ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
ダブル・ヒーロー
暗闇があった。
蓮はその《底》で一人、佇んでいた。
遥か頭上、高いところから、鈍く重い衝撃音が周期的に降り注いでくる。何の音なのかは判らない。だが、少年はおぼろげに感じていた。
この穴――――あるいは牢獄の外で、何か起きてはいけないことが起きている。
そして、あの音が止んだ時、全てが取り返しのつかない形で終わってしまう。
しかし、蓮はそれを分かっていても、自分の力でどうこうできるものではないということもまた同時に判っていた。
穴の黒い垂直面はハシゴはおろか、手掛かり一つない。その上鉄のように固く、爪を立てても傷一つ付かない。無論、飛んで脱出することなど絶対に不可能だ。
なぜなら、少年は今、アバター《レン》ではなく、同年代と比べても肉付きの悪い生身の身体――――小日向蓮なのだ。
SAOに入る前ならいざ知らず、帰還し、ALOを経た現在、運動のほとんどにドクターストップがかかっているちっぽけな子供の力でこの垂直の壁を踏破することは不可能だ。
だが、蓮の瞳は諦めの色など微塵もなかった。夜闇を連想させる黒々とした瞳は、ひたすら誰かを待っているようだった。
そして――――
「きみが《七代目》か」
それに応えるように、声が響く。
前兆はなかった。
ただ、コマ落ちしたかのように唐突で突如に、少年は二人になっていた。
顔に見覚えはない。Tシャツと膝丈のジーンズを身に着け、少し長めの髪を額に垂らしている。身長は、平均よりかなり低い蓮よりもなお低い。おおよそだが、せいぜい小学校二年生か三年生くらいだろう。
現れたその少年はあまり年齢には似つかわしくない、どこか憐れむような、虚無的で達観的な瞳を蓮に向けた。
「初めまして。それとも久しぶり、と言ったほうがいいかな?」
「……いいや、初めましてでいいよ。ってことは、君が初代ってことでいいの?」
うん、と災禍の根源で《核》である少年は、どこか儚げに首肯する。
「と言っても、ぼくは造りだしただけで、当の《鎧》の制御権限はもうないよ」
「そうなの?」
「ああ。《鎧》はもうぼくの手を離れた……。ぼくがここにいるのは、ぼく自身の罪のせいだ」
ぐっ、と。
何か、耐え難いナニカをはらんだ視線が、しかし力なく真上に向かう。
「ぼくが止まらなかったように、フランはもう止まらない。《鎧》を復活させた後、あの子の怒りはその他の全部に向かうだろう。あの子はもう、《そこ》にしか己の存在を見いだせない」
「フランって、フェイバルのこと……?ねぇ初代、教えて。アイツは何をしようとしているの?《災禍の鎧》なんてものを復活させて、その力でいったい何を……?」
蓮の問いに、少年は静かに首を振る。
違う、と動いた唇は空気に音を乗せた。
「違うんだよ、七代目。力なんて関係ない。あの子にとって、もう《鎧》はそういうものじゃなくなっているんだよ」
「…………………?」
「きみがフェイバルと呼んでいる子は、こう考えているんだ。《災禍の鎧》の中には、まだぼくという存在が残っている。そして、《鎧》をまた甦らせれば、またぼくに会える……って」
「な…………」
蓮は思わず絶句する。
二の句がつけなくなる。
そして、その間にも眼前の少年は乾いた眼を上方に向け続けていた。
「半分は合ってるんだ、半分は。実際、ぼくは今こうして《鎧》の《核》として在るんだから。……だけど、フランの望み通りにはならない。たとえ《鎧》がまた復活したとして、そこにいるのはぼくであってぼくじゃない」
「……災禍の鎧……マーク…Ⅱ……」
それは考えうる限り、最悪のシナリオだ。
まったく新しい、新生の《鎧》の誕生。
いや新生とはいえ、旧《鎧》の《核》を用い、そしてその欠片を再び集め、造り出すのだから、新生というよりは蘇生というほうが正しいか。
その性質、凶暴さは欠片も揺るぐことなく、それどころか数段増して、あの鋼鉄の城を脅かした《災禍》が復活するのだ。
「なんとか……しないと」
「できないよ」
即答。
少年の放った言葉は、少年の心に冷たく突き立った。
「『やるやらない』の話じゃなくて、できないんだ。無理なんだよ。……この絶望からは、誰も抜け出せない。災禍の連環は誰にも断ち切れない。世界の終わりにただ一人残る、その時まで」
「………………………」
蓮は、返答はしなかった。
ただ、前髪の奥から底冷えする眼光を少年に当て、そして――――鼻で嗤う。
期待外れだ、と告げるように。
次いで。
「ふざけんなよ」
ゴッッンンン!!
