竜から妖精へ………
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第5話 拳で語れ
その後も、ゼクトとマカロフは暫く、他愛も無い話をしていた。
医務室の中では、時折笑い声が聞こえてくる。
「はははっ……。じゃがのぉ。まったく、評議員の連中は……、そう思わんか? ゼクトよ」
次第に、評議員に対する愚痴っぽくなっていた。詳しい事は 勿論ゼクトは知らない。初対面ではあまり良くなかった事は あるけれど 話を訊いてみると、色々と説教の様なモノを受けていて、それでうんざりしてるとの事。つまりは、自業自得だと思うんだけど、そこは 詳しい事を知らないゼクトだから、口を挟む事はしなかった。
それに、ゼクト自身も、ギルダーツの前に出会った大人達、評議員? とマカロフが呼んでいる連中には、何度か思い返しても、どう考えてみても、 正直、ま~ったく良い印象が無いものばかりだったから、仕方がない。
後1つ、ゼクトは思う事があった。
それは、こんなに 他人と話すのは初めてかもしれない、と言う事。ギルダーツ、そして ギルドマスターのマカロフ。初対面だと言うのに、矛盾しているかもしれないけれど、不自然な程に自然と話す事が出来ていて更に。
「あ、あははは……」
ゼクトも、つられて笑ってしまった。……自分も、笑顔になれるのだった。
「ふむぅ…おお! そうじゃったそうじゃった」
話の途中だったが、マカロフは、何かを思い出した様に手を叩いた。
「儂が 1番聞きたかった事が合ったんじゃったわ。ゼクト。それは、儂らのギルドについてじゃよ」
マカロフが ゼクトの方をみて そう言った途端にだった。
「ッ……」
一瞬、また、ゼクトの胸が高鳴った。
《ギルド》と言う言葉。
そして そこから紡ぎ出されるのは、連想されるのは、妖精の尻尾だから。
「ふむ……、儂が 何を言わんとするか。もう察した様じゃな。それで 間違いないぞぃ。初めて、その場所で目が覚めて、大まかな所は覚えておらんと言っておったじゃろ? なら……」
マカロフは、眼を閉じ、そして見開く。
「なぜ……、妖精の尻尾の名を聞いて、それ程取り乱したのか、 それを聞きたい」
マカロフの眼は 真っ直ぐにゼクトの眼を見据えていた。
その眼は どんな嘘も見抜いてしまうだろう。……ゼクトは 嘘をつくつもりは毛頭ないんだけれど。
「…………」
嘘をつくつもりは無いけれど、そもそも言葉を自体を失ってしまった。その眼を見たマカロフは少しため息を吐いた。
「それは話せぬ内容、なのかの……?」
マカロフは、このゼクトは間違いなく、妖精の尻尾を知っているだろう。直接 ゼクトが涙を流す所は見ていないから、その種類はわからない。喜怒哀楽、どの感情なのかが判らない。
だからこそ、少し心配になってしまうのだ。
「(う~む。うちのギルドに酷いことされて…って可能性も無いとはいえないからのぉ……)」
そうなのだ。色んな所で 問題を起こしている、血の気の多い者が多いギルドとしても有名(不名誉)だから。色々とマカロフが可能性を考えていた時だ。
「あ……あの……」
ゼクトが、意を決した様に、ゆっくりと口を開いた。
「その、妖精の尻尾……ですが……。名前は聞き覚えはあるんです。だけど……」
ゼクトは、マカロフの目を見ながら答えた。決して嘘はつかない。嘘じゃない、と訴える様に。
「本当は、判らないんです。聞いた途端に、そのギルドのマークを見た途端に、……何故か涙が止まらなかったんです。その理由は、自分でも判りません。今は……大丈夫なんですが。何か、とても とても 大切な名前、だと言う事は 判りました。いや ……感じる事が出来ました」
ゼクトの眼を見て、その言葉を訊いたマカロフはゆっくりと頷いた。
「そうか……」
最初から、ゼクトが嘘をつく様には思えなかったからだ。
「妖精の尻尾。その名が、そんなに大切なものだと、感じたのか?」
マカロフは、改めてそう訊いていた。その言葉を訊いて、ゼクトは直ぐに頷く。躊躇する事なく。
「……はい」
ゼクトにとっても、こんな感覚は初めてのことだった。大切に、そして愛しく感じるのだ。このギルド、妖精の尻尾が。
そんな時だった。
