SAO-銀ノ月-
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第八十八話
朽ち果てた主街区のメインストリートにて、二人きりの決戦が始まろうとしていた。笑う踊り子を目標に捉え、俺はそちらに向かって駆けていく。距離にして目測で50mほど。
本来ならばショットガンたるAA-12の必殺の距離ではあるが、ナーヴギアでログインしているリーベには、この距離で撃ったところで当たりはしない。それは先刻承知、彼女の主兵装たる爆弾を封じるためにも、挑むべきは接近戦。
「で、も。ステージで踊る女の子にはおさわりNG!」
そう言いながらリーベが指を鳴らすと、俺の足元から白煙が立ちこめていた。地雷か――と思いながら白煙の正体を確認すると、それは先程こちらに投げられていた、リーベが俺を監視するために使っていたという双眼鏡――
「ばぁん!」
いつぞやの予選でラジカセに爆弾を仕込んでいたものと同様に、リーベのかけ声とともに双眼鏡が爆発すると、辺りに更なる白煙を撒き散らしていく――煙幕だ、と思った瞬間には、俺の視界は全て煙に巻かれていた。
「このっ!」
慌てずAA-12の弾倉を特殊弾頭《FRAG-12》が入っているものに変えると、今もなお白煙を撒き散らし続けているであろう、リーベの双眼鏡があった場所へと引き金を引く。小型のグレネード弾ともいえる《FRAG-12》により、あっさりと双眼鏡は爆散――そしてその爆煙により、辺りを包み込んでいた白煙を吹き飛ばす。
「…………」
――しかし、視界には既にリーベの姿はなく。現在地は主街区の中心部と、辺りは廃墟ながらもビルだらけだ。隠れる場所ならいくらでもあり、しらみつぶしにリーベを探していては時間がいくらあっても足りない。
「ショウキくん、こっちこっち! 鬼が逃げちゃうよ?」
気配を探るまでもなく、彼女はビルの屋上からこちらに手を振ってきていた。……この期に及んでも、彼女はまた俺と遊んでいるつもりなのだ――ハッタリでなければ、リズの命を天秤にかけて。
「こーなーいなーら、こっちからイッちゃうよ!」
弾倉を《FRAG-12》用のものから通常弾頭のものに変える以外は、特に反応を示さない俺に業を煮やしたのか、ビルの屋上に逃れた筈のリーベが先に行動を起こす。近いうちに聞いたことがある、連続した爆発音が辺りのビルから鳴り響いていき――《死銃》と遭遇したスタジアムでの、スタジアムの支柱を爆発させ、スタジアムごと中にいる人間を生き埋めにする爆発音と同じ音――俺はリーベが何をしようとしているのか悟る。
――辺りのビルを全て倒壊させ、俺がいるメインストリートを圧殺しようとしている。
「くっ……!」
スケールの大きすぎる先制攻撃に、つい苦悶の声を漏らしながらも、俺はリーベがいるビルへと走っていく。リーベ本人をも巻き込まれるこの攻撃ならば、リーベがいるビルは巻き込まれないよう倒壊しないはずだ――と考えた俺の行動をあざ笑うかのように、目の前のビルが爆発を起こした。
「残念。ショウキくんがもう少しチキンだったら、今ので終わってたのにさ?」
そんなリーベの言葉が不思議と耳に伝わりつつ、目の前のビルが俺に向かって倒れかかってきた。爆発によって止めていた足を動かすと、ビルの影から外に身体を無理やり飛び込ませる。寸前のところでビルは避けられたようで、自分のすぐ横を倒壊したビルの破片が炸裂していく。その振動に足を捕らわれていながらも、何とかリーベの位置を確認しようと上を見ると、既に飛び移っていたのか他のビルに踊り子の姿を臨む。
「お次はドミノ倒し!」
「……ッ!」
次に爆破されて倒壊するは先の隣のビル――つまり、今俺の正面にあるビルである。一斉にビルを爆破せずにしているのは、こうしてこちらの疲労を煽り、逃げ場のない最後のビルにまで誘導するためか――ならば、このままリーベの思い通りに逃げ回るのは下策。
「…………」
集中。倒れ込んでくるビルを前に逃げ回る選択を止めると、あるポイントを見極めてその場で立ち尽くす。徐々に濃くなっていく影と風を切る音に惑わされることはなく、圧倒的な質量兵器と化したビルに対し、俺は狙いすましてAA-12を構える。
