ソードアート・オンライン ~黒の剣士と神速の剣士~
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SAO:アインクラッド
第29話 絶体絶命
「クッ……クックックッ……クハッ!ヒャッ!ヒャハハハハ!!」
55層の迷宮区前の荒野に甲高い笑い声が響き渡る。
「ど、どういうことだ……この水を用意したのは……クラディール……お前……」
「ゴドフリー!!速く解毒結晶を使え!!」
茫然とした顔でクラディールを眺めながら言うゴドフリーにキリトが叫ぶ。
キリトの声にゴドフリーはようやくのろのろとした動作で腰のパックを探り始めた。
しかし、
「ヒャ───ッ!!」
クラディールは奇声を上げながら岩の上から飛び出し、ゴドフリーの左手をブーツで蹴り飛ばした。
その手からむなしく緑色の結晶がこぼれ落ちる。
クラディールはそれを拾い上げさらにゴドフリーのパックに手を突っ込むと、結晶を掴み出し自分のポーチに落としこんだ。
「クラディール……な、何のつもりだ……これも何かの訓練なのか?」
「バァ───カ!!」
まだ事態を把握できず見当はずれのことを呟くゴドフリーを、クラディールは思い切り蹴り飛ばした。
「ぐはっ!!」
ゴドフリーのHPバーがわずかに減少し、同時にクラディールを示すカーソルが黄色から犯罪者を示すオレンジに変化した。
しかし、それは事態に何ら影響を与えるものではなかった。
「ゴドフリーさんよぉ、馬鹿だ馬鹿だと思ってたがあんたは筋金入りの筋肉脳味噌だなぁ!!」
クラディールは言いながら両手剣を抜く。
痩せた体をいっぱいに反らせ、大きく振りかぶる。
「ま、まてクラディール!お前……何を……何を言ってるんだ……く、訓練じゃないのか?」
「うるせぇ。いいからもう死ねや」
吐き捨てるような台詞と同時に無造作に剣が振り下ろされた。
ズガッ!という鈍い音が響き、ゴドフリーのHPバーが大きく減少した。
ゴドフリーはようやく事態の深刻さに気付いたのか大声で悲鳴を上げた。
だが、いかにも遅すぎた。
クラディールは無造作に剣を2度、3度と振り下ろす。
そのたびにHPバーは確実に減り続け、とうとう赤い危険域に突入した。
そこでクラディールは動きを止めた。
……さすがに殺すまではしないのか
キリトがそう思ったのも束の間、クラディールは逆手に握った剣をゆっくりとゴドフリーの体に突き立て、ゆっくりと剣に体重をかけていく。
ゴドフリーのHPバーがじわりと減少する。
「ぐあああああああ!!」
「ヒャハアアアアア!!」
一際高まるゴドフリーの絶叫に被さるようにクラディールも奇声を上げる。
キリトともう1人の団員が声も無く見つめる中、クラディールの剣がゴドフリーを通過して地面に達した。
それと同時にゴドフリーのHPバーがあっけなく0になり、無数の砕片となって飛び散った。
クラディールは地面に突き刺さった大剣をゆっくりと抜くと、逃げようとむなしくもがくもう1人の団員の方に向かって奇妙な足取りで近付くと剣を振り上げ、躊躇無く振り下ろした。
クラディールは団員の悲鳴に耳も貸さず何度も剣を振り下ろす。
4撃目で団員のHPバーが消滅し無数の砕片となって飛び散った。
クラディールは爆散するオブジェクトの破片の真っ只中、恍惚の表情で体を痙攣させる。
クラディールは満足したのかキリトに視線を向けると右手の大剣を地面に引きずりながらゆっくりと歩み寄る。
「よォ」
這いつくばるキリトの傍にしゃがみ込むとささやくような声で言う。
「おめぇみてぇなガキのためによぉ、関係ねぇ奴を2人も殺しちまったよ」
「その割にはずいぶんと嬉しそうだったじゃないか……なぜお前みたいな奴がKoBに入った。犯罪者ギルドのほうがよっぽどお似合いだぜ」
