| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

エターナルトラベラー

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

外伝 シンフォギア編 その1

 
前書き
この話は本編の要素を混ぜた外伝です。本編主人公達とのつながりは殆どありません。単純に能力クロスの二次小説だと思ってください。
私が書きたかったから書いた。そんな作品です。そして外伝のくせに結構長いです。
それでも良ければ楽しんでいただければ幸いです。 

 
六年前。アメリカ某所、F.I.S研究機関。

周りは半円形のドーム。その中心にまだあどけなさが残る少女が一人医療ベッドに寝かされ、さらに結束バンドでぐるぐるに固定されていた。

ドームから伸びるマニュピレーターだけがせわしなく動く。

『LiNKER投与開始』

マイクを通された音が響くとカシュっと音を立てて無針注射器が首筋に当てられる。

『続けて第二射』

カシュ

「あ…あ…あ…やめて……お願い…」

その少女の呟きにはしかし、無常にも誰にも届かなかった。

『第三射』

カシュ

無常にも三発ものリンカーが続けざまに投与された。

「あっ…あっ…あっ…うううう…あああっ…くぅ…」

少女は何かに耐えるように身を縮めさせた。リンカーの過剰投与の副作用か少女の髪が緑色に染まっていく。

『聖遺物ナグルファル、投入します』

ブーンと少女の正面から一つの機械が降下していく。

「や…やめ…」

機械が少女の咽もとの少し下、胸の中心上部へと押し当てられた。

ガシュ

「あああああああああっ!?」

少女の絶叫、そして拒絶するかのごとくその身が撥ねる。

『聖遺物、融合開始』

「あああっ!?あああああああっ!?うあああああああっ!?」

バシッバシッと音を立てて結束バンドが少女の足掻きに耐えられずに弾け飛ぶ。

少女の胸からどす黒い何かがあふれ出し少女の体を覆っていく。

「あああああああっ!」

ガシャリと少女の背中から機械らしきものが彼女の体を食い破るように現われた。

「あああああああああああああっ!?」

一瞬、その機械が縮まると少女の体にプロテクターが形成される。

そしてさらに別の箇所からも機械が飛び出し巨大化すると、次の瞬間にはプロテクターのような感じに縮小、装備されていく。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

『融合実験は成功したか』

そのマイクの外側で、幾人もの人間が歓声を上げていた。

実験は成功したかのようみ思われた。しかし…

「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

『暴走だと!?うわああああっ!?』

少女の体が黒く染まり、次いで爆発。研究機関は火の海に包まれた。

「グルルルルルッガァっ!」

少女は身を屈め、四足動物のような格好で吠えた。

全身から迸る閃光。それはただの光なんてものではなく、その一本一本がレーザーそのものの威力を伴って四方へと散らばった。

パラパラパラパラ

施設の外壁が吹き飛んだ事により夜空が見える羽陽になったその研究施設の上空に一機のヘリコプターが飛んでいる。

その中にはまだ年端も行かない少女が二人、決意した表情を浮かべていた。

『実験は失敗。処分せよとの決定が下されたわ』

と、通信の先で初老の女性の声が聞こえた。

「でも、あれは…あの人はっ…」

ピンクの髪の少女が戸惑いの声を上げた。

『もはやあれは人ではない。聖遺物と人間との融合体。いいえ、もはや人ではなく聖遺物そのものといって良いかもしれない。あれはその破壊衝動そのままに周囲を破壊し、飲み込んでしまう』

「でもっ!?」

「お姉ちゃん。わたしは行くよ。お姉ちゃんは?」

「セレナ…」

『マリア…分りなさい。あれをそのままにしておく訳にはいかないのよ』

「分ったわ…セレナ、行きましょう」

「うん。二人でならきっと大丈夫だよ」

マリアと呼ばれた少女とセレナと呼ばれた少女は決意すると二人は何も持たずに何のためらいも無くヘリコプターから飛び降りた。

歌が…歌が聞こえる。

「seilien coffin airget-lamh tron」

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

輝く光が少女二人を包み込むと、地表に落ちる前にプロテクターが彼女達の全身を包み込んだ。

シンフォギア。

聖遺物のかけらの放つ力を人類が扱える形に変えたものである。

それは人類共通の脅威とされる認定特異災害、「ノイズ」と戦う為のものだ。

ノイズとは触れたものを炭化させて対消滅する未知の化け物であり、人間だけを襲う災害だ。

普通の人間では触る事も出来ず、触れた瞬間炭化する。

その位相のずれた相手を現世に対して調律し、攻撃が通るように変換し、消滅させることが出来る力。それがシンフォギアであり、起動には特殊な特定振幅の波動…歌によってしか発現しない。

