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ソードアート・オンライン -旋律の奏者-

作者:迷い猫
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アインクラッド編
平穏な日々
  紅色との日 03

 「ところでフォラスさん」

 気まずい沈黙を払拭してくれたのはアスナさんだった。
 人の顔色を窺うことに長けたアスナさんらしい、如才ないフォローに僕はありがたく乗っかる。

 「うん?」
 「これはその、言いたくなければ言わなくてもいいことですが、それでも聞いておきたいことがありまして……」
 「その前振りを聞くと言いたくなくなってくるけど、まあ一応聞いておくよ。 何かな?」
 「その、キリト君の彼女さんのことで……。 どんな人なのかな、と」
 「あー……」

 こちらもこちらでなんともアスナさんらしい、直球なお言葉だ。 まあでも、キリトに直接聞いたりしないだけ、それでもアスナさんからすれば変化球のつもりなのだろう。
 見れば表情は真剣そのもので、僅かに頬が赤らんでいる。 いつの間にやら恋する乙女の顔になったアスナさんに僕は思わず苦笑した。

 多分、キリトに付き合っている人がいると聞いてからずっと、気になって気になって仕方がなかったのだろう。
 これがアスナさんでなければ、僕の選択は黙秘以外ありえないし、そもそも昨日の時点でその事実さえ明かさなかった。 さすがの僕も、人のプライベートをペラペラと話す趣味はない。 キリトにも相手の人にも恩があるから尚更だ。
 あの時、わざわざその事実を開示したのは、そう言うところは鈍感なキリトと純粋でまっすぐなアスナさんが微妙な関係に陥ることを避けるためであって、断じて面白がっていたわけではないけど、果たしてあれが正解だったのかはわからない。

 ちなみに、キリトの交際相手の情報を知っているプレイヤーはかなり少数だ。
 まずは僕。 それからあの人が所属しているギルドのメンバーの4人。 みんなの頼れるお父さん(笑)であるエギルさんと、辣腕情報屋のアルゴさん。 他にも数人が知っているだろうけど、みんながみんなその件に関して口を割ることはないだろう。
 目立つのが嫌いな2人を慮ってでもあるけど、大半の理由は『初々しい2人を見てニヤニヤしたい』と言う純然たる欲求に駆られてのことだ。 かく言う僕も、あの2人を見てはニヤニヤしている口だったりする。

 さて、そこまで徹底してみんなが口を割らないことを僕が喋るわけにはいかない、と言うのは大前提として、しかしこのままアスナさんを放置しているとアルゴさん辺りを締め上げて吐かせる可能性が高い。 さすがに暴力を振るうことは性格から考えてもないだろうけど、デマとゴシップは売らない情報屋であるが故に、アルゴさんが口を滑らせてしまう可能性はゼロとは言えない。
 情報屋と言う要素を取ってしまえばアルゴも年頃の女の子だ。 いかに同性とは言え、今も出しているアスナさんの無言の圧力に耐えられるとは到底思えない。. 美人と言うのはこう言う時に得だと、そんな場違いな感想を抱いた。

 一部の情報を明かした僕は、ここできちんと話しをして、ある程度アスナさんを満足させる義務があるだろう。
 まあ、刺激がないので進展らしい進展をしない2人の関係にそろそろ爆弾を放ってみようと画策していることは否定できないけど。

 「優しい人だよ。 なんて言うかな……誤解を恐れないで言うなら、弱い人、かな。 それと、少しだけキリトに似てる」
 「キリト君に?」
 「口下手で周囲に壁を作るくせに寂しがり屋。 目立つのが苦手で引っ込み思案。 キリトはさ、あれでいて繊細だから」
 「それは知っています」

 頷いたアスナさんの表情は冴えない。
 アスナさんの性格を考慮すれば、略奪愛を考えたりはしないだろう。 真面目で現実的、それでいてロマンチストなアスナさんは、きっとこのまま諦める。
 キリトとあの人との恋路を邪魔したいわけではないし、別れて欲しいなんて露ほども思っていない。 それと同時にアスナさんに諦めて欲しくないと思うのは矛盾なのだと、それは誰に言われるまでもなくわかっていることだ。
 けれど、どうしても願ってしまう。
 双方の幸福を。 キリトの幸福を。