「おおーーいっ! じっちゃん!! 新人、起きたかーーーーーっ!??」
“バァン!!”っと、扉を勢いよく開けて入ってくるのは ナツだった。
「ッ!!」
突然、jここに入ってきたから、ゼクトは 思わず驚き、震えてしまっていた。驚いて振り向いた先には自分と同じ位であろう歳の少年、ナツが腰に手を当てて、立っていたのだ。
「って、なんじゃいナツ。いきなり……」
マカロフも、ナツが来訪した事を理解したと同時に、ため息を出しながらそう言っていた。一応、ギルドの長として注意をする事にした。
「幾らギルド内とは言え、ここは仮にも医務室じゃぞ? もうちっとこう、静かに入ってくる事はできんのか? ……ああ、無理じゃの」
注意をしたんだけれど、即効で無理だと否定していた。いつも騒がしいから こう言う所だから、と大人しくする様なナツじゃない。それに、絶対安静とは言ってなかったから。
「え…っと……」
当然、いきなりのナツの訪問でゼクトは面を食らってしまっていた様だ。
「ははっ! わりーな! じっちゃん! っと、それより……」
ナツは、マカロフに笑顔で謝った後に くるりと顔の向きをゼクトの方へと変えた。
そして、これまた満面の笑みと同じく 腕に炎を纏わせながら、元気よく一声。
「お前! オレと勝負しろッ!!!」
入るなりいきなり勝負を申し込まれたのだ。
いきなりこんな事を言われるなんて、思ってもいなかった事だから、ゼクトは 再び面を食らったのは言うまでもないだろう。
ナツの言葉を聞いた マカロフも再びため息を吐いていた。
「え…? え…?? しょ、しょーぶ??」
突然の宣戦布告に動揺を隠せないのはゼクトだ。動揺、と言うより その勝負と言う意味が、一体どういう意味なのか、まだはっきりしていなかった。だけど、直ぐにその意味を知る事になる。
「そーだ! ギルダーツから聞いたぞ? お前! すっげー強えーらしーじゃん!! だから、オレと戦えっ!!」
ナツは、右腕に纏わせた炎を、今度は左腕にも纏わせ、最後には 炎の指を ゼクト目掛けて突きつけた。
はい、即ち勝負と言うのは 戦い。……ギルダーツと戦った時の様に、このナツと戦いをする、と言う事の様だ。
「はぁ……これこれ。ナツ ちったー落ち着かんかい。入ってくるなり無茶じゃろ、んなもん」
マカロフは、驚き1割、呆れ8割、怒り(説教)1割、そんな感じの表情でそう言っていた。だけど、それくらいで止まる様なナツではない。
「でもよー じっちゃん! コイツ、新人なんだろ?? だから、オレなりのかんげーってヤツだ! 今日から仲間なんだからな! ちゃんと、かんげーしてやらないといけないだろっ!?」
ナツはニカッ!っといい笑顔だった。かんげー、とは歓迎と言う意味だろう。だが、戦いと歓迎は、《=》では結ばれないと思うのは 気のせいだろうか?
「え、えと……、あ…あの……。これは、いったい……?」
正直な所、色々と頭の中で巡っているのだが、流石にこんな対面は、幾ら目覚めて日が浅いとは言え、記憶があったとしても、恐らく初めてだろうと思える。……はっきり言えば、ナツの勢いに、ゼクトはついていけないのだ。
「はぁ~~~~~……しょーがないのぉ~…」
全くゼクトはついていけてない、と言うのにマカロフは、何故か勝手に納得していた。仕様がない、と言う意味がよく判らない。ナツは ゼクトに対して訴えているのだ。……マカロフにではない。もしも 『仕様がない』と言うセリフを言うとしたら、ゼクトの方だろう。……絶対、言わないと思うけれど。
つまり、本人の意思そっちのけで、マカロフが了承した、と言う事だ。
「ええっと? しょうが、ない? ……いったい…コレは…?」
ゼクトは、恐る恐る、聞いてみる事にした。良い答えが帰ってくるとは到底思えなかったが、ずっと置いてきぼりの方がもっと怖くなりそうな気がしたから。
「すまんの、ゼクト。ちょっと ナツをもんでやってくれんか? ちょっとでいいんじゃ。それでナツも納得するじゃろ」
これまたマカロフも、ナツと同じ様に、ニカッ…っと良い笑顔で ゼクトに頼んでいた。
「そーだ! いっちょやろーぜ?」
ナツは、今もやる気満々。最初からやる気満々だ。
「…………ええええ!!」
