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ソードアート・オンラインー死神の鎮魂歌

作者:みしん
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瑠璃色の死神ー後編

「死神」俺がラピスと出会った頃から彼女はそう呼ばれていた。青黒いローブを纏い鎌を持つその様はまさしく死神であろう。

 彼女とすれ違った者は皆口を揃えて死神と呼ぶ。けれど俺には、彼女がそんな恐ろしい何かだなんて思えなかった。

 ◆◆◆

 今の状況を整理しよう。ラピスVSゼロのデュエルが勃発しました。終わり。

 そんな一文で終わる状況説明をしてみたがそのデュエルの内容もまた一文で説明できる程の内容だった。

「参りました」

 デュエルが始まるなり早々ゼロは頭を地面に擦り付け降参した。その無様な姿を見たラピスは何とも言えない表情をしている。呆気ない。まさしくその一言が相応しい状況であった。

 謎の空気が辺りを包んでいる中、ゼロは逃げる様にその場を後にした。

「何だったんだ」

「さぁ?」

 俺が呟くとラピスも鎌を仕舞いながら首を傾げた。

 まぁ何はともあれ事なきを得たことだ。これからまた探索の続きとなるだろう。

「んじゃ行くか」

「そうだね」

 俺の言葉にラピスが頷くと先陣を切って歩き出す。俺はいつも通りその後ろをトボトボと着いていくだけだ。

 ふと視線を感じ振り向く。しかし、そこには人の姿は見当たらなかった。

「ファル?行くよ?」

「ん?ああ」

 ラピスの急かすような口調に慌てて彼女の後を追う。しかし、未だに粘り気のある視線が後ろに張り付いている気がしてどうにも落ち着かなかった。

 ◆◆◆

 それからというもの特にこれといった事もなく本日の探索は終了となった。明日の探索が有るのかどうか分からないが。

 夕方。迷宮を抜けてきた俺は思い切り体を伸ばした。体を伸ばすと秋の夕暮れの涼しい風が全身に当たり歩き疲れた体に心地よい。生憎曇り空だがその分風の涼しさをより一層感じる事ができる。その心地よさに身をゆだねているとラピスから後頭部をはたかれた。

「痛ぇよ」

 ラピスを睨みつけるとその顔の不自然さに気付く。不自然さというよりも違和感といった方が正確かもしれない。いつもだったら俺の文句を笑ってごまかすのに今回は不機嫌そうな顔でじっとしている。
 恐らく溜まっているのだろう。ストレスが。発散相手が即棄権したのだから無理もない。

 じっとしていたラピスがふと我に返ったかのように僅かに震えた。

「ごめんごめん。それで晩御飯どうする?」

「なんで自然に一緒に食べる流れになってるんですかね?」

「気にしない気にしない」

 俺の疑問をラピスが笑顔で宥める。そんなやり取りの最中に気になる会話が耳に入ってきた。

「最近死神が現れたとかいう噂あるんだけどあれマジなの?」

「俺が聞いたのは死んだっていう噂だったぜ?」

「もうわけわからないな」

 俺はチラリとラピスの顔を覗いてみた。俺の視線に彼女は何事かと首を傾げる。流石に今の声はラピスの耳にも届いていたはずだ。それでも特に気に止める様子も無いということは敏感になっているのは俺だけで本人にとっては大したことでは無いのだろうか。

 いや、最早死神と呼ばれる事に馴れてしまっているのかもしれない。「呼ばれ馴れているから気にする程の事でもない」というのは悲しい事だ。何よりも似たような事が自分にも覚えがある。だから「ラピスの気持ちが分かる」だなんておごるつもりは無いが、どうにかしてあげたいなんて勝手な事を思ってしまうのだ。

 そんな事を考えているとふと自分の過去を思い出す。

「お前に生きている価値など無い!お前は俺の道具に過ぎねぇんなからな」

 頭の中に思っていた、かつて誰かに言われた言葉をに口に出してしまった。

「ファル?」

 不思議そうに俺を見詰めるラピスを見て我に返る。俺は直ぐ様手を横に振り、否定してから謝った。

「す、すまん。これはお前に言った訳じゃなくでだな」

「分かってるよ。ファルはそんな事言うような人じゃないもんね」

 そう言って微笑む彼女を見てほっと胸を撫で下ろした。それと同時に自分を見透かされているようで恥ずかしくもある。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ラピスは穏やかな顔で俺の目を見据えた。

「何かあったの?」

「あぁ……それよりも飯だろ飯」

 俺は誤魔化す様に話題を逸らす。だがこんなバレバレのやり方では誰が見ても逃げたいことなど一目瞭然だろう。ラピスはそんな俺を素直に見逃してはくれなかった。

「別に誤魔化す様な事でも無いでしょ」 

「まぁそうなんだけどな……」

 俺は観念して俯くと自分でも驚くほど小さな声で続けた。

「今はまだ話せないかな。すまん」

「そっか。ならしょうがないね」

 ラピスはそう言って黙り混んだ。俯いている俺には彼女の表情は伺い知れない。

 互いにしばらく無言でいると不意にラピスが口を開いた。

「今日の晩御飯家で食べる?」

「は?」

 何か聞き間違いをしたような気がしたので俯いていた顔を上げ聞き返した。

 俺の反応を聞いたラピスは呆れたような顔を見せる。

「だからぁ。私の家で晩御飯をご馳走しようって言ってるの」

「な、何でまた」

 どうやら聞き間違いでは無かったみたいなのでその結論に行き着いた理由を尋ねてみる。するとラピスは一瞬空を見上げるとすぐに俺に向き直った。

「今日色々連れ回しちゃったじゃん」

 そう言って苦笑いを浮かべるラピスの続く言葉を俺は黙って待っていた。

「それでそのお詫びって事でどうかな?」

 やや遠慮がちに尋ねてくるその仕草がいつもの彼女らしくない気がしてたじろいだ。だからだろうか。俺は心にも無いことを呟いた。

「悪いと思ってるんなら今までの分も返してくれると嬉しいんだけどな」

「それはそれ。これはこれって事で」

 そう言ってニカッと笑う彼女はいつも通りの彼女だった。 やはりラピスはこうでないとらしくない。と言ってもなにが彼女らしいのかよくわからないわけだが。

「まぁそこまで言うなら仕方無いな」

 俺がそう言うと彼女はクスリと笑う。

「相変わらず素直じゃないねぇ」

「お前が今までの事も謝ってくれれば素直になるんだけどなぁ」

「調子に乗るな」

 そう言ったラピスに頭を小突かれた。

 きっと、彼女は何かを抱えている。だけど、ラピスが抱える何かについては何も分からない。それは彼女も同じ様に俺の事について何も分からないのだろう。いつの日かその一歩を踏み込めるだろうか。そんな事を考えながら暗くなっていく空を見上げた。

