廃水
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5部分:第五章
第五章
「だが一応調べてみよう」
「わかりました。それじゃあ」
「この水を」
こうしてその水が調べられた。わざわざ本社の方から学者が招かれそのうえで調べられた。学者は髪がぼさぼさで髭だらけの顔のむさ苦しい男だった。彼はフケだらけの頭を掻きながら述べるのだった。その間も警戒は続いていたが幸いにして失踪者は出なかった。
「この水はですね」
「どうなんだ?」
「ちょっとおかしいですね」
こう工場長達に答えるのだった。
「ちょっとどころじゃないですけれど」
「ちょっとどころじゃなくおかしい?」
「どういうことなんですか?」
「これは排水ですよ」
学者は工場長達に対して述べた。
「工場からの」
「工場のか」
「ええ。ですがこの排水は強い酸性を持っています」
学者はこのことを指摘した。
「この工場から強い酸性なんてそうそう出ませんよな」
「それはないと思う」
工場長は首を傾げながら彼に答えた。
「この工場では鉄筋やそうしたものを扱っているが」
「そうですよね。化学薬品なんて作っていませんし」
「そうだ。だからそんなものはそう派手に出たりはしない」
工場を預かっているからこそわかることだった。彼はこの工場のことは誰よりもわかっていると自負していた。言うならば船の船長のようなものだ。
「それはない筈だ」
「しかしトイレで見つかったんですよね」
「そうだ」
このことも確認された。
「その通りだ。事実だ」
「ええ、そうです」
「工場長の仰る通りです」
ここで工員達も真面目な顔で学者に述べるのだった。
「それは俺達も見ていましたし」
「その通りです」
「それが余計にわからないんですよ」
学者はまた首を傾げさせて述べた。
「何でこんなものがこの工場のトイレに?」
「それだな。わしもわからん」
工場長はまた首を傾げさせた。
「俺もです」
「どうしてうちの工場のトイレにこんなものが?」
「ええと、そういえばですね」
学者はふと話を変えてきた。
「この工場について聞いた噂ですけれど」
「あっ、はい」
「何ですか?」
「何か工場の近くの河から奇妙な噂があったそうで」
「ひょっとしてあれですか?」
「あの排水が魚や動物を食べてたっていう」
工員達もこの話は知っていた。信じてはいなかったが。
「それですか?」
「けれどあれは」
「ええ、私もそんな筈はないと確信しています」
学者はこうも言うのだった。
「ですがそれでもです」
「それでも?」
「一応。河も調べてみますか」
彼は今度は河の水を調べると言うのだ。
「河の水もね。とりあえずは」
「河の水をか」
「はい、調べてみます」
工場長に答えて今度は河の水を調べるのだった。そうしてその結果わかったことは。
「同じでした」
「同じ?」
「はい、トイレに残っていた赤い水と」
また工場長と工員達に対して話していた。
「河の排水は全く同じ成分でした」
「そうなのか」
工場長はそれを聞いてまずは眉を顰めさせた。
「同じだったのか」
「それでですね」
学者はさらに言ってきた。
「実際に魚が全くいなくなっていまして」
「河の魚がか?」
「はい、しかも川辺には虫もいませんでした」
それもだというのであった。虫までもが。
「奇麗に。一匹も」
「そんなことがあるんですか?」
「まさか」
「勿論そんなことは有り得ません」
学者もそれは否定した。有り得ないことだと。
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