夕暮れの上空を、音速を超えるスピードで駆け巡る五人の影がうつった。RSの装着者達である。
そんな彼らと対峙しているのは全身装甲に包まれた白銀のISであった。ISは、上空でそのまま立ち止まると、背後の彼らへ振り向き、体を回転させながら雨のような弾幕を撃ち撒ける。
しかし、その攻撃は遠方から放たれた二発のビーム攻撃によって弾幕は途端に止む。
「私たちを忘れては困りますわよ!?」
「誇り高きドイツ軍人を舐めるな!」
遠方からはセシリアとラウラが見えた。
「太智! 奴がそっちへ行ったぞ!?」
俺が叫ぶ。
「清二、援護を頼む!」
目標を追う太智は、弾幕を槍状のRS楼幻で弾きながら突っ込む。
「一夏、奴の放つ弾幕に注意しろ!?」
巨大な斧ことRS雷豪を両手に持つ太智は、共に宙を舞う一夏へそう促す。
「りょ、了解!」
「皆さん! 敵の攻撃には十分注意してください!?」
しかし、そんな彼らの中には、あの弥生も加わっている。巫女装束を纏い空を舞う彼女は味方の防御と体力回復のための役割として同行していたのだ。
「一夏!」
「箒……?」
紅いISに乗る箒は、両手にブレードを握る。
「皆さん! 敵から熱源……来ます!!」
弥生の声と共に、白いISは再び雨のように弾幕を周囲へぶちまける。
「ぐぅ……!」
俺たちは、奴の脅威的な弾幕に苦戦を強いられる。
そして、白いISは敵の数が多すぎるのか、すぐさまその場から飛び去ってしまう。エネルギーを切らしたのだろうか?
しかし、白いISが向かう先には一機のISと思われる機影が映った。
「敵側の方角からISが一機突っ込んでくるぞ!?」
清二がそう叫ぶと、俺たちは一斉にレーダーを表示させる。確かに、この熱源はIS。それも量産型の打鉄じゃないか?
「くそ……!」
太智はそれに気付くと、すぐに俺たちは白いISを追う。
「待ちやがれ……!」
ようやくエネルギーのチャージが完了して絶対神速を使用して白いISの前に出てきたとこには、あのレーダーに映った打鉄の姿が見えた。そのパイロットは俺に取って意外な人物であった。
「舞香!?」
俺は、そんな彼女に目を丸くさせた。そして、彼女の元へ駆け寄ると、すぐさま注意を促す。
「危険だ! お前は早くここから逃げるんだ!!」
「は、はぁ!? 何でアンタがそんな偉そうなこと言うのよ!?」
「じゃあ何でこんなところに?」
「白いISを撃ち落としに来たに決まってんでしょ!?」
「何考えてんだ!? 危険んだから早く逃げろ!!」
「うっさいわね!」
「早く行け!!」
俺は、初めて彼女に対して鬼のように怒鳴った。それは、いくら彼女が憎たらしくとも、兄として妹を思っての行為であった。
「……ッ!?」
そんな俺の怒号に舞香はやや驚く。
だが、そんな俺の怒号が、後に彼女を刺激させてしまうのだ。舞香は、途端に逃げるはずの咆哮とは違う逆方向へ向かって飛んで行く、そこは白いISが一夏達と格闘する空域であった。
「何やってんだ!? 早くここから逃げるんだ!!」
「うるさい! アンタなんかよりも、アタシが一番上手く操縦できるってことを見せてやるんだから!!」
へんな見栄を張り。彼女は一般的なIS打鉄で白いISの元へ向かった。
――下らねぇ見え張りやがって!
