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IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~

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number-34

 


 次の日。朝食も早々に済ませた蓮たちは、男女に分かれて作業に入っていた。男二人はかなり広い庭の草むしり。女たちは残りの部屋の掃除を今日中に済ませてしまおうとしている。


 時々家の方から悲鳴が聞こえ、気が気でない蓮と何をしているか気になる一夏が手分けをして広い庭の草むしりをしていた。
 夏特有の強い日差しが容赦なく二人を襲い体力を奪っていく。頭にはタオルを巻いて対策はしているものの、高い気温のせいで本当に効果があるのか疑問に思うぐらいに暑かった。そんな中蓮と一夏は黙々と手にはめた軍手を汚して草をむしっていく。
 ただ流石に長い間同じ作業を続けるのには飽きが来てしまう。何かして気を紛らわせようとした一夏が取った行動は蓮に話しかけることだった。


「なあ、御袰衣」
「……なんだ」


 蓮は、自分のもとにある青々と茂る草をむしりながら、顔は向けずに耳だけを傾けた。それは一夏も同じようなもので、二人ともきっちりとしているからか作業を止めようとはしなかった。


「どうしてそんなに強いんだ?」
「……どういう意味だ?」
「いや、だから、俺なんかさ相手になんないじゃん。だから、どうしてかなーって」


 少し蓮の手が止まったが、すぐに作業に戻った。一夏の言わんとすることがいまいち捉え切れていなかった様だが、付け足されて何を聞こうとしているのかを理解した。


 だが、生憎とその質問に対する答えを彼は持ち合わせていなかった。むしろ自分が強いとさえ思っておらず、必要に追われてやるしかなかった。――――そうか、こう答えればいいのか。


「強さか……どうなんだろうな、強さって」
「……え?」
「俺は、束を守りたくて、束の前に立って、あいつが迷わない様に先に進んでやるんだって思いから、ただがむしゃらにやったんだ。強くなるしかない。そう強迫観念みたいなのに追われて、何も考えずにやることを必要以上にやったってくらいしかない」
「…………」
「だからただ武力が強いっていうのは多分お前の質問の答えにならないと思うんだ」
「……そっか」
「むしろお前の方が強いと思うぞ」


 キョトンとした顔をしてすぐに否定する一夏。だけど、先ほどの言葉は蓮の本心からくるものだった。
 束のためと一見人のために何かをしているようだが、よくよく考えてみるとただの自己満足に過ぎなかった。それが完成されたように見えて本当は歪んでいる蓮。
 姉のため、箒のため、自分を頼ってくれる人を守るために自分を犠牲にしてまで戦おうとする。そのために自分が強くなろうとする一夏。
 もっと分かり易くすると、自己満足の蓮と自己犠牲の一夏。


 そこまで至る経緯はどうであっても、やはり人というのは誰かのために頑張るときが一番強かったりすると、実践を知る人は知っているのだ。それは蓮も例外ではなかった。


 再び会話無く作業を続ける二人。蓮が草をむしりながら思い出すのは数年前のイギリスでの列車爆破。たしかあの列車にはセシリアの両親も乗っていた。蓮自身はただ組織の仕事を知るという理由でついていっただけで詳細までは分からないのだが、あれは任務を達成させるまでに三人死んだ。どれも同じ人に殺されて。その人がオルコット家のものだったというところまでしか知らない。聞かされた話の中には、大切な人を守るために瀕死の重体になってもそこから一人やった、というものがあったのを蓮は思い出す。やはり、いいものではない。苦々しい後味が残っているようだった。


 ◯


 篠ノ之箒は、自分の姉、篠ノ之束の姿に困惑していた。
 自分の知る束は、片付けが出来なくて部屋の足場もないほど散らかすものだと思っていたが、いざ掃除を始めると自分以上にテキパキと仕事を進めていく。いつの間にか中心になって周りの人を動かしながら進めていた。
 そんな姿を掃除しながらぽかんと見るだけの箒。そんな箒に話しかけてきた人がいる。麗菜だった。


「昨日はごめんなさいね。人殺しって言われて、そんなんじゃないって思って子供みたいにただ聞いただけのものをぶつけちゃって。よく考えると、犯罪は犯罪よね。私、間違ったことばかり言っちゃった」
「い、いえ、私もいい過ぎました。あなたの事情も知らずに……」
「ううん、大丈夫よ。ただ、そういう人も世の中にはいるんだって覚えてもらいたいな?」
「はい、こっちこそ一方的に……」
「いいの、いいの」


 麗菜は箒の謝罪をかき消すように上に声を重ねて喋る。まるで、まだ拗ねている子供のように。そんな麗菜に苛立ちをどこかで感じながらもあと数日険悪なままいるのは勘弁したいと思っていたので、このまま終わりにしたかった。


「こらー! そこ、仲直りしてないでちゃんと掃除して! そうしないとこの部屋終わらないよー!?」
「ふふ、はあーい。……さ、行きましょ?」


 腰に手を当ててぷんすかといかにも怒ってますとアピールする束に返事して二人は掃除に戻った。
 麗菜と箒はいまいちはっきりしないものになったが、逆にこういう方が良いのかもしれない。どうせこの手伝いが終わったらもう会わないのだから。


