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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン40 鉄砲水と七色の宝玉

 
前書き
お久しぶりです。なんか活報でも同じようなこと書いた気がするけど、スパイダー・シャークはすごくいいカードだと改めて思う今日この頃。もう実物だとイラストアド3割増しぐらいに見える。シャークさん、最後まで水属性に冀望の光をくれてありがとう。
前回のあらすじ:新年初の主人公デュエル。あれ、オブライエンってこんな強かったっけ……? 

 
「まさかこんな形で、十代の親友とデュエルすることになるとはな。俺から言い出しておいてなんだが、せっかく精霊が見える者どうし君とはもっと別の形でデュエルしたかったよ」

 そう言うヨハン相手に、僕は軽く肩をすくめて見せる。

「ま、これも頼まれごとなんでね。僕にとっては友達の1人からの。それじゃあ、デュエルと洒落込もうか」

 もはや何を言っても無駄と判断したのか、デュエルディスクを構えるヨハン。そしてその腕には、不気味に輝く腕輪のようなデスベルト。僕も同じく腕にはめたデスベルトを一瞥し、デュエルディスクを起動させた。

「「デュエル!」」

 ……さて、なぜ僕とヨハンがデュエルすることになったのか。その訳は、今日の昼にまでさかのぼる。





 十代とヨハン、ネオスペーシアンと宝玉獣の戦いから丸一日が経った。それにしても、今日のデュエルは面白かった。たった7枚しかモンスターが入っていないデッキであそこまで戦線を維持できるだなんて、手札事故を絶対に起こさない十代と同じくヨハンもかなり精霊から愛されていることがよくわかった。
 というのもこれはチャクチャルさんからの受け売りだけど、いわゆるデッキの事故率というのはひとえに自分のデッキとの相性、というかどれだけデッキが頑張ってくれるかによって決まるからだ……らしい。例えば十代のデッキなんかは、ただでさえコンボ性が高い融合軸のHEROに加えて今はうまくコンタクト融合につなげないと厳しいネオスペーシアンまで入っているから、仮に僕が渡されたとしても絶対に十代みたいなぶん回しはできない。事故が激しくて融合召喚どころか、モンスターを出すのがやっとだろう。また僕のデッキも、枚数の多さから考えるとあり得ないぐらいに事故率は低い。精霊の皆が、陰ながら僕のデッキに力を貸してくれているからだ。ただ肝心の僕が、その力を使いこなせていないだけで。

「心機一転、これから頑張ろうねー」

 精霊たちに、そして自分自身に言い聞かせて大きく背伸びをすると、腕に付けた腕輪のようなものが電球の光を反射して鈍く光った。これこそがプロフェッサー・コブラの導入した装置……えーっと、なんだっけ。デスクなんちゃらデュエル用のデスベルトだ。いやでも、デスクって机だよね。いくらなんでも、ちょっとこれじゃあ意味が通じないんじゃなかろうか。

「チャクチャルさん、さっきの話聞いてた?」
『まあな。ディスクロージャーデュエル、だな。マスターの横文字の割にはかなりいい線行っていたぞ』
「……前々からちょいちょい思ってたけど、結構ナチュラルに馬鹿にしてくるよねチャクチャルさん」
『それほどでも』

 それ以上の追及は諦め、改めてデスベルトを見る。なんでもこの凄いマシンは、これをつけた人間がデュエルをするたびにその熱い思いや情熱といったものをエネルギーとして抽出し、数値化することができるという代物らしい。何度聞いてもさすがは海馬コーポレーションの学校、とんでもないテクノロジーだ。

『そこが気にかかるんだ、マスター』
「え?」

 そこで再び、チャクチャルさんから声がかかる。本気で訝しんでいるようなその声音に、なぜか嫌な予感がしてきた。

『確証があるわけでもないし、そもそも機械は私も詳しくないから先ほどは何も言わなかったが……この技術はどちらかというと我々寄りなのがどうも気にかかる。何かするたびにエネルギーが吸われるなんて、私も昔に頼まれて作ったことがあるが、呪いのマジックアイテムといった方が近いのがな』
「え、ちょ、それって……」

 待て待て待て。とりあえず取り外そうとあれこれいじってみるが、どうやら1度付けたら簡単には取り外せない仕様のようだ。留め金ごと捻り潰すぐらいのつもりでやれば外せなくもないだろうけど、これ壊したら弁償代いくらするんだろう、と思うとついつい手から力が抜ける。
 それにこれがないと、今後の生活にも困ってしまう。なにしろ少なくともプロフェッサー・コブラが臨時講師をしているうちはここから出たデータを基にして成績が決定するせいで、もし下手にはずして一切僕の分だけデータが送られないとかになるとそのまま退学もあり得るとのことだ。なんとなくだけど、あのおっさんなら脅しじゃなくて本気でやりかねないのが怖い。

『……すまない、脅すつもりはなかったのだが。無論、技術の進歩という可能性もある。とにかくマスター、酷なようだが1度使ってみてくれ。効果の程を直接見てみないと、説明だけでは何とも言えない』
「う、うーん……」

 呪いのアイテムなんて言われると、なんだか本当にそんな風にも見えてきた。電球の光を反射するデスベルトが、妙に冷たく光っている気がするのは目の錯覚か気の迷いだろうか。

『万一厄介な代物なら、私のエネルギーを代わりに流すなり力技で解除するなり、私が責任を取ってどうにでもしてみせる。だから案じないでくれ、マスターは私が守ろう』
「ありがと。でもチャクチャルさんの言うとおり、まずはとにかく実戦で確かめてみないとね」

