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怪我から

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1部分:第一章


第一章

                     怪我から
 高橋実生は陸上部のホープであった。長距離の選手でありとにかく走ることにおいては誰にも負けなかった。
 努力家でもあり毎日何時でも走っていた。身体は細く小柄であったが走るのがとにかく滅法速い。童顔でまだ幼さの残る顔立ちで黒のロングヘアを部活の間は後ろで束ねていつも走っていた。
「おいおい、またタイム縮んだな」
「ああ」
 周りは十キロ走った彼女のタイムを見て口々に言い合う。
「こりゃまた大会でいい記録出せるな」
「そうだな」
「当然よ」
 実生は自信に満ちた顔でにこりともせず彼等に告げてきた。
「私が走ってるのよ。それだったら当然でしょ」
「当然かよ」
「そうよ。当然よ」
 その自信に満ちたものは声にも出ていた。
「私に勝てる奴がいたら教えて欲しいわ。誰にでも勝ってやるから」
「誰にでもかよ」
「長距離だったら馬にでも勝ってみせるわ」
 こうまで言うのだった。
「絶対にね。勝ってみせるわよ」
「そうかよ。まあ実際競争してみたらいいな」
「勝手にしな」
「目の前に連れて来てくれればね。やってやるわよ」
 こんなことを話してそのうえで今度は一人筋肉トレーニングに入った。だが皆はそんな彼女を見ながら首を傾げて言い合うのだった。
「あれで鼻っ柱が強くなかったらな」
「ああ。素直に褒められるのにな」
「だよな」
 このことは本人には直接言わなかった。彼女は人間性はあまりいいとは言えなかった。自信過剰の傾向がありしかもやたらと向こうっきが強かった。そんな彼女であったから当然あまり人からは好かれてはいなかった。しかしとにかく速かったのでそれでやっていた。
 練習は欠かさず毎日やっていた。そうして大会まであと僅かにまでなっていた。
「おい高橋」
 そんな中顧問の高柳先生が彼女に声をかけてきた。顔が細く痩せた先生である。唇が厚く目が大きく何処か日本人離れした顔だ。
「あともう少しだな」
「はい」
 実生は彼の言葉に対して頷く。
「それで今回はどうなんだ?」
「自信あります」
 顧問の先生に対してもその自信を隠すことはなかった。
「任せて下さい」
「そうか。じゃあ安心して見ているぞ」
「ええ。また新記録出します」
 にこりともせず静かに言うのだった。
「そうか。期待しているぞ」
「ええ」
 実際彼女は自信があった。しかし周りにはそれが鼻持ちならないものに見えてもいた。だが自信に満ちていた彼女はそれに気付いていても何も思うところはなかった。はっきり言ってしまえば小者達が騒いでいると思ってそれで終わらせ歯牙にもかけていなかったのだ。
 しかしそんな時だった。大会まで三日という時の部活後の帰り道歩道を歩いていると。不意に車が突っ込んできた。そうして。
 気付いたのはベッドの中だった。白い無機質な壁が見えた。そして周りを見回すと壁もカーテンも白で窓から見えるものも白い雲ばかりであった。白しか見えなかった。
「何処、ここ」
「あっ、実生」
「起きたんだね」
 次に両親の声が聞こえてきた。ふと左の枕元を見るとそこに二人がいた。何か心配そうな顔で彼女を見ていた。その二人にも気付いたのだった。
「まあ命に別状はないと聞いてたけれど」
「それでも。中々起きないから」
「起きないって」
 とりあえず両親の言葉の意味がわかりかねていた。
「何が一体どうしたの?そもそも」
「御前は交通事故に遭ったんだよ」
「歩道を歩いていたらそこに車が来てね」
「交通事故?」
 両親の話を聞いて今度は眉を顰めさせた。
「そういえばあの時歩道歩いていて」
「車にはねられてね」
「それでずっと意識を失ってたんだよ」
「そうだったの」
 ここまで言われてやっと事情を飲み込んだのだった。
「それで私ここにいるの」
「けれど命には別状はないからね」
「後遺症もないそうよ」
「そうなの」
 そこまで聞いてとりあえず自分は運がいいと思った。しかしここで両親はまた彼女に対して言ってきたのであった。それが何かというと。
「けれど足はね」
「ちょっと」
「足?」
 ここで自分の足を見た。見れば右足にギプスがされていてそのうえで吊り上げられている。ギプスはかなり厚く太腿にまで及んでいた。
「折れたんだよ、車にはねられた時に」
「その時にね」
「折れたって」
 そのことはまだ飲み込めなかった。何が起こったのかとさえ思った。
 そして。次に自然にこの言葉が出たのだった。
「じゃあ大会は」
「無理だよ」
「残念だけれどね」
 両親はここで沈痛な顔になった。そうしてその顔で娘に告げるのだった。
「今の大会はね」
「諦めて」
「そう」
 交通事故なら仕方がない、素直にそう思った。何よりも自分の今の右足を見てはそう思うしかなかった。もっと言えばそうとしか思えなかった。
 
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