ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
愛し愛され愛し会う
起こった現象を分かりやすく言おう。
もともと、レンのフラクトライトには二つの存在が寄生していた。
一匹は、五代目《災禍の鎧》討伐時に、振り絞られた最後の悪足掻き――――最期の攻撃によって寄生した、《災禍》の攻撃力の欠片たる《狂怒》。
一匹はALO。あの世界樹の天辺にて強引に下した、《災禍》の精神感応の欠片たる《狂楽》。
そこに第三回バレット・オブ・バレッツ本大会において、若干間接的ではあったが、新たな一欠片……いや、中心であり元凶といえる《核》を埋め込まれた。それによってレンは新生《災禍の鎧》として半覚醒し、自意識が削られていった。
だが、《核》の中でいまだ残っていた、初代《災禍の鎧》――――つまり《製作者》の協力もあり、どうにかその力を振るえるまで至った。
ではここで問題。
《狂怒》と《狂楽》は、どこに行った?
別に両者はフェイバルに吸い取られたとか、そんなことはない。なぜならそんなことをすれば、《鎧》の復活が行えなくなり、彼女の目的には相反する。
つまり、《鬼》達は今も変わらず少年の中に巣くっているのである。
交信ができないのは憑りついた《鎧》の影響で、互いを繋いでいた《部屋》が閉ざされたかららしい。
だが、それをこじ開けられさえすれば。
突破口が見える。
威力拡張、並びに射程拡張では最高ランクの、狂怒の鬼法《天墜》。
精神感応系心意で、人ひとりの精神をまるまる全て完全支配できる、狂楽の呪法《傀儡》
これをもってしても、三つの欠片の最後の一つ、防護の《狂哀》を携えたフェイバルを圧倒しうるには役不足だ。
だが。
隙を作り、《核》の中にいまだ存在する初代をフェイバルに『送り込む』くらいならできる。
そう、少年がやったのは、つまりはそんなこと。
勇者を捜して泣くお姫様に向かって、踏みとどまっていた主人公の背中を押した。
それだけ。
それだけで、そんなこと。
その時だけしか登場しないような、ちっぽけな登場人物。
だが、ゆえに。
ちっぽけな少年は言う。
それが今回の自分に、自分の役回りに、もっとも相応しいセリフだと思って。
行ってこい、と。
そこは、ドロドロと濁った闇があちこちでわだかまる場所だった。
床、という概念があるのかどうか不明だが、とりあえず地に着いた脚はものの数秒も経たずにずぶずぶと嵌まっていき、不快感と底の見えない不気味さを与えた。
少年――――初代は、そんな場所に降り立つ。
気を抜くとすぐに沈んでいきそうになる足を動かし、最初から知っていたように確固たる足取りで動き出した。
そう。
この風景も、この感触も、全て自分が造り出したようなものなのだから。
《彼女》の前からいなくなって、《彼女》は壊れた。壊れてしまった。
その結果がこれだ。
腕を振り、脚を動かしながら、初代は憤るように思う。
ざまあない。
それはそうだろう。
主人公がいなくなって、置いてけぼりになったお姫様はどうすればいいのか。
ウロウロする?また囚われの身になる?眠り続けるとか?
冗談じゃない。
そんなお姫様など容認できない。許可できない。許容できない。
天地一切が闇に閉ざされ、上下左右、時間の間隔すらもズレていく空間の中で、この闇を作り上げた少年は前に進む。泥のような半液体状の闇が足にまとわりつき、妙な粘着性を発揮する。
それを振り払うように、受け止めるように少年が足を交互に動かしてどれくらい経っただろう。
瞬きするくらいの一瞬だったかもしれないし、数時間経ったかもしれない。
すると。
「Four little boys up on a spree,One he got fuddled and then there were three.」
歌が聞こえてきた。
抑揚も微妙な、歌と呼べるのかは疑問符がつくようなものだが、確かに聞こえた。
若干掠れてはいるけれど、それでも少年にとっては懐かしい、涙が出るほどずっと聞いていたい声が。
自然、足取りも早くなる。
真っ黒な空間に、水滴を二つ垂らしたように、掠れた歌声とざぶざぶと闇をかき分ける音が響いた。
「Three little boys out in a canoe,One tumbled overboad and then there were two.」
やがて、何もなく、しかし泥のような床だけは確かに存在する空間に、一つだけ。
自身とは別の、一つの点が見えてきた。
「Two little boys fooling with a gun,One shot the other and then there was one.」
向こう側を向いて、歌うちっぽけな背中。
不思議と少年には、見なくてもその二つの瞳から涙が落ちているのが分かった。
同時に、ソレを流させているのが自分だということを気づかされ、死にたくなった。
少女は歌う。
唄って、謡って、謳う。
