赤い目
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7部分:第七章
第七章
「魔物を調伏する為にこの街に来たのじゃよ。今まで隠しておいて悪かったな」
「いえ」
「ではすぐに退治するとしよう。どのみち放っておくわけにもいくまい」
そう言いながらその走縄を怪物に向かって投げつけた。すると縄は怪物の身体を縛った。これで怪物は動きを止めた。
「ぬおっ」
「そろそろ終いじゃ」
老人はそう言うと懐からまた何かを取り出した。今度は数珠であった。
「これで」
数珠もまた投げた。それは怪物の身体に当たるとシュウシュウと燃えはじめた。
「グオオッ」
「効くじゃろう。これは普通の数珠ではないからな」
「そうなんですか」
「特別に法力を込めておったのじゃ。三日の間な」
「その準備だったんですか」
「うむ。待たせたな、その間」
「いえ」
高志は首を横に振った。
「化け物を倒すんですから。それも当然ですよね」
「そして止めじゃが」
呻き、苦しむ怪物を見ながら言う。
「その小刀を貸してくれぬか」
「ここに来る前に僕に渡してくれたあれですか」
「左様、それで奴の頭を刺す」
老人は怪物に顔を戻しながら言った。
「それで全ては終わる。よいな」
「はい。それじゃあ」
高志はそれに従い小刀を老人に手渡した。
「お願いします」
「うむ」
老人はそれを受け取った。そしてすっと前に出ると小刀を大きく振り被った。
「これで」
終わらせるつもりであった。そしてそれを怪物の頭に刺した。
それまで呻いていた怪物の動きが完全に止まった。苦悶の顔で動きを止める。それで全ては終わった。
「グオオオオオオ・・・・・・」
断末魔の呻き声と共にその身体を白い蒸気が覆っていく。それと共に身体が消えていく。次第にそれは小さくなりやがて完全に姿を消した。そして怪物は消えてしまった。
「終わりましたね」
「うむ」
老人は高志の言葉に頷いた。二人は怪物が消えた場所を見下ろしていた。
「何か呆気無かったですね」
「もっと手こずると思ったのじゃがな」
老人は数珠と縄を手にとりながら述べた。
「じゃが。用意を怠らなくてよかったわ」
「はあ」
「思ったより楽に終わらせることができた。何よりのことじゃ」
「けれど何でこの街にこんな化け物が出て来たんでしょう」
「たまたまじゃ」
「たまたま?」
「左様。無論この街でない可能性もあった」
老人は高志の手を取りながらこう述べた。
「他の街でもな。やろうと思えば何処でも出来るものなんじゃ」
「そうなんですか」
「魔物は場所を選ばんよ」
壁を潜りながら言う。
「何処でも好きな場所に現われる。それが魔物というものじゃ」
「そうなんですか」
「人の世界とは違う世界に棲んでおるからのう」
そう言いながら店から出た。
「わし等みたいに何時何処で何をするか、全くわからんのじゃ。じゃから退治には手間がかかるのじゃ」
「厄介な連中なんですね」
「厄介でなければ魔物ではないぞ」
老人は店から出るとその手に火を出してきた。
「それが魔物じゃからな」
「ところで何で火を出しているんですか?」
「これか?」
見れば誰もいなくなった店に火を点けていた。
「後始末じゃよ。最後のな」
老人は特に気にすることもなくこう説明した。
「この街の人も人を喰っていたとか知りたくはないじゃろう。それをうやむやにするんじゃ」
「そうじゃなくて」
「火は悪しきものを浄化するのじゃ。最後はこれで締めねばな」
「いえ、そうではなくて」
「何が言いたいんじゃ、それでは」
あまりにも高志がしつこいので顔を向けてきた。
「放火ですよ、これって」
「心配無用、警察の上の方にはもう話を通してある」
彼は言った。
「こうした事件はな、結構多くてな。後の処理は任されておるんじゃよ」
「でも周りに火が」
「その心配もいらんよ」
もう火は店全体を包み込んでいた。
「術の火じゃからな。この店だけ燃やせば終わりじゃ」
「そうですか」
「これで。何もかも終わりじゃ」
「はあ」
「この街も平和になるさ。人の目も暫くしたら元に戻るぞ」
こう言い残して老人は燃え盛る店を後にした。高志はその後ろをついていく。こうして人肉ラーメン屋はこの街からなくなった
のであった。
事件は火事で片付けられた。老人の言う通りあのラーメン屋だけが全焼し後には何も残らなかった。とりあえず店長、つまりあの怪物が焼け死んだとだけ新聞の記事には書いてあった。だがそれが本当のことではないのは高志だけが知っていることであった。そして老人の言う通り街の人々の目は次第に元に戻っていった。こうして街は何事もなかったかの様に普通に戻ったのであった。もっともこれを知っているのも高志だけであったが。
最初は皆そのラーメン屋がなくなって残念そうにしていたが何時しか皆忘れてしまった。そして他の美味い店に入るのであった。
「ねえねえ」
また葉子が高志に声をかけてきた。
「またラーメン屋なのかい?」
「違うわよ」
葉子は困った顔をする高志にそう返した。
「そういつもいつもラーメンばかり食べてるわけじゃないわよ、あたしも」
「そうなんだ」
「それでね」
葉子は上機嫌で高志に話してきた。
「今度は美味しいハンバーガーショップを見つけたんだけれど」
「ハンバーガーショップ!?」
「そうよ。本格的なハンバーガーを出してくれてね」
見ればその目が今までとは違っていた。
「アメリカのあれみたいに大きくておまけに美味しくて。一度食べたら病み付きになるんだから」
「病み付きに」
「あんたも一度言ってみたらいいわ。何なら連れて行ってあげるわよ」
「うん」
高志は無感情に頷いた。ハンバーガーよりももっと気になることが目の前にあったからである。
それは目だった。葉子の目だ。今彼女の目はまた赤くなりはじめていたのだ。
「何か最近物騒だな」
遠くからクラスメイトの声が聴こえてきた。
「またホームレスの行方不明が増えてるそうだよ」
「うちの学校のチーマー達もだな。何処に行ったんだろうな」
(やっぱりね)
高志はそれを聞きながら心の中で思った。
(また易者さんから話が来るかな)
だがそれは言わなかった。ただこれから起こることに少し心の中で溜息をついただけであった。結局魔物というものからは離れられないのかな、と考えるだけであった。
赤い目 完
2006・1・8
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