その装者への適合者はなかなか見つけられず、そのノイズの脅威から人工的に適合させようと人間の方を調律するに至っていた。

シンフォギアを身に纏ったマリアとセレナが着地と同時にシンフォギアに備わったアームドギアを

抜き放つ。

マリアは突撃槍でセレナは銀色の西洋剣だ。

上からその落下速度も加味された一撃を、その黒い獣は腕を十字にクロスさせて受ける。

「くぅっ」
「くっ…」

「ガァッ!」

クロスさせた腕を抜き放ち、その衝撃でマリアとセレナが吹き飛んだ。

ズザザー

瓦礫の粉塵を巻き上げてマリアとセレナは着地。

「ガァッ!」

四足で身を屈めた黒い獣は一直線にマリアへと迫る。

「お姉ちゃんっ!?」

叫ぶセレナ。

「大丈夫よっ!」

マリアは背中から取り出したマントを盾に耐えていた。

「セレナっ!」

「うんっ」

セレナが背後からその銀の剣を振るう。

「グルァっ」

「きゃっ」

黒い獣の少女の回し蹴りにセレナは吹き飛ぶ。

「セレナっ!」

セレナを心配しつつもマリアはその槍を黒い少女へと振るった。

猛攻に次ぐ猛攻で黒い少女の反撃を許さない。

「やぁっ!」

更にセレナの挟撃。

ギィン

しかし、それは黒い少女から生えたビームへ行きのようなものに阻まれた。

さらに放たれるビーム。

「セレナっ!」

「大丈夫っ!」

黒い少女が両腕を突き出すとギアが変形し銃口が現われた。

ビーンビーン

迫るビームをかわしていくマリアとセレナ。

「近づけない…このままじゃ…」

辺りは既に瓦礫と化している。

このまま暴走が続けばどれほどの都市が破壊しつくされるか。

「もう、あれしか…」

「まさか絶唱を使うと言うのっセレナっ!?」

「もう、それしか手が無いのっ!」

「だめよっセレナが謳うくらいなら、私がっ!」

「Gatrandis babel ziggurat edenal…」

「セレナっ!ダメよっ!させないわっ!」

気合の篭った一撃は黒い少女の右腕を切り飛ばした。

「ガァっ…」

セレナの歌が続く。

「Emustolronzen fine el baral zizzl…」

「やめてっ」

懇願するマリア。

対峙するマリアの尚早はいかほどだろう。歌いきる前に目の前のこいつを倒しきってしまわなければセレナの命が危ない。

しかし…

「再生…している…?」

黒い少女の右腕がいつの間にか再生していた。

「シンフォギアのエネルギーを腕の形に再構成したというの?」

驚愕のマリア。

「だからってーっ!」

アームドギアを手に突撃を繰り返すマリア。しかしその槍を黒い少女が掴み取った。

「グルァっ!」

「なっ!?」

次の瞬間、槍が光に分解されるように消え去っていった。

「そんな、時間はまだ…こちらのギアが解除される!?」

パリンと言う音を立ててマリアのシンフォギア、そしてセレナのシンフォギアも解除された。

「きゃっ」

「セレナっ!」

すぐさまセレナに駆け寄るマリア。

『離れなさい、二人とも』

「マム?」

「お姉ちゃんっ」

セレナがマリアの手を引いて駆ける。

「ああああああああああああっ!」

吠える黒い少女に向かって一筋の光が走る。

「ぐらぁっ!」

光は黒い少女のシンフォギアを分解していく。

「ううううう…あああああああっ!」

『出力不足…ですか…』

分解は中途半端に終わり、黒い少女は顕在。

絶望が周囲を包み込む。

「ぐるるるるるるるる…ぐらぁっ!」

黒い少女がジャンプする。

「逃げたっ!?」

「…助かったの?」

『果たして、助かったと言えるかどうか…』

黒い少女は空を掛け、途中でその姿が計測できなくなる。

こうしてシンフォギアによる聖遺物と人との融合実験は失敗に終わった。


二年前。

黒い少女は衛星軌道にて漂っていた。しかし、時間と共に重力に弾かれて落下する。

ギアに守られて燃え尽きる事なく地表へと落下し、そしてギリギリのところで減速。

場所は日本、高尾山中腹に小さなクレーターが出来た。

「あたたたたたっ…」

クレーターの中心で悲鳴を上げる少女が一人。

腰をも超える緑の黒髪を払いながら立ち上がる少女。

「ええっと…」

少女は記憶が混濁していた。

「いつもの転生…ではあるのだけれど…記憶が混濁…というより、何も覚えてないわ…」

戦闘技術に関する記憶は大体有しているようだが、自身を確立する記憶に霞が掛かっている。

「わたしは…えっと……うーん…」

ちらりと胸元を見ればネームプレートが掛かっていた。

「ミライ=ハツネ…どっちが苗字?ハツネ、かな?」

考えて、とりあえずとこの名前をしばらく使うことに決めた。

「とりあえず、ここ、どこ?」

体は、見渡す限り外傷は無い。服装は病院服のようなものを着ている。

それなのに回りはクレーター。その外は森林。

「とりあえず、街まで歩けるといいなぁ」

フラフラと適当に密林を歩くその足はしかし、しっかりと街へと向かっていた。

遅れてどこかの機関のエージェントがそのクレーターを取り囲むが、その包囲網から逃れるように的確に穴を縫って歩いていくミライ。

「東京…地球型の世界の日本かな…」

周りの文字や建物を見てそう呟くミライ。道中の服屋で着る物を拝借して街を歩いていた。

「あー…戸籍や国籍なんか有る国でこの年齢は…ちょっと…」

13歳ほどのその姿。そう呟いても変化で歳を誤魔化す事はどうしてかうまく行かなかった。

「なじむまでもうしばらく掛かりそう…かな…」

とは言え、仕事も出来ないし…

数日、ミライは東京都内をふらふら歩いていた。

落ちていた新聞やコンビニでの立ち読みなどでの情報収集も忘れない。

「認定特異災害、「ノイズ」ねぇ…」

どうやらミライが転生した世界はまたしても安寧な世界では無いらしい。

ぐったりと公園のベンチに腰をかけた。

「ぐす…へいき、へっちゃら…」

隣から泣き声が聞こえる。どうやら先客がいたらしい。

見たところ同じくらいの年頃だろうか。

「ぐす…ぐす…」

公園の時計は七時を指し、日は完全に落ちて回りは真っ暗。公園を照らす蛍光灯だけが全てだ。

「…帰らなくてもいいのか?」

「ぐす…もうちょっとだけ…ここに…居る…」

「あそう…」

しかし、そろそろこの年齢の少女は帰らなければいけない年齢だろう。

「あー、もう。帰るぞ、ほら」

「え、ええ!?」

「泣いていて解決できる事は少ないぞ」

そう言うとミライは強引にその少女の手を取って歩き出した。

適当に歩いているように見えてその実しっかりとその足はその少女の家へと向いていた。

「ああ、これは…」

彼女の家に着けばそこには罵詈雑言がそこかしこに貼られていた。いや、ペンキで直接書かれているものまで有る。

「響っ!」

バタンと玄関の戸が開け放たれて中から中年の女性が現われた。

少女…響と呼ばれた少女の母親だろう。

「おかあ…さん…」

呼び返した少女をその母親はその両腕で抱きしめた。

「ありがとうございます。娘を連れてきてくれて…」

「あ、いえ…別に…」

「もう遅いから、送っていくわ」

迷惑かもしれないけれどもと小声で言った。

何があったかわらないが、これだけの誹謗中傷が貼り付けられているのだ。

「あ、いえ…あの…その…」

「お願い、送らせてちょうだい」

と響のお母さん。

「…帰る所、無いから」

「え?」

その言葉に二人の視線が向いた。

「記憶、無いんだよね。だから、どこに帰っていいか分らない」

「そんなっ」

泣いていた響が心配そうに目を見開く。

優しい子だ。

特異災害ノイズの所為でそう言う子供も少なくは無かった為に響の親は特段驚いてはいない。

心的ストレスによる健忘。そう言うのもテレビで拡散されて久しい。

少し前にそれこそノイズによる極大な災害があったばかりで、言ってしまえば響もその被害者だった。

「こんな家だけれど、泊まっていきなさい」

「え?でも迷惑じゃない?」

「迷惑なんかじゃないよ」

と響も母親の言葉を援護する。

「じゃあ一泊だけ…」

そう言うとミライは響の家に厄介になる事に決めた。

その日の夕飯は久しぶりに人の手で作られたあったかいご飯だ。

「えっと、ミライちゃんはこっちね」

そう言う響は手招きしながら自分の部屋へと案内する。

そして当然の様に自分のベッドへと招いた。

「一緒に寝よっ!」

