SAO-銀ノ月-
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第九十四話
前書き
ガールズ・オプス編前編、完。
『これよりポイント三倍と――参加者の皆さんに――』
クイズ番組最後のチャンスタイムのような、まさしくリズたち参加者にとってはチャンスタイムそのものな、そんな放送が海岸沿いに響き渡っていく。リズに焼きそばの片付けを頼まれてはいたが、予期せぬお客様――テッチとタルケンと名乗った二名様に、急遽焼きそばを振る舞ってその作業も中断され。結局はぐだぐだと喋って過ごしていた。
「ショウキさーん……いい加減出してくれても……」
「リーファに怒られたくないから却下」
まだ生首だけ残された砂浜に埋められたままのレコンに適当に返しながら、作りかけのシールドをシャベルにして、砂浜の砂を集めていく。……もちろんレコンを首ごと埋める訳ではなく、それ以外のためにだ。
「よっこら、せっと……」
砂浜の砂を満載したシールドを腰を入れて持ち上げると、そこに寝転んでいた巨漢のノームへとかけていく。ザァァァ、と音をたてて身体を埋めていく砂がくすぐったいらしく、土妖精らしくなく笑っていた。
「いやぁ、すいませんねぇショウキさん。こんなこと頼んじゃって」
「お安いご用で」
砂浜に横たわるノーム――テッチに容赦なく砂をぶちまける。……字面からでは伝わらないが嫌がらせの訳ではなく、彼から頼まれてのことだ。せっかく海に来たのだから、砂浴がしたいとのことで。
「ふぃー」
「お、おお……!」
土妖精特有の巨大な身体に苦戦したものの、ショベル代わりにしていたシールドのおかげで、何とか寝ていたテッチの身体を砂に埋めることが出来る。ショベル――シールドを砂に立てかけ、つい癖のように少し息を吐く。
「そんなにいいのかな、これ……」
「ええ、ええ。一回やってみたかったんですよ」
縦に埋まっているレコンが心底不思議そうに言うと、首以外埋まったテッチが、感極まったかのように頷いた。縦ではなく横に寝ている、という違いはあるものの。ショベル代わりに使っていたシールドを、タオルでざっと吹いた後にストレージに入れる。潮風と砂にまみれてしまったコレのメンテナンスは、どうせこの海ではすることは出来ない。
「あ、あのっ! 今のシールドはどうやって作ったんですかっ!」
「いやどうやっても何も」
砂まみれになったシールドをどうするか、というかリズに怒られやしないだろうか、と――リズもシールドを舟にして海水を滑らせていると知らない俺は――思案していると。ちょっと緊張したようなタルケンから、そんな質問が飛んでくるがどう答えろと。鍛冶スキルで製作しました、以上のことは言えない。
「タルもやらないコレ? 砂浴」
「そんな暇ないんだよテッチ、師匠に鍛冶スキルのこと聞かないとさ!」
興奮しているようなタルケンだったが師匠って誰だ。あと水着が恥ずかしいらしいのだが、いい加減日陰から出て来たら如何だろうか。そもそも、この仮想空間で砂浴をして意味があるのだろうか。
「……俺は何をやっているんだろう……」
そんなとめどなく溢れ出すどうでもいいことに、自分がここにいる理由を問い直す、という……極限まで暇になるか悟りを開くかしないと考えないことまで口走ってしまう。自分はあくまでリズたちのコンテストのついでに来たわけで、1人だとどこまでも広がるこの大海原に特に用事はない。
「ショウキさん! なら僕を掘り返してリーファちゃんたちを追おう!」
「それはダメだ」
男性プレイヤーである俺とレコンが海に繰りだすと、リズたち以外のチームにポイントが入るので。正確には、男性プレイヤーの視線によってポイントが加算されるそうなので、俺やレコンが他の女性プレイヤーを見なければいいのだが、申し訳ない。かといって、せっかくの海にこのまま何もしない、というのももったいない。
「泳ぐか」
