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ソードアート・オンラインー死神の鎮魂歌

作者:みしん
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瑠璃色の死神ー前編

 
前書き
ラピス「スーパー茶番ターイム!」

ファル「どうした?『ジャストミート!』みたいなポーズして」

ラピス「そのネタ伝わらない人には伝わらないよ?」

ファル「そうか?じゃあ目の前に人差し指を突き刺してどうした?」

ラピス「次回からこのスペースを有効活用して茶番劇を繰り広げます。以上」

ファル「……」

ラピス「……?」

ファル「今回も十分茶番じゃね?」

 

 
 人間誰しも腹は減るものである。それはゲームの世界で有っても例外ではない。

 何かを食べたいと思う欲望が有れば美味しい物を食べたいと思う欲望もまた存在する。それはここ、ソードアートオンラインの世界においても変わりはない。

 ゲームである以上何も食べなくても健康上に問題はなく、別に体力が自然回復しないとかそんな事も無い。

 しかし、娯楽の類いが少ないこの世界では食事一つでも娯楽足りうる。つまりは美味しい物を食べることがこの世界で生きることの楽しみの一つだと言えるのだ。

 そんな訳で時は午前10時頃、俺たちは空腹を満たすべく町の中央通りにそびえ立つ店、「スイーツカルデラ」の前まで来ていた。

 店の前にいるだけで微かな甘いおかしの臭いが鼻孔をくすぐる。音なんかはほぼ完全にシャットアウト出来るのに臭いだけはそれが出来ないのだから中々に凝ったゲームである。そんな臭いに感化されてかお腹が空腹を訴えるべく自然と低音を鳴らし始めた。

 思い返せば朝食を取っていないのだから空腹なのは当たり前である。

 しかし、それを当然の事と思われていらっしゃらない方が一人、腹を抱えて笑い出した。

「ファルってばどんだけお腹空いてんの?」

「朝から何も食べないんだよ。誰かさんのおかげでね」

 軽い皮肉を交ぜてラピスの言葉を流す。

 そんな俺の反応に彼女はいたずらっぽく口許を歪ませた。

「おやおや?そんな態度を取るようなら今回の件は無しにしちゃうけど?」

 ラピスの使い古されたような台詞に俺は言葉を詰まらせた。

 俺はラピスを助けた事で、ここの店のケーキを一つ奢ってもらう約束をしてある。しかしそんなのはただの口約束。結局の所決定権はラピスが握っていることに変わりはない。俺がどうこう言っても何の影響力も無く、俺を殺すも生かすもこの女次第ということになるのだ。

 こいつの言う通りになるのは癪だが、今ここで逆らうと折角の報酬がチャラになる。やはりそれだけは避けたい。

「悪かったよ」

 俺はラピスにギリギリ聞こえるような声でぽしょりと呟いた。ここは素直に従うのが正解。仕方がなくだよ?仕方なく謝るんだからな。

「お?意外と素直だねぇ。もしかしてデレ期ってやつですか?」

「あぁ、はいはい」

 俺はラピスのボケを適当に流す。

「ついに、突っ込まなくなってしまったか。これは成長と捉えるべきか否か」

 ラピスは軽く涙ぐんでいるがそれもスルー。

 しかし、無視というのもかわいそうな気がしてきたので、ジト目で睨むという微妙な反応を示しておくことにした。

「それはそれで傷つくなぁ」

 ラピスは涙ぐみながらも苦笑いを浮かべている。うん……その……あれだな。どうすればいいかわからんからとりあえず謝っとこう。

「なんかすんませんでした」

「謝られても困るけどねぇ」

 苦笑いを浮かべるラピスとそんなやり取りをしていると、どこからか気になる会話が耳に入ってきたので声がした方を横目で睨みつけた。

「最近死神の話きかないよなー」

「死んだとか何とかって噂もあるぜ」

「流石にそれはなくね?あの死神がちょっとやそっとじゃ死なねぇだろ」

 それ以降の会話は雑歩の中に溶けてしまって聞き取れなかった。

 さて、あまりここで長居してもあれだ、さっさと店に入るとしよう。そう思って俺は店を見上げた。

 その店は、白石造りである地面の上にまるで「私なんかこれくらいで充分です」と主張するかの様に控えめなスペースを取って立てられていた。その為、構造も1階層のみでどことなくこじんまりとしている印象がある。大手の店というよりも老舗の店という言葉の方がしっくりくる様な造りだ。そのくせ、看板には店の名前である「スイーツカルデラ」と言う文字が、でかでかと女の子らしいデコレーションを施されて自己主張してるんだから何ともおかしい。

