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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  28話 水都の陰

 クエストログに促され、クーネの用事も済んでからロモロ邸に到着したのが六時三十分。道具部屋兼エレベーターで地下に降りると、そこには石造りの作業場――――ともすれば工場とも言える規模の空間が広がっていた。造船に用いられると思しき様々な設備はもとより、地下に広がる空間はそれだけでもロマンの塊と呼ぶに相応しい。実に好奇心をくすぐられるが、その中でも一際に目を引くのは床の中央に設けられたドックだ。ロモロも水際に仁王立ちで見つめる先には、幾つものランプで照らされた二つのゴンドラがあった。

 仕様確定から二時間足らずで完成したとは思えない二艘の船を目の当たりにして、女性陣が一斉に駆け出した後を、周囲を見学がてら追従する。


「フン、ようやく来おったか」
「すごい………」


 ぶっきらぼうではあるものの、どこか満足げな声色のロモロと同じ場所を見つめるヒヨリは、呆けたように溜息を零す。
 夜間でも判然とするようにと口出しした結果として、船体は柔らかなアイボリーに塗り上げられ、船縁や船首は淡い黄色――――エンジュをイメージした色彩となっているらしい。ティルネルとヒヨリの合議によって採用したのだとか。
 記憶が正しければ、エンジュは樹の名前だったはずだ。恐らくはこの黄色も、その花の色から来ているのだろう。しかしそれ以上に、俺はこの浮遊城でエンジュという言葉を耳にしているのだ。
 それは、ティルネルが名乗った際に聞いた、彼女の従属する騎士団の名称。《まだ普通に生きていた頃》に実姉と共に籍を置いていたかつての居場所であり、彼女が《偶発的なバグやイレギュラー》ではなく《一人の黒エルフ》たらしめる記憶における重要なファクターを担う存在。それを象徴するが如き色だ。


「ワシも、久々に満足のいく船造りが出来たわい………じゃが!この老いぼれの尻を叩いて働かせたんじゃ、簡単に沈めたら承知せんからな!」
「分かってるよ!この子は………ううん、《キズメルさん》はぜーったいに沈まないもん!」
「私達だって、頑張って素材を取って来たんですから、そう簡単には駄目にしませんよ」


 ロモロの念押しにヒヨリとクーネが返す。

 そう、ティルネルの姉の名を冠した船である以上、迂闊に沈めるような事態は避けたい。うっかりティルネルの精神を追い込みかねない事態になりそうだが、使用している素材はどれも一級品なので、簡単に大破轟沈という事態にはならないだろう。極力、慢心しないつもりでいはいるが。


「良い返事じゃの。それでは、今からこの船はお前さん達のもんじゃ。水門を開けてやるから、どこへなりとも漕ぎ出すがよかろう」
「ありがとう、おじいちゃん! 今度また遊びに来るね!」


 最後に一言、感謝を述べたヒヨリがゴンドラに飛び乗る。続いてティルネルも一礼して搭乗し、最後に俺が船尾に立つ。船頭が居ない以上は俺がこの役目を担うこととなるのだろう。クーネ達もまた、クラシカルな黒い船体のゴンドラに乗り込み、レイが櫂を握っている。やはり長物武器を持つプレイヤーだからこその人選なのだろうか。
 ともあれ、ここを出るまでに衝突事故だけは起こしたくないものである。


「開けるぞ!」


 声が密閉された空間に反響するなか、レバーが引かれて水門が左右に分かれてゆく。正面に開いた出口から覗く空は既に夕闇に染まっている。付属されていた取扱説明書を一通り読み、操作方法は把握した。要は、進みたい方向に推進力が働くように櫂を傾けて漕げば良いのだ。


「行くぞ」
「ボク達も行こっかー!」


 ゆっくりと櫂を倒すと、船は難なく前進する。そのまま水門目掛けて進路を調整しつつ速度を整え、水路に出る。遅れて水門を抜けたクーネ達の船も速度を付けて並走の位置まで船体を進めてくる。意外にもレイの櫂捌きが様になっていて、少しだけ驚かされる。


「燐ちゃん、すごい上手じゃない?」
「このくらいだったら誰にでも出来るだろうよ。とりあえず、拠点まで戻るか」


 ヒヨリも頷き、拠点を目指して進路を西に取る。確か、船舶は擦れ違う時に右側に避けるのが国際ルールで決まっていたと思ったので、ゴンドラを水路の右側に寄せて進むことに。
 このまま戻って今日は早めに休息を取ろうと考えていたところ、並走する船から僅かに身を乗り出したクーネが声を掛けてくる。


「ねえ、リン君、私達もどこか拠点に出来そうなところを探したいんだけど、オススメの場所ってある?」
「宿屋は埋まってるだろうな。商業区画の方だと穴場は幾つか見繕えるだろう」
「ホント? もしお願いできたら、これから一緒に――――うわッ!?」