そんな彼女の後を追いかける俺は、彼女が白いISへスナイパーライフルを向けるところまで追いつく。
「やめろ! 下手に攻撃するな!!」
「……!」
しかし、舞香は敵に照準を定めこちらへ突っ込む白いISに対し引金を引いた。
「……!?」
しかし、それを察知した白いISは、射撃は明確であるが攻めの甘い弾幕をかわすと、再びあの雨のような弾幕を振らせた。
「危ない!」
俺は、舞香の前に出て、降り注ぐ弾幕の雨を両手の零で弾き返す。だが、激しすぎる弾幕ゆえに零の刃をすり抜けて、数発が俺の足や方を掠めていく。
「くそ……!」
それでも、俺はどうにか後ろの舞香の楯になることができた。だが、弾幕が止むと共に俺の胸に何かの激痛が走った。
「ぐぅ……!?」
口の端から血が流れている。俺は、ゆっくりと胸板を見下ろした。そこには、打鉄のブレードの先が俺の胸を貫いている。
――嘘だろ……?
俺は、認めたくない事実を突き付けられ、そして徐々に意識が遠のいていった……
「狼……君?」
そして、そんな俺の後から来た弥生は、この一部始終を見てしまった。
*
二日前……
青い海に青い空、そして波の音が響き渡る白砂のビーチ……
「いよっしゃあぁ~!」
バスを載せた俺達一学年は、南の楽園こと臨海学校へ向かった。そこでは、一年生たちがそれぞれ親睦を深めるために行う合宿イベントである。もちろん、海上を利用したIS訓練など行う予定も兼ねており、臨海は授業の一環として成り立っていた。
「いやぁ~ついにこの時が来たな? 今年は自慢の一眼レフでガッポガッポ稼いだる!」
さっきから異様にハイテンションなのは太智である。彼は早速ビーチで眩しい光景を次々にシャッターへ収めた。
「ラルフがいないと寂しいなぁ~……?」
水着に着替えたシャルロットは、昨晩急に任務が入って大変喜んでいるラルフのことを思いだした。何しろ、彼にとってRSで上空を駆けてISとドッグファイトするのが何よりも素晴らしい娯楽と受け止めているのだ。悪く言うなら戦闘狂である。
「マスターに……この水着を見てもらいたかったな?」
ラウラは、自分が着ている黒いヒラヒラビキニの身形を見下ろした。
マスターこと、ヴォルフもまた緊急任務が割りこんできた故、今日の臨海学校には顔を出していない。
「一夏はどこぉ~?」
一緒に遊ぼうと、凰はその小さな背丈で目を皿にして一夏を探す。
「一夏はどこだ?」
と、箒も同様に彼を探していた。だが、一夏はこの場所には居なかった。
「海に行くのは久しぶりな~?」
ビーチの片隅の日向で、アロハを着た一夏は、そのまま白いガーデンチェアへ寝そべってサングラスをかけた。彼は、海で泳ぐのが嫌だからそのまま時間が経つまでの間、昼寝をすることにしたのだ。
「ね~? おりむーも一緒に遊ぼうよ?」
そこへ、本音がビーチに居る人間とは似合わない格好、狐の着ぐるみを着て現れた。コイツは、神出鬼没かつ、地形上体を構わずにその格好だからある意味で侮れない存在だ。
「悪いが、俺は海水浴が苦手なんだ……」
「ビーチバレーだよ~?」
「それも悪いが。俺ってスポーツの苦手なんだよ?」
「んも~……さっきウルフも同じこと言ってたよ~?」
「どうして俺なの?」
「だってぇ~相手チームめっちゃ強いんだもん~」
「……」
どうしてもと、長時間しつこく頼んでくる本音に、流石の一かも折れてしまう。
