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少年は魔人になるようです

作者:Hate・R
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第108話 最後の戦いが始まるようです


sub Side ―――

「ごふっ、ぶふぅ!ばはぁ、ぐはぁ!」


『完全なる世界』の宣言から僅か数時間、夜更けにも関わらず魔法世界全土で変化が起きて

いる中。ヘラス帝国内の貴族の豪邸の地下に、ドフドフと重々しい足音と、苦しげな荒い息が

廊下に響いていた。代々、軍事を預かって来た将軍家の現当主ではあるが、ほぼ全てを武官に

任せ、自身は地位を利用した贅沢三昧の生活をして来たせいで丸々と太ってしまっていた。そんな

男が、何故夜中に泡を食って走り回っているのか――


「な、なじぇだ!なじぇここがぁ!?くそ、くそぉ!」


要領を得ない事を叫びながら、魔法で鍵をかけた扉を押し開く。薄暗い広大な部屋の中には、

用途不明な血塗れの機具が床に、机に乱雑に置かれ、天井からも吊るされていた。

そして部屋の両脇には檻が設置され、弱々しい呻き声が無数に響く。その声を聞き、荒んだ

心を少し優越感で落ち着かせた男が檻の中を覗いて行く。中に居るのは、獣の耳が生えていたり、

爪を持っている者・・・獣人であった。古いしきたりを重んじている帝国であるが、それを悪用

する貴族達の間で当然のように売買される亜人種。その中でも人間と変わらない腕力しか持たない

女を、この男は買い、弄んでいた。


「お?手間を取らせるだけの豚かと思ったけど、なんだ。案内ご苦労。」

「どぅおぉおおぅおぁああ!?」


後ろから声をかけられ、男は無様に尻餅をつく。振り返ったその先に居たのは、男とは比べ

ものにならない、雪を思い起こさせる美女――に見える愁磨であった。


「馬ぁ鹿なぁ!?な、なぜここに!?兵士共はどうした!?」

「ンなもんとっくに選別(・・)し終わってるっつの。はい、全員助けて来い。」


愁磨が手を叩くと背後から影が飛び出し、数秒後その元に戻って来た時には、檻の中に閉じ込め

られていた獣人達を伴っていた。自分で座っている者も居るが、大半がグッタリとしており生気を

感じさせない。身に纏っているのは、最早その役目さえ果たせていない襤褸切れ。

しかし、その目は虚ろながらも、愁磨を見ていた。


「うむ、諦めの悪い良い目だ。美しい。よく頑張ったな。『フルリザレクション』!

