ロザリオとバンパイア〜Another story〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第45話 結末
それは、突然現れた。
いや、《現れた》ではない。突然起こったのだ。
『ッ!!!』
後、ほんの数秒ほどで朱染の城を目視できるであろう位置にまで来ていたジャックは感じ、そして、目にしたのだ。
突然の大地の揺れと、朱染城の位置から伸びる巨大な触手。まだ、見えていないのにも関わらず、空高くにその触手はうねり、伸びていた。
それをジャックは、忘れるはずが無い。触手がなんなのか、それは肌で感じた。
『アッ…アルカード……! 遅かったか』
元々が最大出力だった筈だが、それ以上の速度を出すことが出来た。
アカーシャ、そして モカの危機を悟ったからこそ、10を超える力を出すことが出来たのだ。
そして、視界に朱染城を捉える事が出来た。
あの巨大な城を、それ以上の巨体を使って、次々と壊していくアルカードの姿をも。
『アカーシャ! モカ! ッ……待っていろ!!』
ジャックの身体は再び光輝いた。それと同時に、空に軌跡を残しながら、瞬時にこの場から姿を消した。
そして、それは殆ど同時刻。
ジャック同様に、朱染城を目指していた者がいた。移動手段は自動車と言う文明の力、だが それでは遅かった様だ。
「ちっ…奴の様子が明らかにおかしかった事と、引き取るはずの娘が来ないから嫌な予感はしていたが… まさか このような事に成っているとはな」
その者は、歯軋りしながら朱染城を取り込む触手を睨み付けた。まだ距離はかなりあるのだが、はっきりと見る事が出来たのだ。
「り…理事長……」
自動車を運転していた神父も冷や汗をかきながら車を走らせた。
その後部座席に座っているのは、御子神。触手を睨みつけながら指示をした。
「急げ…! あれは決して眠りから覚ましてはならぬものだ… あれが再び目覚めれば世界が滅びるぞ…!!」
~朱染城~
モカの覚醒と同時に、城の地下深くに封じられていたアルカードは目を覚ました。あまりに、タイミングが良すぎた。まるで、モカに反応したかの様に目を覚ましたアルカードは、モカを捕らえたのだ。
『モカぁ!!』
触手でモカを縛り上げていたのを見た亞愛は、急いで助けに行こうとするが、触手は一本では無い。無数に、無限にすら感じられる触手は、大地を潜り、土中移動をして、亞愛の背後から急接近したのだ。
ーー……邪魔者は全て始末する。
まるで、そう言わんばかりに、亞愛の首に巻き付き、噛み付いた。
「あッ……!! し…しまっ……」
亞愛は、モカと同じように、アルカードに捕らわれてしまう事を覚悟したその時。亞愛に纏わりついてた触手が、突如2つに分かれた。いや、切り離された、という方が正しい。
「…き 気をつけて亞愛。 ……この触手に捕まると血も肉もアルカードに吸収されちゃうわよ」
亞愛が振り向いたその先には…、有り得ない人物が立っていた。
「200年の眠りで《あいつ》は腹を空かせている。 だから、下手に妖気を発すれば「餌」だと思われて… モカのように狙われちゃうわ」
何度見ても間違いない。目の前にいる人物は、彼女。
「……! う、嘘…… あ…あなたはこの手で真っ二つにしたはずじゃ… アカーシャさん!」
そう、先程の次元刀で胴切りにした筈のアカーシャが立っていたのだ。その切り離された身体は間違いなく繋がっている。切り離されているのは、アカーシャが纏っている衣服のみだった。
「生憎丈夫な体でね……。 私は、真っ二つくらいじゃ私は殺せないわよ」
動揺を隠せない亞愛だったが、アルカードであろうと、アカーシャであろうと、《真祖》である以上、亞愛にとっては 敵も同然だ。だからこそ、警戒をアカーシャに対しても強め、臨戦態勢を取ろうとした時だ。