「しかたない……他ならぬお前の頼みだ。だが、俺は戦力にはならないぞ?」
「いいよ! いてくれるだけで♪」
と、本音は一夏の手を引いてビーチバレーへと向かう。
「ところで、相手はどんな奴なんだ?」
「千冬先生!」
「はぁ!?」
ちなみに、千冬はビーチバレーはかなり強いらしい。
「おいおい? 姉貴を敵に回したんなら百パーセント敗退決定だぞ?」
「え~? そんなことないよ~?」
一夏が向かうと、そこには千冬が登場して生徒達が黄色い歓声を上げていた。
――何ともまぁ、きわどい黒ビキニ着てるよ? あのゲス姉貴……
そんな一夏は、生徒達へクールに微笑む千冬を見てため息をついた。
「あんれ? 一夏じゃないか?」
と、ヤシの木の根元で自分と同じアロハ姿の狼を見つけた。
「狼さん? どうしたんすか?」
「弥生を待ってんだよ? 水着に着替えるからって……ハァッ……ハァッ……」
しかし、何故か一夏は先ほどから息を妙に荒げ、さらに表情を濃くしている狼に違和感を持った。
「あの……さっきから息荒げてません? 体調でも悪いんですか?」
「いや……ハァッ……ハァッ……別に大丈夫……ハァッ……ハァッ……だけど……?」
「いや! さっきからスッゴイ息荒いですよ!? やっぱ具合が悪いんじゃ?」
「じ、実は……弥生を待ってんだ」
「弥生さんを?」
「ああ……水着に着替えてくるから待っていろって言うから……けど、何故か落ち着いていられなくて……ハァッ……ハァッ……!」
「ああ……弥生さんならね?」
あの可愛い娘ならきっと水着で男たちも魅了させるだろう? ましてや、狼のような青年なら尚更緊張するに違いない。
「弥生だけじゃない……あの神無さんも蒼真さんと一緒に来てるんだ……ハァッ……ハァッ……」
――神無さん? ああ、あの……
蒼真からは聞かされている。確か、蒼真の彼女で弥生のお姉さんらしい。それも、ものすんごい美人だというではないか? これは期待できる。
「おりむー! こっちこっち?」
しかし、自分は本音達のもとへ行かなくてはならないため、よそ見はできない。
「はーい、今行くー……じゃ、俺はこれで?」
「ああ……ハァッ……ハァッ……」
一夏が、本音のもとへ向かおうとしたとき、また違う歓声が狼のいる方から聞こえてくる。それと同時に、狼と一夏は振り返った。
「あの子、天弓侍さん!?」
「すっごーい! めっちゃキレイ!!」
「お、おっぱいヤバすぎる……負けたぁー!」
「はぁ……弥生お姉様の水着……これは秘蔵コレクションにぃ!!」パシャッ
と、写真を撮るなり、何なりと、弥生ファンの生徒達は黄色い歓声を上げる。
「お、お待たせ……」
そこには、赤と白のストライプのビキニを来た弥生が、豊かな胸元を揺らしながら恥ずかしそうにこちらへ歩み寄ってきた。
――や、弥生っ……!?
狼の顔が濃く変わった。
「はぅ……!」
すると、弥生は狼に見つめられることに対し、恥じらいを隠せず、ヤシの木の裏へ隠れてしまった。
「は、恥ずかしいから……あまり、見ないでね?」
――か、可愛い……!
恥じらう姿といい、俺の目が飛び出すほど釘付けにされそうだ……! やば、股間がビーンッと来た……
「すごーい! あの人もスタイル抜群だよ!?」
「えっ?」
一人の女子が指さす方向へ俺は振り向いた……すると、そこには!
「み、見るなっ……」
堂々と歩くが、やはり頬を真っ赤に染める神無の黒ビキニ姿が……!!