に加えて、『ドレスアップ』!」


そして獣人全員に完全回復の術をかけ、衣服を創造し着せると、一気に血色の良くなった、青灰の

猫族らしい一人の前に膝を突く。


「お前だな、俺を呼んだのは?」

「あ……ぁ、い……っ、こほ、けほ!」

「っと、悪い悪い。幾ら回復しても辛いよな。」


問いに答えようとして咳き込んだ、まだ幼さの残る細い背をゆっくりと擦る。生まれて初めての

優しいふれあいに、少女が顔を上げ、覗き込む。――何故、ここに来たのか。瞳がそう問うていた。

それは、愁磨が宣言の通りに動いたからに他ならない。


「言っただろう?『力になってくれるのならば、私が迎えに行こう。動けぬ者が居れば思え。

私が迎えに行こう。見えぬ者が居れば思え。私が迎えに行こう。死の淵にいようとも思え。私が

迎えに行こう。己が幸せを、皆の幸せを願うならば思え。―――私が力になろう』と。

だが……お前は優しいな。自分より先に、皆を救ってくれと願った。」

「っ!………ぅ、ぁ……?」


手を上げた瞬間、恐怖が蘇ったのか、身を竦ませた少女であったが、頭を撫でられているのだと

気付くと、きょとんと自分を撫でる愁磨を見上げた。そんな少女に心を痛めながら、一切外に

出さず微笑み、雪を触るかのように、優しく撫で続ける。


「さて、俺は皆を助けたぞ?まぁお前も入ってる訳だが……でも改めて聞こうか。

……お前は、どうして欲しい?」

「――――っ!」


そう問われた少女は身を震わせ、言うのを躊躇う様に俯いてしまう。しかし、手が往復する度に

また顔を上げ・・・再び目を合わせた瞬間、瞳から大粒の涙を流し、愁磨に飛びついた。


「ぁ……ぇて……、た、……すけてぇ……!」

「……ああ、もう大丈夫だ。安心して良い。ごめんな、今まで……。」


より小さく、より細くなった少女を優しく抱きとめ、あやす様に背中をポンポンと叩く。

暫く続け、嗚咽が小さくなった頃、そのまま少女を横抱きに抱え上げ立ち上がる。同時に、

共に来た部下らしき影達も獣人の少女や女性を抱え、立ち上がった。


「ふむ、やった事は許せんが今まで空気を呼んで声を上げなかった事は評価しよう。懸命だ。

その瞬間に首から上が無くなっていただろうからな。」

「あ、ぁ、はぁぁああ!ま、ままま待ってk「『デリート(消去)』。」
キュボッ!
「―――お前の魂は魔力として消費する価値すらない。」


恐怖で黙り込んでいた男が喋った瞬間、黒い球体が現れて丸い身体を飲み込み、一瞬で消えた。


「行くぞ、次だ。」

『『『『御意。』』』』


その短い応答を終えると、愁磨と部下もその場から掻き消え、次の救いを求める者の元へと向う。

明日の正午、決戦が始まるまでに、全員を救うべく。

―――――――――――――――――――――――――――――

そしてその頃、オスティアでは。


「して、主らはどう思う?」

「どうって言われてもなぁ……。見たまんまだ。」


祝賀会と慰労会と激励会を兼ねたパーティが終わった深夜も近い頃、大人組は酒を持ちより、

会議室で二次会兼、ネギ達の本当の評議会が行われていた。


「ネギも小太郎もつえぇよ。本気で全力になりゃ、接近戦でも俺やラカンと同じくらいにな。」

「特にネギは全部乗せした時の火力がダンチだ。S級だろうが一撃だぜ?」

「あの女の子達も強いわよ。仲が良くて互いを信頼し合ってるし、それぞれの能力もかなーりレア

なのが揃ってるわ。連携も素人とは思えないくらい。」

「で、でも、その……"甘い"、と、思います。」

「ふぅー………全てはそこが問題なのよなぁ。」


ヘラス皇帝が深いため息をつき椅子の背に凭れると、手にしたグラスの中で氷が音を立てる。

実際に戦ったジオンとジルダリア・ラカンから出たのは高評価であったが、以外にも酷評を

素直に言ったのはエーリアスであった。事実、ネギ達の持つ能力を鑑みれば、先程の戦いでも

前中衛のどちらかを倒すくらいは十分に出来た。それが出来なかったのは、一重に仲間の事を

気にかけ過ぎた為に出来た、隙だらけのあの戦いだった。


「仲間が気になって何も出来ねぇんなら、後ろで応援でもさせとけってんだ。」

「その強い思いがあったからこそあそこまで強くなった、とも言えますがね。ですが流石に

このままでは、連れて行く事は出来ません。いくら、連れて来いと言われようともね。」

「そこが分からないのよねぇ!」


何度も議論された事ではあったが、その度に不機嫌になり酒を呷るせいで、今ではすっかり

目が据わってしまったセラスがグラスを叩き付ける様にテーブルに置く。


「あんな子供達を戦場に連れて来いっていうアーカードもそうだけれど、あなた達もよ!

