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何でも屋のよくある日常にて

 さて、ここでアリシアがどうしてあんな場所に行く事になったのかについて、語ろうと思う。
 それは、アリシアが何でも屋で掃除をしていた時までさかのぼる。

「まずはここにある物をこっちにっと……ああ、後はこれを……」

 アリシアは机に置かれた新聞の束をまとめていく。
 とある蒸気発電所に現れた巨大な怪物やら、怪人やら、怪盗、殺人鬼……不気味な文字が躍るそれらを一瞥して、アリシアは嗤う。
 この前捕らえた怪人は、今頃警察署内で取り調べを受けている事だろう。

 そういった世間を騒がせる怪事件を引き起こした彼らをとらえるのに一躍買っているのがここの主である、アーノルド・アヴァロンである。
 そこですぐ傍の金具がさびて取れかけている木製のドアから一人の男が現れた。
 歳はまだ20歳にはなっていないはずの青年で、特に目立つのは左腕の義手である。

 銀髪に緑色の瞳の彼は眼鼻立ちは整っているものの、くたびれたこげ茶色のスーツを着ているせいかどこかちぐはぐな印象を与える。
 だがアリシアにとっては、彼の魅力が存分に発揮されないこの服装は気に入ってはいたが。
 そんな彼は義手であくびを隠すように口を手で覆いながら、

「アリシア。またここに来ていたのか……」

 嘆息するように言うそれを聞いて、アリシアはむっとしたように彼をみる。
 来る度に同じ事を言われれば、むっとするのも当然だ。
 彼がここに来て欲しくない理由も良く分かる。

 この辺りはお世辞にも治安が良いとは言えない。
 アリシアがやってくるのは昼間だとはいえ、それでも危険が完全になくなったわけではないのだ。
 だからここには来て欲しくない、それがアーノルドの言い分だった。

 しかもここの建物自体、そう、このレンガ造りのビル一つがまるまる格安で借りれている状況なのである。
 たまたま何処かに事務所を構えようと言った話になった時に、とある依頼によってこのビルを借りれる事になったのだが……格安である。
 格安というのはそもそも事情のある事故物件の様なものである。

 いわくつきのある建物……そんな場所でもあるので、アーノルドはアリシアに来て欲しくないようなのだ。
 そこでアリシアはある言葉が脳裏によぎる。

「恩人の娘で、妹みたいなものだから、アリシアにはここに来て欲しくない。特に依頼には首を突っ込むな」

 以前から何度も何度も耳にタコが出来るくらいに言われ続けている話をふと思い出して、アリシアは口がへの字に曲がる。
 確かに大事にしてもらっているのは嬉しいのだけれど、アリシアとしてはもう少しこう……“甘い”関係を望んでいるのだ。
 だが絶妙に壁を作られて、未だにこのような関係だ。

 そうアリシアが考えていると腹が立ってきたので、

「何よ、アーノルド。こんな風にまた散らかしっぱなしじゃない。掃除してあげているのに何よそれ」
「そんな物は適当に俺がやるから構わない。だからここに来るなと何度言ったら分かるんだ」
「あら、私はアーノルドの相棒だもの。ここに来るのは当然だわ」

 言い切るアリシアにアーノルドは深々と溜息をついてから、

「お前に相棒は務まらない。だからここには来るな」
「あら、そんな事を言っていいのかしら。折角、“有機魔素化合物(エーテライド )”を持ってきたのにな~」

 そういって瓶づめされた緑色の液体を見せるアリシアに、アーノルドは苦虫をかみつぶした顔になり、

「……それだけ置いてすぐに帰れ」
「んふふ、私が作るこれ、“有機魔素化合物(エーテライド )”のおかげで随分ここの家計も助かっているでしょう?」

 得意げにアリシアが告げるとアーノルドが沈黙する。
 小型の“蒸気機械(スチーム)”、“蒸気強化( スチーム・アシスト)”などはこれがないと動かす事が出来ない。
 蒸気機関の異常な技術進歩によって文明化が成され、この状況なら社会に溶け込めるとそれまで隠れていた“魔女”と呼ばれる太古の文明の末裔達が現れ、伝えたのがこの“有機魔素化合物(エーテライド )”だ。
 
 少量しか作れないが為に大規模な発電などには使えないが、その代りに日常で使うには便利な程度に浸透している。
 また、これを固形化した物は持ち運びに便利だが、その分保存性もいいといった付加価値化ら値段が跳ね上がるため、アーノルド達は基本的に液体の物しか使用できない状況である。
 但し液体でも値段がそこそこいいお値段であるので、この何でも屋を経営していくには予算的な意味でアリシアの才能により作りだされたそれは、アーノルドにとってはとても助かる代物だった。

 だがアーノルドとしては、

「その内アリシアの手によらなくても“有機魔素化合物(エーテライド )”が手に入る様にしないとな」
「! なんで!」
「アリシアは普通で平穏な人生を歩んで欲しいからだ。こんな危険と隣り合わせな生活ではなく、な」
「わ、私だって手伝いたい! だって、アーノルドの左腕は……」

 アリシアがいつも言っているあれを言おうとしたので、アーノルドは何時もの様に気にするなと言おうとして……そこでノックが聞こえる。
 現れたのは、蒼いスーツを着た髪の短い女だ。
 緑色の髪に赤い瞳のキャリアウーマンの様に見える女性。
 
 胸元のポケットには、薔薇をかたどった様なピンを付けている。 
 そんな彼女は常に微笑んではいるものの、その瞳は常に感情の色は見えない。と、

「メルシーか。今日は何の用だ?」

 アーノルドが彼女の名前を呼ぶ。
 それに彼女は相変わらず頬笑みを浮かべたままちらりと、彼女に苦手意識があるらしいアリシアの方を見て、

「依頼があってね。ただあまり部外者に知られたくないから、そこにいる可愛い子猫ちゃんには席を外してもらえるかしら」

 と、警戒するように見ているアリシアの神経を逆なでするように、メルシーは微笑んだまま告げたのだった。

 
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