ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
74層攻略戦
久方振りの共闘を 03
「あなたの負けだ」
困惑と敗北の衝撃とに苛まれて硬直しているクラディールに僕はそう宣言した。
どうやら、本気で僕を雑魚プレイヤーだと思っていたらしい。 その無知を責めるつもりはないけど、よくもまあその程度でアスナさんの護衛を務められるものだ。
もっとも、クラディールの場合は護衛と言うよりもストーカーと言ったほうが適切だろうけど。
「さて、これであなたが雑魚だって証明されたわけだけど、どうするのかな? まだやるって言うなら付き合うよ」
「……れ」
「うん?」
「黙れぇえぇぇ!」
呆然としていたクラディールは、ヒステリックな奇声と共に立ち上がって両手剣を振りかぶった。
冷静さを失った攻撃。
だけど、ここは主街区だ。 当然アンチクリミナルコードの圏内なので、どんな攻撃をしようとも僕のHPが減ることはない。 本来であればHPを削るだろう攻撃は全て、紫色の障壁に阻まれる。
それはシステムに定められた絶対のルール。
だから僕は迎撃するでも回避するでもなく、ただ憎悪の炎を灯すクラディールの目を見ていた。
けど……
ギャリン、と言う金属同士が激しく衝突する音が周囲に響く。
僕の身に降りかかる両手剣は直前で障壁に弾かれるはずだったのに、その手前で誰かが剣を滑り込ませて弾いたのだ。
剣の持ち主は僕を背に庇うようにして立ち、クラディールにその漆黒の剣先を向けて言う。
「納得いかないって言うなら、次は俺が相手だ」
飄々とした、けれどどこか厳しさの混在する声音。
僕に背を向けているので顔までは見えないけど、僕の兄であるキリトは大層ご立腹のようだ。
と言うか、ご立腹なのはもう1人いて、僕の後ろから嫌な殺気がビンビンと伝わってくる。 恐る恐るチラリと確認すると、ディオ・モルティーギを既に両手で持つアマリが予想通り狂気の笑顔を輝かせていた。 キリトが弾いていなければ、アマリがクラディールを吹き飛ばしていただろう。 『あっはぁ!』とか笑いながら。
「そこまでです」
やれやれだよと内心で肩を竦めていると、アスナさんの凛とした声が周囲に響く。
憎悪の赴くままに両手剣を振おうとしているクラディールと、それを迎え撃とうとするキリトとの間に流れるピリピリとした空気は、その瞬間に霧散した。
「あ、アスナ様……これは……」
「クラディール、血盟騎士団副団長として命じます。 本日を以って護衛役を解任。 別命あるまでギルド本部にて待機。 以上」
副団長らしい冷徹な声音で宣言したけど、その声には苦悩が含まれていた。
それを察したらしいキリトが気遣うように歩み寄って肩に手をかけると、アスナさんはそのままもたれかかるように身体を預ける。 コンビを解消して以来どことなく不仲だった2人だけど、その様子を見ている限りではもう和解しているようだ。
もっとも、キリトがどうこうではなく、アスナさんが素直になっただけだろうけど。
そんな仲睦まじい2人を見てクラディールはブツブツと何事かを呟いていたけど、僕のところにまでは何も聞こえない。
やがて、マントを翻すと転移門に向かって歩き出した。 その道中で僕にすれ違う際、小声で、それでも確かに僕に届くだけの声量でボソリと言った。
「殺す……貴様は絶対に殺す……」
それだけを言い捨てて去っていくクラディールの後ろ姿を見送ってから、僕は仲睦まじい2人組に視線を戻した。
張り詰めた表情のまま、アスナさんは僕を見て言う。
「巻き込んでしまって申し訳ありません」
「あー、別にいいよ。 僕が勝手にやったことだしね。 むしろ咎められて然るべきじゃないかな?」
「咎めるつもりはありません。 あれはこちらの落ち度です」
「そう。 なら安心だね」
アスナさんの落ち度ではないけど、血盟騎士団の落ち度と言えば確かにそうだ。 少なくとも、護衛の人選に問題がある。
あのいけ好かない聖騎士様の指示とは思えないので、きっと参謀職の人たちの仕業だと言うことは容易に想像できる。 アスナさんが謝る理由にはならないけど、良くも悪くも真面目なアスナさんなので、謝罪しないと気が済まないのだろう。
「それはそれとして、ありがとね。 アスナさんが仲裁してくれて助かったよ。 キリトは火に油を注いでくれたみたいだけど」
「そう言うお前はしっかり挑発してたけどな」
「それが僕の趣味だからね。 まあ、一応お礼は言っておくよ。 庇ってくれてありがとう」
「初めからそう言えよ。 いや、そんなことより、さっきのあれはなんなんだ?」
「あれ?」
「デュエルが始まってすぐに消えたあれだよ。 何かのスキルなのか?」
「自分でも思ってないことを口にするのは感心しないね。 そうじゃないって分かってるでしょ?」