「へぇ、おめぇおもしれー事言うなぁ。犯罪者ギルドが似合うとかなんとか」
「事実だろう」
「褒めてるんだぜぇ?いい眼してるってよ」
クラディールは喉の奥から甲高い笑いを漏らしながら左のガントレットを除装した。
「!!」
キリトはクラディールの左腕にあるタトゥーを見て激しく喘いだ。
「そのエンブレムは……笑う棺桶の……」
クラディールの左腕にはラフコフのエンブレムである、漆黒の棺桶に蓋がにやにやと笑う両眼と口が描かれたタトゥーがあった。
「これは復讐なのか?……お前はラフコフの生き残りだったのか?」
掠れた声で訊くキリトにクラディールは吐き捨てるように答えた。
「ハッ、違げーよ。そんなだせぇことすっかよ。俺がラフコフに入れてもらったのはつい最近だぜ。ま、精神的にだけどな。この麻痺テクもそこ時教わったんだぜ……、と、やべぇやべぇ」
クラディールは機械じみた動作で立ち上がると音を立てて大剣を握りなおした。
「おしゃべりもこの辺にしねぇと毒が切れちまうからな。そろそろ仕上げと行くかァ。デュエルん時から毎晩夢に見てたぜ……この瞬間をな……」
クラディールは爪先立ちになって大きく剣を振りかざすと剣先をキリトの右腕に突き立て、そのまま二度、三度こじるように回転させる。
「……ッ!」
不快な感覚がキリトの全身を駆け巡る。
剣が腕を抉るたび、キリトのHPが僅かだが確実な勢いで減っていく。
クラディールは一度剣を抜くと今度は左足に突き下ろした。
「どうよ……どうなんだよ……。もうすぐ死ぬってどんな感じだよ……。教えてくれよ……なぁ……」
クラディールはささやくような声で言いながらじっとキリトの顔を見つめる。
「おいおい、なんとか言ってくれよぉ。ホントに死んじまうぞォ?」
クラディールは剣を脚から抜くと今度は腹に突き立てる。
キリトのHPが大きく減少し赤い危険域へと達した。
しかしキリトはそれがどこか遠い世界の出来事のように思えていた。
思考が暗い小道へと迷い込もうとしていた。
意識に厚く、重い紗がかかっていく。
だが、突然キリトの脳裏にアスナの顔が過る。
そしてそれと同時に途方もない恐怖がキリトを襲った。
アスナを置いてこの世界から消える。
クラディールの手に落ち、俺と同じ責め苦を受ける
その可能性は耐えがたい痛みとなってキリトの意識を覚醒させた。
「くおっ!!」
キリトは自分の腹に突き刺さっているクラディールの剣の刀身を左手で掴むと、力を振り絞りゆっくりと体から抜き出す。
「お……お?なんだよ、やっぱり死ぬのは怖えェってかぁ?」
「そうだ……まだ……死ねない……」
「カッ!!ヒャヒャッ!!そうかよ、そう来なくっちゃな!!」
クラディールは怪鳥じみた笑いを洩らしながら剣に全体重をかける。
キリトはそれを片手で必死に支える。
しかし剣先は徐々に下降し始める。
「死ね────ッ!!死ねェェェ────っ!!」
1センチ、また1センチと剣が下降し切っ先がキリトの体に触れる。
そしてキリトの体に剣が潜り込もうとした瞬間、一陣の疾風が吹いた。
「な……ど……!?」
驚愕の叫びと共に顔を上げた直後、クラディールは剣ごと空高く跳ね飛ばされた。
キリトは目の前に舞い降りた2つの人影を声も無く見つめた。
「間に合った……間に合ったよ……神様……間に合った……」
震えるその声は、キリトには天使の羽音にも優るほど美しく響いていた。
崩れるようにひざまづいたアスナは目をいっぱいに開いてキリトを見た。
「生きてる……生きてるよね、キリト君……」
「あぁ……生きてるよ……」
キリトの声は驚くほど弱々しく掠れていた。
「……待っててね。すぐ終わらせるから……」
アスナはキリトを回復結晶で回復させるとすくっと立ち上がる。
「サキちゃん、キリト君をお願い」
「う、うん。わかった」