 もしアレな代物だった場合、その相手にも迷惑をかけることになるわけだけど。まあなんだかんだ言ってもここは学校で、デスベルトはその支給品だ。まさか1年の三幻魔、2年の光の結社と続いてこれ以上何かが起きるわけもないだろう。そんなことになったら、さすがに波乱万丈の学園生活なんてもんじゃない。
 なんでもデスデュエルは、今日の放課後のどこかで正式に開始のアナウンスが入るらしい。どうせなら人柱的な意味でも1番乗りがいいし、誰かいい相手を探しに行かなくちゃ。デッキの確認を最後に行い、デュエルディスクとデスベルトだけ持って外に出た。
 特に行きたい場所もなかったので風任せに森の方へ歩いていくと、やがて海沿いの崖に出る。この辺りは特に高くて急な場所で、ロープの1本も張ってないのは危ないんじゃないだろうかといつ来ても思うけど事故が起きたなんて話を聞いたことがないあたり大丈夫なんだろう。潮風に当たりながらそんな場所をふらついていると、何か異様な光景が見えた。
 ……いや、異様なんてもんじゃない。なんだあれは、変な奴がいるぞ。その人影はなぜか崖際の木の海に向かって突き出た枝にロープを固定し、そこに自分の足をくくりつけていた。もしロープが切れたら10メートルはあろうかというこの崖を真っ逆さまなのでこれだけでも十分訳が分からないのだが、それだけではなかった。なんとその人影はそんな天地逆転した姿勢のままで体がぶれないようにバランスを取りつつ、腕のデュエルディスクからカードを引いていたのだ。シュールすぎて笑いも湧いてこない光景だったが、さらに近づいてよく見るとその人影は僕の見知った顔だった。

「……オブライエン!?」

 今までその逆さ吊りに神経を集中させていたのか、声をかけて初めて僕が来ていることに気が付いたらしい。何か装置を操作するとロープの巻き上げ機構が働き、シュルシュルと地上に帰ってきた。

「またお前か。今度は何の用だ」
「いやそれこっちが聞きたいね。何やってたの一体」

 わかるまで絶対帰らない、という態度が顔に出ていたのだろうか。一度は無視しようとしたらしいオブライエンも、僕の顔を一目見るとため息をついてあっさり口を割った。

「俺が昔から行っている訓練の一環だ。自らの身を追い込むことで神経が研ぎ澄まされ、次のドローカードさえもある程度読み取れるようになる」

 わかったらあっち行けとばかりの鋭い目線には、肩をすくめて気づかないふりをしておいた。なんで神経が研ぎ澄まされるとドローカードが見えてくるのかはこれっぽっちもわからないけど、人の趣味にケチをつける気はない。とりあえず何をしていたのかは分かったので、どうせここで会ったのだからと言いたかったことを言うことにした。

「なるほど。それで修業はいいんだけどさ、昨日はありがとうね」

 昨日、つまりオブライエンに頼んで持って行ってもらった手土産だ。昨日十代と意気投合してレッド寮に遊びに来たヨハンから、ちゃんと渡してもらったことに関する裏は取ってある。いや、信用してなかったわけじゃないけどね。一応職人の端くれとして、感想ぐらいは聞いておきたかったのよ。

「気にするな。一度引き受けたことだ」
「いやいや。あ、気に入ったらオブライエンも買いに来てねー、お安くしとくよー」
「………」

 営業トークにはスルーですか、そうですか。さすがに昨日の今日でオブライエンとまたデュエルするのもなんなので、そろそろ別の場所に行ってデスデュエルの相手を探しに行こうとした矢先。水平線を見つめて何かをじっと考えていたオブライエンが、ややためらいながらも口を開いた。

「なあ、少しいいか?どうしても俺には、今日やらねばならないことがあるんだが……」
「うん?」

 何か一言一言、ゆっくりと吟味するような調子で喋り続けるオブライエン。妙な歯切れの悪さに引っかかるものを感じながらも、あえてその点には何も言わずにいておいた。

「確か、遊城十代とお前は親友だったな」
「まーね。入学した時からだから、割合長い付き合いだよ」
「俺は今日、あいつとデュエルするつもりだ」
「ふんふん。きっと十代も喜ぶよ、たいがいなデュエル馬鹿だから」

 何を心配しているのかと気楽に返すと、そうじゃないと首を横に振った。

「それじゃあ駄目なんだ。なあ、教えてくれ。あいつに本気でデュエルさせるためには、どうするのが一番有効なんだ?」
「本気で?いつだってデュエルには本気に見えるけど……そういうことが言いたいんじゃないんだよね、多分」

 へんに気迫のこもったオブライエンの態度に、少し真面目に僕がこれまで見てきた十代の姿をざっと振り返ってみた。だけど少なくとも僕の覚えている限りだと、十代のデュエルに対するスタンスはずっと変わっていない。
 ……いや、待てよ。そういえばただ一度、翔からこんな話を聞いたことがある。あれは確か、最初に廃寮に忍び込んだのがばれて迷宮兄弟と退学をかけたデュエルをした時……それからしばらく経って、僕らより先にそのタッグデュエルを終わらせた十代と翔のコンビにその時の様子を聞いてみた時のことだ。





「そういえばさー翔、あの時のタッグデュエルってそっちはどうだったの?十代と翔だとデッキも全然違うんだし、両方ゲート・ガーディアン特化のあの2人相手には結構辛い相手じゃなかった?」
「自分だってワイト使いの夢想さんと組んだくせにー。……でもあの時は、十代のアニキが見たことないぐらい本気だったから」
「あれ、三沢に聞いた時はいつも通り気負わずにデュエルしてたのが一番の強みだったって言ってたけど」

 そう問いなおすと、少し言葉をまとめた後で翔はこう言ったのだ。

「一緒にデュエルしてた僕にはわかるんだよ。確かにそう見えたかもしれないけど、あのデュエルの時アニキはこれまでにないぐらいの実力が出てたッス」





 その時は深く考えずに聞いてたけど、この会話自体はなぜだか心に残っていた。その、これまでにないぐらいの実力を出した十代が見てみたいとでも心のどこかで思ってたのかもしれない。とにかくその話が本当だとすると、十代の性格から考えて多分こういうことだろう。