そして倒れ込んでくるビルへと斉射。今まであらゆるものを破壊してきた鉄の暴風雨だったが、当然のことながらビルを破壊することは出来ない――が、ガラスなどはないに等しい。
AA-12の薬莢が吹き飛ぶ度にビルの一部のガラスが細かく砕かれていき、中の部屋にあったものも爆発の余波もあって、もはや原型も留めないほど粉砕され――ビルは俺に向かって倒れ伏した。
しかし動ずることはなく――俺の頭上に落ちてくるものは、何もなかったからだ。俺の頭上に落ちてくる筈だったものは、既にAA-12によって粉砕されており、ビルの一室にスッポリと入る形となり。ガラス片程度は来たものの、俺は無事のまま倒壊したビルの一室にいた。
「ふぅ……」
考えていたことが成功したことに一息つきながら、俺の頭上にあったものを全て粉砕したことで弾切れとなったAA-12の弾倉を交換すると――もうその数も少ない――携帯端末を取り出した。ふと15分経過していることに気づき、キリトたちは無事なのか気になり、小休止がてらサテライト・スキャンを確認する。
キリトとシノンの反応は健在だということに安心しながら、その近くには《闇風》というプレイヤーと、死銃こと《Sterben》が少し離れた距離に。あちらもあちらで戦いが繰り広げられているようだ、と端末を閉じようとすると――俺と同じ建物の中に、もう一人のプレイヤーの反応があった。
「――――」
俺以外にいるプレイヤーなど一人しかいない。その動きに戦慄しながらも、油断なくAA-12を構えながら、天窓となったドアをジャンプしながら開けると、倒壊して上下左右やドアに窓の配置があべこべになった、ビルの廊下へと出る。そこには――
「や! ショウキくん!」
――そのもう一人のプレイヤーこと、リーベがちょこんと鎮座していた。いつの間にビルの屋上から、この倒壊するビルに入っていたのかは知らないが、とにかくこちらに向けて手を振っている。
「……どうした、逃げないのか」
「んー。男の子に必死になって追ってもらう、っていうのは女の子の夢なわけだけど。ウチの趣味じゃないや!」
軽口を叩くように問いかけたその言葉に対して、リーベは飄々と返しながら、「ホイっと」と声を出しながら立ち上がる。彼女が踊るようにステップを踏む度に、腕についたレースが揺れていき、ピンク色を基調とした踊り子の服は自己主張をする。埃や壊れかけの電球が照らす薄暗い廊下の中、その踊り子だけは、煌びやかなステージに立っているかのように。
「ウチとしては男の子に追われるより、お互いの吐息が交わる距離で愛し合う方が――スキっ!」
そして一足飛びでリーベはこちらへと駆けてくる。AA-12の引き金を引き――引こうとした時には、既にリーベは眼前に迫っており。反射的に横を薙ぐ蹴りを放つと、リーベはその小柄な身体を活かしてしゃがんで避けると、俺の懐に入る。
その手には、魔法のようにナイフが握られており――
「……のっ!」
リーベがどこからか取り出したナイフの凶刃が振るわれるより早く、俺はジャンプの要領で横薙ぎしていない方の足を振り上げ、半ば無理やりリーベに蹴りを叩き込む。もちろんそんな無理な態勢から放った蹴りが当たる相手ではないが、その間に零距離でAA-12がリーベに向けられる。
「ッ!」
流石にこの距離で避けきるのは難しいのか、リーベはAA-12から逃れるように離れていく。その間に俺は着地しながら態勢を整えると、AA-12を放つ――のではなく、後退するリーベへとこちらから接近すると、足元を狙った鋭いスライディングを放った。
そのスライディングをリーベは小さくジャンプして避けてみせるものの、そのため身体は身動きの取れぬ空中へと投げだされる。その真下をスライディングで通り抜けながら、俺はAA-12で空中に飛ぶリーベへと発射する――が、彼女と俺の間に突如として『壁』が出現する。
