蒼き夢の果てに
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第6章 流されて異界
第127話 奪還。しかし……
前書き
第127話を更新します。
次回更新は、
11月4日。『蒼き夢の果てに』第128話。
タイトルは、『勝利。そして――』です。
冬に相応しい冷たく凍えた大気。氷空の中心には完全に合一したふたりの女神が、その冴えた美貌で地上に微笑み掛け、彼女らの周囲を取り巻く星々は、まるで銀砂の如き輝きを発して居た。
そんな蒼い光の支配する世界の中心を、ゆっくりと降下して行くふたり。
準備をしていた俺は未だしも、完全に就寝状態だったはずのハルヒが出かける準備などしている訳もなく、普段、長い髪の毛を纏めているカチューシャも存在せず、身に付けているのは旅館に備え付けられた浴衣のみ、と言う、何と言うか妙に扇情的な出で立ちであったのは間違いない。
少なくとも俺が彼女を解放すれば、朝には風邪を引いているのは間違いないでしょう。
ふたりの会話が途絶えた時、自分の姿を思い出した彼女が、俺に気付かれないように乱れていた胸元をそっと直した。
その瞬間。無防備な胸元に光る銀をその意外に小さな、しかし、とても綺麗な手で隠した。
……と言うか、首にしっかりと回されていた腕の片方を放した段階で、気付かれない内に、と言う事はかなり難しいとは思いますが。
思わず口元に浮かぶ笑み。そもそも、俺は彼女の隠そうとしたソレを目印に追い掛けて来た。故に、いくら隠そうとも、彼女が俺の渡した首飾りをちゃんと身に付けているのは分かっているのですが。
「まったく、土ごと空中に放り出されるとは思わなかったよ」
上昇した時の百分の一ほどのスピードで大地……左右に広がる舗装された道路の端……歩道の中心へと降り立つ俺。その瞬間、まったく手入れのされていない森の奥から掛けられる若い男の声。
聞き覚えはない声。もっとも、こんな真冬の東北の山中で知り合いに出会うとも思えないので、この辺りに付いては当然と言えば当然。口調は割りと普通の若い男性の話し方。更に言うと、陰鬱な感じもせず、学校に行けばクラスメイトの中に一人ぐらいは存在して居るであろう、……と言う男子生徒の中では比較的話し掛け易い相手、と言う感じか。
もっとも、最近に遭遇した同様の存在。妙に馴れ馴れしい感じの這い寄る混沌や、少し理屈っぽい雰囲気を感じた名付けざられし者と比べると、話し掛け易い相手と言う話なのですが。
矢張りあの程度の高さから落ちたぐらいでの無力化は無理だったか。
それならこんな戦い難い場所。歩行者としては正しいが、動きが制限される歩道などではなく、道路の中心に移動すべきか。
ハルヒを抱いたまま、その場で身体を解すように二度三度ジャンプを行い、そして大きく息を吸い込む。冷たい大気を身体へと取り込み気を活性化。
そして、ゆっくりと吐き出した俺。
声のした方向……。枯れた下草をかき分けながら現われた青年。道路を照らす照明の明かりが届くギリギリの範囲。明るすぎる月の光は大きく張り出した木々の枝によって遮られる場所に立つ姿は……。
身長は俺より低い感じ。おそらく、百七十を超えるか、超えないかぐらいに見える。少し大きめのフード付きのスエット。色はおそらく灰。表情や顔の造作に関しては、フードを目深にかぶっているので詳しい事は分からないが、それでも男性にしては顎から首のラインは細く、そして色は白いように思う。ボトムに関しては幾つものポケットが付いた膝丈のワークパンツ。ただ、それをだらしなく少しずらした感じ……所謂腰パンと言う、かなり派手な下着が見えた状態で履いていた。
う~む、真冬の深夜。それもほとんど人の手の入って居ない森の奥から顔を出して来たのが謎のヒップホップ系。これはかなり違和感を覚える。
そう考えながら、ゆっくりと自然な雰囲気で道路の真ん中へと立つ俺。
それに、現状ではどうでも良い事なのですが、黒のブイネックのセーターの襟元から覗くのは白のシャツ。ボトムはスリムタイプのジーンズと言う俺とは、どう考えても正反対の服装のセンス。少なくとも、見た目の足の長さから言わせて貰うのなら、コイツはどう考えても俺の半分しかないぞ、……と言う短さのように思える。