やはりこの大海原、暇を潰すにはそれしかない。そうと決まれば、そもそもここに残った理由である焼きそば店の片付けを早々に終わらせ、早々と海に行くしかない。SAOの頃はその環境もあって、水場といえばモンスターがいるか邪魔な障害物かのどちらかだったが、ウンディーネがいるからかALOは水場も作り込まれていた。せっかくの機会だ、と焼きそば店の片付けに入る俺に、テッチから声がかけられた。
「ああ、ショウキさん。もしも仲間に会ったら、よろしく言っておいてください。小柄なサラマンダーなんですが、ずっと泳ぎっぱなしで」
「ん。……ん?」
テッチへの了承の声と疑問を発する声。風を切る音とともに、空中からこちらに近づいてくる気配――全てのプレイヤーが平等に飛翔する権利を持つこのALOにおいて、その音と気配は何も珍しいことではないが。この水着コンテストという場では、まだ聞いたことのない音と気配だった……何せ、コンテストで見られなくては意味がないのに、高スピードで飛翔する意味がない。
「いたー――!」
何か急ぎの用かと空を見上げてみると、その瞬間にその物体は目の前に着地した。飛翔してきた勢いを全く殺さずに突っ込んできたソレは、着地の衝撃で砂を大空に散らしていき、それらは重力に従って再び大地へと落下していく。
「わっ! ぶっ!」
頭だけ出した逃げ場のないレコンが、その落下した砂が炸裂しているのを視界の端に捉えながら、俺はその拡散する砂の範囲外へと避ける。一体何だ、と、その隕石のように落下してきた物体を見てみると。
白いチューブトップを着た、紫色の髪をした小柄な少女。その髪色と翼から恐らくインプだろうと伺わせる彼女は、キョロキョロと何かを探すように辺りを見渡すと、こちらに向かって深々と礼をした。
「あ、えっと……ごめんなさい! 急いでたから!」
「あ、ああ……」
砂をぶちまけてしまったことへの謝罪らしかったが、特に俺は被害は受けていないので、お茶を濁すような返答となり。全て被ったのはレコンだったが、どうやら砂を被った生首という謎の物体に、彼女は気づいていない様子だった。確かに、足元にそんなものがあるとは思うまい。
「派手な登場だね、ユウキ」
「うわっ!?」
テッチの知り合いなのか、ユウキと呼ばれた少女は足元から囁かれたノームの声に驚き、反射的に飛び退いた。数秒後にそれが自分の仲間だと気づいたのか、臨戦態勢を解いて砂の中に寝転んだテッチに視線を合わせた。
「ビックリしたぁー……あ、そうだテッチ、タルはどこ? ボク、ちょっと急いでるんだ!」
「うん、うん。そうみたいだね。タルならほら、女の人の水着が恥ずかしいーって、そこの日陰」
見るからに慌てているユウキという少女を諫めながら、テッチはのんびりとした口調で話しかける。とはいえ諫めた甲斐は全くなかったらしく、タルがいる日陰へと猛ダッシュで少女は向かっていき、すぐさまタルケンの悲鳴が聞こえた。
「仲間が騒がしくてすいませんね。良い子なんですけど」
「はあ……って、ユウキ?」
砂がぶちまけられて死にそうになったレコンの顔から、砂を拭いてやっていると、先の砂の範囲外に寝ていて無事だったテッチがそう笑う。ユウキという名前がどこかで聞いたことがあるかと思えば、先程リズたちが見に行ったとかいう剣舞をしていたプレイヤーの名だったような。
「なあレコン、今のって」
「うん、凄い剣舞してた子だよ!」
レコンにも確認をとってそのことを確信したが、あの非力そうな少女にそんな剣舞をするようなイメージが沸かず。最も、アバターがどんなステータスをしているのか外見で判断出来ない以上、外見でそうは見えないと言っても意味はないのだが。
「そういえば剣舞するって言ってましたよ。ああ見えても強いんですよ、ユウキ」
そうテッチのお墨付きを受けて。その剣舞をしていた彼女が、ダンジョンではないためメールが使えるこの場所で、あれだけ慌てて会いに来るとは一体どんな用なのだろうか。
「…………――!?」
ふと気になってそちらを見てみれば、ユウキという少女がクワのような刃物を持ってタルケンに迫っていた。そんな光景に声を失ってしまったものの、よくよく見ればそのクワのような刃物は片手剣であり。どうやら自身の得物が折れてしまったので、鍛冶妖精の仲間であるタルケンのところに来たのだろう。