「え?」

ベッドに引きずり込まれたミライは響に抱きつかれたまま離してくれない。

パリンッ

「人殺しーっ!」

家のガラスが破られ、罵声が響く。

「何っ!?」

ギュっとミライの服を握り締め、震えている響。

「へいき…へっちゃら…」

「何がへっちゃらなんだよ…たく…」

ミライは響を振り払いベッドを抜け出す。

「ミライちゃん、どこへ?」

「わたしには響たちの問題を解決する事は出来ない。だけど…だけどね?自分の家は安息できなければウソだ」

階段を下りるとガラスの破片を処理している響の母親と祖母。

「ミライちゃん、何処に?」

母親の言葉を無視してガチャリと玄関のドアが開かれる。

「ミライちゃんっ」

響の問いかけ。

「ねぇ、魔法って知ってる?」

「魔法?なに…何を言っているの?」

ミライはすたすたと塀垣に近づくと光る指先で何かを綴っていく。

それは文字のようだが、いったい何の文字だか響には分らなかった。

ミライが四方の塀にその何かを刻み終えると近隣からの罵声が突然止んだ。

「さて、…寝る」

そう言うとミライは響の部屋に戻るとベッドに入り寝息を立て始める。

「ちょ、ちょっとミライ…ちゃん?」

不思議とその日の夜は喧騒から遠ざかった。

訳も分からない響は考えるのをやめるとミライの眠る自分のベッドへともぐりこむ。

ぎゅっとミライを抱きしめた響は久しぶりにぐっすりと眠る事ができたのだった。

宿無しの生活にミライも疲れていたのだろう。次の日に皆が起きる前に出て行く計画は自分の寝坊で頓挫していた。

「しまった、寝過ごした…」

起きたのは朝ご飯のいい匂いがしてきたからだ。

上体を起こすと付いてこない右腕。

「…あー」

そう言えばこの子のベッドで寝てたんだった。

抱きついている響を丁寧に引き剥がす。

ゆっくりと部屋を出ると階段を降り廊下へと出る。

「あら、おはよう。ミライちゃん」

丁度、夕飯の準備も終わり響を呼びに行こうとしたのだろう。

タイミング悪く見つかってしまったようだ。

「ご飯、食べていく?」

「あ、いえ…」

ぐぅ…

お腹の音が鳴った。

「くすくす…どうぞ、朝ご飯、出来ているわよ」

いち、に、さん…四人分の朝食がダイニングに並んでいる。

父親は確認できなかったので、ミライの分が含まれているのだろう。

「おはよう、ミライちゃん。ごはん、いただきましょう」

遅れてやってきた祖母がそうミライを誘う。

「あ…うん…」

何となく頷いてしまいそのままダイニングへと座った。

「わわわっ!時間、時間が無いよっ!もう未来が来ちゃうっ」

響が慌ててやってくる。

「何回も起こしたでしょう」

やれやれと響の母親が肩をすくめた。

「あ、ミライちゃんもおはよう、いただきますっ!」

あぐあぐと朝飯をかきこむ響。

バタバタと自分の部屋に戻ると制服に着替えて降りてきた。

ピンポーン

「わわわ、未来もう来ちゃったっ」

洗面台の鏡の前で寝癖を撫で付けているが一向に纏まらないそれを諦めて響は駆けていった。

「ああああ、あのね、ミライちゃん…えっと…わたし、学校だから…えっと…」

「はいはい、行ってらっしゃい」

ミライはそう言うと目の前の紅鮭に取り掛かる。

「い、いってきまーす」

駆け出していく響。

それに代わるように母親がダイニングに座る。

「ねぇ、ミライちゃんは魔法使いなの?」

「怖い?」

と言うミライの問いかけに響の母親は左右に首を振った。

「昨日使った魔法は何?」

「…悪意や敵意を持ってこの家に近づく人を迷子にさせるおまじない」

「そう」

「信じるの?」

「信じるわ。だって、久しぶりにぐっすり眠れたもの」

それほどまでに毎夜罵詈雑言に悩まされていたのだろう。

「さて、ごちそうさまでした」

両手を合わせると席を立つ。

「ま、まってっ」

「…?」




「はぁはぁはぁはぁ」

立花響(たちばなひびき)は走っていた。

「ちょ、ちょっと響、そんなに急いでどうしたの?」

後ろを付いて走るのは響の数少ない友達の小日向未来(こひなたみく)だ。

「ちょ、ちょっとねっ」

バタン

勢い良く玄関の扉か開かれる。

「お、おばあちゃんっ!」

「なんだい、響」

出迎えたのは響のおばあちゃん。

「ちょっと響っ」

ようやく追いついた未来。

「み、ミライちゃんは…?」

ついっと祖母の指先が二階を挿した。

ダダダダッバタン。

勢い良く開けた響の部屋。

「そんな…わたし、まだ…」

「ど、どうしたの?響…」

心配そうな未来の声。

「わたし…まだ…お礼も言ってないのに…」

ポロリと涙が一筋響の頬に落ちた。

「響…」

それを見てぎゅっと未来が響を抱きしめた。

「じーーー」

「え?」
「はっ!?」

第三者の視線を感じて響と未来は正気に返った。

振り返ると両手を目の正面に持ってきているがその指は開かれていた。

「あ、いえいえどうぞ。お構いなく。…目、瞑っておくね?」

一度指を閉じたミライだが、しかしやはり指を開いていた。

「ミライちゃんっ」

感極まったと言う感じで響がミライに抱きついた。

「ぐあっ…ぎぶ…ぎぶぎぶ…」

なかなかに強い鯖折りだった。

「わたしっお礼も言えないうちに居なくなったかとっ!」

「ひ、響…きまってる、きまってる…あ…」

「あた、あたたたたた…がくり…」

ガクリと膝から倒れこむミライ。

「ちょっとミライちゃん、ミライちゃんっ!?」

「ゆ、ゆらさない、響、トドメ、トドメさしちゃってる!?」


「ひどい目にあった…」

リビングで麦茶を飲みながらそうグチを零したのはミライだ。

「たははは…ごめん…」

「それで、響、この方は?」

「あ、えっと…そのー…あのー…」

「じとー…」

「えっとね…なんて言っていいか…」

「前に響言ったよね。二人の間に隠し事はしないってっ!」

「あ、うん…それはね。もちろんわたしの事なら隠し事なくすべて言えるんだけどね?」

追及を何とか逃れようとする響を追い詰める未来。

「初音ミライ。職業、魔法使い。今日から響の家に厄介になるわ」

「え?」

「そうなのっ!?」

「なんで響も疑問系なのよっ!」

「いや、だって、わたしも初めて聞いたんだもの」

「響を責めないでやって。彼女の母親とわたしとで今朝響が学校に行ってから決めた事だから」

「ふーん、それで?職業、魔法使いってのは?」

「言ったまんま。わたし、魔法使いなんだ」

バッバーン。

「てー訳なんだ…、ね、未来にも言い辛くて…ゴメン…」

「じとー…」

未来の瞳が胡散臭そうにミライを見つめている。

「まぁ信じなければ信じないで別にいいよ」

「それで、どうしてミライさんは響の家に?」

「いやぁそれが、わたしってば記憶喪失?では無いね、記憶が混濁していてさ。日常生活には支障がないけれど、知識を抜かした記憶?が抜け落ちているんだよね。実際、自分の名前も分っちゃい

ない」

「え?」

「それも気がついた時にぶら下がっていたネームプレートに書いてあっただけだしね。自分が自分

であると言う確証がないんだ」

と言う言葉で未来の表情が曇った。

「それで街中をふらついていた時に響と会ってね。そしておばさんにしばらく居ないかって誘われたの」

「へぇ…」

「そうだったんだー」

冷たい視線の未来とは裏腹に響はうれしそうだ。

「ちょっと響、こっちに」

「え?なに…うわぁっ…」

腕を引かれて未来に連れて行かれる響。

無いか密談する二人。

「大丈夫だよ、へいき、へっちゃら」

「響…」

幾つか言葉を交わした後響の言った事にどうやら未来があきらめたようだ。

「同居はおばさんが決めて、響もみとめた事だからとやかく言いませんけど…」

「ああ、はいはい。君の響は取らないよ…たぶん」

ボッと一瞬で真っ赤に成った後に烈火のごとく怒り出した。

「たぶんってなんですか、たぶんってっ!」

「いや…だって未来はどうなるか分らないし」

「もうっ!」


衣食住が確保されたミライは…

「見事にニートね」

未来の辛らつな言葉が響く。

未来が響の家に遊びに来てまず伺うのがミライの部屋。

証券取引所が閉鎖される土曜、日曜、祝日はミライの起床は昼を越える。

普通にしていたら、だが…

結局、毎度の如く遊びに来る未来がダラダラとすごしているミライに活を入れる事になる。

ザザーッ!

