東方乖離譚 ─『The infinity Eden』─
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第1章:影月異変
episode1:ぶらり幻想出会い旅
「やあヒメノ。今日も買い出しか?」
「あぁ、慧音先生。おはようございます」
幻想郷に流れ着いて数週間。紫から仮住居を与えられ、本格的に人里で一人暮らしを始めた私は、自然と人里の代表者とも言える慧音先生──つまり、上白沢慧音との交流が深まった。
個人的には東方Projectの中でも慧音先生は特に好きなキャラの一人であり、人里に住み始めて真っ先に仲良くなりたかった人物でもある。流石に人里の中でも頂点に位置する名家の主人であるAQN……もとい稗田阿求とは会えなかったが。
「ちょっと野菜が切れてたので。そういう慧音先生は見回りですか?」
「ああ、最近妙な輩が増えたのでな。悪さをしないよう、一応見張っている」
慧音先生は人里に住んでいるらしく、彼女の経営する寺子屋とは別に小さな家で暮らしている。
一応彼女の種族は半獣であり、妖魔の類ではあるのだが、彼女は人間に味方している。原作設定では元純粋な人間だったから、その名残もあるのだろう。彼女は人里の自警団に加わっていた。
かくいう私も自警団に加わっている。
藍曰く、幻想郷に入った衝撃で眠っていた半神としての神格が目覚めたらしく、私は普通の人間より少しばかり力が強い。
信仰を集めれば更に強くなるとの事だが、生憎そこまでの力は今の私では出せない。力の無い神に、信仰など集まらない。
出来るとしても弾幕を避けるぐらい。逆にそれだけならば藍との特訓で鍛え上げた。逃げる事なら一級品だ。
そんな訳で私は自ら里の外に於ける仕事を進んで引き受けている。
慧音は兎も角、里の人間の殆どは里の外での仕事を恐れている。
当然といえば当然だ。彼らは皆妖怪と遭遇する=自分の死なのだ。ならば少しでも戦い──とは言っても逃げるだけだが──に慣れている者が引き受けた方が良いのだ。
という理念で私は仕事を引き受けるのだが、どうも慧音にはよく心配を掛けてしまっているようだ。
「所で慧音先生、何か仕事ってありますか?」
「はぁ……仕事熱心なのは感心だが、お前は些か熱心過ぎるぞ?生活費も十分に賄えているようだし、少しは体を休めてくれ。ここ最近重い仕事を立て続けに受けているじゃないか」
む、そういえば確かに最近は疲れる仕事を受け続けてるなぁ。……まあ、だからって止める気もさらさら無いんだけどね
「私は大丈夫ですよ。私の力で少しでも誰かの助けになるなら、それで十分です」
「とは言ってもな……全く、その熱意の半分でも霊夢に見習わせたいよ」
「霊夢は元々ああいう娘ですから」
原作知識で、霊夢の『空を飛ぶ程度の能力』は他者との関係だとか、他人に対する情だとかそういったものからも浮く……という事は知っている。が、正直霊夢がこの事を話すなんて事はまず有り得なさそうなので知らない振りをしておく。確かに幻想郷に来て最初の一週間程度は紫の指示によって博麗神社で過ごしたが、霊夢はやはりというかなんというか私とは殆ど関わろうとしなかった。そんな私に霊夢が重要な秘密をカミングアウトする筈も無いだろう。
とまあそういったように、私は大抵の東方キャラの名前と能力、大まかなデータは愛によって全て記憶しているし、その相手に対する対処法も心得ている。
原作にロクなデータがない雑魚妖怪や妖精なんかには太刀打ち出来ないのだが、逆に言えばそれ以外のキャラクター達に対してはアドバンテージがあるのだ。まあそれが使えればの話だが
「慧音さん」
ふと、男の声が聞こえたので我に返る。
振り返れば、そこに居たのは人里の門を護る男だ。大抵彼が慧音に用があると言えば外で異常が発見された時なのだが……