 ◆◆◆

 ラピスの家は50層アルゲートに有った。50層に着く頃には日もすっかり沈んでしまい辺りも暗くなり始めていた。この街、アルゲートは繁華街を連想させ、まるで迷路の様な雑然とした造りをしている。この街に住んでいる人ですら全体を把握できていない程だというのだから驚きだ。

 何度かこの街に来ている俺でも一つの道しか分からず、他は何処に何があるかなど到底分からない。俺はただラピスの後ろをついて行くばかりだった。

「相変わらず凄い場所だよな」

 俺は辺りをキョロキョロしながらそんな事を呟いた。その声ですら周りの喧騒で掻き消されてしまいそうだ。幸いラピスには聞こえていたようでこちらを振り向かずに答えた。

「馴れると大したものでもないよ?ま、逆に言えば馴れてないと大した事に感じるんだろうけどね」

 確かにラピスの言う通りだろう。やはりこの街は他の街とは一線を画している。その街の造りもさることながらそれと同じくらいに異質と感じるほどの雰囲気を纏っていた。

 闇の街とでも言えば良いだろうか。映画とかでマフィアかなんかが取り引きなんかをしていそうな雰囲気を放っているのだ。流石にゲームの中なので、麻薬の密売に代表される大した取り引きは行われていないだろうが、この世界でもマフィアの様な連中が居ないわけではない。

 ラフィンコフィン。笑う棺桶と書くそのギルドこそがこの世界におけるマフィアと言っても差し支えないだろう。彼らは超が付くほどの殺人集団としてその名前を知らない者はこの世界にはいない。殺人、所謂PK(プレイヤーキル)をすることに殆どメリットを持たないこのSAOに於いて、そのPKを生きる目的とした奴らは当然この世界の平和を乱す存在として問題視されていた。

 もちろん、そんなギルドが野放しにされていて良いはずもなく、攻略組によって大規模戦争が行われたのだ。激しい抗争の末、苦くも勝利した攻略組の手によってラフィンコフィンは解散させられ、その所属メンバーは一層の地下牢にお縄となった。だが、そこから逃げ延びたメンバーが残っているらしく、血盟騎士団の調査隊が捜索中との事だ。もしどこかに潜んでいるのならこの街は打ってつけであろう。

「着いたよ」

 ラピスの言葉に思考を中断させた。いつの間にかラピスの家に着いていたらしい。

 ラピスの家は決して広くは無いがおんぼろ家屋という程の場所でもない。むしろこのアルゲートの街には似合わない綺麗なレンガ造りで、さしずめ中世ヨーロッパの家といったイメージだろうか。

 ラピスの後を追って家の中に入る。室内もどこか中世染みていて幻想的にすら感じてしまう。

 ラピスは紺色のローブを脱ぐと近くに有った上着掛けに吊るした。ラピスがローブを脱いだことにより、黒のノースリーブシャツがあらわになる。その、何て言うか、目のやり場に困る。

 これといって何が有るわけでも無いが俺は咄嗟に視線を逸らす。その様子を見ていた訳でもないラピスはなにくわぬ様子で口を開いた。

「適当な所に座って待ってて、今から作るから」

「お、おう」

 俺は返事をすると目の前にあるソファーに腰をかけた。だが座った所で特に何か有るわけでもない。手持ち無沙汰な俺は周りをキョロキョロ見回した。

 室内は普段のラピスからは考えられないほど綺麗に片付けられており彼女の意外な一面が垣間見える。今思うと俺は彼女の事を殆ど何も知らない。わがままだとか死神と呼ばれているだとか表面的な事ならある程度は分かる。しかしもっと踏み込んだ部分となると全く持って分からないのだ。たった一つ俺と共有していた目的が有ることを除けば。

 思い返すと、彼女と出会ってからそう言った話をしてこなかった。いや、そうではない。俺がその様な話を意図的に避けてきたのだ。

 それはきっと俺が誰かとの距離を縮める事を恐れているからだろう。他人の事など信頼出来ない。結局人はいつだって裏切る生き物なのだ。信頼なんてするだけ無駄。そんなまやかしにすがるくらいなら俺は一人でいる道を選ぶ。今までそうして来たのだから。

 そうなると一つの疑問が浮かんでくる。俺にとってラピスとは何なんだ。

 俺は調理台の前に立つ彼女を見つめた。俺の視線に気づいたのか俺を見てニコリと微笑んだ。

 死神ラピス。詳しい経緯は分からないがそう呼ばれている。それは単に見た目が死神っぽいからとかいう表層的な理由では無いことは言われるまでもなく分かってはいるのだ。

 しかし、普段の彼女からはその様な印象は見受けられないから不思議なのだ。彼女が死神たる片鱗を見せるのは対人戦のみ。その戦いぶりを見たものからは死神と呼ばれても仕方ないとは思うけれど、やはり普段の彼女を知っていればこそラピスを死神等と呼べないのではないだろうか。

