或る短かな後日談
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彼女達の結末
三 重奏
凪いだような、漂うような。穏やかな心地、あるのは少しの気恥ずかしさと、胸の奥に感じる温もり。荒れ果てた街、廃墟となったカフェテラス。壊れずに残った椅子と机。
彼女と共に腰掛け、机を挟んで向かい合い。珈琲も、紅茶も、食事も、菓子も無いけれど――日常の残り香に身を浸して。戦いが終わった後の静寂の中で、彼女と語り合いたいと。破れたり、焼き焦げたりした服の補修を行いながら、日の暮れた街で、月の明かりに照らされている。
土煙に汚れた服を叩き、払い、血染めのそれを繕っていく。目覚めた時から同じ服――死体の体、代謝も無く。とは言え、溢れ出した粘菌、浴びた粘菌。赤く、黒く、随分と汚れてしまっていて。
腰に巻いたポーチ、その中に入っていたソーイングセット……数本の針と、数束の糸、そして、数枚の端切れ。白と黒、私達の着る服と同じ色をしたそれを、着たまま。着替える服も無く、彼女の他に人が居ないとは言えど。服を繕うその間、肌を晒したいとは思えず。今まで通り、体の補修を行うと共に、身に着けたまま繕っていく。
そんな、私を。マトは静かに、ただ見つめて。きっと、彼女の心境も、私のそれと似通ったもの。人工の月明かり、静かな夜。私と同じく照らされた彼女の服も、私と同じように。焼け焦げ、裂け、穴が空き……その、上に。端切れを当て、縫い合わせ。目覚めた時と比べたならば、互いに襤褸襤褸。傷だらけの体。汚れ塗れの姿。それでも。
私たちは。視線を重ねて、笑いあって。
「私は、軍隊に居た。マトも、きっと、立場は違っても其処に居たのね」
「そう、だね。培養槽の中から、リティや、アリスが見えていたから……それに、二人とも。私と話したことがあると思う」
「……うん、少しずつ、思い出してきたわ。真っ先に思い出すべきだったのに、何で思い出せなかったのかしら」
大切なことなのに。私たちの、生前の関係。硝子を挟んでの会話……私は、度々。彼女の監視役……生きた兵器、脆い脆い人間なんて、腕の一振りで打ち壊せる彼女が暴れださないように……そして、万が一の場合は。彼女を壊してしまえるようにと。
銃を手に持ち、彼女を見張っていた。けれど、その時抱いた心境は、そう。
彼女に対する、憐憫。その日の思い。彼女に向けた視線――
「……あの時は、ごめんね。私は、きっと……気付いていなかったけれど、マトを対等に見れてなかったんだと思う」
謝罪の言葉を投げる。そんな私に、彼女は、首を振って。
「ううん。私を人として見てくれたのは、リティや……何人かの研究員だけだったから。嬉しかったんだ、リティが私と話してくれるのが……ただ、そう思われているのが少し、寂しかっただけ」
「……もう、そんな思いは、させないから」
決意を込めて。私と彼女の関係は――確かに、変わった。今の私と彼女は、支え合い。共に歩む存在であって。
そんな、私に。彼女は笑みを零す。零れた笑み、彼女の笑みに、思わず、私も、頬が綻び。
月明かりの下。青い世界。
針は、糸は、鞄に仕舞い。皹入った地面を、冷えた地面を靴底で叩き。椅子から降りた私に続き、降りる獣の足。マトと二人で此処に立つ。
「……行こっか」
そんな、時間も。目覚めてからずっと見続けているこの悪夢の中、ほんの僅かな穏やかな時間……大切な時間も、もう、終わり。
更に、奥へ。この月明かりも届かない。暗い暗いその場所へ。
行かなくてはならない。再び、暗い、悪夢の中へ。屍肉と、血液と、悪意に塗れたその世界へ。
此処に来て。此処まで来て。少し、本の、少しだけ。待ち構えるだろう光景を思うと、心細くなってしまって。
「……うん。行こう、リティ」
不意に。彼女の腕が、私の腕と触れ合う。椅子から降りた彼女。私の隣に立つ彼女。その腕が、私の腕に。優しく――ぶつかると言うには、そう、優し過ぎて――揺れるように、そっと触れる。