「あえてなにか言うとしたなら……割とベタだけど友達、かな。友達のためなら、『これまでにないぐらい本気になる』かも」

 そう言うと、また考え込むオブライエン。だけど、今度の沈黙は短かった。そしてあたりに人がいないことを確認し、僕にあることを頼みはじめた。そして最初は乗り気じゃなかったけど、最終的には僕もその話に頷くことにした。今一つ細かいところを教えてくれてないのはちょっと気に食わなかったけど、オブライエンの作戦というのはこうだ。
 まず、何らかの方法で十代の友達……たとえば翔や剣山、万丈目あたりをこちらに呼び寄せておく。そして探しに来た十代をオブライエンがこいつを返してほしくば俺とデュエルだ、とか何とか言って1対1でデュエルするという、単純だけど効果的だろう作戦だ。ちなみに人質役が僕じゃないのは、僕に別の役割が与えられたからだ。というのも恐らく来るであろう十代以外のメンツがデュエルに手出ししないよう、足止めをする必要があるらしい。
 ……わかりづらいけど、要するにデュエルしてればいいんだろう。難しくない話なら、僕にとっては専門分野だ。

「結構は今日の夜、場所はこの木の下だ。いいな」
「了解。じゃあ、僕はいったん寮に戻るよ。夕飯の支度もしなくちゃだし、あんまり長いと僕を探しに出てきかねないし。口は割らないから安心して」

 一応協力にオーケーを出す条件として、誰にも危害は加えない、その約束だけはきっちりと取り付けておいた。ちょっと警戒しすぎな気もしたけど、どうもこの2年間のことを思うといくら警戒してもし足りない気がしてならないのだ。いや、もちろん僕にだってわかっている。僕もオブライエンもただの学生だ、これまでのセブンスターズや光の結社と同じノリで世の中が動くわけがない。実は、それはそれで寂しいのも否定できないけど。それでもやっぱり、心配なものは心配なのだ。
 さ、約束も取り付けたし、これから少しの間は気を張ってなくちゃね。隠し事なんてちょっとワクワクするけど、それが態度に出て怪しまれたりしたらオブライエンに顔向けできない。そんなのんきなことを考えていた。
 ……そしてその後は、特に変わったことはない。計画通り、日が暮れても姿を見せない翔を心配した十代が、なぜかまだいたヨハンと剣山を連れて外へと探しに行く。僕はというと声をかけられる寸前に2階の窓から飛び出て猛ダッシュで森の中に駆け込み、そこからオブライエンのいる場所とレッド寮との中間地点あたりに先回り。しばらく待っていると、無事に3人がやって来たわけで。

「やっほー」
「清明!ちょうどいい、翔がいなくなっちまったから、一緒に探して……」
「翔だったら、この向こうの崖のあたりにいるよ」
「え?お前、何言って……」

 さすがにこのあたりで、何かがおかしいと気づいたらしい。一斉に警戒する十代たちに、慌てて止めるジェスチャーをする。このメンバーで3対1とか、もう絶対に勝てる気がしない。

「十代は通っていいよ、そうさせてくれって言われてるし」
「え?清明、一体この向こうに誰がいるんだ?」

 んー、なんて言おうか。まあでもあっち行けばすぐわかることだし、別に隠す理由もないか。

「オブライエン。これ以上は僕もよく知らないけど、ご指名は十代だよ」
「一体……ええい、清明!お前にも後で話を聞かせてもらうからな!無事でいろよ、翔ー!」

 一瞬迷った後、十代が森の中を走っていく。その後ろ姿を見送った後で視線を元に戻すと、こっそり回り込んでいこうとしていたヨハンと剣山が見えた。おっと危ない、まったく油断も隙もあったもんじゃない。

「非常に悪いんだけどね、こっから先は僕の時間稼ぎに付き合ってもらうよ」
「くっ……だったら俺が相手するドン!」

 真っ先に反応する剣山。そのままデュエルディスクを構えようとするが、その前にヨハンが割り込んだ。

「いや、ここは俺が相手だ」





 そして、時間は冒頭の時点に戻る。グレイドル加入前の僕が手も足も出なかった、ネオスペーシアンの力を手に入れた十代。その十代と互角に戦う実力者が相手となると、これは厳しいデュエルになりそうだ。そして、だからこそ楽しいデュエルになりそうだ。

「僕のターン!グリズリーマザー、攻撃表示!」

 いわゆる属性リクルーターの1体である、水色の体毛で覆われた大熊がその2本の足で大地を踏みしめる。

 グリズリーマザー 攻1400

「まずはこんな所かな。僕はこれで、ターンエンド」
「俺のターン、ドロー!何をリクルートするのか見せてもらうぜ。来い、トパーズ・タイガー!」
『ああ、任せておけ!』

 頭に角の代わりに剣を生やした、黄色がかった白い虎。トパーズをつかさどるヨハンのデッキの切り込み役だ。

 宝玉獣 トパーズ・タイガー 攻1600

「これが、宝玉獣……さすがに客席から見るのとこうやって正面から見るのじゃあ、だいぶ違うね」
『ありがとうよ。まったく、デュエルアカデミア本校ってのはこんなに精霊が見える奴ばっかり集まってきてんのか?向こうとはえらい違いだぜ』
「ははは、そうかもな。バトルだ、トパーズ・タイガーでグリズリーマザーを攻撃、トパーズ・バイト!そしてこの瞬間トパーズ・タイガーの効果により、モンスターに攻撃を行う時のみ攻撃力を400アップさせる!」

 宝玉獣 トパーズ・タイガー 攻1600→2000→グリズリーマザー 攻1400(破壊)
 清明 LP4000→3400

「この瞬間、戦闘破壊されたグリズリーマザーの効果を発動!デッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター……ツーヘッド・シャークを特殊召喚!」

 上下に分かれた2つの口を持つシャークモンスターの1体、ツーヘッド・シャーク。僕のデッキを割と初期のころからその攻撃的な効果でアタッカーとして支え続けてきてくれたモンスターだ。

