ベスト・パートナーは貴方だけ
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囮
廃工場の内部は、当り前の事だが中には余り物がない。
鉄でできた枠組みと二階に向かう階段。
その二階も含めたそれよりも上も壁が崩れ落ちて空いている。
赤いさびが目立つ壁は年代を感じる……気もしたが、確か夜逃げしたのが一ヶ月くらい前だったわと、アリシアはふと思い出した。
その後にやってきた銀行の人達といった借金取りが大量に押し寄せていたので、確かだろう。
あの日は見回りと称してアーノルドと夜風に吹かれながらいい雰囲気になるよう頑張っていた所で、それに遭遇したのである。
おかげで、そのアリシアの計画は失敗したわけだが……。
嫌な事を思い出して、アリシアは呻きそうになりながら目の前の危機について考える。
とりあえずは廃工場で、お金に変わりそうな物はほぼなくなっていた。
残っていたのは千切れた紙や、穴のあいたバケツ、からの大きい木箱や金属製の箱が所々に積まれている。
もちろん中は空だ。
他には誰だかが分からないが勝手に物置場にしているらしく木材の束や金属柱の束があるがその辺りはどうでもいい。
この空箱は積みあげればそこそこの高さになり、彼らからこちらの姿を隠すのに使える。
そう思いながら、その彼らが入ってくるであろう先ほどアリシアが開けた穴という名の入口から見える範囲を考えつつ、空箱の後ろを隠れるようにその入口から少しでも離れる様に逃走する。
やがて背後に壁と階段が見えてきた所で、廃工場の奥にある箱に隠れるようにして、アリシアは様子を見る。
彼らの姿は見えない。
この背後にはまた壁があるが、少しでも“有機魔素化合物”を節約したいので、普通の出口から逃げ出せればいいとも思う。
こんな場所ですぐ様、“有機魔素化合物”を作れれば楽でいいのだがそうもいかない。
とはいえ走りっぱなしなので息を整えるのには、丁度いいとアリシアは思う。
そこで、つかの間の休息を得たアリシアは、そこでシャーロットに話しかけられる。
「助けて頂いてありがとうございました」
「いえ、偶然通りかかったのと八つ当たりも兼ねていただけだからね」
「……デザイナーズチャイルドといっても、態度が変わらないのですね」
シャーロットがそこでほんの少しだけ微笑む。
それにアリシアは首をかしげて、
「何で態度を変えないといけないの? 貴方は貴方でしょう?」
そのアリシアの言葉はシャーロットには衝撃的だったらしく、茫然とアリシアを見る。
けれどアリシアにとっては何がそんな変に聞こえてしまったのかが分からない。
と、深々と嘆息してシャーロットが、
「私は特殊なデザイナーズチャイルド、“高度知的生命体”です」
「“高度知的生命体”? ……以前会った子は、“魔女の智慧”でちょっとした炎を出していたけれど……」
「カレンノワールを御存じなのですか? 私もよく知っている子です」
「以前ちょっとね。んー、でもそんなにすごい事はできないと聞いたわ。せいぜいそこらにある薬品なんかを使えば再現できる事しか、自分達には能力はないって」
「……はい。それでも彼らにとっては重要な物らしいです」
「……まあいいわ。貴方を保護者に引き渡す。これは“約束”だから守るわ。それで何処に行けばいい?」
「リーンバーグ研究所まで行けば何とかなるかと」
「ちょっと遠いけれど、何とかするわ」
アリシアがそう答えた所で、少し高い場所で隠れるように様子を見ていた“機械妖精”のメイベルが飛んできて、
「き、来たよ」
「それで出口はどちらの方にあった?」
「多分あっち」
指さす方向は壁だ。
開かれているとはいえ、窓もあるにはあるのだけれどその開ける音で気付かれる可能性もあるし、その先が行き止まりなのは困る。
だから“機械妖精”のメイベルに探しに行ってもらったのだ。
ただ見る限り壁しかこちらから見えないので、もう少しずれた場所、荷物で隠れたその先にあるのだろう。
ただ少しの移動で彼らに場所が気付かれるのも考えられる。
現在アリシアが隠れている場所からそちらに向かうのは、あの怪物と一度対峙しないといけないかもしれない。
片腕がとれたといっても、その巨体を動かす“蒸気機械兵”は脅威だ。
どうしよう、どうすればいい、不安がアリシアの中で膨らむ。
アーノルドならこういった時にどう行動するだろう?
ああ見えて人のいい所がある彼を思い浮かべながら、彼の横に立ちたい自分を思い描きながらアリシアは、決めた。
「ここに隠れていて。私がよんだらすぐに……出口に向かって走りなさい。ここは私が食い止める」
「でも……」
「一人の方が身軽に動けるから、危険が少ないの。……いいわね」
何かを言いたそうなシャーロットを残し、そこでアリシアは奇襲をしかけるべく移動を開始したのだった。
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