「どうした?何かあったのか?」
「ええ、奇妙なんです。妖怪一匹居やしない。普通なら遠方に一匹や二匹居るもんなんですが、今日に限って一日中一体も見ないんですよ」
「偶然ではないのか?」
「いえ、霊媒師によれば森で厄災が集まっていると。森に妖怪どもが集まってると解釈した方が良いらしいですぜ」
「っと、なら私の出番だね」
現実世界なら霊能者など胡散臭いだけの存在であるが、幻想郷なら話は違う。幻想とされる存在が闊歩するこの世界では、現実世界で否定されているものが肯定されるのだ。従って、霊媒師の予言ともなるとほぼ100%当たっているのだ。
が、幻想郷の霊能者と言えど万能ではない。妖怪の種類や数、具体的な場所にそれぞれの強さ。分からない事は多い。
その為に居るのが私の所属する自警団の一部隊、数少ないあぶれた人員が所属する人里郊外偵察隊である。
主な仕事は人里郊外に存在し、尚且つ人里に危害を加えそうな妖怪の調査、偵察。若しくは人里郊外にて行方不明になった人間の捜索である。
故に妖怪の偵察なら私達の仕事……なのだが、流石に数多の妖怪が集まる場所に自ら行くというのは慧音としては見逃せないらしい。
「待て待て。いくら逃げるのが得意だからと言って、一体ならまだしも複数の妖怪が集まる場所に自ら行く阿呆が居るか。せめて霊夢か魔理沙に任せて……」
「霊夢は実際の被害が出るまで動かないでしょうし、魔理沙に頼むには魔法の森まで行かなきゃいけませんよ?魔理沙が人里に来るのを待つにも、その前に妖怪が動かないとは限らないですし」
一応的を射た発言だろう。この幻想郷の霊夢は基本怠け者であり、自ら動くのは人里に被害が出た時や、結界に異常が生じた時。若しくは異変が起きた時だろう。
魔理沙は比較的引き受けてくれるが、魔理沙の住処は魔法の森の奥地だ。その付近には猛毒を持つキノコの胞子が飛び交っており、普通の人間ではその瘴気には耐えられない。紫曰く半神である私ならば影響はないかもしれないが、もし影響があった場合は悲惨だ。
それに、私は藍に逃げ足を徹底して鍛え上げられた。妖怪の対処法や魔除けの護符なども持ち合わせている。まだ私が偵察に行く方が、生存率が高い。
「う、むぅ……」
「それに、何人か妖怪にも知り合いが居るんです。勿論人に無害な妖怪ですけど。彼女達の支援もあれば、危険度も低いですよ」
「むむむ……そこまで言うのなら、すまないな。頼んだ」
「了解です。じゃあ……早速!」
──全力疾走!可愛い妖怪が私を呼んでるZEッ☆
ねぇねぇ、善意だけで動いてると思った?ねぇねぇ思っちゃった?
残念、可愛い可愛い東方キャラと会うためだよヒャッハーッ!
基本私は人里で暮らしてるから、人里からロクに出られないのだ。下手に抜け出せば、失踪扱いにされて大騒ぎされかねない。
唯一合法的に暫く人里を離れられる方法が、この人里郊外調査と称した出会い旅である。
自宅に買った食料を放り込み、携帯用の簡易料理をポーチに詰め込む。護身用の魔除け札と儀式用ナイフをサイドポケットに突っ込み、火打石を残り少ない容量に無理矢理押し込む。最初こそ苦戦した火打石だが、今ではすっかり慣れた。
ちなみに安全面に関しては絶対的な自信がある理由だが、それはまぁそれ相応の協力者が居るからであって──
「ほいっ」
一枚の札を破り捨てる。
同時に強い風が巻き起こり、小さな竜巻がヒメノの体を包み込む。
それはとある妖怪との約束の証でもあり、その妖怪を呼び寄せる為の行為でもある。
「──おや、随分と早いお呼びですね」
「ごめんねー、今日も付き合ってね。いいネタ提供してあげるから」
漆黒の羽、赤い頭襟。胸ポケットに差し込まれた手帳──文花帖。
うむ、今日もあややは可愛いなぁ!