……なんで水着コンテストで剣が折れ曲がるようなことが起きるのか、そもそもあそこまで曲がっていて何故折れないのか、などと多々疑問はあるがそれはともかく。傍目から見ても困り果てた顔をしたタルケンと目があった瞬間、彼の眼鏡をかけた顔に「その手があったか!」といった感情が浮かんだ。
「師匠!」
さっと目をそらしたものの時すでに遅く。タルケンが遂に日陰から浜辺に出てきたかと思えば、助けを求めるように焼きそば店にたどり着くと、こちらにそのクワのような刃物を押しつけてきた。
「直せま」
「無理だ」
焼きそばを作る台を挟んで向こうにいるタルケンの言葉が終わるより先に、口から勝手に否定の言葉が出る。《鑑定》もしてみなければ正確には分からないが、まあ多分無理だろう。少なくともこの浜辺で簡単に直せるものではない。
「そ、そうですか……ですよね……」
「……師匠? タルの?」
「違う。さっき知り合ったばかり」
しょんぼりとするタルケンをよそに、ユウキという少女の疑問の言葉に答える。さっきから否定してばかりだ――というこちらの心持ちはともかく、目の前のインプの少女は、不思議な視線でこちらを見上げていた。
「ふーん……あ、ボクの名前はユウキっていうんだ! よろしくね!」
「ああ、俺はショウキって――」
……いや。彼女の視線は自分に注がれているというよりは、彼女と自分の間にある一点に注がれていた。こちらとユウキの間にあるものといえば屋台。正確には焼きそばを作るための鉄板――
「そ、そうだタル! 折っちゃったのは悪かったけど、ボク急いでるんだ! 何か予備の剣とかないかな?」
視線が鉄板に注がれているユウキを見るこちらの視線に気づいたのか、少し顔を赤らめたユウキがうなだれているタルに聞く。海の味がする、とあの美味くない焼きそばを大絶賛していたテッチにタルケンといい、ユウキたちは何かに飢えているのだろうか。
「予備……うーん、ちょっとユウキが使えそうなのは……」
アイテムストレージをチェックしているタルの言葉から、折れ曲がったユウキの剣を見てみれば。確かに片手剣と一言で言っても、ユウキが使うソレは細剣と見紛うかというほどで、タルケンがカスタマイズしたものなのだろう。……今は見る影もないが。
「うーん、どうしよう……このまま行ったらシウネーに怒られるしなぁ……――?」
折れ曲がった片手剣を見ながらユウキが考え込んでいると、海の方で物音が発生した。海からは少し離れているこの店にも届くほど――悲鳴のようにも聞こえる騒音を伴って。
「悲鳴?」
タルケンの声とともにそちらを見ると、海に巨大な怪物が現れていた。クラゲをそのまま大きくしたかのような、幾多の強靭な触手を持ったその怪物は、海にいた非武装のプレイヤーを襲っていた。
「モンスターは出ないんじゃ……」
水着コンテストの間はモンスターは出ないと聞いていたが、あの巨大クラゲは水着コンテストの一環か。そんな思考をしている間にも暴れているクラゲの前に、一人の妖精が現れていた。水色が混じった銀色の髪と、シルフであることを表す緑色の翼。白いビキニに二刀の剣――その剣が振るわれる度にクラゲの触手が切り裂かれ、人質のようになっていたプレイヤーが解放されていく。
「――ルクス!」
巨大クラゲの前に立ちはだかったのは、腰に巻いていた筈のパレオはなかったが、まさしくリズたちとともにいるはずのルクス。どのような冒険を繰り広げていたのか、新たな剣を持って戦う彼女の名を、隣に立っていたユウキが叫んだ――かと思えば。
ユウキはすぐさま翼を展開したかと思えば、巨大クラゲとルクスの方へ飛び去ってしまう。助太刀に行くつもりだろうが……あの折れ曲がった剣では無茶だ。反射的にそう考えた俺は、可能な限り速くアイテムストレージを操作すると、武器をユウキに向かって投げた。
「使ってくれ!」
俺から武器を受け取ったユウキは、目にも止まらぬスピードで海に向かって行く。ルクスを助けることが出来るか――と、投げた後にあることに気づく。自分のアイテムストレージの一番上にある武器、といえば。もちろん自分の主兵装とも言うべき存在で、水着コンテストの為に仕方なく外したメインウェポン。