「なーに考え事してんの?ボーッとしちゃって」

 いつの間にか目の前にいたラピスに額を人指し指で小突かれた。何か有った訳ではないが俺は咄嗟に言い訳を捲し立てる。

「すまん、少し眠くて」

「嘘はいかんよ。ファル君」

 ラピスが大学の教授の様な口調で言うとまた額を小突いた。

「嘘かどうかなんて分かんないだろ」

 俺はつつかれた額を擦りながらそんな抗議をしてみた。だがラピスには通じなかったようだ。

「私にあの程度の嘘は通じないよ。分かってるでしょ?」

 ラピスの言葉に返す言葉も無かった。全くその通りです。

 どうやら俺は焦って冷静な判断が出来ていないようだ。一旦心を落ち着けるべくため息を吐いた。

 冷静になって考える。どうやらラピスには隠し事は通用しないいらしい。俺は腹を括って彼女を見据えた。

「俺にとってラピスはどんな存在なんだろうな」

 僅かな沈黙その後彼女は声を出して笑った。

「アハハハ。そんな事か」

「そ、そんな事って何だよ!だ、大事だろ」

 ヤバイ。ちょー恥ずかしい。多分顔とかスゲー紅い。

 俺の反応を見たラピスが宥める様に片手を前に出した。

「取り合えずご飯出来たから持ってくるよ。話はそれから」

 そう言い残すとキッチンの方へと向かっていった。

 いくら何でもソファで食事というわけにはいかない。俺は近くに有った大きめのテーブルに席を写した。

 そうこうしている間にラピスはガチャガチャと音を立てながら食器を用意する。それからしばらくして二枚の皿を両手に持ってやって来た。

「ほい、お待たせ」

 そう言ってラピスは右手に持っていた方の皿を俺の目の前に置いた。

「カレーか」

 俺は目の前に置かれた物の名称をそのまま読み上げる。するとラピスは少々恥ずかしそうに人指し指で頬を掻いた。

「夕飯の残りなんだけどね。この程度のものしか残ってなくて」

「ま、タダで食わせてもらうんだし文句はねぇよ」

 そう言って今一度差し出されたカレーを見てみた。一般的な鶏肉や玉ねぎの様なよく見る食材に加えしめじや蓮根といった野菜も入れられており、健康的な印象を与え、カレーの独特の香りが食欲をそそられる。そのカレーを引き立てる白ご飯もまたいい具合にマッチしていた。

「ささ、どうぞ」

 ラピスが俺の向かいへ座ると右手を差し出して進めてくる。今更遠慮するようなこともないので早速一口いただいた。

「ん。うまいな」

 素直にそんな感想が漏れてきた。どこがどううまいとか表現出来ないがとにかくうまかった。

「そっか。それは良かった」

 そう言ってラピスは微笑むと自分もカレーを口に入れた。自分で作ったカレーが余程美味しかったのか嬉しそうな顔をしている。

 そんなラピスをまじまじと見ていると彼女が首を傾げた。

「どした?」

「何でもない」そう答えればそれまでだったであろう。しかし、今はそうするわけには行かないような気がした。

「幸せそうだな」

「まぁ、自分で言うのも何だけど美味しいからね」

 俺の質問にラピスは少し言い辛そうに答えた。しかし、それは俺が望んでいる答えとは違う。

 俺が無言で首を横に振ると、ラピスは「じゃあ何?」と言いたげに首を捻った。

 俺はそれに対してできるだけ真面目な顔で回答する。

「普段の話だよ」

 ラピスは何の話か分からないと言った様子で更に首を傾げる。だがしかし、先程までのそれとは違い今回は分かっていてあえてそうしている様な気がした。

「だって……お前は……」

 そこまで言った所でラピスの手に口を塞がれる。わざわざ身を乗り出してまで来たようだ。俯いている彼女の表情は読み取れない。どうやらこの事は禁句らしい、なら無理に掘り返す必要も無いだろう。

 俺は彼女の腕を優しくどかした。俺にあの先の言葉を発する意志が無いことが分かったのだろう、これまでの話題を逸らすように話を切り出した。

「さっきの質問。ファルにとって私は何なのかって質問。まだ答えてなかったね」

 確かに、そんな質問をした覚えが有る。何だかんだでうやむやになったものだとばかり思っていたが。

「そうだな」

 穏やかな表情、優しい声音で言われた俺には頷く事しか出来なかった。僅かな沈黙を経てラピスはゆっくりと口を開いた。

「君にとって私がどういう存在かは分からないから私にとって君がどういう存在かっていう回答で良いかな?」

 ラピスが俺の事を知っているはずもない。ならばラピスが答えられるものとしてはそれが限界だろう。

「そうだな。それで頼む」

 俺の答えにラピスが頷くと続けて覚悟を決める様に深呼吸を始める。そして何かを伝えようという目でこちらを見据えた。

「まず最初に言っておかないといけないのは私たちは友達なんていう関係では無いことは分かってるよね?」

「そうだな」

 ラピスの問いかけに即座に答える。俺にとってラピスが友達であるならば何も悩む必要などない。友達という関係一つで行動を起こす理由になりえる。「友達だからあげる」「友達だから仕方ない」等、友達という関係はとても太い繋がりであると俺は思う。俺とラピスはそんな関係ではない。ラピスだから許せるという物も無いわけでは無いがそれは大概俺の妥協で成り立っている物だ。
 俺はそんな物を友達だなんて思いたくない。

 俺の言葉に頷き返したラピスは更に続ける。

「友達じゃないなら、私はきっと仲間だと思うんだ」

「仲間?」

 言われた意味が分からずに聞き返す。するとラピスはそう言われるのが分かっていていたように一つ一つ、ゆっくりと説明を始めた。

「私はね、仲間っていうのは同じ目的を持っている人同士の関係を呼ぶんだと思うんだ」

「同じ……目的」

「そ、同じ目的」

 俺は言われた言葉を確かめるように呟くとラピスも同じ言葉を返した。

「俺は……お前とは違う」

 掠れた俺の声にラピスの辛辣な言葉が遮る。

「違わないよ。少なくとも今の君は私と同じに見えるよ」

「そうか。きっとお前が言うならそうなんだろうな」

 俺は力無くそう呟くと窓の外を見た。既に外は暗く街の街灯のみが辺りを照らしている。決して光源が多いとは言えないこの街は普段俺がいる世界とは違って見えてしまう。

「俺たちは、なんでここにいるんだろうな」

 俺の独り言の様な問いかけにラピスの声だけが背中に届いた。

「それが分かってたらもうちょっとマシな答えを返してるよ」

 俺は月明かりさえも届かない、どこまでも続いていそうな暗がりをただじっと見つめていた。

 ◆◆◆

 黒いローブを纏いフードを目深に被る男は夜の街を歩く。ついにこの時がやってきた。自然と男の気分が高揚する。無理もない。男は今日一日中この機会を伺っていただから。

 男の視線の先には真紅のコートを来た少年がアルゲートの街をフラフラと歩いている。少年が何処に向かっているのかは知らないがこのまま進めば街の外へと出る。そこで目的を成し遂げるのだ。

