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下水道

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6部分:第六章


第六章

「違うかい?ケースバイケースさ」
「まあそれもありかもな」
 フランコも基本的にそうした考えの人間なのでそれには同意した。実際のところ彼もそれなりの正義感はあるのである。少なくとも普通の人間のレベルにはある。
「まあいいさ。被害が少なくても毒ガスを撒かれたら洒落にならないしな」
「そういうことだ。それじゃあそいうことでな」
「わかった。じゃあ戻るか」
「ああ、これでな」
 証拠は手に入れた。ならばここにいる必要もない。そういうことであった。
「帰るか」
「わかった。じゃあ俺も今回は真面目な記事を書けるな」
「真面目な記事っておい」
 マクガイアは今のフランコの言葉に顔を顰めさせて問うた。
「どういう意味だ、今のは」
「俺のいる新聞は特別でね」
 二人はもう帰路についていた。一応周囲に気を使いながら上に昇ってマンホールを空ける。そこから外に出ながら話を続ける。
「本当のことは書かないんだよ」
「じゃあ何を書くんだ?」
「でまかせさ」
 マンホールを出たところでおかしそうに笑ってマクガイアに言うのであった。
「でまかせを書くのが俺達の新聞なんだよ」
「それは新聞なのか」
「そういう新聞もあるんだよ」
 マンホールから上半身を見せてきたマクガイアにまた言った。街は相変わらず様々なネオンで輝いている。ここからもうバニーガールの嬌声が聞こえてくるような賑やかさであった。
「膨大な資料を綿密な検証で調べてな」
「それは真面目だな」
「そこからでまかせを書くんだよ」
 それがフランコの弁であった。
「できるだけ面白い記事をな」
「そうした新聞もあるんだな」
「カルト教団がいなかったら今頃ラスベガスのマンホールには宇宙人がいたってことになっていたな」
「宇宙人か」
「それが一番受けるんだよ」
 彼の新聞ではそうなのであった。
「宇宙人がいるって記事がな」
「しかしそれがカルトになったな」
 今度は本当のことだ。でまかせではない。
「さて。これは書きがいがあるな」
「随分楽しそうだな」
「たまに本当のことを書くのがいいんだよ」
 フランコの弁である。何かそれを楽しんでいるといった感じであった。
「それが一番面白いのさ」
「そういうものか。何かあんたの新聞見たくなったな」
「じゃあシスコに来ればいい」
 そうマクガイアを誘ってきた。
「そうしたら見られるさ」
「わかったぜ。じゃあ今度な」
 ネオン街を歩きながら話をする二人であった。ラスベガスの地下で狂信的なカルト教団がいてテロを策謀していたということはすぐに世界中の話題になったのであった。
「これが出るとは思わなかったな」
「そうですね」
 フランコは編集部でカンセコの言葉に応えていた。その教団のことを書いたフランコの記事をそれぞれの手に持って話をしている。
「しかし」
「しかし。何ですか?」
「案外身近なところにいるものなのだな」
 カンセコは記事を片手に怪訝な顔になっていた。
「有り得ないような集団が」
「見えない場所は意外と側にあるものですよ」
 フランコはしたり顔でこうカンセコに告げた。その言葉と一緒に自分の席に座って偉そうに足を組んでからコーヒーを飲むのであった。ブラックである。
「それが下水道だったってことですよ、今回は」
「そういうものか」
「案外ですよ」
 そして彼はまた言う。
「宇宙人も隠れているかも知れませんね」
「うちの普段の記事みたいにか」
「はい、その通りです」
 半分笑っていて半分真剣な顔と声であった。
「ひょっとしたらですけれど」
「そうかもな。下水道に鰐や大蛇どころかカルト教団が隠れていた」
 それは事実だ。事実を前にしてはどんなでまかせも薄れる。もっともその事実を実際よりも遥かに大きくして話すことはできるのだが。
「それを考えたら有り得るか」
「ひょっとしたらですけれどね」
「だとしたら俺達も本当のことを書いていることになる」
 カンセコはここでおかしそうに笑ってみせた。
「でまかせを書くのが売りの俺達がな」
「だったらそれはそれでいいんじゃないですか?」
 フランコは今度も半分笑っていて半分本気の顔であった。
「実際のところ何が真実で何がでまかせかなんてわかりませんよ」
「そうしたものかな」
「そうしたものですよ」
 またこう言うのであった。
「世の中ってやつはね」
「でまかせも本当にでまかせかわからないか」
「嘘かも知れませんしね、本当に。ほら」
 ここで彼はまた言ってみせる。
「嘘を嘘だって見抜ける人間じゃないと駄目だって言われるじゃないですか。そういうことですよ」
「結局はそれか」
「ええ。そういうものってことですね」
 彼は軽い調子でカンセコに言うとコーヒーを片手に自分の記事を見る。そうしてその記事を見ながら惚れ惚れとした様子で笑うのであった。己の記事に。


下水道   完


                 2008・1・14
 
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