アスナはサキに言うと腰から細剣を抜き歩き出す。
アスナの向かう先ではクラディールが体を起こそうとしていた。
クラディールは近付いてくるアスナに気付くと両目を丸くした。
「ア、アスナ様……ど、どうしてここに……。い、いや、これは、訓練。そう、訓練でちょっと事故が……」
クラディールは立ち上がりながら裏返った声で言い募る。
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
アスナの右手が閃き、剣先がクラディールの口を切り裂く。
「このアマァ……調子に乗りやがって……」
しかし、その台詞も中断をよぎなくされた。
アスナが細剣を構えるや猛然と攻撃を開始したのだ。
「おっ……くおおっ……!」
クラディールは必死に両手剣で応戦するが、アスナの剣術の速さには追いつけず次々とクラディールの体を切り裂き、貫く。
「ぬぁっ!くあぁぁっ!!」
クラディールは半ば恐慌を来し剣を無茶苦茶に振り回すがアスナにはかすりもしない。
クラディールのHPバーがみるみる減少していき、黄色からついに赤い危険域に突入したところでクラディールは剣を放り投げ両手を上げて喚いた。
「わ、わかった!!わかったよ!!俺が悪かった!!」
クラディールは地面に這いつくばりながら更に叫ぶ。
「も、もうギルドは辞める!あんたらの前にも二度と現れねぇよ!!だがら───」
アスナはクラディールの叫びを黙って聞きながら、ゆっくりと細剣を掲げ逆手に持ち換える。
そして数センチ剣を振り上げ、土下座するクラディールの背の真ん中に一気に突き立てようとした瞬間、クラディールは一際甲高い悲鳴を発した。
「ひ、ひぃぃぃっ!!死に、死にたくねぇぇぇぇ!!」
「っ!!」
がくっ、と見えない障壁にぶつかったかのようにアスナの剣が止まった。
アスナの細い体はぶるぶると激しく震えていた。
アスナの葛藤、怒りと恐怖をキリトとサキはすぐに感じ取った。
この世界で誰かを殺せばその相手は現実世界において本当に死ぬ。
PKなどというネットゲーム用語で包んだところでそれは真に殺人行為なのだ。
だから、アスナがクラディールを殺すのを躊躇するのは正しいことなのだ。
しかし、今、この状況での躊躇はマイナスでしかなかった。
「ッヒャアアアア!!」
土下座していたクラディールはいつの間にか大剣を握りなおし、突如の奇声と共に剣を振り上げた。
ギャリィィン!、という金属音と共にアスナの右手から細剣が弾かれた。
「あっ……!?」
短い悲鳴を漏らし、体勢を崩したアスナの頭上でぎらりと剣が輝いた。
「アアアア甘ぇぇぇぇんだよ副団長様アアアアアア!!」
絶叫と共にクラディールは剣を躊躇いもなく振り下ろした。
「アスナ!!」
剣がアスナに触れる直前、サキがクラディールとアスナの間に割って入りクラディールの剣を弾いた。
クラディールは一瞬顔を歪ませたがすぐに口の端を釣り上げ、不敵な笑みを浮かばせながら叫んだ。
「そんなんで防いだつもりかよ、副団長補佐様ヨオォォォオオ!!」
クラディールは弾かれた剣を振りかぶるとサキめがけて振り下ろす。
サキは細剣を水平に構え、左手で刀身を支えクラディールの攻撃を防ぐ。
しかし、細剣と両手剣では相性は悪くサキは4度目の攻撃で体勢が崩れた。
「ヒャアアアアア!!」
「あっ……」
クラディールは叫びと共に剣を振り上げた。
アスナの時と同様にサキの手から細剣が弾かれ剣が宙を舞う。
「ヒャヒャッ!!死ねぇぇぇぇ!!」
絶叫と共にどす黒い赤のライトエフェクトを撒き散らしながら、クラディールは剣を振り下ろした。
「サキちゃん!!」
クラディールが剣を振り下ろす直前にアスナがサキに駆け寄り、サキを庇うように覆い抱きしめた。
………………………あれ?