 男と少年の距離は20メートル程度。勝負の時は近い。男はその距離を半分詰め寄った。

 男は所謂暗殺者という奴である。そして、その獲物が今俺の前を歩く少年というわけだ。

 少年は男に気付いた様子は無い。外の明かりが極端に少ない事も幸いしているのだろう。男にとってはこれ以上の好都合は無かった。

 この先に一本道の曲がり角がある。そこを抜ければすぐ森だ。街の外であるならば戦闘行為は禁止されていない、すぐにでも息の根を止められるだろう。

 男は昂る気持ちを抑え少年が曲がり角に着くのをひたすらに耐えた。こういった待ち時間は長く感じてしまうからもどかしい。

 少しすると少年が曲がり角にさしかかる。今が勝負の時だ。男はできるだけ足音を立てないようにけれども速度を落とさないよう素早く駆け寄った。

 少年が曲がり角が曲がり終えたすぐ後に男も曲がり角に差し掛かった。男はそのまま突っ込むかの様に曲がり角に入り、腰に有ったナイフを取り出した。この角を曲がったすぐ先に獲物がいるはずだ。そのままこのナイフを突き刺せば後は簡単である。その先の事を考えるだけで言葉に出来ない高揚感が男を襲った。

 男が曲がり角を曲がる。そして瞬時に獲物の位置を定め。

「いない……」

 男は不意の出来事に思わず声に出して呟いてしまった。

 直後。男の首元に鋭利な刃物が突き立てられる。この体勢であれば刃物はいつでも首を切ることができるだろう。

「貴様……いつから」

 男は怒りに溢れた声で叫んだ。男は既に自分の状況を理解していた。それを証明するかの様に男の背後を取った人物が口を開いた。

「俺に何の用だ?」

 そう言って真紅のコートを着た少年。紅い流星ファルはニヒルな笑みを浮かべた。

 ◆◆◆

「貴様……いつから」

 俺の目の前で黒フードの男は激怒した様に叫んだ。いやそれこっちの台詞なんですけどね。

「俺に何の用だ?」

 俺はとりあえずそれっぽく笑っておいた。

 ラピスのカレーを美味しく頂いてからおいとまさせてもらいここまできたが。まさか命を狙われることになるとは、世も末だな。

 まぁ何はともあれ、状況は圧倒的俺の有利である。奴も下手をすれば自分の命に関わる事は分かっていることだろう。暫くは均衡状態が続くんじゃないだろうか。最も俺が先に手を出したならば俺がオレンジ或いはレッドプレイヤーになってしまう訳だが。

 そんな事を考えていると男は方頬を吊り上げる。何か仕掛けてくるか。そう思った瞬間男の肘が俺の鳩尾に直撃した。

「ぐっ……」

 俺は僅かに後ろに後ずさる。実際にスキルでも剣による攻撃でも無いため、ダメージその物は発生しない。しかし、その攻撃は俺をよろめかすには充分な物であった。その僅かに生まれた確かな隙を男は見逃さず、直ぐ様俺との距離を開ける。

「随分とチキンじゃないか?紅い流星さん」

「そう言いつつ距離を取るあんたに言われたくないけどね」

 男の挑発らしきセリフに負けじと言い返す。それにしても、チキンと言われれば全くその通りである。この黒ローブの男は俺が手を出すことに躊躇することを見越していたのだろう。実際大半のプレイヤーはデュエル以外によはの攻撃に抵抗や躊躇いを感じるはずだ。その心理を逆手に取り男は大胆にもこちらに攻撃を仕掛けてきたのだ。これではチキンと呼ばれても致し方あるまい。

 状況がこうなってしまうとこの殺し屋ローブの方が圧倒的有利となる。こちらから手を出すと俺のマークの色が何かしら変化してしまう。そらを回避するには向こうからの武器によふ攻撃を確認する必要がある。これはシステムのみぞ知る所なのだが、その攻撃をくらう必要は無く、俺に向かって攻撃している事をシステムが認識すればそれで良いのだ。そうすればシステムがこの男は悪者だと判断し、俺がいくら攻撃しようが俺のカラーが変わることは無くなる。悪者何だから何したって悪くないよね?というわけだ。

 それでも、一撃目は必ず黒ローブ男が取ることが前提であり、結局は俺の方が不利であることに変わりはない。
 要はいかにして相手の一撃を避けるかが重要となってくるのだ。

「どうした?逃げられたぞ?捕まえなくても良いのか?」

 黒ローブの男が仕切りに挑発してくる。どうやら俺に先に攻撃してほしいようだ。

「そんなやっすい挑発なんかしなくても良いんじゃないのか?レッドさん?」

 俺も負けじと挑発を返した。俺は我慢比べには自信がある。最も我慢するほどの理由もないのだが。

 俺は言い終えると直ぐ様男の元へとダッシュする。すると男は腰の辺りからナイフを取り出す。俺はその動作を見るよりも早く、右足を強く踏み込み大きくジャンプした。大きく飛んだ俺は男の背後で嫡子する。男は本来なら俺が向かっていたであろう場所へとナイフを水平に薙ぎ払っっていた。男は自ら放った攻撃が空振りした瞬間、顔を青ざめた、様な気がした。実際のところは背後にいるので顔など見えないが、俺は青ざめたと仮定してニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