どうしてそんないう事を素直に聞き入れているの!?」

「なんで、って言われてもなぁ。」


泥酔し激昂した問いに、信じて疑わない"紅き翼(アラルブラ)"の四人は顔を見合わせる。

連れて行かない理由は簡単だ。未熟、甘い、能力こそ最上位だがムラがあり過ぎるし、力を出す

までの時間もかかり過ぎだ。しかし、連れて行く理由の方が簡単だ。


「愁磨が態々言いに来たのですよ?伝令を遣わすでも無く、態々自分で、念を押しに。」

「つまり、だ。奴にとっては確定事項であり、不確定要素でもあるんだよ、ネギ達は。

それこそ……愁磨の本当の目的を破綻させる程度にはな。」

「ふん、世界の破壊……いや、彼らの言い分を信じるならば再構築か?その様な巫山戯た計画を

推し進めつつ、別の計画を誰にも悟られぬ様並行するとは……化物だな。」


皇帝の嚊々とした笑いに、セラス以外が苦笑で返す。これで今夜は終わり、と三々五々、自分の

持ち場へ戻る十字軍の面々。最後に残ったのは、やはりラカン達四人。


「明日ぁ、全員突入部隊か。ったく、詠春が居りゃ少しは楽なんだがなぁ!」

「魔力が高まるのに合わせ、あちらの世界樹も力を振るえるようになる筈じゃ。

開戦には間に合わんでも、必ず応援に来てくれる。」

「だと良いがな。……アル、お前はどうするんだ?」

「いざとなれば使います。それが私の役目ですので。」


事も無げに言うアルに、三人は軽い頷きだけで返す。正体を知っている以上、分かっているのだ。

力を使えば、この飄々とした友にはもう会えないのだと。しかし、それは自分達も同じ。敵の城に

直接乗り込む以上、結局は命を賭けるのだ。それも飛びきり、分の悪い賭けに。


「まぁ、我々のやる事は決まっていますからね。」

「ああ。愁磨をぶん殴って、ナギを引きずり出してぶん殴る!それだけだ!」

「ノワールやエルザはどうするのかの?」

「分かってるだろ。小突きでもしたらアリアちゃんに噛まれるぞ。」

「そりゃ勘弁だなぁ…………。」


妙に実感の籠ったラカンの呟きに、笑いが起こる。そして誰ともなく杯を掲げ、最後。


「取り戻すぞ。世界と、あいつらを!」

「「「応!!」」」

Side out


Side ネギ

翌日、早朝。戦の前の儀式があるからと呼ばれた僕達は、改めて闘技場で待っていた。

皆を見渡すと、昨日とは打って変わって、統一された服装になっている。朝にテオドラさんから

渡された、帝国の防御術式を編みこんだ和装チックな装備だ。一人ひとり、ポジションに合った

デザインの違う、白を基調としたものなんだけれど・・・千雨さんがボソッと『死に装束…?』と

言っていたのが妙に耳に残っているのが、不安を抱かせる。


「よぉ、待たせたな。」

「あ、ラカンさん。おはようござい、ます……?」


そうこうしている内に現れたラカンさんを見た瞬間、何か違和感を感じた。本気の愁磨さん達を

相手にするのだから、鬼気迫る闘気を纏っているのは当然だと思う。けれど、そうじゃなくて・・・

上手く言えないけれど、"本気を出す"ような雰囲気があるのはどうしてだろう?