「ごめんね亞愛… さっきはあなたのことちゃんと受け止めてあげられなくて」
アカーシャは、明らかに殺意を持って攻撃をしてきた亞愛を許した。いや、最初から敵として見ていない。……娘としてしか見ていなかったのだ。
亞愛は、警戒していたというのに、この一瞬で、自分の間合いに深く入られた事に動揺してしまい、亞愛は身を硬くした。
「……本当はもっと力になりたかったけど、このままじゃモカがアルカードに吸収されてしまう… あなただってそれは望んでないでしょ?」
アカーシャはそれ以上は説得はしようとしなかった。
だから、自分にとっては勿論、亞愛にとっても大切なモカを、愛するモカを救うために、亞愛に語りかけたのだ。亞愛にとっても、それは同じ。アカーシャと同じ思いだった。
亞愛が、モカに対する愛情は、紛れもなく本物だった。……それには理由があるが、今はそれどころではない故に割愛する。
アカーシャは、亞愛が戦闘の意志を解いたのを確認すると、少しだけ微笑んだ。
そして。
「じゃあ これからの事… 今のうちにあなたにお願いしておくわね……」
アカーシャは、亞愛の耳元で何かを呟いた。それは、今後の事。そして、これから起こる事。
大切な事。
「な…何よそれ… どういう事!? それじゃ あなたはどうなるの!? それにモカは…」
亞愛は、思わず取り乱しながら叫んだ。それほどの内容だったからだ。
でも、アカーシャは ただただ穏やかに笑うだけだった。亞愛に対しては。モカに対しては。
「私も…これだけはやりたくなかったけど 仕方ないの…… モカを助けるには他に方法が無いの… お願いしてもいいわね? あなたは立派な《お姉さん》なんだから…」
アカーシャは、最後に亞愛をもう一度だけ、見つめて、微笑みかけると、再びアルカードの方を向いた。
先程の彼女からは考えられない程の憎悪と殺気を携えて。
「…お…おかー…さん……?」
モカは、意識が朦朧としながらも、確かにそこに母がいる。……生きている、無事である母を見て涙を流していた。
「待ってなさいモカ… 私がすぐにそこから助けてあげる」
アカーシャは、理由があって使えなかった。いや、理由があっても娘である亞愛には使えない力。
200年ぶりに、真祖の吸血鬼としての、妖力を解放した。
漆黒の闇が、アカーシャに纏わる。深淵から漆黒の闇が、強力という言葉すら生ぬるいと言える程の妖力を解放し、アルカードを見据えていた時だ。
『私が、じゃ無く。私達が、……だろ? アカーシャ』
「!!?」
突然、背後から声がした。
間違いなく、気配は感じられなかった。いつ、後ろを取られたのか判らない。だけど、アカーシャは少しも警戒はしなかった。それは、とても懐かしい声。いつ訊いても心地よい声。
そして、何よりも求めた声。
『遅くなった。アカーシャ。 ……悪い』
そう、大変な時はいつも支えてくれる。愛する、という事を、絶望しかけていた自分にもまた、愛するという事を教えてくれた相手、《ジャック》だった。
光を纏わせるすの姿は、アカーシャの対極とも言っていい印象だが、それでも光と闇の融合はより闇を、そして 光を惹きたて、美しさと力強さを増す結果となった。
アカーシャは、少しだけ笑った。
「ふふ、そうね。……でも以前ほどじゃないから、良いわ。だって……、約束は、守ってくれるから」
『……ああ。破らないさ。もう、二度と、な』
ジャックも、アカーシャに笑いかけると同時に、アカーシャの隣に立ち あの触手、否 アルカードを睨み、そしてモカを見た。
あの姿は、見覚えがある。遠い昔に確かに見た。あの幼い少女が あの化物に食い殺されそうになる所を。そして、それを必ず 阻止するつもりだった。……何に変えても。