 男のカーソルが緑からオレンジに変わった。これで奴は一般プレイヤーから危険プレイヤーへと変貌を遂げた事になる。これが意味する事は一つ。

「これで自由に攻撃できるってわけだ」

 俺の勝ち誇った声に男は苦虫を噛み潰した様な顔をしている。しかし、その顔は罠だったのか、突如男がナイフを構えこちらにダッシュで向かってきた。正直油断していたので反応に遅れてしまった。だが、この程度の速さなら対応できる。

 俺は男の右腕に狙いを定め、距離を取る様にバックジャンプしながら水平切りを放つ。その攻撃は見事男の腕に当たり、男は手に持っていたナイフを地面に落とした。

 男はナイフを拾おうと床に手を伸ばす。俺はその腕に剣を突きつけた。

「これでチェックメイトだ!」

 俺の言葉に男は観念したように手を引っ込める。俺はその動作に合わせて剣を男の胸元に突きつけた。

「今回の所は見逃してやるよ、紅い流星さん」

「そんなセリフは俺に勝ってから言え」

「へいへい」

 そう言って男はクルリときびすを返すと森の方へと向かっていった。ダラダラと歩くその様子からはこちらには敵意が無いようにも見える。しかし先ほどもそんな油断につけ入れられ反応に遅れてしまった。同じ手を二度も食らうわけにはいかない。それに二度目もうまく処理できるとは限らない。また襲ってこないかどうか、細心の注意を払って男が向かった先を見ていたが特に戻ってくる様子もない。

 流石にもう大丈夫だろう。そう思って剣を鞘に納めようとしたとき、背中に鈍い感覚を覚えた。

「後ろががら空きだぜ。クヒヒ」

 奇妙な笑い声を間近に受け、俺のHPゲージが僅かに減少する。だが、問題はそこではない。HPを示すバーの下に状態異常麻痺を示すアイコンが表示されている。

 攻撃を受けて間もなく、俺は立っていることすら不可能な程の痺れを全身に感じ、その場に倒れた。

 ◆◆◆

 ソードアートオンラインにおける麻痺という状態異常は他のゲームの麻痺と比べるとかなり重く設定されてある。通常のゲームではときどきに行動できないだとか、移動が遅くなるといったちょっとした嫌がらせのような物が多いだろう。それはそれで馬鹿に出来ない事なのだが、SAOはその比ではない。SAOにおける麻痺は一定時間全行動の禁止。より正確に言えば、右手のみある程度動かせるような状態になってしまう。その分持続時間も短いのだが、戦いの世界においてその僅かな時間でも命に関わる問題に直結するのだ。

「……」

 声すら出せない。地面に横たわっている俺は新たに現れた男によって蹴り飛ばされる。実ダメージは無いものの、先程倒れた衝撃で落としたのであろう俺の回復アイテムから遠ざかってしまった。これではアイテムによる麻痺の回復は望めないだろう。声も出せないのだから助けを呼ぼうにも呼ぶことは出来ない。いよいよを持って本格的な命の危機である。

「紅い流星の最後も案外呆気ない物だなぁ!ま、この状況になったのも運が良かった所も有るんだけどな」

 ヘラヘラ笑う男はまるで独り言の様に続けた。

「ガルドの奴が俺の指示もなくお前に襲いかかるからどうなるかと思ったぜ!本当は二人で始末する予定だったんだけどな。ま、お前がガルドに気を取られていたから難なくこのナイフを刺せたけどな」

 おそらくガルドと言うのは最初に俺に襲いかかってきた奴の事だろう。こと二人目の台詞から二人はグルであることが伺える。

 その男はナイフを手に取り、横たわっている俺の眼前に突きつけた。

「特製の痺れナイフだ。耐性の無い奴はこいつで一発よ」

 そこまで話した男は更に片頬を吊り上げ、嫌らしい笑みを見せた。

「こいつによる麻痺は特性でな、通常の麻痺よりかなり長時間長続きするのよ。んなもんだからじっくりとお前をいたぶれるわけだ」

 そう言うや否や男は背中からかなり大振りの剣を取りだし、俺の背中に叩き付けた。

「っ……」

 俺が声にならない叫びを挙げ、HPが2割程削られる。俺の反応に面白い所でも有ったのか、男は声を出した笑いながら2撃目を放った。その攻撃によって更にHPが2割削られる。

 両手剣は武器その物が重いだけあって一撃の威力も大きめだ。攻撃が直撃すればそれなりの装甲でも大きいダメージを与えることができる。

 そんな攻撃がまたしても俺に襲いかかる。

「グッ……」

 掠れ掠れだが僅か確かに音量のある悲鳴が喉から飛び出た。だが小さかったその声は男には届いていなかったようだ。

 男はここで一旦手を止める。そして嘲笑うかの様に俺の支線に顔を合わせた。

「それにしても、抵抗できない相手をいたぶるのは最高に気分がいいねぇ」

「最低だな」そんな感想が浮かんだが声にして出すことは叶わない。まだ喉の麻痺が解けた訳ではないようだ。

 全身を襲う痺れは未だに解ける気配もない。いよいよ年貢の納め時か。

 その予想を待ってましたと言わんばかりに男は剣を構える。

「ファル。貴様はこの最弱のソードスキルで止めをさしてやるよ」

 そう言って男が剣を構えようとしたとき、何処からか足音が聞こえた様な気がした。その音は男にも届いたのか一瞬動きを止める。次第に足音が大きくなっていく。どうやらこちらに向かってきているようだ。

 男は足音のする方をじっと見つめている。それなりに近くにいるようだが如何せん暗くてハッキリとは分からない。その正体を証明させてくれるかの様に足音のする方から声が聞こえてきた。