その壁はリーベへと放たれたAA-12の弾丸を全て防いでみせながら、重力に従って真下にいる俺に落下する。勢いのあるスライディングをしていたことが功を労し、何とか壁に押しつぶされるという事態は避けると、クルリと前転して立ち上がり、立ち上がる隙を狙っていたリーベにAA-12の牽制弾を放つ。先のナイフや壁、予選の時もそうだったが、リーベはどこからかアイテムを高速で出現させる術を持っている。まだどんな隠し弾を持っているか――
「あはっ」
――などと考えている場合ではなく、リーベはまたもや眼前でナイフを煌めかせてきた。右手で突きだしてきたような態勢のナイフを、俺はカウンターのような回し蹴りで当てると、ナイフはリーベの手から離れて廊下へと転がっていく。再び素手となったリーベに、AA-12を構え――
「ッ!?」
――俺の腹部を嫌な感触が貫いた。そこにあるのはリーベの左手と、俺の腹部に浅く突き刺さったナイフだった。突き出された右手はフェイク……そちらに視線を隠された左手にナイフを出現させ、こちらが攻撃の態勢に移る瞬間に突き刺す。
しかし、リーベの体格とナイフという武器の関係上、突き刺されたその傷は浅い。気にせず反撃しようとしたその時、リーベがそのナイフの刃を折って離れていく。事故で折れたわけではなく、市販のカッターナイフのように、最初から折れるような構造になっているソレに――とてつもなく嫌な予感を感じて、腹部に残った折れた刃を無理やり左手で取り出した。
「――――ッ!?」
すると左手に握られたナイフの刃が爆発を起こし、癇癪玉を握っていたかのように左手の肘から先が吹き飛び、悲鳴にもならない叫びが反射的に俺の口から出る。
「ねね、どう? このナイフお気に入りなんだけど、良かったら感想でも聞かせてくれないかな!」
「……最悪だ」
残ったナイフの柄を投げ捨てながら、笑顔でこちらに感想を聞いてくるリーベに、俺は悪態をつくかのように素直な感想を漏らす。リーベが持っていたナイフ――突き刺した後に、横に振るだけで簡単に折れる構造をしており、折れた刀身は数秒後に爆発する。腹部に突き刺さったまま爆発していたら、もう既にこの世界からはいなかっただろうが、結果として左手が犠牲になってしまう。AA-12の特色である低反動ならば、右手一本で発砲すること自体は可能ではあるが……
「ありがと、喜んでもらえたようで何よりだよ! ……じゃあさ、今度はどこの感想を言いたい?」
わざとらしくリーベは両手に先程のナイフを取り出し、こちらの身体を値踏みするかのように射抜く。また来るか、と残った右手でAA-12を強く握ったが、リーベがこちらに来る様子はなく。飽きたようにナイフを投げ捨てると、そのナイフはどこかに消えていき――少なくとも、またすぐ取り出せる位置だろう――楽しそうに笑いながら、代わりのものを取り出した。
「――それとも、こっちで撃ち抜かれたいかな?」
そう言ってリーベが取り出したのは、この騒動の中心となる拳銃《黒星》。死銃のトリックがキリトによって解き明かされた今、それは俺にとって何の変哲もない拳銃でしかない――が、リーベは『この拳銃に当たったら《彼女》を殺す』とうそぶいている。それがハッタリであろうが本当であろうが、何にせよ当たるわけにはいかない。
「どっちもごめんだ」
そう言い残すと、俺はリーベから距離を取るべく後退する――有り体に言って逃げるのだ。吹き飛ばされた左手であろうと、時間はかかるがアイテムを使えば回復する。もちろん敵を前にしてはそれも望めないが、仕切り直しとばかりに一度離れれば。
「そんなこと言わないでさぁぁっ!」
しかしリーベがそれを許すわけもなく。《黒星》ではなく先のナイフを取り出すと、後退しようとする俺に脅威的な速度で襲いかかる。少しばかり後退したものの、やはり逃げられないと悟った俺は、こちらに来るタイミングに合わせてAA-12を発砲する……が、当然のようにリーベには通じず、俺は大きな隙を晒す。
迫る白刃。寸分の狂いなく俺の心臓に向かっていったが、それ故にその軌道は読みやすく、肘から先のなくなった左手で側面から殴りかかると、その刃はあっけなく外れる。彼女の言うところである吐息を感じる距離で作動された爆弾が仕込まれた刀身は、俺とリーベ双方を巻き込んだ自爆――などということに付き合う義理はなく。
「……じゃあな」
