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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 19.

 
前書き
2014年2月4日に脱稿。2015年11月21日に修正版が完成。 

 
 捜索中に発見した植物片は大きさが3センチ程と、昨夜飛散した茎片の中では最小クラスに近い。ZEUTHの恵子が、携帯端末でリアルタイム映像をクロウ達のいる会議室に転送した。
 机上の映像が差し替えられ、午前の滑走路で起きた騒動を生々しく室内に伝える。
 一夜明け陽光が全てを明らかにする滑走路で、『ここだぞ、恵子』と勝平が白い手袋をした右手でめくれたアスファルトの一部を指した。
『折角だから、そのまま指先も映しておけよ。大きさが伝わりやすいんじゃないか』
 宇宙太の声は聞こえるが、生憎と少年の姿はこの画面には入っていない。
『そっか。こんな感じにすれば…』
 被写体に歩み寄る恵子が、手袋をした人差し指とその先にある黒ずんだ三角形にズームをかけた。
『いいわ。少しの間だけそのままでいて』
『いっ!?』余程不自然なポーズを強いられたらしく、げんなりとする勝平の声が『まだか? 恵子』とすぐさまの解放を望んで言う。
 襲撃者達の重量と派手な跋扈が災いし、滑走路は表層のアスファルトが剥がれ下にある金属製の防護板が一部剥き出しになっている。その凹みの一つ一つで夜はジロン達が、夜が明けてからは勝平達が、クラッシャー隊隊員達と共に敵の痕跡を探していた。
 限定的な捜索しか行う事のできなかった昨夜とは異なり、陽光が広域に照らす日中は人員投入で大規模な捜索が可能になる。それを機に、大塚は人海戦術に切り替えたようだ。
 時折、携帯端末のマイクが現場を仕切っているケンジの声を遠方から拾う。
 勝平達が発見した棘状の三角形は、めくれ上がったアスファルトに先端を突き刺した状態で発見された。色が黒に近いのは、ZEXISの反撃がその表面を焦がした為かもしれない。
「棘か。あの怪植物のものだけに、異様な大きさだな」
 親指の爪の倍以上はあるバラの棘など、誰も見た事がなかった。ライノダモンの姿を重ね合わせ、元々真面目顔のロジャーが僅かに顎を引く。
 恵子の説明が入る。
『ここは昨日ライノダモンが踏み荒らした跡で、バラの怪物が現れた場所からは300メートル以上離れています』恵子がぐっと、被写体に端末を寄せた。『ジロン達が探していた怪植物の出現場所では、まだ何も発見できません』
「恵子君、大塚だ」長官が、映像の報告者に直接声をかけた。
『はい、よく聞こえます。大塚長官』
「昨夜は、我々ZEXISとあのアイムが茎を切り裂き滑走路に幾つもの破片を散乱させている。相当数は転移し既に消えている事はゆうべの捜索で判明したが、正直なところ、これ程破片の転移が徹底しているとまでは考えていなかった。やはり茎そのものは全く見つからないのかね?」
『はい』自身でも不思議に思っているのか、恵子の声音がやや曇った。『私達もジロン達も、それが一番見つけやすいと思っていたんです。なのに、一つも見当たらなくて』
「…おかしな話だな」
 先端が天井を指している大塚の口髭が、小さく揺れた。
 席に戻った万丈が、眉をひそめて映像を指す。
「確かに奇妙ですね。そうなると、昨夜から探して一つだけ発見できた棘というのが、それはそれで不自然な出方に感じられませんか?」
 映像で傍観していたクロウも、同様の不審を覚えつつ低く唸る。
 ソーラーアクエリオンとアリエティスがそれぞれの攻撃で茎束の一部を破砕したのは、夜戦を見届けた全員が知る事実だ。滑走路には数多の植物片が降り注ぎ、大小様々な破片が一度は派手に散乱した。
