ポケットモンスター 急がば回れ
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30 サント・アンヌ号
老人「トキワジムのリーダーが帰ってきたぞ!」
シルバー「何だと!」
シルバーはトキワジムの扉を蹴破る。
フィールドの奥にはジムリーダーのサカキが立派な椅子に座っている。
両隣にはシルフカンパニーでは秘書を、ロケット団では幹部を務める女が2人立っている。
1人は長い黒髪につり目、もう1人はショートカットにおっとりした顔で、スーツ姿に眼鏡をかけていることから今は秘書であることがわかる。
サカキ「シルバーか、久しぶりだな」
シルバー「ふざけるな! 今までどこに行ってた!」
サカキ「子供には関係ないことだ」
シルバー「俺と勝負しろ! それとも怖いのか?」
サカキ「お前が中途半端な力を持て余して粋がっていることは確かに怖い」
シルバー「それはどういう意味だ!」
サカキ「お前は本当に自分が強いと思うのか?
弱さをポケモンのせいにしているだけではないのか?
それともただ虚勢を張っているだけか。
いずれにせよ、他人を弱いと言えるのは1度も負けたことのない人間だけだ」
シルバー「そんな屁理屈ばかり捏ねて勝負から逃げるからお前は弱いんだよ」
サカキ「ガキが……」
サカキは背を向ける。
その背に向かって、モンスターボールを構えてシルバーは叫ぶ。
シルバー「また逃げるのか? 俺と戦え!」
サカキ「ブルー、相手をしてやれ」
ブルー「はい、サカキ様」
青い髪の少女が現れる。
シルバー「誰だそいつは!」
サカキ「ジムリーダーと戦いたければ、まずは弟子のトレーナーを倒すことだ」
サカキと2人の秘書は階段を上って消えていく。
フィールドにはシルバーとブルーだけが残される。
シルバー「こんな弱そうな奴が弟子か」
ブルー「……あんたがサカキ様の息子?」
シルバー「だったらどうした?」
ブルー「サカキ様が言ってたわよ。あいつは所詮、口だけだ……って。
あいつは所詮、私の後を継ぐ器ではない。あいつは所詮、凡人と変わらない。あいつは所詮、その程度の人間だ。
あいつは弱い……って」
シルバー「誰があんな奴の後を継ぐって言った。
それに、口だけなのはそっちだろ」
ブルー「そのポケモン、お父さんのと同じね。好きなのかしら?」
シルバーはモンスターボールを握りしめる。
確かに自分は父親を意識している。
まるで心を見透かされるようでいたたまれなくなる。
ブルー「ちなみにあたしのポケモン……」
モンスターボールを取り出す。
ブルー「身代わりとカウンターができるわよ。
先に言っておかないとその弱いポケモン、また負けちゃうからね」
シルバーはグリーンとのバトルを思い出す。
そのことも父親は知っていて、この女に言いふらしたのだろうか。
ナツメ「……ご子息のバトル、ご覧にならなくてもよろしいのですか?」
サカキは階段を上って屋上に立つ。
そこにはヘリコプターが停まっている。
サカキ「どうせ結果は見えている。
それより、まだ仕事が残っている」
ナツメ「ここからヘリコプターでクチバまで飛び、そこからサント・アンヌ号でミュウのいる島まで向かう予定です」
エリカ「まあ! サント・アンヌ号といえば豪華客船!
ディナークルーズで優雅なお食事を楽しめますわ!」
ナツメ「いや、そこまで豪華な旅では……」
サカキ「まあよいではないか。何しろ今回の旅は……」
ブルー「終わりました、サカキ様」
ブルーは屋上へ上ってきてサカキに結果を報告する。
サカキ「ご苦労。
メタモンの調子はどうだ、もう慣れたか?」
ブルー「はい……」
サカキ「それでいい。よくやったぞ、ブルー」
サカキが頭を撫でようとすると、ブルーはその通りに頭を差し出す。
グリーン「ブルー、目を覚ませ!」
突然グリーンはベッドから身体を起こす。
ナナミ「目が覚めたようね、グリーン」
ベッドの傍らにグリーンの姉、ナナミはいる。
グリーン「ねーちゃん、ここは……?」
グリーンにとって懐かしい風景がそこにある。
窓からの景色、机に置かれたパソコン、テレビの前にはゲーム機とそこに挿しっぱなしのゲームソフト。
ナナミ「あなたの部屋よ」
グリーン「……ってことは、マサラに帰ってきたのか」
オーキド「そうじゃ」
ドアを開けてオーキドが部屋に入ってくる。
浮かない顔をして口を開ける。
オーキド「……わしらは負けたんじゃよ」
グレン島のバトルを思い出す。
ブルーのメタモンが最後に放った一撃でゲンガーは倒れ、手元には戦えるポケモンがいなくなる。
それからグリーンはカツラを助けようとしてピジョットと共に穴に落ちていく。
グリーン「あのじじいは?