 店は俺の家と同じ木造で立てられていたがこちらの方が明るめの色の木がつかわれている。その色合いがなんとなく穏やかな気持ちにしてくれる気がした。

 いい加減に店の中に入ろうと思い、俺は今だ涙ぐんでいるラピスに合図代わりの目配せをする。キョトンとして首を傾げるラピスを横目に扉を開け放った。

 まず最初に飛び込んできたのはその内装だ。店の外観と大差無い、落ち着いた雰囲気が感じられる。時間帯もあってかそこそこの人数が店の中にいるようだ。中にはいくつかテーブルとそれに見合ったイスが置かれている。
 この店のテーブルも外観と似たような木が使われた丸テーブルでその上をテーブルクロスが覆っていた。

 俺は近場の空いている席に腰かける。その後すぐに俺の向かいの席にラピスも腰を掛けた。すると、その時を待っていたかの様に一人の少女がこちらへ駆け寄ってくる。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 そう言った少女はただでさえ身長が低い俺よりも少し背が低く、何処か幼い印象を感じさせた。薄茶色の長い髪の毛をツインテールにまとめていることもそういった印象を助長させているように感じる。

 俺は注文を聞いてきた彼女に用意してあった答えを返した。

「いつもので」

「私は普通のショートケーキで」

 俺に続いてラピスも注文を告げる。一通り聞き終えたウエイトレスはたった今書き終わったメモを一瞥して尋ねた。

「以上でよろしいでしょうか?」

 俺とラピスが無言でうなずくとウェイトレスは注文内容を繰り返した。

「ご注文を確認させて頂きます。ショートケーキ1つとカルデラ特製ケーキ砂糖3割り増しで宜しいでしょうか?」

「ああ」

 俺は自信をもって答えた。それを聞いた彼女は、「それではごゆっくり~」と言い残しその場を立ち去る。その様子をボーッと眺めているとラピスがやや狼狽した様子で口を開いた。

「それにしても名前からしてヤバそうな感じがするよねー」

「何が?」

 何の事か分からず聞き返す。するとラピスは小さいため息を吐いた。

「あのカルデラ特製ケーキ砂糖3割り増しとかいう奴の事だよ。絶対ヤバイでしょ!口の中とか糖分だらけで絶対気持ち悪いよ!」

 俺がポカンと聞いても彼女の訴えは尚も続く。

「私も1回だけ食べてみたよ。どんなもんかってね。死ぬかと思ったわ、甘過ぎて。アレはもう兵器だよ兵器。人類に破滅をもたらす糖分と言う名の兵器だよ」

「前々から思ってたんだけどさ」

 拳を握り、涙ながらに力説する彼女を遮り、俺が口を開く。

「あんまり糖分馬鹿にするなよ!!」

 俺はテーブルを強く叩き立ち上がった。

「糖分にはな!人を幸せな気持ちにしてくれる効果が有るんだよ!素晴らしい栄養分なんだよ!」

 俺の言葉にラピスも机を鳴らして立ち上がる。

「そんなんで幸せになれたら誰も苦労しないよ!世の中舐めんな!!」

 二人して火花が出そうなほどのにらみ合いが始まる。すると奥から先程のツインテウェイトレスがやって来た。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