 ツーヘッド・シャーク 攻1200

「トパーズ・タイガーがいるのにあえて攻撃力1200のモンスターを?メイン2にカードを2枚セットし、ターンエンドだ」

 まずはお互い、様子見といったところだろうか。勝負が動くのはこれからだ。

 清明 LP:3400 手札:4
モンスター:ツーヘッド・シャーク(攻)
魔法・罠:なし
 ヨハン LP:4000 手札:3
モンスター:宝玉獣 トパーズ・タイガー(攻)
魔法・罠:2(伏せ)

「僕のターン、ドロー。魔法カード発動、アクア・ジェット!このカードの効果により、魚族モンスターであるツーヘッドは攻撃力が1000アップ!さらに、ハリマンボウを召喚!」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200→2200
 ハリマンボウ 攻1500

 ツーヘッド・シャークは2回攻撃の能力を持つため、このターンで与えられる総ダメージは攻撃力の倍の4400。さらにハリマンボウの一撃が乗れば、このターンで一気にけりをつけることもできるという寸法だ。もちろんそううまくいくとは思っていないけど、その伏せてある防御札を引っぺがしてやることはできる。

「バトル、ツーヘッド・シャークでトパーズ・タイガーに攻撃!」
『ちいっ……!』

 やぶれかぶれで爪を振り上げ突進してきたトパーズ・タイガーの攻撃を、アクア・ジェットにより強化されたスピードでひらりとかわしたツーヘッド・シャークがそのまま横に回り込んで脇腹を噛み砕く。まずは一撃、これは通った!

 ツーヘッド・シャーク 攻2200→宝玉獣 トパーズ・タイガー 攻1600(破壊)
 ヨハン LP4000→3400

「よくも俺の宝玉獣を!だが、昨日のデュエルを見ていたなら知ってるよな?宝玉獣は破壊されても永続魔法の扱いとなり、宝玉状態でフィールドに留まり続ける!」

 その言葉通り、ヨハンの伏せた2枚のカードの横に大きなトパーズの塊が浮き上がる。だがそれだけではなく、その動きに反応して伏せカードのうち1枚が表になった。

「さらに今の破壊をトリガーとして永続トラップ発動、宝玉の集結!このカードは俺のフィールドで宝玉獣が破壊された時、デッキから別の宝玉獣を特殊召喚できる!来てくれ、サファイア・ペガサス!」

 トパーズが放つオレンジ色の光に導かれ、青色の宝石……サファイアを額に持つ天馬が翼を折りたたんだ防御姿勢で特殊召喚される。

 宝玉獣 サファイア・ペガサス 守1200

『どうやら私の出番のようだな、ヨハン』
「ああ、ここはお前にどうしても頼みたくてな。サファイア・ペガサスはフィールドに出た時、手札・デッキ・墓地から宝玉獣を1体宝玉状態で場に出すことができる能力がある。俺はデッキに眠る宝玉獣、アメジスト・キャットを宝玉にするぜ。サファイア・コーリング!」

 サファイア色の輝きが、新たなる宝石……妖しく紫に輝くアメジストを展開する。昨日も思ったけど、このデッキはどの宝石も凄くキラキラしているから見てて飽きない。だって悪く言うつもりはないけど、グレイドルなんてモロに気色悪い系統だし。ビジュアル要素を全部かなぐり捨ててポテンシャルにステータス全振りしたみたいな子ばっかりだし。個人的にはあの子たちもあのつぶらな瞳なんてかわいいと思うけどね、絶っ対万人受けしないだけで。

「守備力1200なら、ハリマンボウでも突破できる!ツーヘッドの2回目の攻撃は次に回すとして、今はハリマンボウで追加攻撃!」

 ハリマンボウが体を開き、無数の針をミサイルのように打ち出す。だがペガサスはその翼を一振りし、なんとその全弾を撃ち返して見せた。自らの針を受けてしまい、ハリマンボウが痛みにその小さな顔をしかめる。

 ハリマンボウ 攻1500→宝玉獣 サファイア・ペガサス 守1200→2400
 清明 LP3400→2500

「守備力が……倍に!?」
「その通り。俺は今の攻撃時にこのトラップカード、D2シールドを発動していたのさ。この効果によって、俺のモンスター1体の守備力は元々の倍の数値になる。残念だったな、ツーヘッド・シャークから攻撃してれば少なくともダメージは受けずに済んだのに」
「ちぇっ、ちょっとうかつだったかね。メイン2に移行してカードをセット、僕はこれでターンエンド」

 宝玉を出して終わりかと思ったら、ちゃんと生き残る算段も立てていたってわけか。そう来なくっちゃ、面白くないね。

「俺のターン!まずは宝玉獣 コバルト・イーグルを召喚。そしてサファイア・ペガサスを攻撃表示に変更し、さらに装備魔法、宝玉の解放を装備。この効果により、サファイア・ペガサスの攻撃力はさらに800ポイントアップするぜ」
『いよっしゃあー!行くぜ、ヨハン!』

 サファイアの透き通るような青とはまた違う、水色に近い宝石を胸に持つ大きな鷹が、意気揚々と舞い上がる。その傍らで、ペガサスの額に輝くサファイアがその輝きをより一層増した。

 宝玉獣 コバルト・イーグル 攻1400
 宝玉獣 サファイア・ペガサス 攻1800→2600

 なるほど、打点で上回るツーヘッド・シャークに対して、単純に向こうも打点を上げての正面突破を仕掛けに来たわけか。でも除去カードを一切詰まないことを明言するヨハンのデッキなら、確かに攻撃力が上のモンスターに競り勝つにはそれが一番有用か。ポセイドン・ウェーブあたりがセットしてあればよかったけど、あいにくそんなものここにはない。