 「僕はね、アスナさん。 アスナさんの恋を結構本気で応援してるよ。 でも、やっぱりキリトの恋も応援してるし、あの人の恋も応援してる。 だからさ、後悔はしないで。 きちんとぶつかって、その結果がどうなるかなんて僕にはわからないけど、後悔だけは絶対にして欲しくない」
 「あ、あなたに言われるまでもありません!」
 「そっか。 それじゃあ、今日はこの辺で、かな? アスナさんもあんまり暇じゃないでしょ?」
 「……そうですね」

 それでは今日はありがとうございました。 短く礼を言って立ち上がったアスナさんが突然動きを止め、それからウインドウを開く。 どうやら誰かからメッセージが届いたらしく、しかもそれが余程の内容なのか、元々大きな瞳を丸くして視線を上下に行き来させる。
 誰からだろう? そんな疑問が頭を掠めたところで僕にもメッセージが届いた。

 「あー……」

 開いてみれば、差出人は噂の張本人であるキリト。 そして、その内容を確認した僕はアスナさんが驚いた理由がよくわかった。
 本文はたったの1行。 それどころか、たったの19文字。

 『ヒースクリフとデュエルすることになった』

 それを読んで僕は内心でため息を吐く。

 僕の兄は、どうやらトラブルに愛されているらしい。 やれやれ。



















 アルゲードにあるエギルさんのお店。 その2階にある生活スペースに僕とアスナさんは駆け足気味に飛び込んだ。
 1階にいたエギルさんの許可は取ったとは言え、それでも決して褒められた行為ではないことは承知しているけど、僕もアスナさんも冷静ではなかった。

 「よう、早かったな」

 しかし、当の本人である《黒の剣士》様は飄々と、あるいは不敵に笑って僕たちを出迎えた。

 「ねえ、アスナさん」
 「……なんでしょう?」
 「この黒いの、とりあえず1発ぶん殴っていいかな?」
 「奇遇ですね。 私もそうしようと思っていたところです」

 それにイラっとしたのは僕だけではないらしい。 見ればアスナさんは腰のレイピアを既に抜剣していて(いつの間に⁉︎)、キリトにその切っ先を向けている。 どうやらアスナさんはぶん殴るどころではなく、自慢のレイピアでぶっ刺す(しかもソードスキルを使うつもりらしく、薄紫のライトエフェクトが灯る)予定のようで、かく言う僕も体術スキルでぶん殴る気満々だ。

 「ちょっ、落ち着け! 落ち着けって!」
 「問答ーー」
 「ーー無用!」

 ことここに至ってようやく事態を察したキリトが両手を前に突き出して制止を促すけど、残念ながらもう遅い。 まずはアスナさんのレイピアがキリトの顔面に向けて飛び、それから僕の左拳が同じく顔面に向かう。
 もちろんここは圏内なのでキリトに届く前にアンチクリミナルコードの障壁に阻まれる。 けれど、攻略組でもトップクラスのスピードを誇るアスナさんと僕の攻撃は、キリトに多大なノックバックを課し、壁まですっ飛ばした。

 キリトにお仕置きしてスッとしたのか、楽しそうに笑うアスナさんとハイタッチをしてからキリトを見下ろす。

 「キリト君」
 「は、はい……」
 「とりあえず正座しようか?」
 「はい、わかりました」

 凄くいい笑顔のアスナさんから立ち上る阿修羅の如きオーラに屈し、キリトは素早く正座した。
 とは言え、それを滑稽だとかチキンだとは笑えない。 僕だってこんな笑顔のアスナさんを前にしたら、それがたとえどんな状況でも正座してしまいそうだ。

 うん。 端的に言って怖い。

 「どう言うことか説明してもらえるかしら?」
 「あ、久し振りのツンモードだーなんでもありませーん」
 「……それで?」

 茶化しに入った僕を絶対零度の一瞥(小動物なら殺せるレベルの鋭さだ)で黙らせて、アスナさんはキリトに向き直った。

 「えっと、ヒースクリフの奴に呼び出されて、行ってみたらKoBに入らないかって」
 「団長がキリト君に興味があることは知っていたわ。 問題はその先よ。 どうして団長とキリト君がデュエルすることになるって言うの?」
 「あー、いや、もちろん断ったんだけど、そしたら『剣で決めようではないか』って。 なんでかあいつはノリノリだし、俺もあいつの強さは気になってたし、それで……」
 「それで挑発に乗った、と。 キリトって馬鹿だよね」

