SAO-銀ノ月-
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第八十九話
前書き
GGO編、完
「……これが、俺があの世界でやってきたことだ」
GGO――ガンゲイル・オンラインという仮想世界で起きた《死銃事件》について、自分が体験したことを全て話し終わる。今回の話を持ってきた、ある意味では元凶とも言える菊岡さんには、もうキリトと何回か話したことだ。つまり、この話を語るべき相手は他にいる。
「…………」
SAO生還者用支援学校。その教室の片隅で、篠崎里香は真剣にその話に耳を傾けていた。あまり外部に漏らしてはいけない話題ではあるが、彼女もれっきとした当事者の一人であり、この事件のことを知る権利がある。
……何故なら彼女もまた、俺とキリトがGGOにログインしていた病室で見守ってくれていたからだ。その左手の感触は、最後のリーベとの決戦で決め手となった……と聞くと、何やらオカルトかロマンチックな話で、とても他者に話せる内容ではないけれど。
GGO本戦が始まる前、里香とゲームセンターに遊びに行った後に別れたが、何と彼女は俺が行くであろう場所に当たりをつけて先回りし、先に俺がログインする所沢総合病院にたどり着いていたらしい。そこに俺が入っていくのを見て、気づかれないように待っていようとしたところ、菊岡さんに招かれてあの病室で俺を見守っていた――らしい。その後、菊岡さんを締め上げた明日奈も同じように病室に来たらしく、二人で《死銃事件》のあらましを聞いた後、それを応援しながら見守っていたとのことで。
それからキリトとシノンによる本物の死銃ことSterbenの撃破、現実世界の死銃たちの逮捕や警察からの取り調べなどがあったが……それは置いておいて、彼女に自分から事件のあらましを話していた。里香も菊岡さんから聞いた話ではあるだろうが、自分自身の口から話さなければならない、というけじめ――いや、自己満足に付き合ってもらっていた。
「それで……その、リーベって子は」
里香から来た質問に対して、首を振ることで答えを示す。自分と戦った踊り子――SAO失敗者と名乗っていた彼女は、《死銃事件》の関係者として捜索されたにも関わらず、現実での正体はまるで分からず……住所を突き止めて捜査に及んだものの、もうそこに彼女の姿はなく、行方不明とのことだった。実際にはもっと掴んでいるのかも知れないが、菊岡さんはそうとしか知らせてくれてはいない。
「本当に亡霊だったのかもな」
浮遊城の亡霊。まさかそんな筈はないと分かっているにもかかわらず、ついついそう自嘲するように笑ってしまう。
「こら、そんなこと冗談でも言わないの」
まるで子供に言い聞かせるように怒られてしまい、そんな自分が凄くかっこ悪くていたたまれなくなる。両頬をピシャリと叩くと気を取り直して、いつまでもあの浮遊城に囚われるんじゃない、と自らに言い聞かせていく。それでも……正直、あのリーベの現実がどういう人物か気にならない、と言えば嘘になる。出来ることならば、顔をつきあわせて話すこともしたかった――あのSAO失敗者と。
……最後に彼女が言った言葉の中に含まれていた、『助けて』という言葉が嘘でないのならば。
「……愚痴に付き合わせちゃって悪かった。東北旅行、行きたかったんじゃないか?」
「旅行って雰囲気じゃないし……それでも、あの二人に割って入る勇気はないわよー」
里香が肩をすくめながら苦笑するのに、確かにその通りだ――などと思いつつ。先日、シノンより一足先に警察からの取り調べが終わったキリトは、明日奈を連れ添ってどこかへ向かっていった。シノンに関わることらしいが、俺はその件に関わることはなく……里香とともに学校に来ていた。何やらシノンについて話したいことがあったようだが、深刻な話なら必要以上にもらす必要はないだろう、という俺の言葉に、キリトはしぶしぶ納得しながらも。
「昨日帰ってきたんだっけ?」
「ああ。何がかは知らないけど上手くいったって。で、今日はALOに誘ってみるってさ」