もっとも、元々膝丈のズボンをわざわざずらして履いているのだから、見た目が短足に見えたとしても仕方がない……とは思うのだが。
ただ、見た目重視のこの出で立ちでは非常に動き難いとも思うのですけど……。
「流石に土の中を走って居るヤツをどうにかする方法がなかったからな」
片側二車線と言う、地方の道路としてはかなり広い部類の舗装道路。その真ん中で人工の光と、そしてふたりの女神の光を全身に浴びながら、昏き闇の領域と人工の光の境界線上に立つ青年に対して話し掛ける俺。
当然、あまり友好的とは思えない第一印象を表面上で感じさせる事はなかった……と思う。
現在の立ち位置と、その出で立ちは違うふたり。但し、本来の立ち位置は僅かな違いでしかないふたり。
俺は僅かに光の側に。
そしてヤツはおそらく僅かに闇の側に。
「初めまして、で良いのかな、蘇芳優さん」
何か、妙に獣臭……いや、犬臭いヤツのような気がしないでもないが……。
ただ、四年前に大学生なら間違いなく自らよりも年長。一応、そう考えて多少は礼儀正しい態度で話し掛ける俺。もっとも、この眼前の青年から感じている気配は生者……人間のソレではなく、明らかに人外のソレ。
自殺者の魂の宿った何か、……と考えられるほど、この目の前の存在の纏った陰気が大きな物である事は間違いない。
未だハルヒをその胸に抱きながら、下草をかき分け、舗装された道路へと出て来る青年を見つめ続ける俺。
しかし――
「人に名前を尋ねる時は、先ずは自分が名乗るのが先じゃなかったかな」
完全に光が支配する世界にまで辿り着いた青年がそう口にする。確かに正論。ただ、青年自身の口調の中に不快感のような物はなし。
但し、その青年の様子にはかなり大きな違和感。
確かに山中から行き成り現われたヒップホップ系。スニーカーもその系統の連中が履く、派手な赤いスニーカーを履いて居たのだが……。
違和感その一。背中に背負った刀。服装や雰囲気からするとこの手の連中が持つアイテムはスケボーやデカいラジカセなどが似合うと思うのだが、ヤツの灰色のスエットの肩口から見えて居るのは日本刀の柄と思われる黒い筒状の物体。
そして、何より大きな違和感は……。
五体満足の状態で立つ青年を二度、上から下まで見直す俺。いや、これほど大きな疑問は一度確認しただけで十分なのだが……。
そう、先ほど斬り跳ばしたはずの左腕が、何の問題もなく再生している。
これはかなり上位の吸血鬼クラスの回復力を持った存在だと考える方が妥当か……。
「成るほど。俺の名前は仙童寅吉と言うんや。まぁ、名は体を表す、と言うのがしっくり来る名前やと思うけど、どうかな」
普段から当然、関西風のイントネーションで話すので、この辺りは問題ない。正にネイティブ・スピーカーの発音と言うヤツであっただろう。
魔法関係では明らかに素人臭いヤツにしては妙に高い能力を有して居る事に、かなり疲れにも似た感情を抱きながらも、表面上はそんな様子を一切見せる事なく答える俺。
この状況は、おそらくハルケギニアの時と同じ流れ。どっかのバカが分不相応な能力を素人に与え――修行の成果などと言う理由ではなく、望んだから与えた、と言う非常にお手軽な方法で能力を与えて、その与えられた能力を使って、その素人が破滅への道をひた走って行く様を神の視点から見つめて居る。
ありとあらゆるモノを嘲笑するかのような薄ら笑いを浮かべながら。
そう言うクダラナイ話の相手側として俺が配置された、そう言う事なのでしょう。
尚、俺の答えを聞いたハルヒからは当然のように疑問符が発生したのですが、それでもその疑問を口にする事はなく、彼女の視線は自らを攫おうとした青年に固定したまま。
どう考えても友好的と言う言葉とは正反対の眼つきであった事は間違いない。
俺の答えを聞いた青年の目深にかぶったフードから覗く口元に僅かな笑みが浮かんだ。その瞬間確信する。コイツは間違いなく魔法に関しては素人だと。
そして、
「現われろ、犬神ども。俺の敵、仙童寅吉を倒せ!」
右腕を大きく一閃。その刹那、大地より現われた犬の首だけの化け物数体が――
「――って、お、おい、何で俺に噛みつくんだ、この馬鹿犬どもが!」
