寄生捕喰者とツインテール
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一先ず日常
ウージ戦の翌日……早朝の観束家二階―――――
[トゥアールのおっぱい。トゥアールのおっぱい]
「どぅああああああっ!?」
そんなモノどうやって手に入れたのか逆に気になる、とても奇天烈なボイスが携帯型通信機【トゥアルフォン】から流れ、観束総二は蟲が執拗に纏わりついた錆び槍で頭から貫かれた様な気分に陥り、心地よいまどろみすら捨て去って飛び起きた。
驚愕の度合いから、どうやら自分で設定した目覚ましアラートではないらしい。……まあそんな疑念など生まれはしないだろう。
何せ彼はツインテール大好きな性癖を持つのだから、それを考えれば寧ろ至極当然と言えるだろうか。
余りにも慌てふためきすぎ、総二はベッドの上でアラートを消すのにもたついている。
「待って! ちょ、待って!!」
[トゥアールのおっぱい。トゥアールのおっぱい、揉みた―――]
聞き逃してはいけない改竄が聞こえかけた……刹那、何者かがトゥアルフォンを取り上げ通話ボタンらしき場所を押し、ある意味金属音よりも不愉快なアラートを切った。
そして宙に固定された携帯型機会が、ゆっくりと総二に向けて弧を描き迫る。
いや、そんな怪奇現象などはあり得ない。
顔を上げた先にアラートをきった本人である背が低く、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる、彼の幼馴染とは体型が正反対なとある少女……否、幼女に近い人物が居たのだから。
「……ん、止めた」
「あ、ありがとう―――グラトニー」
昨日から観束家へ居候している、エレメリアンの少女・グラトニーだ。
しかし姿は化物染みた左腕と右脚を持つ姿ではなく、肩の布が切り取られているが袖自体は長いジッパー付きのパーカーに、陸上選手の履く短パンとスパッツを着込んだ、人間と殆ど変らない姿となっている。
彼女の相棒であるラースによると、単純感情種はランクの高い者なら人間、ランクの低い者なら動物といった通常の生物にもなれるらしく、混乱を招かない為にこの姿を取っている。
外見を変えるだけならば大して力を消費しないので、戦闘面でも若干違和感がある以外、問題は無いとも説明された。
相変わらず感情の読めないジト目無表情で、彼の方をジッと見ており、手にはトゥアルフォンが握られている。
取りあえず電話が掛って来たのだからと、通話相手を待たせないようにすぐ受け取った。
「もしもし?」
[もしもし……お、お早うございます。私です、慧理那ですわ]
通話相手は意外にも、総二の通う学校の生徒会長であり、ツインテイルズメンバーでもある慧理那であった。
とんでもない場所からの連絡ではない事に、総二は内心胸をなでおろしながら笑顔で挨拶し返した。
「うんお早う、会長」
[まだ早朝だと言うのに、起こしてしまい申し訳ありません]
「いや、気にしなくても大丈夫だよ。ちょっと前に眼、覚めちゃってたし」
「……痴女式、奇々怪々ボイス……」
突っ込まざるを得ないとばかりにグラトニーがボソリ発言するが、耳がいいのか慧理那はそれすらも聞き取ってくる。
[あ、グラトニー……ちゃん。お早うございますわ]
「……ん、おはよー」
向こう側へ聞こえるようにする為仕方なかった事なのだが、グラトニーの顔が至近距離まで接近し、総二はドキッとしたか肩が少し上がっていた。
グラトニーの髪は手入れされていないのかボサボサだが、綺麗な紫系グラデーションを持つ髪なので中々に味があり、ツインテールフェチでは利かない性癖を持つ総二には、女の子との急接近という事も相まって結構効く不意打ちだったらしい。
……そこで妙な違和感を覚え、総二がちょっとグラトニーの距離を取ってから、慧理那へ質問を投げかけた。
「……そういえば、何で俺の電話番号知ってるんだ?」
[尊から教えてもらいましたの。観束君の電話番号を知っていると申していたモノですから]
「へぇ―――いや待って、ちょっと待って」
求婚の亡者である桜川尊に、何時の間にやら電話番号を抜き取られていたと聞かされ、総二は更に気が気でなくなった。
……恐らく彼女のツインテールに見とれている隙を突かれたのであろうが、そんな犯罪そのもの無行為をして良い訳無いし、総二も総二で厄介事が起きないよう毅然としていてほしいモノである。
「……」
此処でグラトニーが無言のままに部屋を出ていき、下へつながる階段とは反対方向へ歩いて行く事を、総二は少なからず奇妙に思ったが、今は慧理那の方に対応すべきだと話を再開させた。
「ま、まあいいや……いや良くないけど……こんな時間に如何した? 何か急ぎの用事でもあったのか?」
[えっと……み、観束君とお話がしたかったのですわ……]
それだけでも照れ臭さが感じられる声色で、慧理那は段々音量を落としながら答えた。
[津辺さんやトゥアールさんが居ない時に、相談しておきたい事がありまして……]
「……まさか、ツインテールの事?」
[はにゅ?]