あのシノンが妖精の世界に興味を持つかは分からないが――と、心中で小さく呟くと、その言葉を聞いた里香が突如として机に身を乗り出した。
「あたしたちの装備、まだ直してない……!」
そう愕然とする里香に一瞬理解が遅れた後、そういえば、と思いだす。確か里香たちでクエストに行った結果、防具に多大なダメージを受けてマント生活だとか何とか、GGOの本戦前に会った時に言っていた。それも、酸で穴が空いたような状態だとか何とか。
「……それじゃダメなのか?」
「ダ、メ、よっ!」
せっかく新しく友達になれるかもしれないのに、マント姿じゃかっこつかないじゃない――と、力強く否定した後に里香の台詞はそう続いていく。
「あんただって当事者になったら、絶対直しにいくでしょ? どうでもいいーみたいな素振りしといて、実のところかっこつけなんだから」
「…………」
彼女から評された一条翔希という人物評に、反論の言葉一つどころかぐうの音も出ない。内心かっこつけで悪かったな――と思っていると、里香は自らのポケットから携帯端末を取り出していた。
「さっさと直しにいかないとねぇ……じゃあ翔希。そういうわけで今日はALO集合、ってことで!」
同じく装備を破損していた珪子と直葉に連絡を取っているのだろう、里香は高速で端末をタッチしている。……確かに久々にALOにいきたい気はするものの、女性陣の装備の整理に付き合う、というのは新手の拷問か何かか。
「俺もか?」
「あら。翔希が約束を破ったせいでこうなったんだから、もちろんよ?」
「む」
冗談めかした言葉だったが、そう言われると耳が痛い。元々里香たちと行こう、という約束をすっぽかしたのは、GGOを優先したとはいえ自分なのは確かだ。
「そもそも、何で壊され――」
「リズさぁぁぁん!」
そんな俺の疑問は、新しく教室に入ってきた闖入者の声にかき消された。小柄な身体にツインテールが揺れており、そんな外見をしている知り合いは一人しかいない。
「ホントですか、VRMMOやってる女の子が来るー、って!」
「はいはい、本当だから落ち着きなさい。それと里香ね、里ー香」
本名とプレイヤーネームが比較的近いからか、よく間違われる名前をうんざりした顔で訂正しながら――本名そのままの俺や明日奈よりはマシだが――里香は、慌ててきた珪子に注意する。
「えへへ、ごめんなさい。やっぱりそういうのって嬉しくて!」
近い世代のプレイヤーがそんなに嬉しいのか、珪子は喜びに震えつつも行儀良く俺たちに一礼しながら、近くにあった椅子へと座りこむ。
「あ……ごめん翔希、何だっけ?」
「何でそんなに壊されたのか、そういや聞いてないと思ってさ」
「色々無理しちゃいまして……」
リズたちが行ったクエストは、旧SAOのものをリメイクしたという《天使の指輪》クエスト。敵に捕まった天使だか女神だかをパーティーで助けて、そのパーティーの絆の証としてとある指輪を貰う……という、シンプルなクエスト。その指輪というのがこのクエストでしか手に入らないもので、レアアイテムを求めてさぞ挑戦された……という訳でもなかった。
そのクエストで手に入る、二対の指輪の効果は……『一定期間だけ短い言葉を対の指輪に届ける』という、メッセージでまったくもって構わない代物で。一応、プレイヤーとしての矜持として――キリト談――一回はクリアしたものの、特に賑わうこともなく。とはいえ、女性プレイヤーには人気だったらしいが……
「私もSAOの時にクリアしたんですけど、ALO風にリメイクされてて、結構やりごたえがあったんですよー」
「クリア出来たのはクロのおかげよねぇ。……まあ、こんなボロボロになったのもクロのおかげだけど」
里香が撮ったスクリーンショットに写る、キリトそっくりのアバターを使った女プレイヤー。自分たちと同じSAO生還者であり、このクエストに単独で挑んでいたらしい。ただ、SAO事件から半ば自暴自棄なスタイルだったらしく――自分にも覚えがありすぎる――それを守るためシリカたちも突出した結果、みんな揃ってボロボロになったとか何とか。