ジャックは、アカーシャに。
『……再会を懐かしむのは もう後回しにしたほうが良さそうだ。 ……鬱陶しい周囲の触手は、俺と亞愛が殺る。……アカーシャはモカを助け出せ。それで、いいな亞愛』
すぐ後ろにいた亞愛に、ジャックは振り返らずに言った。亞愛がどういう行動を取るのかはもう判っているから。目的よりも、モカの方が大切だと言う事を、ジャックも知っているから。
「……ええ、わかった」
亞愛は、突然 アカーシャの後ろに現れた男に驚いていたのだが、その相手がジャックである事、アカーシャにとって大切な人である事を確認したと同時に、臨戦態勢に入った。
もう、あまり猶予は無いのだから。
「……頼んだわ。ジャックっ!」
アカーシャは、短くそう言うと同時に、大地を蹴り まるで飛ぶ様に跳躍し、モカがいる方に向かっていった。
それと同時に、ジャックと亞愛も行動を開始する。アカーシャから離れすぎず、近づき過ぎず、邪魔な触手を破壊する為に。
「モカを返してもらうわよ!」
両の手に宿らせたのは次元の刃、《崩月次元刀》。
この世に斬れぬ物などは存在せぬ、と言わしめる最強の刃。それは、アルカードの触手とて、例外ではない。目にも止まらぬ閃光の如き速度で、亞愛は無数の触手を切り裂いた。
『亞愛! 油断するな! こいつらは切っただけではとめられない!』
切り裂いた事に、その手応えを感じ、警戒を緩めたのを感じたジャックは、亞愛にそう言うが、少し遅かった。
亞愛が切り裂いた筈の触手が、切り離された筈の触手が、瞬時に切断面から新たな無数の触手を生み出し、結合。元の状態に戻ったと同時に、攻撃をした亞愛を標的として、向かってきたのだ。
が、確かに巨大であり、強大であると言えるが、それは《力》の面でのみだ。
巨体ゆえに、速度は然程でもない。本体から遠い触手であれば尚更だった。
だからこそ、ジャックは、亞愛を抱き抱えて、迫ってきた槍の様な触手を回避する事ができた。
『こいつらを止めるには、《斬る》だけでは足りない。手本をみせようか。……《雷の力 自然神』
ジャックは、両の手を合わせ、ゆっくりと開いていく。
ばち、ばちっ と突如起こる空中放電。比喩ではない、実際に目も眩む雷撃による閃光が迸ったか、と思った次の瞬間、完全に開いた両の手から、巨大な槍が生まれていた。
己の身体よりも遥かに長い槍を。
『雷神槍』
構えたと同時に、まだ攻撃をしていない、槍を放っていないというのに、まるで意志があるかの様に、その巨大な槍から迸る雷撃は、無数の触手を蹂躙していった。
妖怪であろうと人間であろうと、身体には水分が存在する。感電によって、瞬時に触手全体に行き渡り、身の内から強力な電熱によって焦がし続ける。
『……オレの親愛な人達に……又、手を出そうってのか? アルカード』
雷の槍を構え、そして 睨み付けながら吼えた。
『…させるかよ! 図に乗るな!!』
その怒号と共に、打ち放たれた槍は、無数に纏い一つの巨大な触手に変貌していた本体の中心部に直撃。そして次の瞬間、まるで、爆弾でも放り込んだのか? と思える様な雷撃を含んだ大爆発が起こった。
「(凄い…次元刀が効かなかった触手が……、丸焦げ、更に粉々になって再生も全く……、いや この部分の触手は、死んでる?)」
亞愛は、焼け焦げ、最初の原型すらとどめていない触手をみて戦慄した。
こんな相手を、自分は斬ろうとしたのか? と。だが、今は同じ目的を持った同士。
「あ あなた やっぱり、冥王の。……最後の冥王のジャック・ブロウ、なの?」
亞愛は思わず口に出し聞いた。身に纏うその力は、真祖のそれと変わらない。いや、それ以上にすら感じた。アカーシャの真祖の妖力は、漆黒の闇が溢れてくるイメージ。ジャックのそれは、万物の全てが、彼の元にひれ伏しているかの様に、この世の全てを従えているかの様な、そんなイメージがしたのだ。
