街路で
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4部分:第四章
第四章
「あの神様にな」
「とりあえずキリスト教の神様と一緒のままでいいんじゃないか?」
「それでいいか」
「ああ、じゃあ祈るか」
「そうするか」
こう言い合うのだった。そのうえでキリスト教式で祈る。それで大丈夫なのかどうか不安であった。しかし神はいたのであった。
吸血鬼達は通り過ぎ彼等は救われた。何とかである。吸血鬼達が消えてからだった。彼等は安堵の溜息を漏らしてそうして言うのだった。
「助かったよな」
「ああ、何とかな」
全身から冷や汗が流れている。助かったことに安心していた。
そうしてだった。彼等はここでまた言い合う。既に酒は抜けてしまっていた。
「しかしな。吸血鬼って本当にいたんだな」
「だよな。しかもキリスト教より前のか」
「いたんだな」
「だよな」
「それにしてもな」
お互い胸の十字架を見る。その十字架をである。
彼等を助けてくれたその十字架をだ。見るとさらに思うのだった。
「この神様が助けてくれたな」
「ええと、アステカだったよな」
「そうだよ。アステカのな」
二人で言い合う。
「ケツアルカトルが助けてくれたんだよ」
「キリスト教以外の神様が助けてくれたのかよ」
それを思うと不思議に思えるのだった。それは彼等がキリスト教徒だからである。だからなのだった。ほっとして話すのであった。
「嘘みたいな話だな」
「ああ。本当にな」
とにかく助かったことに安堵するのだった。その次の日だった。彼等は仕事の休み時間に二人であの老人のところに来た。そうしてそこで話すのであった。
「本当に出たんだよな」
「それで爺さんが昨日俺達に渡してくれたろ」
「あの十字架じゃな」
老人は昨日と同じ場所に座っていた。そうしてそのうえで二人に応えるのだった。
「あれが早速役に立ったのじゃな」
「ああ、そうだよ」
「おかげで助かったよ」
あらためて老人にこのことを話すのだった。そうしてそのうえで礼を述べるのだった。
「有り難うな」
「本当にな」
「助かったのは何よりじゃ」
そのことを素直によかったと頷く老人だった。しかしその表情は変わっていない。
「しかしじゃ」
「しかし?」
「あの吸血鬼のことだよな」
「そうじゃ。これでわかったのう」
こう彼等に話すのだった。
「そうした吸血鬼がいたことがな」
「よくわかったよ」
「本当にな」
彼等もその言葉に対して強く頷いた。
「一時は冗談抜きで終わりかと思ったからな」
「すんでのところだった」
「ならばよい」
また応える老人だった。
「それでな」
「しかしなあ」
「まさかキリスト教以外の神様に救われるなんてな」
「全くだな」
二人から言った。そのキリスト教以外の神のことをである。
「まあキリスト教が来る前からだとな」
「それも考えてみれば当然か?」
しかしこうも考えるのだった。
「それも」
「そうなるか」
「そうじゃ。キリストは確かにいい神じゃ」
老人もそのことは認めた。認めながらそのうえで首にかけているものを出す。それは主がいる十字架だった。キリスト教の十字架である。
「しかしじゃ。その神とは違う神もいるのじゃよ」
「それがこの神様ってわけか」
「ケツアルカトルか」
「そういうことじゃ。そして今回あんた達はじゃ」
老人はさらに言ってきた。二人を見上げながら。
「その神様に助けられたということじゃ」
「そうか。最初はわからなかったけれどな」
「俺達も助けられたんだな」
「そういうことじゃ。ではそのケツアルカトルの十字架はじゃ」
二人に顔を向けながらまた言う。老人の顔は自然と笑ってきていた。そのうえでの言葉であった。
「あんた達に渡しておくからのう」
「ああ、悪いな」
「じゃあ俺達はこの神様も」
二人はその神の十字架を見ながら。また話した。
「信じさせてもらうか」
「信じる神様は一つじゃなくてもいいみたいだしな」
「そういうことじゃ。だから渡しておくぞ」
老人は最後に笑った。このうえなく明るい笑顔であった。その笑顔で二人を見上げてそれで言ったのであった。まるでそれこそが言いたいことであったかの様に。
街路で 完
2009・10・12
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