「でも、最後は笑って『またよろしく』って。そう言ってくれたから、大丈夫です!」
「それは何より、だ。強いのか?」
「うーん……見たとこ、あたし以上リーファ以下、ってとこかしらねぇ。《二刀流》は頑張って再現してたけど」
往年のキリトに憧れていたらしく、その戦闘スタイルは《二刀流》。もちろんスキルの補助もなく、あくまで模倣ということらしいが。
結局、報酬である《天使の指輪》は四人でそれぞれ交換し、再開を誓い合って別れた――とのことで。もちろん良い話ではあるが、壊れた装備という現実……いや、仮装現実は変わらないわけで。
「それで、直すアテがあるってどういうことですか? 里香さん」
「ん? 直すアテあるのか?」
画像を見ただけでもこっぴどくやられたと分かり、かつ服などの修復は里香といえども専門外だ。生半可なNPCショップでは直せない程だろう、とも考えていたが、何と里香には直すアテがあるとのことで。
「ふふふ。里香さんをナメないで貰いたいわね。でもま、それは直葉にも連絡取ってからね」
どうせあの子ヒマしてるでしょ――とさりげなく酷いことを言いながら、里香はどうだ見たか、と言わんばかりに胸を張る。ずっと見ていたい衝動に駆られるものの、何とか目を逸らして買っていた缶コーヒーを飲む。
「もったいぶらないで早く教えてくださいよー」
「ダーメ。楽しみに待っときなさい。どうせあの子ヒマしてんでしょうから、すぐ返信帰って……来たわね」
もはや学校に行く予定も義務もない中学三年生たる直葉に対して、里香が微妙に的を射た事実かつ酷いことを言ってのけた瞬間、里香の端末に直葉からの返信が来たことを告げる音が響く。……どうやら本当に暇だったらしく、すぐにでも会えるとのことで。
「珪子、今日はまだ授業ある?」
「私は今日は終わりです! 翔希さんたちは?」
「俺たちももうないな」
それは里香も同じことであり。近くにある喫茶店の場所を直葉に教えながら、ひとまずそこで集合することにすると、俺たちは揃って教室をを出ることにする。
「翔希さん。キリトさんからGGOの話は聞きましたけど、大変だったみたいですね……」
「色々あったけど俺は元気です」
「何よあんたその口調」
などと、取りとめのない話を続けながていると。俺たちの背後から、何かが走ってくるような物音が響いていた。
「――リズ! シリカ!」
そしてその背後から、またもやプレイヤーネームが大声で呼ばれ、里香が眉をひそめて言い返そうと後ろを振り向くと――その物音を発していた人物に、二人は思いっきり抱きつかれた。
「やっと会えました!」
里香と珪子に突如として抱きついてきたのは、この学園の制服を着た、ユルくウェーブのかかったロングヘアが特徴的な見たこともない顔の少女。絶対的に生徒の数が少ないおかげというべきか、顔も知らない生徒はいないはずの学園で。
「……誰?」
……ほわほわという擬音が似合う笑顔を浮かべている少女に対し、俺が思っていることと寸分違わぬことを里香が呟いた。
「……クロさんなんですか!?」
喫茶店で合流した直葉のリアクションは、先程の里香に珪子と全く同じ反応だった。目の前に現れた彼女は、先に里香たちと《天使の指輪》クエストに行ったクロ本人である、という。確かにSAO生還者だったならば、あの学校にいてもおかしくはないが……
「改めて自己紹介しますね。私の名前は柏坂ひより、といいます。よろしくお願いしますね」
しかして、激闘を繰り広げている際のキリトに似た姿をしているアバターとは対照的に、ひよりと名乗る少女はどこか……改めて挨拶するのに深々と頭を下げるような、そんなのんびりとした少女だった。《クロ》の時は気を張っていたのか、どうやらこちらの方が素のようだけれど。
「あ……桐ヶ谷直葉です。よろしくお願いします」
「はい。SAO事件が終わってから学校行けてなかったんですけど、皆さんがいるならいけそうです。『向こう』と同じように、何だか背中を押されちゃった感じで」
「ひよりさんが来てくれれば楽しいですから、そんなことないですよ!」