カーテンが勢い良く開かれ、朝日が部屋の中を蹂躙する。

「う…うーん…」

「毎度の如くまだ起きないか…」

「未来もいつもどおりだけどね…」

「何か言った?響」

「う、ううん…何も?」

起きないミライに業を煮やした未来はミライのその布団を何のためらいも慈悲もなく引っぺがした



「うっ…さむい…」

いきなりお布団というぬくもりを奪われたミライ。寒さにもだえて身を縮こませた。

「まだ起きないか…このひきこもり娘は…」

「未来?」

何かを決心した未来は敷布団に手を掛けた。

「てぃやっ!」

「未来っ!?」

「あだっ!?」

ゴツンとベッドから落とされてようやくミライは覚醒した。

「響、未来?」

眠気眼を擦ってミライが問いかける。

「今日は三人で出かける約束。忘れたの?」

と未来。

「そうだっけ?」

「そうよっ」

「未来…わたしに厳しくない?」

「そんな事ないっ。あなたがズボラなだけじゃない」

プイっと横を向いた後怒った顔でにらまれた。

「ごめんなさい…」

「み、未来もそれくらいにして…せっかく三人でデートなんだからね。楽しもうよ。ね?」

「響…」

響にたしなめられて未来が少ししゅんとする。

「と、言うわけだからさっさと準備しなさい」

ツンと言う表情で未来はミライを急かした。

「はーい…」

「きびきび動くっ!」

「はいっ」

バシっと活を入れられて飛び上がった。



街に三人で繰り出す。

太陽は燦々と輝き、天気は晴天。

「じー」

「な、何かな?」

未来の視線がミライの財布を直撃。

「それ」

「これ?」

「どうしてあなたはそんなに大金を持っている訳?」

ミライの財布には諭吉さんがぎっしり詰まっていた。

「それは、ほら…わたしってば魔法使いだし?」

「じとー」

「……あははっ」

「じととー」

「別に隠すことでもないけど。そろそろわたしのこと名前で呼ばない?」

「え?」

「え、気がついてなかったの?未来、わたしの事あなたとか、そこの、とかしか呼んでないよ?」

「あ、それわたしも気になってた」

と響。

「み・ら・い」

「うっ…」

「ほらほら未来、呼んであげてよっ」

「ううぅっ…」

ミライと響の攻撃に真っ赤になってうつむく未来。

「み…みっ…み……」

「ほらほらっ」

くるくると回りながら道を歩くミライ。

注意力が散漫になったためかミライは誰かとぶつかった。

「わわっ」

「っ…」

「ミライちゃんっ!?」
「ミライっ」

「あたたたたっ…」

摩りつつ立ち上がるミライ。

「いま、ミライって呼んだ?」

「知りませんっ」

プイっとそっぽを向く未来。

「そんな事より」

未来の視線がミライのぶつかった誰かへと向く。

「大丈夫だった?」

ミライが自分がぶつかった人物へと手を差し伸べた。

見た感じは長い銀髪の少女。しかし、その目が中々に濁っている印象を与える。

「くっ…」

少女は立ち上がると走り去っていった。

カランカラン

ペンダントのようなものが道路に落ちた。

「これ…」

未来が拾い上げたペンダント。

しかし少女は走り去っていた。

「どうする?交番に届ける?」

「かしてっ」

「あ、ミライちゃん?」

ミライは奪い去るようにペンダントを受け取ると人の流れなど物ともせずに縫うように走る。

人の流れが少なくなり、人通りの無い裏路地へと走る少女の影を捉えてすぐさま追いかける。

「まってっ!」

「っ!」

呼び止められてびっくりして振り返る少女。

「これ」

チャラリと手のひらから見せるペンダント。

「それはっ!?」

ガサゴソと少女は自分の服の内、ポケットなどをまさぐりながら探すが目的のものは見つからない。

「それを…返せよっ」

襲い掛からんばかりの怒気。

「返すのはかまわないんだけれど…それについて少し教えてくれないかな?」

ポイッとペンダントを投げ渡す。

「それ、かなりヤバイものみたいだけど…?」

「これが何なのか、知ってるのか?」

「だから、知らないから教えてって言ってるんだけど?」

ミライには問いたださなければならない訳があった。

少し見ただけだが、響を、そして自分を蝕むそれと似た波動を感じたのだ。

「くっ…」

後ろ向きに走り去る少女。

「悪いけど、逃がさないよ」

グンと景色から色が薄れ、喧騒が聞こえなくなる。

ついでにミライの両目が真っ赤に染まった。

万華鏡写輪眼・桜守姫(おうすき)だ。

「なんだ、なんだこりゃぁ!?」

辺りから人が消えた事に驚きを隠せないらしい。

「実はわたし、魔法使いなんだ」

「へっ、そうかよ。だったら遠慮はいらねぇって事だっ」

少女はミライが返したペンダントを胸の前に構える。

「Killiter Ichaival tron」

少女の歌声にそのペンダントが共鳴、反応しエネルギーを放出。それをプロテクターの形に形成して身に纏っていた。

「人がいないのは好都合っ!」

いつの間にか少女の両腕にボウガンが現わる。

「わりぃが…死んでくれ…」

両手のボウガン引き金が引かれた。

「なっ!?」

光の矢がミライを襲ったがミライの目の前に防御障壁が現われ弾かれた。

「くっ…」

ガシャンと腰のアーマーが開かれると、どう見ても収納量を超えたミサイルが発射される。

人間一人には明らかに過剰戦力とも言えるそれが着弾、爆発。ビルが弾け飛ぶ。

「ビーム兵器、アーマー形成以外のエネルギーの物質化まで…」

ミライはグンッと地面を蹴ると少女に接近して回し蹴り。

「がっ!?」

そのまま少女は放物線も描かずにビルへと突き刺さる。

パラリとコンクリートが落ちると体をどうにか引きずり出したようだ。

「シンフォギア装者でも無いのにこの威力…化け物かよ…」

「シンフォギア…それがその力の名前かな?」

「しるかっ!」

彼女の口が歌を紡ぐ。

「歌による共鳴?出力が上がったかな」

少女の歌に反応するように身に纏ったプロテクターが力強さを増す。

いつの間にか少女の両腕のボーガンが巨大な二連ガトリングに変形していた。

「物質の再構成まで…!」

そしてばら撒かれる銃弾。点でなく面での制圧。

ミライはビルの壁を蹴りながら駆け上がってかわす。

「こいつ、あたしのイチイバルを持ってしても…っ!」

焦る声が響いた。

「イチイバル…(いちい)の木の弓…遡れば…なるほど、ウルの弓かっ!」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよっ!」

「それは聖遺物を共鳴、エネルギー変換しているんだっ!」

「詳しい事なんてしらねーよっ」

バシュバシュとバルカン砲を撒き散らしている間にも少女はミサイルを撃ち放つ。

あっという間にビルは蜂の巣…を通り越して瓦礫の山になっていた。

「とったっ!」

最後の足の踏み場を少女の弾丸が撃ち砕き、完全に空中へと躍り出るミライ。

少女の銃口がフルバースト。

慌てずにミライは印を組み上げた。

「火遁・豪火滅却っ」

ボウッとミライの口から巨大な火の玉が壁を作った。

「そんなんありかよっ!」

炎がミサイルを爆発させ、その爆風がガトリング弾の軌道を逸らす。

爆風に煽られながら地面に着地、対峙する。

「お前さっき魔法使いだって言ったじゃねーか」

「あ、うん…」

「今のは何だよ、今のはまるでNINNJAじゃねーかよ」

「ちょ、ちょっと!?なんか今のはニュアンスが違うよっ!?確かに今のは忍術だけれどもっ!」

「だったらNINNJAじゃねーかよっ!」

ガトリングが飛んでくる。

「ちっがーう。わたしは忍者っ!NINNJAじゃ無いっ!」

「おんなじだろーがっ!」

「ちっ・がっ・うっ!」

右手の先にディフェンサーを現し、弾いた後に威力負けではじける前に飛び逃げる。

「球切れの無い実弾兵器がこれほど面倒だとは…っ」

逃げる先々を襲うガトリング。

「知りたい事も大体知れたし、今日はお開きって事にしない?」

「出来るわけねーだろっ!」

「だよねぇ…やる気満々だものねぇ…だから、…逃げるっ!」

そう言うとミライは転移を試みる。

しかし…

ドクン…

「がっ!?」

それは権能に端を置く能力。移動の権能。その源は…

ミライが胸を押さえてうずくまる。

「何だかしらねぇが…うらむなよっ!」

バシッバシッ

ガトリングは咄嗟に張ったプロテクションが弾き飛ばした。

「なろーっ」

続けざまに放たれるそれにプロテクションにヒビが入る。

ドクンッ

「胸が……あつい…これは…」

歌が…歌が頭に浮かぶ…

「Aeternus Naglfar tron」

胸の中心から閃光が迸る。

閃光は宙を貫く柱の如く立ち上り、収束する。

「なんだ…なんだってんだよ…これは…まさか…」

と少女の声。

あふれ出す力が形を成してミライの身を覆う。

幾つもの大盾、金剛、ミサイルのような近代兵器がその身を覆い収束し小型化されてプロテクターへと変換する。

「ぐぅ…ああああああああっ!?」

その負荷は脳を沸騰させそうだ。

バラバラと降りかかるガトリングはしかし、ミライを覆う余剰エネルギーに弾かれた。

「あああああああああああああああああああっ!?」

ヘッドギアにピンクのリボン、腰には小型のバーニア、背中には小型の排気口を備えたスラスターが見えた。

そのくせ肌に付くプロテクターは灰を基調としたカットソーにエメラルドグリーンのネクタイ。黒とエメラルドグリーンのチェックのミニスカートに靴と一体化している黒のオーバーニーソックスだ。