「どーどー」と両手を前に持ってきて交戦状態の間に割ってくる。

「「はぁ」」

 俺とラピスは同時にため息を吐いて席に座りなおす。その様子を見ていたウエイトレスは小さな胸をそっとなでおろした。

「二人はいつもこうなんですから。なんで糖分の話だけでそこまで熱くなれるんですか」

 そう彼女の言う通り俺とラピスがここに来ると大体はこんな感じの喧嘩が勃発する。そしてそのたびにこの子が止めに入るのだ。

「そうは言ってもなぁ」

 俺は頬杖を突きながらラピスを一瞥すると自然とため息がこぼれた。

「こいつがいつまでたっても糖分の素晴らしさを理解できないのが問題だろ?スズからもなんか言ってやれよ」

 俺の言葉にスズと呼ばれたウエイトレスは対応に困ったように苦笑いを浮かべた。
 そんな俺の言葉を聞いたラピスは「それは違うよ!」と言わんばかりに口答えしてくる。

「別に甘いものが嫌いってわけじゃないんだよ。ただ甘いものを食べたくらいで幸せになろうなんて考えこそが甘いっていってんの。ね?スズ?」

 またしても話を振られたスズは仕舞にため息までこぼれてしまった。

 しかし、今はそんなことを気にしている余裕はない。

「別に良いだろ!糖分で幸せに成っても。それくらいしか幸せになれないんだから」

 俺の話を聞いたラピスは鼻で笑うと、両手を小さく挙げ、外人よろしくやれやれとかぶりを振った。

「そんなことでしか幸せを感じられないとか哀れな人だね」

「お前なぁ」
 、
 またしても俺とラピスの視線が火花を散らした。すると横から両手で机を叩くような音が、俺たちの時よりも大きく聞こえる。

 刹那、俺とラピスの思考が重なった。というよりもいつものパターンだから二人とも本能的に覚えてしまったのだ。

 まるで錆び付いた機械を無理やり動かすような音を脳内で鳴らし、スズが居た方に首を傾ける。そこには敢えて形容するなら鬼の様な形相をした人物がいた。

 やや遅れてラピスが鬼の存在を認識する。恐らく俺とラピスは同じことを考えているだろう。「またやってしまった」と。

 スズだった人物は右の手の指の関節数ヶ所を軽快に鳴らすとおもむろに口を開いた。

「皆さんが迷惑してますから」

 今までとは違う低音の声に俺とラピスは生唾を飲みこんだ。今俺を支配している感情はただただ後悔と恐怖。この二つだけだった。

 普通の会話ではありえないたっぷり目の間の後スズはとびきりの笑顔を見せる。

「ね!」

「「は、はい!」」

 俺とラピスはすぐさま深々と頭を振り降ろした。

 ◆◆◆

「この世界から脱出することが出来るクエスト?」

 俺は言い終えると、フォークに刺さっていた特製砂糖3割り増しケーキ一口分を口の中に放り込む。すぐに砂糖の甘さが口一杯に広がり、幸せな気分になった。

 俺の疑問にスズは自慢げに人差し指を立て始める。どうやら詳しく説明してくれる様だ。

「最近噂になってるんですよ?この世界の何処かに最上階に到達しなくても元の世界に帰れるクエストが有るって」

「いや、単なる噂だろ?流石に有り得ないって」

 俺はすぐ様手を横に振って否定した。

 考えてみてほしい。SAO開始当初にゲームの制作者本人がこのゲームから脱出するには最上階にいるボスを倒し、ゲームをクリアするしか無いと言っていたのだ。そんな制作がたった一つのクエストをクリアしただけで脱出出来るなんていう抜け道を用意するのだろうか。

 今俺たちは事実上拉致監禁されている。それを簡単な方法で脱出させてくれるというのはどうにも考えにくい。下手したら「ゲームをクリアすれば」この条件ですら緩い物に見えなくもないのではないだろうか。まぁそのせいで約2年近く、現在に至っても拉致られているのだが。

 少し話が逸れてしまった。要するに一つのクエストをクリアするという甘い条件を用意する理由が無く、そんな意味の無い物が有るはずがない、という結論に行き着くわけだ。少なくとも俺が制作者ならそんな救済措置は用意しないだろう。

 と言ってもスズ自身もこの噂を信じていないと思われる。

 この様な店で働いていると噂だとか都市伝説だとかの類いの話が嫌でも耳に入ってくるはずだ。その中から会話のネタとして盛り上がりそうな物を適当に選んで俺達に話を振っているのではないかと思う。現にあまり深い話はせず、すっかり俺たちの意見を聞く体制に入っている。

 しかし、俺とは対称的にこの話に随分と食いついている方が一人。

「なにそれ。凄い気になるんだけど。詳しく教えてよ」

 ラピスの反応にスズは若干苦笑いを浮かべている。どうやら詳しいことを聞かれると対応に困る様だ。なら何でこの話を振ったんですかね?

