SAO-銀ノ月-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第九十五話
前書き
キャリバー編……の前にちょっと寄り道
ルクスとユウキが優勝を果たした水着コンテストからしばらく、そろそろ年末が近づいてこようとしていたが、このアルヴヘイム・オンラインは変わることはなく。……いや、変わったことと言えば、水着コンテストで会ったギルドこと、スリーピング・ナイツのメンバーたちか。
それぞれ一騎当千の力を持った、他のゲームからコンバートしてきたプレイヤー集団。ALOのことを知りたい、という彼ら彼女らとともに時には冒険を果たし、それ以外でもそれぞれに交流を深めていた。
ALO――イグドラシル・シティ。苛烈な競売を乗り越えて買われたその一等地には、今はキリトたちの住居となっていた。アインクラッドが実装された今、ここは間に合わせのプレイヤーホームではあるのだが……そうとは思えないほど立派な家となっている。ついつい競売に夢中になって買った夫と、それを飾り立てた妻の仕業だが。
そんなこともあり、パーティーの集合場所といえばたいていはこの家か、クエストに行くならば《リズベット武具店》だ。つまるところ、クエストに行かないでのんびりとするだけなら、大抵の場合この家であり……今日もその例に漏れなかった。
「アスナ! 何か手伝えることない?」
「ううん。お客様だからゆっくりしてなさい」
そんなこんなでキッチンで料理の腕を振るうアスナに、ユウキがせわしなく手伝おうとするものの、その度に制止され椅子に座るとプルプルと震えだす。
「や、やっぱりボクも何か――」
「ダメです!」
数秒後、我慢出来なくなったユウキが立ち上がろうとしていた時、机に食材を運んできたユイに制止された。ナビゲーション・ピクシーの姿ではなく、少女の姿をしたユイに注意されるのは効いたのか、またもやユウキはしぶしぶ椅子に座り込む。
「むぅ……」
「なんでそんな落ち着きがないんだ?」
同じくアスナが作った料理を机に運んできたキリトが、ユイとともに椅子に座りながら、落ち着かない様子のユウキに問う。軽くつまめるような料理が机に並び、ユウキはそれらの料理を視界に捉えながら、ぼそぼそと語りだした。
「だって……ボク、こういうの初めてだし……」
友達の家にお呼ばれするなんて――と、消え入りそうではあったものの、ユウキの言葉はそう続いていく。その言葉を聞きながら、アスナは手を拭いてキッチンからユウキの隣の席に座る。
「ならこういう時は、遠慮しなくてもいいの。手伝ってくれようとしてくれてありがとね?」
「そうですよ!」
「……うん」
アスナとユイの二人にそう言われると、少しだけ頬を赤く染めながら、ユウキは小さく頷いた。そんな様子を見ると、アスナはふとあることを思いつき、クスクスと笑ってしまう。
「ふふ。なんだか娘が増えたみたい」
「なっ……ボ、ボク、そんな年じゃないやい!」
椅子から立ち上がってまで力強く否定するユウキに対し、アスナはあくまでマイペースに、ユイに『お姉ちゃんがいい? 妹がいいー?』などと聞いている。
「ユウキ……お姉さん?」
「うっ」
姉、などと呼ばれることのない――でもちょっと憧れる――呼称で呼びながら、こちらを見上げてくるユイに少し言葉が詰まる。こう呼ばれるならアスナの娘でもいいか、などと一瞬でも考えてしまう破壊力を持ったソレに、ユウキの脳内はその瞬間真っ白になってしまう。
「でもさっき注意されてたし、やっぱりユイちゃんの妹かしらね」
「う……うー~……キリト! アスナがイジメる!」
ユウキの必死な主張に巻き込まれたキリトは、苦笑いしながら目をそらす。こうなってしまえば、もうアスナを止められないだろう、という諦めをもった視線。
「よしユウキ。なら遠慮なく俺をお兄ちゃんと呼んでも……」
「えっ……それはちょっと。キリトってお兄ちゃんって気がしないし」
「パパはパパですよ?」
一刀両断。いや否定されるとは思っていたが、まさかここまで真っ二つにされると思っていなかったキリトが、膝の力を失って椅子から転がりかけてしまう。自分とて立派な妹がいる兄なのであるが、と。