適当にはぐらかそうとため息を吐く。
軽く非難の視線を向けるけど、当の本人はまるで気にしていない。 そしてあろうことかアスナさんまで興味津々の顔で僕を見ている。
ここで誤魔化すのは簡単だ。
デスゲーム云々はもちろんのこと、普通のゲームでだってスキルの詮索はマナー違反であり、たとえシステムに定義されていないスキルであろうとそれは変わらない。 僕がここで何も言わなければ知られることはないし、唯一あれの詳細を知っているアマリだって僕が言わなければ教えたりしないだろう。 あるいは明確に拒絶すればこれ以上聞かれはしないはずだ。
とは言え特に隠す必要がないのも確かなので、僕は渋々の調子で頷いた。
「分かったよ。 けど、さすがにここは人が多いし、移動しながらでもいいよね?」
「ああ、俺はいいぜ。 アスナもそれでいいか?」
「うん、私もそれでいいけど、アマリはどう?」
「もちろんオッケーですよー」
きっちりと全員の同意が得られたところで、僕たちは転移門に歩み寄った。
今日の目的地である迷宮区へは直接転移ができないので、まずは迷宮区の最寄りの町を転移先に指定する。 そこからは徒歩で迷宮区を目指すことになるわけだけど、この4人であれば問題はないだろう。 フィールドよりも高レベルのモンスターが出る迷宮区でだって、アラームトラップにかからない限りは余裕で進めるはずだ。
いくつかの懸念材料はあることにはあるので、それを解消するために思考を重ねながら、僕は目的の町の名前を口にした。
「『心渡り』?」
「そう。 心を渡るって書いて『心渡り』」
キリトが発動してくれている索敵スキルの恩恵で周囲にモンスターもプレイヤーもいないことを確認してから、僕はクラディールを破ったシステム外スキルの説明を始めた。
僕を嫌っているアスナさんは合の手なんて入れてくれないし、アマリはアマリであれの詳細を知っているから口を挟まない。 だから、僕とキリトの2人での会話になってしまうのは無理もないだろう。
「意識の空白って僕は呼んでるけど、そう言うデッドスペースに身体を捻じ込んで視界から……正確には意識から消える技術だよ。 要するに不意打ちだね」
「意識の空白?」
「んー、ミスディレクションって言えばいいのかな? 手品とかで右手を振り上げた瞬間に左手で何かしらをすると、大体の観客はそれに気付かないでしょ? 原理はそれと同じ。 他のことに意識を向けた一瞬を利用するんだよ」
「いやでも、デュエル中に他のことに気を取られるなんてあるのか? お前はゆらゆらしてただけでで何もしてなかっただろ?」
「珍しく勘が鈍いね、キリト。 まあ、僕が何もしなかったって言うのは正解だけど、あの場にいたプレイヤーは全員、僕とクラディール以外の何かに一瞬だけ気を取られたはずだよ」
クスクスと笑いながら言うと、意外な人物からの返答があった。
「デュエル開始の表示、ですか?」
「ん……うん、そう。 その通りだよ。 デュエル開始を知らせる表示が宙空に瞬いたあの一瞬だけは、絶対にそっちを見る。 人は動くものを目で追う習性がある、なんて言うのは説明するまでもないよね? 程度の差こそあれ、反射的に起こる現象は止められない。 そして、僕にはその一瞬で充分なんだよ」
アスナさんから相槌があるとは思っていなかったので、説明を繋げるまでに一瞬の間が空いたけど、よくよく考えてみればアスナさんは心渡りを体験していて、しかもその時に負けているのだ。 雪辱に燃えているわけではないだろうけど、それでも正体を知りたいと言う思いは、単純な好奇心からくるキリトよりも強いだろう。
「もちろん、それだけだと完全に渡りきれないよ。 ほら、さっきキリトも言ってたけど、身体を揺らしてたでしょ? ああして同じリズムで動く物体を見ると、人は勝手にその先を予想する。 そのリズムを崩せば、一瞬だけでも認識が遅れるし、何よりあの動きは相手の集中を削ぐしね。 更に渡る直前に隠蔽スキルを発動させてたんだ。 あれだけのプレイヤーがいればすぐに看破されて無効化されるけど、これもやっぱり一瞬を稼げる。 他にも色々な要因が重なって、色々な要因を重ねて、その全部を同時に重ねて、それだけのことをして作った一瞬は、僕にしてみれば絶対的な意識の空白なんだよ。 そして、クラディールにとっては致命的な意識の空白だった。 とまあタネはこんなものかな」
そして無言。
僕の説明を聞きながら対処法を考えているのだろう。
アスナさんは、僕がまた攻略組に刃を向ける時に備えて。 キリトは純粋なゲーマー魂で。 理由は違うけど向かう方向は同一の2人に僕は思わず苦笑した。
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