ジャックは、それを聞くと、頷いた。
『隠す意味はもう無いな。隠すつもりも、最初は無かったんだが……。まあ良い。その通りだ』
答えると同時に、触手と一緒に粉々になった足場の内の無事な部分を見つけると、その場に亞愛を下ろした。
『よく訊け、亜愛。この辺りの触手は粗方やった。幾ら不死身のアルカードとは言え、爆ぜて、潰した。もう暫くは復活しない。が、もし復活しても、あの触手に決して捕らわれないように、それだけを集中しろ。そして、近づきすぎるな。 ……オレは、アカーシャの方へいってくる』
全てを伝えたと同時に、返答を待たずに向かおうとした時。
「まって! 私も一緒に……!」
亞愛が最後まで言う前に、振り向いたジャックは、人差し指を亞愛の口元に付けた。
『亞愛…。お前はアカーシャと約束があるだろ……?』
あの約束。
それは、ジャックにも聞こえた。それだけは、知らない事実だった。
そして、そのおかげもあって、アカーシャ、亞愛、そして モカ。その全てが自分の中で繋がったのだ。
「そ それは…」
亞愛は、ジャックの言葉に俯いた。確かにあの約束は自分にしか果たす事ができないから。……それは、目の前の男にも無理だから。
『亞愛。アカーシャが言うように、お前は立派な姉だ。目的はあったかもしれない。お前が人を憎んでいる理由も、心に触れたから……判る。……だが、それでも この1年は、モカやアカーシャ、朱染で暮らしたこの間は、お前にとって宝のはずだ。 ……モカを、頼んだぞ』
そう言うと、ジャックは今度こそ、返答を待たずに、アカーシャの方へ向かった。
全て、亞愛に託して。
いや、まだ彼は諦めていなかった。
――あの約束を無かった事にする。無かった事に出来る可能性を。
「っ……、じゃ、ジャック……さん……」
暫く亞亜愛はジャックが向かった方を見つめていた。
確かに、モカと一緒にいた期間は、短い。いや 殆ど一瞬だった。だけど、それなのに、彼の言葉には深い愛情があった。それを感じ取る事ができた。
それは、アカーシャにも負けていない愛情、だった。
アカーシャは迫りくる触手を蹴りで次々破砕していった。
ジャックと亞愛がある程度引き受けてくれている筈なのだが、それでも無限にすら感じる触手の数は減らない。いや、減ると言う概念すら無いかの様だった。
「(数が、……多すぎる!)」
まるで、壁の様だった。無数の触手の壁が、隔てるせいで、モカに近付ずにいたのだ。
「い いや… お母さんッ…」
触手で足止めをしている内に、アルカードがモカの拘束を強めながらゆっくりと後退していった。
「(まずい…アルカードがモカを連れて逃げてしまうっ…)」
モカにもある真祖の妖力。それは、アルカードにとって格好の餌だ。力をつける、戻す為に モカを欲したのだ。……つまり、モカを完全に連れ去られてしまえば、全てが終わる。
「させるかッ!!!」
アカーシャは、もう触手を全て無視する勢いで、全てを打ち破る勢いで、1点に力を集中させながら、 モカの方へ飛び出した。
その瞬間、壁の形状をしていた筈の触手が、変化した。まるで、無数の針のような触手が飛び出してきたのだ。
「(くっ こんなの相手にしてたら間に合わない……!)」
壁と感じた触手が、細かく分かれ、尋常じゃない程の針の数になっている。防ぐ事も出来なければ、時間を駆ける事もできない。そして、あの針に1本でも貫かれたら、瞬く間に体内に侵入され、犯されてしまうだろう事も理解できた。
理解できたが、アカーシャのする事は変わらない。連れ去られていくモカをみて覚悟を決めたのだ。
例え、己の命を差し出してでも、モカを助ける為に。
だが、それを赦さない者がいた。
――そんな覚悟はしなくていい。
