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エイプリルフール番外編 【六畳間編】
前書き
この話はシャナ編よりも前に書き上げたのですが、いったい誰得の話なんだと本当にお蔵入りしていた物です。それでも良いと思われるのなら楽しんでいただければ幸いです。
何処はここは。と、アオは周りを見渡した。
見渡す限りうっそうとした木々が連なり、どうやらどこかの森の中のようだった。
さて困った事になったとアオはうな垂れた。
なぜこんな所に居るのだろう、と。
現状を確認して一番最初にやった事は、影分身の解除だ。
どう言うことだと思うかもしれない。しかし、一番にやらなければならない事だった。
なぜなら、このアオは本来分身でなければならないはずであったからだ。
影分身を解いた最後の記憶は学校での事。
高校での所要を影分身に任せて本体は急用で先に帰っていたために、用事を終わらせると影分身を解いたはずだった。そうなれば、その記憶、経験を本体に還元させるために見えない流れにのって本体に帰るはずであった。
が、しかし…
「影分身が解けない…だと?」
さらに悪い事に、本体から供給されるはずのオーラが感じられず、むしろ自身の体から発せられている。
「ソル…これは…?」
胸元のソルに声をかける。
アオがもっている物は着たままの制服を除けば胸元のソルだけだ。
『お答えしかねます』
ソルも判断に困っているらしい。
「本体に戻れず、とは言え影分身と言うわけではないし木分身でもない…。確実に実体…いや、本来の体を持ってしまっている?」
アオが出した結論はどう言う訳か本体とは別の存在になってしまったと言う事だ。
何故そのような事になったのか、それはアオには分からないが、事実を総合して考えるとどうやらそう言う事らしい。
「どうするか…」
と、途方に暮れていると茂みをがさがさと誰かが通る音が聞こえてきた。
振り返ると、青い甲冑を着た男が薄いブルーの髪にクラシックなメガネをかけた少女を背負い歩いてきていた。その後ろには蒼銀の髪をした人目で高い身分である事が伺える服装をした少女を連れている。
「あれ、学生服だぞ?クラン」
騎士甲冑の男がそう声を上げた。
『はあ、そんなはず有りませんでしょう?ここは古代フォルトーゼですのよ』
と、日本語で語った少年に返したクランと呼ばれた少女の言葉は聞き覚えの無いものだった。
『そうは言ってもな、この時代に学生服なんて物があれば別だが…あれはどう見てもウチの学校のやつだぞ』
と、少年の言葉も今度は聞き覚えのないものに変わっていた。
『どなたかおいでなのですか?』
少し距離を取っていたからだろうか。ようやく気がついたと後ろの少女が声を出す。が、しかし、それもやはり上の二人とは別の言葉に聞こえた。
『すこしお待ちを、アライア殿下』
男はそう言うとアオに向き直る。
『悪いが、あんたはそこで何をしているんだ?』
男の語る言葉は今のアオでは理解できない。
そのためにアオは言葉を返せなかった。
しかし、良く見れば男の容姿に見覚えがあった。
それは去年の文化祭の演劇での事。その時に壇上に上がった役者がたしかこんな鎧を着けていなかったか?