何故に行き成り其処へ辿り着くのか分からない結論を総二が言った瞬間、慧理那が素っ頓狂な声を上げた。
総二は何故か分からないと言った顔しているが……この反応こそが当然の結果である。
「何かツインテールが不安そうにしてたから……こうして離れていてもさ、ツインテールの感情は分かるんだ」
余りの世迷い事に、正常な人間なら頭が痛くなりそうだった。
髪の毛の抱く感情とは一体何なのだろうか。
そもそも本題が何なのかすらまだ口にしていないのに、自分が感じ取った事を盲目的に信じてしまうとは、一体何が彼をそうさせるのか……。
「だからさ、会長が俺に相談事を持ちかけるなら、ツインテールの事しかないかな、って」
……だからその決めつけは、何が根拠となっているのだろう。
再三言うが、慧理那はまだ何が言いたいのか、何で電話をかけたかを一切口にしていない。相談事がと言ったのみで、後は総二がドンドン先に進めて言っているのだ。
[あ、すいません観束君……違うんですわ……津辺さんやトゥアールさんは名前で呼んでいるのに、wたしだけ会長のままなのが、何だか他人行儀で……]
「あ……」
実は彼、ちょっと前までは『慧理那』と名前で呼んでいたのだ。
だがお分かりの通り、我に返ったのかそれとも癖になっているのか、以前の会長呼びへ逆戻りしてしまっている。
つまるところ慧理那は、ツインテイルズとなったのだし皆と距離が縮まったというのに、何時までも役職呼びなのがどうも納得がいかないらしい。
「じゃあ慧理那、一ついい?」
[は、はい観束君……]
「俺の事も総二、って呼んででくれよ」
[はい、ご主人様と呼びますわ]
そこで流れる一瞬の静寂―――
「[えっ?]」
そして二人とも、まったく同じタイミングで声を上げた。
会話が色々な意味で噛み合っていない所為と、お互いにどこか抜けている部分があり、その所為で理解する前に流しかけてしまっていたのかもしれない。
特に慧理那の言葉は受け流してはいけない……決して。
[ええ、ええ! ええ! そうそうそうですわそうですわ、そうですわ総二ですわ! 総二、総二ですわ!]
「そんな連呼しなくても……」
幸いにもツインテール以外の事は酷く鈍感な総二には、慧理那の失言は其処まで深く受け止められていない様子。
本当に電話の相手がツインテール馬鹿で良かった、慧理那はそこそこの幸運の持ち主である。
されど慌てたのも数瞬。
その後はとても嬉しそうに呟く。
[とても、嬉しいですわ……こうやって仲間として、名前を呼んでもらえる事が]
「慧理那……」
総二も看過されて温かな気持ちになったのか、胸に手を当てて目を閉じている。
[それで……もう一つの相談なのですけど、昨日お母様が私に―――――]
『ずおりゃ―――』
“ゴズン!!”
『ゴッハアアアァァッ!?』
『ニギャアアアァァァァ!?』
「……は?」
[……はい?]