「まだまだ終わらないぜ?魔法カード、宝玉の契約!このカードの効果で、宝玉となっている俺のトパーズ・タイガーを再びモンスターとして特殊召喚する!」
「さっき倒したってのに、もう帰ってくるの?」

 宝玉獣 トパーズ・タイガー 攻1600

「さあ、バトルだ!まずはサファイア・ペガサスで、ツーヘッド・シャークに攻撃!サファイア・トルネード!」

 宝玉獣 サファイア・ペガサス 攻2600→ツーヘッド・シャーク 攻2200(破壊)
 清明 LP2500→2100

「次にトパーズ・タイガーでハリマンボウに攻撃、トパーズ・バイト!この瞬間トパーズ・タイガーの効果により、また攻撃力アップだ」

 宝玉獣 トパーズ・タイガー 攻1600→2000→ハリマンボウ 攻1500(破壊)
 清明 LP2100→1600

 これは、さすがに参った。ヨハンのデッキに上級モンスターは1体も入っておらず、それどころかモンスターそのものがたった7体しかいない。なのに、僕のライフはいつの間にか半分以下になっている。上級モンスターも最上級モンスターもなしの下級ビートダウンなのにこれほどのスピードでライフが削られるとは、さすがに主席の肩書は伊達じゃない。宝石という見た目に反して戦術に派手さは一切見られないけれど、堅実にそして確実に、アドバンテージとデュエルの流れを両方持っていかれている。
 もっとも、こっちとしてもやられっぱなしじゃいられない。

「だけどこの瞬間、墓地に送られたハリマンボウの効果発動!相手モンスター1体、トパーズ・タイガーの攻撃力を500ポイント下げる!」
『この程度、かすり傷だ……!』

 宝玉獣 トパーズ・タイガー 攻1600→1100

「大丈夫か?コバルト・イーグルでダイレクトアタック!」
「おっと、それは通せないね!相手の直接攻撃宣言時、手札からゴーストリック・フロストの効果を発動!その攻撃モンスターを裏側守備表示にして、さらにこのカードをセット状態で特殊召喚する!」
『うおっ!?寒っ!』

 稲石さん譲りの、防寒着に身を包んだ雪だるまが雪玉を投げつけてコバルト・イーグルの突撃を牽制する。危ない危ない、さすがにこのライフであのダイレクトアタックは洒落にならないからね。
 それにここでモンスターを場に残せたことで、次に繋げる布石ができた。

「これも防がれたか。仕方がない、俺はこれでターンエンドだ」

 清明 LP:2100 手札:1
モンスター:???(ゴーストリック・フロスト)
魔法・罠:1(伏せ)
 ヨハン LP:3400 手札:1
モンスター:宝玉獣 サファイア・ペガサス(攻・解放)
      宝玉獣 トパーズ・タイガー(攻)
      ???(宝玉獣 コバルト・イーグル)
魔法・罠:宝玉の集結
     宝玉の解放(ペガサス)
     宝玉獣 アメジスト・キャット

「僕のターン!セット状態のフロストをリリースして、アドバンス召喚!出て来い、氷帝メビウス!」

 氷帝メビウス 攻2400

「氷帝メビウス、そのカードは!」
「その通り、メビウスはアドバンス召喚時にフィールドの魔法・罠カードを2枚まで破壊できる!フリーズ・バースト!僕がこの効果で狙うのは宝玉の集結、そして僕のフィールドに存在するこの伏せカード!」
「自分のカードを?」

 ヨハンの疑問はもっともだ。何しろ、このデッキにこういったギミック……なんて大げさなものじゃないけど、とにかくこの組み合わせが仕込んであることを知らないんだから。僕が破壊宣言した伏せカードが、勢いよく表になった。

「メビウスの効果にチェーンして永続トラップ、安全地帯を発動!このカードは発動時に攻撃表示モンスター1体を対象にとって、そのモンスターをあらゆる破壊から守ったうえで効果対象にもならなくさせる。だけどそのデメリットとして、このカードが破壊された時にそのモンスターも破壊される……もうわかったよね?これでサファイア・ペガサスを撃破!」

 安全地帯は単体除去カードです、オーケー?まあとにかくその指示に従い、メビウスがこちら側と向こう側に無数のつららを生やす。地中から生えたたくさんのそれが、2枚のカードを同時に貫いたように見えた。
 そう、見えただけだった。確かに僕の安全地帯はその中心をぐっさりと貫かれていたのだが、宝玉の集結の姿がない。

「宝玉の集結のさらなる効果をチェーン発動させてもらったぜ。このカードを墓地に送ることでフィールド上の宝玉獣1体と相手フィールドのカード1枚を選択し、その2枚を持主の手札にバウンスする効果だ。俺が選んだのは氷帝メビウスと、俺のフィールドで宝玉となっているアメジスト・キャットの2体!」
「メビウス!?」

 メビウスの巨体が風となって消えさり、後にはただ融けかけのつららのみが残った。

「くっ……だけど安全地帯の破壊には成功したから、サファイア・ペガサスだけでも破壊はできたはず!」
「ああ、確かにその通りだ。だがな、俺の発動していた装備魔法、宝玉の解放にはもう1つ効果があるのさ。あのカードは墓地に送られた時、デッキから宝玉獣1体を宝玉化することができる。俺が選ぶのは、アンバー・マンモスだ」

 アメジストの塊がヨハンの手札に戻り、すぐその位置には文字通りの琥珀色に輝くアンバーと力を失ったペガサスが変化したサファイアが輝きを放つ。こっちがどれだけ手を尽くしても、決してステータスが特筆して高いわけでも効果が目に見えてチートなわけでもない下級モンスター達の牙城を崩すことができない。頼みの綱の氷帝メビウスすら空振りに終わり、さすがにくじけそうになる心をなんとか奮い立たせた。もし使い手の僕が勝手に諦めたりしたら、その僕を信じてここまで頑張ってくれたこのデッキに対して申し訳が立たないからね。
 それに、まだ手がなくなったわけじゃない。このカードがあれば、まだ僕は戦うことができる。

