雲は遠くて
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101章 正月の信也と心菜と由紀の楽しいひととき
101章 正月の信也と心菜と由紀の楽しいひととき
2016年、1月3日、日曜日。午後の2時ころ。
気温は16度、風は西南西と穏やかである。
青木心菜と水沢由紀は、京王井の頭線の電車から、下北沢駅のホームに降りた。
乗客たちには、ほのぼのとした、のんびりムードの正月の雰囲気も漂う。
青木心菜はダッフルコートと白いニット。水沢由紀も暖かいフェミニンなアウター。
ふたりとも、キュートな少女風コーデで、元気でかわいらしい学生のようだ。
心菜の家は、京王沿線の下高井道駅の近くにある。
由紀の家は、下高井道駅の隣の桜上水駅の近くにある。
二人が通った小学校、中学校、そして都立高校は、その両駅の中間にあった。
二か月ほど前のこと、由紀は、腱鞘炎で困っていた心菜の、
マンガの制作を手伝っていた。そして、心菜の腱鞘炎が治った現在も、
マンガ制作のアシスタントを続けている。
ふたりは小学生のころからマンガが大好きな、無二の親友であった。
心菜は、1992年3月1日生まれ、身長165センチ、23歳。
由紀は、1991年11月8日生まれ、身長166センチ、24歳。
下北沢駅南口の改札口を出ると、心菜は、川口信也に電話をする。
「あ、しんちゃんですか。いま下北の駅に着きました。
今から、ブリキボタンに行きます。それじゃあ、すぐ行きますから!」
心菜は、信也と、カフェ・ダイニングバーのブリキボタンで待ち合わせをしている。
ブリキボタンは、下北沢駅南口から歩いて2分、セントラルビルの2階にある。
演劇の街でもある下北沢らしいアンティーク(古美術品的)な空間の、
全25席は、ソファというカフェである。
川口信也は、フランスの洋裁職人のアトリエ(工房)をイメージさせる個室にいる。
信也は、BLACK(黒)のチェスターコートをソファの脇において、チェックのシャツと
デニムパンツの服装だった。
信也は、1990年2月23日生まれ、身長175センチ、25歳。
「信也さん、あらためて、あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」
心菜は、テーブルの向かいの信也に、恥ずかそうに頬を紅らめながらも、
満面の笑みでそう言うと、深々と会釈をする。
「信也さん、あけましておめでとうございます!わたしも、よろしくお願いします!」
由紀も、女性らしい魅力的な微笑みで、軽く会釈をすると、信也にそう言った。
「心菜ちゃん、由紀ちゃん、あけましておめでとう!二人の美女と、お正月とは、
おれもツイているなあ。あっははは。でも、その信也さんはやめてくださいよ。
しんちゃんで言いってば、おれを呼ぶときは。あっはは」
「あっ、そうでしたわよね。つい、緊張しちゃって、しんちゃんなんて、
呼べねくなっちゃって。ごめんなさい!しんちゃん!」
心菜は、ちょっと困った顔をして、微笑んだ。
「はい。心菜ちゃん、これが、いままでに、おれの親が記録しておいた、
大村智先生の、テレビで放映した全部の動画が入っているDVDです」
信也は、そう言いながら、心菜の前に、ケースに収まっ2枚のDVDを差し出す。
「あ、うれしい。しんちゃん、本当に、ありがとうございます!」
この正月に、信也と心菜と由紀が、会うことになったのは、
去年の12月19日の、『下北芸術学校・音楽祭り』で、この三人で歓談していたら、
大村智の話で盛り上がったことが、きっかけであった。
2015年の12月10日に、ノーベル医学・生理学賞を受賞した大村智は、
山梨県韮崎市の出身であり、同じ韮崎市の生まれの川口信也や両親も、
大村智のその研究や仕事の成果や人柄などに、深い感動を覚えている。
大村智が発見した、微生物から作られた特効薬イベルメクチンは、
1988年からアフリカで配布が始まり、
寄生虫による、盲目になるなどの感染症から、現在も年間3億人を救っている。
また、そのイベルメクチンは、犬の死亡の原因であるフィラリア症から、
犬たちを救い続けている。
フィラリア症は、蚊の吸血を媒介として、体内に入り込む寄生虫のフィラリアによって、
引き起こされる症状で、寄生虫が心臓に住み着く病気である。
現在では、犬の寿命が10年延びたといわれていて、愛犬家たちも感謝の声を上げている。
若くて、かわいい年頃ごろの青木心菜も、家の中でポメラニアンを飼う愛犬家で、
「大村智先生に感謝してますし、先生のお仕事やお人柄には深く感動もしてるんです!
大村先生のことをもっと知りたいんです!
大村先生は、美術に造詣が深くって、絵がとてもお好きで、
美術館もご自宅の近くに建ていますよね。
いつか、韮崎に行って、その美術館で、大村先生の好きだという、
コレクションの絵も鑑賞してみたいです!しんちゃん」と言うのであった。
そのとき、信也は、「大村先生は、科学も芸術も、創造的な仕事をするためには、
人のマネから入って、それを超えていくことが大事とか言ってますよね。
おれも、同感しますね。まさか、韮崎から、世界に誇れる、偉大な人が現れるなんて、
おれも、すごっく、うれしいですよ。あっははは。
でも、いまや人気漫画家で売れっ子の心菜ちゃんも、
大村先生の大ファンとはね。このことも、おれは、すごっく、うれしいですよ。あっはは。
えーと、それじゃあ、おれのおやじ(父親)が、
大村先生のテレビの放送を、録画して、それを送ってくるから、
そのダビングしたDVDを、心菜ちゃんにプレゼントしてあげますよ」という約束をする。
「え、本当ですか。うれしいです。ありがとうございます。しんちゃん。
あの・・・、こういうときに、遠慮のない、わたしって、破廉恥なんですけど、
いつごろになるでしょうか?そのDVDを、プレゼントしていただけるのは?」
そのとき、普段と違って、神妙な、しかし、かわいい顔をして、心菜がそう言うので、
「そうだね。今年はもう無理だろうから、お正月!お正月に、どこかでお会いしましょう!
そのときに、大村先生のDVDも、プレゼントさせていただきますよ!あっはは」
と、信也は、笑いながら、そんな約束をしてだった。
信也と心菜と由紀は、正月だからと、ビールやワインを、飲み物に選んだ。楽しく会話も弾んだ。
「前から、お聞きしたいと思っていたのですけど・・・、
心菜ちゃんって、笑うと、頬に、エクボがでるんですかね?おれ、女の子のエクボって、
始めてなんです。エクボって、心菜ちゃんが、ほら、そうやって笑うときに、
頬にできる、その小さなくぼみのことですよね。
おれって、エクボ見るの初めてなんですよ。なんか、
エクボって、よくわからなかったから、感動しちゃうなぁ。あっははは」
スウィートチリソースがトッピングの、カマンベールチーズフライをつまみながら、
信也は、ビールを片手に、そう言って、上機嫌になって、笑った。
「やだあ。しんちゃんってば。この右のほっぺたのでしょう?
実は、これこそが、エクボなんですよぉ。
わたし、エクボがでるのって、知られるのが、恥ずかしいんです!」
「でも、心菜ちゃんの、エクボ、かわいいんだもの。わたし、うらやましいわ!
わたしも、ひとつ、欲しくなちゃう!」
由紀がそう言って、隣にいる心菜の肩にかかりそうな黒髪を、指先で、優しくなでる。
三人は、楽しく笑った。正月の楽しいひと時が、楽しい会話で過ぎていった。
≪つづく≫ --- 101章 おわり ---
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