此方が本題らしき、慧理那の相談が打ち明けられる直前……それなりに硬い『何か』が、後先考えず岩石にぶつかったが如き音と、二つに重なる悲鳴が壁の反対側から聞こえてきて、会話を一時中断せざるをえなくなったた。
暫くして何やら、言い争いらしき会話が総二の耳に届いてくる。
『ちょっと何なのよこの壁の硬さ!? こんなに硬かったっけ此処!?』
『頭が潰れるかと思ったじゃないですか! 人を勝手に抱えて武器にして置いて、この仕打ちは余計に酷すぎますよ!!』
『私だって知らないわよ!? 何でこんなに強固になってるのかなんて!』
それは総二にとって聞き覚えのある女の子の物であり……言わずもがな、愛香の声とトゥアールの声であった。
どうも会話内容から察するに壁がぶち破られかけたらしいが、異様に硬くなっていて逆に弾き返されたらしい。
『……壁破るの駄目。……レッド―――違った、総二に迷惑……』
『!? って事はあんたの仕業ねグラトニー!!』
『良く見たら左腕がちょっとゴツくなって、オレンジ色に染まってますね!!』
『……触ったら固定、強化できる。人間じゃ壊すの無理……あとオレンジじゃなくて柿色』
遅れてグラトニーの声も聞こえてきた。
先程出て行ったのは、二人の襲撃に対応する為だったと今になって分かる。
彼女自体は常識外れな存在にも関わらず、頭の中身が意外なほど常識的であった事が分かり、総二は部屋の損壊を防いでくれた事と、此方をちゃんと慮ってくれた事の二つで、ホッとしながら大いに感謝していた。
『幾らグラトニーちゃんでもこれは見逃せません! 総二さまの部屋から他の女の匂いがするんですよ!? 愛香さんも私なんかと争っている場合じゃあないんです、危険なんです急がないと!』
『他の女の匂いなら目の前でプンプンしてるけど!? しかも片方は兎も角、もう片方が超絶敵にヤバ気な!!』
皆さんもご存じではあろうが……電話越しの声は聞こえにくく、精々モニョモニョモニョ~とした者が漏れ聞こえるだけ。
その上に、愛香は隣の家で窓を閉めており、トゥアールは地下研究室で寝泊りしていると言うのに、どのような仕組みを持って “女と” 会話していると見抜いたのか甚だ疑問である。
主に総二関係限定での、第六感が備わっているとしか思えない。
『それに危険とかいうならアンタが最も危険でしょうが! 何なのよその悪趣味な布面積が極小且つ、本来の用途が行方不明なスケスケの下着!!』
『何を言っているんですか、これぞ一種のドレスコードの体現ですよ! 殿方の就寝中にレディがお邪魔すると言うのなら、妖艶さに脱がしやすさをプラスした下着が最も適しているのです!』
『異次元の常識をそーじの部屋で実行しようとすんな!!』
『いいえ全次元共通です! 生殖生物の枠内の収められているかぎり!』
『……やり過ぎな時点で信憑性は無い……』
“ドゴゴゴゴガガガガガ!!” とマシンガンにも勝る狭い間隔での打撃音と、またも聞こえる強烈な轟音、偶に聞こえる大人しい少女の声が、壁越しにでも総二の部屋内部まで達してきた。
壁反対側の位置する部屋からの音が、遠ざかったり近寄ったりしている事で、二人が縦横無尽に動き回りながら喧嘩している事が分かる……が、分かった所で何の癒しも齎さない。
寧ろ、湯を張り始めたお風呂の如く、心労の水嵩が留まる事無く増えていく。
破壊された音などは聞こえないので、恐らくグラトニーが逐一インテリアを強化固定しているのだと推測でき、それだけが総二にとって唯一たる心の清涼剤となっていた。
『―――ってだからこんな事している場合じゃないんですって!! 総二様の部屋行かないと!!』
『それについては私も、超! 不本意だけど同じ“気配”を感じたから同意するわ。……だからさっさと固定を解きなさいよグラトニー!』
もう何が何でも壁をぶち破って、総二の部屋まで突入したいらしい。
そんな愛香の憤激籠った叫びを聞いて、理不尽が積み重なり顔が極限までしかめられ、総二の外見がこれでもかと老けた。
心労溜まりの影響、ここに極まれりだ。
『……壁破らない、ドアから行けばいい』
『一分一秒が惜しいのよ!!』
『……この言い争いこそ無駄』
『う……!?』
『言い返せない程に真っ当な論理!?』
第三者位置から聞いていても震えが来る程の迫力をもって、上から上から言葉を畳み掛けていると言うのに、抑揚も声質すらもまったく変わり映えしない様子で淡々とグラトニーは返していく。
遂に折れたか隣部屋のドアが乱暴に開く音がし、喧嘩しながらの移動なのかドタバタ煩く暴れながら、総二の部屋の前まで足音らしき喧騒が徐々に近付いてくる。
かと思うと、不意にピタッと止んだ。
『ちょ、愛香さ、止め―――』
『ずおぉりゃああぁ―――』
“ゴヂィィンン!!”