バシューーーーーーーッ

プロテクターの各部が開きフォニックゲインが排出される。

「シンフォ…ギア…」

「はぁ…はぁ…なるほど…ね」

荒い息を整えるミライ。

「この胸の中にある違和感はシンフォギアだったのか…」

グーパーと拳を握りこんで確かめるミライ。

「何だよそれ…なんだよそれはっ!フィーネーっ!」

ドドドドドッバシュー

バルカン砲に小型ミサイル、大型ミサイルとフルバーストでミライを襲う。

ぐっとミライは身を屈めると後方にジャンプ。

「おっと…まるで硬で強化したほどの威力…」

空中でバック宙。

「背後が丸見えなんだよっ!」

「くっ…」

ヒューン…バシュッ

背中のスラスターが火を噴いた。

パラパラパラとバルカン砲がミライを襲う。

背中のプロテクトパーツが変形発光するとようやく慣性がミライの制御下に入ったようだ。

「空を飛ぶって言うのかよーーーーーーっ!」

目の前の光景を否定するかのように弾薬の雨アラレ。

「ふっ」

再度スラスターを点火させると弾薬を避ける避ける避ける。

「馬鹿にしてーーーーーーっ!」

少女の歌が強烈になりそのビートもアップ。それに伴い攻撃が強力になっていく。

避けられないものは右手を突き出し、その先に顕現させた障壁で弾くと一際大きなミサイルがミライを襲う。

右手を突き出すと右手のギアがパージされ棒状に伸びる。

「アームドギアまでっ!?」

握り締めたそれの刃先が緑に染まった。

「ネギぃっ!?」

「そんなものでーーーーーっ!?」

「わたしもそう思うけどーーーーーっ!」

握り締めた長ネギを構えミサイルに向けて一刀両断。ネギを叩きつけてミサイルの爆発前に離脱する。

ドクン…ドクン

「あつっ…」

胸の内の熱にたまらずとミライはスラスターを吹かし地表まで降りると両足を地面に付ける。

「ぐぅっ…」

食いしばる牙が獣のよう。

胸から黒い波動が迸りミライを包み込み、同時に高まるエネルギーがギアをさらに変形させていく。

「なんだよ…何なんだよっ!?」

驚きの声を上げる少女。

両腕を地面に付けるとそれはまるで黒い獣のよう。

思考が破壊を求め始めるのが分る。

「あああああああああああああああああああああああああっ!?」

咆哮絶狂。

塗りつぶされそうな思考を何とか繋ぎ止めるミライ。

「ああああああっ!っ…道具になんか負けるかよっ!分ってるだろっミライっ!」

ミライの口から誰かの言葉。それに触発されたのかミライの口から歌がつむがれる。

「Aeternus Hrymr tron」

次の瞬間、一瞬巨人が幻視されたかと思うと胸から広がる黒い波動は白色に塗りつぶされていく。

「聖詠の二重詠唱…だと…?」

驚愕の表情を浮かべる少女。

「ぷはぁっ…はぁ…はぁ…」

膨大な破壊衝動は身を潜め、変わりに神々しいまでの神気。

身に纏うのは巨大な翼を模した大きな盾だ。

「なんだよそれっ!そんなん有りかよっ!」

クリスの腰にあるギアがカシャっとスライドし、大量のミサイルが吐き出されると、ミライのギアの羽の一枚が可動するとミライの正面に回りこみ大きな盾を形成する。

ドドドーン。

着弾と爆発。

しかしミライはびくともしない。硝煙の煙や酸素濃度の低下などはギアを纏っている状態では保護される。

おそらく無重力、空気の無い場所でも問題なく活動できるだろう。

少女のイチイバルによる攻撃はミライの大きな盾によって完全に防がれていた。

だが…

「やば…限界…修行ぶそくだぁ…」

いきなりのシンフォギアの装着、また暴走、さらに二重詠唱と負荷がかかりすぎてすでに満身創痍のミライだった。

シンフォギアが解除されていく。

ミライは負荷の掛かる体をなんとか起こした。

「へ、限界かよ。だっせーのな」

「いやぁ…面目ない…修行不足だったわ」

「その余裕ぶった顔が気にくわねぇ」

ジャキっと銃口を向けるイチイバルの少女。

「ようやく一つ権能を使えるようになっただけだしね…いやはや…まいったまいった」

その顔はあっけらかんと余裕の態度を崩さない。

「悪いがこれで終いだぁーーーーっ!」

ドゴンと放たれるミサイルに大量のバルカン砲。

バルカンの着弾を前にミライは右手を突き出すと残ったシンフォギアのエネルギーで盾を作り出す。

「だが、コイツはかわせねぇっ」

「うん、だから。バイバイ」

残ったシンフォギアエネルギーが胸元に集まったかと思うとギアがパージされる一瞬の発光を目くらましにミライの姿が消え去った。

消えたミライを標的にすることは出来ずにミサイルは後ろのビルを吹き飛ばすだけだった。

「ちっ、転移したってのか?」

残された少女の呟き。

「結界外は何の影響も無いとか…どんだけだよ…アイツ…」

解かれた結界。人の喧騒の戻ってきたそこは無傷のビルが立ち並び、戦いが夢であったよう。


プルルルル

ミライの持つ携帯電話が鳴る。

「はい」

『ミライちゃん、今どこ?』

響の声が携帯電話から聞こえた。

「あー、えっと…」

きょろきょろと左右を見渡すと有名なコーヒーショップを見つけた。

「ちょっと疲れたからスタバでお茶してる」

『もう、ミライちゃんはあいかわらずマイペースだね』

その直ぐ傍で未来がなにか呆れたような言葉を言っていたような気配がしたが電話口の為に良く聞こえない。

『じゃあわたしたちも直ぐにいくから、まっててね』

「はいはい…」

ピっと通話を切るとミライはため息を零す。

「マイペースはどっちだか…」

四人がけのコーナーのボックスシートを連れが来るからと一人で陣取り注文したモカを一口。

「シンフォギア…わたしの胸に埋まっているもの…そして…」

響の胸に埋まっているそれ。

聖遺物(ちからあるなにか)を制御したもの…でもその出力はSS魔導師をも軽々と超えるポテンシャル…」

ツーともう一口モカを口に含む。

苦い。

「クンフー不足。記憶のトレースが不完全だから経験値が足りてないんだ」

力の御し方は分る。しかし、どこかぎこちない。

「記憶喪失だからなぁ…わたし…」

戦闘技術に関するそれにきっと不備は無い。しかし記憶と記録は別、と言う事なのだろう。

「とりあえず…明日からがんばるか…」

幸いにしてどうすれば良いかは知っている。


夜…

いつの間にか…いや、いつのも如く響がミライのベッドに入ってくる。

週に何回か、何か不安を感じると人のぬくもりを無意識に求めているのだろう。

最初の一回を拒否しなかったミライは、響との添い寝がなし崩し的に続いていた。

響のはだけた胸元にfのような傷跡が覗いている。

「これも、どうにかしないとねぇ…」

なぞるその傷跡の奥には聖遺物が埋まっている。

幸い、ギアによる制御を目の前にして、さらに自分でも実感した。制御術式を構築する事は出来るだろう。

「はぁ…頭がいたいわ…」

面倒と投げ出してしまいたいが、厄介になっている身で見捨てる事なんてミライには出来ない。

それほどにはミライは響を好いていた。

「なんかもう今日は疲れたから寝よう…なんだよ、ひとの気も知らないで安心したように眠りやがって…」

もう一度ため息をついてミライの意識も夢の世界へと旅立った。


「はっはっはっはっは」

早朝のランニングはハイキングコースを離れ、登山道へと入る。

広く開いた清々しい広場。

「はぁ…はぁ…ふぅ…」

目的の場所に着いたミライはクールダウン。

最近のミライのお気に入りの場所で、そして修行場所だった。

誰も居ないはずのその場所は、しかし今日は先客がいるようだ。

「はっ…やぁっ…はぁっ」

木刀を振り下ろしている少女が一人。

その動きは流麗だが、どこか思いつめているのがその剣筋に透けて見えた。

「すまない。ここは君の場所だったか」

振り返った少女。

周りの丸太が乱立し、そりたく壁には幾つもの登り痕がみえるアスレチックに改造されているようなその場所を見ていった。

「いえ、別にわたしの場所と言うわけではありません。人の入ってこないようなここは何してもバレませんからね、好き勝手しただけです」

「くすくす…そうか…」

剣術少女がほのかに笑った。

「君も剣をやっているのか?」

「見れば分りますか」

「ああ。私も剣を嗜む身だからな。だからこそ分る。ここを使う者の技量が」

すっと背筋が正される。

「手合わせ、してはもらえないだろうか」

「こっちも久しぶりに模擬戦をしてみたかったところです。よろこんで」

武術を嗜むもの同士の良く分からない思考の…嗜好の一致があったのだろう。

ミライは応と答えた。

竹刀袋から一本の木刀を取り出し、構える。

「短いな…」

対する少女が呟く。

「対する前に、名前、教えてください」

と言うミライの言葉に少女はきょとんとした顔をした。

「君は…私の事を知らないのか?」

「…?」

「いや、すまない。これでも私は有名だと思っていたものでね」

と言って肩をすくめた後、少女は名乗る。