遅れて合流した直葉がやや緊張した面もちで自己紹介し、ひよりがその自身の事情――先程学校にいたのは、入学前の見学のため立ったらしい――ということを語る。その《天使の指輪》クエストに関わっていないこちらとしては肩身が狭く、その分だけ頼んだコーヒーが他の面子より消費量が多い……と思っていた側からなくなった。
「すいません、コーヒーおかわりお願いします……直葉はどうする?」
「お、同じのお願いします!」
「でも驚いたわよねー。あんなキリッとしたクロが、何かふわーっとしてるんだもの」
「ふわーっと……ですか」
俺と直葉が店員の方にコーヒーを二つ頼んでいる間に、やはり気になっていたことを里香が問い直す。それを不思議そうに首を傾げているひよりに、そういうところがふわーっとしてるって言われるんじゃないか、と思いながら。
「何だか口調がハッキリしちゃうのは、VRMMOにログインしてる時の昔からの癖でして……アバターもキリト様みたいだったから、余計男勝りだったかもしれませんね」
彼女の口から発せられる『キリト様』という文言で吹き出すのを堪え、本人が聞いたらどう思うか考えて堪えきれず、コーヒーを飲んでいない時で良かった、と思いながら吹き出す。そんな自分の様子を、ひよりが不思議そうな視線で覗き込んでいた。
「そういえば、先程はごめんなさい。里香も珪子も向こうとそっくりだったから、つい嬉しくて」
「あー……あたしたちのはSAOのデータ引き継いだのだから、ランダムアバターじゃないのよね」
「データの引き継ぎ、ですか?」
SAOのデータを引き継げることを知らないのか、里香が言ったことをひよりはオウム返しに聞き返す。
「はい。SAOのキャラデータって引き継げるんですよ!」
「その……わたしはSAOに行ってないから、違いますけど」
熱心に説明する珪子の傍ら、この中で唯一SAO生還者でない直葉が、少し疎外感を感じたようにぼそりと呟く。完全に吹っ切ることが出来ていないその感情に対し、気持ちは分かるが直葉に釘を刺そうとすると――脳裏に、あのSAO失敗者のことを思いだす。彼女も……リーベも、同じ気持ちだったのだろうか……?
「リーファはリーファで、金髪ポニテが羨ましいからいーの!」
それに気を取られている間に、里香が先に直葉へのフォローをこなしてしまう。照れくささを捨てるのとリーベのことを頭から追い出すと、ひとまず気を取り直して。
「……それより、装備を直すアテって何なんだ、里香」
「そうでした! もうもったいぶらないで下さいよ、里香さん!」
そんな無理やりな話題を逸らしの最中、店員の方から自分と直葉の分のコーヒーが届けられた。俺たちがミルクや砂糖を自分好みにカスタマイズしている間に、里香は「分かった分かった」とでも言うように手を振った。
「アシュレイさん……って知ってる?」
「……誰だ?」
「あのSAO1のカリスマお針子さんですか?」
俺と直葉が知らないという反応を返す最中、対して珪子とひよりはその名前を当たり前のように聞き返す。そう言われてみれば、SAOで名前を聞いたことのあるような気もするが、やはり珪子やひよりのように得心はいかない。
「ま、そのアシュレイさんがALOにいるって明日奈から聞いてね。せっかくだから会ってみたいついでにね」
「直葉、余ったけどミルクいるか?」
「あ、ありがとう」
「そこー、関係ないみたいにしなーい」
そう言われても、直葉はともかく自分は関係ないことは事実であり。直葉に余ったミルクを押し付けながら、おかわりを頼んだコーヒーを口に含んでいると、そういえば桐ヶ谷夫妻の行き着けのお針子だ、とも言っていたことも思いだす。その縁で再会したということだろう。
「あの人なら絶対直せますね! ……ってそれ、里香さんじゃなくて、明日奈さんのおかげじゃないですか……」
「親友の功績はあたしの功績ってことで」
「そうだ!」
そんなことを納得いかない、という顔をした珪子に言ってのける里香を後目に、直葉が名案を思いついたように手を叩く。
「なら誰かの家で集まって、みんなでログインしない?」