「おやおや、こんな所でどんなマニアックなプレイしてんのよ」

 すっかりと聞きなれたその声は俺だけでなく男もその正体に気づくものだった様だ。

 紺色のローブを纏い、死神の鎌を肩に掛けるその人物は驚いた様な顔を見せる

「およ?誰かと思えば。ファルじゃん、さっき振りだね。こんな趣味が有ったなんてねぇ、意外だよ」

 死神ラピスはこんな状況でもいつも通り、最早悪意があるんじゃないかってくらい、屈託の無い笑顔を浮かべた。

 ◆◆◆

「んで?なにしてんの?」

 ラピスが真面目に尋ねてくる。しかし、その声には緊張感の欠片も無かった。

「おい」

 男がこの弛緩し始めた空気に痺れを切らしラピスに声をかけた。

「今ファルに聞いてるんだけど?」

 ラピスが男を睨み付け、すぐに俺に向き直る。

「無視ですか?随分と高いご身分ですね?」

「そ……な……じょう…きょ……に……るか?」

 何とか出した声にラピスはようやく状況を理解したように手を叩いた。

「既に事後って訳だ。何か邪魔した見たいでごめんね」

「何でそうなるんだよ!」

 あ、声でた。

 どうやら声帯の方の麻痺は解けた様だ。その安堵も束の間男がラピスの背後からナイフを突きだそうとしていた。

「ラピ……」

 俺が叫ぶよりも早くラピスは後ろも見ずに男の手を払った。

「いくら私が可愛いからって手を出そうとするのは良くないんじゃないかな?」

 そう言ってラピスはクルリと踵を返した。その動作に男が咄嗟に距離を取る。その一連の流れを見た俺がぼそりと呟く。

「自分で可愛いって言うか?普通」

「うるさい」

 ラピスが軽く蹴りを入れてくる。麻痺のせいで痛みも何も感じなかった。

 俺に蹴りを入れてやや満足気なラピスは思い出したかの様にアイテムポーチから手のひらくらいの四角い結晶を取り出した。

「ほい、回復結晶。おみやげね」

 そう言って目の前にかざされると、結晶がポリゴン片となって消えて俺のライフがみるみる回復していく。

 それを確認したラピスは鎌を男に突きだした。

「さて、それじゃ。ファルと遊んでくれたお礼をしておかないとね」

「チッ、やるしかないか死神さんよぉ!」

 男が叫んだ後に身構える。それを見たラピスは楽しそうに微笑んだ。

「私こう見えても結構怒ってるんだよ。生きて帰れると思わないでね」

 悪役らしい台詞を、語尾に音符マークが付きそうな声音で言い終えると、ラピスは鎌を持っていない方の手を僅かに挙げ、軽快に指を鳴らした。

「イッツ、ショータイム。死神のショーを見せてあげるよ。元ラフィンコフィンのジェネラルさん?」

 ラピスははそう言ってニヒルに笑った。

 ◆◆◆

 ラピスの持つ死神の鎌の様な武器「デスサイズ」は他の両手剣に比べて重量が軽く設定されている。筋力パラメーターにある程度振っていれば片手で振り回すこともそう難しくはない。だが、その分その攻撃力も低めに設定されている。ソードスキルのモーションは他の両手剣と変わらず、両手持ちが基本となるので、見た目を除けば、優秀な武器とは言えない物だった。

「さて、始めよっか」

 ラピスは軽い雰囲気でそう言うとすぐに間合いを詰めた。鎌を構えたラピスを見る限り突進のそのままの勢いで攻撃するのだろう。それならばデスサイズの攻撃力の低さも僅かだがカバーできる。

 しかし、ラピスにジェネラルと呼ばれた男もかなりの強者のようだ。普通人が逃げるであろうタイミングから僅かに遅く後ろに大きくバックステップした。この技術は相手の攻撃を回避するのに有効な一手である。

 一般のデュエル何かであれば攻撃側が相手の回避に反応できず、攻撃が空を切る事が殆どだ。ゲーム故に現実とは違う異常な速さのスタートダッシュができるため、タイミングがつかみにくいこともそれを助長させているのかもしれない。だが、それが通じるのはあくまで初級者から中級者まで。少なくともラピスにそれは通じない。

 おそらくジェネラルの回避をよそくしていたのだろう。最初にジェネラルが居た位置よりもさらに奥までノンストップで走り、今ジェネラルがいる位置までダッシュする。ここまで詰められるともう回避は不可能だろう。

 だが、ジェネラルも咄嗟の判断で剣を前に構え、防御姿勢を取った。この瞬間、ラピスはニヤリと口許を歪ませる。

 ソードスキル「ストライクロワ」

 エクストラスキルである体術の一つで、相手に拳で下段突きを放つ初級の攻撃だ。体術の中では比較的威力が低いがそれでも、射程がかなり短く設定されている分他の武器のソードスキルと同等以上の威力を持つ。

 ブルーに輝くラピスの拳がジェネラルの腰付近に直撃した。ジェネラルは小さく後退りして、HPのおよそ1.5割りが削られる。ジェネラルが次の行動に移るよりも早く、ラピスが動いた。

 体術のソードスキルは後隙が短いのが最大の特徴である。それにより、このような波状攻撃が可能となるのだ。

 体制を建て直そうとするジェネラルの眼前にラピスの鎌が襲いかかる。

 両手を使って振られるそらはいくら威力が小さいと言っても、男一人吹っ飛ばすのには充分事足りた。

 ジェネラルは軽く5メートル位吹っ飛ばされ、また1割りほどHPが削られた。だが距離が開いたことにより、体制を建て直すには充分な時間がある。攻守が逆転するのだ。

 ジェネラルは重そうな剣を担いで、ラピスに向かって走り出す。この時点でどれ程の読み合いが行われているのだろう。ラピスもジェネラルに向かって走り出す。

 危険を察知したのかジェネラルは動きを止め迎撃態勢に入った。

 結局最初と似たような状況になる。ジェネラルは今度ラピスから向かって左側へとサイドステップをした。

 上級者は同じ手に二度かからない。おそらく、横からラピスが通り過ぎるのを待って背後から攻めるつもりなのだろう。だがしかし、真の上級者は同じ手を二度も使わない。

 ラピスは今度は目の前で剣を水平に切る。

 両手剣、ソードスキル、「サイドレイス」。水平方向に範囲の広い初級ソードスキルである。後隙、発生共に他の両手剣ソードスキルと比べて短く、使い勝手のいい技である。難点は前方への範囲がやや狭い事と威力が物足りない事くらいだが、範囲に関してはジェネラルはラピスンの右斜め前にいるため今は問題ない。