しかし、いつになっても衝撃がこずアスナはふと疑問に思い顔を上げた。
「……え……うそ……なんで……」
「あぁ……来てくれたんだ……カゲヤ君」
そこにはこの世界で1番速い剣士、神速の剣士が立っていた。
クラディールの剣はカゲヤによって止められていた。
「な……てめぇどうやって……」
「簡単なことだ。手元を止めれば剣は振れない。だからソードスキルは強制終了した。ただそれだけのことだ」
「このっ……」
「脚破」
カゲヤは剣から手を離すと左脚を一歩踏み出し、高速で右回りに回転して靴底でクラディールを蹴り飛ばす。
体術スキル《脚破》、零距離で相手に廻し蹴りを撃ち込み蹴り飛ばすスキル。
元々、このスキルは攻撃力が高い上にカゲヤのような敏捷値と筋力値が高いプレイヤーが使えば重装備のプレイヤーじゃない限り簡単に蹴り飛ばされてしまうのだ。
無論、重装備のプレイヤーでもまともに喰らえば蹴り飛ばされてしまうが。
「がぁっ!!」
カゲヤの蹴りを真正面から喰らったクラディールは空高く飛ばされ岩壁に激突し落下する。
「後は任せろ。サキとアスナはキリトを頼んだ」
「う、うん」
そう言うとカゲヤはゆっくりとクラディールに近付いて行く。
「クソッ……てめぇ……」
クラディールは立ち上がりながら目に憎悪の色を浮かばせながらカゲヤを睨む。
しかし、カゲヤは平然とした態度で近付くと言った。
「お前には答えてもらうことがある」
「ああ!?答えるわけ……」
カゲヤはクラディールが言い終わるよりも速く動き剣尖をクラディールの首へと突きつけた。
「お前に拒否権はない………それと、動けば斬る」
その言葉と同時にクラディールの右手が止まる。
その数センチ先には大剣が横たわっていた。
「ハッ、もう少ししたら奴等が来る。そうすれば……」
「集まっていたラフコフの奴なら全員牢獄に送った。残りはお前1人だけだ」
「な……」
「さて、答えてもらおうか。なぜラフコフの連中が残っている。ラフコフはリーダーのPoH以外は全員牢獄へ送ったはずだが?」
「てめぇなんざに言うわけ……」
クラディールの台詞の途中で、ヒュッ!、と風を斬る音と共にクラディールの右肘から下が切断され地面に落ちた。
「次は左腕を斬る」
「し、知らねぇよ!俺が入ったのはつい最近なんだ!いつ復活したのかも、何人いるのかも知らねぇんだ!」
必死に言うクラディールをカゲヤは冷たい目で見る。
「ほ、本当だ!俺は何も知らねぇんだよ!頼むよ!殺さないでくれ!死にたくねぇんだよ!」
「わかった。ただし二度と俺たちの前に現れるな。それが条件だ」
「わ、わかった」
そう言うとカゲヤは振り返りサキたちの元へと向かう。
しかし、クラディールはカゲヤが振り返ると同時に口の端を釣り上げ、叫びながら左手で剣を取り振りかぶった。
「アアア甘ぇぇぇんだ……よ………」
だが、クラディールは急に不自然な状態で止まった。
その体には無数の傷跡が刻み込まれていた。
残り少なかったクラディールのHPは全て削られ0になりポリゴンの欠片となって飛び散った。
ただ一言、人殺し、と言い残して。
「俺は既に人を殺してる……こっちでも、あっちでも……」
カゲヤは漂うポリゴンの欠片を眺めながら微かな声で呟いた。
その後、剣を鞘に納め、サキたちの元へと歩いて行った。
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