 単純な確率の問題で、たとえ転移したものが多数あろうと、見つかるとしたら棘ではなく茎部分であるべきだろう。
 しかし、何故そこまで茎部分の回収を徹底するのか。まるで掃除を済ませた後のような光景が、敵によって作られた形だ。
「…やはり、これも何かのトラップに繋がっている、と考えた方が良さそうだな」
 城田の指摘する可能性に、皆が目線で肯定を示す。
「恵子君。その棘については、待機している回収班に引き継いでくれ」大塚が、映像の少女パイロットに指示をした。そして「ケンジ」と直属の部下に呼びかける。
『はい、長官』
 コスモクラッシャーのキャプテンを務めるケンジが、別なウインドウをデスクの上に追加して交信を開始した。
「怪植物の破片捜索は、夜を徹して行っている。なのに今頃、茎片ではなく棘がようやく1つ次元獣の踏み跡から発見された。今、その現場で君が何を感じているか。率直なところを聞かせてもらえるか」
『自分の印象ですか。…確かに、強い違和感はあります』ケンジが、まず結論から述べた。『バラの花を除けば、ダイグレンに1つ、ニルヴァーシュとクロウに1つづつ。母艦、機体、パイロット。その全てに1つづつ敵の痕跡が残された事になります。そして、先程バトルキャンプからも1つ、植物片を発見しました。先入観による判断は危険ですが、意図的にこの組み合わせでそれぞれに残している可能性は十分にあります』
「全てに1つづつ、か。確かにそうだ」
「ケンジ隊長、スメラギです」
 突然何を思ったのか、ソレスタルビーイングの戦術予報士が2人の会話に割って入った。
『はい』
「なかなか面白いところに着目したわね。では、その勘に質問させてくれるかしら。貴方の勘では、バラの花が別勘定になる理由を何と言っているの?」
 段取りと思考を重んじるスメラギから、まさかの勘話が飛び出した。クロウ達も驚いたが、最も目を見開いているのは同じソレスタルビーイングのロックオンだ。
『わかりません』一つ間を置いてから、ケンジは答えとして最も弱い言葉を選んだ。『ただ、メッセージか何か、敵なりの別な狙いはあるような気がします。…すみません。良い答えではなくて』
「いいえ」それで納得がいったのか、スメラギが小さく笑った。「ありがとう」
「まだ何か見つかるかもしれん。そのまま現場の指揮を執ってくれ」大塚が部下達を気遣いつつも続行を指示する。「何も出ない事を確認する為にも、捜索の継続は必要だ」
『了解』
 ケンジと恵子が通信を切り、棘の拡大画像を保存・表示したまま通信は終了した。
「あの棘。切り花と同じく、ドラゴンズハイヴに送るべきでしょう。輸送機を呼び戻しますか?」
 指示を求める城田に、「それはやめておいた方がいい」と応じたのはゼロだった。「3本の花とは違い、滑走路で発見された植物片は全て次元獣の能力を持っている。しかも、知性を持つ敵がこれ見よがしに置いて行った物ならば、バトルキャンプに留めておく事にこそ意味がある筈だ」
「いいのか? 敵の罠に自分からはまるって事だろ」口を挟むロックオンに、ゼロがぴしゃりと言い放つ。
「まだ気づかないのか!? パイロットのクロウ、機体のニルヴァーシュ、母艦のダイグレン、そして基地のバトルキャンプ。ZEXISを成す4大要素の全てに敵の痕跡が残された。もし敵の動きがあるとしたら、次は何だ? 連れ去られた2人の消耗を考慮するなら、敵の動きは1時間でも早く引き出してしまうに限る。クロウの言うとおり、リスクを織り込んで臨むべきだ。今の我々は、自力で敵の巣窟に乗り込むどころかDフォルトの突破さえ出来ないのだぞ!!」
 ZEXISが抱えている最大の問題を、敢えてゼロが振り翳した。
 しかも、積極的行動論を推し進める瞬間、ミシェルが大きく頷く。今日に限って口数が少ない理由の一端を、全員が間近で見せつけられた格好だ。