そんな訳で射命丸文だ。彼女との交流が始まったのは、藍に修行を付け始めて貰って直ぐの事。何処からか人間が幻想入りし、八雲藍の元で修行をしていると聞きつけた文は、直ぐに取材に来たのだ。そんな訳で取材に答えたのだが、予想以上に良い売り上げだったそうだ。お陰で私は人里にも顔が知られており、自然と移住することも出来た。文も売り上げが伸びてウィンウィンの関係となった訳であり、その後の交流が出来たのもまあ当然といえば当然だった。
そんな中、文が提案した協定がある。
私が呼べば射命丸は私を支援し、その代わりにネタを提供、若しくは取材を受けるというものだ。当然私は二つ返事でその協定を受け、その後は度々文の支援を受けている。人里内では少し耳を傾けるだけで、スクープに使えそうな情報は転がっているのだ。
しかしいずれも新聞記者としての接し方なので、原作知識でこれが素ではない事を知っているヒメノとしては少々複雑ではあるのだが。
「今日はどういう仕事なんです?」
「人里近くの森に潜んでいる妖怪達の偵察。数が多いらしいから、文に支援頼もうかなって」
「成る程、森に集う妖怪軍団……人里に喧嘩を売る、ですか。これはこれで使えそうですねぇ」
「まぁ、必ずそうと決まった訳じゃないけどねー」
文花帖にメモを取る文に注釈を加えつつ、森の座標を再確認する。
霊能者が指し示したのは、人里の北に位置する無名の森だ。特に強力な妖怪のテリトリーという訳でも無く、近くに危険な場所がある訳でも──
「──あったわ」
「──あやややや……コレは慎重に調査した方が良さそうですね……」
なんとも場所が悪い、その隣に存在するのは花畑だ。
季節に関係無く、向日葵が咲き続ける花畑。それは無論『太陽の畑』であり、同時にUSCゆうかりん──もとい、風見幽香のテリトリーなのだ。流石の私と言えどゆうかりん相手に逃げ切れる自信は無いし、文が相手をしてくれたとしても勝てるとは限らない。それ以前に、流石にネタ提供程度で戦うには割に合わなさすぎる。何しろ命が懸かっているのだ。
「流石に幽香さんと戦うのは勘弁ですよ。五倍ネタを提供してくれるなら考えますが」
「考えるんだ……まあ流石に太陽の畑に入るつもりはないよ」
呆れて答えつつ地図を仕舞い、退魔のナイフをホルダーに備えて、ベルトに装着する。
「あやや、見返りさえあれば幽香さんと戦ってみるというのも面白そうだったんですが」
「下手に刺激しないの。……よし、準備OK。じゃあお願い」
「はいはーい。じゃあ行きますよー」
文の背に乗り、衝撃に備える。
次の瞬間には視界が揺らぎ、頭上からの強烈な風圧を受けながら空を駆けていた。
「ぶはっ!?」
「喋らないでくださいねー。舌噛みますから」
顔面に直撃した風圧の塊を耐えつつ、指示された通りに口を閉じる。
と、行動を終えた瞬間には既に辺りは森だった。この速さ、流石天狗と褒めてやりたいところだァ!(伝説のSヤサイ人風に)
「──っ!」
「……文?──って……」
血生臭い。鼻を刺す悪臭が辺りに広がり、紅い血痕が周囲の木々に飛び散っている。
『ソレ』の発生源は、一本の木の根本に広がる背高草の中だった。
ふと、悪臭が消える。辺りの落ち葉が竜巻に巻き上げられたかの如く舞っている様を見ると、文がその能力で風を操り、匂いを散らしているという事は直ぐに分かった。
「──ヒメノさん。見るも見ないも貴女の自由ですが、どちらかと言えば見ない方を勧めます」
この位置からでは草の中は見えないが、文の位置からは見えるらしい。流石に鈍感な私でも、その光景は容易に察する事が出来た。