また、聞こえてきた。
後ろから、優しい声。力強い声が。
「ジャックッ!!」
ジャックは、あとほんの数寸程まで迫っていた無数の針から庇ったのだ。
無数の針の触手の前で仁王立ちする。そう、あの時のアカーシャの様に。
時間にして、0.1秒を切る程の凝縮された時間だったが、アカーシャには、長く、異常なまでに長く感じ……、そして 無数の針がジャックの体を貫いた。
「じゃ、ジャックぅぅぅっ!!」
絶句した。
体内に潜り込む針は、瞬く間にジャックの身体全体にまで蝕んでいったからだ。
『……アカーシャ!!』
だが、ジャックは叫んだ。
アカーシャの性格であれば、立ち止まるだろう。そして、助けようとするだろう事は理解できたから。
『……来るな。行けッ!』
『…うん』
それは、口に出していない。心で通じた。
アカーシャは、攻撃の全てをジャックが一手に引き受けてくれた為、モカの前に行く事ができた。
手にしているのは、封印の十字架。モカの真祖の妖力が、アルカードを引きつけているのだ。だから、モカを離す為に、その妖力を封じる為に、モカの首に、架けて封印の儀を行った。
『へ………、ざまぁ、見やがれ』
ジャックは、安堵していた。
妖力を失ったモカは、アルカードにとっては食料の価値がない。いや、寧ろ突如消失した妖力に驚いている様子だった。
『さ、て……、後はオレ、か……』
体内に蝕んでいく触手。無数の触手は《雷の力自然神》を纏っている己の身体。雷と一体化した、といっていい身体に入り込んでいた。
『成る、程……。吸魔か……吸血鬼ならでは、だな……。血の変わりに魔力、妖力を、吸う、か……』
身体の髄にまで、妖力を溜めて全てを解放するつもりだったのだが、それすら吸収されてしまう。魔を失えば、肉体は直ぐに殺られてしまうだろう。
「ジャック! モカは、もう大丈夫! あなたも……っっ!?」
全てを終えて、気を失ったモカを抱えていたアカーシャは、……信じられないものを、いや 信じたくないものを見てしまった。
徐々に、アルカード本体に喰われようとしているジャックの姿だ。
『……来るな。アカーシャ』
ジャックは、そう言うが、アカーシャが止まる筈がない。
「さ、させないっっ!!!」
強行突入をしようとしているが、ジャック自身の魔力、妖力を吸収し、力を付けた周囲の本体の力は先程の比ではない。アカーシャだけではない。モカにまで及ぶかもしれないのだ。
『馬鹿野郎。……母親だったら、子供の心配だけをしていればいいんだよ。……それに、こいつは おれの、せい……だ。オレ自身がケリをつける』
ジャックがそういったと同時にだった。
アカーシャの前に、突然何かが現れた。そう、あの時の、目に見えない壁。優しい光を纏った……壁。
「な、や、やめて!!! おねがい、おねがい! ジャックっっ!!」
見えない壁を何度も叩きつけるアカーシャ。
200年前は、何も出来なかった。ただただ、見るだけで何も出来なかった。もう二度と、あんな思いをするのは嫌だ、と思っていたのに。
『………大丈夫だ。ちょっとばかり、遊んで、……くる。モカを、たのんだ……』
「じゃっ……!!」
ジャックがそう言ったと同時に、土中より現れた大きな頭が口を開き、触手諸共、ジャックの身体を喰い尽くしたのだった。
――わたしは、また……また、たいせつなひとを、うしなうの?
目の前で起きた光景。
自分から攻撃を庇った為に、彼は捕らわれてしまった。そして……
それは嘗て起こったあの時の事を連想させてしまった。トラウマと言っていい過去の記憶を、蘇らせてしまったのだ。
何もできない自分。
己を犠牲にして、全てを背負い、命を散らそうとしたジャック。
消えゆく、彼の身体。
――せっかく、せっかく…… ま、また あえたのに?
