豹頭王異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
波瀾
交渉の基本
イーラ湖の東岸に連なり、鬱蒼と生い茂る森の中に暁の光が射す。
水の匂いも漂う空気、静寂を破り穏やかな声が響く。
「俺が戻るまで、進軍は禁じる。
夢の回廊を開く鍵、催眠薬の香気は薄れた。
アモンの術は破れ、魔道師達も再度の襲撃に備えている。
策を講じて戻り次第、一気に敵を叩く!」
各軍の指揮官達は動揺を隠し、表情を引き締めた。
「今度は不覚を取りません、必ずや信頼に応えて見せます!」
黒竜将軍トールが断言し選帝侯ディモス、金犬将軍ゼノン、ガウス准将も頷く。
ゴーラ軍も動かず、深傷を負った国王の姿は陣中に無い。
「俺の部下共は、豹の大将に任せる。
大丈夫さ、マルコ。
ひょっとしたら、血を流す奴は出ねぇかもしれねぇな。
奴は頭が切れやがるし、1人で敵の巣窟に乗り込むのが好きだからよ。
あっと驚く様な手で、クリスタル全部、丸ごと片を付けちまうんじゃねぇか?
心配は要らねぇ、そういう点じゃあ、絶対に期待を裏切らねぇ奴なんだ」
イシュトヴァーンは冗談交じりに嘯き、マルコの目を白黒させたが。
ゴーラ王が先陣争いに固執すれば、面倒な外交問題に発展しかねない所だった。
パロ聖騎士団・カラヴィア軍・ケイロニア軍、ゴーラ軍の緊張は無視出来ない。
敵に惑わされ同士討ちとなった場合、多数の犠牲者を出す確率も高い。
無責任な放言は兎も角、イシュトヴァーンの下した判断は状況に適するものであった。
アルド・ナリス、ヴァレリウス以下数名の魔道師達は既に姿を消している。
数ザン前に閉じた空間の術を起動し、サラミスの古代機械に向かった。
上級魔道師ギールと数名の部下達が念を凝らし、閉じた空間の結界を開く。
「頼むぞ。
トール、ゼノン、ガウス、ディモス」
微かな呟きを残し、豹頭王の姿が風の中に消えた。
「お呼び立てして申し訳ありません、グイン殿。
重要と思われる事柄があります、リンダが思い出してくれました。
古代機械を介した精神接触、心象《イメージ》を御覧下さい」
唇を閉ざした儘、健気に微笑む暁の后。
トパーズ色の瞳が煌き、感謝の視線を投げる。
第13号カイサール転送機の備品《オプション》、念話増幅装置が輝く。
数タルザン後、予知者の《記憶》が勇者達に託された。
「私の知らない所で、頑張ってくれたのだね。
リンダのお陰で、必要な情報《データ》は揃った。
クリスタル奪還の術、アモンの謎を解く鍵も」
冷静な声が響き、リンダの瞳が輝く。
「素晴らしいわ、ナリス!
私の頭では理解できないけれど、パロは救われるのね!!」
リンダを抱擁する良人、グイン、ヨナ、ヴァレリウスの視線が交錯。
北の豹、ランドックのグインが4人を代表して口火を切る。
「グラチウス、出て来い!
どうせ結界に姿を隠し、聞き耳を立てているのだろう?
姑息な真似はやめ、姿を現せ!!」
痛烈な面罵にも等しい宣告に驚き、紫色の瞳を瞠る聖王妃。
対照的に顔色を変えず、暗躍者の登場を待つ解放軍の指導者達。
白魔道師の結界は無力、との指摘にも等しいが。
ヴァレリウスも実力の差は弁えており、仏頂面の儘で無言を貫く。
グインの獅子吼に応え闇の司祭、暗黒魔道師連合の総帥が登場。
悠然と一同を見回し、豹頭の追放者を睨み付ける。
「失礼な豹めが、己には学習能力が無いのか!?
何度も言わせるな、老人には敬意を払わんかい!
わしは世界三大魔道師の一角、現世に留まる最強の人間じゃぞ!
己は先刻承知かも知れんが、少し位は楽しませてくれたって良いじゃないか!!」
八百と十四歳の若者は憤然と喚くが、年齢不詳の戦士は歯牙にも掛けぬ。
尚も言い募ろうとする闇の司祭を遮り、一瞬で沈黙させた。
「ナリス殿と俺は魔王子アモン打倒の為、古代機械を使って聖王宮に転移する。
お前が希望していた通り、彼奴を退治する絶好の機会《チャンス》だぞ。
精神生命体が真に消滅したかどうか、貴様自身で確かめてはどうだ?」
グラチウスは珍しくも咄嗟に言葉が出ず、眼を白黒させて黙り込む。
「そりゃあ願ってもない、喜んで同行するさ!
アモンの畜生め、には煮え湯を飲まされたからな!!
何も無い世界に放り込まれ、ユリウスの様に干乾びる所だった!