そして、おそらくこのような感じの顔立ちだった気がした。名前はたしか…
「えと…里見孝太郎で合っている?」
と、アオは日本語で問いかけた。
「日本人なのか?と言うか同じ学校なのか?」
その孝太郎の問いかけにアオは答えた。
「神城蒼と言う。いやよかった。一瞬ここがどこか異世界ではないかと思ってしまったよ」
とおどけて答えたアオだが、それに孝太郎がとても残念な答えをかえした。
「いや、ここは異世界で間違いないぞ」
と。
『お知り合いでしょうか』
と、蒼銀の髪の少女が問いかける。
どうやら今三つの言葉が状況によって使い分けられているらしい。
『同郷の学友と申しましょうか。そのような関係です』
そう孝太郎が答える。
『それでは彼もいづれかにお使えの騎士様であらせられるのですか?』
と言う少女の問いに孝太郎はうまい返しが思いつかないらしく、適当にごまかしていた。
『アライア殿下。あなたに害のある人物ではありません。それは俺が保障しますよ』
と言う孝太郎の言葉でアライアの表情からようやく険が取れる。
『どうしますの青騎士もどきぃ…聞いていれば彼はわたくしたちと一緒に飛ばされてきたみたいですわね』
結構堂々と内緒話をしているが、アライアと呼ばれた少女も言葉を理解している風ではない。
どうやら二人だけが知る言葉のようだ。
『どうって言っても一緒に連れて行くしかないだろう。どう見たって彼は俺たちの被害者なんだからな。見捨てるなんて事はできないぞ。それともあの揺り籠だったか?あの宇宙船に連れて行くか?』
『それは出来ませんわ。わたくし達に何の関係も無い原始人を揺り籠の中に入れるなんて…』
『まぁ、適当にいじられたら大変だろうな。…それよりも翻訳機のような物は無いのか?』
『予備になるようなものはいまのわたくしには有りませんわ』
『使えないやつだな…』
『ころす…ぜったいころしてやりますわ…青騎士もどきぃ』
なんか雰囲気的に最後はコントになっているような気もするが、未だに言葉の通じないアオは状況を見守るばかりだ。
アオにはどうやもどうやらここは異世界で、何かかれらに原因がある事までは推察できた。
帰る手段が有るかは分からないが、取り合えず、彼らに着いて行く方が良いかも知れない。
どうやら彼らは後ろのアライアを仲間の下へと送る途中のようだった。
日も暮れたころ、ようやくアライアの仲間達と合流する。
合流したのは女子ばかり5人。
しばらく彼女達との会話を孝太郎に任せていると、いきなり馬が逃げ出し、すっころぶと女の子になっていた。
…何を言っているか分からないかもしれないが、事実はそれだけだ。
どうやら彼女達の祖国でクーデターが起きたらしく、彼女逃亡中らしい。と言う事はあの馬に変身していたのは敵のスパイと言う事だ。
当然捕まえて尋問しているようだった。
しばらくその様子を眺めていると、この中では年少の…年端も行かない金髪の少女がアオに話しかけてきた。
『そなたはどうして何もしゃべらないのじゃ?』
と。
『シャルル殿下。我らの故郷は遠くに有りまして…えっと…』
そう孝太郎がしどろもどろに答える。
「いい。孝太郎。もう覚えた」
声に出した言葉は古代フォルトーゼの下位言語。
「はぁっ?」「はいっ!?」
アオの言葉に驚きの声を上げたのは孝太郎とクランだ。
二人はこの異世界…実際は異世界…別惑星であるだけでなく、過去の世界なのだが…その古代フォルトーゼの言葉は孝太郎やクランにしても翻訳機に頼っている現状だ。
そこに来てアオのこの物言い、信じられるわけが無かった。
「言葉を覚えるのは得意でね。これだけ近くで会話を聞いていれば大体覚える」
と、流暢な古代フォルトーゼの言葉にしゃべって見せた。
カンピオーネの特異体質の一つでカンピオーネになって以降言葉で不自由する事は無くなったのだ。
「おお、なんだしゃべれるではないか」
そうシャルルが気色食む。
「そなたもきしなのか?」
「騎士と言えば騎士だし魔術師といえば魔術師だよ」
「けんもつえも持たぬのにか?」
「杖ならここにあります」