「あっ」
――要するに、命より大事と言っても過言ではない日本刀《銀ノ月》は、見ず知らずの少女へと貸し出されたのだった。
――洞窟から一足先に脱出したルクスは、サーフボード代わりにしたシールドで滑りながら、巨大クラゲの触手を切り裂いていく。突然の襲撃に捕まってしまったプレイヤー達は、その剣戟によって解放されていくが、クラゲ本体への攻撃はルクス1人では手が足りない。
それでもルクスの二刀を持ってすれば、巨大クラゲの操る触手を防ぎきることは容易い。海岸にいるプレイヤーではなくこちらにヘイトを集めているならば、このまま耐え忍んでリズたちの合流を待つ。そう結論づけたルクスはシールドから飛び上がると、翼を展開して巨大クラゲの周囲を旋回する。
「こっちだ!」
言葉が通じるわけもないが――そう宣言しながら、ルクスは巨大クラゲと空中で対峙する。四方八方から迫る強靭な触手は、ルクスを包囲するより速く抜け道を飛翔されてしまい、美しい妖精を捉えることが出来ない。かといってルクスがいくら触手を切り裂こうとも、どうやら自己再生でもしているらしく、まるで決定打とはなっていなかった。
このまま千日手かと思われたが、巨大クラゲに飛んでくる小さな影をルクスは見た。
「ルクス!」
「ユウキ!?」
武器の破損によりダンジョンまで来ていなかったユウキ、彼女が何故か武器をカタナに持ち替えて現れた。そのカタナにルクスは見覚えがある程度だったが……ひとまずユウキと合流しようとするも、それをさせまいとする触手の抵抗を受ける。
「よし……ちょっと重いけど、いくよ!」
「ユウキ! その触手に捕まらないように!」
慣れない手つきで鞘を抜き放つユウキに、ルクスはせめてこの触手の危険性を伝える。ユウキが「わかった!」と元気に頷いた後、託されたカタナの柄を両手でしっかりと握る。
「えいや!」
試し斬りとばかりに、ルクスと自分の障害物となっている触手に高速で接近、時代劇のような見様見真似で斬りつける。その切れ味でもって、まるで豆腐を相手したかのようにスパスパと切断するが、ユウキの軽い身体はカタナの重さに引っ張られてしまう。
「危ない!」
その隙を狙ってきた巨大クラゲの攻撃をルクスが弾き、ユウキと連れ添って後ろに飛び、少しクラゲから距離を離す。
「ありがと、もう大丈夫! ……でもさ、これ……」
初めて使った武器ということで振り回されてしまったが、その柄の感触を確かめながら、ユウキはもう慣れたとばかりにカタナを構えてみせる。……ただ。
「この引き金とボタンは何かな……」
ユウキの知識にある日本刀にはないはずの、柄に引き金とボタンが取り付けられていた。このゲームのカタナには標準装備かとも思ったが、ルクスもそんなものは見たことがない、と首を振る。
「……押してみていいかな?」
巨大クラゲの攻勢も一瞬忘れ、ユウキは好奇心に惹かれてそんなことをルクスに聞く。目の前にボタンがあったら押してみたくなるのは人情というものであり、というか聞いた瞬間にボタンを押したいた。
「あっ」
日本刀《銀ノ月》に仕込まれたギミックは二つ。引き金を引くことで刀身を発射し、全てを貫く弾丸となる機能……とともに、新たな刀身を柄から発生させる機能。そしてボタンを押すことで発揮されるのは、刀身を超高速振動させる機能。
「わわわわ!?」
突如として揺れ始めたカタナに驚き、ユウキはつい反射的に手から離してしまう。もちろん空中に残された日本刀《銀ノ月》は重力に従わざるを得なくなり、あとは海に落下していくだけだが……それはユウキが人間離れした反応速度でキャッチし、何とかそんな事態は免れることとなった。
「何これ! 何で揺れるの!? 止まってって!」
超高速で刀身を振動させることでその切れ味を増し、岩すらもバターのように切断する――という機能なのだが、そんなことがユウキに分かる訳もなく。すっかり慌てたユウキがもう一度ボタンを押すと、その振動は徐々に収まっていき、ユウキが疲れたように息を吐く。
「ふぅ、よかっうわぁ!」
