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猫又

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4部分:第四章


第四章

「舞台でリハーサルとかやるから」
「ふうん、色々使うんだね」
「色々使えるのよ。こう言えばいいかな」
「いいね、それって」
 沙世の言葉に応えてにこりと笑った。その顔を見てまた沙世の心が動く。同時に心臓も。
「いいかしら」
「色々使える体育館ってさ。やっぱりさ」
「そうよね」
 心臓の音がドキドキしているのを感じながら応える。それを隠すのにまた努力をすることになった。
「何か楽しみになってきたよ」
「ここ使うのが?」
「うん、じゃあバスケ部に入ろうか」
「それいいと思うわ。ただ」
「ただ?」
「演劇部も足りないけれど」
(あれっ)
 それを言ったところで自分ではたと気付く。
(私何でこんなことを)
 また魔法のせいかと思ったがそれは違っていた。秘密は天井にあった。
「これでよし」
 そこにはトラがいた。彼が魔法で言わせていたのである。
「この言葉で大きく動くぞ」
 まだ子供の沙世よりはこうしたことはよくわかっている。伊達に二百年も生きているわけではない。この一手が大事だと見越したうえでのことであった。
「そうなんだ」
 トラの読み通りであった。澄也がその言葉に顔を向けてきた。
「ここの演劇部って人が足りないんだね」
「女の子はそうじゃないけれど」
 一手で流れを汲まれるとそれに乗っていかざるを得なくなる。沙世は戸惑いを必死に隠しながら彼に応える。
「男の子が。それで何かと困ってるのよ」
「役が限られてるんだね」
「お芝居も。私がズボン履いてやることだってあるのよ」
「ズボンを?」
「ええ。それで男の子の役やったり」
 これは劇ではよくやることである。オペラではモーツァルトやリヒャルト=シュトラウスのオペラでよく見られる。若いソプラノやメゾソプラノの歌手が男の子の役を演じるのである。フィガロの結婚のケルビーノやばらの騎士のオクタヴィアン等が代表である。これで人気が出る歌手も多い。
「しているんだけれど」
「成程ねえ」
「よしよし」
 トラは体育館の上から澄也の顔を見て満足気に頷いている。自分の一手が望む方向にいっていることを見てそんな顔をしているのである。
「いいぞ、そのままだ」
「だったらさ」
「ええ」
「さあ言うんだよ少年」
 澄也と沙世を見下ろしながら言う。
「その言葉を」
「僕、演劇部に入っていいかな」
「えっ!?」
「よし」
 その言葉を待っていた。全ては思い通りであった。
「本当なの!?それ」
「男の子が足りないんだろ」
 澄也はもう一度それを確かめる。
「ええ、まあ」
 沙世は今度は戸惑いを隠せてはいなかった。目を丸くさせてそれに頷く。
「だったらさ。いいかな」
「私はいいけど」
「よし、そこだよ」
 トラは沙世がいいけど、と言ったところで前足で力瘤を作った。
「そこでドカンと」
「じゃあ部長とお話してね」
「うん」
「ちぇっ」
 思いの外押しが弱くそれに肩透かしを食わされる。
「そこでやらないと」
「それで決めましょう」
「うん、そうさせてもらうよ」
「これはまたの機会だな」
 トラは屋根の上に寝転がって呟いた。右の前足で頭を支えて横に寝ている。
「じゃあ次は何処かな」
「あっちの校舎よ」
「うん、じゃあそっちにね」
「ええ」
 二人はそのまま向こうの校舎へと歩いていく。それで今回の話は終わった。少なくともトラの思うようにはいかないで終わってしまったのであった。
「やれやれ」
 トラは姿を消した。そして何食わぬ顔で家に帰って来た沙世と話をするのであった。
「ねえねえ聞いてよトラ」
「どうしたんだい、嬢ちゃん」
 トラはこの時リビングのソファーにあぐらをかいて新聞を読んでいた。読んでいるのはスポーツ欄でありそこには阪神の連勝のことが書かれていた。
「昨日来た転校生だけどね」
「ああ、そういやそんなの言ってたな」
 とどけて応える。
「で、それがどうしたんだい?」
「演劇部に入るって言ってるのよ」
 沙世は鞄を置いて制服のままトラの向かい側に座った。そして話をしている。
「演劇部にね」
「そうなのよ。うち丁度男の子少なかったし」
「それだけ?」
 トラはここで新聞から目を離して沙世に問うてきた。
「えっ!?」
「だからそれだけって。部に人が来て嬉しいだけなのかい?嬢ちゃん」
「えっと、それは」
(本当に嘘が下手だな、こりゃ)
 トラは沙世を見て内心思った。これで演劇部というのもどうかとさえ考えるがそれはあえて言うことはなかった。
「お友達が増えて嬉しいってところかな」
「えっ、ええそうなの」
 沙世は咄嗟にそう答えて誤魔化した。
 
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