ゼクトは、暫く何を言っているのか、判らなかったのだが 脳内でマカロフやナツのセリフを再生しては巻き戻して、を繰り返し、脳内の辞書を何度も調べて、その意味を改めて理解したと同時に、盛大に叫んでいた。
「え、えと、なんで? しょ、勝負って……」
ゼクトの中で『やる』と言う言葉が意味する事、それらが頭の中に同時に過ぎっていた。
即ち、連想されるのは、『戦る』『闘る』『殺る』である。
「え、えっ、で、でも、……お、オレは……、そんな……」
ゼクトは突然の事からの混乱。そして戸惑いと動揺を隠す事が出来なかった。
「ん?」
そんなゼクトを不思議そうに見ているのはナツだった。。
『オレ、何か変な事言ったか??』
と言うかの様に、首を傾げていた。
ゼクトは、そんなナツを見て、表情を落とした。
「オレ…は、その……、このギルドの……、フェアリー…テイルの人と…敵対なんて……、したく、無いよ……」
ゼクトが感じた事はそこだった。
《勝負》。ナツの感じから、そして、言葉から まず間違いなく戦いの申し入れだろうと言う事は判った。ナツも炎を扱っている所から、魔導師だと言う事は判る。攻撃用魔法だと言う事もだ。
確かに、戦う事は出来る。身体の具合も大丈夫だ。だけど…… ナツは、妖精の尻尾の魔導師なのだ。
理由は判らなくとも、感じられる。心から、大切と思えるギルドの魔導師。そんな人と、戦うなんて、ゼクトにはできなかったんだ。
恨みも無ければ、戦う理由もまるで無い。戦おうなんて、思いたくもなかった。色々な感情が渦巻いて、表情が徐々に曇っていく。ギルドの人と、戦うって事を考えただけで、だった。
そんな時だ。
「おい、ゼクトよ。なーにか、勘違いしてないか?」
ナツの次に、この場所にいつの間にか入ってきた様だ。
「あ……、えと、ギルダーツ……」
ついさっき、いや 厳密には時間はもう少し経っている。
そう、あの場所で戦っていた人だ。
躊躇せずに戦う事が出来たのは、あの場所から離れたくない、と言う事、そして 初対面の大人達の印象、それらがあったから、戦う事が出来た。……そして、何よりも、ギルダーツが妖精の尻尾の魔導師と知らなかったから。いや、ギルダーツのお陰で、そのギルドの事を感じる事が出来たから、今は感謝しかない。
だから、ギルダーツとも、今はきっと戦えない。大切な人、だから。
そんなゼクトの気持ちを大体悟ったギルダーツは、再び一言声をかけた。
「おいおい…深刻に考えるなよ、ゼクト」
落ち着かせる様に、そう言っていた。
因みに、勝負を挑んだナツは、対照的に、ちょっと混乱していた。
ゼクトと戦おうと思ったのは、強いとギルダーツから聞いたからだ。だから、ちょっと、力比べをしたかった、と言うのが本音。勿論、歓迎と言う気持ちも当然ある。同じギルドに入ったら、もう仲間だから。
なのに、ゼクトはずっと戸惑ってばかりだったから。
成り行きを見ていたマカロフも、ギルダーツ同様、事情がわかったようだ。
「ゼクト。……まあ、お前さんが、今まで通ってきた道を考えたら、仕方ないとは思うけど、一回頭の中、リフレッシュして、考えてみろ」
ギルダーツは、頭を掻きながらそう言う。
「え?」
ゼクトは、まだ表情を曇らせていた。
「はは。そんな、ガチなモンじゃねえって事だ。これは、遊びだよ遊び。そんな感じで良いんだ」
ギルダーツは、笑ってそう言った。
だけど、その言葉に納得が出来ないのは、ナツだ。
「なにーーー!!遊びじゃねえぞ??オレは本気だッ!!」
“ボゥーーー!!”っと口から火を出しながら叫ぶ。ナツはいつでも一直線であり、本気だから、遊びと思われて、ちょっと心外だったのだろう。
「はははっ ナツもちっと待てって。……なあ ゼクト」
今度は、ギルダーツは、ゼクトの目を見た。
「……え?」
ゼクトは、まだギルダーツが言っている意味がよくわかっていなかった。
「……今までの様な戦いじゃなく何かを守ろうとする為に、負けられない戦いをする! とかじゃなく、ただの純粋な力比べって事だ。オレや、今までの連中と戦った時の様な気持ちじゃなく、な。力比べ、きらいじゃないだろう? ゼクトは、負けず嫌いだからな。……だから、楽しむんだよ」