そう言ってソルを掴むと一瞬で鞘に収まった日本刀を手に持った。
「おおっ!それはまじゅつなのか?」
「なっ!?」「ええっ!?」
純粋にすごいと笑むシャルルと打って変わって驚いたのはやはり孝太郎とクランだった。
「それがそなたのけんか。ぬいて見せてはくれぬのか?」
「シャルル殿下。これは剣ではありません。俺の杖です」
「つえなのか?じゃが…」
「杖です」
実際その日本刀は日本刀と言うには奇妙な形をしている。孝太郎が見れば違うと一目で分かるだろう。
ただ、杖かと聞かれれば頷けはしないだろうが。
シャルルに言われて抜き放ったソルの刀身は、確かに鋼を叩き鍛えた美しさは無かった。
その刃は鍛冶士が鍛えた物ではないし、その刀身は魔法の使用を前提に作られているためだった。
だから孝太郎から見ればそれは精巧なつくりをした模造刀に見えただろうし、他の誰が見ても業物には見えなかっただろう。やはりそれはソルが本来杖であるためであるといえる。
「そなたはあるじをもつきしなのか?」
とシャルル。
「残念ながら今の俺に仰ぐ主はおりません」
「ならば…追われているみなれど、わらわの騎士になってはくれぬか?いっときだけでもよいのじゃ…」
「シャルル何を言ってっ!?」
アライア殿下がシャルルの爆弾発言に驚き問い詰める。
「なぜアオ様なのです?」
アライアの目は本人の自覚はないが、どこか騎士然としていた孝太郎…彼女達に名乗った名前で言う所のレイオスを一瞬みて視線をシャルルにもどした。何故孝太郎ではないのだろうと思ったのだろう。
「だってこやつがいちばんこわいのじゃもの」
「は?」
シャルルのその答えにアライア殿下だけでなく他の人たちも驚いたようだ。
「姉上はかんじぬのか?」
「意味が分かりません。初対面の人に対してそのような事を言ってはなりませんよ」
とシャルルを嗜めるアライア。
だが、アオはシャルルの言葉に口角を上げた。
「俺が怖いですか?」
「こわい。じゃが、どうじにあたたかいのじゃ」
彼女の言う言葉は回りに理解されないかもしれない。だが…
今のアオは本体とは完全に分離した一個の生命体であると自身を仮定している。
そうであれば、たとえ元の世界に戻ったとしても二人に増えてしまった自分に居場所があるだろうか?
混乱させるばかりにならないだろうか?
アオはこの小さな少女を助けると言う目的なら今のこの現状を悲観する事もないかもしれないと心の中で思う。
ゆえに…
「非才の身ではありますが、御身の傍に侍る事をお許しいただけるのでしょうか」
と、膝をついた。
「うむ…よきにはかうのじゃ。とりあえずもう少しわらわたちに心をひらいてくれぬかのう?おぬしの空気はすこしつめたいのじゃ」
「仰せの通りに、マイプリンセス」
「シャルルっ!?アオ様もっ!」
「ふむ、あったかくなったのじゃ」
何が変わったと言われれば、表面上は何も変わっていない。ただ、アオが纏っていたオーラから猜疑心や警戒の色が薄れただけだ。
「ではしょちょくをもうしわたすのじゃ。わらわをかたぐるまするのじゃ」
「肩車ねぇ…」
「シャルル殿下、いくら騎士の方とは言え、この山道でそのような…」
と主人の物言いを止めたのはメイドの格好をしているマルリエッタと言う少女だ。
確かに普通の人間では難しいだろう。だが…
「ああ、大丈夫ですよ。人一人くらい担いだところでどうと言う事もありません」
とアオが言うとシャルルはアオの背後に回りこみその背中に飛び乗った。
「山猿のようなお姫様だ」
「なにをもうす。こんなにかれんなおうじょはそうはおらんぞ?」
と可愛いく返されてしまうとアオには苦笑しか返せなかった。
逃亡中の彼女達の都合で俺達は山道を迂回しながら逃亡劇を続けている。
とは言っても出くわす山賊なんかは孝太郎がその剣で撃退しているので今の所みな無事だ。
孝太郎とクランが何かこそこそと動いているようだが…さて。
ようやく山村にたどり着き、どうにか宿をとると、部屋のドアをノックする音が響く。
「アオっ。でかけるのじゃ。じゅんびしてまいれ」
