ウラギリモノの英雄譚
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オデカケ――英雄ノ休日
「おっはよー」
もう要のもとを訪れることはないだろう。
そう思われた莉子は、翌朝何事もなかったかのように、要の家を訪れて来た。
「昨日は残念だったねぇ。今、朝ごはん?」
無造作に玄関を開け放って、家の中へ上がり込んでくる。
またいつもの様に殴り込みに来たのかと思ったが違う。今日の莉子はいつものジャージではない。珍しくカジュアルな服を着ていた。
今日は祝日。特に予定のない要は、朝のニュース番組をBGM代わりに垂れ流しながら、少し遅めの朝食をとっていた。
テレビでは久しぶりに『仮面の怪人』の話が持ち上がっていた。ここ最近、姿を見せなかったこの怪人が、昨日久しぶりに現れたらしい。
次のニュースは、昨日行われたヒーロー認定試験最終試験の話だった。ニュースのトピックスは『ヒーロー認定試験受験者、不合格の腹いせに試験会場を破壊』。
要はすぐにチャンネルを変えた。
何となくこのニュースを観ると落ち込む気がしたからだ。
「何しに来たんですか? 師匠の役目は、昨日までのはずでしたよね?」
「何さー。用事がないとここに来たらいかんの?」
「うーん……まぁ、いきなり上がってこられるのは困ります」
「そこは否定してよ」
わざとらしいジト目を向けられる。
「昨日は残念だったね」
しばらく見つめ返していると、そんなことを言われた。
「うん。元気だそう」
「別に落ち込んでませんよ」
「よしっ。遊びに行こう! 気分転換せんとね!」
「だから、別に落ち込んでませんって」
「弟子のメンタルケアも師匠の役目やけん、遠慮せんでええんよ。アメとムチのアメターンだ!」
「昨日まではムチだったんですか?」
ついでに師弟関係は昨日までで解消されているはずだと主張する。
しかし、毎度のパターンで押し切られるように、要は遊びに連れだされた。
綾川町にある、大型ショッピングモール。
車社会の田舎だからこそ出来た、郊外にあるショッピングモールだ。
アパレルショップをはじめ、映画館、電気屋、家具屋、本屋など多くのテナントが立ち並び、休日には暇を持て余したカップルや家族連れで賑わう。
その最寄駅に莉子と要が降り立った。
「あ――――っ!」
莉子が両手を振り上げた。
「電車って何でこんな退屈なんやろう。わたし、人力以外で動く乗り物って嫌いやー」
「子供ですか」
「だって要くん、ケータイ見てばっかで全然話掛けてくれんのやもんー」
「すいません」
素直に謝る。
朝のニュースを見ていた時のことだ。
昨日、『仮面の怪人』が久方ぶりに出現し、数名のヒーローが負傷したというニュースが流れていた。ここ二週間ほど姿を見ていない里里が、それの討伐チームに加わっているはずだ。要はそのニュースが気になって携帯で検索を掛けまくっていた。
電車を降りるところで、朝、里里へ送っていたメッセージに『今起きた』と返信があり、要はほっと胸を撫で下ろしていた。
目的としていたショッピングモールに入ると、要と莉子はまず館内の映画館に向かった。
今日の外出の目的は、観たくもない映画を観る。
ずらりと文字列で並んだ上映中の作品名を見比べながら、何か面白い作品を探す。
「名前だけやと、どれが面白いんかも分からんね」
「正直、僕も映画とかあんまり観ないんでさっぱりです」
「とりあえず、これにせん?」
「良いですよ」
こうして莉子がテキトーに選んだ映画を観ることになった。
上映時間までモール内を歩きまわって時間を潰す。
婦人服売り場を冷やかしていると、休日の朝でまだ活気のある店員さんが、声を掛けてきた。
「えっ、嘘ぉ!? ええっ」
店員の話術に、見事にハマっている莉子。店員が服についての説明で何かを言う度に、オーバーリアクションで驚いている。
「要くん、ちょっと試着してきても構ん?」
「構いませんよ」
の、返事を待たずして、莉子は試着室に飛び込んだ。
横目に店員がチラチラとこちらを伺ってくる。
「ご姉弟ですか?」
「いえ、違います」
「彼女さん、美人ですねぇ」
常套句なのだろう。慣れない婦人服売り場に緊張している要が目をほとんど合わせないでいると、店員も黙りこんだ。
そして、試着室のカーテンが音を立ててシャット開き。
「どやぁー」
何故か特撮ヒーローの決めポーズみたいに、腕を斜めに掲げてポーズを取っている莉子が現れた。
服は、先ほど手にしていた白いワンピースに変わっている。
「わぁ、似合います可愛いですー」
「ホンマに?」
うわ、買ってしまおうかな。買ってしまおうかなぁ……。と、莉子が呟く。
チラチラと莉子がわざとらしい目線を飛ばしてくる。
あの目は、何か感想を求めているのだろう。