「い、いや、俺だって妹がいるんだから、兄オーラがだな……」
「あ、リーファってキリトの妹なんだっけ。またリーファとは手合わせしたいなぁ」
「……諦めよ、キリトくん」
アスナからもトドメを差されたキリトが、今度こそ崩れ落ちるのをアスナは横目にしながら、人数分のハーブティーをカップに注ぐ。ユイは楽しそうに、ユウキはやはり少し恐縮しながらも、それを口に運んでいく。
「私も妹はいないから。リーファちゃんみたいな可愛い妹、仲もいいし羨ましいな」
「ねー」
「そうなのか……?」
最近まで不仲でした――とはとても言えない雰囲気が作り上げられてしまい、椅子に座り直したキリトは顔をひきつりながら適当に返していると、家の呼び鈴が鳴る。その場で確認できるような便利な機能はついていないが、呼び鈴を鳴らした主はすぐさま家に飛び込んできた。
「遅れました!」
「お邪魔します」
頭に青い小竜ことピナを乗せたシリカに、つい最近このゲームを始めたシノン。奇しくも二人とも猫妖精という、残りの客人が揃った光景を見て、ユウキとキリトは揃って同じ言葉で呼んだ。その本来人間にはありえない耳と、ゆらゆらと揺れる尻尾を指差しながら。
『ペット!』
「いきなり何の話ですかぁ!?」
やいのやいのとキリトにユウキ、シリカがペットについて騒ぎ出す中、シノンはさっさと椅子に座る。元から用意してあったカップにアスナがハーブティーを注ぎ、その場に落ち着くようにそっと一口。
「で……何の話?」
「多分……姉とか妹とか、兄とかなんて話してたから。家族について、かな」
「それでペット、ね。ふーん」
自分の猫耳をピコピコと動かしながら、興味なさげにシノンは答える。ようやくシリカも椅子に座ると、ピナがその膝の上に座る。シリカのハーブティーを注ぐアスナだったが、そこでピナの分のカップを用意してないことに気づく。
「持ってきますね、ママ」
「あっ……ごめんねユイちゃん。ピナも」
気にするな――とばかりにピナは高い声で鋭く鳴き、机の上に置いてあったマカロンを摘まむ。……そんな様子に目を輝かせるユウキに身の危険を感じたのか、すぐさまシリカの膝の上に避難していたが。
「アスナがそんなミスするなんて珍しいな。……いや、気づかなかった俺も悪かったな。何か悩みでもあるのか?」
「う、ううん! 何でもないよ、ちょっとうっかりしてただけ」
そうしてキリトに無理やりごまかしながら、ユイに持ってきてもらった追加のカップに、ピナの為のハーブティーを注いでいく。シリカの膝から恐る恐る顔を出し、カップに首を近づけるピナに比例するように、興味津々なユウキがピナに近づいていた。
「ね、ねぇ。触ってみても……いいかな?」
「えーっと……ピ、ピナに聞かないと」
手を伸ばすのを我慢しているようなユウキに、シリカはピナに判断を委ねることにする。ピナの顔を二人で見た瞬間、ピナは高速でユウキから目を背ける。それが答えだと悟ったユウキは、少ししょんぼりとしながらも仕方ない、と頭を下げる。
「そ、そうだよね……ごめわっ!?」
うなだれてしまったユウキが見ていられなかった――のかは定かではないが、ピナが頭を下げたユウキの頭上に飛び乗った。いつもシリカにそうしているかのようなソレは、触っていいとピナが認めているかのような。
「ありがとうピナ……凄い可愛い!」
「あ、あのユウキさん、ちょっとお手柔らかに……」
ずっとピナに興味津々だったものの、目の前でおあずけをくらい続けたユウキに、シリカのそのか細い声が聞こえることはなく。精一杯愛でる様子は他者から見れば和む光景ではあるが、ピナからすればたまったものではなく。
「そういえば……シノンは使い魔はテイムしないのか?」
「え?」
ふと気になって、キリトは隣で自分のペースを維持したままの、使い魔を擁しているはずの猫妖精に問う。ケットシーの強みとは、そのものズバリ使い魔とテイムスキルであるのだが、シノンはケットシーであるにもかかわらず使い魔はいない。それは彼女がケットシーを選んだ理由が、使い魔ではなく『一番視力がいいから』という他に類を見ない理由だからであるが。
