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藤崎京之介怪異譚

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case.6 「闇からの呼び声」
  Ⅲ 12.10.PM8:50



「大まかにはこうだと考えられます。ヴェッベルグ伯はある時期、静養を兼ねて山間の地方へと旅行したそうです。その旅先で不慮の事故に遭って命を落とし、そのままそこへ埋葬されたそうです。」
 今話しをているのは、探偵のフリッツ・メスターラー氏だ。彼は俺達の依頼を引き受け、こうして報告しに来てくれたのだ。
「え?殺されたのでも自殺でもないと?」
「調べた限り…と言うことでは。まだ幾つかの教会を回ってないので絶対ではないですが、一番真実味があったのが事故死でした。当時は道も悪く、事故に遭う確率も高かった上に病気で療養していた記録もないため、事故死と判断して差し支えないかと。それ以上に彼はカトリックだったので、その点でも自殺は考えられないと…。」
「じゃあ…この地方に伝わる伝承は?」
「異教の民が広めたと考えられます。ヴェッベルグ伯はキリスト教中心の統治をしたため、以前からあった土着宗教やユダヤ教の人々が不満に思ったのでしょう。」
「それじゃ…故意に流された噂?それにしても、文献全てが嘘…と言うことではないんじゃないですか?」
 俺はメスターラー氏にそう問い掛けた。彼の調査は性格なのだろうが、どうしても辻褄が合わない。事実無根の事柄が、こうも多くの文献に残されるものだろうか?とすれば…何かが起き、それを亡き者へ擦り付けたと考える方が妥当だと言えはしないか?
 しかしそうなると、誰が何の目的でそうしたのか…?
「京之介さん。貴方のご指摘は尤もです。私もそれは疑問に思い、現在閲覧可能な古文書を端から調べました。すると、とある人物の名が浮かび上がってきたんです。」
「とある人物?」
 俺だけでなく、皆も一斉にメスターラー氏へと注目した。また登場人物が加わると言うのだから、それは仕方無いことだ。
「伯爵家に仕えていた執事、ゴッドリート・エルネスティという人物です。」
 メスターラー氏がその名を口にした時、アウグスト伯父が手にしていたグラスを落とした。その音に驚いて、皆は伯父へと視線を変えた。
「すまんのぅ。こっちはいいから、話を先へ進めてくれ。」
 アウグスト伯父は笑いながら割れたグラスを拾おうとした時、若い司祭が駆け付けてグラスを片付けてたのだった。
「アウグスト伯父様…この人物に心当たりでも?」
 俺は違和感を感じ、伯父へとそう問い掛けた。明らかに動揺している風だったからだ。
「いや…きっと勘違いじゃよ。」
 伯父はそう言うが、やはり動揺している…。宣仁叔父もそれを察し、父と顔を見合わせていた。
「兄上、どうされた?些細なことで良いから、話してみては如何か?」
 宣仁叔父にそう促されたアウグスト伯父は、困った様に溜め息を吐いた。たが、暫くしてとある人物のことを話始めたのだった。
「これは…とある教会に伝わる話じゃ。一般に公開されぬ古文書に残された記録じゃが、その中の一部にゴッドリート・エルネスティの名が記されておったんじゃ。だがのぅ…ヴェッベルグ伯の死後、少なくとも百年は後の記録じゃ。名前もありふれとるものじゃし、とても同一人物とは…。」
 そう前置きして語った話は、恐るべき殺人鬼の記録だった…。
 今から五百年近く前。ある小さな村が、一人の男によって消し去られた。消し去られた…と言うのは大袈裟ではなく、文字通りその男に村人全員が殺されたことを意味していた。
 その男は、残忍極まりないやり方で村人を次々に殺していったと伝えられる。その内容は…ヴェッベルグ伯の伝承に近いものがあった。
 ゴッドリート・エルネスティ。古文書によれば、とある貴族の末裔で、幼少の時分は聡明で優しい子供だったという。だが、母が他の男と情事を交わしている現場を目撃してしまい、その後に人が変わってしまったのだという。
 彼の行動は、最初は小さな動物などを生きたまま焼くなど、まだ救いようのあるレベルだった。それは村人が止めていたそうなのだが、次には生きたままの動物を切り裂いて内臓を取り出したとか、頭を切り開いたとか…段々と残忍な性格を形成してゆき、行動もエスカレートしていった。犠牲になる動物も小鳥から猫や犬、そして羊や山羊…最後には人間へと移り変わっていったのだ…。