「出かけるって?」
「姉上だけあおきしを連れて村の祭りにでかけてしもうたのじゃ。わらわもとマリー達に言ったのじゃがきけんじゃととめられてのぅ。じゃが姉上も騎士のごえいつきならそとにでておるのじゃからとアオをよびにきたのじゃ」
宿の外は確かにこの規模の村では年に一度と言う感じの祭りの準備が整っている。アオにはそれに参加したがるのは分からないでもなかった。
「しょうがないな。マルリエッタやフレアラーンにはちゃんと言っておけよ」
「うむ。げんかんでまっておるから、すぐにくるのじゃぞ」
と、流れる金髪を振りまきながら走り去っていくシャルル。
「元気な事で」
アオがシャルルを伴って宿の外に出ると、どうやら既にダンスが始まっているようだった。
「なんじゃかそなた女性のあつかいになれすぎではないか?」
アオがシャルルをエスコートしながら村人達のダンスに混じり二人で踊っているとシャルルがそう言いだした。
「殿下よりはいくつも年上だからな。こう言う機会も多々ある」
そう言いながらアオはシャルルの体を支えつつ、最小の動きで彼女をターンさせる。
「おんなのあつかいのうまいきしはもつなと母上にはいわれていたのじゃがな…」
「なんだ?俺をくびにするかい?」
「せん。まえにもいったがおぬしがいちばんおっかない」
「何もないとは思うが…」
子供の直感はバカにならないとアオは嘆息した。
ダンスのすれ違いざまにパートナーをトレードすると、アオのパートナーが金色の髪の少女から蒼銀の髪の少女へと変わる。
アライア殿下である。
「お上手ですのね」
「まぁこれでも社交は身に着けていますからね。騎士の嗜みですよ」
「くすくす。レイオス様にも言ってやってください」
といって可憐に笑った。
見れば身長差からうまく踊れていない孝太郎とシャルルの姿が写った。
「ふむ。もう少し女性の扱いを教えるべきですかね?」
「まぁ」
「とは言え、今の彼にはシャルル殿下の相手は難しいですね」
そう言うとアオはアライアの手を引きながら自然とステップを調整してシャルルと孝太郎に近づきパートナーを交換する。
「まったく。あおきしのやつはしつれいなのじゃ。すこしはアオをみならって欲しいものじゃ」
「身長差のある相手とのダンスはそれなりに上級者でないとリードが難しい物だよ」
「じゃが、それとレディーに恥じをかかせるのはべつのもんだいなのじゃ」
「まぁね」
「さて。そろそろ宿に戻ろうか。でないと明日からの旅に支障がでる」
「じゃが姉上たちはまだ…」
「シャルル殿下とアライア殿下では体力が違う。シャルルは足手まといになりたくないだろう?」
「むぅ…わかったのじゃ」
納得したかどうかは別として、アオはシャルルを連れて宿へと下がった。
次の日…
アオ達は宿を発つ事ができずに居た。
「くそっ」
「ベルトリオンっ」
イラついているのは孝太郎で、それを諌めるクラン。
かく言うアオも少々イラついていた。
なぜなら、アオ、孝太郎、クラン以外のメンバーが総じてベッドに伏しているからだ。
彼らはこの時代で打てる手…この時代の魔法使いであるカリスと言う少女の力を借りて魔法などをおこなったが効果がみられなかったのだ。
「手はあるのか?」
と、アオ。薄々この旅が文化祭でやった青騎士の物語にかぶっているのはアオも承知している。
故に、物語どおりなら彼女達はここで死ぬはずは無い。が…
「いくつか手は有りますわ」
とはクランの言。
と、その時。
「軍隊だっ!軍隊がきたぞーっ」
外に大声が響き渡る。それはクーデター軍の到着を告げる声だった。
さて、面倒な事になった。
状況に流されるままにこの中世のような異世界を旅をして、ほんの気まぐれで少女と主従の契約を交わしたりもした。
まぁ、それは本当に気まぐれであったはずなのだが。
今の俺は久しぶりにイラついている。
成り行きで主と仰ぐ金髪の少女が床に臥せっているからだ。
あの物語どおりならおそらく彼女は死ぬ事は無いし、青騎士が解毒薬をクーデター軍から奪い取って一件落着のはずだ。