『『ウ゛ギャアアアアァァァァァッ!?』』
『……破壊、ダメ』
再び響き渡る痛烈なる衝撃、空気をも劈く悲鳴の二重奏。
そしてその後に聞こえる、余りに冷静な声音。
『何でなのよ!? グラトニー、アンタ扉を触って無かったじゃない!!』
『……ちょっと前、扉触った』
壁ではなく扉が吹き飛ばされる異常事態を招くかと思いきや、コレもまたグラトニーが対処してくれていた様子だ。
恐らくは総二にトゥアルフォンを渡して慧理那と軽く会話を交わして部屋を出た……その時既に力を行使して、蛮行への先手を打っていたのだと分かる。
『先手を打っておくなんて卑怯よ、卑劣よ!!』
『その件に関しては同意できますけど、同時にまたも私を武器にした人が言って良い台詞でも有りませんよ!!』
『……扉、壊すな』
『一分一秒が惜しいって言ったでしょ! 手段なんて選んでいる暇は無いわ!』
『だからって人をダシに使うのは正直どうかと思いますが!?』
この状況と常識的に言って、グラトニーの判断が“非常に”正しいと思うのだが、愛香とトゥアールはどうも納得いかないか捲し立て続ける。
それは正しく、負けず嫌いが度を越し過ぎて、レフェリーの正常な判断に子供の如く詰め寄っていく、器量の狭すぎるスポース選手にも似たり。
尤も一番に喰ってかかっているのは愛香だけで、トゥアールのセリフは主に彼女への批判である。
……というか鍵など掛っていないのだから、この場合ごく普通にドアを開けて入ればいいだけ。
なのに人間を無理矢理抱えて破城鎚にし、思い切りが良すぎるぐらい勢いよく扉を破壊してまで、乱暴に突入する意味が一体全体どこにあるのだろうか。
そんな世の中の不合理さに、総二の頭がいい加減痛くなってきたとき―――ガチャリ、と静かに扉が開く。
総二の顔が再び老ける。
「「今度こそ―――ずおりゃあああぁぁーーーっ!! ……!? って、真似するなーーーっ!!」」
「……再びお邪魔……」
そして正反対の挨拶と正反対の気概を持って、三人が元気良く飛び込んできた。
愛香とトゥアールがまず先に、そしてその後にドアが備え付けられた壁とは逆の方からグラトニーが、それぞれ入って来た事から戸っ手を握ったのがグラトニーでない事が分かった。
まあ、放っておいても埒が明かないからと手を付けたかもしれず、そもそも争いの熱が冷めてはいないので、誰であろうと結果は同じになっただろう。
所謂、要因の問題であるだけなのだから。
「ふっふっふ……部屋に入ってしまえばこっちのモノ! このまま暴れれば下着が脱ぎ棄てられ、あらぬ姿を総二様の前に晒させる事となりますよ!」
「なら答えは単純、シンプルね! そうなる前に一撃で決着を付けてやるだけだわ!」
「……ここを固定、ここも固定……あっちも固定……」
(今は朝五時なのに……まどろみの中でホンワカする時間なのに……)
一撃必倒覚悟とばかりに愛香は一足蹴ると飛び退って、悪の幹部よろしく不敵に笑むトゥアールへ狙いを定める。
何とも間の抜けた声で、グラトニーが保険の為か部屋中に力を掛けていく。
……総二は、目の前の現実を受け入れられないでいた。
「やはり距離を取りましたね……此処だぁ!」
「催涙スプレーかしら? なら甘すぎるわよ!」
『うるせぇナァ……全くヨゥ……』
「……あ、ラース起きた」
『起きるっテーノ、こんな目茶目茶を朝からやってリャ』
其処らの暴漢ならいざ知らず、愛香にはこれ位訳無いのかスプレー缶からの噴射攻撃を、両手を交差させる事で見事に防ぐ。
熾烈な争いが行われる横で、繰り広げられるのんきな会話……何ともシュールな光景だ。
「引っかかりましたね?」
「え!? 何これ!?」
防がれピンチかと思われたが、何時もは圧倒されるばかりなトゥアールも、今回ばかりは一枚上手だった。
何故なら防いだ筈のスプレーの中身は粘性の液体であり、オマケに空気に触れると体積を増すのか爆発的に大きくなって、愛香の両手を丸く覆ってしまう。