奴が真に消え失せたか、見極めてやろうじゃないか!!」
飄々と嘯き、気紛れな猫の様に豹変する闇の司祭。
鉄面皮を崩さず、冷ややかに眺める豹頭の戦士グイン。
悪戯っ子の様に微笑み、他人事の様に両者を見比べる第2王位継承権者アルド・ナリス。
ヨナ・ハンゼは瞳を伏せ、懸命に無表情を保つ。
ヴァレリウスは散々、煮え湯を飲まされた先達の醜態に溜飲を下げた。
「透視透聴の術を自在に操る老師なれば、既に御存知であろう。
俺は現在只今の情勢に鑑み、古代機械の自爆命令を設定した。
作動条件は第二管理者《セカンド・マスター》に対する精神干渉、思考操縦、意識誘導だ。
推定影響範囲は謎の古代王国ハイナム、草原地方、ミロク教の聖地ヤガ、沿海州も含む。
死の砂漠ノスフェラス誕生、三千年前の星船墜落と帝都カナン潰滅に匹敵する。
古代帝国ハイナム全域も含め、キレノア大陸の西半分は死の砂漠と化すだろうな。
キタイの竜王は道連れに出来ぬが、中原の全住民が精神寄生体の奴隷になるよりは良い。
パロ聖王国を代表してナリス殿が提案され、新生ゴーラ王国の宰相カメロン殿にも同意を得た。
アキレウス大帝には申し訳も無いが、ケイロニア王国に関しては俺が責任を負う。
クム大公国や沿海州諸国、草原地方や自由国境地帯の自治領は同意を得ておらぬが已むを得ぬ。
キタイの民を蹂躙する異世界の精神集合体を駆逐する為、別の調整者が現れるだろう。
俺は中原を守護する調整者として面倒な精神生命体を駆除する為、相討ち共倒れを厭わぬ!」
「やめんか馬鹿たれ、おのれは限度と云う物を知らんのか!
ナリスもナリスじゃ、掟破りの馬鹿者を嗾けてどうする!!
虚仮脅かし《ハッタリ》や虚勢《ブラフ》の類も時と場合に拠る、好い加減にせんかい!」
曲がりくねった杖を振り廻し怒号する齢814歳の若者、グラチウスの狂態に眼を丸くする2人。
ヨナとヴァレリウスの観察結果を、古代機械の念話増幅装置が中継。
ナリスの思考が閃き、グインと視線を交錯。
パロ聖王国を代表する策謀家は優雅に首を傾げ、涼しい顔で呟く。
「白魔道師を魔道十二条に縛られる茶坊主、と宣った老師の御言葉とも思えませんね。
ドールに剣を捧げた地上最強の黒魔道師、老師様は何時の間に転向されましたので?」
ヴァレリウスの唇が震え、自称816歳の若者は年甲斐も無く喚いた。
「この裏切り者め、笑っとる場合か!
貴様も魔道師ギルド、白魔道師の一員だろうが!!
魔道十二条を破れば重大な副作用を呼び、己の身を滅ぼす事ぐらい知っとるわい!
人の事を散々、黒魔道師の横紙破りと非難しおって!!
腹黒い狸め、地獄に墜ちろ!」
「私は老師の足許にも及ばぬ若輩、か弱い善良な白魔道師に過ぎませんです。
人類を代表し異世界の精神集合体、侵略者と闘う英雄に心底より敬意を払います」
皺だらけの顔を真っ赤に染め、美の裁定者を糾弾する老魔道師。
大先達の狂態を眺め、梟の如く惚ける魔道師軍団の実質的指揮官。
「やかましい、人の揚げ足を取って喜ぶな!
貴様は真面目が取り柄と思っとったが、グインやナリスと変わらん!!
世も末じゃ、まともな魔道師は儂だけじゃないか!」
トパーズ色の瞳が煌き、豹頭の戦士は吼える様に哄笑。
涼やかな笑い声を響かせる美の裁定者、アルド・ナリス。
失笑を湛え、敬愛する主を注意深く見守る参謀長ヨナ・ハンゼ。
深い溜息を吐く魔道師軍団の実質的指揮官、ヴァレリウス。
「諸々の事前準備は総て完了したもの、と愚考致します。
この辺で茶番は御仕舞い、と致しましょうか。
噂に高い魔王子、アモンも聖王宮の奥処から一部始終を見ていた事でしょう。
キタイの反乱鎮圧を急ぐ竜王も、古代機械は喉から手が出る程に欲しい筈。
現在只今より我々は聖王宮の一角、ヤヌスの塔が匿す地下格納庫に転移します。
リンダには、マルガに残って貰いますがね。
地上最強の魔道師殿、如何されますか?」
「ふん、返答するまでもあるまい。
人類最強の黒魔道師、グラチウス様が退く訳には行かんよ。
やりすぎではあるが、予防措置は有効じゃ。
キタイの竜も、中原全域を破滅させる度胸は有るまい。
口車の天才と精神生命体の決闘、心理戦《サイコ・バトル》は見逃せん」
水晶の様に見える銀色の壁が滑らかに開き、リンダに退室を促す。
ヴァレリウスの思念波、心話を受け魔道師達が陣形を整える。
古代機械の外壁が音も無く開き、再び閉じた。
光の船が煌き、微かな震動と共に姿を消す。
聖王宮一帯を覆う闇の領域、結界が震えた。
「古代機械の転移、帰還に貴様が気付かぬ筈は無いだろう。
アモン、姿を現せ!」
グインの挑発に続き、古代機械の《声》が響く。
( 以前レムス・アルドロス1世に憑依、接近を試みた精神波を探知。
質量の計測は不能ですが、サイコ・パターンが一致しています )
ナリスと目配せを交わし、悠然と微笑む長身の偉丈夫。
ヴァレリウス、ヨナも頷く。
興味津々の態で周囲を見廻し、何も気付いておらぬ風を装う闇の司祭。
爛々と輝く瞳は如実に擬態を裏切り、内心を暴露している。
「シルヴィア奪還の後、俺は蜃気楼の娘と遭った。
《種子》を孵化させる為、怨霊を贄とした情報が真実であれば。
お前の裡にも帝都カナン破滅の模様、情景が宿っているのではないか?」
古代機械の壁が煌き青い光、赤い光の複雑精緻な模様を映す。
ヤヌスの塔に匿された地下通路、空気が虹色に染まる。
頭上に異様な物体、巨大な円盤状の星船が現れた。
ページ上へ戻る