようにも思える。

 ………と、コルネリオについての考察もそこそこに、俺達はアジトを後にする。見張りが頭を下げて左右に分かれて送り出すなど、やはりボスが居なくては見られないような光景なのだろうか。


「それでは先ず、水運ギルドの本部まで足を運ぶとしよう。私が案内するので、君達には船を用意してもらいたい」


 そして、今はコルネリオの言うままに行動するしか方法はないので、早急にゴンドラに搭乗して水路へと漕ぎ出す。周囲の水運ギルドの船は、これまで警戒していた筈の組織のボスが白昼の下に姿を現したにも関わらず、何食わぬ顔で平時の業務を粛々とこなしている。いわば彼等も密貿易の加担者であるのだが、当のボスも一切興味を示さないでいる有り様だ。


「これは、ロモロ殿が拵えた船か。彼は私の名前を決めてくれた大切な人物でね。だからこそ懇意にさせてもらっているのだが、この船は結構値が張ったんじゃないか?」
「ううん、材料だけでお金は払わなかったよ?」


 ふと、周囲の水運ギルドなどそっちのけで、キズメル号の作者を言い当てたコルネリオの問いかけに、ヒヨリが答える。


「………そうか。だとしたら、かなり得をしたことになるな」
「どうして?」
「彼に船を造らせれば、それだけで新居が一軒建つと言われるほどだ。金額については………別に知らなくても問題はないだろう」
「しんきょ、って、新しいお家のこと?………一軒って、一軒ってこと?」


 コルネリオの話を聞いて、ヒヨリは景色と共に過ぎてゆく民家とキズメル号を交互に見つつ、要領の得ない自問自答を繰り返す。


「フフッ、私にも君と彼女くらいの娘がいてね。少しからかうと、ちょうどこんな風になるんだよ」
「………そのうち頭から湯気が出てくるから、ほどほどにな」
「なんと、それは悪いことをした」


 本心か否かはさておき、冷淡に思えたコルネリオが、執務室で初めて見た時よりも色彩豊かな印象に変化しつつある。想像していたよりも可愛げのある性格なのかも知れない。
 その後も歓談を楽しみつつ――――ヒヨリは終始遊ばれていたが――――、ゴンドラは商業エリアの端にある倉庫区画の最奥、赤いレンガ造りの壁にツタの茂る、歴史を感じさせるような大型の建物の前にて、停船の指示が出される。


「ここが我々の目的地、水運ギルドの本部だ」
「へぇ、敵のアジトって割には随分とシャレた建物だね」
「うんうん、ツタの感じが何とも良い雰囲気ですなー」
「シャレている、か。私にはどうしても野放図に見えてしまうのだが、味があるのは確かだろうな」


 リゼルとレイの感想にさえ律儀に返すコルネリオが、もう冷酷なマフィアのボスだと思えなくなってしまっているのだが、もしかしたらクーネ達も早くからコルネリオに接していれば、必要以上に怯えなくて済んだのではないかとさえ思えてくる。


「で、コルネリオさん。これからどうするんですか?」
「ああ、その事について説明させてもらおうか」


 クーネに問いかけられると、コルネリオはすぐさま表情を正し、語り始める。


「まず、思い出してほしいのは、君達が昨日追跡した大型ゴンドラだ。その船がフォールンエルフのアジトに物資を搬入していたと報告書にあったが、今度は木箱ではなく、我々を彼等の取引先まで運び込んでもらおうという算段だ。水運ギルドの船であれば警戒されずに懐まで潜り込む事が出来るだろうし、相手のリーダーに直接話をすることも容易になるだろう」
「水運ギルドが首を縦に振ってくれるのか?」
「向こうの意思は関係ない。首を縦に振らせる。我々はその為にここへ来たのだから」


 コルネリオの言う《話をする》というのは、要は《脅す》という意味だったのか。知っていたが、本人の口から聞かされると重みが違うように聞こえてならない。いや、気にするのは野暮というものか。


「さあ、基本は私がお相手を務めよう。この辺で華を持たせて頂くよ?」
「だったら、お言葉に甘えるとしよう」
「ああ、任せてくれ」


 俺の返答を受けて満足そうに口角をあげたコルネリオは、そのまま先陣を切って水運ギルド本部のドアを開き、敷居を跨ぐ。ところどころ漆喰の剥がれたレンガの壁と、節くれ立った古材の梁が織りなすレトロな内装の広いエントランスは妙に渋い雰囲気があったが、しかし、待ち構えていた櫂を得物として握る水夫や、斧を携えた木こり――――赤いカラーカーソルの敵性Mobと《OUTER AREA》のシステムアナウンス、圏外に()()()()()ことによって、観覧を楽しむ間もなく空気に緊張が走る。


「これはこれは、俺の会社に間抜けな来客が現れた思えば、引きこもりの若造が迷い込んでくるとはな。いよいよそちらも首が回らなくなって泣きつきに来たのかな?」


 しかし、何かのイベントであろうか。半二階になっているベランダから見下すように、哄笑を撒き散らしながら恰幅の良い男が姿を現す。粗雑なコートを纏った、いかにも海賊といったようなNPCは、そのセリフから察するに水運ギルドの親玉なのだろう。


「面白いジョークだな、気に入ったよ。私もちょうど、浮かれている()()()()が気になってね。さぞかし面白いパーティーが開かれているようだから、ご相伴に与れればと思ったのだが、よろしいかな?」
「………テメェ、何を嗅ぎ付けやがった?」
「おや、簡単に剥がれるメッキとは頂けない。もう少し上手く張らないと貧相な裏地が丸見えだ。腕の良い職人を紹介しようか?」
「ハッ、ほざきやがって! 腰巾着の居ねぇテメェなんざ怖かねぇ!」