「カードを1枚セットして、ターンエンド」
「俺のターン!コバルト・イーグルを反転召喚して、さらに宝玉獣 アメジスト・キャットを召喚!」
『あら、ようやく私の出番なのかしら?』
「ハハハ、悪い悪い。待たせちまったな」
『冗談よ』

 宝玉獣 コバルト・イーグル 攻1400
 宝玉獣 アメジスト・キャット 攻1200

 全身薄いピンク色の大型猫が、さすがに猫らしく足音ひとつ立てずにしゃなりしゃなりとヨハンを飛び越えフィールドに着地する。ここまで矢継ぎ早に召喚を決めるなんて全く、つくづくモンスターに愛されてるもんだ。

「さあ、たっぷり暴れてもらうぜ?バトルだ、3体のモンスターで……」
「わざわざ3体目のモンスターを出してきたってことは、それが通るとは思ってないんでしょ?永続トラップ発動、バブル・ブリンガー!このカードがある限り、お互いにレベル4以上のモンスターは直接攻撃できない!」
「やっぱりな。だが、レベル3のアメジスト・キャットにそのトラップは効かないぜ。ダイレクトアタックだ、アメジスト・ネイル!」

 立ち上る泡の壁が、天空から襲い来るイーグルと地上から駆けてきたタイガーの攻撃をそれぞれ押しとどめる。しかしアメジスト・キャットだけは正確に泡と泡の間をするりと抜けて近寄ってきて、いささかも勢いを落とすことなくその長い爪を伸ばして手ひどく引っ掻いていった。

 宝玉獣 アメジスト・キャット 攻1200→清明(直接攻撃)
 清明 LP2100→900

「痛てて……まだまだこれぐらい、生きてりゃ十分安いね」
「そうか。メイン2に魔法カード、烏合の行進を発動!このカードは自分フィールドに獣・獣戦士・鳥獣族いずれかが存在するときに発動でき、その種類1つにつきカードを1枚ドローする。俺のフィールドには獣族と鳥獣族が存在するから、2枚ドローだ。カードを1枚伏せ、俺はこれでターンエンド」

 清明 LP:900 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:バブル・ブリンガー
 ヨハン LP:3400 手札:3
モンスター:宝玉獣 アメジスト・キャット(攻)
      宝玉獣 トパーズ・タイガー(攻)
      宝玉獣 コバルト・イーグル(攻)
魔法・罠:宝玉獣 アンバー・マンモス
     宝玉獣 サファイア・ペガサス

 さあ、どうしよう。さっきは強がってみせはしたけど、割と今余裕がない。手札の唯一残ったカードの氷帝メビウスも、リリース要因がいない現状事故要因にしかなっていない。せめてアメジスト・キャットだけでもこのターンで対処しないと、もう一度今の攻撃を喰らうだけの余裕はない。

「僕のターン、ドロー!」

 ……もっとも、なんだかんだ言って心配はしてないけどね。僕のデッキは、そして僕のカードはありがたいことに、まだ僕を見捨てる気はないらしい。なら、このチャンスを最大限に生かすよう努力するまでだ。

「今引いたモンスター、グレイドル・イーグルを召喚!そしてバトル、イーグルでアメジスト・キャットに攻撃!」

 地面から湧き出る銀色の水たまりが黄色の鳥となり、アメジスト・キャットに向かってどこか最後のあがきめいた勢いで突撃を仕掛ける。

 グレイドル・イーグル 攻1500→宝玉獣 アメジスト・キャット 攻1200(破壊)
 ヨハン LP3400→3100

「アメジスト・キャットを宝玉に変更……もうこれで、ターンエンドみたいだな」

 ヨハンの言葉に、無言で頷く。今のターン、できる事はすべてやった。実際問題、あれ以上のことは望めないだろう。ただ残念ながらヨハンの今の表情とよく似たものを、僕は知っている。ちょうど、十代が相手の猛攻を耐えきって逆転のターンを始める……お決まりの流れに入る、その寸前みたいな顔だ。

「俺のターン、ドロー!魔法カード、宝玉の導きを発動!このカードは自分フィールドに宝玉化した宝玉獣が2体以上いるとき、デッキから宝玉獣を特殊召喚することができる。さあ来い、ルビー……ルビー・カーバンクル!」

 これまでの宝玉獣が全員それなりのサイズだったのに対し、うってかわって小さな猫のような生き物が手札を飛び出てヨハンの肩に飛び乗る。ちょうど、十代のハネクリボーと同じぐらいのサイズだろうか。そんなカーバンクルが尻尾の先についた赤い宝石から光を放ち、休眠状態にあった宝玉たちを照らし出す。

 宝玉獣 ルビー・カーバンクル 攻300

「ルビーは特殊召喚に成功した時、宝玉化した宝玉獣を可能な限りモンスターとして特殊召喚できる!照らし出せ、ルビー・ハピネス!」

 宝玉獣 アンバー・マンモス 攻1700
 宝玉獣 アメジスト・キャット 攻1200

 モンスターゾーンがいっぱいなためにサファイア・ペガサスは呼び出されず宝玉のまま。しかし、それでもすでに十分すぎるほどのモンスターの差だ。

「先に言っておくけど、グレイドル・イーグルは破壊された時に相手1体に寄生する能力を持っているからね。生半可な攻撃じゃあ僕のライフは削りきれないよ?」
『あら、そんなに怖い相手なら戦わないでおきましょうか。ねえ、ヨハン?私を呼んだ意味は分かってるわよ?』

 精一杯の脅しを軽く受け流し、ヨハンに意味ありげな流し目を寄せるアメジスト・キャット。それにたいして軽く頷くと、ヨハンが最後の伏せカードを表にした。

「アメジスト・キャットは与えるダメージが半分になる代わりに、相手プレイヤーに直接攻撃ができる。そしてこのバトルフェイズにトラップ発動、アサルト・スピリッツ!このカードは発動後装備カードとなり、装備モンスターが攻撃するダメージステップ開始時に手札の攻撃力1000以下のモンスター1体を墓地に送ることで、その攻撃力分だけエンドフェイズまで装備モンスターの攻撃力をアップさせることができる。攻撃力600のエメラルド・タートルを墓地へ!」