摩訶不思議なカタナが収まったのも束の間、ユウキとルクスにすっかり忘れられていた巨大クラゲの触手が振るわれる。もしかして、待っていてくれたのだろうか――という訳ではなく、ルクスとユウキを触手による包囲が完了するのを待っていただけだった。
360°全方位からの逃げ場のない連撃――ただしそれは、一箇所一箇所の密度は薄いということと同じことで。
「そこだ!」
最も触手の包囲網の薄いところをピンポイントで狙った、ユウキのカタナをどっしり構えた神速の突撃。それはあっさりと包囲網を突破し、それでも追いすがる触手は背後にいたルクスが二刀で防いでいく。
そして大多数の触手を攻撃に回していた巨大クラゲに、ユウキの突撃を止める手段はなく。あっさりと巨大クラゲの本体に肉迫し、カタナを構えて深々と本体を切り裂いてみせる。
「ここが弱点でしょ!」
そして切り裂かれたクラゲの本体に、赤色に光り輝くコアが出現する。いくら触手に攻撃しても大した損害はなく、あくまで自己再生を繰り返してきたが、核とも言える部分を倒されればそうとはいかず。露出した弱点にユウキは、真っすぐカタナを振り下ろそうとし――
「――ユウキ! 危ない!」
――た瞬間、ユウキに向かって殺到していた触手を全て捌いていたルクスは、空気が震える音を聞いた。
「――――――」
その数秒後に巨大クラゲの周囲へと、雷のような雷撃が炸裂した。ルクスが聞いた空気が震える音は、巨大クラゲの放電の音――弱点を露出してしまった巨大クラゲの、接近してきた敵を薙払う最後の一撃。離れていたルクスは無事だったが、今まさに、カタナを振り下ろそうとしていた程に接近していたユウキは。
「ユウキ!」
ルクスはインプの彼女の名前を叫びながら、巨大クラゲの本体にて彼女が見た光景は――一本の日本刀。それを振るっていた少女の姿はどこにもなく、主を失ったカタナは重力に従って落下していく。
――巨大クラゲの核に。
「いけぇっ!」
巨大クラゲの最後の一撃、周囲への雷撃に反応していたユウキは、重いカタナを置いて空中に飛翔していた。核に落下して突き刺さるカタナを、中空から降り立ったユウキがさらに突き刺した。
巨大クラゲの悶絶する声とともに、身体中がポリゴン片となっていくと、海岸中が一瞬だけ静寂に包まれ――すぐさま歓声が支配した。
「見たか! ボクだってこれくらいやれるんだ!」
歓声に湧くプレイヤーにVサインで応えながら、ユウキはルクスにそう笑ってみせる。隠しきれないほどに疲労していたが、ルクスもそれに応えて小さく笑う。
「ありがとね、ルクス。ルクスがみーんな斬って守ってくれたおかげ!」
「私も……助かったよ。ありがとう」
「おーい! 二人とも!」
あー、もう終わっちゃってんじゃないのよ――っと残念そうにハンマーをブンブンと振り回しながら、洞窟から帰ってきたリズの声。洞窟で足止めされていたメンバーが、ようやく脱出してルクスとユウキに声をかけていた。
「みんな……」
「あーっ!」
安心して柔らかい笑顔を見せるルクスとは対照的に、ユウキは何かに驚いているように、洞窟から帰ってきたメンバーを指をさして声をあげる。すると翼を展開させ、飛んでいたノリ――正確には、ノリが背負っていたNPCの少女こと、エメリの下へ飛んでいった。
「ごめんねエメリ! お姉ちゃん探しに行くって、ボクが言ったのに……」
手を合わせて本気で申し訳なさそうに、エメリに向かってそう謝るユウキを見て、自然とメンバーから笑みがこぼれる。ルクスが泣いていた少女を連れてきて、ユウキがその少女の願いを聞いたことで、このクエストは発生していた。その結果として――
「ルクスさん、二人とも凄いポイントですよ!」
「浜辺の英雄はキミだ、ってこういうことだったのね」
――この浜辺の視線は全て、巨大な怪魔と戦う二人の英雄へと集中していた。
『水着コンテストは終了となります――繰り返し――』
「……ところで、さ」
そしてポイント二倍の時間も終わり、水着コンテストは終焉を迎えていく。最後でどれだけ逆転出来たかは、神のみぞ知るということで、集計を待つしかなく。その間にリズは、さっきから気になっていたことを呟いた。