「止めとく。今は、原因を探そう」
「ええ。……ッ!──いえ、原因は探すまでも無さそうですっ!」
突如、強烈な風が吹く。
背後から『ばきゃり』という不穏な音が鳴り、同時に何か大きな物が薙ぎ倒された様な音が鳴る。
「妖怪です。隠れて」
「分かった」
この手の事は何度かあった。その度に助けられているが、私に何が出来る訳でもないので、大人しく下がる。
その妖怪は、人に近い姿をしていた。
「フーッ……!フーッ……!」
「死徒ですか。この辺りには生息していなかった筈ですが……どうやら、此処を根城に仲間を増やして、人里を襲撃でもしようとしていた様ですね」
「グルぁぁぁァっ!」
一歩。
死徒はその一歩で、文との間合いを無くした。
速い。ほんの一秒でその間合いを詰め、更に次の攻撃に最も適した体運び。場数を踏んでいるのか、理性があまり無いとは思えない巧さだ。
──まあ、人間から見ればの話ではあるが。
ヒュゴァッ!
「──きゅぺぁっ!?」
奇妙な音を立てて、死徒の腕がこれまた奇妙な方向へと折れ曲がる。
同時に死徒の体は吹き飛び、半ばほど胴体が抉れた。
制御の効かない体は受身を取る事すら出来ず、糸の切れた人形の様に大木に叩き付けられた。
「死徒如きが鴉天狗に楯突こうとは、愚かですねぇ」
蹴り一発でこのダメージである。本気を出せばどうなるかなど、知りたくもない。
だけれどもまあ最早定番であるこの結果に対して私はこう言おう。
──テメェの敗因はたった一つだぜ……たった一つのシンプルな答えだ……
お前は射命丸を──
「さてヒメノさん。これでお仕事は完了ですか?」
待ってあやや!今すっごい重要な決め台詞なのっ!ス○ンド使いでも無ければ私が戦った訳でも無いけどせめて言わせてっ!
「ふぇっ!?あ、あぁ、うん。後はその死徒を妖怪の山の麓に返せばオシマイ」
勿論殺してはいない。死徒はとても再生能力が高い妖怪で、耐久性もあるから、ここまでしないと生きたまま無力化は出来ないのだ。後は死徒の再生能力に任せて、本当の住処に送り返せばお終い。
「では早速……っと、雲でも出ましたかね?一気に暗くなったようですが」
「え?確か今日は雲なんてなかった筈だけど……」
「あやや?ふーむ、まあ、良いでしょう。後で確認すればいい話でしょうし」
文が風を操作して、ピクリとも動かなくなった死徒の体を浮かばせる。
よし、これであとは送り届ければ──
──ひゅぎおっ
奇妙な音だ。文の風でこんな音は鳴っただろうか。
妙に明るい。どうしたのだろう、さっきは暗くなっていたのだが。
振り返る。
「──ん……なぁっ!?」
先程まで死徒が浮かんでいた空間は、光の柱が綺麗さっぱり消し去っていた。
尋常ではないエネルギーの本流。文の力に匹敵するその光の束は、勿論文が放ったものでは無かった。
……この光を、私は知っている。マスタースパークではない。それにしては込められている力は禍々しい。
答えは、直ぐに出た。
「──あらあら、鬱陶しい鴉と人間ごと始末したつもりだったのだけれど……外しちゃったかしら?」
「……これはこれは、どうした事でしょう。太陽の畑に踏み入ったつもりは無かったのですが……
事情をお聞かせ願えます?風見幽香さん」
──レベル1の状態でのいきなりラスボス戦ですねわかりたくありません。
後書き
next→episode2:その異変は唐突に
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