進撃の幼子。
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【第1部】
【第1章】幼子世界を超える。
聞こえなくなった音。
さっきまで車の通り過ぎる音や、カラスの鳴く声が聞こえていたのに、突然静かになったことに不思議に思った柚子がそろりと目を開くと、そこはもうさっきまで、大きな瞳が映し出していた景色とは別のものに変わっていました。
先ほどまで、オレンジ色に染まっていた雲は白く、建物の間から四角く見えていた空には建物の影はもちろん、電線一本見当らず、青空が広がっています。
「ふぇ?からしゅ、いにゃい。」
後ろにひっくり返った体勢のままだった柚子は、むくりと体を起こすと、ぺたりと座りこんだままキョロキョロと周りを見渡しました。
自分は今、知らない場所にいる。
そして今、この場には安心できる母親がいない。
でも母親は、どこかに出かけてしまったことだけは小さな柚子の頭でも理解できていました。
大きな木が離れた場所に何本もあり、3歳にもなっていないとはいえ、都会育ちの柚子はこんなに広い草原と大きな木を見たのは初めてで、呆けたように小さな口を開けて、ぽかんと上を見ていると、いきなり遠くからプシューっという空気の噴出す音が聞こえてきて、近くにあった木の方で、ガシュっという大きな音がします。
びくりと体を揺らして振り向くと、木にはヒモがついたような物が刺さっていて、その後、ザザっと黒い影が通り過ぎました。
固まってしまった柚子はその後、数秒の間に通り過ぎてしまったものが何だったのか考えることも出来ませんでしたが、びっくりしてしまった後、我に返ると、この理解の出来ない事態に泣き出してしまいます。
「ふぇ・・・。う、わぁぁぁぁんっ。うぇ・・・。うえぇぇぇんっ。」
大きな声で泣き出してしまったすぐ後、またも近くに何かが刺さる音が響き、その音さえ恐怖に感じた柚子は顔を真っ赤にして泣きました。
すると、シュルルルっと何かが擦れる音の後、ダンっと何かが落ちてきました。
「・・・おい。」
「ふぇぇぇ。う、ええええんっ。」
「チッ。・・・・・おいっ。ガキ。」
「ふぇ・・・?ひっく。」
低く不機嫌な声が聞こえて驚いた柚子は、涙が溢れる瞳のまま見上げると、不機嫌そうに腕を組んだ男が立っています。
その男は柚子の容姿を確認すると、ほんの少しだけ目元をピクリと動かすと、小さな声で呟きました。
「・・・東洋人か?」
「ひっく・・・。・・・?」
涙を引っ込めた潤んだ瞳でじっと男を見上げていた柚子でしたが、母親の言葉を思いだしてハッとすると、小さなポシェットを開けてゴソゴソと中を探ります。
そんな柚子を怪訝そうに見ていた男は、何をしているのか理解できずにもう一度声をかけようとしたところで、白い封筒を取り出した柚子がもう一度男を見上げて『はいっ』とその封筒を小さな手で持ち上げて男に向けました。
「あ?・・・んだよ?」
「はいっ」
片手で涙いっぱいの目をくしくしと擦って、柚子はもう一度男に封筒を差し出します。
『・・・なんなんだ』と言いながら渋々その封筒を受け取った男は、じっとその封筒を睨みつけると、もう一度目の前の幼子に視線を向けました。
「・・・開けろってのか?」
そう聞いた男の言葉に、柚子は『これを読んでもらったらママが迎えに来てくれる』と思っていたので
大きく頷きます。
小さくため息を吐いた男は封筒に視線を戻すと、その封筒を開け、中の手紙を取り出して無言で視線を走らせました。
その手紙を読んでいる男の表情はどんどん険しいものになっていきます。
そしてその手紙を読み直すと、封筒にもう一度手紙をおさめてマントの中へしまってしまいました。
「チッ・・・。仕方ねぇ。おい。ゆず、だったか。」
「う?ゆず、ゆずなの。」
男が自分の名前を知っていたことで、更に柚子はこの男が母親のお友達なのだと勘違いしてしまいました。
今度は大きくため息を吐いた男は、一言柚子に向かって『泣くんじゃねぇぞ。』と眉間の皺を深めてその小さな体を片手でひょいっと抱き上げたのでした。
肩腕でだっこされていた柚子は、自分の足元から先ほど聞こえたプシュっという空気音が聞こえたことに気づくと、足下に視線を向けようとしましたが、ぐいっと急に男の体に押し付けられるくらい体が引っ張られるのを感じ、次の瞬間には、先ほど見上げていたはずの大きな木が下に見えることに気づいて叫びました。
「みゃあああああっっ!!」
「っっ!うるせぇ。怖けりゃ目を閉じてろ。」
「ふぇっ。うえーーーんっっ。」
「くそっ。耳が痛ぇ・・・。」
何で俺がこんな目に・・・と、男は内心で頭を抱えるのでした。
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