普通だった少年の憑依&転移転生物語
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【ソードアート・オンライン】編
109 血塗られた林檎
SIDE 《Kirito》
――パキャァァン…
「バカな…!」
そんな俺の呟きには周囲のプレイヤーに気付かれずに電子の世界へと溶けていく。……否、むしろ〝それどころ〟じゃないのだろう。俺の──俺達の目の前では〝それくらいには有り得てはならない事〟が起こっていた。
……まず大前提として、このゲーム──だけではないが、少なくともこの【ソードアート・オンライン】と云うゲームには幾つかの〝仕様〟が有る。
まずは有名なところ、HPバーが消し飛ばされたら、《生命の碑》に示されている自分の名前横線が引かれて〝死に戻り〟ではなく現実世界に横たわっているであろう自分の体の脳が破壊され、実際に死んでしまうと云うこと。……それは〝この城〟に囚われている凡てのプレイヤーに当てはまる事である。
……例外が在るとするなら、それは〝蘇生アイテム〟を使う事なのだが、今のところその〝蘇生アイテム〟は俺達のギルドが握っている。……他にも〝ドロップした〟と、聞かないあたり〝蘇生アイテム〟を持っているのは俺達のギルドだけなのだろう。
閑話休題
HPバーの話はそこらへんとして、他にも〝ルール〟はある。……〝圏内では特定状況下を除き、HPが減らない〟と云うこと。
……これは茅場 晶彦が戦闘に向いていない人達──つまるところの女性や子供、〝フルダイブ自体に向かない人達〟の為に設定した〝仕様〟なのかもしれないなどと、勝手に考えていたりする。……茅場 晶彦が史上最悪の人物には変わり無いが…。
また閑話休題。
話が二転三転してしまったが、俺は言いたい。……〝決闘などの特定状況下を除き、〝圏〟内で人が死んではならない〟──と云う事を。
……しかし、〝この世界〟は残酷で非常である。俺達の価値観をまたとしても壊していった。……事実だけ簡潔に述べるのなら…
〝圏内〟で人が死んだ。
アスナから〝美味しいNPCレストランがある〟と誘われ、丁度暇を持て余していた俺はアスナの誘いに乗った。そしてその店で料理に舌鼓を打っている時にそれは起こった。
……外から甲高い──それこそ〝絹を裂いた様〟とな修辞的表現が一番しっくりくる悲鳴が聞こえたのだ。……そしてその悲鳴の原因は直ぐに判明する。
洋式の鐘楼が備え付けてある塔を見上げれば、明らかにイベントの類い──またはNPCには思えない男性プレイヤーが鐘楼塔から武器に刺されば吊られていた。
……伊達や酔狂で吊られていいるだけなら、胡乱な目を向けるだけで済んだ。……それならどれだけマシだったのだろうか…。
軈てその男性プレイヤーは、ポリゴン片となって消えて逝った。
「キリト君っ!」
アスナ──最近、よく俺をそこらに連れていく様になった少女の呼び掛けに溺没していた意識を復活させる。……何かアクシデントが有ると考え込んでしまう悪癖がまた発露してしまったらしい。
「……っ、ああっ! ……皆っ、勝利者表示を探してくれ!」
俺達と場所を同じくした、〝その場面〟を見ていた観衆に声を掛けるも、色よい返事は無かった。……どうやら、発見されるべきである決闘の勝利者表示は見つからなかった模様。
……それは〝睡眠PK〟──少し前まで横行していたPKの手法の可能性は薄まった──と云う事を表していた。……そしてそれは、新たなPKの手法が編み出されてしまった可能性があると云う事にもなる。
「アスナはあの女性を頼む。それと、あの武器を回収してくれ。……俺は中に入って何か仕掛けが無いか調べてくる!」
「判った。キリト君、気を付けてね!」
………。
……。
…。
建物の中に誰も──そして何も無かった事を確認して、アスナと合流した俺は先ほど悲鳴上げた女性と面通しする事になった。……ヨルコと名乗ったその女性はまだ憔悴している部分はあれど、どうやら会話出来るくらいには持ち直してくれたらしい。
ヨルコさんはカインズ──亡くなった男性プレイヤーとは知らない仲じゃないのもあったらしく、会話出来るくらいになるまでは少々時間も掛かった模様──否、むしろ立ち直るのは早い方なのだろう。
(さすが、アスナ)
コミュ障──とまではいかなくても、人見知りのきらいがある俺の事だ。……俺が傷心の女性と二人きりで場所を共にしても、間違いなくその女性に良くない影響をもたらしていた可能性が高い。……アスナ、様様である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「《ギルティソーン》──直訳すれば〝罪の荊〟ってとこか? 製作者は〝グリムロック〟って名前だ」
事を見かねた俺とアスナは、この事件に介入する事を決めて、〝取り敢えずは武器の出所から〟とカインズとやらを磔にしていた武器の鑑定を、エギルに頼んだ。