垂直壁に、胸倉を掴まれた少年の背が激突する音が響き渡った。それは物理的な力となって、上空から降ってくるくぐもった音すら、どこか畏縮したように小さくなる。
だが、叩きつけられた当人は、どこか困惑したように、目を白黒させていた。そのことが余計に、蓮の神経を逆撫でする。
「いいか、初代。アンタがどう言おうと、これは『やるやらない』の話だ。できる?できない?ハッ、やりもしないうちから勝手に決めつけんじゃねえっての」
ミシリ、と音が鳴るほどに拳を握りしめて、蓮は言葉を重ねた。
「自分は不幸です。充分頑張ったけどどうにもできませんでした。だってしょうがないじゃないか。きみにぼくの何が分かるんだ……ってか?悲劇のヒロインか手前ェは。反吐が出そうな常套句を抜かしてんじゃねぇ。手前ェのソレは、単なる逃避だよ。安定的な部屋の角っこで膝抱いてすすり泣いてるガキだよ。いや、それ以下かもな」
躊躇なく。
遠慮なく。
拳が振るわれる。
ただの非力な少年の拳だが、それはきっとただの痛み以外の――――痛み以上のものを与えたはずだ。
「大人ぶって、痛みに慣れたフリなんかしてんじゃねぇよ」
「き、きみは……」
胸倉を掴まれながら。
壁に押し付けられながら。
それでもなお、どこか達観した目を持つ少年は、喘ぐように口を開く。
「今のきみは《狂怒》……?それとも《狂ら――――」
「小日向蓮だよクソッタレ」
ゴドン!!と凄まじい音が炸裂した。
蓮が思いっきり振りかぶった額が、少年の脳天に落とされた音だ。
「ご……ァッ!?」
「澄ましたことぬかしてんじゃねぇっつってんだよ。僕は僕だ。他の誰でもないんだよ。そして、それは君もだ。初代」
「ぼく…も?」
不思議装に見返す瞳に、強い光を宿した少年は言い募る。
「《鎧》の制御はもう離れた?じゃあなんで君はまだここにいる?さっきの口ぶりからして、縛り付けられてるってわけでもないんだろ?」
「……………………………………………………………………………………………」
呼吸が。
止まった。
眼を見開いて静止する初代《災禍》に、ちっぽけな少年は言う。
「助けたいからだろ」
報われなくたっていい。
意味なんかなくていい。
傷ついたって構わない。
理屈なんざ後付けで充分だ。
ただ。
自分のために妄執に憑りつかれ、狂ってしまった一人の少女に、手を差し伸べたかったから。
引っ張り上げたい。
もう大丈夫、と声をかけてあげたい。
そして――――ありがとう、と言いたい。
それは、終わってしまった物語の主人公の、悪足掻きでみっともない、負け惜しみのようなものかもしれないのだけれど。
でも。
だけど。
「違う。それは違うよ、初代」
終わってなんかいない、と空気に声を乗せながら、蓮はへたり込んでしまった少年に手を差し伸べる。
「いつまでお姫様を待たす気だよ、主人公。少しくらい前振りが長くてうんざりしたのは分かった。フラグがない?伏線がまだ足りない?別にいいだろ、そんなの。もういいだろ。もう充分だ。いい加減、終わらせてやろうよ」
「――――――――ぁ」
一瞬の静寂の後。
ぴし、というごく微かな、しかし確かな響きが生まれた。
そして蓮は見る。少年が叩きつけられ、背を力なく預ける壁、そこに微細な白いラインが、放射状に少しずつ広がっていくのを。
世界が震える。
ひび割れは徐々に速度を増しながら伸び、湾曲する壁から床までをも覆う。
だが、それら一切を無視し、蓮は心の底から出た言葉をただ放つ。
「挑戦しろよ、ヒーロー」
がッ、と。
差し伸べた手が、確かに、そして力強く握られる。
握り返される。
「………………きみは……」
呟きが聞こえる。
だが、それはもう弱くはなかった。僻みも、嫉みも、恨みも、もう何もない。
何かを守ろうとする者の言葉だった。
「ぼくと、きみは、同じなんだ。……この世界にいる誰もが、きっと、根っこのところでは同じなんだ…………」
言い切った後、少年は今までずっと俯けていた顔を、わずかながら持ち上げた。表情は読み取れなかったが、二つの澄んだ瞳が蓮の眼を捉えた。
その輝きを見返し、しかし蓮はにっと不敵に笑った。
「なんだ。今更気付いたのか」
その返答に少年が耐えかねたかのように、いや長年の澱を全て吐き出すかのように口許を笑みに歪ませた。
そして言う。
「……なぁ主人公、最後に一つだけ教えてくれないか?」
「何だよ」
「君は……誰だ?」
――――瞬間。
暗闇の世界が、煌めく無数のガラス片と化して、一気に砕け散った。
孤島南部。
高低の激しい赤茶けた山麓地帯の最中を歩く人影があった。
もはや隠す気もないのか、素顔を空気にさらす少女――――フェイバル。
「Six little boys kicking all alive,One kicked the bucket and then there were five.」
ふんふん、と拍子をつけながら、少女は澄んだ歌声を大地に響かせる。稜線の間を抜けてくる風は、涼やかな歌を乗せて静かに広がっていく。