彼女の手は。鉤爪が埋め込まれた手では、私を握ることは出来ず。だから。
「――ええ。行きましょう」
マト、と。彼女の。隣に居る、居てくれる。彼女の名を呼び。湧き出す恐怖を溶かすように。
彼女の手首を。強く、握って。
汚れたアスファルトを踏み締めて。砕けた地面を踏み越えて。遥か天井から剥がれ落ちた液晶の欠片、硝子の破片。割れて落ちた煌めくそれが、靴の裏でまた割れる音。彼女の足を案じたけれど、どうやら刺さることも、傷付く事も無いようで。もしかすると、私の履いたブーツよりも硬いのではないかと思う程。
そうして、街を越えて行く。民間人の暮らした居住区を出て、軍に所属する者しか通る事の出来なかった通路……この巨大な地下シェルターの中枢へと続く、その道へと足を踏み出して行く。
私達が此処を通ると分かっていれば、罠なり、敵なり。配置し、待ち構えていても不思議ではない。薄暗い道、所々に設置された照明が、私達を照らし……けれど、その、照明も。奥へ行けば行くほどに、疎ら。段々と暗くなる通路。遂には、視界の奥、見通せないほどの闇に満ちて。
そんな、景色も。過去のそれと重なる。私は一度、この通路を駆け抜けた。確か、そうだ。軍用の二輪車に乗り、彼女を後ろに乗せて――燃え盛る街へ。壊れゆく新都へと駆け出して。
暗い道。壊れていく世界。鳴り響いた警報と、混乱。何処で進入を許したのか、雪崩れ込む昆虫兵器と、武器を手に取り駆けつける人々……貪られる人々。悲鳴と、悲鳴と、悲鳴の世界。
私は。その時。どうしたのだろう。マトの手を引いて、何処に行こうとしたのだろう。立ち向かおうとしたのか。逃げようとしたのか。あの狂騒の中で、私は――
何処へ。行こうとしたのだろう。燃える街を越えて。虫の羽ばたきを越えて。私たちは、何処へ行こうとしたのだろう。
「……リティ。聞こえる?」
マトの声が、トンネル内で小さく反響する。彼女に倣って耳を澄ませば、それは、何処か。位置こそはっきりと知れないものの、硬い何かがぶつかる音。金属を叩くような。そして。擦れあうような。
「……虫の足音と、羽音?」
「多分。トンネルの外、かな。空洞になってるのかも」
新都、そして軍施設の、詳しい構造が思い出せない。しかし、彼女の言葉の通り。音は、トンネルの外から響いてきていて。昆虫兵器、一体一体が巨大で。そうして群れを成し、本能に従い――
攻撃性を強めるよう、歪められた本能に従って都市を蹂躙する兵器の総称。はっきりとは思い出せないものの、私たちは確かに混乱の最中、昆虫兵器の群れによる攻撃を受けて。
「……ん……」
昆虫兵器の攻撃。それは、軍部の混乱の最中に行われた。軍部の混乱。それは、何故。私たちの所属した軍に、一体何が起こったのか。途方に暮れるような、手の施しようの無いほどの事態が、あの時起こって。それが、何によるものだったのか。ずっと昔に起こったこと。今更、どうしようもない事柄。でも。
混乱を引き起こした原因と共に、私たちにとって大切な、大切な何かも共に。共に、忘れてしまっている。思い出せないことが歯痒くそれは、忘れてしまって良い事では無いはずなのに。
「ねぇ、マト。昆虫兵器が街に侵入したときのこと、覚えてる? その時何か、軍部のほうでは事件が起こったはずなのだけれど」
足を止め。虫の爪痕だろうか、傷だらけの壁を撫ぜながら問う。数歩、先で止まった彼女は、暫くの沈黙の後に、振り向き。
「……分からない。でも、確か、その時……そうだ、アリス……」
「アリス?」
「アリスが、何か……駄目、私も思い出せない」
首を振る彼女。彼女も、私と同じように。確信を思い出すことが出来ないようで。
此処に、アリスが居たならば。疑問は溶けて消えるのだろうか。此処に彼女が居たならば……あの時、私たちに。アリスに何が起きたのか。全て、思い出せたのだろうか。
