投げ合い
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5部分:第五章
第五章
そのまま両投手の投げ合いが続く。ゼロ行進は延長になっても続く。そうして試合はまた再試合かという状況に近付いていっていた。
「おい、このままだとまただぞ」
「早く打たないと」
光正の周りでも焦りが見えだしていた。彼等はどうしても村山を打てなかった。彼もその速球と変化球で彼等を寄せ付けなかったのだ。
「一点でもいいんだ」
「一点だ」
彼等は言い合う。
「とにかく一点だ」
「そうだよな」
「ああ」
光正もその言葉に頷く。
「頼むぜ。一点だけでいいからな」
「わかったよ。何とかな」
彼はナインの言葉を聞いていた。聞いている間無意識のうちに左手で自分の右肩をさすっていた。しかし彼はまだそれには気付いていない。だがそこに何かがあった。彼が気付いていないだけで。
そうして今度は十七回だった。あと一回で再試合であった。
「あと一回かよ」
「この裏を凌げば」
光正の周りはさらに焦りが見えだしていた。
「俺達の最後の攻撃だよな」
「それで決めるぞ、絶対にな」
「わかってるさ」
彼等は円陣を組んで言い合う。そうして十七回の守備についた。光正もマウンドに立つ。彼はマウンドに立つとこれまた無意識のうちに自分の右腕を見た。それは殆どの者が気付いていなかったが一人だけ違っていた。その一人は。
「いよいよかな」
村山であった。彼はこの時ベンチでヘルメットを被っていた。この回に彼に打席が各自ツィ回るからだ。ツーアウトでも三人目で回る順番になっていた。
「打てる時は」
「相変わらずいい球だよな」
「そうだな」
その周りでナイン達が話をしている。
「こりゃ打てないかもな、ここでも」
「せめて四球でもあればな」
これは殆ど祈っていた。だがここでその祈りが通じた形になった。
「フォアボール」
光正が四球を出したのだ。これ自体は珍しいことではなかった。昨日の試合も今日の試合も彼は度々四球を出している。だから驚くには値しないことであった。これ自体は。
だから村山の周りもそれを見ても嬉しかったがそれ以上ではなかった。得点につながるとはあまり考えはしなかったのである。それが現実であった。
「ランナーが出てもなあ」
「どうしようもないかな」
「いや、違う」
だが村山はここで皆に言う。もうネクストバッターサークルに向かう為に立ち上がっていた。
「二塁に進んでくれたら何とかする」
「何とかできるか?」
「ああ、やってやる」
彼は強い言葉で彼等に対して言った。
「絶対にな。だから二塁に進めてくれ。それだけでいい」
「わかった」
それに最初に頷いたのは監督であった。そうしてサインを出す。
「それならこれだな」
「御願いします」
彼が出したサインは送りバントだった。それは上手くいき得点圏にランナーが進んだ。彼はそれを見て満足そうに頷くのだった。
「これでいい」
「やれるか?」
「やります」
そう監督に答える。
「それじゃあ」
ここまで言ってバッターボックスに入った。右のバッターボックスに立つ。
光正はその村山を見据えている。気迫も闘志も全く衰えてはいない。ピンチだというのに抑える自信があった。それも絶対的なまでに。
「俺のボール」
彼はセットポジションの態勢で呟く。バッターとしての村山も恐れてはいない。
「打てるものなら打ってみろ。打たせてたまるか!」
投げた。渾身の力で。絶対に打たれない確信があった。ところが。
投げた瞬間だった。右腕を鈍い痛みが襲った。それがボールを殺してしまった。
「!?しまった!」
すっぽ抜けた。渾身のボールの筈がだ。それが何を意味するのか彼が最もよくわかっていた。
そして村山にも。その目が光る。
「ここで出たな」
光正のボールが衰えるのがわかっていた。それが今だったのだ。
「このボールなら」
冷静にボールを捉えていた。バットを振る。ボールは白い金属バットに一瞬だけひしゃげてそれから飛んだ。広い甲子園に高々と舞った。
「終わった・・・・・・」
「終わった・・・・・・」
光正と村山はそれぞれ呟いた。ボールはスタンドにこそ入らなかったが左中間を深々と破った。二塁ランナーが三塁を回った。
甲子園に歓声が木霊する。そのランナーがホームを踏んだのだ。これで決着がついた。延長十七回にしてようやく勝負がついたのである。
村山は二塁ベースにいた。そこからマウンドを見ていた。そこには崩れ落ちた光正がうずくまっていた。もう彼は一歩も動けなかった。
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