「そうね。テイムスキルも上げてないし……今のところは無いわね」
「でも、せっかくケットシーになったんだし、もったいなくない?」
もちろん各人のプレイスタイルは自由ではあるが。その種族の唯一無二の特徴をまるっきり無視するのは、アスナも流石に他人事ながらもったいない気がしてならず。シノン本人もそう思うところも無いわけではないのか、ハーブティーを置いて少し考え込む動作をする。
「でも私、ペットとか飼ったことないし」
「ケットシー全員がペット飼ってる訳じゃないと思うけど……」
「リアルじゃ出来ないことをやるのも、ゲームの醍醐味なんじゃないか?」
そこの竜使いは現実でも飼ってるけどな――というのは話がこじれそうなので胸の奥に秘めながら、キリトは代わりにそんなことをシノンに勧める。あのヨツンヘイムを自由に闊歩する友人――テイムしたとはまた違うが――であるトンキーを思い返しながら。
「ふーん……それじゃ、キリトが私の使い魔になってくれる?」
考え込む動作を止めたシノンが出した謎の結論に、キリトは脅えるようにピクリと身体を震わせる。ちょっと使い魔のようになった自分、というのを想像してしまったということもある。
「ドウイウコトデショウカ……」
「ほら、あんたモンスターに変身出来るじゃない。それをね」
それこそケットシーのテイムスキルのような、スプリガン特有の魔法である幻惑魔法。その中にある自身のステータスに応じたモンスターに変身する、という魔法が存在するのは確かであり。連携もへったくれもなくなる上に、基本的には対人戦で相手を驚かせるくらいしか使い道もない代物だが。
「冗談よ。何ちょっと本気で考えてるの」
「で、ですよねー……」
……そんな会話をしていた近く、ピナと遊んでいたユウキは、その言葉を聞いていた。言った本人は、特に深い意味もなく言った言葉なのだろうけど……ユウキにとっては、深く刻まれてしまう言葉でもあった。
「リアルじゃ出来ないことをやるのも、ゲームの醍醐味、か……」
先程キリトが何とはなしに発した言葉。こうしてピナのような小動物と触れ合うことも、彼女にとって現実では。
「ひゃっ!?」
少し視界を下げた瞬間、手の中にいたピナがユウキの頬を舐めた。突然の温かみに素っ頓狂な声を出してしまうと、他の三人の視線もこちらに集中する。
「……慰めてくれたの? ありがと」
「ああっ! ピナがごめんなさいユウキさん!」
誰にも気づかれないような小声でピナにお礼を言うと、高速で謝りにきた飼い主ことシリカに、『ううん! やっぱり可愛いね!』とお礼を言う。ピナもすっかり打ち解けたのか、ユウキの手の中から頭上へと降り立った。……ちょっと寂しそうな飼い主は置いておいて。
「ユウキ。せっかく作ったのに冷めちゃうわよ?」
「アスナさんの料理、すっごく美味しいんですよ!」
「うん、今行くよ!」
――憧れの人。大事な人を自分のせいで亡くしたあのデスゲームにおいて、生き残る力をくれた恩人。中層のプレイヤーだった自分と、攻略組の中でもトップをひた走っていた彼では、一度も会うことはなかったけれど。第一層からフロアボス攻略組にその名を刻んでいた、《黒の剣士》の名を聞く度に――生き残ることが出来るって信じられた。
デスゲームを生き残る強さを得られると、戦闘スタイルを真似てみたりしていたが――あのデスゲームを終え、そんな憧れの《黒の剣士》が目の前にいる。まずお礼を言うべきか――いや会ったこともないのに――真似てみた二刀流について聞くべきか――いやまずは挨拶を――と、ルクスの脳内で様々な言葉が駆け巡っていく。
「え、えと……」
結局、口から出てくる言葉は言語にならず。怪訝そうにしている目の前の人にガッカリさせまいと、また何か言わないと、と思考がグルグルと回転していく。そう、まずはこの非礼の謝罪をしなくては。
「ご、ごめんなさ――」
「――カーァット!」
……リズベット武具店。ステレオタイプの映画監督が持っている、音を鳴らすカチンコと呼ばれる物を鳴らしながら、店主ことリズ監督はそう叫ぶ。