 だが、なぜ彼一人が小さな村とはいえ、その住人全てを殺害出来たのか?そしてその後、エルネスティはどこへ姿を消したのか?それは古文書に記されてはいなかったそうだ。エルネスティの生い立ちですら、当時の司祭がエルネスティに関わる人物から聞いたものに由来していて、彼がどこから来たのかさえ知られていないのだ。
「そういうことじゃ。このエルネスティは関係なかろう。ただ、同名というのが気になってのぅ。」
 話し終えたアウグスト伯父は、新しく運ばれたグラスでワインを飲んだ。
 全て聞き終えた俺達は、互いに顔を見合わせるしかなかった。
 第一に、ヴェッベルグ伯の話は、このエルネスティの話と混ざっていること。第二に、伯爵の執事だったエルネスティと村人を惨殺したエルネスティ。この二人が同一人物であったなら…いや、同一ということはないにせよ、少なからず血縁関係があったなら…伯爵は執事によって殺害された可能性が高いのではないか?ということだ。
 だが、伯爵を殺害したとしても、執事のエルネスティには何の得もない筈だ。それどころか伯爵家が絶えてしまえば、自身の執事の職も失うことになる。普通に考えれば、それは有り得ないだろう。
 当時のその村にはこれといって産業はなく、特産品があったわけでもない。好き好んで治めたい者も居なかったと思われるから、誰かに金で…とも考え難いのだ。
「そうですねぇ…。ヴェッベルグ伯の死後は、彼の遠縁にあたるヨーハン・ヘルムート・エンハールト侯爵領地の一部として暫定的に治め、この時の農地改革が成功した功績から正式な統治者として認められています。ですが、農地改革はヴェッベルグ伯の遺志から行ったものなので、エンハールト侯がこの土地を欲していた訳ではないようですね…。」
 何が何だか分からない…。何人もの人物が入れ替わり立ち替わり…。
 だがその中で、やはりエルネスティの存在だけが妙に引っ掛かっていた。
「フリッツ。この二人のエルネスティに、接点は全くないのか?古文書のどこかに、些細なことでも書かれてはなかったのか?」
 今まで黙って話を聞いていた父が口を開いた。父も以前からメスターラー氏と面識があったようだ。
「京一郎さん。そう簡単に分かるようなら、もう当に解決していると思いますが?これから普段閲覧出来ない古文書の閲覧許可をとり、そこから次の調査をするのですが、それでも分からない場合…別の手段を取ります。」
「別の手段?」
 俺が不思議そうに聞くと、隣で父がそれに答えた。
「彼はバチカンにも政府にも顔がきくんだ。彼はああ見えて結構な遣り手だよ?バチカンや政府に貸しがあるからね。」
「一体…何をやったんだ…。」
 俺は顔を引攣らせながメスターラー氏を見、聞こえないよう小声で呟いた。父はただ笑ったままで、それ以上は何も話さなかった。まぁ…話すことが出来ないようなことなんだろうが…。
「しかし…それが正しいとして、あれはどう説明するんだ?」
 宣仁叔父が顎に手をやりながら言った。
「あれ…とは、聖アンデレ教会でのことですか?」
「そうだ。遺体はないにせよ、ヴェッベルグ伯の墓所がある教会で神父が殺められ、その亡骸がドミニク神父を襲ったのだ。こんなことが偶発的に起きよう筈はなく、それ以上に、この時代にわざわざ亡骸を動かすとは…。悪魔が関与していると考えて問題はあるまい。恐らくは、アンデレ教会やこの町にエルネスティという人物が関係している…ということだ。」
「宣仁さん。未だ調査は半ばですし、これからまだ別の資料も出てくるでしょう。元凶が確定しなければ堂々巡りですからね。もう暫くフリッツに頑張ってもらうしかありませんよ。」
 宣仁叔父の言葉に、父は溜め息混じりにそう返したのだった。するとそこへ、徐にアウグスト伯父が口を挟んだ。
「では、ケルンにあるエルネスティの墓とされる場所へ行ってみるかいの?」
「は?墓…って、あるんですか?」
 俺は驚いた。今までの話からでは生年没年どころか、どこで生まれどこで死んだかも分からない。そんなエルネスティに…墓があるなんて考えもしなかったのだ。
「ま、不思議に思うのも無理のない話じゃ。このエルネスティの墓も中は空になっとるしの。先に話した奴が滅ぼした村は、現在のケルン近くにあったそうじゃ。そこの伝承には、どうやらエルネスティの祟りを恐れ、遺品を使って墓を作ったそうじゃが…ま、墓というもんで禍を封じたかったんじゃろう。」
 なんだ…これは?伝承自体が二重三重に絡まってるじゃないか…。伝承に第三者が私意的に介入しているとしか思えないし、まるで犠牲者を増やすよう仕向けているみたいだ…。