「ファンタスティック……!」
さらに、狼は顔を益々濃くして鼻血を垂らした……
「よぉ! 若者よ? 気分はどうだ!?」
天弓侍姉妹の背後からアロハを着て麦わら帽子を被った蒼真が、サングラス越しにニヤニヤしながら、鼻の下を伸ばしている。
「そ、蒼真さん!?」
「おうっ! どうよ? 神無の超セクシーな姿は?」
「お、お前がこの水着をどうしても着てくれと泣きつくから私は……!」
そう神無は顔を赤くしながら、こうなった経路を話す。なるほど、あの蒼真なら大体は予想が付く。
だが、弥生の方はこの前ショッピングモールで俺に見せたあの水着か? それでも、マジマジと見つめると、やはり興奮するのは変わりない。
「蒼真……?」
「あん?」
そのとき、ふと千冬はある男を見つけた。サングラスと麦わら帽子でわかりづらいが、麦わら帽子からはみ出たヒラヒラしたワカメ状の前髪と風格は、どこをどう見ても宮凪蒼真であった。
「神無……」
すると、真顔になった彼は神無の耳元で囁くと、彼女も千冬の存在に気付いた。
「蒼真……」
不安な表情をとるも、神無は弥生に「先に狼殿と遊んでくるといい」と、言い残して蒼真と共に人気のないテトラポットの森へ向かった。無論、後から千冬も生徒達に一言残して後を付けていった。
「蒼真……お前なんだな?」
二人は立ち止まると、背後から千冬が恐る恐るそう彼に尋ねた。
「……」
麦わら帽子とサングラスをはずし、彼はゆっくりと振り返る。
「蒼真……!」
厳格な彼女の表情は次第に微笑んでいく。しかし、そんな彼女に対し蒼真は無表情に彼女を見ているだけだった。
「何故……あのとき、私を拒んだ?」
玄那神社へ訪れに来たときのことを千冬が聞き出す。
「何のことだか……?」
「とぼけるな! 神無という女が割りこんできて、お前と話す機会は無くなったが、あの時一瞬お前からとてつもない殺意を感じられた……」
そして、彼女は思いっきった質問を投げる。
「蒼真! 何故、私にあのような殺意を向ける!? 答えろ!?」
「千冬……」
蒼真は、サングラスを掛け直すと、彼女にこう告げた。
「……三日後の日没まで待ってくれ? そん時に答える。今は、まだな?」
「……」
不満な表情を見せる千冬を背に、蒼真は行ってしまう。そして、そんな彼の後を神無が歩くが、
「待て……」
「……?」
千冬に呼びと前られた神無は、振り返った。
「何か……?」
「蒼真に……何を吹き込んだ?」
「は……?」
「蒼真に、何を吹き込んだと聞いている?」
鬼のような目で千冬は彼女を睨んだ。しかし、そんな千冬の怒りに神無は全く動じず、むしろ言い返した。
「言っている意味が、よくわかりません……」
「ふざけるな……! お前が、蒼真と私を引き裂こうとしていることはわかっている」
「……何を仰っているのか。私にはわかりません」
「蒼真に手を出すな……彼は、私の物だ!」
やや、感情的に陥る千冬に、神無は冷静に言い返した。
「誰も、人を物呼ばわりする権利はありません。それが、ブリュン・ヒルデである貴方であっても」
「っ……!」
さらに、睨み付ける千冬だが、それでも神無は冷静を保った。
「織斑さん……? どうして、彼の心に気付こうとしなかったのですか?」
「他者のお前に何がわかる!?」
「とにかく、三日の日没までお待ちください?」
神無はそう言うと、再び蒼真のもとへ歩いていった。
「……」
一人残された千冬は、両手を握りしめ、唇を噛みしめた。
*
残されたのは、俺と弥生の二人だけであった。弥生は一向にヤシの裏に隠れている。
「あ、あの……変じゃないから出てきなよ?」
俺は苦笑いしてそう言った。
「ほ、本当ぉ?」
弥生は、恐る恐るそう問う。
「う、うん! 可愛いよ!?」
「……」
未だ、顔を真っ赤にしながらゆっくりとその姿をヤシの木から見せた。やはり……エロい。
「じゃ、じゃあ……えっと」
出てきてくれたのはいいが、まず初めに何をするか困るな? 泳ぐっていっても泳ぐ気はないから海パンなんて持ってきていない……
「喉乾いた? 俺、ジュース買ってくるよ? 何がいい?」
「……な、何でもいいです」
「わ、わかった……うん」
俺は彼女の胸元と下半身を目にゴクリと唾を飲み込んだ……しかし、俺は何かに躓いてデンジャラスに倒れてしまう。
「うわっ!?」
「きゃっ……!?」
ドサクサに手が、彼女の水着を結ぶ胸元の紐を掴んでしまい、それを握ったまま砂浜に顔を突っ込んでしまった。
「い、いたた……え?」
俺は何かの紐を掴んでいることに気付いた。それは……ブラ?