それからピジョットとゲンガー、それにファイヤーも!」
オーキド「ピジョットはお前を乗せて戻ってきたが、カツラとファイヤーは奥深くまで落ちてしまったようでな……」
グリーン「そうか……」
オーキド「ゲンガーならもうすっかり元気になってここに……
あれ? おったはずなんじゃがのう」
ナナミ「さっき隣の部屋に行ったわよ」
隣はブルーの部屋である。
メタモンに記憶を奪われてオーキドに預けられてから、そこが彼女の部屋になった。
グリーンはベッドから降りて隣の部屋のドアを開ける。
物心ついてからは入らなくなったブルーの部屋はグリーンの見知らぬものばかりある。
あちこちにポケモンのぬいぐるみが飾ってあったり、本棚にはアイドルの雑誌などがある。
全てが部屋の主を物語るものであるにも関わらず、そこにはブルーだけがいない。
いるのは彼女と旅をしてきたゲンガーと、彼女にそっくりの人物だけである。
イミテ「……グリーンさん、目が覚めたんですね」
イミテは振り返る。
グリーンは一瞬、彼女とブルーを間違えそうになる。
グリーン「ああ、お前も無事だったか」
イミテ「あの後、島の人たちと避難してきたんです」
オーキドとナナミが部屋に入ってくる。
ナナミ「イミテちゃん、本当にブルーちゃんにそっくりね。最初、間違えちゃったわよ」
ナナミはブルーをまじまじと見つめる。
イミテ「いや……あんまり見ないでください……」
ナナミ「あらまあ、ブルーちゃんがシャイな乙女になっちゃったみたい!」
ナナミが更に顔を近づけると、イミテは更に顔を紅潮させる。
グリーン「グレン島はどうなったんだ?」
イミテ「……噴火の影響でグレン島の全域が立入禁止区域に指定されて、島の人たちは近くのマサラやセキチクに避難しました。
もともと小さな島ですし、マグマが冷え固まった後も火山ガスが充満して……」
グリーン「じゃあカツラとファイヤーはもう……」
オーキド「わしとフジも助けに行こうとしたんじゃが救助隊に止められてな。
なにしろ救助隊ですら突入できんほど危険な状態じゃった。
ガスで前は見えんし、また噴火する恐れもあった」
グリーン「フジのじーさんはどうしたんだ、マサラにいるのか?」
オーキド「ニビへ向かった。
昔の知り合いが銀色の羽根というものを持っているらしくてな、それがルギアというポケモンを呼ぶ道具なんじゃが……
簡単に言うと、そのルギアにカントーの異常気象を止めてもらうよう頼みに行った。
おかげで今はこの通りじゃ」
窓の外を見る。
風は穏やかに吹いて、木漏れ日が庭の芝生を照らす。
薄雲が青い空に棚引いて、海は静かに凪いでいる。
グリーン「そうか……俺もこうしちゃいられねえ」
グリーンはモンスターボールを携える。
オーキド「どこへ行くんじゃ!」
グリーン「決まってるじゃねーか、ブルーを取り戻しに行くんだよ!」
オーキド「どこにいるのかわかるのか?」
グリーン「あ、わかんねーや」
オーキドはため息をつく。
オーキド「シルフに派遣した研究員の情報によると、明日はシルフの社員旅行じゃそうな。しかも豪華客船の」
ナナミ「豪華客船といえばクチバのサント・アンヌ号ですわね。行き先はどこですか?」
オーキド「南米のギアナ……
フジがミュウを発見した場所じゃよ」
ミュウはそこにいるとグリーンは直感する。
そして、ミュウを狙うサカキとブルーもそこへ向かうはずである。
オーキド「こんなものは役に立たんと思うが……ほれ、船のチケットじゃ」
次の日、グリーンとイミテはギャラドスに乗ってクチバへ向かった。
グリーンは1人で行くと意地を張るが、ブルーに2度負けていることを突かれて折れる。
それに、ゲンガーは既にイミテに懐いていてグリーンの言うことを聞かない。
グリーン「そうか、そのゲンガーって元々お前のポケモンだったのか」
イミテ「いえ、最初はブルーのポケモンだったんですけど、記憶を失ってからこの子を怖がって捨ててしまったんです。
それからわたしが引き取って、ブルーがポケモントレーナーになってヤマブキに来たときに返したんです」
グリーン「どうりでお前に懐くわけだ」
イミテ「わたしといたこともブルーといたことも忘れちゃってますけどね……」
グリーン「ゲンガーのためにもあいつを取り戻さねーとな。
クチバで船を逃したらアウトだ、行くぜ!」
2人はクチバに着く。
港にサント・アンヌ号を見つけ、オーキドに貰ったチケットを船員に見せる。
船員「船は出港しました」
グリーン「ここに停まってんじゃねーか」
船員「今日はシルフカンパニー御一行の貸し切りなのだよ」
グリーン「お前知らねえのか、シルフはロケット団に乗っ取られたんだぜ。
というかロケット団がシルフなんだよ!