 これ見よがしにため息を吐くとキリトは気まずそうに顔を伏せた。
 その時はノリで受けたものの、ことここに至って重大さがわかったらしい。

 ヒースクリフは間違いなくアインクラッド最強の男だ。
 神聖剣の硬さは異常だし、攻撃だって半端ではない。 加えてシステムに頼ったスキルとは別に、ヒースクリフ個人のプレイヤースキルだってずば抜けている。 対人戦に特化した僕でさえ、今の状態ではヒースクリフに勝てる算段は立てられないのが本音だ。 まあ、勝算がないではないけど。

 キリトの持つ二刀流は確かにとんでもないスキルだし、プレイヤースキルもヒースクリフに劣ってはいないだろう。 問題はそこではなく、むしろ相手がヒースクリフだと言うことが問題なのだ。
 キリトに限った話ではなく、現時点でヒースクリフを相手に勝てるプレイヤーは1人としていない。。 何しろヒースクリフは、絶対にHPバーを半分以下に落としたりはしないのだから。

 更に言えば、このデュエルはキリトに損しかもたらさないことを、果たして我が兄は気づいているのだろうか?
 ヒースクリフが勝てば血盟騎士団に入る。 キリトが勝てば血盟騎士団に入らない。
 賭け金が余りにも不公平だろう。 KoBに入りたくないのなら断固拒否すればいいだけで、そうすればいかにヒースクリフと言えど無理強いはできない。 むしろ、あの男の性格上、きちんと断ればあっさり退くはずだ。 それこそ僕に対する勧誘のように。

 挑発に乗ったキリトは馬鹿の一言で片付けるとして、気になるのはヒースクリフの思惑だ。
 アスナさんが言ったように、ヒースクリフがキリトに興味を持っていることは知っていたけど、どうして彼は強者を手元に置きたがるのだろう?
 キリト然り、アスナさん然り、そして僕然り。 攻略組トップクラスのプレイヤーを熱心に勧誘しているのは、どうにも血盟騎士団の戦力増強以外の理由があるように思えてならない。 同じくトップクラスのプレイヤーであるアマリをただの一度だって勧誘したことがないのがいい証拠だ。

 「……って、フォラスさん、聞いているのですか?」

 突然、視界にアスナさんの顔が飛び込んできた。 結構な至近距離で顔を覗き込まれた僕は、暴れまわる心臓をどうにか抑えて、露骨にならないように身体を引く。
 どうやら考え事に没頭し過ぎていたらしい。 アマリにもよく言われることだけど、それはどうしても治らない悪癖だ。

 「ごめん。 全然聞いてなかった。 で、なんて?」
 「デュエルを取りやめてもらうよう、団長を説得できないかと、そう聞きました」
 「あー、多分だけど無理だと思うよ。 前言を翻すような男じゃないからね。 それはアスナさんも知ってるでしょ?」
 「ええ、まあ……」
 「だ、大丈夫。 要は勝てばいいんだろ?」
 「勝てば、ね……」
 「なんだよ。 俺じゃ勝てないって言うのか?」
 「さあ、どうかな。 ただまあ、苦戦は確定だろうけどね。 じゃあ、アスナさん。 行こっか?」
 「はい?」
 「ヒースクリフのとこ。 さすがに僕がKoBの本部に乗り込むわけにはいかないでしょ?」

 笑って言うと僅かの間を置いてアスナさんが言う。

 「説得は無理なのでは?」
 「一応だよ。 一応。 駄目元で言ってみるのもありかなって。 まあ十中八九無駄足だろうけどさ」
 「……わかりました。 行ってみましょう」
 「話しが早くて助かるよ」

 クイっと肩を竦めてから、下で待っていると伝えて僕は部屋を出た。
 元々はベッドの件できたのだ。 エギルさんにそのことを聞かないといけないし、それ以上にやることもできた。

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 辣腕情報屋のとある鼠さんに仕事の依頼だ。 
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