「アイムは昨夜、怪植物を送り込んだ敵の正体について『残された者共』という表現をした。つまり、奴自身も知っているのだ。相手が人間である事を。現状、我々だけが大きく遅れをとっている。それを誰もが理解している筈だ。神話的能力の利用を拡大しこのバトルキャンプ、ひいては地球圏に怪植物が根を下ろす前に、アイム・ライアードとの共闘を私は提案する!」
 その瞬間、衣擦れや息をつく音など、全ての音が消えた。時間が止まったように感じられるのは、ゼロがもたらしたものが正しく大きく、更には重い為だ。
 アイムとの共闘。インペリウム帝国と敵対するZEXISとしては、三大国家連合軍を敵に回しかねない一大方針転換にあたる。
 但し、突然浮上したものではない事を全員が記憶していた。誰よりも先にその案に着目しアイム本人に突きつけた男が、この室内にいる。
 途端に反論を始めようとするロックオンとレントンを、片手を挙げジェフリーがそっと制した。指揮官達は横一列に並んで座っている為、仕種が向けられた相手はパイロット達という事になる。
 昨夜の発案者自らが、まず共闘推進を望む声を全て吸い上げようという腹なのだろう。
「私も、ゼロの案に賛成する」相応のリスクを覚悟しつつ、ZEUTHのロジャーが後押しした。「アイムという男は、確かに危険極まりない存在だ。共闘を目的とする話し合いなど奴との間では大した意味を持たないだろうし、戦闘中、我々に対し何かを仕掛けるとの確信もある」
「それがわかっているなら、何故!?」
 押し殺した憤りが、ロックオンの口調から滲み出る。
「時間だよ。ゼロが指摘する通り」
 クロウの隣で、ガンダムマイスターが絶句した。
 彼自身も覚えているのだ。就寝前、2人の間で交わしたやりとりの全てを。
 あの時、クロウからも時間の話をロックオンに振った。答えず彼が無視を決めつけたのは、無下にできない事を不承不詳受け入れたからでもある。
「怪植物やアイムの言う『残された者共』との戦いによって生じるリスクは、我々救助する側だけで背負うべきだ。悪戯に時間をかけ、彼女達に背負わせるべきではない。勿論、一般人が被る被害など論外だ。敵との戦闘も想定しなければならないが、最大の障害は異界に突入する為の方法が我々に無い事。それに尽きる」
 その時、アムロの手がすっと上がった。
「異界への突入に備え、僕からも提案したいんだが。もう一度、昨夜の相手に感応接触を試みるというのはどうだろう? 試してみる価値はある筈だ」
「何の為に?」と、ゼロが声で詰め寄る。
「異界への入り口を彼女達自身に開けさせる為にさ」
 直後、万丈が軽息を立てた。口笛に近い音がし、賛成票が投じられた事を、皆が悟る。
 一方で、「驚きましたね」と失望混じりにミシェルが代案を一蹴した。「そういう話を通せる相手なら、そもそも力を行使して人を連れ去ったりはしないでしょう」
「だが、敵は一枚岩ではないようだし、僕達の工夫次第で異界に行く方法が得られるなら、わざわざアイムと組む必要はない」パイロットのアムロは、貫禄のある話し方ではなく親しみを覚える話術で説得にあたった。「僕達から持ちかけた共闘を利用し、アイムは必ずZEXISかZEUTHの誰かをターゲットにして心を壊しにかかるぞ。ミシェル。もし君まで片目を失ったら、クランの心は誰が守るんだ」
 隻眼のロックオンが、息を飲むミシェルを人越しに見つめる。
 アムロが指摘する通り、アイムならば共闘中であろうと虚を突いて本命の敵を追い詰めにかかるだろう。昨夜のティエリアなど、正に好例だ。
 流石に言葉を失い、ミシェルが沈黙した。
 静かな議場で、アムロの声だけが通る。