「ユウキ、なんでその日本刀持ってるの?」
「あ!」
「え? ああ、親切な人に貸して貰ったんだ!」
あまりにも特徴があり過ぎるその日本刀に対し、リーファも気づいたように声をあげる。どこからどう見ても自分たちがよく知る人物の愛刀を、嬉しそうに見せつけてくるユウキとは真逆に、リズは少し顔を覆った。
「何やってんのよアイツ……」
「あの焼きそば売りの人、リズたちの知り合いなの?」
「知り合い……というか、なんと言いますか……」
「え? もしかしてさっき言ってたリズの彼氏? ウソ! 紹介して紹介して!」
「ああ、あのカタナ言われてみればショウキさんのだね。どうりで切れ味がいいと」
「シャー――ラップ!」
みんなが好き勝手喋りはじめて収拾がつかなくなったものを、リズが照れ隠しも含めた大声で無理やり抑えた。静寂に包まれたメンバーを前に、リズが一つ一つ順序だてて説明していく。
「その日本刀はショウキの! ショウキはあたしたちの友達! じゃあユウキ!」
「はい!」
ヤケクソ気味にリズが確認を取っていき、最後に突如としてユウキの名を呼ぶ。まるで教師に壇上に上がるように言われたかのように、リズからビシリと指を指されたユウキが、敬礼を伴って復唱する。それを「よろしい」と深々と頷きながら、ユウキに指していた指を、ゆっくりとユウキ本人から、彼女が持つ日本刀《銀ノ月》に向けていく。
「……鞘、どうしたの?」
「鞘……? あっ!」
リズの質問に、ユウキは自らの行動を思い返す。あのカタナを借りて海に飛び、ルクスのピンチに駆けつけてカタナを抜き、そのまま鞘は海に落下。
「ご、ごめん……何だか今日は謝ってばかりだよ、ボク……」
「いやま、仕方ないわよ。鞘を固定するところがないわけだし」
何しろ水着に日本刀の鞘を差すところがあるわけもなく、ショウキが「気にしなくていい。また作ればいいだけだから」とかかっこつけつつ、内心ショックを受けそうな光景がありありと浮かぶ――かなりやけに具体的に――ものの、仕方ないのも事実だ。
「鞘ってこれ?」
「そうそう。そんな感じのってそれ!」
シウネーにエメリを渡していたノリが、黒く光る鋼鉄の鞘をリズに差し出した。まさしくそれは日本刀《銀ノ月》の鞘そのものであり、ノリはリズへとその鞘を渡すと、少し恥ずかしそうに目線を下にズラした。
「そのー。あたしたちの仲間が1人さ、ずっと泳ぎっぱなしって言ったと思うんだけど」
1人は水着が恥ずかしくて日陰から出て来ず、1人は適当に褒めるだけで特になし、1人は興味もなく海に直行。せっかく水着姿だってのに――と、確かにそんなことを言っていた。そしてノリの視線を追ってみれば、ルクスが乗り捨てたシールドにほうほうの体で乗っている、漂着物だらけのサラマンダーが横たわっていた。
「あのクラゲが来てもまだ海にいたみたいで、色々漂着物まみれであんな感じ。そん中に混じってたの、ソレ」
「へ、へぇ……」
色々ツッコミたいところは多々あるが、それは今はよしとすることにして。そろそろ水着コンテストの集計も終わり、優勝者が決まる結果発表の時間だ。
「何でもいいわもー疲れた。どうせ一位はルクスかユウキだし、結果発表見て早く打ち上げ行きましょ!」
「リズさん、まだ決まった訳じゃないんですから……ユウキさん?」
冗談めかして言ったリズの言葉に、どうしてかユウキたちの表情が固まった。これ以上深入りしてはいけない、とでも言うような、その悲しげな表情を無理やり笑顔にし、メンバーの中でもまとめ役のシウネーが口を開いた。
「ごめんなさい、リズさん。私たちは……」
――そのシウネーの言葉をユウキが遮ると、本当の笑顔でリズたちに応えた。
「……ううん! 終わったら打ち上げ、行こ!」
「ユウキにルクス、水着コンテスト一位おめでとう!」
――こうして彼女たちの水着コンテストは終わり。すっかり蚊帳の外だった俺は、終わってからそれらのことを知らされた。結局水着コンテストはルクスとユウキの同率一位だったとのことで、その優勝賞金で無事に防具を新調出来ていた。