 これは教会だけじゃない…政治にすら直接影響を及ぼすような…そんな大きなものになっている。 何故そんなことを?そもそも…何でこんな回りくどいことをしているのだ?そんな必要がどこにあったというのだろう?俺には目的がさっぱり解らない。
 いや…最初から目的なんて必要ないのかも知れない。悪魔の仕業ならば、人間を神から逸脱させれば良いのだし、最終的には自分を崇めさせれば良いのだからな。
 だが…こんな手の込んだことをして、これといった成果はない様に思える。 確かに強大な力は誇示できようが、それにひれ伏した者はいないからだ。しかしそれとは真逆に、その強大な力に抗おうとした者はいるのだ。
 信仰心を奪うためなら、そんな強大な力を見せ付ける必要性はないだろう。そんなことをすれば、逆に神の存在を明らかにしてしまうのだから…。悪魔…サタンだったら、もっと狡猾に事を推し進める筈だ。
「京、どうかしたか?」
 俺が考え込んでいると、不意に父が話し掛けてきた。
「いや…ただ、悪魔の仕業だとしたら、少し腑に落ちないと思っただけだ。信仰心を折って神への愛を消すためだったら、こんな解りやすいことをわざわざするか?サタンの狡猾さは、聖書でも言及されている。何故…こんな神を証明するかのようなことを…」
「ルシファーじゃ。」
 俺が父へと話しているのを聞き、アウグスト伯父がそう言った。
「ルシファーって…。」
 俺は怪訝に思って言った。まさか、ここでそんな言葉が出てくるとは思ってもなかったからだ。たが、アウグスト伯父は俺の困惑をよそに、後へと話しを進めた。
「元来、これは名ではない。バビロン崩壊の情景を描写した言葉じゃ。ルシフェルやルシフェエル等とも書かれるが、別にサタン…神を謗る者の名ではない。じゃが、この言葉に答えがあるように感じるんじゃ。」
 アウグスト伯父はそう言うと、グラスへと口をつけた。
 確か…バビロン崩壊だけでなく、イエス生誕の時にも同じ事柄があった。それは暁の星…いわゆる"金星"の出現だ。これは"明けの明星"とも呼ばれる。
 金星は春と秋、共に朝方と夕方に見ることが出来る。ここから朝方に見えるのを"明けの明星"、夕方に見えるのを"宵の明星"と名付けられたのだ。
 東西の神話の中には、その美しさ故に女神の名を冠している場所もあるが、その輝きが一等星の実に170倍という明るさだからだろう。金星そのものは地球とほぼ同じ大きさで、時には姉妹星とさえ呼ばれる。それが何か因縁めいていると思うのは…俺だけなのだろうか?
 そもそもアウグスト伯父が話したように、ルシファーとは"輝ける者"や"光を纏う者"という意味のラテン語が語源となっているが、元は形容詞だった。元来、これは名詞ではないのだ。ただ、見たままを形容したに過ぎない言葉なのだ。
「ルシファー…裏切りの象徴でもあるからなぁ…。そうか…裏切りなんだ…!」
「京、何か掴めたのか?」
「まぁ…掴めたと言うよりは、単に思い当たったというだけだけどな。要は、誰かが誰かを裏切った…そう言うことだと思うんだ。」
 父に問われて俺がそう答えると、アウグスト伯父が腕を組んで言った。
「そうか…だからわしはそう思うたんか。これはわしの推測じゃが、ヴェッベルグ伯が亡くなった時、恐らく執事じゃったエルネスティは解雇されたんじゃろう。」
「何故そうだと思えるんですか?」
「それはな、伯爵の領地が他の者に渡ったからじゃ。無論、領地を治めるのは貴族じゃから、その貴族には既に執事がおって当たり前じゃしな。エルネスティの居場所は無ぅなってしもうたと考えて不思議はあるまい。とすれば、住み慣れた町でさえ居づらくなったんじゃなかろうかのぅ。」
 アウグスト伯父の推測は尤もだ。主人が亡くなった後、館から追われるように出なくてはならなかったエルネスティを、町の人々は哀れに思えど、恐らくは手を差し伸べることは出来なかっただろう。様々な噂の飛び交う町で、エルネスティは悲嘆に暮れたに違いない…。
 だが、このヴェッベルグ伯に仕えたエルネスティと、貴族の末裔とされている殺人鬼となったエルネスティがどう繋がっているかは解らない。
 ただ、二人共<裏切り>という行為により、その人生が狂わされたことが共通点と言える。片や執事で片や貴族の末裔とは…少しかけ離れているように思う。
「この件は二人のエルネスティを含め、再度調査してきます。アウグスト様、それで宜しいでしょうか?」
 俺が頭で話を整理していると、メスターラー氏がアウグスト伯父にそう言った。伯父は「済まぬが、早々に頼む。」と言って、再びグラスに口をつけたのだった。



 
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