ジャックの言葉が、あの時の言葉がアカーシャの脳裏に蘇ってきた。
――じゃっくのせい? ……ちがう。にんげんに、ぜつぼうして、そして、いっしょに わたしもいた。 ちがう。 せきにんは、わたしに、ある。
アルカードの過去。
それはアカーシャもよく知っている。いや、知らない筈がない。アルカードと自分は、同じなのだから。
世界から、色が消え失せ、自分自身の妖力よりも深い暗黒に心も蝕まれそうになったその時だ。
――……さぁ、終わらせよう。
また、聞こえてきた。
優しい、あの声。安心する、あの声。愛しさが溢れる……声。
「じゃ……っく?」
アカーシャは、焦点が合わない目で、アルカードを見つめた。気を抜けば、モカを落としてしまいかねない精神状態だったが、それをかろうじて、支えていたのはジャックの言葉だけだった。
そして、彼の声がまた、聞こえてきたのだ。
~アルカード 体内~
アルカードの体内に飲み込まれたジャック。
このどう表現すれば良いのか判らない世界。グロテクス、と言えば簡単だが、それだけではない。世の中に、地獄が存在する、というのなら、間違いなくこの場所がそうであろう、と言える。
まるで1秒事に 全身から力を抜かれてしまうのだから。だが、それでも痛みは無い。ゆっくりと時間をかけて、消化されていくのだろう。
だから、時間がない。
『……あの時は、外からだった』
ジャックは、体内で頭上を見上げた。
最も、妖力を感じ取れる部分。……恐らく、本体の脳だろう。
『今度は……内から、だ。……全てを、終わらせてやる』
ジャックは、再び。
200年ぶりに、あの力を使う。
〈……やめて!!〉
その時、だった。
アルカードの体内に居るはずなのに、声が聞こえてきた。
その声は、彼にとっても、安心出来る声。力を出す事が出来る、支えてくれる声だった。
『……………ありがとな。約束は破らない、と言っといて、情けないが……勘弁してくれ。……お前を、失うのだけは、耐えられない。自分が消える方が……マシ、なんだ』
愛すべき人の為に、全てをかける。
ジャックは、まだ悲痛な叫びを上げているアカーシャの声を聞きながら、考えた。
――……もしも、あの200年前に……アルカードを倒す事が出来ていたら? 自分自身も死なずにアカーシャと、御子神や東方不敗達といっしょに、帰る事が出来ていたら?
心から愛する事ができた彼女と、結ばれる事ができただろうか。
大切な彼女を この胸に抱く事が出来ただろうか。
力いっぱい、抱きしめる事が出来ただろうか。
ずっと、いっしょにいられただろうか。
もう、そんな事はない、と思っていたのに……。また 誰かを愛する事が出来た。……そんな、彼女と。
『はっ…………一茶に、恨まれる。か……な』
望んでも、もう有り得ない結末にジャックは笑みをみせた。
そして、見せたと同時に、始めた。
――全てを終わらせる為に。
~朱染城跡~
彼を、ジャックを感じる事が出来たアカーシャは叫び続けた。
「ジャック、ジャックっっ!!!」
何度も、何度も叫び続けた。
また、彼の声を聞きたいから。
だけど……、次に聞こえてきたのは、あの時の悪夢。
――All spirits of the deads
(全ての精霊(エレメント)達よ……)
――Gather in my place
(我が下へ 集え…)
――Coming abnormal phenomenon…aqency of Providence
(来れ 森羅万象・神代の力)
それは、まるで鎮魂歌かの様に、聞こえてきた。
それは、彼が消える結果となった、超絶破壊の力。
「っっ! や、やめ……やめてぇぇぇぇぇぇ!!!」
アカーシャは叫ぶ。何度叩いても、蹴っても、彼の結界は全てを拒んだ。
それは、アカーシャだけではなく、モカも、そして 亞愛も包み込んでいた。
全てから、守る様に。
アカーシャは叫び続けるが、止まらない。