「……進めば、全部分かるのかな。ネクロマンサーの元へ辿り着いて、倒すことが出来たなら」
「……分からない。でも、きっと」
きっと。彼女のその言葉は、躊躇いと、期待。二つの思いを孕んだそれで。けれど。
私たちは、進むしかない。目の前に覗く行く先が、そう。
壁を打ち貫いて開いた洞穴。壁だけではない、天上や、床。無差別に、ランダムに。幾つも開いた風穴、巨大な何かが突き進んだ痕。それに埋め尽くされた道、絶望しか見えぬ道であっても。
「……暗いのは、これの所為ね。電灯、壊されてたんだわ」
アンデッドの視力、暗がりであれど有る程度は見通せる目を以ってしても、完全な闇の中では目視など出来ない。トンネルへと踏み入って、此処まで歩いて。壊された灯、その目前まで来てやっと気付けたこの惨状。トンネルの外、異形の蠢く空洞は、虫達が掘り進めた地下の城砦なのだと気付く。私たちの朧な記憶に残った景色は、今となっては虫の巣窟。此処から先へと踏み入るのであれば。
アリスを喰い散らかした虫達。アリスが打ち壊した虫達。奴等との戦闘は避けられないのだろう。
「……進むんだよね、リティ」
彼女の問いに、返答を躊躇う。引き返したところで、ネクロマンサーから逃れられないのは分かりきったこと。進もうが、退こうが。あるのは迫り来る悪意だけ。ならば、進むしかないと。分かっていながらも。
聞こえる虫の足音に。牙を打ち鳴らす音に。体は、竦み、震えて。
「……進むよ。マト。でも、ごめん。正直に言えば、とっても怖い」
「……私も、怖い。でもね、リティ。私、思い出したんだ」
マトは、言う。その体に、震えは無い。
「リティは、私を連れ出してくれた。何も分からない私の拘束を解いて、混乱の中から連れ出してくれたんだ。二輪車の後ろに私を乗せて、虫の群れから……私を乗せて、走ってくれた。だから」
彼女は。私を抱く。その爪で傷つけないように、優しく。けれど強く、私を抱き上げて。抱き締めて。
「一気に駆け抜ける。安心して、リティ。今度は私が、リティを、リティの行きたい所まで連れて行くから」
浮かべるのは、笑みで。体の震えは、彼女の腕の中で。抱き上げられ、抱き締められ。冷たい体と、体が触れあい、治まっていく。
嗚呼、そうだ。彼女が居れば。どんな時でも。恐れることなんて、必要ないのに。今までの戦いで。今までの道で。何度もそう、思ってきたのに。
「……ありがとう、マト。一緒に居てくれて」
「こちらこそ。さ」
行くよ、リティ、と。彼女は、一つ、声と共に。
虫の巣窟と化した通路。その先へと向けて、駆け出した。
◇◇◇◇◇◇
駆ける、駆ける、駆ける。足元や頭上、傍ら。暗闇から飛び出す無数の鉤爪、牙、顎。虫達の群れを躱し、躱し。無残な姿の通路の先へと走り行く。時には、身を屈め。時には、這い出した虫、その背を蹴って。腕に走る創傷。噴出そうとする粘菌を再生する体で以って閉じ込め。僅かに宙を舞った赤い水滴が虫の口へと飲み込まれていく様を見送る。
一瞬でも反応が遅れれば。あの口の中に納まるのは私たちの体で。一瞬でも反応が遅れたならば。此処に、私たちはもう居なかった。震えが走りそうになる体を諌め、恐怖を誤魔化すように腕の中の彼女を抱き締める。
彼女を守らなければならない。私は彼女に救われた。彼女に助け出された。記憶は未だに靄掛かったまま。けれど、確かに覚えているのは、私の手を引く彼女の姿。必死にしがみついた腰、二輪車の鼓動。背後から迫るのは、そう。
この道を埋め、壁を這い、天井にぶつかりながら。トンネルを揺らし、轟音を響かせ。穿孔し身をくねらせた巨大な虫、無数の足で金属を掻いた、百足にも似た昆虫兵器……のたうちながら私たちを追った、その虫の姿を幻視して。
あの時は、震えることしか出来なかった。今と同じ力を持っていながらも、リティに頼り切りだった。でも、今は。今は、違う。
「リティ」