「カットカットカット! ルクス。そんなんじゃいつまでたっても、キリトと会話すら出来ないじゃない」
「……すまない……」
わざわざ鍛冶スキルを駆使して作ったカチンコをカンカンと鳴らしながら、椅子に座って膝を組んだリズが、主演女優ことルクスに野次を飛ばす。申し訳なさそうにルクスは萎縮するものの、やはりどうすることも出来ず。
アインクラッドの時からキリト――というより《黒の剣士》に憧れていたルクスだったが、いざ直接会うと恥ずかしくて喋れない、ということで。同じ学校に通っているにもかかわらず、二人の接触は異常に少ない……ルクスが逃げるからであるが。これではマズいとリズが一肌脱ぎ、どうにかしてキリトとまともに会話出来るように一計を案じたものの、上手くいく様子はまるでなかった。
「あー……もういいか? このカツラくすぐってぇんだけど」
「ごめんねジュン。もうちょっと頼むわ」
主演男優には本物のキリトを起用――したいところだが、そうすると主演女優が逃亡してしまうため、体格や髪型が近いジュンにお願いした。サラマンダーらしい赤色の髪は黒色のカツラに包まれ、服はキリト本人のいつも着ているものの予備と、一見在りし日の《黒の剣士》に近いものがある。
「つってもこの調子じゃなぁ」
「すまない……」
「それはさっき聞いた。何か別の方法を考えなくちゃね」
リズ監督による映画撮影は中断され、カチャカチャとカチンコを鳴らしつつ、何か妙案が出てこないかと腕を組む。
「ルクスさん、調子はど……ダメみたいだね……」
「リーファ。そうなんだ、どうしても」
他の部屋から顔を出したリーファだったが、立ち込める空気から上手く言っていないことを悟る。憧れの芸能人と喋っているファン、というような心境というべきか。これはもう慣れるしかないのではないか、と男優役のジュンは思うようになっていると、リーファが新しく案を出した。
「アレなんてどう? 人をカボチャに思えーっていう」
リーファが手を叩きながら言った言葉は、舞台演劇でよく言われるような手法。見られることが恥ずかしいのであれば、観客をカボチャだと思って視線を気にするな、という話。
「悪いけどそんな……キリト様をカボチャだなんて」
「案外めんどくさいわね、あんた……」
しかしてその手法は、他ならぬルクス本人の手によって否定され。変なところで真面目なのは、本当にあの日本刀使いの鍛冶屋とそっくりだ――などと思ってため息を吐きながら、リズ監督は思わず悪い顔をしながら、指をルクスへと突きつける。
「じゃあ今度、キリトと二人きりでクエストね! 荒療治!」
「えっ……えぇ!?」
「キリトと話したいんでしょ? もうそれしかないわ!」
「それは……そうだけど……その、まだ顔を合わせられないって、いうかっ!」
赤面して慌てふためくルクスを眼福眼福と眺めながら、リズはさらに畳みかけていく。
「もう決定! いーい? キリトには話つけといてあげるから!」
「うぅ……」
強引に押し切ったリズとルクスの問答の裏で、リーファが誰にも気づかれないように小さく呟いていた。キリトとルクスが二人っきりでクエストに行く、という話について。自分も最近そんなことはしていないのに。
「……それはそれで、ちょっと……」
「ちょっと、何だって?」
「な! 何でもない!」
……リーファとしては、誰にも気づかれないように言ったつもり、だったが。気づけば近くにいたジュンに聞かれてしまい、ぶんぶんと手を振りながら必死に否定する。ジュンも怪訝な顔をしたものの、それ以上追求することはせず。
「……? で、リズ。もういいか?」
「あ、ごめんねジュン。ありがと」
本人曰くくすぐったいカツラをすぐさま剥ぎ取り、ジュンのサラマンダー特有の真紅の髪が露わになる。通常ならば、髪型を変えるには専用のアイテムが必要なのだが、このカツラはどこから調達してきたのだろうか。そんなふとした疑問をジュンが口にしようとした瞬間、リズベット武具店に大きな声が響きわたった。
「みんなー!」
「ノリ? どうし――」
スリーピング・ナイツのメンバー、スプリガンのノリの声だ。何か緊急の連絡かと、ジュンは声をする方法を見ると、そこにいるのはノリだけではなく。