……ついでに。ユウキたちとルクスの装備もアシュレイさんに整えてもらい、俺たちはその余りと焼きそばの売上で、ちょっと豪勢な打ち上げを始めていた――特に何もやっていない男性陣も含め。
「それじゃ、改めて紹介するね。ギルド《スリーピング・ナイツ》! 一応、ボクがリーダーやってるの」
「本当はシウネーみたいなもんだけどねー」
ノリの野次に盛り上がるユウキたち――改め、スリーピング・ナイツ。様々なVRMMOをコンバートして回っているグループとのことで、このALOには来たばかりということらしい。
「カタナ。ありがとね、ショウキ!」
「役に立ったなら何より」
「……でも、アレは何……?」
レプラコーン驚異のメカニズムです。ユウキの神妙な面もちな質問に、俺とリズは答えることも出来ずに顔を背ける。その日本刀《銀ノ月》はタルケンに預けられ、そのメガネに隅から隅まで観察されていた。
「ったくウチの男どもは……溺れるわ砂に埋まってるわ……」
「こっちも似たようなもんです!」
「言われてるぞレコン」
「リーファちゃんが埋めたんじゃないか!」
……そんな感じで宴もたけなわになっていた頃、1人のスプリガンが入店してきていた。
「みんないるか?」
「キリトさん?」
アスナと一緒にALOに誘ってシノンを案内している筈のキリトが、どうしてか1人でここに来ていた。リズたちだけかと思えば、スリーピング・ナイツの面々がいたことに驚いたようで、少しばつが悪そうな表情を作る。
「悪いな、なんか楽しそうなところに」
「別にいいわよー。どしたの?」
「いや、シノンもゲームに慣れてきたみたいだからさ。ちょっとアインクラッドの方に足を延ばそうと思うんだけど、紹介がてらみんなも一緒にどうだ?」
むしろ慣れたというか別ゲーというか――などとぶつぶつと呟き始めるキリトをよそに、シリカが立ち上がるとともに、ピナがキリトの頭上に飛んでいく。
「行きます行きます! こっちも皆さんを紹介したいと思ってましたし。ね、ユウキさん!」
「えっ!? ……う、うん! ボクたちも行きたいし、紹介してよ!」
「キリトくん。紹介したいと言えば……あれ?」
スリーピング・ナイツの面々――特に酔っ払ったようなノリにキリトが巻き込まれ、もみくちゃにされているのをよそに。悪戯めいたリーファの顔に、彼女が何をしようとしているのか察したものの、今までそこにいたはずの人物が1人いない。
すなわち、キリトに憧れて二刀流を練習して、このALOに来たというファン――ルクスの姿が消えていた。今の今までそこにいたはずであり、周囲を見渡してみると。
「……何故見てるんです」
店の柱からチラチラとキリトを伺うルクスという姿に、気が動転して妙な言葉が勝手に口から零れ出た。何より驚きだったのは、誰にも気づかれぬうちにルクスの背後に回っていたリズの姿だったが。
「ほら何逃げてんのよルクス! あんたの憧れの人だってば!」
「やめてくれリズ! まだこっ、心のっ、準備がいるっ!」
憧れの人に会うのが恥ずかしいのか、引っ張ろうとするリズに対し、力の限りルクスは柱を掴んでまで抵抗する。そんな光景は店内の喧騒によって、俺にリーファ、ついでにリーファを見ていたレコンにしか知られなかったのは、不幸中の幸いか。
「よし、それじゃあアインクラッド――行こう!」
ユウキのリーダーらしいかけ声に、メンバー――スリーピング・ナイツの面々だけでなく、俺たちまで気合いを合わせて声をあげる。……あのデスゲームの時には、まさかこんな会話をすることになるとは、夢にも思っていなかった。GGO、死銃にリーベ。彼女らと戦った非日常から、仲間がいるALOという日常へ……戻っていくような気がした。
……後日。水着コンテストで優勝者として表彰された、ルクスとユウキのスクリーンショットを見て、小さく狂喜を浮かばせている者の存在を――その時の俺に、知る由はなく。
後書き
なお前編があるとはいっても後編があるかは分からない模様
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