今すぐ船から全員下ろして警察に突き出せ!」
船員「お前を警察に突き出してやる!」
グリーン「嘘じゃねー!
俺はこの目で見た、サカキが悪事を働くところをな!
こないだの異常気象もシオンタウンが海に沈んだのも、全部サカキがやったことなんだぞ!」
船員「はいはい、お話したいならそこのポケモン大好きクラブでも行っといで」
グリーンは軽くあしらわれる。
イミテ「……無駄みたいですね。他の手を考えましょう」
グリーン「他に手があるかよ! 船に乗り込んで片っ端からやっつけてやる!」
2人の背後に男がやって来る。
男「君たち、その話は本当か?」
グリーン「あんたは?」
男「しー……! 私は国際警察!
ロケット団の悪だくみを追っているところだ!」
グリーン「なんかうさんくせーな。アクション映画観すぎのおっさんにしか見えねーけど」
男「さっきの君の話もアクション映画にしか思えんがな」
グリーンは他の手を考えようと言って、イミテの手を取りその場を去ろうとする。
男「あーすまんすまん、気に障ったなら謝るわい」
男が変装を取ると思ったより年老いているのがわかる。
男「わしはヤマブキが封鎖されたとき、地下通路からシルフカンパニーへの侵入を試みた。
しかし毒ガスがばら撒かれていて結局失敗した。
後でわかったことじゃが、毒ガスが撒かれた地点にはシルフのビルに通じる穴が掘られておった」
それを聞いてグリーンは足を止める。
たしかに地下通路には毒ガスがばら撒かれていた。
グリーンはミックスオレでゲートの警備員を買収する前にそれを確かめている。
男「君の話を信じる。もっと詳しく聞かせてくれんか?」
グリーンはシルフカンパニーからグレン島までの出来事を、ブルーとイミテの身の上は省いて話す。
男「そうか、やはりロケット団が。
となると、この船の行き先は……!」
グリーン「そうだよ、だから俺たちは急いでるんだ。じゃーな」
男「君たちのポケモンを見せてくれんか?
それほどの死線を潜り抜けてきたなら相当育てられていることじゃろう」
グリーン「だから、こんな変なおっさんに付き合ってる暇はねーんだよ」
イミテはゲンガーをモンスターボールから出す。
グリーン「何やってんだよ、イミテ!」
イミテ「……この人、悪い人じゃないと思うんです」
グリーンは頭を掻く。
男「こ、こ、このポケモンは……わしのお気に入りのポケモン、ゲンガーではないか!
なぜお気に入りかって?」
イミテ「聞いてませんけど……」
男「……でな……が……
…………可愛くてな……
たまらん……くぅ……
……更に……もう……
すこすぎ…………で……
……そう思うか……
どうして…………好き……
……はー!
…………抱きしめて……
寝るときも……
……じゃろ…………
…………素晴らし……!
……美し……」
グリーン「だんだん自分のポケモンを自慢してるように聞こえるのは気のせいか?」
男「……ありゃ!
そうじゃった、わしはゲンガーを持っておらんのじゃった!
君、このゲンガーをわしに譲ってくれんか?」
イミテ「……ごめんなさい」
男「そうじゃろう!
ここまで共に旅をしてきたパートナーじゃからな!
……で、君のポケモンは?」
男はグリーンに目を向ける。
グリーン「そんなに見たきゃ見せてやる!」
グリーンはフーディンを繰り出す。
グリーン「フーディン、このおっさんにサイコキネシス!」
フーディンは手に持ったスプーンを構える。
男「待て! 人間に攻撃を仕掛けるのは重罪じゃぞ!
ましてやわしは国際警察じゃ!」
グリーン「嘘つくなよ。俺が捕まりゃあんたの身元も割れて正体もわかる」
男「……はー、わかったわかった。
わしは国際警察なんかじゃない」
フーディンはスプーンを持った手を下ろす。
すると男は突然笑いだす。
男「わーっはっはっはっは!