――違う、これは……ビキニ? そしてこのシマ模様は!?
「あっ……」
弥生は自分の胸元がやけに涼しいことに気付いた。そして、足元から見上げている狼が手にしている物が何なのかを見た。
「あ、私の……」
「マジで……」
彼女のその一言で、俺は目を丸くした。そして、甲高い弥生の悲鳴と共に俺は鼻から流血を起こした……
その夜、俺はとてつもない罪悪感に、温泉に入っても、浴衣に着替えても、夕飯も箸に手を付けないままボンヤリと下を向いたままだった。
「どうした? 食欲がねぇのか?」
隣に座る太智が、そんな俺を宥めた。
「無理もないですよ? なにせ、弥生さんの水着ポロリでしたからね……?」
一夏が、そう説明すると、太智は行き成り立ち上がった。
「ぬぅあにぃー!? 弥生の水着を見ただとぉ~!? それもポロリぃ!? どこで見た!? 俺はそれを撮り逃しちまったんだぞぉ!?」
実は、太智はビーチで水着に身を包んだ生徒達を写真に収めながら、一番の目玉である弥生を探していた。しかし、弥生という大物は見つからずじまいに終わってしまう。
「あのあと、恥ずかしさのあまり更衣室へ逃げ込んじゃったそうですよ?」
「くそ~! 俺としたことが……一生の不覚!!」
「と、とにかく! 明日も授業が終わった後にまた海水浴があるますから、その時にもまたチャンスが訪れますよ?」
そう一夏は、落ち込むというよりも悔しがる太智を慰めた。
「ん? そういや、その肝心の弥生ちゃんは?」
清二が尋ねた。見るからに、自分たちの周辺には弥生の姿がない。
「ああ、弥生さんならあっちで他の生徒達に囲まれながら食事してますよ?」
一夏が指をさした先には、顔を赤くしてもじもじしている弥生の姿が見えた。
今日の彼女の水着を見て感動し、そして彼女の生乳も見れて歓喜に満ちた女子生徒達が、彼女の周辺へ押しかけてきたのだろう。
「それにしても……」
一夏は、ふとお盆に乗せられた御馳走を見た。中学校の頃に行った修学旅行とは比べ物にならないくらい豪勢な献立である。
刺身と天ぷらの盛り合わせに伊勢海老が丸ごと……とてもじゃないが、学生にしては贅沢すぎる食べ物ばかりだ」
――IS学園だからか……?
一夏は、食事をしている周囲の生徒達を見た。やはり、全員お喋りばかりで行儀が悪い。ま、イギリス人のセシリアは正座になれてないから足を崩しても違和感は無い。ラウラは物珍しそうに日本食を宥めており、シャルロットは……ああ、間違ってワサビを口に入れたのか?