風鳴翼(かざなりつばさ)だ」

「かっこいい名前ですね」

「なっ!?んっん…それよりも君の名前は?」

「初音ミライです」

「君の名前はかわいいなっ!」

名乗った瞬間、ミライは駆ける。その木刀の一撃を返す刀で翼が受けた。

一合、二合、三合。

木同士がぶつかる鈍い音が響く。

「強い…ですね…」

「そっちもなっ!」

「それじゃ、ギアを上げますよっ」

一度距離を取ると一直線に駆けた。

「御神流・射抜き」

「突き技かっ!」

手首を返してその突きを流す翼。

「やりますねっ!」

「やはり、お前のはそれは剣道ではなく…」

「はい…剣術、です」

お返しとばかりに振られる翼の木刀を今度はミライが捌いた。

「でも、それはそちらもでしょう?」

「違いないっ」

翼がにやりとうれしそうに笑うそれにミライもつられて笑った。

更に幾合打ち合っただろうか。

「さて、そろそろ手加減をやめて欲しい頃合なのだがなっ」

ミライとの鍔迫り合いを力任せに弾き、距離を取ると翼が言った。

「あちゃ、バレてました?」

「今までの足の運びと、地面の(それ)を見て察せぬ私では無い」

踏み込みの歩幅、重心の移動などのそれを見て取ったのだろう。

構えを解くと竹刀袋へと移動し、中からもう一振りの木刀を取り出した。

「二刀流…」

「小太刀二刀流ですね」

二人の剣気が跳ね上がる。

「いきますっ」

「来いっ!」

ミライは二本の小太刀を巧みに操って攻める。

「これは…二刀流は実戦に向かないと誰もが敬遠するが…」

ガシッガシッと木刀が合わさり、捌く音が響く。

「恐ろしく洗練された実戦剣術…くっ…」

「御神流・虎乱っ」

高速な二連撃。

一本の木刀では捌ききれずに木刀を弾き飛ばされ、翼は体勢を崩す。

「はぁっ!」

好機とばかりにミライは木刀を振るった。

「はっ!」

しかし翼は崩れた体勢をそのまま流して地面に両腕をつけると振り上げた足でミライの腕を狙って蹴り上げた。

蹴り上げられた右足にミライは堪らず、木刀をクロスさせてガードした後に飛び引いく。

「やりますね」

「いや、すまん…私の負けだ」

「体術禁止とは言ってませんからね」

「そうか…だが、ここらで休憩しよう」

「そうですね」


横倒しにしてある丸太へ移動する。どうやら思いつきで来た様な翼にミライはタオルを投げた。

「使ってください」

「すまない」

1リットルのスポーツ飲料水のペットボトルの口を開け、半分ほど飲むとミライはそれも翼に投げ渡した。

「飲んだ方が良いですよ」

「着のみ着のまま来たからな、何も準備していなかった」

翼はお言葉に甘えてとキャップを開けると口に含んだ。

「間接キスですね」

ブーーーーーーーーーっ

綺麗な放物線を描き。虹が出来た。それほど見事な霧吹きだった。

「ああ、もったいない…」

「けほっけほっ…」

ジッとキツイ視線が向けられた。

「お前がっ!…変な事を言うからだ…」

「女の子同士なんだからそんなに気にしなくてもいいのに…」

「はじめて…だったんだ…」

「言われてから気がつくとは結構可愛いところありますね」

「かわっ…!」

ボンっと真っ赤に染まった。

しばらく間をおいてから再び会話が始まる。

「それにしても、強いんだな…その…初音は」

「まだまだですけどね」

「それは、お互い様だ。私もまだまだ道の途中だから」

と翼は言う。

二人、休憩後に簡単な乱打の後クールダウン。

「また、来ても良いだろうか」

何となく解散ムードになった後、翼が言った。

「ここは誰の場所でもありませんからね」

「そう、か」

それからしばらく、ミライの修行に翼が加わる事になる。

素振りの後の乱打が終わるとミライがそう言えばと切り出した。

「たまには街に遊びに行きましょうか」

「え?」

「息抜き、ですよ。息抜き。いつも全力全開じゃ疲れちゃいますからね」

見たい映画もありますしとミライ。

「集合は昼の十二時、あの時計塔の前集合って事でいいですか?」

「お、おいっ!」

「昼ごはんは抜いてきてくださいね。どこかその辺で食べる予定なので」

「初音…おい、ミライっ!」

「まってますからー」

言うだけ言うと練習場を後にした。


12時よりも30分も早い11時30分。時計塔の前には時計と睨めっこしている翼が。

「何ですか?その格好」

だぼったい大き目の帽子に大き目のサングラス。

服装はカジュアルだがその二点が大幅に減点だ。

「前に言ったと思うが、私はそれなりに有名人なんだ」

「ああ、そう言えば…そんな事を言ってましたね。ふむ…」

そう言うとミライは自分のスマートフォンを取り出した。

「ああああっ!検索しなくていいっ!」

「どうしてですか?」

「恥ずかしいじゃないか…知り合いに目の前で検索されるなんて…」

「そうですね。それじゃ今はやめておきます」

「今じゃなく、永久に止めろっ」

そう赤面する翼。

「えー?」

「そ、それよりも、どこに行くんだっ!」

「デート情報誌に書いてあるデートプランに添って歩いてみようかと」

「で、デートっ…」

「女の子どうしで何そんなにドギマギしているんです?」

「だって…デートなんて初めてなんだ…」

「かわっ…」

「じとっ」

「なんでもないです…」

翼ににらまれたミライは話題を変える。

「行きましょう。まずはランチ。誰かが早く来ていたから丁度いい時間態ですから」

「ミライはイジワルだ…」

実はミライも早く来ていた事実に翼は気がつかなかった。

小洒落たカフェに入る。

「どうしたの?」

翼がメニューとにらめっこしていた。

「どれを頼んでいいか分らない…」

そう赤面して小声で呟いた。

「えー?翼って結構優柔不断?」

「そうじゃない…こう言うところ…入った事、無いから…」

赤面が強まる。

「あー…わたしもあんまり無いけど、まぁとりあえず。すみませーん」

ミライは店員を呼んだ。

「あ、おい、私はまだ…」

「お呼びでしょうか」

「ランチセットA,Bひとつずつ」

「かしこまりました。ドリンクバーになりますので、あちらでどうぞ」

そう言って店員は下がる。

「おい、ミライ」

「日替わりのランチセットがお勧めらしいですからね。出てきたものはシェアしましょう」

「まぁ…いい」

それから、ゲームセンターによりなぜか翼のチョイスでエアホッケーの全力バトルの後に映画館へと。

「ひく…えぐ…なんで、どうして…どうしてまどかはあんな選択をしたんだ…ひくっ…」

「いや、まぁ…アニメだしねぇ?」

本気泣きをする翼をちょっと引きながらなだめるミライ。

「だがっ!あれではどちらも救われないじゃないか…」

「そうだね。でも、二人にはそれぞれ救いたいものが有った。だけど、全てを助けられる選択肢は最初からなかったんだ」

「…ミライなら、ああ言う場合どうするんだ?」

「うーん…本気のわたしに出来ない事はきっと無い。だから、どちらの結末でもない結果を呼び込む努力をする」

「は?」

「翼、今中々に間抜け顔」

「くっ…だがっ!」

ウーーーーッ

「警報?」

「ノイズかっ!」

警報と共に人々がシェルターへと走る。

そんな中、流れに逆そうする翼。その手をミライが止めた。

「翼、どこにっ!」

「離してっ!私は行かなければっ」

バシっとその手を振り払い、駆け出す翼。

「翼っ」

駆け出した翼をミライは追いかけた。

「だめだって、そっちはノイズがっ!」

周りの人影は既に無く、正面にはノイズの大軍。他はすでに炭化した人間の残りかすだけがまざまざと見える。

ミライは翼の手を掴もうと伸ばし…だが…

「すまん…」

「っかは」

振り返りざまに振りぬかれた翼の右足に鳩尾を穿たれ肺の空気が一瞬で排出。意識が飛びそうになって体が崩れ落ちた。

いや、普通の人なら確実に意識が飛んでいるはずだ。

動くことなくうずくまるミライを確認すると翼はノイズに向き合った。

「Imyuteus amenohabakiri tron」

(これ…聖詠…?)

銀の髪の少女が言っていた聖詠と呼ばれる旋律に酷似していた。

一瞬の発光。

その後には翼はその身にシンフォギアを纏っていた。

(歌が聞こえる…これは…どこかで…)

その歌声を聴けば、街中のCDショップで流れていた流行のポップミュージシャンの様。

(ああ、それで翼はあんなにもCDショップを嫌がったのか…)

翼は歌いながら、ギアの出力を上げるとその手に持った刀でノイズを切り裂いた。

(ノイズを倒している?)

桜守姫で見ればどうやら位相のずれたノイズをこの世界の存在として調律してからギアの攻撃で殲滅しているようだ。

(シンフォギアは人類がノイズに抗う為の決戦兵器だったんだ…)

翼は囲まれると刀を仕舞い、逆さに立つとそのくるぶしについた刃を回転しながら振るった。

(なるほど…どうりで足癖のわるい…)