……最初はリズベット──≪DDD≫お抱えの〝鍛冶技能完全修得者〟に頼もうと思ったが、事が事なので、エギルに鑑定を頼む事にした。
閑話休題。
「グリムロック、ね…」
グリムロック。……エギルが言うには、武器の出来からして一線級の職人と云う訳でもないらしい。……それが判ったからどうだと云われたらどうしょうもないのだが…。
まだまだ物事を判断するにはピースが少なすぎる。俺とアスナはティーチやユーノと違って、〝そこまで〟早い回転の頭脳は持ち合わせていないのだ。……だったら、〝出来る事を〟積み上げていくしか手は残されていない。
……しかも、〝こういう時〟に限って、ティーチ達は最前線への遠征に行っている。……ティーチやユーノの知恵が借りれるのなら、それはそれで心強いが…。
閑話休題。
「アスナは確かヨルコさんとフレンド登録してたよな」
「うん。……でもそれがどうかしたの?」
「……とりあえずアスナはヨルコさんに渡りを付けてもらえるか? 〝グリムロック〟なる人物についてヨルコさんに訊きたい。……出来れば明日くらいにでも会席をセッティングしたい」
……この件──〝圏内事件〟に介入すると意気込んではみたものの、アスナと俺は手詰まり感に苛まれるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんかいたたまれ無いよな…」
「……うん…」
俺の投げ遣りな呟きにアスナが苦虫を噛み締めた様な声音で同意の言葉が返ってきた。一夜が明け、ヨルコさんと会談する事には成功したが、俺とアスナはヨルコさんから聞いた話には色々考えさせられた。
グリムロックと云うのは、ヨルコさんが昔に所属していたギルド──≪黄金林檎≫のリーダーで、カリスマ溢れる女傑であるグリセルダの夫だったらしい。……更に、ヨルコさんの話ではグリセルダさんとグリムロックの夫婦仲は大変良かった模様。
〝良かった〟──と、過去形なところから判るかもしれないが、グリセルダさんとグリムロックは別れている。……〝死別〟だったそうだ。
グリムロックは妻の死を悼み、今もなお喪に服しているらしく滅多な事では顔を表に出さないらしい。
……そして、残りのメンバーもグリセルダさんの死が契機になったのか、かつての≪黄金林檎≫のメンバーは散り散りになってしまって、軈て≪黄金林檎≫は解散の途を辿る事になってしまったとの事。
「……うちのギルドはレアドロップも〝取った者勝ち〟だもんね…」
アスナはヨルコさんの〝もう1つの話〟が後をひいていたのか、思い出したかの様に呟く。アスナの呟き。……それは1つのレアドロップ──敏捷値を20も上げる指輪によってモメたギルドの話だった。
確かにアスナが呟いた様に、≪DDD≫──うちのギルドでのレアドロップの扱いは〝取った者勝ち〟である。それはティーチがギルド建立の際、最初の方に決めた事である。
……とは云っても、ティーチはやたら羽振りが良いので──と云うかティーチのリアルラックが半端無いみたいだし──凄腕の〝鍛冶師〟も居るので、俺達のギルドが装備に困った事はあまり無い。
それどころか、≪血盟騎士団≫を初めとした他のギルドにすら捨て値同然でレアドロップを横流ししている時すらある。……なので、他の攻略組ギルドと俺達のギルドの仲は、中々に円滑だったりする。
閑話休題。
敏捷値を20上げるその指輪だが、厳正なる話し合い──を放棄した多数決の結果、ギルドの活動資金に当てる為に売却する事になったとか。……グリセルダさんはその指輪を売却しに行く時、泊まった宿で〝睡眠PK〟に遭ったとかなんとか。
……輝かしさを表していたであろう〝黄金のリンゴ〟が、普通のリンゴの様に赤い色に血塗られた──なんとも皮肉な話だと感じぜざるを得なかった。
「……それに…。……まさか、シュミットがな…」
ヨルコさんからかつての≪黄金林檎≫の元メンバーを聞いていると、聞き知った名前を耳にした。
……シュミット。それは、件の──〝捨て値同然でレアドロップを横流し〟の件で交流を持つことになったプレイヤーの名前だった。……俺の記憶が正しいなら、≪聖竜連合≫の〝壁役隊〟に籍を置いている〝攻略組〟だったはずである。
「……アスナはシュミットと…」
「あー、ごめん。私からのシュミットさんへの連絡方法は無いかな。……アイテム売買を進めてたのはティーチ君だったし…」
「だよな。……やっぱりティーチに頼むしかないか…」
漸く突破口の様なものを発見出来た俺達は、シュミットへの渡りを付けられる様に頼むべく──あまり頼りきりになりたくない伝だったが、そろそろ攻略から戻って来ているであろうティーチに〝頼みたい事がある〟──とな旨のメッセージを飛ばすのだった。
SIDE END
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