今日はいい日じゃ! ゲンガーにも会えたしな!」
グリーン「どうしたんだこのおっさん」
イミテ「可哀想な人なんですね……」
男「わしのことは、こうようとでも呼ぶんじゃな」
グリーン「こうよう? 変な名前だな」
男「……君たち、急いでおったんじゃな。わしについて来い」
男が港の桟橋からモンスターボールを投げると角の生えた怪獣のようなポケモンが現れる。
そのポケモンは港に飛び込むと大きな波紋を立てて沈み、やがて浮き上がってくる。
男はそのポケモンの背中に飛び乗り、グリーンとイミテもそれに続く。
男「サイドン、波乗りじゃ!」
グリーン「波乗りできんのかよ!?」
3人を背中に乗せるとサイドンは勢い良く泳ぎだす。
目の前に防波堤が見える。
グリーン「ぶつかるぞ、おっさん!」
男「サイドン、突進じゃ!」
防波堤は瓦礫と化す。
乗っている者に衝撃を感じさせないほど重く力強い突進である。
防波堤が囲う港の中に入るとサント・アンヌ号を間近に臨む。
桟橋が船の乗り口から離れるのが見える。
グリーン「船が出るぜ、おっさん!」
男「こっちじゃ!」
3人はサイドンから波止場に降りる。
近くにトラックが1台停まっていて、男はドアを開ける。
サント・アンヌ号は波を立てながらゆっくりと発進して波止場のグリーンたちの間近を横切ろうとする。
大きな船体が大きな汽笛を鳴らす。
グリーン「トラックに乗ってどうすんだよ!」
男はスロープから灯台のある高台と船の甲板を、人差し指で放物線を描きながら差す。
グリーン「ま、まさか……そんなジャッキー・チェンみたいなマネを。
さっきのサイドンの波乗りもだけど、なんておっさんだ……」
男「アクション映画の観すぎなものでな。
これしか方法はない!」
男は1度、咳払いをする。
男「君たちがここまでロケット団を追って来れたのは君たちだけの力ではないことをわかっとるな!」
グリーン「当たり前じゃねーか。
フーディンがいなかったらロケット団とあそこまでやり合えなかった。
……まあ、今まで負けてきたけど最後は勝つぜ!
そしてブルーを取り戻すんだ! なあ、イミテ!」
イミテ「はい! 必ずブルーにこのゲンガーを返します!」
男「君たちとポケモンの絶妙なコンビネーション! 見事だったぞ!」
グリーン「見てきたようなことを言いやがる、このおっさん」
男「それでは……
荷台に乗るんじゃ!」
男は運転席に、グリーンとイミテは荷台に乗るとトラックは急発進する。
男「しっかり掴まっておれ!」
グリーン「言うのがおせーんだよ!」
急発進で頭をぶつけた後である。
グリーンはイミテを片手でしっかり抱きしめ、もう片手で取っ掛かりを掴み、柵を両足で踏ん張って身体を固定する。
灯台がちら、と見えて無重力になる。
グリーン「いけっ、フーディン!」
取っ掛かりを離して甲板にモンスターボールを投げる。
グリーン「フーディン、サイコキネシス!」
フーディンは超能力でトラックを捕まえようとする。
しかし鉄の塊から波長は感じられない。
わずなか熱を感じるだけで、それではどうすることもできない。
グリーンとイミテは荷台から放り出される。
そちらをフーディンはサイコキネシスでキャッチしてゆっくりと甲板に下ろす。
トラックは床板を抉りながら停止する。
空回りするタイヤに板切れが摩擦する音が次第に低くなっていき、やがて止む。
グリーン「大丈夫か、おっさん!」
エアバッグに顔を埋めながら蚊の鳴くような声で答える。
男「……わしに構わず行くんじゃ」
グリーンはドアをこじ開けようとする。
しかし衝突でできた穴にはまって人1人分の隙間も開かない。
男「……心配するな。わしの魂はゲンガーと共にある」
グリーン「縁起でもねーこと言うなよ」
男「……わしの夢は、クチバにあるわしの土地にビルを建てて、外国船を相手に貿易をすることじゃった……」
そこまで言って男は静かに目を閉じる。
グリーン「一体何が言いたかったんだ……
だがあんたのジャッキー・チェンばりのカースタント、無駄にしないぜ」
イミテ「ありがとうございました、こうようさん……
ほら、ゲンガーも」
イミテはモンスターボールからゲンガーを出す。
グリーン、イミテ、フーディン、そしてゲンガーは一同に手を合わせる。
男「わしはまだ死んどらん! 早くロケット団をぶっ潰しに行かんか!」
グリーン「おう、行ってくるぜ!」
イミテ「行きましょう、ゲンガー。
あなたの主人を取り戻しに……!」
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