ギルダーツはそう言い終えると、更に笑った。
「戦いを…楽しむ…?」
ゼクトは、思い起こしていた。確かにギルダーツとの一戦。最初と最後を比べたら、楽しかったか? と聞かれれば……少しわくわくしてたのかもしれない。ギルダーツの強さを目の当たりにしたから、そんな強い人と、戦えている、と思ったかもしれなかった。
「あ……えと……」
「ほれ。わかったろ? 今のナツはお前さんと大体おんなじ気持ちって訳だ。ゼクトは強いから、戦ってみたいんだろ。ぶつかり合いから、伝わる事だってある。分かり合える事だってある。……傷つけるだけじゃないんだぜ? それも知ってるだろ?」
ギルダーツはそう言うと、最後にゼクトの頭を撫でた。……安心出来る様だった。先程までの考えが露と消えていくのが、ゼクトは判った。
「え、っと……う、うん。わかった」
ゼクトは、頷いていた。
「マジか? いよっしゃーーー! お前に勝てたらギルダーツにだって勝てるぞーー!!」
ナツは、ゼクトの言葉を訊いて、盛大にガッツポーズを見せていた。勿論、炎を迸らせて。……ギルドに燃え移ってしまわないか、ちょっと心配だったりしたのは、こちらの話。
「はぁ? ってかよーナツ。いつの間に、オレがゼクトより弱えーってことになってんだよ。ただ、アイツは強えーぞ? って言っただけだろ?」
苦笑いをしながら、ナツにそう言うギルダーツ。だが、確かに、あの時ゼクトは、『まいった』とは言わなかったな、とも思い返していた。
そして、ゼクトに近づいて一言。
「(だけどな。あんまし、思いっきりやらねえでくれよ? オレはお前さんの力はわかってるつもりだ。ナツは、まだまだ発展途上。発展途上と言う意味では、お前も同じだと思うが……、現時点では、お前が思いっきりやったら、正直シャレじゃすまねえかもしれねぇ。命とらねーくらいにボコボコにしてやれ)」
ギルダーツの物言いは、ナツを心配しているのか、それともゼクトに物騒な事をけしかけてるのかが判らなかった。当然、ゼクトがやり過ぎる様な事をする筈もない。
「え…、えっと。ま…まあ、とりあえずやってみます」
ギルダーツにそう言うと、意気揚々と外へ出て行くナツに付いていったのだった。
医務室に残ったのはギルダーツとマカロフだ。。
「ギルダーツ。すまんかったのぉ……。ワシとした事が、ガキの気持ちをわかってなかったわい」
マカロフはギルダーツにそう言って謝罪をしていた。
あまりにも、喧嘩が日常茶飯事になってしまっていたから、極普通な感覚が薄れてしまったと思ってしまっていた。
「なぁに……、それは仕方ねーさ マスター。アイツとの、ゼクトとの付き合いはオレの方が長げーんだ。……オレとゼクトは、一度、ぶつかり合ってるからな? 力いっぱいぶつかり合うってのは、これ以上無いコミュニケーションだって思ってるよ。だから、今回の事も丁度いいってな。ナツとぶつかりゃ、ギルドの連中とも思いっきり行けるだろ。………でもなぁ」
ギルダーツはそういった後、ちょっと歯切れを悪くしていた。
「ん? どうしたんじゃ?」
「アイツが力いっぱいやったら…ナツがやべえかも、って心配したのも事実だ。一応は釘さしたけど」
そう言って苦笑する。けしかける様に言っておいて、無責任な気がするけれど、やはり大怪我だけは好ましくないのだ。だが、マカロフは、首を振った。
「その点は大丈夫じゃろ? ……ゼクトと、さっきずぅーっと話しておったが…あやつは仲間思いの強い気持ちを。そんな心を持っておるんじゃ。そうでもないと、大切なもの…なんて思わんじゃろ? いったい、ゼクトに何があったかはわからんが、な」
「ああ…ちげーねえ。オレも、便宜上、口ではそう言ったが、本心では、そんな事 1ミリも心配しちゃあいねえよ。……それに、ナツには同い歳の目標ができる。そして、ナツに目標ができたとなれば、周りのガキ達にとっても、も刺激になるだろ」
そう言って笑う…。
「そうじゃな。ふふ、何やら楽しみになってきたわい」
マカロフも一緒になって笑っていた。
かくして、ゼクトとナツ。拳で語るコミュニケーションがスタートしたのだった。
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