 ほんの一瞬。けれども確かに認識出来るほどの僅かな沈黙の後、スズは意を決したように息を呑んだ。

「私も良く分からないです」

 わずか一瞬でしかない沈黙。その時間が何秒にも感じられた。スズの話を聞いたラピスがゆっくりと口を開いた。

「いやいや、そういう冗談いいから。教えてよ」

 スズの決意の一言を聞いたラピスは半笑いで何処かへ放り投げる。

 それを見た俺とスズのため息が溢れたのはほぼ同時だった。まぁなんとなくこうなることはわかってたんだけどね。

 どうにもラピスは自分勝手、というわけではないが自分が信じたことを疑わない性格な様だ。

 今回の事然り、今日俺の家に上がり込んだのだって俺が暇だと信じきっていての事なのだと思う。

 これだけ聞くとただのワガママに聞こえるかもしれない。確かにそうだと思う。しかし、彼女にはそのワガママを通させてしまう不思議な魅力だとかカリスマだとかそう言った類いの何かが有るのだ。

 最終的に人を納得させてしまうような人徳。俺はそれをワガママとは言わないんじゃないかと思う。

 と、言ったところでそれはそれ、これはこれである。今回に関してはスズ自身本当に知らないんだから答えようがない。

 執拗に迫るラピスに流石のスズも困惑している様子だ。ならば俺が助け船を出すしか有るまい。

「おい、ラピス。それくらいにしとけ。スズも困ってるぞ」

 俺が言うや否やラピスは笑顔で頷いた。やったぜ、分かってくれた様だ。やれば出来るもんだな。

 一人ごちていると突如後頭部を鷲掴みにされる。何事かと後ろを見るとそこにはラピスの顔が有った。その事を認識した直後俺の頭は机の上に叩きつけられていた。

「うるさいな。私はスズから聞きたいの。何も知らないファルは黙ってて」

 叩き付けられた部分にまとわりつく様な痺れが襲う。

 前言撤回。ただのワガママである。

 俺が恨めしい視線をラピスに向けると彼女は小さくため息を吐いた。

「仕方ない。情報収集に行くよ!起きろ」

「んな無茶苦茶な」

 俺の驚いたような呆れたような微妙な表情をよそにラピスは自身の目の前を数回タップすると何枚かのコインが現れた。そのコインを手に取りスズに付き出す。

「これお代。ほら!ファル!さっさと起きろ」

 そう言って俺の頭を軽くひっぱたく。あんまりじゃないですかね?

 スズが料金を確認している間俺は3分の1程残っていたケーキを一気に口に押し込んだ。

「レシート欲しいですか?」

「要らない。じゃあまたね」

 スズの質問にラピスは早口に答えると俺の腕を掴んで走り出した。

「御武運を祈ってまーす」

 徐々に遠ざかる彼女がそんな事を言っていた。いったい誰に対して言ったのかは定かではない。

 色々考えた結果、俺は一際大きなため息を持ってラピスへの文句を呑み込んだ。今日何回ため息ついたかわからねぇな。そんな思考と同時に、「こんなのも恒例になってしまったな」なんて思ってしまい、誰にも気付かれないように、残っていた息を短く吐いた。

 ◆◆◆

 ラピスに腕を引っ張られていた俺は店を出るなり、無造作に投げ捨てられた。

「んで?アテは有るの?」

 自分の扱いの悪さを何とか飲み下し、空間を何回かタップするラピスに対して素朴な疑問をぶつけた。

 ただがむしゃらに情報を探した所で目ぼしい成果は得られるとは思えない。しかしここで自分の失態に気付いてしまった。

 ラピスがカルデラから出ようとしたのは話を聞いたすぐ後だ。あの様子を見る限り、スズが知らなかったから仕方なく他を当たろうとしているように見える。そんな奴が何か宛が有って動くようには思えない。

 内心で諦めかけているとラピスからは意外な答えが返ってきた。

「そんなの有るに決まってるじゃん」

「ほう。どこに行くんだ?」

 ラピスが自信満々に答えるという意外な返答に、俺もその続きが気になってしまった。一体どんな答えを出すのだろうか。

 ラピスは勿体振るような間の後、ドヤ顔で答えた。

「ヒースクリフに聞こうと思います」

 ヒースクリフか、確かに有力な相手かもしれないな。

 俺は予想以上のまともな答えに無言で納得してしまった。

 ヒースクリフ。攻略組トップギルドである血盟騎士団の団長を務める人物だ。その上、出現条件不明で、ほぼ固有のスキルとなってしまったユニークスキル、神聖剣の使い手でもある。

