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草原の狼

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4部分:第四章


第四章

「俺が言った通りだっただろう」
「狼は誇り高い生き物か」
「そうだ。人を襲うことはない」 
 こう息子に告げる。
「決してな。助けることはあってもだ」
「だから俺は助かった」
「そうだ」
 また息子に告げた。
「御前を助けたのは狼だ。他の誰でもない」
「そうだな」
 彼もわかったのだった。実際にそれを見て受けて。それでだから今の父の言葉に対して頷くことができるのだった。
「俺もわかったさ。狼がどういう生き物かな」
「どうだ。我等の先祖であって嬉しいか」
「俺達は狼の息子だ」
 彼はこのことを今はじめて自分の心に刻んだ。
「そうだな。狼の息子だ」
「そうだ。だから狼を嫌うことはない」
 見れば父の顔は綻んでいた。今もまた彼等を見ている狼達を見て。
「誇りに思うことはあってもな」
「わかった。狼は俺達の誇りだ」
 今その刻み込んだことを言葉に告げた。
「これからもずっとな」
 そう言いながらとりわけあの黒い狼を見ていた。その狼もまたジャムカを見ていた。お互いの視線が交差していた。
「なあ親父」
「何だ?」
 彼はまた父に言ってきた。その黒い狼を見ながら。
「あの狼は」
「御前が見ているあの黒い狼か」
「ああ。あいつは何だろうな」
「さてな。ただこんな話がある」
 ここで父はあることを我が子に話すのだった。
「狼は。人間が生まれ変わってなるものだ」
「人間がか」
「そうだ。そして人間は狼の子孫だ」
 またこのことが言われる。モンゴル人は狼の子孫だというその話だ。
「だから。自分の子孫を助けたのかもな」
「俺は祖先に助けられたのか」
「人間にな」
 狼が人間の生まれ変わりならそうなる。そういう話だった。
「助けられたんだ。あの狼に助けられたのか」
「ずっと俺を見ていた」
 今も見ていた。
「見守っていてくれてここまで案内してくれた」
「御前を気に入ったんだな」
「気に入ったからか」
「そうだ。だから御前を助けたんだ」
 今度はこう言う父だった。
「そして狼に気に入られた者はだ」
「どうなるんだ?」
「偉大な男になる。あのチンギス=ハーンのようにな」
「チンギス=ハーンか」
「チンギス=ハーンもそうだった」
 モンゴル人にとって偉大なる存在だ。あのモンゴル帝国を築いた英雄である。彼等の中には今もこのチンギス=ハーンが生きていると言っていいのだ。
「狼に愛され英雄になった」
「じゃあ俺は」
「なるんだ」
 強い声で我が子に告げた。
「いいなジャムカ、偉大な男になれ」
「ああ」
「そして狼に気に入られただけの男になれ、いいな」
「わかった。なってやるさ」
 ジャムカもまた強い声で父に応えるのだった。
「狼みたいにな」
「ああ」
 その言葉の間もずっと狼を見ていた。そのうえで今彼は誓ったのであった。これが後にモンゴルを発展させ中興の者と言われたジャムカの若い時の話である。彼は自らを狼に愛された者と言い生涯狼を愛し続けていた。その彼には若い時にこうした話があったのである。モンゴルにおいて狼はまさに彼等の誇り高い心そのものなのだった。


草原の狼   完


                  2009・4・7
 
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