俺は足で直下にあったドアノブを引くと、落とし穴にでもかかったようにビルの一室へ落ちていく。先程、無理な後退を見せたのは本気で逃げるためではなく、このドアが床になっている地点まで行くため。
「あっ――」
リーベの初めて聞く驚愕の声が遠ざかっていき、俺は重力に従って床となった部屋の窓に着地する。そして廊下では刃の爆弾が作動し、リーベの直近で爆発する。逃れられないその衝撃に身を震わせながら、残った右手でAA-12を廊下に構えると、リーベがいた場所へと構わず乱射していく。
「……倒れろ!」
――弾倉に入った全ての薬莢がなくなった時には、刃の爆弾による爆発も収まり、AA-12によって破壊し尽くされた廊下だけが残った。
大小様々な破片を注意深く確認するものの、その廊下にリーベの姿はどこにもなく。
弾が切れた弾倉を排出し、右手だけで何とか弾倉を入れ替える――通常弾頭は今ので弾切れで、もう特殊弾頭《FRAG-12》だけしか残っていないが――回復アイテムの注射を使うと、ゆっくりとHPが回復していく。……かといって、ここでゆっくりしている訳にもいかず。
恐らく今の攻撃では、あの踊り子にトドメをさせてはいない。ならば同じように彼女も態勢を整える時間になっている筈で、罠を仕掛けられる以上は時間がかかればかかる程、彼女の方が有利になっていくだろう。
「ふぅ……」
一息ついてAA-12を服に引っかけると、階段のようにもなっている瓦礫を歩いていき、最高地点で跳ぶことで部屋から廊下へとたどり着く。AA-12の最後のフルオートと刃の爆弾により、廊下は見る影もなくなっているが、その足元に落ちていた銀色の刃は健在だった。むしろ、俺に見つけて欲しいかのように。
「…………」
先のリーベとの戦闘で突き刺されかけた時、回し蹴りでその右手から弾き飛ばしたナイフ――結果的にはフェイクであり、それが彼女の作戦だった訳だが――何とはなしにそれを拾うと、容易く折れる構造となっているソレを観察する。回し蹴りの時に折れていたら、二人揃って爆発に巻き込まれていただろうか――と思ったものの、どこに爆弾が仕込まれているかは見当もつかない。このゲーム独自の仕様であろうか。
しかし、ナイフにだけ気を取られている訳にもいかず、俺は何とかその倒壊したビルから這い出ることに成功する。
――歌声に導かれるように。
「リーベ……」
倒壊したビルが目立つメインストリート。そこをステージとして、彼女は瓦礫に座り込んで自分に身体の側面を見せながら、誰を観客にしているのか歌っていた。その踊り子の服は多少煤を被っていたものの、特に目立つダメージはなく、回復されたかそもそもダメージがなかったか、と考えていると、リーベが俺の呼びかけに応えてこちらを見た。……そして俺の考えは、見当外れだったことを思い知らされる。
「あ! ショウキくん遅い遅い!」
そう言ってこちらに笑いかけるリーベの半身は、爆発の影響か焼けただれていて――至近距離で爆発したのだろう顔半分に至っては、もはや『笑う』という動作すら出来ずに、小さく痙攣を繰り返すのみで。それでもリーベが笑っていると判断出来るのは――焼けただれてない顔半分の方は、満面の笑みだからだろうか。
「ショウキくんは左手、ウチは半身。えへへ、お揃いだね! でもそれにしても、女の子を待たせすぎだよ?」
「遅いって言われるのは……慣れてる」
何か約束事や待ち合わせをした時、どうしてかいつも自分より先にいる彼女のせいで。
「リズベットちゃんのこと?」
「……ああ、そうだな」
その質問の答えを隠す理由も特になく――もしかすると、そんな姿になっても笑っているリーベに、気づかぬうちに同情してしまったのかもしれない。……だが、その答えを聞いたリーベは、ずっと浮かべていた笑顔ではなく、突如として能面のような表情と化していた。
「あははっ、そっかそっか、リズベットちゃんのおかげかぁ。あはっ――ズルいよね。ウチのお兄ちゃんは死んだのに。殺されたのにさ」
「お前――」