 言いかけて、クーネは慌てて後ろに仰け反る。原因は、船体が左右に揺れるクーネ達のゴンドラと俺達が乗るゴンドラの狭い隙間を割り込んできた一艘のゴンドラだ。


「どこに目ェ付けてんだ!そんなとこでモタモタしてんじゃねえ!」
「テメェこそ前見て船漕ぎな!!」


 いかにも無謀な運転をして、あわやクーネが巻き込まれるかという状況であったにも関わらず、さもこちらに非があるかのように相手方の船頭は罵声を飛ばして去ってゆく。当然、リゼルが凄むものの、相手は水路を曲がってしまい、声など届くはずもない。


「………昼ぶりにキレちまったよ。おい、アカリ! さっきの追い掛けて文句言ってやるよ!」
「ちょ!? そっちの名前はダメだって! それに、あんな速いの追い掛けられないでしょ!?」
「あんなナメた真似されて黙ってられるか!」
「リゼル、私はもう大丈夫だし、怒ってたらニオが怯えちゃうでしょう?」
「………チッ」


 ヒートアップしたリゼルの精神状態もニオによって一気に平常値まで回復し、再び静かな船旅へと戻る。しかし、気分的な部分で言えば、少し淀んでしまったかもしれない。


「とりあえずだ。住処は一緒に探してやるから、早く商業区画に行こう」


 そして、この場で出来ることなど俺にはなく、話を()()える程度しかなかった。

 ………結果、商業区画までの移動だけでも六回の罵声を受け、そのどれもが挑発的な操舵の目立つものだった。木箱を積んでいたようにも見受けられたが、斯くも荒い櫂捌きで荷が崩れるようなことを気にしなかったのは彼等の技術の高さ故か、それとも単純に大雑把なだけか。いづれにせよ、良い気分ではないのは確かだ。



「ゴンドラに乗っていたということは、水運ギルドの方ですよね?」
「だろうな。しかし、態度の変化が露骨だ。嫌われるようなことした覚えもないし」


 水運ギルド、浮上したその単語を基に関連する記憶を洗い出す。
 街に辿り着き、ゴンドラの船頭が話していた情報。苦々しげに、ロモロが話していた情報。思いのほか情報量が少なく、推論さえままならないので、如何に筋道を組もうと試みても、まるで彼等の豹変の原因には行き当たらない。この件は一旦保留としよう。

 そのまま顎に手を当てて悩むティルネルに相槌を打ちながら、俺達の拠点からクーネ達を先導して歩くこと五分。ロモロ邸に向かう際にゴンドラで通り過ぎた市場、色とりどりの幌屋根の露店やレンガ造りの競り場を一望できる場所にある、彼女達に紹介する物件に辿り着く。三人部屋で少し手狭になるかも知れないが、風呂付き、リビングあり、キッチンあり、各種NPCショップも徒歩十分圏内にある最優良物件だ。川沿いだからすぐ近くにゴンドラも停められるメリットもある。


「ここで大丈夫か?」
「うん、とても良い部屋だわ。ありがとね」


 お気に召したならば結構。ランプの灯された夜の市場は、正式サービスが開始されてからは当然の事ながら俺も初見なのだが、なかなかに幻想的で見応えがある。デスゲームでなければもっと心躍る光景ではあるのだが、それでも、美観は色褪せては見えないものである。テーブルで向かい合うクーネを除く女性は全員が窓辺に群がっている。


「それで、リン君にはもう一つだけお願いがあるんだけど、聞いて貰いたいの。いいかな?」
「まあ、聞くだけならタダだ」
「この層にいる間だけ、私達と一緒に行動して、出来ればボス攻略まで一緒に居てもらいたいのよ」
「………ボス攻略か」


 第一層以来の大仕事のオファーに、思わず目頭に指を当てて黙考する。俺の頼みを素直に聞き入れて、ボス攻略に参加してくれようとするクーネ達には感謝するほかないが、俺を伴っての参加というと話は変わってくる。

 現在の前線攻略に参加するプレイヤー達の心境の変化は、昼間のキバオウの態度を見れば少なからず改善されていることが窺える。しかし、それでも俺は他のプレイヤーが心血を注いで推し進めてきた責務から一時とはいえ距離を置いてしまっていた俺に、収まる場所があるようには思えない。
 そればかりか、第一層からボス攻略に参加し続けている前線プレイヤーには、俺に怨嗟や憎悪を抱くプレイヤーだって少なくはないだろう。何しろ彼等の目には、俺が彼等の希望であったディアベルを見捨てたと映ったはずなのだから。

 ………結論として、ボス攻撃を俺と共に参加するというのはデメリットが際立つ。クーネ達には前線攻略における中軸にあってほしい。願わくばギルドとして確立され、より巨大な集団になってくれた方がありがたいというものだが、その第一歩を俺自身で摘んでしまっては元も子もない。
 しかも、それさえ彼女達を案じたものではなく、俺の思惑が多分に関わるものだ。もしかすると、それによって彼女達に不便を押し付ける結果になるのかも知れないし、思うような結果を伴う保証さえない。
 ………だが、俺がここで退いてしまえばクーネ達はボス戦に挑む機会を失ってしまう可能性さえある。それだけは避けたい。メリットやデメリットを推し量る以前に、始まらなければ意味はない。