此処に、あの虫は居ない。変わりに迫り来るのは、無数の変異昆虫の群れ。歪な足、甲殻、複眼。奇妙で、おぞましく、凶悪な、通路を埋め、私たちを喰らわんと迫る虫の群れ。それに重なる過去の光景、巨体。それから。
「私が守るよ。何時まででも。何処まででも」
獣の足が床を蹴る。迫り来る虫の大顎、巨大な牙、それを。
加速し。背後、鳴り響いた牙と牙が私達を捉える事無く打ち合わされた音。振り向くことも無く。
通路の終わりへ。トンネルの先へ。明かりの灯った開けた場所へ。
私たちは、飛び込んで――
暗がりを抜けた先、唐突に差し込んだその光に目を細め。その眩しさに怯みながらも通路から身を躱し、勢い余った昆虫達がぶつかり合い、縺れながらトンネルから飛び出す様を横目にやり過ごす。
其処は、潰された車両の並ぶ開けた空間。砲身の圧し折れた戦車、横倒しになった装甲車。そのどれもが破壊しつくされ、見覚えのある二輪車と同じ形の残骸も複数。通路から溢れ出した昆虫兵器達、それ等がその勢いもそのままに地を這い、壁を這い、私たちへと向けてまた、その牙を打ち鳴らす様を見やり。
奥に備え付けられた扉は硬く閉じ切ったまま。開けるにせよ、壊すにせよ。此処で虫を打ち払わなければ自由は無い。此処まで来て。進路は閉ざされ。退路は無く。絶望的と言うならば、確かに、そう。
「リティ、逃げることが出来るのはここまでみたい」
彼女を床へと下ろす。彼女の靴が立てる乾いた音、金色の髪が靡く様。彼女の体にはもう、先に見たような震えは無く。その手は無骨なライフルを握り。
「そうみたいね。でも」
一歩。彼女は進む。私も、また。
「守って、くれるんでしょ?」
浮かべるのは、笑み。悲哀なんてものは、無く。あるのは、何処か。喜びさえも感じるほどの――
「――うん。約束する。絶対に守る」
「そう。なら、私も約束する。あなたを守るわ、マト。一緒に」
「うん。一緒に――」
爪を翳す。彼女は、銃口を。向ける先は、無数の虫。一度は、大切な人、姉妹の一人を貪られた。そんな、虫へ、敵へと向けて。
「行くよ。もう、壊させたりしない」
「壊される前に、壊し尽くすわ。あなた達なんかに、大切な人をくれてなんか……やらないから!」
声と共に。打ち出された銃弾、弾け飛ぶ外骨格と飛び散る足。それを合図に、群れへと向けて地面を蹴る。
迫り来る虫、私へと向けて、リティへと向けて。飛び掛る虫を避け、擦れ違い様に斬り落とし。死角から迫る昆虫が銃弾に拠って弾け飛ぶ音を聞きながら、硬く鈍く光を放つ虫の甲を、腹を裂いて、裂いて、また、裂いて。引き抜く勢いに乗せて体を捻り、第三の腕で虫を薙ぎ。壊した虫は、数体、数十体。それでも。
数は多く。奏で続ける銃声、発砲音は、私の築いた躯の道を踏み越え、私の背後に。
「壁を背にしようと思ったけれど、駄目ね。壁を這って上からも来るわ。狙いを付けるのが難しい」
「なら後ろの虫を任せていいかな。出来れば、大きいのも。近付く虫はどうにかする」
「了解」
銃撃音は連続して地下に木霊する。虫の鳴き声は斬撃の音で掻き消して。無数の死骸と、死に損ない。暗緑色と、黒、茶色。毒々しい縞模様、斑。赤く輝き見据える眼球が銃弾を受けて弾け飛び、裂いた腹から零れ落ちる綿をまた裂き切り捨てて。
緑色の体液。耳障りな羽音の重なり。揺れる触角、出鱈目に生えた歪な足。切り刻んでは投げ捨てて、撃ち貫いては崩れて落ちる。狂騒は終わる事無く、私たちは、その中心にあり続け、奏で続け、舞い続け。けれど。
敵は減りつつあると言えど。戦闘の音を聞きつけてか、私たちの来た通路からまた現れる新手の虫、切りが無く。嗚呼。
守ると言ったのに。約束しあったのに。埒が明かない、この状況。焦り。何か、何か、活路は――
「此方ですわ!」
不意に。地下空洞へと声が響く。声のした方、見れば、其処には。
開いた扉。そして、黒髪。あまりに白い、白い肌の。一人の少女。