それだけ言い切るとリーベは――《SAO失敗者》と名乗った彼女は、再び先の笑顔を取り戻し、狂喜が交じった哄笑がこの世界に響かせていく。さらに俺が何か言葉を発しようとするより早く、再びどこかから物を取り出し手に握っていた。半身が焼けただれているとはいえ、行動するのにこれと言って支障はないのか、火傷した手にもライターのような物が握られていた。
「ネズミ花火! ショウキくんも子供の時遊ばなかった?」
火をつけると煙を発しながらそこら中を走り回る、という花火。爆弾ですらないそれを数個瓦礫に置きながら、リーベはそのどれもに火をつけようとライターに火をつける。
「……ッ!」
何をしようとしているかは分からないが、何かをさせるわけにはいかない。残弾数が心もとないが、ネズミ花火に火をつけようとするリーベに《FRAG-12》を発砲する。
「おっとっと!」
しかしてリーベは、ライターをネズミ花火に投げて火をつけると、自身は《FRAG-12》の爆発に飲み込まれないように、今いた瓦礫から他の瓦礫に飛び移る。ネズミ花火も着弾の前に走り出すが、足場はどこも瓦礫という場所でまともに走れる訳もなく、どこかへ沈んで見えなくなっていく。
「さって、そろそろ決着つけようか。いい加減、観客の皆様も飽きてきてるだろうしさ。ね、ショウキくん?」
「……そうだな」
逃げてばかりもいられない。破片の下に落ちていったネズミ花火は意識の端に留め置くとして、わざとらしくナイフを持ったリーベの問いに答える。先程のリーベだけを爆発に巻き込ませる方法は、倒壊したビルという限定的な状況でしか使えず、使えたとしてももうリーベには通じないだろう。
あのナイフが先程までと同じ爆弾つきならば、どこかに刺されただけで俺の敗北は決定する。それに対応するべく俺は、まずAA-12を肩にバックのようにかけ、銃口を天に指を引き金から放した。
「あれれ、勝負でも諦めたの? なんで銃しまっちゃうの?」
リーベの言う通り、それは銃を使わないと宣言したのと同義。いや、使うにしても再び構えるためにワンアクションかかる、と言った方が正しいか。リーベの疑問の声を背中に受けながら、俺は目を付けていた瓦礫を足元から拾う。
リーベのビル爆破によってどこからか生まれた、堅牢なコンクリートで出来た棒状の瓦礫。その長さはそう、ちょうど俺があの浮遊城で使っていた、太刀――《カタナ》と同じようで。
「これが、今の俺のカタナだ」
「……へぇ?」
どうせAA-12を撃ったところで、俺の腕前では高速で反応するリーベには、よほどの近い距離でなくては当たらない。ならば必要なのは、あのナイフを防ぎつつ安全にAA-12の必殺の距離に近づくための、使い慣れた近接武器。本来ならばキリトにならって二刀流、といきたいところだったが、あいにくと左手が潰されている。
「さあ、来い《SAO失敗者》。あの浮遊城で、戦いたかったんだろう」
二、三素振りをした後に鉄棒をしっかりと握る。刃どころか柄も鍔も反りもなく、ただの拾ったコンクリート片にしか過ぎない。それでも気配は本物のカタナを握っているように――日本刀《銀ノ月》が手の中にあるように。その気配でもってナイフを持った踊り子を見据えた。
「ああ――んっ――じゃあ遠慮なくそうさせてもらうよぉ!」
踊り子は恍惚とした表情を見せた後、一足飛びにこちらに駆けてくる。その時には既に、ナイフを握っていた筈の手のひらには、黒い球状の爆弾らしきものが握られており。リーベに先んじて、こちらへと放り投げられた。
「……ふっ!」
気合い一閃、こちらに向けられた球状の物を切り裂くように弾くと、ソレは野球のボールのように飛んでいった。それは視界の端で巨大な光を炸裂させ――閃光弾だったらしい――それに当てられた左の視界が一時だけ封じられてしまい、リーベの姿を見失ってしまう。
「…………」
「おっと!」
ただしそれは、『光で潰した左側から行く』と宣言しているようなものであり、見えずともリーベの接近を防ぐように鉄棒を横に振るう。やはりしゃがんで避けたリーベに対し、瓦礫を蹴り上げて即席の弾丸を飛ばす。
「そんなのでっ!」
しかし、瓦礫の石つぶてではリーベの進行を妨げることは出来ず、リーベは構わず彼女の言うところの『お互いの吐息が交わる距離』へと接近する。小さい身長を活かした、足元からのナイフの突き上げが俺の顔面に迫り、それを《縮地》で避けるとリーベの頭上を取る。