「SAO最強のプレイヤーは誰か?」と問われればほぼ全員がヒースクリフと答える程度には強く、また有名な人物でもある。

 俺も一度デュエルした事が有ったがHPを半分削る事さえ出来なかった。その結果を受けてというわけでもないが、最強のプレイヤーは誰かと問われれば俺も彼と答えるだろう。

 そのヒースクリフだがこのゲームについては、基本的な事から細かい仕様まで理解している博識でもある。分からないことがあったら彼に尋ねれば90%以上の案件は解決されると言われている程の知識人だ。

 そんなヒースクリフに今回の事を聞くのは有効な手段かもしれないな。

 しかし、ヒースクリフはその立場故に非常に忙しい。只でさえ大手ギルドの管理をしているのに攻略組全体のリーダーの様な存在にまでなってしまっている。彼が暇ということはまずないだろう。まぁ血盟騎士団の方は副団長に任せている部分も多いそうだがそれでも忙しいことに変わりはない。少なくとも俺たちなんかと比べたら、失礼を通り越して侮辱になるんじゃないかってくらいに差があるのは明白だ。果たして俺たちなんかと会ってくれるか。

「会えるのか?」

 思った事をそのまま口にするとラピスは不敵な笑みを浮かべる。

「大将を落とすにはまずは副将からでしょ」

 そう言って目の前の空間を数回タップするとそこの辺りに四角い画面が可視化された。ラピスは右手の人差し指で画面の有るほうを指している。俺に見ろと言うことらしい。示された通りに覗いて見るとその画面はダイレクトメールの文面のようだった。送り先は……。

「アスナか」

 俺の言葉にラピスは小気味良い音で指を鳴らした。

「ザッツ・ライト」

 何故か英語だったが、どうやら正解だったようだ。まぁ英語に関しては、時々何の脈略も無く使ってくるので深く気にしてはいけない。

 そんな事を考えているとラピスの声が耳に入ってきた。

「すぐに会ってくれるみたいだから集合場所まで行こうか」

 言うや否やラピスはその集合場所とやらを目指して歩き始めた。

 俺自身その場所もわからなければ、彼女に着いていく理由もない。

 俺は呆然と彼女を見ていると俺が着いてきてない事に気付いたかラピスはこちらに向かって手招きしている。あまり待たせると怒らせてしまいそうだ。

 俺は右手で後髪を掻きながら、渋々彼女の元まで向かった。

「んで?場所は何処なの?」

「そんなの71層主街区転移門前に決まってるじゃん」

「ですよね」

 71層。現在攻略されている中では最上階に当たる階層だ。正確に言えば今現在攻略が行われている階層と言うべきだろう。更に正確に言うなれば本来攻略組はすべからく攻略に向かっていなければならない階層だ。

 勿論その攻略組には俺とラピスも含まれており、つまるところ、今日迷宮攻略をサボっているのがバレてしまいます。その結果無事死亡。ってそれはマズイだろ!

 一人頭を抱えるもラピスさんはお構い無し。どうしてそんなに呑気でいられるん?

 結局ラピス様の言うことは絶対なので俺は後から付いていくことしか出来なかった。というよりも腕を引っ張られ強制的に連行されている。

 そんなこんなで71層にたどり着いた。

 今までいたカルデラの街とは打って変わり、紅葉が一面に広がる自然豊かな階層だ。今は秋だから紅葉なのは当たり前だが、NPCの話によれば年中紅葉となっているらしい。その話だけを聞くなら「綺麗な街だなぁ」程度の感想が出るだけだが、良く良く考えるとこの階層だけ季節が秋しか存在しないというのは少々奇妙である。

 だからといって俺たち攻略組が何かするわけでもない。そもそもそういう設定だと思うだけで、特に気にも止めない人が殆どな気がする。

 俺も最初こそ感動したものの何回か来るうちに特に気にも止めなくなってしまった。現に今もそれといった感想は抱けない。

 しかし、彼女は違った様だ。

「綺麗……」

 ラピスはこの景色を見たとたんそう呟いた。

 あまりにも自然と溢れたその言葉は本心からそう思っている事を伺わせる。おそらく初めてこの景色を目にしたのだろう。俺も最初はこんな感じだったような気がする。

 でもね、ラピスさん。貴女攻略組ですよ?ここ現在攻略中の階層なんですよ?ここに初めて来るっていうのはおかしくないですかね?