「One little boy left all alone,He went out and hanged himself and then there were none.…………so there were none.」
「違うよ」
まとわりつく闇など眼中になく、ただ真っ直ぐ前を目指し、歩を進めながら初代は言った。
その声に反応したかのように、ぴくんと華奢な肩が揺れ、ゆっくりと少女はこちらを振り返る。
だが、それさえ待たずに少年は走った。
「One little boy living all alone,」
振り返ろうとしていた肩に手を乗せた。露わになった双眼は、真っ黒な涙を流していた。
だが、それにもひるまず、少年は言葉を紡ぐ。
「He got married and then there were none.……それが、本当の歌詞だ。それを教えてくれたのは、きみじゃないか」
フラン、と声が名を呼ぶと、少女は場違いに呆然とした表情を浮かべた。
信じられない。
嘘だ。
幻だ。
だって。
でも。
情けないほどに、そして泣きたいくらいに、震えた。
揺れる唇が音を紡ぐ。
「……ファル…………?」
「……あぁ」
「ホントに……ファル、なの?」
「あぁ!」
肩に置く手に、自然と力が入る。
「ごめん。ごめんよ、フラン。ぼくに力がなかったせいで、こんな……こんなことに……」
「………………ふぁ……る」
少年は力強く、少女の身体を抱きしめた。
華奢な身体は冷え切り、強張っていたが、それでも決して離さないと決めていた。
「だけど、もういいんだ。もういいんだよ、フラン。孤独は辛い。孤独は寂しい。だけど、もう苦しまなくていいんだよ。一緒にいるから。ぼくは、ずっと、例え無限の時を過ごすことになっても、ずっときみといるから……ッ!」
吐息が、耳元で囁かれる。
肩口が熱い。
それが、きっと何物よりも価値のある涙だと初代は思った。
そして――――
「あはっ、ファル。ファルだぁ」
ぞぅっ、と。
嫌なモノが背筋を這いまわったのを少年は自覚する。
「ふ、フラ――――ッ!!?」
背筋を這いまわるモノ。それは物理的な力となり、初代を襲った。
冷気。
冷たい、を遥かに通り越し、触れただけでその部位が欠け落ちるような絶対零度の凍気が渦巻く。
嗤いが耳元で破裂する。
「くすっ、くすあはっ、あはあははっ、あはははくすくすあははくすはははっっ、あははははっはははっっははははっははははははははは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――――――――」
甲高く、耳障りで不快なその声が、他でもない彼女から、彼女の唇から発せられているということが、初代には信じられなかった。
同時。
彼女は、壊れた。
その単純で簡潔な事実に気付くまで、どれほどかかっただろう。
「――――ぁ……ぇ?」
なぜ。
何で。
どうして。
ずりゅり、と湿った音が響く。
それが、もうどうしようもないくらい己と癒着し始めた少女の身体から出る音だと、少年は最後まで信じられなかった。否、信じたくなかった。
もっとも、それを認識したところで、もう遅すぎるくらいに遅すぎたのだが。
みんな忘れられて
そして誰もいなくなった
――――アガサ・クリスティー
物語は終わる。
誰にも知られることなく、ひっそりと終わる噂話にもならない物語もあれば。
誰しも知る、ド派手で豪快なおとぎ話のような物語もある。
その例に則って言えば、この物語はもう、言い訳のしようがなく、そして言い訳の入る余地がないほどどうしようもなく、《終わっていた》物語だったのだ。
もう、すでに。
始まる前から、終わっていた物語。
救いようがなく、救う余地のない、そんな物語。
しかし。
だけれど。
救い甲斐はまだ残されている、そんな物語。
後書き
はい、始まりました、そーどあーとがき☆おんらいん
今回は思い出したかのように思いつきで幾分マジメーなあとがきを残しましょっかね、と思いましていつもの会話形式から逃れております(イヤ決して書くのが面倒という訳ではなく
さて、今回のGGOは割と『ヒーロー』という、無邪気とは縁遠そうなワードを連発していましたが、その結果…というか理由がこの話でございます。
ヒーローに対するヒロイン、主人公の勇者に対するお姫様。
ではもし仮に、救うべき彼らがいなくなってしまった、救われるべき役割の彼女達はどうなるんでしょうね?
絶望して首をくくる?突然剣と魔法の才に目覚めて魔王に対して下剋上する?それもいいでしょう。それも立派な物語の結末です。
その点フェイバルさんの場合は、そのどちらにもなれなかった、中途半端の結果かもしれません。待って待って待ち続けて、待ち焦がれて歪んだ結果。
お姫様は念願のヒーローに会えた。ただそれだけの物語なのです。
――To be continued――
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