 親玉が叫ぶと同時に、水運ギルドの構成員が各々武器を携えて周囲を囲む。出口が背後にあるからいつでも脱出は可能であろうが、それは現在地を維持できていればの話だ。少しでも戦線を移動すれば、屋内という制限された空間内に置いては簡単に包囲されることも在り得る。


「ここまでは予定通りだ。あとは大方を私が引き受けるが、流れた雑魚は君達で対処してくれると助かる」
「この数は流石に無謀じゃないか?」


 コルネリオのレベルからすれば周囲のMobは有象無象のようなものだろうが、果たして信用していいものか。数で押し切られては元も子もないのだが、それをNPCに説こうにも理解してくれるだろうか。


「君は優しいのだな。だが、まあ見ているといい。いっそ喜劇でも楽しむくらいの気でいてくれ………もっとも、刺激的な演目だがね」


 俺の肩を軽く叩きつつ、コルネリオはゆったりと前に歩み出す。
 腰のホルダーから鞘ごと抜いた刀は、しかし大きく開いた腕が示す通り抜刀の意思さえ感じさせない。ノーガードという分かりやすい挑発は一際逞しい体躯の木こりの逆鱗に触れたらしく、大剣ほどはあろうかという肉厚の山刀を振りかぶって飛び掛かる。


「おやおや、全く元気の良いことだ」


 ………しかし、まるで予定調和を思わせる軽やかな動作でコルネリオは半身になり、刃は掠めることさえなくレンガの床に叩きつけられた。


「………だが、危ないじゃないか。部屋の中で振り回して良いようなオモチャじゃないだろう」
「ぐぬぁッ!?」


 まるで戦闘を感じさせない、窘めるような軽口を零しつつも、仕立ての良い革靴が山刀の峰を踏みつけて拘束。間髪入れずに放たれた、体術スキルによるものではない純粋な後ろ回し蹴り(ソバット)によって顎を撃ち抜かれ、木こりは短い悲鳴をあげてその巨体を床に沈める。カラーカーソルの真下を旋回する黄色の光が、《一時的行動不能状態(スタン)》に陥っていることを如実に報せていた。


「荒事は極力避けたかったのだが、そちらが先に刃を振るった以上、私も退くわけにはいかないな。良き友人だと思っていたのだが、このように裏切られるとは………悲しいよ………」


 コルネリオは芝居掛かった口振りで、口許を覆いながら嘆いてみせるものの、俺には見えてしまった。
 獲物に魅入られた獣のような、それでいて無機質で冷酷な、底冷えのする笑みを。SAOの感情表現技術に怖気(おぞけ)を感じずにはいられない瞬間だった。
 加えて、彼が続けて口にした決定的なセリフは、脅しを匂わせる発言でヒビが刻まれていたものの、ここに至るまでに抱いたコルネリオの印象を崩壊させてしまうほどのものがあった。呟くような声量で放たれた言葉は周囲の騒めきに溶け込んでしまいそうなものであったが、俺の耳は逃すことなく聞き取ったのである。


「………さあ、楽しいパーティーの始まりだ」 
 

 
後書き
コルネリオさんの楽しい話し合い回。



今回は度重なる偵察クエストから一転、NPCが戦闘を片付けてくれるストーリーイベント的なイメージでした。ちなみに《NPC版黒の剣士》であるコルネリオさんが無双するのは今回だけとなります。皮肉で煽ったり、正当防衛を主張したり、敵にはとことん厭らしくて情け容赦のない性格をしていますが、そのぶん味方には全力サポートだったり、自分もお仕事をして行動で示したり、意外と良いボスしてたりします。頑張ったら褒めてくれます。
そして彼が高レベルであることは、地味に三章における今後の展開に関わる重要なファクターだったりします。決してマフィアのボスが雑魚を蹴散らすような『NPCTUEEEEEE』という展開を続けるつもりはありません。
地味にロモロさんがコルネリオさんの名付け親(ゴッドファーザー)なのですが、申し訳程度の設定です。ストーリーの導入を双方の関係で補強したイメージですね。


次回は、コルネリオさん()と一緒に大冒険する回となります。最後に、コルネリオさんの相棒である刀の設定だけぶちまけてしまいましょう。


  武器名  :朔之不知火(サクノシラヌイ)
 カテゴリー :刀
強化可能上限数:不明

イベントNPC(あるいはボスNPC)として第三層に登場する【Cornelio The Lobian Syndicate Boss】が装備する武器。夜な夜な現れては人を何処かへ連れ去る、夜闇に浮かぶ船(アストラル系のモンスター)を斬り捨てたとされる業物。転じて《水の都の知られざる守り神》となった数奇な刀。
入手自体が不可能であり、厳密にはNPCを構成するオブジェクト。性能面でも第十層まで持ち続けるには心許ないものの、夜間や暗闇の中における戦闘では、光さえ反射させない漆黒の刀身自体に高水準の《隠れ率》が発生し、視認出来ないが故にガードやパリィを鈍らせるといった運用法が可能。まさに《影王結界(インビジブル・シェイド)》と言える代物。ただし、ソードスキルによるライトエフェクトのような《刀身にまとわりつく光》まではカバーできないので注意。もっとも、装備できるプレイヤーなど居ないのだが。


騎士王を知っている人ならば、ネタを汲んでくれると信じて………!



ではまたノシ 
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