アカーシャには、その声は、詠唱は 最早呪詛にすら感じてしまう程だった。永遠に続くかと思えたその詠唱も、―――終わる
――COMPLETE END
(完全なる終焉)
あの時と同じ超爆発。
この世の終わり、いや 始まりとも言える。……世界を食いつくそうとする悪魔を、滅する為なのだから。……つまり、世界の破壊と創造の力、だった。
~陽海学園~
それは、同時系列。
「はあい! 燦ちゃんこの記事ヨロシクね! そ・れ・でー、うんっ! 高校生になったら絶対新聞部に入ってね~~♪」
一生懸命に覚えようとする燦をみて笑い、そう言いながら 猫目先生は学園新聞の作り方を燦に教えていた。
<うん! わたし、がんばるね!>
燦は笑顔で作業をした。
――確かに、お父さんに会えないのは寂しいし、胸が押しつぶされてしまうかの様に痛い。だけど、それでも お父さんは傍にいる。
燦は、首から下げた宝石をきゅっ と握り締めた。仄かに暖かさを感じられるその宝石は まるでジャックが燦自身を抱きしめてくれているかの様。……いや、燦にはそう感じる事が出来た。だから、寂しくても、我慢出来たんだ。
しかし…… 悪夢はやって来る。
それは、突然だった。首に下げていた何よりも大切な宝石が、突然砕けたのだ。何の前触れもなく。傷一つ無かった筈だった。
暖かい温もりも、もう消え失せていた。
(!! お お父さん…に貰った石が……!?)
燦は、それが意味するのは分からなかった。石が壊れた位だ。また、戻ってきた時に、直してもらえばいい。と、必死に考えていたのだが……。
「さ…燦ちゃん??どうしたの」
燦は涙を流していた。それは、自分でも。……その涙は止められなかったのだった。
~アルカード体内~
アカーシャは、自分自身がどうなっているのかも分からない。
ただ、判るのは、あの終演の光がアルカードを包んでも。……アルカードは健在だったという悪夢の結果だけだった。限界まで吸い尽くされたジャックの力は、皮肉な事にアルカードの力となって、相殺。あの内側からの大爆発で致命傷に近いダメージこそ与えられたが、その呪われた命を消す事こそ出来なかった。
「…………」
アカーシャは、自暴自棄になってしまったのかもしれない。
まだ、最愛の娘のモカがいる。それでも、又 もう1人の最愛の人を失った苦しみは、彼女の精神を深く傷つけた。モカは、亞愛が助け出す事は出来たけれど……、アカーシャはそのままアルカードに取り込まれたのだ。
不死の吸血鬼と呼ばれているアカーシャ唯一の弱点が、精神への攻撃だった。
だけど、しなければならない事はある。
今回も、アルカードを殺す事が出来なかった。また、彼を失ってしまった。
「………わたしが、やらない……と」
真祖の力は、真祖が封じる。
膨大に膨れ上がったアルカードの妖力は、ジャックの攻撃で殆ど吹き飛ばしてくれている。だからこそ、前回も封じる事が出来た。
「……なにひとつ、かわらない。…わ…わたしは、……………………」
そんな時、だった。
『やれやれ……ったく、君は また無茶をして… はぁ…なんでここまで自己犠牲神を出しまくってくるかな? こいつは……」
突如、この闇の世界で声が聞こえてきた。そして、確かに見えた。体内だと言うのに、白く輝く女性の姿を。
「だ、だれ……?」
辛うじて、アカーシャの心に、目に光が戻り、その光の女性に声をかけた。
「えっ……、あ、あれ?? なんで此処に? それに、きみ、私のこと見えるの?」
こちらに気付いた人?が話しかけた。
「あなたは……いったい、だれ?」
「……気のせいじゃない。本当に見えてるんだね… おかしいな? この世界で私のことが彼以外に見えるなんて…なんでだろ? ……これも歪みが生じたせい、なのかな?」
「……なにをいってるの?」
「見えてるんなら、仕様がないや。誤魔化せそうにも無いし。……彼にとっては不本意かもだけど、全部言おうかな」