「決戦まで三時間を切った。各軍ももうそろそろ、宮殿正面に展開し終わる頃だろうよ。」

「そう、みたいですね。ですから僕たちも早く行かないと。」

「あー……そうだよなぁ、行かなきゃいけないんだよなぁ……。」


どこか煮え切らず、世間話みたいな事を言ったり、返答をしながら頭をかくラカンさん。

相変わらず何をしたいのか察しがつかないけれど、少しでも早く"戦場"の雰囲気に触れておきたい

僕は、先を促す為に自然と一歩前に出る。


ゴゥッ!!
「うわぁ!?」
ドズンッ
「ふん、このくらいは避けるか流石に。」

「何するんですかー!?危ないですよ!」


途端、何の前触れも無く降って来た打ち下ろしを避ける。

また悪ふざけか激励と思い突っ込みを入れるけれど、ラカンさんの様子が普段と違い、底冷えする

目で僕を、僕達を見ているのに気付き、戦いの為に遅延していた魔法を解放・固定する。


「ネギ、いやお前らに、奴等と戦う前に聞いておく事がある。」

「なんですか?」

「……お前らは何の為に、あいつらをどうする気でいる?」


投げかけられた、またしても真意を掴めない質問に、皆で顔を見合わせてしまう。けれどそれは

何度も話し合って、その度に話し合うような事じゃないと結論されて来たものだ。


「僕達は麻帆良に帰る為に、帰ってきて貰う為に、愁磨さん達を倒します。」

「……そうか。ならそれを貫け。因みに俺らは助けねぇからな、頑張れ!!ハッハッハッハッハ!」

『『『えええぇぇぇええぇえぇぇえぇぇぇえぇぇえええええええ!?』』』

「………ちょ、何!?それ言う為だけにここに集められた訳!?どういう事!?」


真面目な顔から一転、大笑いして去ったラカンさん。戦の為に気合を入れ、彼の様子に更に気を

張った僕らは肩透かしを食らい、暫く惚けた後叫んだ。でも千雨さんはいつも通り呆れながら言った




「はぁー……あのオッサンが勝手なのはいつもの事だし、自分のケツは自分で持てってこった。」

「それもそうですね。行く所も相手も同じなのですから、味方には違いありません。…行きましょう

皆さん!愁磨さん達のケツを叩いてやる為に!!」

「ちょ、ちょっと頷きづらいけど、ええ!やってやろうじゃない!行くわよぉ!」

『『『お、おおーーーー!!』』』

………
……


ゴゥン ゴゥン ゴゥン―――

十年間。大戦を最後に静寂を通していた空に、無数の艦隊が重厚な駆動音を響かせ浮かんでいた。

その数はスヴァンフヴィートと同じ弩級戦艦が実に25隻。それ以下の戦艦が200隻以上並ぶ。

総軍数32万。それだけの人種の他に、アルビレオさんやガトウさんが協力を得ていた上位の魔獣、

総勢5万が軍に参加していた。


「すごい……壮観ですね。」

「ああ、数の上じゃ大戦の時を二倍近く上回ってる。」

「今回はこれだけではない。」
―――ザワッ

ヘラス陛下が上を指したと同時、雲を引き裂いて四本の光の柱が戦場に降り立った。

そこから、弩級戦艦を超える大きさの魔獣――いや、神獣が姿を現した。一体は式典で見た樹龍で、

それと同じ大きさの、燃え盛る四枚の翼を広げる、鳥に似た"炎凰"。雲を階段にして降りて来る

四足歩行の純白の獣の"嵐虎"は一回り小さい。そして何よりも―――

ズズゥゥン!!
「おいおいおい、"巌武"まで連れて来たのか!?帝国守護を完全に捨てるとは思い切るな。」


轟音を立て雲海に着地した巨大な亀型の神獣"巌武"。軍の最前に立った姿は他の神獣と比べ三倍を

超え、正に『山』と表現するに相応しい大きさと威容を誇っている。

ラカンさんが帝国の護りを完全に捨てる、と言ったのは正しい。何故ならこの神獣の持つ能力は、

主と仲間や臣下に障壁を張り、更にダメージを肩代わりする『守護』だ。だからこそ帝国はこの

神獣に国の護りを任せていたんだ。


「ここで負ければ全てが終わる。優先順位などを考えている状況ではない。」

「フフフ。貴方の様な人が長なら、MMも変わっていたのでしょうかね。」

「それはないじゃろうな。そら、こんな事をする奴の息がかかってはな。」


ゼクトさんが呆れたように宮殿を指すと、ポツポツと黒い点のような物が浮かんでは昇って行く。

その数は徐々に増え、昼の空を覆い尽くす闇となるまでにそう時間は掛からなかった。

蠢くモノの正体は魔族。非生物的な装甲に身を包んだ低位の悪魔が多いけれど、その中央に並ぶ

数百体の上位の悪魔に、こちらの軍の皆が慄く。


「いよいよですね。」

「ああ。にしても、まんま昔と雰囲気が同じだな。……いやになる。」

「戦力がダンチだからなぁ……。ま、しゃぁねぇ!気合入れろ、来るぞ!!」


ラカンさんが気を発して発破をかけるとほぼ同時。宮殿の方から、それを上回る"神気"が

叩きつけられ、悪魔達が道を開け、一斉に首を垂れる。現れたのは悪魔と正反対の装束を纏い、

純白の翼を広げた、かつて英雄と呼ばれていた三人だった。


【――諸君、本日は集まってくれてありがとう。そして愚かだと言わせてもらおう。】

「……いきなりご挨拶だな、オイ。」


鮮烈な登場をし、感謝と侮蔑を投げかけてくる愁磨さん。


【お前達が戦う準備をする間に、我々は救いを求める者達を救っていた。結果、一万を超える

同胞を救い出す事が出来た。しかし、悲観する事はない。そうするお前達さえもまた、我々が

救うべき同胞である。】


でも憤慨する暇も無く、次に告げられた言葉から誰も声を発せなくなった。

恐怖や後悔だけじゃない。その声に、安心してしまっているのだ。だけど、それを分かっている

僕達は次に来るものを予想し、動いた。


【――しかし、救うに値しない魂もまた、多くあるのも事実。故に!】
ズォッ―――!!

その手に魔と炎が集まるのを見た瞬間、こちらの軍の人達が慌てて迎撃しようとする。

けれど、それでは間に合わない。


【行くぞ、幕開けだ!!!『恐怖劇第一幕(グランギニョル)』―――】

「"来たれ(アデアット)"―――!!」


愁磨さんの持つ黒炎が形を変えるのと同時、僕も魔力を注いでいた仮契約カードを掲げる。


「―――穿て!『太陽神猪(ヴリスラグナ)』!!」
Voruluolooooooooooooooooooooooooooo!!
【―――『焦熱世界・激痛の剣(ムスペルヘイム・レーヴァテイン)』!】
ゴウッ!!

100%の威力を注いだ光り輝く猪と射出された黒炎がぶつかり合い、瞬間、花火のように

爆発して散る。それを合図に、ノワールさんとヘラス陛下が手を振り下ろす。


【さぁ、救世を始めましょう。】

「全軍!突撃ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

『『『『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』』』』


全軍が雄叫びを上げ・・・魔法世界の命運を決する戦いが、今始まった。

Side out
 
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