 辺りを見渡して感動しているラピス。そんな様子を見てため息を溢す俺。更にそんな俺たちの様子をはしばみ色の瞳が少々苛立たしげにこちらを見ていた。

「何の用なの?」

 ブラウンの長髪をしたその少女は腕を組み不機嫌さを露にして尋ねてきた。

 そんな思いをするのも無理はない。本来迷宮を攻略していなければならない俺たちが転移門から現れればそんな顔にもなるだろう。

「いや、その。ごめんなさい」

 ここは謝るべきだと判断し俺は即効頭を下げる。

 その様子を見た少女は深々とため息を吐いた。

「今度からは気をつけてよね」

 そう言ってフッと破顔する。俺はその顔を見て内心で胸を撫で下ろした。

「アスナ」それが彼女の名前であることはこの世界では誰もが知る程の物だ。他にも血盟騎士団副団長、だとか閃光だとかと呼ばれているらしい。団の制服である、白を基調とした衣装に身を包み腰にはレイピアを携えている。凛々しい雰囲気の何処かに幼さも併せ持つ彼女は充分に美少女と呼べる容姿をしていた。

「それで、何の用なの?」

 さっきと同じ台詞なのに今度の声は穏やかに感じられた。これならこちらも気兼ね無く発言することができる。

「お宅の団長殿にお会いしたいんだけど許可とってくれない?」

「それまぁいいんだけど。用ってそれだけ?それだけの為にわざわざ呼びつけたの?」

 言われてみれば確かにそうだ。この程度の事を聞くならメッセージで十分事足りる。それだけが目的ならここまで来る必要もないだろう。ならばここは首謀者であるラピスさんに聞いてみるのが一番だ。

「何でわざわざここまで来たんだ?」

「そんなの決まってるじゃん」

 問われたラピスはキッパリと言い切るとアスナの方を向いて尋ねた。

「こな世界から脱出できるって噂になってるクエストについて何か知らない?」

 聞かれたアスナは一瞬目をぱちくりさせると、すぐに「あぁ」と納得顔で頷いた。

「今噂になってるあの話ね。まさか本気で信じてるの?」

 俺は何の気なしに首を横に振ってみるが、ラピスさんに「うん!」と大声で言うもんだから、アスナは俺の動作を気に止めなかった様だ。

「いや、だって私たちを閉じ込めるような制作者がそんなものを作るはずが無いと思うんだけど」

 アスナの言うことは最もだ。俺もその意見に賛成であるのだが、その程度の理屈を並べたぐらいではこの女は引き下がらない。

「そんなの調べてみなくちゃ分からないでしょ」

 ラピスの言葉にアスナは難しい顔をして腕を組んだ。

「確かにそうだけども冷静になって考えるとそんなクエストを作るメリットがないんじゃないかなぁ」

 アスナの言葉にラピスも腕を組み始める。するとアスナが「それに」と言って続けた。

「そんな簡単な方法でこの世界から脱出できるなら私たち攻略組なんて必要なくなっちゃうじゃない」

 確かに感情としては納得が行く。俺たちが頑張ってるのにその努力関係なしに脱出できるのは快く思わないのは確かだ。だが、考え方が少し違う。

 俺が口を開くより早くラピスがアスナの話に割って入った。

「だから、私たちがその方法を見つけようって話なのよ。私たちが見つければ攻略組が頑張った事に変わりはないでしょ」

 ラピスの力説にアスナはいまいち納得が行っていないようだ。無理もない、俺も良くわからない。要は攻略組がそのクエストの攻略法を見つければ、攻略組の存在意義は認められるということなんだろう。引いては自分がそのクエストの攻略法を見つけて自分も攻略組ですよアピールをしようと考えていると思われる。