「わぁ……」
ウンディーネのシウネーもいた。同じギルドのメンバーである彼女が、ノリと同じ場所にいても何らおかしいところはないのだが。問題はリーファが思わず感嘆するような、その格好にあった。
「綺麗だね」
「でしょー? シウネーったらいいアバターなのに、先に装備だーって全然オシャレしないもんだからねぇ」
――ジュンがつけていたキリト変装用のカツラの出所である、リズが何となく集めていたパーティーグッズ。そこから猫耳とかメイド服とか、そんなコスプレのようなものをコーディネートして、シウネーはそこに立たされていた。雄弁に語るノリとは対照的に、顔を伏せてその青いロングヘアで隠し、まったく一言も発することはなかった。
「………………」
「これは……リーファ! リーファ! 負けてられないわよ!」
「何でこっちに振るの!?」
そのコスプレパーティーグッズの持ち主は、こうしてはいられないとばかりにカチンコを投げ捨てると、嫌な予感を感じて逃げようとしていたリーファを即座に捕まえる。
「ほら、ルクスも! 行くわよ!」
「えっ、私もか――」
ルクスの言葉が最後まで言われることはなく、店主によって乱暴に部屋の扉が閉められる。残されたのは奇しくもスリーピング・ナイツのメンバーであり、ジュンは困ったような顔でノリを見た。
「オレもう帰っても」
「え? アンタ審査員でしょ?」
どうやら男優役の次の就職先は、既に知らぬ間に内定されていたらしい。いつの間にか決定していた審査員として、いつの間にか作られていた審査員席に座り込み……ジュンは、残りのメンバーがいるであろう部屋の方、羨ましげに見つめていた。
「向こうはピンク色の声が聞こえるなオイ」
――対する、その他のメンバーが集まっている部屋においては。奇しくも同じサラマンダーであるクラインが、似たような面もちでそちらを見つめていた。
「シウネーさんとお近づきになれるかと思ったのによ、何だこの仕打ちって」
「……文句あるなら向こう行け」
《リズベット武具店》の工房。普段は店主とその助手が、命を削って武具を作り上げているそこに、残りのメンバー――ショウキ、クライン、テッチ、タルケンが集まっていた。向こうに比べて圧倒的な男女比に、クラインが数秒に一回のペースでボヤいており。さっきまでリーファがいたのだが、そのリーファも一回聞こえた悲鳴から帰ってくる気配がない。
「そもそもこれ、意味あるのか……?」
困ったような表情で髪をクシャクシャとするショウキの前には、鍛冶妖精としての本領を発揮する際に使う、専用のハンマーと作業用の道具が置いてあり。いつでも鍛冶が出来る状態だったが、いかんせん本人にやる気がなさそうであった。
「そんなこと言わずに師匠!」
「…………」
タルケンから師匠、と呼ばれるもショウキは苦笑いのまま、その表情は止まる。何でも、ショウキの鍛冶の様子を参考までに見せてもらいたい――とのことで。商売敵という訳でもないので了承はしたが、基本的にスキルレベルによって変動する鍛冶の出来映えに、一体何を参考にするところがあるのだろうか。鍛冶妖精の先輩ことショウキとしては、全くそう思わずにはいられなかったが、まあとにかくということで押し切られ。それにクラインとテッチも面白がって着いてきていた。
「そもそも、それならリズの方に頼めば……」
もちろん戦闘スキルよりの自分より、かのデスゲームの時から鍛冶屋をやっているリズの方が、当然鍛冶の腕前は高い。自分もSAOでいうところの《鍛冶スキル》はマスターしたものの、鍛冶妖精という一つの種族の目玉となったALOでは、さらに鍛冶スキルが細分化されており。そこまでは、流石に自分も手が回っていない。
「あー、タルには無理だよそれ。可愛い女の子と会うとあがり症で」
「否定できない」
「否定しろ」
同じスリーピング・ナイツの仲間であるテッチと、何を隠そうタルケン本人の太鼓判によって、リズに押し付けるという案は完全に否定される。そんな否定できないタルケンに気安く、クラインが肩を組んでいく。
「もったいねぇなぁ。ユウキにノリ、シウネーさんと身内にいるのによ」