皮肉にも、箒が一番礼儀正しく食事をしているな……
「さて! 今夜はグイッと行こうぜ?」
さっそく、太智は缶ビールを取り出した。
「お、おい? 千冬公が見てんぞ?」
そんな所を、清二が止めに入る。
「いいって? どうせ、俺達はもう成人なんだし?」
と、缶ビールを豪快と飲む太智に、清二は羨ましそうに見た。
「フッフッフ……飲みたいのか?」
「……」
ゴクリと、唾を飲み込む清二に、太智はもう一本を彼に渡した。
「あざーす!!」
太智も缶を開けて豪快に飲んだ。
「ほれ、狼!」
と、太智は俺にもビールを投げ渡した。
「え、いいの……か?」
「ったりめぇだろ? 飲むなら皆で飲んだ方がいいぜ? それに、俺たちゃ仲間だろ?」
「けど……俺、あんまり仲間って程、良い奴じゃないし」
現に今日、悪気がなかったとはいえ弥生にあんなことしてしまったのだ……
まだ正直、俺は変わり者だからよく誤解を受けることが多い。しかし、そんな二人だって多少変わったところがあるから、逆に気が合うのかな?
「……ま、俺だって学生の頃はスンゲ―痛い奴だったぜ? それでも、いざ社会でりゃ段々と丸くなっていくもんよ? そこで、初めてダチの大切さってのが身に染みるものさ?」
「おれも、こう見えて学生時代はそうだったよ? あの時、よくケンカして泣いたもんさ? だから、今になって仲間の大切さが改めてわかって悔やむものだよ?」
太智と清二の台詞はまさに今の俺と被った。俺も、学生時代は同じようか経験をもっている。
――仲間、か……
俺は、太智と清二のそんな言葉に慰められたかのように思え、フッと微笑んで缶ビールを開ける。
「あ! 仲間なら俺にもくださいよ?」
と、一夏が割りこんできた。
「ダーメ? 未成年は、御法度よ?」
酔ってきたのか、太智は次第にふざけ始めた。まるで、蒼真のように……
「さーて、寝ますか?」
食事をどうにか済まして、俺は与えられた部屋へ向かった。
長い廊下を歩き、書かれた札を探しながら目付けた部屋は、一番隅っこにある少々狭いように見える部屋であった。
――そういや、相部屋の人って誰だろ?
そういえば、グループていっても適当に決められたからな? いったい誰と相部屋何だろう?
「お邪魔しまーす」
ま、どうせ俺と寝る奴と言ったら太智か、清二、あるいは一夏のランダムに違いない。
俺は気軽な声と共に引き戸を開けて部屋に入ってきた。
「ろ、狼君?」
そこには、弥生が居た。
「や、弥生!?」
当然俺は驚いた。寮では一様ルームメイトであるものの、旅館でもその役を担うのは凄い偶然だった……
「その……部屋の数が原因で、一緒の部屋になりました……ご迷惑、でしたか?」
不安な顔を向ける彼女に、俺はブンブン首を振り回して否定する。
「いやいや! そんなことないよ? いや……弥生ちゃんは元々ルームメイトだし、むしろ落ち着くよ?」
「そ、そうですか? なら、よかったです……」
「う、うん……」
しばらく、俺たちの間に気まずい沈黙が続いた。お互い、何も会話をしないまま時間だけが過ぎて行く。俺が何か言わないといけないよな……?
「あ、あの……テレビ、見る?」
ふと、俺はテレビへ指をさした。
「え……はい」
「じゃあ……えっと、何やってんだろ?」
別に、ここってメガロポリスからそんなに離れていないから、チャンネルは同じはずだ。
しかし、テレビの音声からは信じられないものが……
『さぁ~? 今宵も最高の官能映画をお届けするわ?』
「っ!?」
ナレーターの声と共にR指定のタイトルを聞いた途端、俺はとっさにテレビを消した。俺たちはお互い顔を赤くする。
「ご、ごめん! あんなの放送してたなんて知らなかったんだ」
「い、いえ……」
再び沈黙が続いた。自分のせいで弥生の気分を害してしまった。こうしている間にも他の生徒達は、楽しく部屋でトランプなりUNOを囲って遊んでいるに違いない……
そこで、俺は再び口を開けた。
「……あ、暇だったら別の部屋へ行ってみたら?」
「え……?」
一瞬、弥生が驚いたような顔をした。何か変な事でも言ったのかな?
「あの……私といると退屈ですか?」
「え?」
誤解を招いてしまったのだろうか?