「時間の問題が深刻な事は、僕も十分に理解している。大きなリスクを避けようとして優先すべきものを見失ってしまうのでは意味がない。それも承知の上だ。僕の提案は、昨夜得た僕自身の感触が根拠になっている。できればもう少し大掛かりな方法で、もう一度彼女と接触してみたい。…アイムとの共闘は、万策尽きた最後の手段にするべきだ」
「要は、勝算があるという事か?」
 尋ねるゼロに、アムロが「ああ」と首肯した。「それなりに高く見積もっている」
 自信から生まれている力強い表情に、ゼロとロジャーが即時の反論を避けた。彼等なりに代案を推進すべき理由が生まれたと見える。
「俺も、再挑戦には賛成だ」ミシェルを思い、クロウは敢えてアムロの側についた。「昨夜のあの感触なら上手くゆくんじゃないか。いきなり力任せにドアをぶっ壊すより、よっぽど向こうでやりやすくなるだろ。何しろ、敵の中に俺達の理解者がいるんだからな」
 一瞬、スメラギの眼光がいつになく鋭くなった。
「クロウ。さっきの話でも気になったのだけれど、随分と好意的ね」
「敵に対し」という表現を直前で飲み込んだスメラギに、クロウは「まぁな」と肯定を示す。「きっと、久し振りに笑ったんだろう。蛇足みたいなもんだったが、結果として最後の最後に初めて何かが通じたって感触を掴んだ。きっと、向こうもそう思ってる」
「わかるぜ。俺も、再接触はやるべきって方だ」
 同意するロックオンに、「そう、貴方まで」と同じソレスタルビーイングの人間としてスメラギが眉をひそめた。
「それに。困った女の子との交渉なんて、ミシェル、如何にもお前向きじゃないか」
 隻眼のスナイパーが、最も反対するであろうスナイパー仲間を敢えて代案に取り込もうとする。
 昨夜、ロックオンもまたサイコフレームが作り出す無境界領域の中にいた。クロウと異物の会話の仲立ち役として思いを届けようとしただけに、遠近の区別はあれど何かを感じ取っているのかもしれない。
「俺が…?」いきなりの交渉役を振られ、高校生戦士が拒絶しきれず混乱する。「敵同士なのにどうやっ…」
 矢庭に、少年の両目が見開かれた。眼鏡の奥で、遂には完全な円を描く。
「歌だ!!」
 座ったまま気色ばむスナイパーの声は、明るく弾んでいた。
 陰鬱な様子でアイムと手を組む事まで覚悟していたミシェルが、一転表情を輝かせジェフリーとカナリアを見比べる。
「この前俺が使ったサウンド・ブースターは、今でもクォーターの中! ここは文化の花咲く地球だから、歌姫の協力も得やすい! お誂え向きじゃないですか!」
「なるほど、その手は使えそうだ」ジェフリーが髭の下で不敵に笑い、部下の発想を評価した。歌の力を信じる世界からやって来た者同士だけに、発想が伝わると膨らむのは早い。「アムロ君、我々SMSは君の提案に賛成しよう。君が信じるその勝算を更に上げる方法を用意できるのだが、歌の力をご所望かな?」
「歌、ですか?」
 半信半疑のアムロに対し、ジェフリーは「そうだ。歌だ」と断言する。
 漲る自信に因るものか、ジェフリーの体躯は誰からもいつになく大きく映った。
 ZEUTHがニュータイプの力に絶大な信頼を置くように、SMSの人間は元々人間の中から迸る歌の力を信じている。それは史実が残した成功の記憶に根ざしたものというより、新天地を求め旅を続ける開拓者達の信仰に近かった。
 確か、チバソングという単位で測る事のできる歌エネルギーを、ジェフリーやミシェル達のいた地球文明は敵変革の一手として使用していたのではないか。先日、ガリア基地でのゼントラーディ兵士反乱騒動にランカを連れ愛機でアルトの応援に駆けつけたのは、他ならぬミシェル本人だ。
 サウンド・ブースターなる装置が歌の何を増幅し知的生命体の変革を促すかは、理屈と実体験の両方でミシェルを納得させている。それがもたらす表情の軟化ならば、歌の可能性は信じるに足るという事だ。
 突然変わった空気に戸惑い、「歌といっても、誰の?」と大塚が具体的な名を求める。