驚いている間に両足にも吹きかけられて、マスコットキャラクターの余りに簡略化した手足みたく、バレーボール代の球体状になってしまったのだ。
球体である上に、スポンジのように柔らかい物質でできているか、思うようにバランスがとれず愛香はすっ転んだ。
「はっはっはぁ! これぞアンチアイカシステム第三号『アイカカタメール』です!」
「『ダサい、っていうかダサい』」
包み隠さない正直な感想が、二つの口から見事なハーモニーを奏でつつ発言された。
「ハモった!? グラトニーちゃんとラースさんがハモる程にダサかった!? ……あ……と、兎に角両手足を封じた以上、愛香さんに勝ち目など皆無です!」
「まだまだ!」
勝ち誇るトゥアールを睨みつけた愛香は、言うが早いか弾力を逆に利用して飛びあがり、両の手足でしっかり抱きつく。
一般の人間ならその体勢でもそこそこしか力が入らないが、愛香ならは話は別。
強烈なベアハッグがお見舞いされた。
……もう人間ではない、樹上生物のソレである。
「肋が腰が頸椎があああぁぁぁアアアアァァァーーーーーーーーーー!?」
お天道様が爽やかに朝の挨拶を告げる中、総二にまず突き付けられるのは……少女の悲鳴と骨の悲鳴。
何が悲しくて凄惨なる光景を目の当たりにしなければならないのか、総二は今ままでの自分に地獄を呼び込むまでの非があったのかを、愚直なまで真剣に悩んだ。
「……はっ! え、慧理那? なんかその、騒がしくてごめんな?」
其処で総二は漸く、自分が電話越しに会話中だったのを思い出し、慌てて引け腰気味に謝った。
[トゥアールさんが地下に居るのも、グラトニーちゃんが住むのも知っては居ますが……何故津辺さんの声までするんですの?]
長い間放置されていたせいなのか、どうも慧理那の声音は冷たい。氷の如くと言い表しても、何ら過剰表現ではないと言えるぐらいに。
切らずに待ってくれていただけ、いいというものだろう。
それを総二も察して、平謝りしながら言葉を紡ぐ。
「ごめん、ホントにごめんな慧理那…………あー、えっと愛香が居る理由だっけ? 家が隣でさ、幼馴染出し部屋によく来るんだよ」
実の所訪問方法は玄関から、というより……距離自体其処まで無いとはいえ、幼い頃からベランダ越しに飛び越えてくると言う、驚異的なお邪魔の仕方がしょっちゅうなのだが、総二は話すまでもないと伏せておいた。
[幼馴染、家が隣……ブツブツ…………]
まだ部屋に出したばかりの氷の様な冷たさだった声音が、一気に氷点下クラスまで下がっていくのを、総二は肌で感じながらも疑問に思った。
「あ、そう言えば相談って何が―――」
[失礼いたします、朝から済みませんでしたわね……では学校で、“観束” 君]
其処で電話は切れた。
「やっぱり放置して置きすぎたよな……後で謝らないとなぁ……」
「……それだけじゃないと思う」
『さっき呟いていた単語からするにナァ?』
「……ん」
トゥアルフォンをベッドの上へと置く総二に、何時の間にかグラトニーが視線を向けて居た。
何やら意味深長な会話をラースと交わしていたが、彼には見当が付かない。
と……其処で違和感に気が付く。
「そういえば静かだな。喧嘩はどうなったんだ?」
『ハ、それはお前さんの目で見てみナヨ』
言われるがままに視線を移動させて見れば―――――本当に何があったのか、お互いに背を向けて赤面し、モジモジし合っている愛香とトゥアールが居り、総二の思考はフリーズした。
鈍な起承転結があって、血を血で洗う諍いからこんな場面まで移り変わるのか、皆目見当が付かない為である。
「……世にも最悪なツンデレ劇場」
グラトニーが意味不明な呟きを残して部屋を出ていき、良い匂いが漂うと共に階下から未春に呼ばれるまで、総二達は暫しの間動く事すらできないのであった。
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