突然に響いた彼女の声、聞きつけたのは私たちだけではない。私たちの視線と共に、虫の矛先もまた彼女へと向かい。そして。
飛び出した虫が両断される。彼女の手に刃は無く。彼女の振るった指の先、線を引く煌き――それが数本の糸であると気付いたのは、切り落とされた虫が地面へと落ちる音と同時で。
「早く!」
少女の声に我に返り、リティの体を抱き上げる。予想しなかった助けの手。それを掴んで良いかどうかを考える時間などは無く。宙へ跳び、向かい来る虫を踏みつけ、また、跳び。糸を振るい虫を断ち切りながらも、私達が駆け出したの見届け、扉の奥へと戻り行く、少女の元へと駆け出して。
「マト!」
「信じるしかない! 彼女の所に行く!」
向かう先、小さな悲鳴は、私たちの問答と同時に。一体の、頭一つ抜きん出た体躯の虫、彼女の糸では断ち切り切れないその巨体の突進の先で漏れ出た声で。
「ッ、反動に気をつけて!」
腕の中。酷く無茶な姿勢で構えたライフルと、放たれた銃弾。体に走る反動を押し殺し。砕け散った巨体、身を守ろうと屈んだ少女。開いた扉へと向けて、駆け。
「閉めて!」
リティの言葉と共に飛び込む。黒髪の彼女は備え付けられた端末を操作し。鈍い音を立てながら閉まり行く扉。飛び込んできた昆虫が両横から閉じ行く扉に挟まれて。
身動きも取れず。身悶える異形と、外骨格の軋む音。割れる音。零れる音。潰れ、落ち、落ちても尚。残る上半身を蠢かせるそれが、撃ち込まれた銃弾に拠って沈黙するのを見届けて。
大きく、息を吐く。虫達から逃げ切った安堵。リティを下ろし、壁にもたれ掛かろうとすれば。
初めに、へたり込んだのは。他の誰でもない、彼女。黒髪の少女で。
「……死んで、しまうかと思いました」
「……そうね。もう死んでるけれど……立てる?」
敵にしては余りに無防備で。どうにも気の抜ける言動をする、そんな彼女へとリティが手を伸ばし。
彼女は。躊躇う事無く、その手を取って。
「ありがとうございます。ごめんなさい、技能移植は受けてるんですけれど、実際の戦闘には慣れてなくて……」
立ち上がり、頭を下げ。流れるように揺れる長髪、明かりを受けて薄く紫色に輝く黒髪。一見してはアンデッドには見えない彼女も、恐らくは。
「貴方は……いや、貴方も、サヴァント?」
問い掛ける。彼女もきっと、キメラや、バルキリー、ネメシスのような。造物主に拠って作り出された腹心なのだろうと。しかし。
「ええ。私はネクロマンサー様の寵愛の子たるサヴァントの一人。自我の無いアンデッドの指揮や、アンデッド製造の補佐等を担当していました、クイーンと申します」
「……して、いました?」
しかし。彼女は、今まで出会ってきたサヴァントの中で唯一。私たちへと手助けを行ってきた存在で。
「……そのことも含めて、お話したいことがあるんです。出来れば、ついて来てはくれませんか」
そう。私たちへと投げかける声は不安気で。今までのサヴァントとは随分と異なる印象の少女に、戸惑いを隠せず。
「……どうする、リティ」
視線を、傍らへと移す。対する彼女も、その心境は私と同じようで。
「……敵では、無いのね?」
躊躇い勝ちに問う。そんな問い掛けへも、やはり。少女は不安そうに。
「信じてはもらえないかも知れませんけれど……敵対の意思は、ありません。他の子達が行った攻撃に対しては、謝ります。けれど、彼女たちにもその、理由が在って……」
言葉を選ぶように。慎重に、半ば、怯えながら。それでも、言葉を紡ぐ彼女。
「……今は、信じて欲しいんです。信じて、ついて来て欲しい。今から向かう先は、とりあえずは安全な筈……あなた達には話さないといけないことがあるんです。ネクロマンサー、私の母様。そう、あなた達も良く知っている――」
アリスについて、と。彼女は、確かに。確かに、その名を。
その名を、告げて。
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