「………あまり、期待はするなよ?」
「断らないんだね………ありがとう」
「礼なんていい。もとは俺が頼んだんだ」


 我ながら要領を得ない返答の意図を汲んでくれたクーネに一礼されつつ、少し冷めた紅茶を喉に流し込む。そのままカップを置く間もなく、ヒヨリとティルネルが真横に迫ってくる。目を輝かせるヒヨリからは長年の経験としか言い様のない、第六感的な領域で警鐘が打ち鳴らされる。


「………近いぞ」
「私、あの市場行きたい!燐ちゃんも行こう!」
「是非行きましょう。薬の材料が手に入れば、もっとお役に立てます」


 ヒヨリは完全に興味本位かも知れないが、ティルネルの能力を活かせるのであれば、露店のランダム在庫を利用しない手はないだろう。ティルネルの作成するポーションの性能は三層の隠しダンジョンで実証済みだ。店売りのそれよりも効果がしっかりしているので、POTローテにおける手薄な状態での戦線維持も短時間で済むことから、少人数での隠しダンジョン攻略には最早必需品といっても過言ではない。クーネ達の分も用立てて貰えれば尚のこと有難い。


「リン君、行ってみようよ?」
「………そうだな。露店はどうしようもないだろうけど、競り場周辺の店の品揃えくらいは見ておいて損はないだろう」


 ということで、昼から続く大所帯PTは市場へと歩を進めること二分足らずで市場の中心地まで辿り着く。
 昼に一目見た時からさぞかし活気に満ちた場所なのだろうかと期待してみたものの、意外と予想は外れ、声はあれども密やかなものだ。というより、度々聞こえてくるのは思案に暮れ、頭を悩ますような呻きに似たNPC店主の悲痛な声。イメージとはだいぶ遠いと言わざるを得ない。


「リンさん、ここの薬草なんですが、みんな痛みが酷いですね。この種類は新鮮な状態じゃないと薬効が得られないんですけど………」


 困ったようなティルネルの言葉を聞きつつ、赤いほうれん草みたいな薬草を手に取ってみると、本当にしなびている。葉も圧力を受けたようなシミが目立って、とても売り物になるような見た目をしてはいない。日本のスーパーには決して並ばないであろう劣悪な鮮度は素人目でも不可解に見える。
 しかし、ふと隣の露店を見ると、同じ種類の新鮮な薬草が店頭に並んでいるではないか。


「ふうん、でもこっちはキレイなもんだ、ろ………って、一束で六十コルは高過ぎか………そっちのは四コルだしな」


 得意になってティルネルに渡したところ、残念なことに値段が張ることに気付き、今回の購入は見送ってもらうことにする。


「他のお店もだいたい同じみたい。安い商品はみんな傷みが酷いし、鮮度の良い商品は異常なくらい高いわね」


 そして、クーネの話ではこの二店舗に限ったことではないらしい。もしこの価格変動が武器防具やポーション類にまで波及しているとすれば、この攻略は大いに停滞することだろう。そういった意味では、プレイヤー全体への影響は計り知れない。仮に今回だけ資金面の困窮を度外視してボス戦に挑めば、次の階層における装備強化やアイテム補充が遅れ、現在の好調な攻略ペースに影を落としかねない。この階層でのイレギュラーは地形と出現モンスターの変化だけではないのだろうか。

 ………とはいったものの、現状ではどうすることも出来ないので、市場の雰囲気を堪能したことにして切り上げることにする。加えて、レクステリウムとの戦闘による疲労も考慮して、それぞれの拠点で休息を取るということで決定し、各々帰宅する。

 それでもなお、俺の経験則と第六感はこの現象を注視するよう呼びかける。しかし、繋がることのない情報の点は脳内を彷徨うまま、ついには睡魔に呑まれ沈んでいった。 
 

 
後書き
レイ「リゼちゃんもヒドイよ………いきなり実名言うんだもん………明日から恥ずかしくて生きていけないよー………」

燐ちゃん「いや、大丈夫だって。落ち込むなよ」

レイ「うっさい!リンにボクの気持ちなんて分からないでしょ!?」

燐ちゃん「………なんか、ごめん」



ゴンドラ完成回。


プログレッシブ準拠から、オリジナルクエストへの移行のための回となりました。NPCを中心に不穏な動きがありましたが、露骨だったかも知れません。伏線を上手に仕込めるようになりたいです。

なお、MMORPGは不特定多数のプレイヤーがサーバーを同じくして集うゲームです。フレンドとして接する相手は《生きた人間》なのです。読者の皆様の中にはいらっしゃらないとは思いますが、例えリア友と遊ぶにしても、実名を晒すとガチで気まずくなることがありますので、ご注意ください。作者との約束ですよ?


次回からの展開はある程度固まっているので、早めに更新できればと思います。




ではまたノシ 
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