 水色の軌跡が描く斬撃は横方向に避けたジェネラルに見事ヒットする。これによりジェネラルのHPが1.5割り程削られた。

「おやおやどうした?残りHP6割ってとこだよ?」

 ラピスがそう問いながらゆっくりとジェネラルに近づく。

「ちっ。死神が」

 ジェネラルの毒づくような台詞にラピスは心底楽しそうに笑った。

「今更何を言ってるの。死神に歯向かうこと自体が間違ってるんだよ」

 死神。彼女が自分の事をそう呼ぶ度に心に針の先が刺さるような痛みを覚えた。死神という言葉に誇りがあるならまだ納得できる。だけど、彼女の場合は、何処か自虐的で、悲しそうに思えた。

 そんな事を考えている間にまたジェネラルのHPが1割り削られる。これで残り5割り、50パー程となった。

「さっきも言ったけど私、結構怒ってるんだよ。容赦はしないからね」

 ラピスはゆっくりとジェネラルに近付く。ジェネラルはラピスの動きを見極めるようじっと見ながら後ずさる。ここまで来るとまだ諦めない事に驚いてしまう。ジェネラルは突如ラピスに突っ込んでいった。

 ソードスキル、ヘビーストライク。

 片剣のヴォーパルストライクの両手剣版の様な技で、両手剣を構え物凄い勢いで相手に向かって突進する攻撃である。両手剣にしては威力が低いが、射程、発生の両方が優秀な技で、多くの両手剣使いが好んで使う技でもある。対戦においても、相手の虚を突くのに便利だったりするのだが、ラピスにもそれはお見通しだった様だ。ラピスは悪者っぽく口許を歪ませた。だが、その後の行動が不可解だった。

 ラピスは避けるでも無く、防御するでも無く、自分の武器である鎌を地面に突き立てたのだ。かなりめり込んだそれはちょっとやそっとじゃとても抜けそうにない。かなりの力を込めればあっさり抜けそうではあるが、60分の1秒を争う対戦において、そんな時間を確保することはまず不可能のはずだ。かと言ってラピスが何も意味の無い事をするとは思えない。一体何を考えているのか。

 ジェネラルのヘビーストライクがラピスに直撃する。攻撃を貰ったラピスは鎌に両手を掛け、ギリギリの所で踏みとどまる。HPの2割が吹っ飛ぶがここにラピスの狙いがあったのだ。
 本来であればヘビーストライクを食らったプレイヤーは吹っ飛ばされるはずだが、ラピスが突き立てた鎌を支えに何とか踏みとどまることができていた。これによりヘビーストライク使用によって課せられる硬直時間をフルに自分の物とすることが出来る事になる。

「肉を切らせて骨を断つ。ってね」

 ラピスはそう言うと鎌を両手で思いきり引っ張る。先程の衝撃で抜ける寸前だったのか得物をあっさろと抜くことが出来た。そしてラピスは懐から一本のナイフを取り出す。取り出したナイフを一瞥すると、何の躊躇いも無く、ジェネラルの腹に突き立てた。

 突如、ジェネラルが地面に突っ伏した。

「こ、これは」

 ジェネラルが驚いた様な声を上げるが、その声は思いの外掠れていた。ジェネラルのこの症状には覚えがある。その答え合わせをするかの様にラピスがナイフを指先でクルリと回した。

「そこに落ちてたナイフ、もしかしたら麻痺ナイフなんじゃないかと思ったけど、当たってたみたいだね」

 ラピスが言っているのは、おそらく最初に俺を襲ってきたガルドとかいう男が落としていったナイフだろう。あれもジェネラルが持つナイフと同じものだったようだ。

 ラピスはしゃがんで、倒れているジェネラルを見下す。

「これで少しはファルの気持ちも分かったんじゃない?」

「……」

 ラピスの言葉にジェネラルは何かを言った様だが麻痺の為声にはならない。それを見たラピスは鼻で笑った。

「それじゃ、あまり時間かけてもつまらないからね。さっさと終わらせようか」

 そう言ってラピスは剣豪が居合切りをするかの様な構えをとった。

 両手剣ソードスキル「バスターブレイク」両手剣中級スキルで剣を居合切りの様な構えをトリガーに発動し、強力な水平切りを放つ技なのだが、威力はともかく、後隙が非常に大きい技なのだ。故に使う機会が殆ど無く、最弱の技と呼ばれていたりする。しかし、ラピスが持つ武器、デスサイで使用した場合特殊な補正がかるのだ。後隙が多少減少するのだが本質はそこではない。何より威力が桁違いに大きくなる事にある。具体的に言えば、高レベルプレイヤーで、タンク仕様でもなければHPの6割位は平気で削り取る程に。

 ラピスが剣を構えた直後、倒れているジェネラルに向かって目にも止まらぬ速さで剣を振り抜いた。バスターブレイクの範囲は非常に狭く剣の刀身の長さがそのまま範囲となる。だが、動けない相手に当てるのだから範囲なんて物は関係ない。

 バスターブレイクがジェネラルに命中するとみるみるうちにHPが減っていく。こちらからはゲージでしか確認出来ず、具体的数値は分からないがかなりの量が減っている。6割ほど有ったジェネラルのHPが1割にまで減り尚も減り続けく。

 ジェネラルのHPはすぐに0になった。正確に言えば俺が視認する限りは0にしか見えない所までは減っていたということになる。だが、ジェネラルはその場に倒れたままだ。この世界において、HP又は耐久力が0になった物は例外無くポリゴン片となり消滅するルールとなっている。だがジェネラルは未だこの場に居るということはHPが0では無いという事なのだろう。