 エメラルド色のオーラがアメジスト・キャットの全身を包み、音もなく駆けだした雌豹がそのしなやかな動きを駆使してグレイドル・イーグルとバブル・ブリンガーによる2重の防御をいともたやすく乗り越え、またしても一瞬にして僕の懐へと飛び込んできた。

『残念だったわね、坊や』

 宝玉獣 アメジスト・キャット 攻1200→1800→清明(直接攻撃)
 清明 LP900→0





 ………あー、また負けたー。さすがにちょっとへこんでいる横で、ずっと観戦していた剣山が興奮冷めやらぬ様子でヨハンに話しかけていた。

「あの清明先輩が、ほとんど手も足も出ずに……!凄いドン、さすがにデュエルアカデミアアークティック校主席だけのことはあるザウルス!」
「おいおい、褒めても何も出ないぜ?それに……」
「それに?」

 そこで一度後ろの会話が途切れたのと視線を感じたので、ヨハンと剣山の方を振り返る。向こうもこちらのことを、真剣そのものの目つきで見つめていた。

「そのデッキについて、何か悩んでいるんだろう?そのせいで本来出せるはずの力の半分も出せていない。それぐらいのこと、デュエルすればわかるさ」
「一体、どういうことだドン?」

 剣山の反応をよそに、僕はただただ驚いていた。というのも、ヨハンの言ったことはまんま図星だからだ。つい昨日オブライエンに完敗したことが、いまだに僕の心に暗い影を落としているのが自分でもよくわかる。
 ……僕自身がグレイドルの、そしてそれ以前に使ってきたモンスターたちの力を生かし切れていないんじゃないか。その思いは今もなお、僕を悩ませ続けている。だけど、どうすればいいのかが全く分からない。もっと直接的に言えば、今の僕は行き詰っている。
 だけど、十代にもまだ相談していないそれを、まさかたった1回デュエルしただけで見抜かれるとは。敵わないなあ、本当に。

「なあ、清明。1つ約束してくれよ、またいつかお前が、本当に納得できる自分なりの答えを見つけたら、その時は再戦しようって」

 屈託なく笑い、座り込んだ僕に手を差し伸べてくるヨハン。その言葉に力を込めて頷き、その手を掴んで立ち上がろうとしたところで―――――

 ドクン。

 デスベルトが突然光を放ち、そこを中心に猛烈な勢いでエネルギーが吸い取られていった。これ、は……授業用の教材の一種だとは信じられないぐらいの思ったより厳しい、下手すると意識を失いかねないほどの喪失感にどうにか耐えていると、同じように苦しそうに息をつくヨハンが見えた。

「こ、今度はどうしたんだドン!?」
「おかしい、昨日十代とデュエルした時はここまでひどくは……なかった、はずなのに……」

 その瞬間、なぜか昼間見たオブライエンの顔が脳裏に浮かんだ。人質を取ってでも十代の本気以上の力が見たいとの、あの時僕に彼がした不自然で無茶のある要求。当然、十代は熱くなるだろう。そしてその腕にはまっているのはデュエリストの熱い思いや情熱……すなわち、本気の力を吸い取るデスベルト。

『マスター、今私が……』
「いや、この程度なら平気、ちょっとびっくりしただけだし。それより、今は十代が!」

 実際少しの間じっとしていたら、どうにか体調も持ち直してきた。すぐさま立ち上がって、いま思いついてしまったある考えに思いを巡らす。おそらく十代とオブライエンは、あの場所で今もデュエルしているだろう。そしてあんなロープも張ってない危険極まりない崖っぷちでデュエルした後で、何も知らないであろう十代達に今のデスベルトのショックが突然襲ってきたりしたら?そして、そこで思わずよろめいたりでもしたら?そのまま何かのはずみで足を滑らせたりでもしたら、本気で2人の命に関わる!

「あ、清明せんぱーい!?」
「剣山、悪いけどヨハンお願い!」

 それだけ言い残し、座り込んでいた姿勢から急に立ち上がったせいで一瞬ふらついた自分の体に活を入れて走り出す。困惑する剣山の声を後ろに聞きながらもスピードを落とさないよう木と木の間を走り抜けていくと、今まさにそのデュエルが終わろうとしていた。

「これで終わりだ、ネオスで攻撃!ラス・オブ・ネオス!」
「十代、オブライエン、危ない……翔!?」
「清明!?」

 ほんの一瞬だけ当初の目的も忘れ、翔の名前を叫んだのにはわけがある。昼間に見た、オブライエンの修行用ワイヤー装置。なんと翔は体中をぐるぐる巻きに縛られた状態で、一本だけ生えた崖際の木からちょうど昼間のオブライエンのように吊り下げられていたのだ。

「落ち着け。デュエルが終わった以上、約束は守る」

 慌てて翔が吊るされている木に登り、がっちりと固定されたワイヤーを掴む。誰も止めに入らないということは、僕が引き上げていいんだろう。

「翔!ちょーっと大人しくしててよ、今引きあげるから、ねっ!」
「う、うん……アニキー!」

 最後のねっで腕に力を込めて翔の小柄な体を崖の上に引っ張り上げて縄をほどいてやると、すぐに十代に向かって駆け出して行った。
 さて、十代と翔はともかくとして、どうしても僕にはやっておかなきゃいけないことがある。それも、デスベルトの影響が出る前に。ソリッドビジョンの衝撃に吹っ飛ばされてから立ち上がろうとするオブライエンのもとに行き、無言でその胸ぐらをつかんで起き上らせた。いたって落ち着いて息をつくその顔を見つつ、できる限り冷静に声を出す。もっともあまり成功したとは言えず、口から出たのは怒りを押し殺しているのがよくわかるような声だった。