しかし、何故かその場を転げ周りながら自らの呼び出した犬神たちから逃げ回る青年。コイツ、最初に自殺した人物、蘇芳優さんかと思ったけど、先ほど、そう呼び掛けた際にこの犬神から逃げ回っているヤツが発した雰囲気はその可能性を否定する気配しか発せなかったので……。
もっとも、コイツの名前など今はどうでも良い事か。
その無様な様子を呆れたような、非常に冷たい視線で見つめ続ける俺。
矢張り……。
もうこのまま――バカは捨て置いたままで帰っても良いかな、などと疲れた者の思考でそう考え始めた俺。流石に、本当にそんな真似が出来るとは思えませんが、それでも、それぐらいアホらしい事件に巻き込まれた、と言う事。
それに、現在の状況から考えると、最悪、弓月さんの関係者を冬至の間中、守り切れば良いだけ、の可能性が高いと思いますから。
細かな状況が未だ分かってはいないので、絶対にそうか、と問われると、流石に自信はない仮説しか立てられていないのですがね。
ただ――
「ねぇ――」
表面上に出て来る敵は素人同然の連中。しかし、その後ろに隠れているのは地球世界の歴史に名を残す強力な邪神の類。ハルケギニアに召喚されてから何度も経験させられたこの手の事件に、既に食傷気味の俺。
正直に言うと、今、行おうとしている小細工が本当に必要なのか、などと考え始めた……と言う事。その腕の中から、かなりの疑問に染まった彼女の問い掛け。
そして、
「アイツは何で自分の呼び出した魔物に襲われているの?」
かなり初歩的な内容の疑問を問い掛けて来るハルヒ。まぁ、状況が妙にコメディ染みて来たので、俺の方に質問に答えるぐらいの余裕があると見て取ったのでしょう。それに、確かにこっち側の人間――魔法の世界に身を置く人間以外には、この状況は謎すぎるでしょう。
いや、ハルヒに関して言うのならおぼろげながら理由は分かっていたとしても、それを完全に理解する事は出来ない可能性はある。
「これは所謂、人を呪わば穴二つ……と言う状況やな」
相変わらず冷ややかな視線で、自らの召喚した魔物から逃げ回る青年を見つめながら話し始める俺。
そう。あいつが召喚したのは他者を呪い殺す為の魔物犬神。
その犬神を召喚して命令したのは良いが、その命令が実行不可能な内容だった為に、
「呪いを実行しようとした人物にその呪いがすべて返された、と言う状況かな」
俺の式神たちには考えられない状態ですが、真名やその他の方法で無理矢理縛った使役獣などの場合は往々にして起きる事態。
何にしても、式神使いに分類される術者として、これでは無様としか言い様のない状態なのですが……。
自らの召喚した犬神に追われながら、しかし、背中に背負った日本刀を引き抜く青年。刹那、刀身が一メートルを超えるような長刀に冷たい月の光が反射した。
そして――
転がりながら一閃。宙を舞って、今まさに青年の右肩に食らい付こうとした犬神を両断。
そして、体勢を立て直そうとするついでに地面を這うかのように回転。その際に放たれた左脚が一体の犬神を消滅させる。
成るほど、術に関しては素人でも、体術に関してはそれなりの物を持って居ると言う訳か。
腕を振るうごと、脚を振るうごとに空中に描き出される黒い線……。自ら呼び出した犬神を倒す事による返りの風を受けながらも平然と立ち上がる青年。その瞬間、背後から接近しつつ有った最後の犬神が悲鳴すら上げる事もなく切り伏せられた。
ヤツ自身は背後に視線を動かす事もなく。更に言うと、その一瞬の後には身体に受けた傷も、最初から何もなかったかの如く跡形もなく消え去っている。
そして、その名残のように僅かに残された空中に一本の――。腕の傷から流れ出し、高速の刀の動きに従って作り出されていた黒い断線も今、霧散して消えて仕舞っていた。
黒い体液。光の加減で黒く見えている訳でないのなら……。
「いや、悪い悪い。まさか、術者を相手に本名を名乗るようなバカが居ると信じて居るヤツが、この世界に存在するとは思わなかったよ」
相手の正体を探る事に意識の一部を割きながらも、出来るだけ明るい声でそう話し掛ける俺。
そう。そもそも、魔法使い相手に自分の名前を名乗る危険性を理解しているのなら、真名や忌み名などは間違っても敵に知られないようにするのが基本。これが出来ないヤツは絶対に長生きが出来ない。
