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赤い目

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4部分:第四章


第四章

「今はオフだからつまらないけれどね」
「全く」
「来年も負けてくれればいいのよ。何が史上最強打線なんだか」
 母の悪口は続いていた。彼女の癖として巨人のことを言い出すと止まらないというものがあった。とにかく巨人が嫌いなのであった。
 母が去ってからも社会欄を見続けていた。その後で古新聞を漁ってみたがやはり同じであった。失踪事件がやけに多い。それもあのラーメン屋ができてからであった。
「疑いようがないかな」
 しかもこの街を中心として。何かあるとしか思えなかった。それを考えるとあのラーメン屋は増々怪しいものであった。
 そして三日が経った。高志は塾の帰りに老人の家に立ち寄った。来てみるともう老人は用意を全て済ませていた。
「早かったのう」
 彼は高志が部屋に入って来たのを確認して微笑んだ。
「もうこっちは支度は出来ているぞ」
「そうなんですか」
 だが見たところ三日前と何ら変わるところがない。服もあの時と同じ易者の服である。
「その服でいいんですか?」
「化け物退治は格好ではないのじゃ」
 老人はからからと笑いながら言った。
「要は心じゃ。よいかな」
「はあ」
「今からそれを見せよう。では行くぞ」
 こう言って席を立った。そして高志を連れてあのラーメン屋に向かうのであった。行く途中に老人は一度高志に対して何かを手渡した。
「これは」
「後で役に立つ。持っていなされ」
「はい」
 見れば小刀であった。白い木の柄の中に入っている。一見只の小刀だがその白い柄には何か書いてあった。だがあまりにも達筆すぎて高志には何と書いているかわからなかった。それを見ながら歩いているうちに店に辿り着いた。
 見ればもう店は閉まっていた。入口ののれんはしまわれシャッターがかけられていた。しんとして昼の行列も何処にも見えはしなかった。まるで全く別の場所であった。
 老人はその店の前へすすす、と進んだ。そして裏手に回りそこの壁に手をやった。
「ここじゃな」
 険しい顔でこう呟く。
「お若いの」
 そして高志に顔を向けてきた。
「わしの手を取りなされ。そしてこれから何があっても騒いではならんぞ」
「わかりました。それじゃあ」
「うむ」
 老人に言われるままその手を取った。すると老人はもう一方の手で壁を押した。するとその手は壁の中に入り込んで
しまったのだ。まるで溶け込む様に。
「あっ」
「しーーーーーーーーーーーっ」
 声を立てそうになる高志に対して口だけでこう言う。手は両方共空いてはしないからであった。
「はい」
 高志はそれに従い頷いた。やがて手だけでなく身体全体が壁の中に入り込んでいった。
 そして高志自身も入った。中に入ってみるとそこは厨房であった。暗く何も見えない。
 老人は目を凝らして灯りを見つけた。そして灯りを点けると冷凍庫に向かった。こうした店でよく使われる非常に大きな冷凍庫であった。
 そこを開ける。そして中から何かを取り出した。それを高志の前に出した。
「これじゃ。やはり思った通りじゃった」
「・・・・・・・・・」
 高志はそれを見て絶句した。それは人の頭であったのだ。若い、茶色の髪をした女の頭であった。氷漬けになりながらも虚ろな目で高志を見上げていた。
「頭」
 ようやく声を出せた、まだ信じられないといった顔で呟いた。その声も震えていた。
「これでわかったじゃろう」
「はい」
 老人の言葉に誘われる様に頷いた。
「本当に人の肉を使ってたんですね」
「そこにあるスープの中を見てみるがいい」
 老人は側にあるスープの鍋を指差した。するとそこにも人の頭がった。髪の毛と溶けた目玉と脂、そして剥がれた肉が浮かんでいる。その奥に中年の男の首があったのだ。
「この店では頭からダシを取っている様じゃな」
「頭から」
「うむ。ここでは違うようじゃがこうしてダシを取ることは多い」
 老人は言った。
「長浜のラーメンとかな。あれは豚の頭でダシを取る」
「そうだったんですか」
「うむ」
 九州のラーメンは豚骨が主流である。コクの強い白いスープのラーメンが多い。その中でも長浜のラーメンは強いコクで知られている。豚の脳味噌がよいダシを出すと言われているのだ。
「それと同じじゃ。ここでは人の頭を使っていたのじゃ」
「うえ」
 高志はそれを聞いて気分が悪くなった。今覗いた鍋の光景が目から、脳裏から離れなかった。
「吐きそうか?」
「いえ、大丈夫です」
 何とかそれは抑えた。だが気分が悪くなったのは事実であった。
「そうか。これだけではないからな。まだ吐いてはならんぞ」
「まだあるんですか」
「見てみるがいい」
 そう言いながら今度は冷凍庫の中を指差した。その中にあるものは大体予想がつく。見たくないというのが本音だった。だがここは見た。何とか勇気を振り絞った。
 覗いてみた。するとそこには頭よりもっとおぞましいものがあった。高志はそれを見てまた絶句してしまった。
「う・・・・・・」
「驚いたか」
 老人はそんな彼に声をかけてきた。
「はい・・・・・・」
 高志は頷いた。そこには切断された手や足、骨、そして内臓があった。耳や鼻、そして何かよくわからないものもあった。いや、それはよく見れば胎児であった。
「内臓まで・・・・・・」
「おそらくレバニラや及第粥に使っていたんじゃろう」
「及第粥」
「中国にあるお粥の一つじゃ」
 老人はこう説明した。
 
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