「やっ――」
「――らぁっ!」
空中で一回転して勢いを増した、頭上からの一撃がリーベに迫る。俺が狙っていた頭部へは避けられたものの、代わりに肩へと痛烈な打撃を与える。着地地点に置きみやげのようにおいてあった手榴弾を、瓦礫の剣を足場にして他の場所に跳ぶことで避けると、新たな瓦礫の剣を手頃な瓦礫の山から拾う。材料ならリーベのビル爆破の影響で山ほどあるのは、不幸中の幸いというべきだろうか。
その間にリーベには新たなスイッチが握られており、そのスイッチを押すとまたもや、俺たちの近くにあったビルが爆発する。しかして今回は倒壊させるような爆発のさせ方ではなく、ビルの上階を力任せに吹き飛ばすようなやり方。
――その結果として、爆散したビルの上階がまとめて、瓦礫を雨にしたかのように俺たちに降り注ぐ。
もちろんそれにはリーベも巻き込まれているものの、今更それに驚くほどのことはなく。巨大な破片が辺り一帯に降り注ぐが、それだけでは充分に避けられるためにまだ脅威ではない。よって、リーベの一挙手一投足に注意していたが――彼女は煙幕を張ると、白煙とともに姿を消す。
「くっ……」
まんまと白煙に紛れてリーベは姿を消し、見失った俺はとにかく一つの場所に留まらぬよう、瓦礫の雨に当たらないように逃げ回る。その間にもリーベの姿は探すものの、地上にはどこにも見当たらず――
「つかまえた♪」
――頭上からの殺気に過敏に反応し、反射的に声がした方向へと瓦礫の剣を振るう。そこには落ちてくる瓦礫に乗っていたリーベが――いや、俺の瓦礫の剣の上に乗りかかったリーベがいた。
「つっ!」
振るう剣、振るわれるナイフ。瓦礫の剣を振りかぶった勢いで、体重の軽いリーベを吹き飛ばすことに成功するが、振るわれたナイフに顔面に横一線の傷跡がつく。ナイフを折って爆弾にする隙を与えなかっただけよしとしようとすると、リーベは落ちてきた瓦礫を蹴り飛ばし、その勢いで再びこちらへと迫ってきていた。
「ほら……ウチを、受け止めてよ!」
「代わりに手痛い一撃だ……!」
確かに驚きはあったものの、馬鹿正直に正面から跳んでくるのではただの獲物だ。宣言通り痛烈な一撃を与えようと瓦礫の剣を振るおうとすると、俺の視界を《黒い壁》が覆い尽くされた。予選でも本戦でも使ったリーベの持っているアイテムの一つ、《炸裂装甲》だと気づいたのはその直後のことで、巨大な質量兵器として俺に迫る。
「こっ……のッ!」
形だけ《抜刀術》の形だけを取ると、迫りくる炸裂装甲の側面を瓦礫の剣で思いきり叩く。もちろん、その圧倒的な質量の差はどうしても埋めきれないが、その軌道を少しだけ変えることなら出来る。瓦礫の剣は自身の耐久値を使いきってポリゴン片となって消滅していく代わりに、炸裂装甲を俺から少しだけズラすことに成功し、何とか質量兵器に押し潰されるという事態は避けられる。
そして《炸裂装甲》の背面に乗っていたリーベがこちらに接近するより早く、肩にかけていたAA-12を構えて特殊弾頭《FRAG-12》の残った分を発射する。《炸裂装甲》をズラした距離が少しだけのため、避けた俺と《炸裂装甲》に乗るリーベの距離もほぼ近距離――AA-12の必殺の距離だ。
それをリーベが避ける術はない。避ける術はない――が、防ぐ術はそれこそすぐ手元にあった。リーベはその小柄な身体のどこからそんな筋力値があるのか、炸裂装甲を自力で立ててみせると《FRAG-12》からの盾とした。
それは予選決勝で起きたことの再現。圧倒的な破壊力を持った《FRAG-12》だったが、それをその独自の機構で防ぐことの出来る《炸裂装甲》が全て防ぎきる。小さいながらも爆発が起こっていくそこから、たまらず後退した俺が見た光景は、弾切れになった《FRAG-12》と――《炸裂装甲》を盾にして生き延びた、踊り子の姿だった。
「ふぅー……」
深く息を吸うと、俺は弾薬が切れたAA-12を瓦礫の山に取り落とす。今までありがとう――とAA-12に感謝しながらも、素早くストレージを操作して、先程回収していたリーベのナイフを取り出した。威嚇するようにリーベに向けるものの、リーベも種が尽きたのか何もしようとせず、ボーッと瓦礫の山に立っているだけだった。