そもそも簡単に本名や、ましてや真名などを名乗ると、素直に真名を支配されて生殺与奪の権を相手に与えて仕舞う結果となるから。
そうかなり冗談めかして言った後、強い瞳で青年を見据える俺。その瞬間、腕の中のハルヒからかなり緊張したような気が発せられた。
但し、目の前の青年からはそれまでの雰囲気と変わりはない気しか発せられなかったのだが……。
「ひとつ忠告して置いてやるが、術に関しては素人のお前に、今行おうとしている作業を成功させる事は出来ないぞ」
成るほど、ハルヒは俺の発した龍気に気が付いたと言う事か。こちらの方は想定通りなので別に問題はない。
問題は目の前のコイツ。月下に、先ほど抜いた長刀を構えた状態で俺に相対する青年に視線を固定。
俺の僅かな龍気に気付く事が出来ないほど鈍感なのか、それとも、その程度の気配に動じる存在ではないのか……。
流石に鈍感と言う可能性は、敵が普通の術者の場合では考えられない。……のだが、ここまでの一連の流れや、ハルケギニアでの経験から考えると、その可能性をどうにも否定出来ないのだが……。
不意打ち……は俺に対しては意味がない。物理、魔法どちらも一撃は無効化が可能。そして初太刀をカウンターで返され、倒せなくとも多少なりとも動揺した相手を倒す事などそう難しい事ではない。
視線で相手の動きを制している。そう言う雰囲気を醸し出しながら、油断なく観察を続ける俺。
明らかに人間ではない回復力を示す相手。しかし、今まで俺の前に現われては自滅して行った連中とは少し違う感じもするのだが……。
「忠告に関しては感謝して置くよ」
内容と態度がまったく違う状態。先ほど抜き放った長刀。日本刀としてはかなり長い部類の三尺以上の刀身。おそらく野太刀と称される古いタイプの日本刀を青眼に構える青年。
……構え自体はすっと立った非常に自然な構え。但し、この構えから感じるのは、何処から攻撃されても、三手から五手で俺の勝ちが予想出来る構えだと言う事。
構えから想像すると、剣術に関しては完全な素人と言う訳でもないのか。確かに、術に比べると多少は危険な部分を感じなくもない。
但し、それは飽くまでも素人ではない、と言うレベル。多少、刀を振った事はあるが、それでも達人クラスと死合いを演じた、と言う雰囲気は感じない。
もっとも、これだけの回復力を持った存在に本当の意味での剣技と言う物も必要ではない、……とも思いますが。要は斬られた後に斬り返せば良いだけ、なので。
無理に自らの身体を護らなければならない、とは感じないでしょうから。
どの程度の傷までが修復出来る範囲か分かりませんが、それでも斬り跳ばれた左腕があっさりと回復している以上、致命的な部分。例えば頭などが完全に破壊されない限りは回復可能、の可能性が高い、……と考えて相手をするべきですかね。
「ねぇ――」
一触即発。何時、戦いが始まっても不思議ではない状態。
この野太刀を構えているヤツに取って俺は邪魔者でしかない。ましてハルヒはわざわざ攫って行った獲物。これはつまり、何等かの役に立てる為に攫ったと言う事なのだから、ここで彼女の身を諦める可能性も低い……と言う事。
「これから戦いになるのなら……勝ちなさい」
自らが俺の両腕を占拠していながら、刀を持った相手に勝て。かなり無茶な命令を口にするハルヒ。そう思うのなら、少なくとも自分を放してくれ、と頼んでから言うのが普通の人間なのでしょうが――
「初めから負ける事が分かっている戦いなど挑まないさ」
俺は基本的に小者なんでな。漢には負けると分かって居ても戦わなければいけない事がある、などと平気で口にする事は出来ないから。
相変わらず軽い感じの答え。しかし、その言葉の中にかなりの余裕を滲ませる俺。
もっとも、この自信は空元気や根拠のない自信などではなく、ある程度の根拠から発生する自信。確かに相手の力量は分からないけど、一度や二度の人生で剣を学んだだけの相手なら先ず負ける事はない。俺は仙童寅吉であると同時に、輪廻転生を体現した存在だから。
未だハルヒを胸に抱いたまま軽く二度、三度とジャンプ。固まった筋肉を解し、戦闘に備える。強化は俺だけで施せる限界に。物理や魔法、それに呪詛の類は一度だけなら反射や無効化は可能。