今しがた鳩尾にいい一発を貰ったばかりだ。

出来損ないのAIのようなノイズに対し、翼は危うくなる事も無く殲滅する。

大型のノイズが居なかったのも幸いしたらしい。

しかし、小型と言えど侮る事無かれ。

体を棒の様に伸ばしミライに向けて迫るノイズ。

ダンッ

空から巨大な剣が降り注ぎミライの前を遮った。

「私にも、まだ守るべきものがあるのだな…」

その後、歌を歌いながらノイズを殲滅し、ギアを解除した翼はミライを辛そうな顔で一瞥すると駆けていった。

次の日から幾ら待っても翼は修行場に来る事は無かった。



時は巡って、春。

響と未来は少し遠いところの全寮制の音楽学校へと進学していた。

ミライはと言えば、戸籍を捏造するという力技をしていない…出来ないとも言うが…ので、学校などには通えず、相変わらずニートだった。

病気も怪我もしなかったので、皆ミライの現状を忘れていたのだ。

進学を、と言う段階で思い出したが、一般家庭で戸籍を捏造などできようはずがない。

自身の証明が出来ず、戸籍の無いミライではこれから先も普通に暮らしていく事も結構難しいのかもしれない。

幸い、お金は響の母親を隠れ蓑にいっぱい稼いであるので困りはしないのだが…さて…

「ミライちゃーん」

「なにー?」

響の母親に呼ばれてリビングへと降りる。

「悪いのだけれど、響、入学二日目にして忘れ物したのよぉ」

「ああ…あのおっちょこちょいは…」

「それで、悪いのだけれど…」

「ああ、うん…届けてくるわ」

「ごめんね、ありがとう」

放課後という丁度いい時間はまだ彼女は仕事中だった。

身軽なミライか祖母のどちらかに頼まなければならないのだが、今回はミライだったと言う事なのだろう。

響の忘れ物を持って午後に電車で響の通うリディアン音楽院へと向かう。

「しまった…響と連絡取ってなかった」

そう思って取り出した携帯電話。

『お掛けになった電話は…』

「…は?」

繋がらないし…

「しょうがない…」

履歴から小日向未来にダイヤル。

『はい』

「あ、未来」

『何?私忙しいんだけど』

「そんなつんけんしなくても」

『用事が無いなら切るわよ』

「ああ、ごめんごめん。用事なら有る。響どこにいるか知らない?携帯繋がらなくってさ」

『何?響に用事なの?』

「響、家に忘れ物したみたいでね。持ってきたんだけど…」

『響なら街に出ているわ』

「あ、そう…じゃぁどうしようか。うーん、わたしも今街の方に居るんだけど、さすがに学校も寮

も関係者以外は入れそうにないし、うーん…じゃあ未来取り着てくれる?」

『はぁ?なんで私がっ』

「そう言いつつ取りに来てくれる未来好きー」

『もうっ!』

街のカフェテリアで待ち合わせ。

「おーい、未来っ!」

手を上げて呼ぶ。

「大声で呼ばないでっ!」

と言う未来の非難の声。

「はいはい」

「はいは一回で…」

ヒュンと空中から大きな影が降ってくる。

「未来っ!?」

ミライはそれが何か悟った瞬間に席を立ちかけた。

「きゃぁ!?」

未来に抱きつくようにタックルし地面を転がる。

途端、今まで未来が居た場所に人間くらいの何かが着地していた。

そのフォルムは奇怪で、おどろおどろしい色合いをしていた。

「の…ノイズだーーーーっ!」

誰かが叫ぶ。

三々五々、蜘蛛の子を散らすように人々が逃げ惑う。

ノイズ。

触れた者を炭素分解して対消滅する異形の化け物。特異災害指定の人類に対する絶対的な殺戮者。

数は20と言う所だろうか。

次々に人々が炭素となって消えていく。

「ノ…ノイズ…」

「走るよっ!」

「う、うん…」

抱きしめていた未来を立ち上がらせて逃げる。

しかし、ノイズはその体を棒の様に伸ばし、ビームの様に迫る。その速度は中々に速い。

「くっ…」

二人の背中に迫るノイズ。

ミライの突き出した右手の先に障壁が輝く。

「魔法っ!?」

未来の驚きの声。

どうやら魔法使いだというミライの言葉は信じられていなかったようだ。

「うっそ!?」

しかし障壁は効果を成さず突き抜けた。

身を捻りそれをかわすとミライは叫ぶ。

「しゃがんでっ!」

「っ…」

バタンと頭を守りながら倒れこむ未来。

ノイズは二人を通り越すと反対側でまた異形の形を取る。

「位相がずれているからっ」

未来が倒れこんでいる内にノイズが二人を取り囲む。

「もう、死んじゃうのかな?」

「そんな訳無いっ」

ミライは未来を抱きかかえるように起こす。

「ちょっと本気出すからっ舌かまないでよっ!」

「ちょ、ちょっとミライっ!?」

オーラを脚部に廻し、地面を蹴る。

地面がえぐれるようにひび割れると同時にミライは跳躍した。

「きゃーーーっ」

障壁すらすり抜ける相手に今のミライの攻撃は何が通じるだろうか。

ビルの壁に足の裏をオーラで吸着させて駆け上がる。

ヒュンヒュンと体を光線銃の様に伸ばして襲い掛かってくるノイズ。

「剣さえあればっ!」

「剣?そんなものが何の役に立つって言うのよっ…相手はノイズなのよっ」

「このさい高望みしないからペーパーナイフでも良いっ」

「ペーパーナイフっ!?」

位相をずらせる相手に位相をずらして逃げ込んでも意味は無いだろう。

結界退避も意味は無い。

屋上に駆け上がったところでノイズに再び囲まれた。物質すらすり抜ける相手に障害物など意味を成さないのだろう。

「もう終わり…なのかな」

「こんな時はとっておきの隠し必殺技がっ」

「最後までふざけないでっ!」

「いや、割とマジなんだけどね?」

四方からノイズが襲い掛かってくる。触れれば炭化する必殺の攻撃だ。

「Aeternus Naglfar tron」

「ひびきーーーーーーーっ!」

聖詠が、力のある歌が胸の聖遺物を起動させる。

シンフォギアを纏う時の拡散する力が襲ってきたノイズを弾き飛ばす。

クルクル、ガシャン。

ギアがミライの体を覆っていく。

ストレートにしていた髪を二つにアップ。ピンクのリボンが纏めるとヘッドギアがその耳を覆い込む。

「わたしが居るって言うのに末期の叫びが響ってのは酷くない?」

バシューーーーとギアが排気する。

「え?…ミラ…イ…?」

ギアを纏ったミライの姿に驚きの表情で見つめる未来。

「それじゃぁ…反撃開始と行きますかね」

ギアから旋律が流れ出すと出力が上昇する。

「…歌?」

未来の怪訝な声。

ネギがどうの、なんて歌っているミライの腕についたギアが変形していつの間にか硬そうなネギを持っていた。

「ていうか、何でネギ?」

と言う未来の突っ込みはとりあえずスルー。

「それじゃぁっ!」

ネギを振り上げるミライ。

みっくみくにし~てあげる~

「いやーーーーーーーーーーっ!?」

ネギを片手に無双するミライよりも、その後ろで赤面して絶叫する未来。

かくごをし~ててよね~

全てのノイズを倒しきったミライは未来に近づくとギアを解除。

「あなたが覚悟しなさいっ!」

平手が飛んできた。ちょっと口の中が切れたかもしれない。

口の中に血の味が広がった。

「あたっ!?」

平手を振るった未来の顔は恐怖ではなく恥辱に染まり真っ赤だった。

「助けたのにこの仕打ちっ!?酷くない?」

「しりませんっ!」

ぷいっとそっぽを向いてしまった。

ビルから降りたミライと未来。

しかし、それを取り囲む黒いスーツを身に纏った人、人、人。

ミライは反射的に未来を後ろでに庇った。

「なに…何なの?」

そう未来が不安そうな声を上げる。

その中から一人、優男風の人物が前に出た。

「特異災害対策機動部二課までご同行願えますか?」

「断れば?」

「あなたには勝てそうにもありませんが、後ろのお嬢さんならどうでしょう」

「くっ…」

別段、この男に敵意は感じない。簡単に説明されたがどうやら国家機関らしいし、その直感を信じればついていっても酷い事にはならないだろう。

ただ、ついて来てもらおうとして未来が引き合いにだされただけだ。

「ミライ…」

心配そうにぎゅとミライの袖を掴む未来。

「未来の安全は保障してもらう」

「ミライっ!?」

「ええ、それは保障しますよ」

後ろの黒服が大きめの電子手錠をミライの両腕に嵌めた。

「もし、未来に傷一つでも付けたら…」

「付けたら?」

「ノイズではなくわたしが、あなたたちに確実な死を与えるわ」

バキン、とその重厚な手錠を壊して見せた。

「発勁……アンチリンカーも役に立ちませんか…」

懐に手を突っ込んだ黒服達をその男は手を上げて制す。

「無駄です。目の前の彼女は風鳴指令が居ると思ってください」

それ、高いんですからね。と言いつつ男は再びミライを拘束した。

「ミライッ」

黒塗りの車に乗せられる段階になって未来はミライと離された。

「ちょっといいですか?」

ミライは未来に近寄ると拘束された腕を振り上げてその間に未来を入れ込んだ。抱きしめる形だ。

