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猫又

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3部分:第三章


第三章

「だから効果はてきめんだ」
「そうなの」
「安心していいってことさ」
 沙世の目を見て言った。ここでは本当に魔力を使った。
「いいね、嬢ちゃん」
「ええ」
 目を見たその瞬間に魔力を使い沙世に言い聞かせる。沙世はその瞬間にトラの妖術を受けた。トラはそれを心の中で確かめながらまた言った。
「明日、まず声をかけるんだ」
「明日・・・・・・」
 沙世の目はまるで夢遊病患者の様になっていた。魔力が効いている証である。
「校内を案内するって。それもまだなんだろう?」
「ええ、まだだけど」
 虚ろな目のまま答える。
「だったら丁度いい話だ」
「声をかけるには」
「そうさ。全てはそれからはじまるから。いいね」
「ええ、わかったわ」
 こくりと頷く。それで魔力を一旦消した。
「これで魔法は伝えたよ」
「それだけなのね」
 沙世は元に戻っていた。焦点がはっきりした目で問う。
「そうさ、大船に乗ったつもりでな」
「わかったわ、じゃあやってみる」
「けれど周りに気付かれないようにそっとな。仮にも魔法なんだから」
「だから妖術でしょ、これって」
「そんなのはどうでもいいって。とにかくそれを使えばいいからさ」
「うん、それじゃあ」
 沙世は頷く。これでトラの方の手筈は整ったのであった。
 次の日の朝。沙世はまずトラに言われたことをした。
「ええと」
 誰にも気付かれないように手の平に人の字を書く。そしてそれを飲み込む動作をした。
「よし」
 意を決して澄也に向かう。勇気を出して口を開く。
「あの、若松君」
「何?」
 あのテノールの声とはっきりとした顔が沙世に返ってきた。それだけでもう心臓が止まりそうになる。だがそれを抑えて言葉を続ける。
「今からさ、校内見て回らない?」
「学校の中を?」
「時間あるしさ。どうかな」
「案内してくれるの?」
「ええ」
 平静を装って答える。
「昨日来たばかりでよく知らないと思うから。どうかな」
「有り難う」
 澄也はまずこう返事をした。
「えっ!?」
「だから有り難うって。一緒に来てくれるんだよね」
「え、ええ、まあ」
 少し戸惑いが見えそうになるのが自分でもわかる。慌ててそれをしまいこむ。
「それでいいわよね」
「うん、じゃあ今からだね」
「そうよ。じゃあ行きましょう」
 澄也は立ち上がり沙世の側に来る。高い。女の子の沙世から見てもかなり大きかった。
「背、高いのね」
「うん、まあ」
 沙世を見下ろす形で答える。
「中学校になって急に伸びて」
「へえ、そうなんだ」
「もう服がすぐに着れなくなってね。困ってるんだ」
「そうなの。何か羨ましいなあ」
「羨ましいの?」
「だって。背が高いのって」
 これも彼女の好みなのだがやはり言えない。どうにも言うに言えないことばかりで困ってしまう。
「いいじゃない。格好よくて」
「ありがと」
 澄也はその言葉を聞いてまた礼を述べた。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「だって本当のことだから」
 自分でもどうしてこんなことまで言うのかわからなかった。魔法のせいだと思うがそれでも口が自然に話す感じであった。そのことに自分でも困ってしまう。
「それでね」
「うん、行くんだよね」
「ええ、行きましょう」
 沙世が声をかけて案内をはじめる。二人は並んで廊下を歩きはじめた。
 そんな二人を窓の外から見る影があった。トラであった。
「まずは順調にはじまったかな」
 沙世を見て言う。
「けれど嬢ちゃんも中々」
 そう言ってにこりと笑う。
「積極的だね。奥手とばかり思ったけれど。それじゃあ」
 その場を動く。そして姿を消して何処かへと向かった。
 沙世は澄也を案内していく。中々広い校内であった。
「で、ここが体育館なのよ」
「広い体育館だね」
「そうかしら」
「僕の前の学校のより大きいよ」
 彼は言う。
「ずっとね」
「ふうん」
「バスケの試合もやりがいがありそうだね、こんなに広いと」
「そうなの」
「うん。ほらさ、やっぱり広い方がいいじゃない」
 これは沙世にも何となくわかることだった。やはりやるからには狭い場所より広い場所の方がいい。そうした気持ちはあまりスポーツには興味がない彼女にもわかることだった。
「だからね。ここで試合出来ると思ったら嬉しいよ」
「じゃあここでもバスケ部に入るつもりなの?」
「バスケ部あるんだよね」
「ええ、あるけれど」
「じゃあ入りたいな。それで」
 体育館を見ながら言う。
「ここで試合とか練習したいね」
「じゃあ入るといいわ」
 沙世は答えた。
「私もここ部活で使ってるけどいい体育館よ」
「バスケ部?」
「いえ、演劇部」
 実は沙世は演劇部なのである。
 
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