 応じたのは、何とエウレカだった。
「ランカちゃんの」
 直後にレントンが「そうだよ!」と喜色で手を叩く。「ゼントラーディの反乱を鎮めたランカさんの歌! あの歌なら、きっと思いが伝わるよ!」
「ランカ嬢か」
 突発的なアイディアなれど高く評価したのか、ジェフリーの眼光には乗り気な輝きが更に満ちた。
「しかしあの反乱の場合、ゼントラーディという戦闘種族と歌の組み合わせに勝因があったのでは?」大塚がこの多元世界にある地球人代表として、マクロス船団の関係者に説明を求める。「私も彼女の勇気と才能は認めるが、敵は何しろ、サイコフレームを介する事でようやくコミュニケーションを成立させられる相手。花に歌って聞かせる事で、どうやって話を有利に進めれば良いものか。生憎、私には皆目見当もつきません」
 ジェフリーは、ミシェルをちらりと見てから力強く新たな提案に踏み切った。
「それでは、サイコフレームと歌の併用で、再度感応接触を試みてみましょう。交渉はよりスムーズに進むかもしれません。ニュータイプの力をサイコフレームが増幅するように、サウンド・ブースターは歌の力を増幅します。ミシェルが言う通り、ガリア基地の鎮圧時に使用したものがクォーターに保管してありますから、最も急ぐべきは超時空シンデレラとのスケジュール調整ですかな」
「おおっ」喜色の大塚が、「ならば、その手配は私が」とランカの招待を約束した。
 ミシェルの表情は柔らかくなり、エウレカに礼を告げる程周囲への気配りも蘇ってくる。
 クロウ達からレントン達、そしてミシェルへとジェフリーが視線を横に流す。
「これで、クロウに依頼しようとした謎の声の主に応える事ができる。強行派の鎮圧は、その女性が我々ZEXISに求めているものだ。応じる事を伝えるだけでも最初の変化は訪れるかもしれない。歌とニュータイプの力は、ZEXISとZEUTHが信じる特異な力の結晶だ。必ずや異界への扉が開くものと私は信じている。ランカ嬢のバトルキャンプ来訪後に、サイコフレームとの併用による再接触を行う」
 勿論、全員に異論はない。
 好感触に気を良くしている大塚に、ジェフリーが「それで進めて宜しいですかな?」と最終確認を行った。
「お願いします」
 平行世界にある地球からやって来た百戦錬磨の指揮官に、大塚は全幅の信頼を置き承諾の言葉を贈った。
「異界への侵入方法は見えてきたとして」と、改まった城田が議題を変える。「もう一つの問題が深刻化するのは、その突入後だ。次元獣のもの以上となったDフォルトを、現状の力だけでどのように突破するか」
 再び、ゼロが口火を切った。
「それこそ、アイムに任せるのが適任だ。奴は単独で、Dフォルトを突破する為の術を持っている。我々ZEXISの分まで、精々アリエティスには活躍してもらおうではないか」
「でも、アイムと組むのは最終手段と…」首を傾げていたスメラギが、「まさか…」と眉を上げる。
「そうだ。アイムは扉が開いた瞬間に必ず現れ、自ら進んで怪植物の標的となるだろう。何しろ、クロウがブラスタで件の異界に突入するのだからな」
「うむ」説得力の大きさに思わず唸った大塚が、机上の映像を差し替える。
 動画が表示され、昨夜ブラスタを庇い4刃で怪植物を切り刻むアリエティスの舞いがスローで再生された。ブラスタに一切触れさせまいとするアリエティスの妙技に、操縦者の激しい感情が乗っているとわかる。
「自分を頼るようにと念押しまでしたのだ。蔑んでいる敵の本拠にこれといって策のないZEXISが乗り込むと知れば、あの男の事だ。必ず現れる」
「その時だけ利用し、怪植物の鎮圧後は早々に退散願おうという訳か」
 苦笑するネゴシエイターに、「それが最も有効な強敵の使い方だ」とゼロは容赦がない。さては、歌の戦術的意味を理解した段階で、ゼロはアイムとの共闘方法を根本から練り直したのではないか。