「彼氏さんもいかがですか?」
「…………」
要にはこういう時、どういうリアクションをしたら良いかわからない。
ので、正直に思ったことを述べることにした。
「莉子さんは肌が白いから、白い服を着てると死に装束みたいですね」
何言ってるんだこいつ、みたいな目で店員が要をガン見してきた。
「死に装束て……」
「そ、そそそんなことないですよ! 生地が厚手ですから! 冬っぽくてとっても……」
「はぁん、これ着てたら死ねそう?」
莉子が頬に手を添えて、ポッと赤くなった。
「はい、むしろもう死んでそうです」
正直な要の感想。勿論、誉めたつもりだ。
「やったら、買っちゃおっ。すいません、これ下さい」
なんだこのカップル、みたいな目で店員が二人の顔を交互に見比べた。
元のカジュアルな服に着替えた莉子が更衣室から出てくる。
袋に入れられた白のワンピースを受け取って、るんるんとした足取りで再びショッピングモールの中を回り始める。
家具を見て。そうこうしている内にいい時間になったので、映画館へ。
余裕を持って指定された座席に着く。
そして映画が始まった。
「アニメやね……」
「アニメ映画ですね……」
二人が選んだのは、全年齢対象のアニメ映画だった。
小麦粉で出来たヒーローのウドン☆マンが、その腰の強さを武器に子供を助けたり、野球選手として名を馳せたり、悪と戦ったりする話だ。
映画が終わる。
最初は子供向けのアニメ映画とあなどっていたが、内容はウドンマンの成長と挫折を描いた深い物語で、はっきり言って面白かった。
「おふっ、うううっ……」
一緒に観ていた莉子に至っては、感動で号泣している。
こんな莉子を連れたまま歩くわけにもいかないので、要と莉子はそのまま近くのベンチに腰掛けた。
「大丈夫ですか……? 何か飲み物でも買ってきましょうか?」
ハンカチを渡すと、莉子はそれで目元を抑えた。
「マスカラが、目に、入って痛い」
「洗ってきますか?」
コクリ。と頷いた莉子がトイレに消えていく。
携帯で時間を見ると、お昼時を少し過ぎていた。
「何だか、こうして遊ぶのも久しぶりだな……」
要は莉子が帰ってくるのを待ちながら、ゆっくりと流れていく時間の中に溶けこみ始めていた。
ジィリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ――――
突然、館内に警報音が鳴り響いた。
賑わいの音が一瞬で消えていく。
静まり返った館内に、館内放送が鳴り響いた。
『怪人警報、怪人警報――』
怪人警報。この付近に、怪人が出現したことを知らせる警報だ。
『ショッピングモール北側、電気店の店舗付近にて、怪人が『変態』しました』
同じ言葉を二度述べる。
『館内にいる皆様は、係員の指示に従って速やかに避難して下さい。繰り返します……』
放送が終わると、館内が一瞬静まり返る。
係員が大声を上げて、来場客を安全な方へと誘導し始めた。
誘導に従う人々には、焦りの色はない。
それというのも怪人は、人の姿から怪人の姿に『変態』することによって出現するのだが、『変態』したばかりの怪人は行動が安定しない。生まれたての子供のように。しばらくまともに動くことが出来ない者も多い。
海でサメの背びれが見えたような物だ。危険はあるが、落ち着いて離れさえすれば、襲われる危険は少ない。
勿論、相手は怪人だ。
甘く観ていてはいけないが、必要以上に怯える必要はない。
近付きさえしなければ、人が襲われることはないだろう。
その後は、ヒーローが退治してそれで終わりだ。
「今、館内放送で……」
トイレから早足に莉子が帰ってくる。
「大丈夫だと思います。僕達も、とりあえず外に出ましょうか」
「うん……」
係員の誘導に従って、怪人の出現したポイントから最も遠い出入り口から外に出る。
外の駐車場には念のために係員の自家用車が入口正面に回されていた。
「すいません、ピンク色の服を着た五歳ぐらいの女の子を見かけませんでしたか?」
入り口付近で、出てくる人を見てそわそわしていた若い主婦が、突然声を掛けてきた。
「ううん、見てないですよー」
莉子が返事をする。
焦れた様な声でお礼を言って、主婦が離れていった。
「…………」
「要くん」
五歳の女の子が迷子になっている。要は少し不安に思った。
だが、そんな子が一人でうろついているのを見かければ、誰かが声を掛けるだろう。
「すいません、僕少し様子を見てきます」
「え、いかんって。危ないよ」
「大丈夫です。いざとなれば『変身』して身を守ります」
莉子に告げて館内に戻る。
心配する必要はない。そう思ってはいたのだが、嫌な予感がした。
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