大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと息を吐き出した。
大丈夫、こいつは素人。気付かれていないはずだ。
しかし……。
「その女を降ろす間ぐらいは待ってやっても良いんだよ」
一応、刀を構えながらもそう話し掛けて来る青年。意外に人が良いのか、それとも、俺がハルヒを解放しなければ、戦闘の際にハルヒが怪我をする事を恐れて居るのか。
……もしくは、解放されたハルヒを人海戦術で奪い去る心算なのか。
「その前にひとつ聞いても良いかな?」
ハルヒが怪我をする事を恐れるぐらいなら、自分の身を護る為にハルヒを盾になどしない。それに人が良いのなら、そもそも他人の生命を消費した召喚作業など行いはしない。
「お前、全国の保健所や動物愛護センターのハシゴを行ったのか?」
最初から疑問だった。使役する犬神の数の異常な多さと、それに個々の犬神の能力が俺の想定している犬神に比べてかなり低い事。
これは、能力。つまり個体が持つ怨みの量に関係なく数を集めた弊害ではないかと――
「人間に怨みを持つ犬の魂を手に入れるには、そこが一番簡単で、その上数が集められるからね」
簡単に答えを返して来る青年。確か一年間に日本で処分される野犬の数は三十万頭近くにも到達する。そして、もし、この内の一割も手に入れていたとしても三万あまりの犬神を手に入れているはず。ましてコイツが活動を開始してから既に四年。その間、真面な術者と遭遇した事がなければ――
もっとも、この目の前で野太刀を構えた青年のキャパ……式神の所持限界がどの程度あるのかは定かではありませんが。
犬神使いが普通どの程度の数の犬神を使役するのか知らない。……が、しかし、同じようなオサキギツネを使役する術者は複数使役する可能性が高い。更に、何モノの加護を得ているのか定かではありませんが、俺では不可能なレベルの回復力を手に入れて居て、九八年から始まったこの術式の基本や、おそらく事件を起こす時期、場所に至るまで完全にソイツの入れ知恵である可能性が高い以上……。
あの弓月さんの親戚の温泉旅館に投入した数から推測すると最低でもあの倍。もしかすると数千体の犬神を使役している可能性も有る、と考えるべきか。
「まぁ、素人のお前を相手にするのにちょうど良いぐらいのハンデやないかな」
ハルヒを離すのは危険。折角取り返したのに、俺の手から離した途端に銭形流人海戦術であっさりと奪われたら、あの場に残ってくれた有希や弓月さんに何と言い訳をしたら良いのか分からない。
そう考えを纏め、しかし、表面上は出来るだけ余裕たっぷりの雰囲気で答える俺。相手は自分の実力に自信があるようだから、俺が何を言おうと無視するだろう。そっちの方は今のトコロどうでも良い。
この無暗矢鱈と自信過剰な振りは、俺に現在進行形でお姫様抱っこをされている浴衣の少女に妙な負担を掛けたくない為。確かに、ある程度の根拠の元に、眼前の犬神使いの青年に負けるとは考えられない、と感じているのは事実。
但し、それを表に出すのは、普段の俺の対応とはかなり違う異常な態度。
そもそもコイツ――ハルヒは今の自分が俺の弱点に成っている事に気付いている。そうかと言って、現状で俺から無理に離れたとしても彼女単独で犬神をどうにか出来ない事も感じているはず。
ハルヒ自身が旅館の庭を埋め尽くす犬神の姿を見たかどうかは定かでなない。しかし、先ほど複数体の犬神を同時召喚した様を見た以上。更に、その犬神が自分を攫った男に対して怪我をさせたのは見ている。
これで、呑気に自分を解放しろ、とは言えないでしょう。
故に勝て、の台詞が出て来た。
……まぁ、逆説的に言うと、俺の事をその口振り以上には信用している、と言う事でもあると思うのですが。
「素人かどうかは実際に戦ってから判断しても遅くはない、と思うけどね!」
後書き
今回は妙に短いような気もしますが……。
そのまま掲載すると1万7千文字ほどの長い文章となるので途中で二分割です。
予告編詐欺じゃないよ。犬神は襲い掛かって居るし、相手の実力もおぼろげながらでも分かる。
本格的な戦闘シーンは次回にて。
それでは次回タイトルは『勝利。そして――』です。
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