「Five little boys on a cellar door,One tumbled in and then there were four.」
足元に咲く名もなき花が、その花弁をゆるやかに揺らした。
その揺れが収まった後、少女は静かに首を巡らせ、反転する。
背後。
そこにはいつの間にか、全身を黒で覆う小さな少年が出現していた。
「来たね」
『来た』
陰々と響く声は、金属質なエフェクトを伴って耳朶を叩く。
ある種のヘルメットのように顔面を覆い尽くす黒い過剰光のせいで、表情はまったく見えない。だが、その奥でほの暗く輝く鬼火のような赤い眼光だけは窺えた。
そこに――――どこか懐かしい光を捉えるのは、おかしいだろうか。
「君は…………どっちなの?」
『……ぼくは、僕だ』
「……そう」
僅かに、微かに失望の色を見せたフェイバルは、しかし一瞬の後に淡い微笑の奥にそれをしまい込む。
「なら、話は簡単だね。私は君に足りない最後のピース――――《狂哀》を埋め込んで、今度こそ《ファル》に会う」
底の見えない、昏く玄い嗤い。
それは、堕ちる所まで堕ちたモノの、千切れるほどに痛々しい――――どこか疲れ果て、すすり泣くような決意の証だった。
『止めるよ』
そして――――
『お前にどんな事情があろうと知ったことか』
辛かっただろう。
悲しかっただろう。
憎かっただろう。
恨んだだろう。
しかし、それら全てをひっくるめて捨てた少年は宣言する。
『《災禍の鎧》は二度と存在しちゃダメなんだ。だから、僕は絶対に止める』
「くすくす……止める?勝手に当り障りのない言葉で誤魔化そうとするなよ。逃げようとするな。はっきり言えよ。体のいい言葉で丸め込もうとするんじゃない」
ミシィ!!という凄まじい音が破裂する。
砕けんばかりに握りしめられた少女の拳から放たれた音だった。
だが、辺りを震撼させる振動の数倍を行く莫大なナニカが、地震の前兆に起こる初期微動のようにフェイバルの華奢な身体を通じて漏れ出していく。
滲み出たそれらは少年の身体中の毛を総毛だたせるのに充分な脅威を孕んでいた。
「いつも!いつもいつもいつもッ!!いつもそうだ!当たり障りのない言葉で手前ェの身勝手で薄汚い《善》を押し付けてくる!一見すると正しいように思うがそれは違う!それはただの独善だ!!」
例えば。
どうしようもなく更生しない、生まれながらに決められていたような悪人がいたとしよう。
唯我独尊、厚顔無恥、傲岸不遜。
そんなヤツが、幼い子供を連れていたらどうする?一方的に罵詈雑言を浴びせかけ、その子供を無理矢理にでも引っぺがすのか?
それが、ただ迷子を案内していただけかもしれないのに。
独善的で、偏見的。
そういう奴らに限って、真実を知った時に一様に言うのだ。
だってそんなこと知らなかったし。そもそも疑われるようなことをするアイツのせいじゃないか、と。
いけしゃあしゃあと、自分のことは棚に上げて。
「私を止めたければ殺してでも引きずり落とせ!!やるんなら自分の自分勝手な正義を圧し通せ!!押し付けろ!!それッくらいの覚悟もないヤツがヒトの夢に立ちふさがってるんじゃないッッ!!!」
起爆。
怨念のような、血の吐くような叫びとともに。
フェイバルの周囲一面に重圧の壁のようなものが広がっていった。見えない爆風のようなソレの正体は、得体のしれない殺気だ。もはや一人の人間では噴出不可能なレベルに達する莫大な負の感情の爆心地に目をやると、少女の矮躯が一回りも二回りも膨張したように感じた。
コンマ数秒で膨れ上がった膨大な過剰光が空間リソースを瞬く間に喰らい尽くし、仮想の空間を陽炎のように物理的に揺さぶる。
風もないのになびく黒髪の奥から、血より紅い眼光が覗く。
それを受け止め、だが少年は揺らがなかった。どころか、静謐なまでに涼やかな言葉を唇に乗せる。
感情は乗せない――――はずだった。
だがどうしても。
放たれた言葉はどこか、寂しげに湿っていた。
『来いよ、王子様に置いてかれたお姫様。その頭ん中のお花畑、ちょっと踏み荒らして現実見せてやる』
具体的な合図は必要ない。
互いの意識が最大限まで高められ、視認できないスパークを散らした時、両者は同時に動いた。
ステージそのものを破壊しかねない轟音が、宵闇に包まれた孤島全土に響き渡る。
後書き
なべさん「ほい始まりますた!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「熱いな」
なべさん「熱いね」
レン「こんな少年漫画みたいなノリだったか?この小説」
なべさん「たぶん……」
レン「オイ作者」
なべさん「知らないデース、指が勝手に動いたのデース」
レン「………………」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
――To be continued――
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