 そんな事を考えているとラピスがジェネラルの眼前で笑顔を見せた。

「どう?死ぬ寸前の気分っていうのは悪くないでしょ?」

 ラピスはそういうと見下すような視線を向けて続けた。

「これに懲りたら二度とファルに手を出さないことだね」

 死神。確かに、彼女は死神なのだろう。だけど。

「行くよ、ファル。立てる?」

「ああ、何とか」

 ラピスは倒れている俺に手を伸ばす。俺はその手を取り、何とか立ち上がることができた。

 きっと、いや確かに。

「肩貸さないと歩けない?」

 ラピスが心配そうに俺に尋ねる。それに対してできる限り普通通りに答えた。

「もうすぐ麻痺が完全に解けそうだからそれまで頼む」

「了解」

 それだけ言って彼女は俺の腕を肩に担いだ。

 そう。確かに、彼女は優しい。

 だから、きっと。ラピスは強いのだ。

 ◆◆◆

 もう夜中の12時位だろうか。この世界では光源が朝まで消えないため時間の判別がつきにくい。それでも吹き込んでくる風の冷たさから深夜であろうことは伺えた。
 場所は46層ルーリア。そこにある俺の家の前でラピスはニコリと微笑んだ。

「ここまで来れば大丈夫でしょ」

「悪いな、わざわざこんな所まで来てもらって」

「その言い方がひねくれてるって言ってんの。素直にありがとうと言ったらどう?」

 俺の言葉にラピスはいつもの様に悪態を突く。そこに居るのはやっぱりいつものラピスであって死神なんて呼ばれている人物と同じとは思えない。はたしてどちらが本当の彼女なのか。

「ところでさ」

 ラピスの切り出しに思考が中断される。何事かと見ているとラピスは言葉にを続けた。

「ファルは何であんな所に居たわけ?」

 恐らく森の事を言っているのだろう。特に嘘をつく理由もないので正直に答えるとしよう。

「森の奥に用があったんだけどな。急ぎじゃないし明日にするよ」

 俺は肩を竦めてそう言うと一つの疑問が浮かんだ。

「逆に何でラピスはあんな所を通りかかったんだ?おかげで助かったけども」

 俺の質問にラピスは微笑んで答えた。

「私は森に用があったんだよ。まぁ大した用じゃないからまた今度にするけどね」

 森に用って一体何なんだ?何かしらのドロップアイテムでも狙っているのだろうか。

「森に何かあるのか?」

 俺の質問にラピスは面食らった様にまじまじと俺を見つめている。え?何?恥ずかしいんだけど。

「なんだよ」

 堪らずに尋ねると、ラピスは何でもないと両手を左右に振った。

「ゴメンゴメン。ファルがそういう事聞いてくるのが珍しいと思ってさ」

「そうか?」

「まぁ教えないけどね」

 俺が過去の記憶を漁っているとラピスにあっさりと否定される。何か言い返そうかと思っているとラピスが微笑みながら付け足した。

「そのうち連れてってあげるよ」

「そのうちって絶対連れてかないだろ」

 俺がジト目で睨むとラピスは声を出して楽しそうに笑った。

「アハハ。確かにそうかもね。ま、覚えてたらってことで」

 ラピスはそう言ってクルリと踵を返す。てっきりこのまま帰るのかと思ったが顔だけを僅かにこちらに向けた。

「また明日ね」

「明日も来んのかよ」

 俺のぼやきに彼女はもうこちらには目もくれず歩き出していた。返事代わりに片手を挙げて返してくる。

 そんな彼女の反応に嘆息する。

「また明日な」

 俺が呟くと彼女が立ち止まる。すると今度は全身振り返った。振り返った彼女は極上の笑顔を見せるとすぐにまた踵を返して歩き出した。

「死神ねぇ」

 スキップしながら歩く彼女の後ろ姿はもうすっかり遠くなっていた。きっと俺の声など届いていないのだろう。死神ラピス。皆はそう呼ぶけれど、やはり俺には彼女は死神になんて見えなかった。だけど他になんて形容すれば良いのか良くわからないので、やっぱり死神で良いのかもしれない。なんて思ってしまった。

 ただ普通の死神では他の人が言うところの死神と差がない。それはなんか癪だったので瑠璃色の死神ということにした。恐らくラピスの名前の由来であろうラピスラズリ、瑠璃色。彼女を表すのはこの言葉が最適だと直感的に思った。だから瑠璃色の死神。

 きっと瑠璃色の死神は優しくて強い。だから、俺はそんな彼女に憧れるんだ。そしていつの日か……。

「ありがとな、ラピス」

 誰にも聞こえないようにそう呟いて、彼女の後ろ姿を見送った。

 ◆◆◆

「意外、まさか歓迎してくれるなんてね」

 アルゲート奇襲事件から翌日、晴れ空の中朝早くから我が家にけしかけてきたラピスは意外そうな顔を見せた。俺はそれに咳払い一つして言い返す。

「来るって分かってたしな。それにどうやったって力付くでも俺の事を連れてくんだろ?」

「分かってるじゃん」

 ラピスは俺の部屋のドアノブに手を掛ける。

「じゃあ行こうか、ヒースクリフの所へ」

 ラピスはそう言うと足早に部屋を出る。

「おい、待てよ!」

 俺はそう叫ぶと、彼女の後ろ姿を追いかけた。



 
 

 
後書き
ようやく瑠璃色の死神が完結いたしました。こんな駄文を読んでいただきありがとうございます。
この作品の序章ももうちょっとだけ続くんじゃよ。

ここでちょっとした解説を。ファルがジェネラルの通常攻撃を食らって2割ほどのHPが削られたのに対してラピスはヘビーストライクを食らって2割ほどのダメージと同等のダメージである理由ですが、ファルとラピスの防御力の差が理由です。細剣使いのファルは機動力を重視しているので防御力は低めです。対してラピスは両手剣使いなので比較的防御力が高くなっています。そのうち装備なんかの説明を作中でできたらいいですね。

最後に、もう一度、こんな作品を読んでいただきありがとうございました。 
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