「いいですね直葉さん! そういうのやってみたかったんです!」
「女子会……ですか?」
「その女子会、性別が違う奴が一人混じってないか?」
女三人寄ればかしましいとは言ったもので。そこにさらに一人加わっているのだから、騒がしいのも道理であり。女子の雑談に適当な相槌を返していると、気づけば女子会が発足しようとしていた。凄まじいほどの会話の発展速度に驚いていると、里香がアニメの裁判長が判決を下すような、そんな動作で大げさに宣言する。
「そうと決まれば善は急げ、翔希の家で女子会ね!」
「おい待て」
「まあまあ、ここはあたしたちがもつからさ! ……あ、ひよりも座ってていいわよ、新入りサービス!」
そう言って里香は勘定のレシートを持つと、珪子に直葉を連れてレジの方へ向かっていく。そんな彼女の様子に息を吐きながら、俺は諦めて残ったコーヒーを飲み干そうとしていると、同じように残っていた飲み物を優雅に飲んでいるひよりと目があった。
「その……大丈夫ですか? 翔希さん」
「まあ大丈夫だよ……これぐらいなら。ありがとう」
遠慮がちに聞いてくるひよりに「気にするな」とばかりに手を振ると、ひよりは何かおかしかったのかクスリと笑う。
「里香さんと信頼しあってるんですね」
「ゴホッ」
恥ずかしげもなくそんなことを言ってのけるひよりに、気恥ずかしくてコーヒーを噴き出しそうになるが、何とか堪えて……無理だった。当のひよりは、そんな俺を不思議な様子で見つめながら……それから、どことなく寂しげな表情を見せた。
「皆さんのその強さが、SAOをクリアに導いたんでしょうか」
「…………」
ひよりの真摯な言葉に対して、俺も飲み干したコーヒーのカップを机に置いて、一人のSAOプレイヤーとして対話する。かつて無理に気勢を張っていた自分に似た、キリトを強さの象徴として姿を真似ていた少女に対して。柏坂ひよりというSAO帰還者ではなく、SAOを体験していた一人のプレイヤーに。
「そうもしれない。だけど、そんな強さもういらない……今は、あんなデスゲームじゃないんだから」
独白は続いていく。GGOで邂逅したSAO失敗者と《死銃》に、自分たち以外のSAO帰還者というひよりに、それらと会って得た結論を。
「今は精一杯ALOを楽しもう。いなくなった奴らの分まで」
「そう……ですね……」
デスゲームのことを忘れることなど出来はしないけれど、あの頃の浮遊城はもう無いのだと。SAOにいつまでも囚われる失敗者ではなく、真に生還者となるべく。……口下手ながらそんな気持ちを伝えた言葉に、ひよりは何を思ったのかニコリと笑う……寂しげでは、あったものの。
「だから要するに……何だ。ALOを楽しんでいこう。これから一緒に」
「はい。ずっとレベル上げばかりだったので、これからALOのこと教えてください」
「コラそこー! イチャイチャしてないで行くわよー!」
会計を済ませた里香からの理不尽な怒りの言葉が響き渡り、それに苦笑いしながら俺たちも席を立つ。そしてふと思い立つと、俺は使い古した携帯を取り出した。
「悪いひより、ちょっと先に行っておいてくれ」
「……? はい」
怪訝な表情をするひよりを先に行かせると、俺はある人物へと連絡をかける。直葉が来れるなら彼も来れるだろうと、この苦痛の女子会からの助けを求めるために。
「あ、もしもし――」
こうして、俺たちは《死銃》事件という非日常から、ひよりも加わる日常に戻っていき……
……対して『彼女』の物語は、変わらずそのままで。
――とある病院のベッドにて、成人男性ほどの男が横たわっている。一見健康に見えるその青年は、身動き一つすらすることなく、ただただ横たわっていた。
だから、死んだなんて信じられなくて。
「なんで……なんで……なんでよ……」
青年の亡骸に対して小柄な少女は一目もはばからず泣いており、嗚咽とともにずっと同じ言葉ばかりを繰り返していた。誰が答えられる訳でもない疑問の言葉を。
「なんでお兄ちゃんは死んじゃったの……?」