光の女性は、彼を、ジャックをこの世界に誘った《女神である。
彼女は、簡潔に 時折端折りつつだが、これまでの事を話した。
それは、ジャックと言う存在について。
まだ、辛うじて彼の命の火は消えていないから。彼と同じ世界から来た彼女なら、救う事が、彼を助ける事が出来る可能性があると言う事。勿論100%じゃない事。
「(漫画の世界、なんていったらこんがらがりそうだし。と言うか、信じてもらえる自信もないし。こう言うのも御法度なんだけど、まあいっか。……見えちゃったのは仕方ないし…、見られちゃった事も)」
一通り説明し普通は眉唾で簡単に信じないと思うのだが アカーシャは信じた。
ぼろぼろになった心に温もりが戻ってきた。
シェリアは、手を翳すと同時に、目を閉じた。
光の粒子が、アルカードの体内の至る所で光り出し、その粒子は一つの形を成した。
「じゃ……じゃっく………」
間違いない。
目の前にいるのは、彼だった。本当に救う事が出来た。救ってくれた。
自分の心といっしょに……、彼の命もすくい上げてくれた。
彼は、ただ……眠っているだけの様に見えた。
「……それで、ほんとに貴女も助けなくていいの? 普通はこの世界に関与していいのは、同世界から来た彼だけだけど、君にも私の姿見えてるし助けられると思うよ? まぁ成功する確率は 大分低いかもだけど、しないよりは良いと思う」
「……いいえ。私がここを出たらアルカードを、また 解き放つ事になるから…」
アルカードに取り込まれた目的は内部より封印するためだった。
彼をまた、失ってしまい心が壊れかけてしまっていたが、それでも彼が守ろうとしたものを守る為に、一雫の光が彼女を行動へと移したのだ。
今は封じているが、もしも、ここから出てしまえば再び蘇ってしまう。
「やれやれ…君も彼に負けずと劣らずのお人よし、って訳だね。……わたしが関与出来るんなら、いっしょに片付けたいけど……ごめんね。それはできないみたいなんだ」
「……いえ、1つお願いいいですか? 私を助けなくていいのでその代わりのお願いを…」
「んー。何でも言って叶えれる事ならしてあげるよ」
女神は笑いかけた。アカーシャも、笑顔のままに答える。
「助ける事が、出来たのなら……彼の…ジャックの記憶……消してもらえないかしら…?」
それは全くの予想外の願いだった。
「……その理由は?」
「彼の事……知ってる。あなたも、彼の事を 知ってる。なら ここから彼が出たら、……私のことを覚えている限り、絶対に無茶をするから…。もうこれ以上見たくないの……。1度、2度も。……もう、彼が苦しむ姿を、見たくない。 ………お願い)
それは心からの願いだった…。
シェリアはここまで澄んだ心を見たのは初めてだった。いや、2人目、だった。
「わかった… 本当にいいのね? 本当に大切に思っているのよ? 彼は…」
「……ええ お願いします。 彼からは、沢山、沢山貰った。私は……それだけでも十分、だから」
アカーシャの意思は固いようだった。
「……もう言わない、あなたの意志の強さ見ちゃったからね、でも1つだけ断っておくけど完全な記憶の消去は無理だからね。……記憶の綻びは必ず残ってるから 全てを思い出す可能性もあるって事だけは覚えといてね」
シェリアはアカーシャに言った。
「ありがとう。……もう、いかないと。……本当に、ありが………と……ぅ)
そして アカーシャは意識を失いアルカードの体内奥深くへゆっくり沈んでいった…
ここに残されたのは、眠っているかの様に横たわる彼だけ。
「彼女の命がけのメッセージ確かに受けとったよ… 彼が惚れるのも分かる気がするわ… 約束は守らないと…ね 彼が聞いたらすごい怒りそうだけど… こっちの願いも相当…重いから…」
そうシェリアは呟き ジャックを救い出し…アルカード体内から脱出した。
ページ上へ戻る