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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  31話 密航船の行方

 情報収集を終え、ヒヨリ達と合流した後に、俺達は再びコルネリオのアジトへと戻ることとなった。初見では威圧感さえあった見張りの黒づくめも、彼等のボスから賜った指輪を嵌めたことで、堅い態度は相も変わらずながら警戒心を解いて接してくれるようになった。多少は彼等の敷地の中を気楽に歩けるようになった。この変化は素直に有難いものだ。
 一度通った道ではあるものの案内役の先導は毎回付き添ってくれるようで、複雑な間取りを最短ルートで執務室まで通してくれる。二度目という事もあって顔を覚えかけたNPCに礼を言いつつ、執務室に入室する。


「………やあ、随分と仕事が早いようだね」
「これが報告書だ。受け取ってくれ」


 クエストログの変化によって入室時のセリフが差し替えられたのか、それとも裏の組織を纏める男の洞察力か、何も言わずとも状況を理解しているとの彼の台詞に内心で面食らいながらも、ログ更新の際にストレージに収まったクエスト用納品アイテム《水運ギルドについての報告書》を前に歩み出た側近に手渡す。
 三枚の羊皮紙で構成された書類を注意深く観察した側近は、鋭い眼光を緩めることなく踵を返すと、ようやくコルネリオへと書類が手渡される。まるで毒見か検閲でも受けたかのようなロスタイムを埋めるように羊皮紙を机に並べては視線を漂わせては、一つ息を吐いて背凭れに深く寄りかかる。


「推測の域を出ないのだが、状況は芳しくないな」
「………具体的には、何が良くないんだ?」


 艶のある声のトーンを深く落としたコルネリオに、一か八か情報開示を求める意味で質問を投げかけてみる。どこか秘密主義めいた様子で手の内を伏せているような彼等に望めるかといえば期待こそ出来ないのだが、しかし結果は意外にも色好いものだった。


「………では、君達の集めてきた情報のおさらいでもしようか」


 なんと、情報開示は了承されてしまったのである。


「まず、彼等の背後に何者かが存在しているということは理解しているか?」
「ああ、それについては何となく判る」
「では、少しだけ話を掘り下げよう。木箱を倉庫街………厳密には《27》番倉庫に隠していたようだが、これは即ち、急に発注されても納品分に割り当てられるようにストックしていたのだろう。つまり、その《在庫を隠蔽しておくにも巨大な倉庫が必要である》ということだ。そして、そんな無茶な発注をごろつき集団の《水運ギルドに断らせないだけの対価》を支払い続けられるだけの資金力を有する………相当に巨大な組織であることが窺える」


 まあ、予想通りといえばそこまでの話だ。だが、コルネリオは僅かに言葉を途切れさせただけだったようであり、すぐに言葉が付け足される。


「………そして、これが一番の問題なのだが、我々が把握する限り、水運ギルドとコネクションを持つ組織には該当しない条件だ。要はこの街の外部の勢力によるものだろう。そうなってしまっては我々も調査の手法を根本から見直さねばならなくなる」


 理知的な口調はそのままに、コルネリオは淡々と推測を述べる。未だに判然としない水運ギルドの背後関係の調査が目下最優先で行うべき案件ということだろうか。
 ………などと今後のクエストの流れを予想していると、コルネリオが口許を手で覆いながら何やら呟く。


「………いや、もしかすると………そういうことか、面白い」


 含み笑いも一切無い、ただ台詞を棒読みしたかのような言葉を聞き終えると間もなく、再びコルネリオは口を開く。


「では、早速で悪いが情報収集に出向いてもらいたい」
「今度は何を調べればいい?」
「まあ、先ずは話を聞いてくれ。これは我々の監視の目から裏付けた結論だが、水運ギルドの取引先である組織は、このロービアの外部に拠点を置いている可能性が極めて高い」
「断言できるのか?」
「ああ、この街に我々の死角があるとすれば、水路の底くらいのものだよ………水深が深いだけに覗き込もうとする者は誰もいない。我々も()()させてもらっているさ」


 後半の発言はお互いの為に聞かなかったこととしよう。


「………話が逸れたようだ。とにかく、もし街の外に積荷を積載した水運ギルドのゴンドラが出ていくようならば、行き先は間違いなく例の組織だ。そして、ほぼ確実に()としてのゴンドラは存在しているだろう。君達にはその追跡を任せたい………頼まれてくれるか?」
「了解した」
「頼もしいな。それと、どうやら君達も水運ギルドには警戒されているようだ。我々には現状使用出来る船がないものだから苦労を掛けるが、これを使えば多少は彼等の裏をかけることだろう」


 指輪の時と同じく側近に命じて取りに行かせたのは、光沢のある純白の布だった。丁寧に折りたたまれた生地を抱えた男は、またしても無言で受け取るよう催促してくる。今度こそ迷惑を掛けないように、一応は前回の謝罪も兼ねて軽く会釈を交えながら引き取ったそれをタップすると、《アルギロの絹》と銘打たれたプロパティウインドウが出現する。効果は水面に接したモノを完全に視界から消す《限定条件下でのステルス》というべきものらしい。