――視線はこちらを、熱っぽく見つめていたが。
「……リーベ?」
「ああ……凄いねショウキくん。こんなにいろんなキミのために用意したのに、ぜーんぶ無駄にしちゃって」
まるで、頑張って書いたラブレターを目の前で破られちゃったみたいな、そんな気分――とリーベの独白は続いていく。そしてやはりどこからか、自分が今持っているものと同じナイフを取り出すと、俺と鏡あわせになるようにこちらに向ける。
「ありがと好き助け楽しかったずっとこうしてたい! ……じゃあね!」
そしてリーベは俺の胸に飛び込んでくるように跳ぶと、同じナイフを構えて交錯する。心なしか動きが鈍い彼女に対して、こちらも真正面からナイフを突き立てようと――
「…………ッ!?」
――突き立てようとして。俺の身体から力が抜けて膝をついてしまう。慌てて自分のHPゲージを見ると、気づかぬうちに状態異常になっていることを示すゲージへと変化していた。あれほど強力ではないものの、本物の《死銃》にやられた麻痺状態と同じような状態で、動けなくなるのが一瞬だろうとこのタイミングでは致命的……!
「――ショウキくん知ってた? 爆弾の中には、火をつけると有毒ガスを発生させるものがあるの」
リーベのその言葉で俺は彼女の作戦のことを悟る。《炸裂装甲》や先程の言葉の羅列の演技は、この状態になることへの布石。そしてこの状態になったのは、火をつけたら煙が出る物体――ネズミ花火だ。リーベが戦闘の最初に放ったネズミ花火から発された毒の煙が、俺の身体を少しずつ、少しずつ蝕んでいき……今、その状態異常は俺に襲いかかった。
リーベも同じ状態になった筈だが、こちらに比べて症状は軽い。その証拠に彼女は、俺の手がない左側へとそのまま駆けていった。
――安全ピンが抜けた手榴弾を俺の前に置きながら。
「ばいばい、ショウキくん」
「――――!」
彼女から別れの言葉を告げられて、手榴弾が爆発するまでの一瞬。その一瞬だけだったが俺は思考をフル回転させ、この事態を挽回する方法を思索する。周りの情報と自分が取れる選択肢、それらが脳内でシュミレートされていき……そのどれもが実現不可能だと結論づけられる。
それでも。まだ俺のHPは0になってはいない。まだ負けちゃいない、まだ生きている、まだ――
「――生きてるうちは負けじゃない……!」
――そして左手に『熱』が込められる。
爆発して無いはずの左手に、感じるはずのない温度――それもその熱はGGOで感じていた熱ではなく、これはあの浮遊城で感じた――《彼女》の《心の温度》。
「ッ!」
左側に逃げようとしていたリーベを、俺は復活した左手で掴む。事態を正確に把握すれば何てことはなく、回復アイテムでようやく左手分のHPが回復したため、爆散した左手が再び生えるように復活したというだけのこと。突如として目の前に現れた左手に、流石のリーベも避けることは出来ず、その首を掴んで離さない。
「……それに、この世界では負けても死にはしない」
それがあの浮遊城との絶対的な差。もうあの浮遊城は終わったのだ、という祈りを込めてリーベを抱き寄せると、そのまま二人は手榴弾の爆炎に巻き込まれていく――
――そして意識は急速に現実に戻されていく。GGOにログインしていた総合病院の一室で、俺は即座に起き上がると《アミュスフィア》を片腕でぞんざいに取る。
《死銃》は現実にも複数人存在する。今もなおログインしているだろうシノンはもちろんのこと、リーベが言っていたことが本当ならば、リズも危ない――とまで考えたところで、俺は先程からずっと、GGOにいた時から感じていた温もりが『左手』を包み込んでいた。
「リ……ズ」
……たどたどしく彼女の名を呼ぶ俺を、リズはその目に浮かんでいた涙を隠しながら、太陽のような笑顔で応えてくれていた――
後書き
ガンアクション(決着……?)
泥試合of泥試合。あと一話、GGO編にお付き合いくださいませ。
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