 接触する時間が短いだけで、共闘する相手から攻撃を受ける確率は大きく下げる事ができる。アイムとの関わりをなるべく避けたいクロウとしても、うってつけの名案だ。
「できれば、ZEXISの中にも独自の対策が欲しいのだけど。高出力機による多重攻撃の他は、まだ検討段階ね」
 スメラギが、更に他案が存在する事をそれとなく仄めかす。十中八九、クロウやニルヴァーシュを前面に押し出す案だろう。
 悪意に支配されたあの怪植物をどうにかできるのなら、異物込みで隊に貢献しても構わないとは思う。その決意あっての、先程の申告だ。
 ただ。ZEXISとZEUTHを合わせ、所属するロボットや戦闘機は優に60機を越す。動力も武器の特製も様々なものが集まっているのだから、何かはピンポイントでツボにはまる気はするのだが。
 今のクロウがブラスタを操り、SPIGOTの加速粒子をあの怪植物に見舞うとしたら、どのような結果になるのか。当然、相応の興味はある。『揺れる天秤』の力と異物の相性。面白い事になる気配もあるが、逆に食われてしまっては元も子もない。
 怪植物の吸収限界が見えていない今、指揮官達にとってSPIGOTによる攻撃は是非とも試してみたい妙手であると同時に、禁じ手としたい技でもある。
 種という心配はなさそうな体内の異物。クロウは、再接触の際にその正体についても是非尋ねてみたかった。
「ところで、ミシェル」万丈が、敢えてミシェルに声をかける。「僕は、ずっと疑問に思っているんだが。連れ去られた顔ぶれは、どうしてクランと中原さんの2人になったんだろう? 君に心当たりはあるのか? 1本目のバラを贈られた相手は君と聞いている」
「それなんですが…」ミシェルが昨日1日を回顧する。その表情は真剣そのもので、元々彼の中に同じ疑問が内在していた事を周囲に告示した。「俺もずっと疑問には思っているんです。もし、パイロットとしての高い能力を取り込みたいのなら、スナイパーとしての俺は今ここにはいないでしょう。それに、無理矢理異界に引きずり込んでしまえばいい。次元獣やクロウの時のように。…ケンジ隊長も言っていましたが、俺もあの人に同感です。何か全く別の動機があると考えるべきです」
「そう。確かに2人の女性だけが異質なんだ」万丈はその場で立ち上がり、皆の注目を敢えて引き寄せた。「次元獣、Dフォルト、異世界、アイム、クロウ、現れては消えるバラ。転写される月。これらには、何となく共通したものが見えてくるじゃないか」
「ああ、何となく」話題のクロウがにっと笑い、「こう上手くは言えないんだがな」と両手でそれぞれ半球を描きくるくると胸元で捻った。球は、核心の外周に集まっている敵の残したヒント全てを括っている。
 勿論、クロウの名が同列に加わってしまう事実は余り嬉しいものではない。
 万丈が続ける。
「昨夜から僕も、バラの事が少し気にはなっていたんだ。クロウとアイムにも絡んでいるようだが、元はミシェルとアテナに贈られたところから始まっている。もし仮に、敵がシンフォニーを名乗る相手だとしたら、あの2人にはクロウやアイムと同じ力など無い事は既に察知している筈なんだ。当然、ミシェルとアテナについても。なのに、連れ去られる対象はあの2人になった。理由は、もしかしたら全然違うところにあるんじゃないのか? 例えば、昨日1日の行動の中とか。2人は、昨日ほとんど一緒だったんだろう?」
「はい」
「それ、実に興味深い話だね」と、突然大杉が割り込んだ。「もし、2本目のバラを贈られたアテナがそのまま連れて行かれたら、今の疑問は生まれていないかもしれない。アイムは、アサキムとZEUTHのメンバーを『呪われし放浪者』と呼んでいる。アサキム自身も、自分についてそう話していた。『放浪者』は次元の跳躍をする者と解釈する事ができるとして、『呪い』とは穏やかじゃない。しかもアイムは、ZEUTHのメンバー全員を『烙印(スティグマ)を持つ者』とも呼んでいた。その烙印は、今回の敵から見えるのかねぇ」