「追跡手段や報告期日は今回も問わない、君達に一任しよう」


 ようやくクエストログの更新を確認し、執務室を出ると、廊下で待機していた案内役の後について屋外へ。見張りにも一礼されつつ、ゴンドラの後部に備えられたコンテナに絹を収めて即座に出航する。


「コルネリオさん達と、仲良くなれてるのかな………?」


 ゴンドラに揺られながら、ふとヒヨリが振り向きながら疑問を投げかけてくる。性格に違わず無邪気な内容で微笑ましいことこの上無いが、しかし、突き詰めて考察すれば如何に返答すべきか悩まされる質問である。一応、彼等に《心》というものがあると仮定して、答弁に臨むこととしよう。


「あれは、どうも胡散臭い。腹の底ではどう思われてるか分かったモンじゃないぞ」
「そうなの?」
「そもそも、ロービア全体に監視網を敷くことが出来ていたわけだ。それで情報が得られなかったというのは辻褄が合わないような気がする」


 そう言ってしまうとクエスト自体の存在意義に関わってしまうが、もしリアルでこのような遣り取りがあったとすれば、やはり完全に手の内を晒していないという印象は否めない。そもそもリアルでこの状況に置かれてしまえば、こんな疑念を抱く以前の問題なのだが。


「それでリン君、どうするの?このままクエストを進めるのかしら?」
「ああ、そうだな。むしろ今を逃すと面倒だ」
「………どういうこと?」
「確保できている在庫から納品分を慌てて引っ張り出したところを見ると、やはり差し迫った注文だったということだろう。それこそ、今日にでも動きがあって然るべきだと思うが」
「ああ、そう言われると………」


 納得したらしく、うんうんと頷くクーネを横目に見ながらゴンドラは商業エリアの一角に停泊させる。位置取りとしては、困り果てていたお姉さんが切り盛りする道具屋の裏手の水路だろうか。
 一応、他のプレイヤーに悪戯でもされると困るので、アルギロの絹で船を覆っておく。すると見事に周囲の景色に同化して、船の影など微塵も見えなくなる。船底があるべき位置の水面もキレイなフラットであるところを見ると、風景を《欺瞞》していることは言うまでもないが、そんなものは些事だ。非常に有用なアイテムであれば、それに越したことはない。

 とにかく、圏外へ赴くだけあってアイテムの補充を済ませるという意味合いで市場からティルネルのスキルで作成されるポーションの原料となる薬草を大量購入。多少値は張ったが、ポーションの性能からすれば適正価格と考えても遜色は無いと無理矢理に納得し、今度こそクーネ達の必要分も用立てて貰うことに。その間にヒヨリとリゼルが皮革系の軽装備を補修修繕、レイが武器の耐久度を補修し、準備が整って作業場に到着する頃には午後三時半を回っていた。


「まだあるみたいだねー! 遅刻しないで良かったよー!」


 山積みになった木箱をペタペタと触りながらレイがはしゃぐ。とりあえず話が簡単に進むならば機嫌は悪くならないらしい。俺は俺で水運ギルドにこの現場が見られた場合の対処法を考えていたのだが、どうにも用事がなければ立ち寄られない場所らしく、通りかかるゴンドラの姿さえ見当たらない。


「で、どうしようか? 水運ギルドの運搬船が来るまでどこかに隠れて待つ?」
「順当に考えればそうだろうな。幸い、隠れるには不自由しない」
「それでなんだけどね、あの木箱の中に隠れちまった方が手っ取り早くないかい?」


 クーネと時間までの待機手段を話し合っていると、リゼルから意見が出される。


「いや、圏外でどこに運び込まれるかも分からない箱の中に入り込むのはまずいぞ。どうせなら、俺がまた一人で行けば済む話だ」
「もし相手が一艘だけじゃなくて、護衛に幾つか船を付けて来たらって思うと、こっちのゴンドラだって見つかっちまう可能性だってあるわけだろ?だったら、初めっから荷に紛れちまえば相手だって分かりっこ無いんじゃないかって思っただけさ」
「だったら尚更ロービアに居てくれないか?」
「………まあ、それも分からなくはないんだけど。一応は一緒に行動してるんだし、リンだけに苦労掛けちまうのも寝醒めが悪いのさ。アタイらだって、まだ碌にリーダーの恩を返せてないんだし、少しくらいは華を持たせてくれると嬉しいんだけどね………?」


 不確定要素は多いが、荷物に紛れるか。
 確かに、クエスト用に用意されたギミックとして捉えれば何らかの意味合いはあるのだろうが、今回はリゼルの意見に委ねるとしよう。少なくとも、彼女の意思に報いる事に対して忌避感があるのではない。思うようにやってみよう。