「ねえオブライエン、あれはどういうこと?」
「どういう意味だ?」
「とぼけないでよ。僕は、『誰にも危害は加えない』って約束したから協力したんだよ?縛ってそこらへんに転がしておくだけならまだしも、なんであんなことする必要があったのさ」

 怒りに震える僕とは対照的に一切感情を動かすことなく、なんだそんなことかと言いたげに息をつくオブライエン。それを見て、考えるより先に手が動いていた。次に気づいた時には、すでにその横っ面を張り倒していたのだ。意外にも無言でそれを受けたオブライエンが何か言おうとして口を開いたその瞬間に、その腕に付いたデスベルトが光を放った。

「ぐっ!?」
「大丈夫だったか、翔……うわっ!?」

 それと同時に十代のデスベルトもまた光を放ち、持ち主のエネルギーを吸い取りにかかる。どうやらこの2人に対するエネルギー吸収は僕とヨハンが受けたそれよりもう1段とキツいものだったらしく、ふらつくどころかその場に2人して倒れこんでしまった。
 よほど苦しいのか激しく息をつくオブライエンを見ているうちに、僕の怒りも干潮の海のように引いていくのが自覚できた。あーもう、だからデスベルトが仕事する前に怒っときたかったのに。こんな苦しそうなところ見せられたら、これ以上怒るに怒れないじゃない。
 ただ、最後にこれだけは聞いておきたい。

「オブライエン。今のぐらいなら、避けようと思えば避けれたんじゃない?なんで喰らったのさ」

 横っ面を張る寸前、オブライエンの目はしっかりと僕の腕の動きを捉えていた。そして軌道が読めたということは、避けようと思えば避けられたということだ。
 そんな僕の質問に、苦しそうに息をつきながらゆっくりと答える。

「……お前には、俺を殴るだけの、正当な権利がある。そう思った、だけだ」
「そう」

 それ以上何も言わなかったけど、その答えにとりあえずは満足した。次にこれまたぐったりして動けない十代のところに行き、その介抱をしていた翔の隣に座りこむ。こちらを見てくる2人に対し、頭を下げる。

「清明……」
「十代、翔、ごめん!」
「えっ?なんで清明君が謝るんスか?」

 厳しい目でその謝罪を聞く十代に対し、本気で訳が分からないという様子の翔。どうやらオブライエンからは何も聞いていないようだったので、僕が彼と協力していたこと、翔を人質にとることまでは僕も一枚噛んでいたこと、ヨハンたちの足止めを今の今までしていたことなど、全てを洗いざらいぶちまけた。2人とも、最後まで何も言わずに黙って聞いてくれた。そのことが、ただひたすらにありがたかった。

「こんな危険な目に合わせて、謝って済むような話じゃないのはわかってる。だけど、どうしても言わせて。………ごめん」

 最後に深々と頭を下げたまま、顔を上げるのをしばらくの間ためらう。時間にしてみればせいぜい数十秒ぐらいだろうけど、僕にとっては何時間もそうしていた気がした。すると、そんな僕の視界に2本の手が伸びてくるのが映る。恐る恐る顔を上げると、十代と翔の笑顔が見えた。もっとも十代の方は、デスベルトのショックでだいぶやつれた笑顔になっていたが。

「気にすんなよ、清明。もう済んだことだし、それにお前だって知らなかったんだろ?な、翔」
「そうッスよ。確かに怖かったけど、こうやってアニキも助けに来てくれたし、第一清明君が謝ることじゃないよ」
「十代、翔……ありがとう」

 2人の優しさが身に沁み、改めて頭を下げる。その様子が何かおかしかったのか、声を揃えて十代と翔が笑う……だけど、それもすぐに止まった。だいぶ無理して意識を保っていたらしい十代がついに限界になったらしく、そのままふらりと意識を失って崩れ落ちたのだ。

「ア、アニキ!」

 翔がその体を担ごうとするも、だいぶ体格差があるうえに別段力が強いわけでもない翔にはさすがに無理だったようだ。折よくやって来た剣山におぶってもらうことにして、とにかくレッド寮に運んでいく。少し迷ったけど、意識こそ失っていないもののかなり苦しそうなオブライエンも僕が肩を貸して連れていくことにした。

「デュエルをすればわかりあえるし友達になれる、か」
「何?」

 帰りの道中にふとこのフレーズを思い出して呟くと、オブライエンが聞き返す。ふっと笑って、どう説明しようかと少し首をひねった。

「いやね、僕も変わったなあって。ここに入学した時は、デュエルするだけで人と人がわかりあうってのはさすがに無理があると思ってたけど、いつの間にか僕もその考え方に染まってたみたいだし」
「……何が言いたい?」
「さっきはああ言ったけど、僕はオブライエンは悪い奴じゃないって信じてるよ。きっと今日のことも何かわけがあるんだろうし、気が向いたらでいいからまた教えてよ」
「なぜそう思ったんだ?」
「わかるさ。だって、オブライエンは僕にとってはもう友達だもん。友達を信じないんなら、一体何を信じればいいってのさ」

 オブライエンは、一言も答えなかった。だけど、僕の言葉を否定もしなかった。僕にとっては、それで十分だった。 
 

 
後書き
新年初っ端から2連敗とか、もしかして2016年って清明にとって厄年なんじゃないだろうか。どうせ悪名高い(褒め言葉)異世界突入も今年中だろうし。
ただ前回のヴォルカニックといい今回の宝玉獣といい、やっぱりシンクロもエクシーズもペンデュラムもないことが前提のテーマは融合以外のエクストラ全部縛ったこの世界だと強い強い。正直書きだすまでは、もうちょい清明も善戦できると思ってたんですけどねえ。なんか流れに身を任せて書いてったら清明1人のライフがガンガン減っていって、そのままあっという間に0になっちゃった感じです。 
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