 アピール云々かんぬんまでは分からないが、その辺の事は何となくだがアスナも理解はしているようだ。彼女は渋々といった様子でため息を吐いた。

「まぁ、私は迷宮さえ攻略してくれれば何でも良いのだけれども、私は詳しいことは何にも分からないわ。ごめんね力になれなくて」

「気にしないでよ。それよりも、ヒースクリフの方はお願いね」

 ラピスは両手を合わせてお願いする。

「まぁ、それはそうねぇ」

 アスナはう言って考える仕草を見せる。僅かな間の後「うん」と一つ頷いて俺たちを見据えた。

「迷宮攻略を手伝ってくれたら考えてあげるよ」

「そりゃそうだ」と納得する俺とは対照的にラピスはやや不満顔だ。そんな俺たちの様子をアスナは微笑ましそうに眺めていた。

 ◆◆◆

 何はともあれ迷宮攻略である。俺としては当初の目的を達成できるのだからそこまで悪いことでは無い。だが、それは俺に限っての話であって、俺の連れ、正確には俺を連れ回している人物もそうであるとは限らないのだ。

「帰りたいよー」

 ラピスは仕事に疲れたOLばりのトーンで心底気だるそうにぼやいた。

 俺はそれを宥めるように言い聞かせる。

「帰りたい時に帰れたら誰も残業なんてしないで帰るだろ。諦めろ、やらないといけないから残るんだ。個人の意思など関係ない」

 俺の話にラピスは首を傾げてポカンとしていた。なるほど、ラピスにはまだ分からないか。働けば分かる、いずれな。

 高校生である俺が心中で何かほざいている間にも一歩一歩暗い迷宮を探索していた。

 因みに迷宮ということで今の服装はちゃんとした装備である。俺は赤色のコートを羽織り、ラピスは今まで来ていたパーカーを脱いで、瑠璃色のローブを羽織っている形だ。

 迷宮の中は青黒い石がそこら中に敷き詰められた洞窟の様な形容で、そこを照らすのは無数のたいまつのみである。実際にそこまで暗いわけではないがこうも辺りが暗い色で囲まれているとやっぱり暗いんじゃないかと錯覚してしまう。

 それゆえの暗い迷宮である。こればかりは何度探索しても馴れないものだ。

 特にこれといったあてもなく、マップで埋められていない場所を点々としていた。しかし、この辺りは大方探索されてしまっていたのか殆どmobとも出くわさない。これでは何しに来たの状態である。

 と言ってもこういった事は攻略終盤にもなれば良く有ることなのだ。

 他のダンジョンにでも似たような事は有るのだが、残り少ないエリアを複数人で探索するとその場所が被ってしまうのは当たり前の事である。事前に話し合いでもして計画を立てているならば話は別だが今の俺たちは途中から参加しているのでそんな話は聞かされていない。

 まぁどうしようにもこの階は殆ど探索済みであることは事実だ。今更違う場所を探索しようにもここと状況は大して変わらないだろう。

「なんか楽でいいね」

 ラピスはそう言ってもの凄く気持ちのいい笑顔を見せた。何か一言言い返そうかと思ったが事実その通りなので今回は口をつぐんだ。

 確かに今は楽だがこんなに楽なのは他の攻略組の人が頑張ってくれたからに他ならない。そしてその事を忘れてはいけないのだ。はたしてラピスはこの状況をどの様に感じているのか。

 そんな事を考えていると突然殺気を感じ取った。

 ラピスも俺とほぼ同じタイミングで察知したようで、瞬時に臨戦態勢に入る。

 電子の世界といえども何となく、それこそ「勘」だとか「たぶん」といった直感程度の物であるが、相手の殺気という奴を認知できたりするのだ。これが中々どうして当たるから扱いに困ってしまう。

 音の無い気配だけがこちらに迫ってくる。その緊張感にたまらず生唾を飲み込んだ。

 緊迫した時間が、一秒、また一秒と過ぎていくと、僅かではあるが、ブーツが床を鳴らす音が聞こえ始めた。

 いよいよ来る。そう確信してからおよそ3秒後。そいつは黒い長髪を揺らして、俺たちの目の前に颯爽と姿を現した。

「俺の名はゼロ。さぁ、紅い流星よ!今日こそ貴様の最後の日だ」

 そう言って現れたゼロと名乗る忍者風の衣装を着た男の話を聞き、ラピスは突然腹を抱えて笑いだした。

「『紅い流星(笑)』だってさ。もうだめ、お、腹いたい」

 ラピスは「ギブ、ギブ」と右手でお腹を押さえ、もう片方の手を前に出し降参の合図を取る。しかし、その顔は未だに爆笑のご様子で何とも緊張感に欠ける状況になってしまった。

 このゼロという男は何かの因縁でも有るのか度々俺に勝負を挑んでは負けて帰るいたたまれない人物なのだ。きっと今日も破れ去っていくのだろう。一回くらい手を抜いて負けてやろうかな?