もちろんオレはシウネーさん推しだけどな――などと、アイドルグループの推しメンバーを言うようなクラインに、テッチとタルケンは苦笑してしまう。
「同じギルドの仲間だけど……そういう対象にはならないよ」
薄い丸メガネの奥にある目を細めて笑いながら、ねぇ、とタルケンはテッチに同意を求める。テッチは言葉にこそしないものの、その雰囲気で肯定の意を示す。そんなどこか超然とした雰囲気の彼らに、ショウキは少し疑問を感じていると。
「はー。だってよショウキ」
「……何でこっちに振る」
スリーピング・ナイツの心温まる話になるかと思いきや、何故かクラインの標的がタルケンからショウキに移ったことで、その疑問は宙に消える。タルケンと肩を組むのを止めたかと思えば、ショウキに向かってビシリと指を指す。
「テメェはむしろ、なんでリズがいるのに浮いた話一つねぇんだよ! キリトを見習えよ!」
何故か逆ギレされた。何やら熱弁するクラインの演説は止まることはなく、さらに熱が込められて続いていく。
「一緒に店を切り盛りして時間ならいくらでもある! リズも『肉食系女子☆』とか言っちゃうようなイケイケな奴! なんでこれで関係が進まねぇんだ!」
微妙に似てなくもないようなリズの物真似――タイトル:肉食系女子☆を間に披露しつつ。リズ本人はそういうことを言うような、言わないような。クラインの演説を右から左に受け流しながら、ショウキはボーッとそんなことを考えて。
「それともリズの方が実は『恥ずかしくて……』とか言っちゃうのか? そんな……そんな……ん? なんだソレ可愛いじゃねぇか」
「ありがとう。最高の褒め言葉だ」
結論が出た。そもそも何でこんな話をしているのだったか、とショウキは思い返していると、そう言えば鍛冶業を見せるという話だった、と思い返す。インゴットを放り込む鋼鉄のふいごに火を灯し、どんな鉄をも溶かす温度となっていく。
「あー分かった。全部ショウキがヘタレてんのが悪ぃ」
「はいはい。で、見たいのか見たくないのか」
「……あ! 見たいです見たいです!」
クラインの演説の衝撃で呆気にとられていたのか、タルケンが忘れていたかのように、急に丸メガネがズレるほどに主張を始めだした。
「じゃあ何を造るか……」
「ああ、じゃあ大盾とかでも大丈夫かな。使ってるのがもう古くて。タルが作ったの」
「それじゃ僕が悪いみたいじゃないか!」
そんな製作者の講義を、お金は払うからさ――と華麗にスルーしながら、スリーピング・ナイツ唯一のタンク型ビルド、テッチから依頼がくる。自分たちの中でも数が少ないタンク型と、生傷が絶えない職場であるのだろう。大盾向きのインゴットを倉庫から選びながら、よし、とショウキは気合いを入れる。
「じゃあ大盾造りだ」
用意したインゴットを灼熱のふいごの中に投入し、しばしの時間が経った後にマジックハンドのような道具をした、ヤットコという鍛冶の道具でインゴットを取り出した。用意してあった水が入った瓶に、熱されたインゴットを投入して急速に温度を下げていく。通常の金属ならば、この異常かつ急速な温度変化に耐えられず自壊するが、その程度で破壊されるインゴットに大盾は務まらない。
インゴットが冷えたタイミングで瓶から取り出し、机に置いてあった鉄製の金属の上にインゴットを置き、さらにその奥にもう一つの鉄板を置く。冷やされたインゴットは軟体の性質を持っており、二枚の金属板の接着剤のような効果を発揮する。こうすることで、三つの金属分の装甲を持った大盾を作り出すことが出来る……もちろん、重量もそれ相応なので俺には持つことさえ出来ないだろうが、これを使うことになるテッチならば問題はない。
「ふぅ……」
ここまで準備してようやく鍛冶の開始だ。いつも愛用している日本刀ではなく、小ぶりなハンマーを持って肩に乗せ、一息深呼吸。机の上に乗せた大型のインゴットを撫でてその材質と出来映えを確かめた後、思いっきりハンマーを叩きつける。