デスゲームと化したソードアート・オンライン。かの事件にその兄妹は巻き込まれており、兄はアインクラッドから帰還することなく死亡――その現実を前にしながら妹は、まるで壊れた機械のように、『なんで』、と繰り返す。
「なんでお兄ちゃんは死んじゃったのかな……なんで……アインクラッドに行けば、分かるのかな……」
――夢を見ていたような気がする。どんな夢だったか思い出そうとしても出来ないので、彼女は考えることを止めて目を開ける。装着していた《ナーヴギア》を外すと、天井に貼り付けたアインクラッドのポスターが、視界へと飛び込んでくる。
「あー……楽しかったァ……」
今し方まで行われていたGGO――ガンゲイル・オンラインの決勝戦を思い出して、彼女は小さく感じて身を震わせる。相手の前に爆弾を置いて勝ちを確信した瞬間の、無かった筈の左手で自分ごとこちらも爆死させる荒技。
こちらを捕らえんとする懸命に伸ばされる手に、自分以外の何者も見ていないような、それを思い返すだけで達してしまいそうな射抜く眼光――
「ぁは♪」
アインクラッドで行われていたような、命と命を賭けた熾烈な戦いに近いものが出来たと確信できるが、やはりそれは近いものでしかない、というのも確かなものだ。彼も戦いが終わる間際に言っていた――生きているうちは負けじゃない、とも。この世界では負けても死にはしない、とも。
「分かってる、分かってるよショウキくん……今度は、負けたら死ぬところでやろう、ってことだよね?」
ここにはいない彼にメッセージを呟く。もちろん届くわけはないが、いつか遊ぼうという子供じみた約束の宣誓。それが終わるとその小柄な身体を布団から立ち上がらせ、彼女は机に備え付けられたパソコンに踊るように向かう。その楽しげな気持ちを抑えられないように。
「GGOであれだけキモチイイんなら、ホンモノはどれくらいなんだろ?」
呟きながらパソコンのセットアップを待つと、新着メールが来たことを知らされる。慣れた手つきでメールを開封すると、相変わらず日本語と英語が混じったような文面が表示される。《死銃》についてはもう終わりで、次のゲームに移るという内容だった。
「あーあ、やっぱりステルベンくん負けちゃった?」
自分も人のことは言えないわけだけれど。それだけ確認してパソコンを閉じると、早々と身支度を整えていく。《死銃》事件がトリックがバレて表面化した以上、この家に警察が来るのも時間の問題のため、メールの主がそれより早く迎えの車を出してくれるということだ。今度はもっとエキサイティングなゲームで、ショウキと戦わせてくれるという約束つきで。
そうと決まれば話は早いと、さっさと身支度を整えながらも、きちんとオシャレはかかさないでおく。軽く化粧でもしようと鏡を見ると、そこで彼女は初めて自分のある状態に気づいた。
「あれ……ウチ、泣いてる?」
悲しい夢だったのかな――と、続けて呟いた彼女だったが、次の瞬間には涙を拭き取って歌を歌い始める。泣いていたといっても、涙は一筋だけ伝わっていただけに過ぎず……それでも、涙の痕はしっかりと残っていたが、それも化粧に上書きされていき、見える範囲ではすっかりと消え去った。
後書き
まさかGGO編最終回と謳っているのに、シノンに死銃兄弟が出てこないなんて夢にも思いませんでした(すっとぼけ
そんな訳で余計なフラグを建てながら。次回からガールズ・オプス編へと入ります。ガールズ・オプス読んでないよ、という方もこれを機にお近くのブックオフまで。
おまけ:蓮夜のガンアクション成長への軌跡。
ガンアクション(棒立ち)→ガンアクション(銃撃ってる時は棒立ち)→ガンアクション(水落ち)→ガンアクション(カット)→ガンアクション(次回)→ガンアクション(まだ次回に引く)→ガンアクション(祝 お気に入り600件)→ガンアクション(
リーベ「達磨さんが転んだしよ!」
ショウキ「なるほど、チョコラテ・イングレスか」
リーベ「えっ」)→ガンアクション(決着……?)
成長が実感できるっていいものですね(棒)
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