「やっぱり……私なんかよりも、一夏さん達の方へ行ったほうが?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
俺はつい叫んでしまった。弥生は驚いている。俺は、心を落ち着かせてこう言った。
「今日のことで、弥生ちゃんが怒っているかと思ってさ? どうにかして場を和ませようと考えてんだけど、やっぱ俺があんなドジしたばっかりに……」
「そんなことありません!」
今度は、弥生が怒った。俺は、そんな彼女の言葉を聞く。
「別に……もう私は気にしていません。確かに、あの時は恥ずかしかったですけど……それより、私の方こそ一向に喋ろうともしないから狼君を退屈にさせているかと思って……」
「そんなことないよ? だって……他の皆は部屋で楽しくやっているからさ? それに比べてここに居ると静かで退屈だし、俺が何か楽しませようとしてもダメっぽいし……」
「フフッ、そんなことありませんよ? 私、こういう静かな和室で寛げる方が好きですから? 和室で騒がしいと、返って嫌なんです」
「そうなんだ?」
確かに、和室は騒ぐような場所じゃない。どちらかというと静かに寛ぐほうだ。現に、弥生はサービスで置かれている番茶を飲みながらゆったりと足を崩して寛いでいた。
「狼さんもご一緒にどうですか? お茶でも……」
「じゃあ……」
俺は、弥生の隣でお茶を飲んだ。正座が苦手だから胡坐をかくしかできないけど……
「ごめん……こういう時は、俺が引っ張るはずなのにさ?」
「お気遣いなんていいですよ? それよりも、何かお話でもしましょ?」
「そうだな……」
今日あったことといったら、海水浴でのハプニングしかない……
「えっと……海水浴?」
「あ、ああ……はい」
やっぱり、弥生は苦笑いしている。
「本当に……ごめんな? 俺、よくドジ踏む上にバカだから」
「そんなことないですよ? 私の方だって、今まで狼君にいっぱい助けられてますし、それにあの時も言いましたけど……私、狼君を信じてますから」
――弥生……
やや、照れくさそうに言う彼女に、俺は心から彼女へ感謝した。そして、そんな彼女の前で自分も恥じらっては無礼だと思い、勇気を振り絞って彼女笑顔で礼を言った。
「ありがとう、弥生ちゃん」
「……」
何故か顔を赤くする弥生。俺も今度からは彼女前で、出来るだけヘタレな態度を取るのは控えることにしよう!
だが……
「……そろそろ、寝ましょうか?」
「あ、うん……そうだね?」
夜の9時半。まだ他の生徒達は起きていると思うが、それでも俺は早く寝ようと思った。弥生と一緒の和室で夜更かしは御法度かと思ったからだ。
「あれ?」
押入れから布団を運ぼうとした俺は何かに気付いた。
「どうしました?」
弥生が歩み寄ってくると、俺は押入れの中を彼女に見せてこう言う。
「……布団が、一人分しかないんだ?」
「え? そんな……」
弥生も押入れを覗かせるが、やはり俺の見間違いではなく、本当に一人分しかない。
「俺、先生達に言ってもう一つもらってくるよ?」
とりあえず、千冬の元へ行くしかない。俺は、玄関で靴を履こうとする。
そんな一方、弥生は必死の決断に迫られる。
――どうしよう? せっかく合宿先でも狼君と一緒のお部屋になれたのに……今度こそ、私も本当の想いと一緒に魅力を彼にアピールしないと!
「あ、あのっ……!」
すると、背後から弥生は狼を引き留めた。
「え、なに?」
「……その、一緒に寝ませんか!?」
「……え、いや同じ部屋だから寝るって言ったらそうだけど……」
「そう言うんじゃなくって……一つの布団で一緒に寝てくださいますか!?」
「……へっ!?」
俺は一気に顔を赤くさせた。それって……添い寝!?