 そんな事を考えているうちもラピスの爆笑が止まらない。

 因みにゼロのこの口上からラピスが長時間の爆笑がまでがいつもの流れである。何回もこのやり取りを見ているとどことなく芝居じみて見えるから不思議だ。不思議か?まぁ不思議かな?

「ファルの紅い流星とかいう二つ名止めよ?駄目だよアレ、ウケる」

 そう言い残しラピスは再収まり掛けていた笑いを堪えきれなかったかの様に再び笑い始めた。

 そう、紅い流星とかいう三倍速そうな厨二臭漂う二つ名を持つ人物は俺の事である。

 もちろん俺が名のった訳ではなく、誰かがネタか何かで口にしたことが広まってしまっ物だと思われるが、よりによってこの名前とは何とも言えない恥ずかしさがあるな。

 それにしても、確かに殺気がしたはずだったんだが、気のせいだったか?

 いつの間にやらラピスの笑いが収まると、ゼロは俺を指差して言った。

「俺と勝負してもらうぞ!」

「あぁ、はいはい」

 まぁこうなってしまったのなら仕方がない。今回も軽く捻ってやろうと一歩前に出るがそれをラピスに手で制された。

「なんすか?」と視線で問うと、今度はラピスが一歩前に踏み出した。

「たまには私に相手させてよ」

「おい、ラピス」

 ラピスの言葉にたまらず叫ぶと、彼女はブーツで俺の足を踏みつけた。俺はたまらず、叫ぶ。

「痛ぇよ!」

 俺の心からの声も彼女はイタズラっぽく笑うだけだった。その様子を見た俺はため息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。そして、ゆっくりと口を開いた。

「良いのか?デュエルして」

 俺の言葉に彼女は静かに頷いた。

「ま、最近なまってたしね。食後の運動って事で」

 そう言ってファルは腰から伸長より少し短いくらいの鎌を取り出した。赤黒く光るそれは形容するなら間違いなく死神の鎌だろう。

 それを見たゼロは今までの芝居がかったた口調とはうって変わって慌てたように捲し立てた。

「いや、別に死神と相手する気は無いのだが」

「ファルと闘いたかったらまずは私を倒して行きな」

 ゼロに死神と呼ばれたラピスは取り出した鎌を肩に掛け、自信有り気に言い放った。その様子を見てたじろぐゼロにラピスは更に続ける。

「見せてあげよう。死神の力って奴を」

「おい、ラピス、本当に良いのか?」

 俺の声がどう聞こえたか分からないが彼女は「フッ」と微笑んでから続けた。

「良いよ。特に誰かが見てるわけでも無いからね」

 そう言った彼女は目を閉じた。

「ありがと。心配してくれて」

「いや、別に心配とかそんなんじゃ……」

「はいはい」

 ラピスはニコリと笑うとすぐに真顔に戻りゼロを見据えた。いや、別に心配は無いんだけど、むしろ心配なのはゼロの方ですよ?ラピスのデュエルという名のストレス発散の餌食になるんだから。

 ラピスは手早く目の前を数回タップする。それに反応してゼロは恐る恐る目の前をタップした。するとデュエル開始のカウントダウンが俺にも見えるように可視化される。

「準備はいい?」

 ラピスはそう言うと、鎌を持っていない空いた方の手でマジシャンよろしく指を鳴らし声高に宣言した。

「イッツ、ショーターイム!華麗なるショーを見せてあげよう」

 言い終えた瞬間カウントダウンがゼロになる。

 鈍く光る瑠璃色の洞窟で、死神の舞台が幕を開けた。

   
 

 
後書き
前書きの茶番劇は許してください。

まず最初に、今回もこんな駄文を最後まで読んでいただきありがとうございました。
思いの他長くなってしまい前後編で分けることになってしまって申し訳ないです。たぶん次の後編で終わると思います。中編とかは作らないと思いますたぶん。

いよいよ今回から物語の核となる「SAOから脱出できるクエスト」が出てきました。消極的なファルと積極的なラピスの二人の関係にも注目してくれるとうれしいですね。

最後に、もう一度。こんな駄文を読んでいただきありがとうございました。次回はもっと早く更新できるよう頑張ります。 
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