「………分かった。但し、俺は後方からのサポートをさせてもらう。仲間が敵性Mobに囲まれるような状況は避けたい。それと、退路の確保も必要だろう」
「なんだい、結局は世話になるんじゃないか」
「より深部に潜入して情報を引き出すのがそっちの役目だ。ヒヨリとティルネルは預けるから、面倒を頼むぞ。()()()()?」
「そ、そのプレッシャーの掛け方は意地が悪いね………」
「何であれ潜入は任せた。俺は一定の距離を保って付いていく。安心してくれとまでは言えないが、出来るだけ善処するよ」


 情報収集におけるスタンスも確定し、あとは配置について待機するのみ。
 女性陣を二人一組――――組み分けは《リゼルとニオ》、《クーネとレイ》、《ヒヨリとティルネル》とされた――――で木箱に納め、俺はアルギロの絹を被せたゴンドラ二艘を横並びにさせるように連結させた状態で船上に匍匐して作業場を監視。驚くべきことに、《無音動作》のアシストを受けずとも隠れ率は100パーセントに達している。このまま木箱輸送船を追跡しても、看破される可能性は低そうに思える。

 そして、木箱(トロイの木馬)が完成した午後四時から数えておよそ三十分。木箱の総量に見合った規模の大型船がゆっくりと作業場に接岸。数人のごろつきが船から降りて商品を積み始めた。


「………なんか、今日の木箱はヤケに重くねぇか?」
「追加を入れたって話だ。中に木材でも詰めたんだろ。無駄口叩いてないでとっとと乗せろ」
「へいへい、ったく、それにしても重いぜ。腰を壊しちまいそうだ………」


 最初に積まれたのはリゼルとニオが入っていた木箱だっただろうか。重装備のニオが居れば致し方ない様にも思えるが、心なしか木箱からどす黒い殺気じみた何かが漏れ出ていたように感じたのは、きっと気のせいだろう。

 その後も積荷は順調に詰まれ、女性陣の紛れ込んだ木箱を積載した大型ゴンドラはゆっくりと離岸して水面を走る。俺も後に続き、《無音動作》を発動してから連結ゴンドラを漕いで追跡。サイドカーのように船体の横に固定したからこそ揺れは少ないが、これで誰かが乗っていれば現状のSTRでは太刀打ちできなかっただろう。リゼルの申し出が無ければ、きっと無音動作の効果範囲外であったクーネ達が見つかっていたかも知れない。そう思うと、視覚的にも聴覚的にも隠蔽された状況を作り出してくれたのはある意味でリゼルということになる。これには素直に感謝しておくとしよう。おかげで移動時でさえも隠れ率は堂々の100パーセントを維持している。とはいえ、操舵と前方の警戒を同時に処理しなければならない以上、油断などはしていられない。

 やがて、作業場の通りの水路を抜けると大通りに出て南に進路を向けた大型船は街を抜けて南東に茂る熊の森を越え、水路を真っ直ぐに下る。ほぼ一本道の渓谷を南下して、最初のカーブに差し掛かるも、大型ゴンドラの櫂捌きには転回の兆しが見られない。曲がって先に進む気はない。目の前にあるのは滝ぐらいのものだが………


「ああ、そういうことか」


 ふと思い出したセオリーに納得しつつ、前方のゴンドラに追従することにする。
 RPGというカテゴリーのゲームにおいては、もはや様式美とも言える法則が存在するのだ。

――――滝の裏には大抵何かある、と。

 そして予想通り、降りしきる水を割った裏側には立派な水没ダンジョンが形成されていた。幾つもの横道に伸びる水路はまるで迷路を思わせる。こういった場所に眠る宝箱を開く瞬間もまたダンジョンの醍醐味なれど、今は仲間の援護を最優先とする。
 そして行動開始に先駆けての前準備として、入口付近にゴンドラを係留して中を確認する。当然のことながら薄暗く、絹の効果を受けずとも隠密行動は可能だろう。通路の最果てであれば係留場所を忘れることもなさそうだが、念を押してマップデータにマーキングを残しておく。

 とりあえず、女性陣を乗せた大型ゴンドラを陸路で追跡することとしよう。 
 

 
後書き
水運ギルドの取引先を突撃取材回。


実は、プログレッシブのストーリー進行を併せると、この31話での大型輸送船追跡時では位置関係的に燐ちゃんの背後にキリアスコンビが更に追跡してきている状態になっています。気付けば協力していてもおかしくはないのですが、前方の仮想敵の懐に自分以外の仲間が全員潜んでいるという状況の所為で背後を気にする暇がなく、対する原作側もアイテムとバフの影響でブーストされた燐ちゃんのスニーキングを看破出来なかったという、お互いの理由のお陰で完全にスルーされてしまっています。

加えて、本来ならば《スカットル・クラブ》という蟹型モンスターに足止めを食らう場面があるのですが、貨物に紛れた密航者と二艘連結式ステルス小型船舶《燐》を捉えることは出来なかったようです。今後も蟹は現れません。隠密プレイは地味に強いのかも知れませんね。

そして、コルネリオの計らいで支給された便利アイテム《アルギロの絹》ですが、プログレッシブに登場した《薄布》よりもカバーできる面積が広く、耐久度がとても優れたな逸品となっております。



次回も早めの更新が出来ればと思います。



ではまたノシ 
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