「いや……流石に、そこまでは……さ?」
「私じゃ……嫌、ですか?」
再び、そんな目で見るから俺は断ることができない。しかし、俺もここで引き下がるわけにはいかない……
「……いいよ? 一緒に、寝ようか?」
俺はさらに勇気を振り絞ってそう答えた。
「じゃあ……よろしくお願いします」
俺たちはお互い、赤くなりながら布団を敷いた。そして、蛍光灯を消してお互い布団に入る。
一人分の布団だから、互いの体が密着している。
「……もう少し、寄ってもいいですか?」
弥生は、さらに寄り添ってくる。静かな暗い部屋の中にあるものは、互いの緊張と鼓動の高鳴りだけである。
彼女の豊かな胸が、俺の腕にしがみ付き、その柔らかみとぬくもりが全身に伝わってくる。
「狼君……」
さらに彼女は、仰向けに寝る俺の胸元へ片手を添えた。
「狼君の胸……温かいです」
「や、弥生……」
たまらなくなった俺も、彼女へ寝返りうってその細い肩へ手を添えた。
「狼君? その……」
また顔を赤くする弥生は俺に何か言う。
「なに……?」
「その……腕枕、お願いできますか?」
「腕枕?」
「ダメ……ですか?」
「……いいよ、ほら?」
俺は片腕を彼女の方へ投げ出した。
「じゃあ……失礼します」
と、彼女のあまたがチョコンと俺の腕に乗っかる。浴衣越しとはいえ、彼女のさらさらな髪の肌触りが伝わってきそうだ。そして、彼女の頭が動いている感覚もあって少しこそばゆい。
「寝にくく……ないですか?」
「ううん? 大丈夫だよ……」
「そのまま……狼君の胸へ寄り添ってもいいですか?」
「お、俺の?」
「もっと……狼君の温盛を感じたいんです」
「……」
俺は、少しためらった。だが、いつまでも冴えない男のままじゃいけない。そして一人の年上の男性として、大人として、弥生という思いを抱く少女に父性を引き出した。
「おいで? 弥生……」
しかし、弥生を妹のように思えば、そう緊張はしない。むしろ、舞香と歳の近い年頃か、一つ上といったようかもの。どちらにせよ、彼女を甘やかし、溺愛する兄のようになればいいのだろう。そうすれば、今彼女が一番求めている存在に近づけるかもしれない。
「はい……」
彼女は、俺のそのような行為を受け入れてそっと俺の胸へ寄り添った。
「狼君って……何だか、お父様みたい」
俺の胸板に顔を埋める弥生はふとそう口にした。
「俺が……?」
「はい、優しくてカッコいい、私の大好きなお父様に……」
「俺は父親ってよりも、兄って感じだよ?」
「お兄様……か?」
「一様、最近まで兄やっているからね?」
「お父様のようなお兄様……とても素敵」
*
今宵は月が綺麗に映っている。その月光を浜辺で浴びる箒は、明日が待ち遠しく寝付けることができずにいた。
――いよいよ明日、姉様が作った私の機体が来る……!
彼女は、この臨海学校へ行く前日より姉の篠ノ之束へ彼女専用の機体を作るよう頼んだのだ。
場所はある静まり返った夜のアリーナである。
「……姉さん、一つ御頼みごとが」
『うん! うん! 聞かなくてもわかってるよ♪ イっくんと渡りえる強い力が欲しいんだね!?』
「もう……他の娘達から後れを取られたくないんです。だから……」
『ご心配無用! 束さんが箒ちゃんのために腕によりをかけた第四世代機を送っちゃうからね?』
そんな彼女に、束は言われなくともと事前に彼女専用のIS、それも未だ各国が開発段階という第四世代機を送るというのだ。
「お願いします……!」
*
「本当に、強い力が手に入るのだな? なら、その力で一夏と……!」
そんな彼女の前髪が夜の潮風に揺れた。まるで不吉を予感を促すかのように。