「寮まで送ってくれるってさ」

「ミライは…」

「わたしはどうやら重要参考人らしいからねぃ」

「それじゃ私も…」

視線を先ほどの優男に向ければ左右に振られた。

「だってさ…だから、無事に帰れるおまじない」

「なに、ミライ…うぐぅっ!?」

ミライの唇が未来のそれを塞いだ。

抵抗するかのように未来は両腕でミライの胸を押すが…

未来の体はミライに抱きかかえる形だし、その腕は手錠で拘束されている。逃げ場所が無かった。

ミライに口から何か熱い物が未来の中へと浸透する。

つーと熱い物が糸を引く。

「はぁ…はぁ…」

息も絶え絶えな未来。若干目が潤んでいる。

「初めて…だったんだよ…私…」

「女の子同士だし、ノーカウントって言う事で」

「ばかーーーーーっ!」

バシンと頬を叩くと未来は走り去っていった。

黒塗りの車に乗り込んだ事を確認すると優男に振り返った。

「行きましょうか」

「はっ…はいっ!」

「何赤面してるんです?」

「あ、いいえ…なんでも…」

車に乗って移動する。見えてくるのは大きな学校。

「リディアン?」

「その地下がお招きしたい居場所ですよ」

「地下…ねぇ」

中央塔に入るとエレベーターへと案内される。

「握っていた方がいいですよ?」

「へ?」

そう言って握り棒を掴まされると優男は目的地のボタンを押した。

「おおおおおおっ!?」

落下による浮遊感。

それがしばらく続くものだからこの地下へのエレベーターはとにかく長いのだろう。

ウィーンと幾つかの自動ドアを潜ると、目的地に到着したらしい。

なぜか立食パーティーのような感じになっているが、入った瞬間に視線の全てがミライに向いた。

そして…

「ミライちゃんっ!?」
「ミライっ!?」

「なんでミライちゃんを知っているんですか?」
「なぜ貴様がミライを知っているっ!?」

開口一番、少女二人がそう示し合わせたかのようなタイミングで口を開いた。

「あれ?響と翼さん?なぜこんな所に」

「それはこっちの言葉だよ」
「それはこちらの言い分だっ」

ジロリ、と翼が響をにらみ、響はたじろいだ。

「まぁ彼女が二人の知り合いであると言うのは確かな事実みたいだな」

大柄の男が割って出た。

「俺は風鳴弦十郎と言う。早速だが、君の名前を教えてくれないか?」

「ええ!?調査はお手の物なんじゃっ!?」

と、響が突っ込む。

「もちろん調べたさ。だが、彼女の経歴は全くといっていいほど辿れない」

ああ、なるほど、とミライ。

「初音ミライです。一応、多分」

「多分?」

「ミライちゃん、記憶喪失なんです。だから一年半くらい前からわたしの家に居候してて…」

そう響が説明した。

「ほう…」

「一番古い記憶はクレーターの中心で立っていた記憶ですかね」

「クレーター?それは高尾山のか?」

「ええ、たぶん…」

「あれは宇宙からの隕石の落下と思われたが…まさか」

「さて、それはわたしにも分かりません。記憶がありませんからね」

それよりもとミライ。

「ここに呼ばれた理由は何ですか?それと響がここに居るのは…?」

「それはだな…」

説明を聞けば、ここはノイズの被害に最先端で戦う秘密機関で、やはりシンフォギアとは唯一ノイズに対抗できる決戦兵器であるらしい。

しかし、それには聖遺物の欠片をシンフォギアシステムに変換したものと、それに適合できる人間が必要らしい。

一号聖遺物、天羽々斬の適合者であり装者である風鳴翼が唯一の戦力だった所に先ほど第三号聖遺物、ガングニールの反応を見せた響が連行されてきたらしい。

時を少し置いてそこに新しく感知された聖遺物の放つ波動、アウフヴァッヘン波形が観測されたために現場に駆けつけた所にミライが居た、と。

ひいてはミライに何の聖遺物を持っているのか問いただしたいらしい。

「聖遺物…ギアみたいなものは持ってませんね」

「それって、響ちゃんみたいな融合適合者と言う事?」

と、頭を一つのシニヨンにまとめている女性だ。白衣を着ている事からおそらく技術者だろう。

櫻井了子と名乗った女性は続ける。

「それはぜひとも隅から隅まで調べてみたいわね」

ぞわわっ

「丁重にお断りします」

「あら…警戒されちゃったかしら?」

「だが、真面目な話、君になんの聖遺物が埋まっているのか、どうして埋まっているのかは重要だ」

と弦十郎。

「どこかの機関がシンフォギアシステムを開発した…という可能性もあるけど…その場合」

そう了子が言う。

「実験素体…」

「でしょうね。でも、私以外にシンフォギアを作れる組織があるとは思えないのだけれど…」

「それはこちらで調べてみよう。今はとりあえずどんな聖遺物が埋まっているか、だが…」

「聖詠の真ん中はギアになった聖遺物の名前だ。私なら天羽々斬、…彼女ならガングニール…だから」

と言う翼は響をキッと睨んだ。

「…ナグルファル」

「それが君の聖遺物の名前か」

「ナグルファル…北欧神話、巨人の尖兵、フリュムの操る死者の爪で出来た戦船(いくさぶね)ね」

と博識の了子が解説する。

(天羽々斬とガングニール、ね)

で、それからの話は簡単だ。

ノイズに対抗できる武器はシンフォギアだけ。その装者であるのなら、我々に協力してノイズと闘って欲しい、と。

「わたしの力が誰かの為になるのなら」

と響は強力を決めた。

「ミライちゃんは…」

うーん、と考えて、決める。

「響が一人突っ走って暴走しないか心配だから…誰かの為に突っ走る響を守ってあげる」

「うぇええっ!?」

仕方ない、と了承するミライ。

「ただし、幾つか条件が」

「なんだ?」

と、弦十郎。

「戸籍、作ってください。わたし、持ってないんで」

「よかろう」

「ありがとうございます」

「あと、仕事ください」

「は?」

「どこかの誰かさんがわたしの事ニートって責めるんですよ…」

と。



話が終わると駆け寄ってきたのは響だ。

「ミライちゃんもシンフォギアが使えるなんてびっくりだよ」

「あははー。わたしってば魔法使いだからねぃ」

「そっかーっ」

「そんな訳あるかっ!」

「翼さん…」

「久しぶり、翼」

「ああ、私の事なんて忘れてしまったと…思っていた」

「忘れるにはまだそんなに時間は経ってないよ」

「え?二人って知り合いなんですか?」

「昔ちょっとね」

と言うミライの言葉に辛そうに顔をしかめた。

「しかし、お前までシンフォギア装者だとはな」

「記憶は無いんだけどね、いつの間にか自分の中にあったみたい」

たははと笑う。

「笑い事じゃないだろうっ」

「笑い事ですよ。わたし、記憶障害ですからね。覚えていないんです」

「そんな事…」

「さて、響は帰らなくてもいいの?未来が心配しているんじゃない?」

「あ、うん…でもミライちゃんは…」

「私はしばらくここに居ようかな。少し興味深くもあるし」

「…そう?」

「出口まで案内しますよ」

と、優男風の黒服が言う。たしか緒川さんといったか。

「翼さんも今後の予定が詰まっています」

「なっちょっと緒川さん…私はまだミライと…」

響と翼は彼に連れられて退出。

「仕事といっても、君に課せられるのはノイズとの戦いだけだが…」

そ後ろから弦十郎が言う。

「じゃぁちょっと調べ物をさせてください」

「ここでか?」

「シンフォギアの事、知らない事が多すぎるので」

「それなら、私に聞いて頂戴。何から何まで全て答えてあげるわ」

「あ、本当ですか。ありがとうございます」

「その代わり、あなたの体、調べさせてくれないかしら」

「だ・め、です」

にっこりと拒否。

コンソールの一つを貸してもらい、櫻井了子が提唱したというシンフォギアシステム…通称、櫻井理論を表示する。

「余人が見ても分るものでは無いのだがな」

と、やることが無いのかミライの後ろに居座る弦十郎。

「それはそうよ。私としては、懇切丁寧に、分りやすく注釈も入れながら説明しているつもりなのだけれどね」

「他の研究者でも了子くんの言っている意味の半分も理解できないのが現状だ」

「つまり、櫻井さん以外は誰にも分らない技術と言う事ですね」

しかしミライはスクロールを続ける。

「特定振幅による聖遺物との共鳴。増幅。そして変換。物質の分解に再構成。さらにエネルギーの物質的固着化」

すらすらとモニターを流し読み。

「装着者の意思を汲み取り反映するオートリファイン…それゆえにギアの変形に自由が利くと…」

だが…

「装者と聖遺物の間の力の変換によるバックファイアがリンクの低い場合起こりうる…と。うへぇ」

「あらぁ、中々理解が早いじゃない」

「もしかしたらわたし、こう言うの得意だったのかもしれないですねぃ」

と言って資料に目を通し続けた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