アインクラッドの時から大元のシステムは変わっていない。対応するインゴットを専用のハンマーで規定の回数叩き伏せ、あとはシステムスキルによる補助や運などによって最終ステータスが決定し、武器となってこの世界に生まれてくる。……タルケンには『スキルレベルが上ならいい』などと言ったが、インゴットを叩く回数、事前準備の方法、追加アイテムや素材など様々な要因が存在する。その無限にも近い解法はまだ解明できていないほどであり、ただスキルを上げてインゴットを叩けばいい、という訳ではない。
……もちろん、補助スキルがあればあるほどいいのも確かではあり、最終的には運という説も否定出来ないが。
「………………」
さっきまでの騒がしさが嘘のように、リズベット武具店の工房は静まり返っていた。もちろんクラインも、本当に真剣な様子でハンマーを振るショウキに、何かちょっかいをかけるような事をする訳はなく。ただただカン、カン、と金属と金属がぶつかる小気味よい音が世界に響いていき、インゴットは鈍く、しかし確かに光り輝いていた。
そして何回叩いたか――一瞬、一際大きな光を発したのを見逃さず、ショウキはハンマーを振るうのを直前で止める。ハンマーを机に置いて一息、汗を拭うような動作をした後に、ショウキは見学していた三人に向き直った。
「……出来た」
その声に呼応するかのように、ただの無骨な鉄の塊にすぎなかったインゴットが、光とともに洗練された武器へとその姿を変えていく。ショウキが使ったインゴットの通りに、重厚な質量を持ち、人間の身長ほどにも迫る長さを持っていた。持ち手は力が入りやすいようになっており、造り手のこだわりか黒い意匠が施されている。目測だが刃渡りは90cmを超えるほどの――
「――カタナじゃねぇか!」
――野太刀、あるいは大太刀。厳密には違うが斬馬刀、などと呼ばれる巨大な日本刀の一種がそこにあった。クラインの渾身のツッコミが、静寂が支配していた工房に響き渡った。
「くっ……ダメか……すまないテッチ、実は俺には昔やったゲームのバグの影響で、カタナしか造れないバグが……」
「おい、それはまた別の話だろおめー」
胸を抑えて苦しみだすような動作をしだすショウキを、当時の事情も知っているクラインがバッサリと斬って捨てる。しかして、何故か造るもの造るものカタナになってしまうのは、わざとという訳ではなく。本人さえもその理由は分からなかった。
「確かに凄い勉強にはなったけど……テッチ、いるコレ?」
「遠慮しておこうかな」
完成品の野太刀を興味深げに見つめてはいたが、もちろん依頼人のテッチからはいらないと言われ。大盾を注文したのに出来たのが巨大な日本刀なのだから、当然と言えば当然というか当然である。
「おっ、じゃあオレが……って重ぇ! ダンベルか何かか!」
「これもコレクション行きか……」
脳筋ビルドと言ってはばからないクラインが持てないとなると、もちろんショウキにも持つことは出来ず。システムメニューによる操作で手も触れず、野太刀はショウキのカタナコレクションへと加わった。
「ショウキたちー! ちょっとこっち来れるー?」
リズの声が遠くから響き渡る。このようにしてまたもや使わないカタナコレクションが、自分の店の倉庫に増えたことをまだ知らないリズの声だ。返答しようと工房の扉を開けたショウキの耳に、リズの声以外の音が広がってきていた。
「……歌?」
店の外から流れているからか聞こえにくいが、それは確かに歌声だった。生で歌っているような感じではなく、どこかスピーカーから流れているような。
「お、七色の歌じゃねぇか。流してる奴センスいいねぇ」
「……七色?」
ショウキと同じく部屋から顔を出したクラインが、その歌を耳ざとく聞き分けた。人の名前のようなその名前を聞き返すと、クラインが信じられないような顔でショウキの顔を見つめた。
「おいおい、いくらリズ一筋だろうが七色くらい知っててもバチは当たらねぇぞ?」
「聞いたことありますよ。アイドルですよね、確か……」
「ショウキー? どうしたのー?」
テッチが糸目をさらに細めながら、その七色なる人物について話そうとした時、リズの更なる呼び声が響く。結局、それでその話は一旦終わり、とりあえずショウキはリズへと返答を返した。
「ああ、今行く――」
ページ上へ戻る