 大杉は、応答をロジャーや万丈、アムロ、クワトロといったZEUTHのメンバーに求めた。
 些か居心地の悪い顔をし、ロジャーが「申し訳ないが、何とも答えようがない」と話を濁す。「呪いや烙印が何を指すのか、人の世の理の外にあるものを我々ZEUTHも理解しあぐねている」
「そうか。…それは残念だ」大杉の表情には、本気の落胆が滲み出ていた。「ZEXISの内部事情以外でアイムが興味を示す分野は、極端に限られている。その呪いや烙印が何を指すかは不明だが、あのカラミティ・バースがZEUTHを我々の住む多元世界に転移させた事について、アイムは以前から重大な関心を寄せていた。もしかしたらZEUTHのメンバーは、我々ZEXISよりも先程万丈君が言っていた次元獣や異世界に近くて、アイムも異界に住む敵もそれを知っているのかもしれない。アイムが興味を示す力を異界の住人も望むのなら、連れ去られるのは間違いなくZEUTH、つまりアテナの筈だ。なのに、クラン大尉と中原君がさらわれた。敢えてZEXISのメンバー2人に絞った理由は何か。ZEXISのメンバーに、敵は何を求めているのか。…結構重大な意味を持つような気がするんだよ。事前に知る事ができるなら、それに越した事はないと思うんだ。ま、あくまで私見ではあるがね」
 大杉の話を、ZEUTHは非常に硬い表情で最後まで聞いていた。
「そういえば俺達は、ZEUTHが結成された経緯とか何も知らないんだ。こんなに一緒にいるのに」
 レントンが最高の間合いで、少年の疑問を関係者に投げかけた。会議の内容には直接触れないものだけに、子供の特権はこういう時にものを言う。
「色々と終わったら、必ず話す」
 それが、万丈1人が声に出した唯一の回答だった。
「敵が、クロウ以外のZEXISに何を求めているのか、か。…我々は、接触しようという相手について何も知らなすぎる。一つ、2人の調査に乗り出してみるか」
 仕切り直しのつもりか、咳払いの後、大塚が改まって洗い出しの重要性を拾い上げる。
 スメラギが、それに同調した。
「ええ。昨日1日について、2人の行動をトレースしてみるのはどうかしら? 対象は、言うまでもなく買い出し隊の全員よ。バトルキャンプの中だけでなく外出先でも誰かが一緒に行動していた筈だから、精度の意味でも効率の意味でも理想的ね。全員に全てを思い出してもらいたいの」
「す、全てって…」
 軽く言ってくれるぜ、とクロウとロックオンにミシェルまでもがげんなりした。
 些細な事まで、しかも正確に脳内から引き出すように、との無体なご指示だ。必要か不要かは上が判断するからとにかく思い出せ、と言っている。
「昨日ショッピング・モールに残してきた車と買い物を取りに行ってもらって、その道すがらメモを作るのがいいわね。同じ時刻に同じ場所を通ったら思い出しやすくもなるでしょう」
 行楽でも勧めるように、にっこりと微笑む戦術予報士が怖い。
「但し」と、城田が制限に乗り出す。「クロウはバトルキャンプに留まるように。護衛のロックオンもだ」
「それはやむを得ないわね。その分、ミシェル、貴方がクランの言動についてはしっかりと思い出してちょうだい」
「了解」
 クロウ達2人とミシェルは、全く違った表情で上からの指示を受諾する。
 結局、会議は霧中の前半と進展のあった後半に大きく割れてしまった。5人のパイロット達だけを室外に吐き出すと、表向き会議は終了する。


              - 20.に続く -
 
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