怪我から
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2部分:第二章
第二章
「けれど後遺症はないからね」
「それはね」
それははっきりと言われるのだった。
「だから。怪我がなおればちゃんとまた走られるから」
「リハビリは必要だけれどね」
「リハビリね」
とりあえず後遺症がないと聞いてまた安心した。
「それが終わったら。また走られるのね」
「うん。だから今は我慢するんだ」
「いいわね」
こうして彼女は入院することになった。暫くは安静でありやがて車椅子で動けるようにもなった。しかしその間クラスメイトも陸上部の誰も彼女に見舞いには来なかった。
「誰も来ないわね」
「わかってたわ」
毎日来てくれるのは両親だった。特に自分と同じ顔と言ってもいい母親はいつも来てくれている。その母に対して言うのだった。
「それはね」
「わかってるって?」
「嫌われてるからね」
笑って言った言葉だった。
「私はね」
「嫌われてるってあんた」
「実際に嫌われてるから」
母の言葉を遮るようにしてまた言った。
「それはもう自分でもわかってるわよ」
「何でなの?」
母は怪訝な顔で娘に問い返した。
「あんたが嫌われてるって。何でなの?」
「当たり前じゃない。性格が悪いからよ」
また笑って話す実生だった。
「自信家で高慢でね。いつも偉そうにしてるからよ」
「そうだったの」
娘の話を聞いてやっとわかったのだった。
「それであんたは」
「それでいいのよ」
そして実生はここでも言葉を出した。
「別に嫌われても友達いなくてもいいし」
「いいの」
「いいのよ。私速いから」
自信がある、力があるからそれでいい。そう考えているのである。
「だからね。いいのよ」
「それでまた速く走るっていうの?」
「後遺症ないのよね」
母に顔を向けて尋ねる。今はベッドの中だ。
「だったらまた」
「あのね、実生」
母は娘の言葉を聞いてそのうえで告げてきた。
「それじゃあ。よくないわよ」
「言いたいことはわかってるわ」
もう母が何を言いたいのはかわかっているのだった。
「あれよね。もうちょっと人と仲良くなって」
「そうよ」
その通りであった。
「それで人のことを考えたり思いやったりして」
「そんなのいらないわよ」
しかし娘の言葉はまさに取り付く島もないといった感じであった。
「他人なんかいらないわ。自分は自分」
「自分は自分って」
「それで私は私よ」
こう言うだけであった。
「私は私。そんなの関係ないじゃない」
「あのね、実生」
母はそんな彼女の言葉を聞いてまずは難しい顔を見せた。
「それは違うわ」
「思いやりとか気遣いを覚えないと駄目っていうの?」
「そうよ。お母さん子供の頃から言ってなかった?」
このことは何度も言った覚えがある。そのことだけはと思ってだ。しかしそれでも娘は今こんなことを言った。それが悲しくてならないのだ。
「このことは」
「聞いたけれど必要ないわ」
そしてこれが娘の返答だった。
「そんなの。全然」
「いらないっていうのね」
「だからいるの?そんなの」
逆にこう聞き返してくる。
「思いやりとか気遣いとか。必要ないじゃない」
「一人で寂しくないの?」
「全然」
また答える。
「だって他の人と一緒にいたらわずらわしいから。一人だと自由じゃない」
「自由なのは自由よ」
母もそれは認める。
「けれど本当に寂しくないの?」
「全然。そんなの感じたこともないわ」
これは本当のことだった。彼女はそんなことは感じたこともない。いつも一人で走り一人で勉強して。そうして結果を残してきたからだ。
「今までね」
「そうなの」
「また走れるようになったら同じよ」
実生はまた言った。
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