 それから掃除は静かに進んだ。女が集まれば騒がしくなるとよく言われるが、この時に限っては全く違っていた。
 全員が黙々と掃除を続けるのだ。お嬢様であるセシリアでさえ、文句すら言わずに窓を拭いている。なんだか、違和感しか感じなかった。それに本人は真剣そのものだけど、周りがよくよく見ればおかしいことこの上なかった。


 朝から初めて時間が経ち、そろそろ小腹がすく時間帯になってきた頃、ふと箒が姉である束の姿が見えないことに気付く。どうやら周りにいた人も集中していたせいか全く気付いていないみたいだった。
 いつもなら気にも留めないことなのだが、姉と一緒の空間にいるという自分の中では普通ではなくなっていた今の状態が、彼女に姉の姿を探しに行くという手段を取らせた。


 果たして、姉の姿はすぐに見つかった。台所で機嫌よく口ずさんで何かを握っていた。近くのテーブルにはお皿の上におにぎりが綺麗に握られて並んでいる。


「……姉さん?」
「……ん? おー箒ちゃん、どうしたの?」
「……いや、別にどこにいるかなって…………それにしても姉さんって料理できるんですか?」
「出来るよー。そんなにレパートリーは多くないけどね、作れるよ」


 箒は初めて見た姉の姿に困惑しながらも、束が作ったおにぎりの味が気になってお皿から一つとって口に運んだ。


「――――!」


 美味しかった。それも自分が作るおにぎりよりも美味しいと感じたのだ。
 特に特別なものを使っているわけでもなく、普通の炊飯器で炊いたご飯にスーパーで買った梅干を入れているだけなのにとてもおいしかった。


「あっ、つまみ食いしたなっ、美味しい?」
「は、はい、とても」
「束さんが作ったからね、美味しんだよきっと。……そうだ! ねえ、箒ちゃん」
「何ですか?」
「これと麦茶を外で頑張ってるれんくんたちに届けて来てね!」
「は、はあ」
「じゃ、よろしくぅ。私はこのままお昼の準備しちゃうから」


 お皿に乗せられた四つのおにぎりとコップ二つの麦茶を何時の間にかお盆に乗せて箒に渡した束。あまりにもいきなりのことで、呆けている間に束は作業に取り掛かってしまった。
 了承することも断ることも出来なかったが、渡されてしまった手前、このままにしておくのは後ろめたかったためお盆を手に取り、玄関に向かった。


 玄関から家の後ろ側に回り込むと所々に山になった雑草に二人の姿を少し隠しながら黙々と作業していた。
 声をかけることも憚れたが、麦茶が冷たいうちにと声をかける。


「姉さんからの差し入れを持ってきたぞ」
「ん? おっ、サンキュー箒。助かるぜ」
「…………」


 一夏からは感謝を蓮からは無言を返され、何とも言えない気分になったが、うまそうに麦茶を飲む一夏を見てそんなのはどこかに行ってしまった。
 蓮も麦茶を一息で飲むとおにぎりを一つあっという間に食べてしまい、もう一つは手に持って作業に戻って行った。


 一夏は箒にこのおにぎりを作ったのが束であることを知らされて驚いていたが、蓮は何の反応も示さなかった。すでに知っていたのもあるが、一番は蓮が一夏と箒が作る空気から孤立しているからだった。


 まるで新婚と思いきや、いきなり付き合い始めのような雰囲気を出したりして疲れるばかりである。こんなのにはかかわりたくない。それが蓮の偽りなき本心だった。
 おにぎりをほおばる一夏を見て顔を少し赤くしながら微笑む箒。まるでというよりはまさに新婚そのものだ。あれを二人とも無自覚でやっているのだからたちが悪い。


「……はあ」


 疲れたような溜息が蓮の口から洩れる。思うことはただ一つ。
 このおにぎりが束が作ったものじゃなくて箒が作ったものだったら、あの二人はもう夫婦であるのに。


 ◯


「あー今日も疲れたなあ」


 そう言って湯船につかるのは一夏。
 かなり広い風呂場だから一緒に入ろうと一夏に提案されてそれを了承したのがさっき。
 広い湯船を二人で独占している。そんな寛ぎのひとときに一夏はまた昼間の話を持ち出した。


「午前中の続きなんだけどさ、どうして見袰衣は俺の方が強いって思うんだ?」
「あ? ああ、だってお前はいつも誰かのために戦っているだろ? 自分のことは後回しで他人を優先しているじゃないか」
「……ん? そんなことないと思うけど」
「そんなことあるんだよ。例えばクラス代表決定戦の時とかだな」


 そう、あの時一夏はセシリアと戦った時に自分の単一能力(ワンオフ・アビリティー)が姉である千冬と同じものであると分かると、それを汚さない様に守ってみせると断言しているのだ。
 上げれば他にも見つかるだろうが、今すぐに思いつくのがそれだった。


「あっ、あれはほらその場の勢いで……」


 そう言い訳するのを流して体を伸ばす蓮。ワタワタとする一夏をおかしいと思いながらお湯に身を委ねる。


 今日も平和に過ぎていった。蓮の実家掃除は明日の午前中には終わる。そしたら海に行こう。
 そう頭の片隅で考えながら今日一日の疲れを癒していく。


 ちなみに昼に続いて夜も束がご飯を作った。みんなから大絶賛されて少し嬉しそうにしている束と、その陰で体の一部が残念な少女が打ちひしがれていたのが印象的だった。
 それが誰なのかは言うまでもないだろう……





 
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