だが、その青騎士。レイオス・ファトラ・ベルトリオンと言う彼はこの物語に登場していない。
いや、配役としては登場している。しかし、そのキャストが偽者であると言う点を除けばだが。
どうやら俺は物語の過去へと飛ばされたらしい。詳しい事情は孝太郎も孝太郎がクランと呼ぶ少女も俺に説明しようとしない。
説明されたのは良く分からない世界に飛ばされた。帰りたかったら着いて来て欲しい。その程度の事だ。
それでもこれだけの時間が過ぎれば俺でも想い至るというものだ。物語の本筋に関わってしまっていると言う事に。
そして今は演劇にもされるくらいの名場面と言う事くらいは。
偽者とは言え青騎士も居る。解毒薬は手に入るはずだ。
クーデター軍のアライア殿下の投降の呼びかけに彼女達は応じる事にした。
解毒薬が手に入らなければどの道死ぬのだ。孝太郎たちにしてみれば解毒薬さえ手に入れば後はアライア殿下を助けるだけだ。
アライア殿下と引き換えにと彼女は自分で歩いて敵の下へ。
だが…成り行きを見守っているとどうやら解毒薬なんて物は存在しないらしい。
さらにはクーデター軍が証拠隠滅にと村の壊滅へと乗り出したためにさらに性質が悪い。
さすがにここに至り事なかれ主義の俺も看過できないと言うものだ。
病気の体で外をうかがっていたシャルルに付き添っていた俺に彼女の声がかかる。
「のう。あなたはつよいのだろうか」
と、シャルルのか弱い声。
「俺は…」
どう答えようかと逡巡していると大きな魔道鎧のようなものが現れ、その大きな手でアライアを掴み上げた。
「姉上っ!…っ」
弱った体に瞬間的に力が入り、絶叫するが、すぐに力尽きたように倒れこむ。倒れそうになるそれを俺は抱きとめ窓へとつかまらせた。
「命令しろ、シャルル」
「めい…れい?」
「騎士を動かすのはいつも主の役目だ」
と、シャルルと視線を合わせてそう言った。
「…なら…姉上を助けてくれ…おねがいじゃ…姉上を…たすけて…」
「了解した」
そう言うと俺は窓枠に脚を駆けて蹴りだすと力強く外へと躍り出た。
しばらくの自由落下との後に着地。
「ソル」
『スタンバイ・レディ』
一瞬の発光の後には銀の竜鎧が現れる。腰には鞘に収まったままのソルが一本。
カチャリ、カチャリと金属音が響く。
その音に気が付く者はまだ居ない。
「おいおい誰だ貴様はっ」
最初に気がついたのはクーデター軍のリーダーだ。
「誰だかしらねぇがやっちまえ」
と、彼は魔道鎧に命令する。人質も居るために手が出せないと思っての事だろう。
「あなたはっ!?」
とクラン。
「だれだっ」
とは孝太郎だ。
魔道鎧の右手は先の戦闘で劣勢と強いていた孝太郎たちをすり抜けアオへと迫る。
魔道鎧の手に持った巨大な斧が振るわれる。水平方向に薙ぐ攻撃は振り下ろす攻撃よりも避けずらい。だが…
『プロテクション』
ガキンと金属音を立てたかとおもうとその斧は虚空に浮かぶ何かに止められていた。
「シールドだとぅ!?」
孝太郎もなにやらシールドのようなものを使って戦っている。彼を良く見れば近代兵器、魔法、念のある意味俺に近い戦いぶりだった。
孝太郎の特殊性は後で考えるとして…まずは…
俺はソルに手をかけると青い鎧をきた孝太郎へと声をかける。
「しっかりアライア殿下を抱きとめろよっ」
「なっなんだっ!?」
孝太郎の返事を聞かずにソルを一刀。斬戟は一瞬。右腕を銀色が覆ったかと思うと振るわれた刀身から衝撃派が飛びかまいたちの如く一瞬で魔道鎧を通り過ぎた。
それだけ。俺はすでにソルを納刀している。
一瞬、みな何が起こったのかもわからなかった。それは斬られた魔道鎧さえも。
一瞬後グラリと巨大な鉄がずれ始めるとその身は真っ二つに切り裂かれた。
「きゃーーーーーっ!?」
「ばっばかばかばかばかっ!?」
アライアは絶叫。孝太郎はとっさに地面を駆け腕から滑り落ちるアライアをキャッチ。無事に救出する。
さて、と見渡すとなぜか敵のリーダーの姿が見えず。
すごいな…俺の刀が振るわれた一瞬で既に敗北を悟り一人逃げるとは…ある意味大物だ。
振り返るとなぜかフレアラーンさんほか旅の仲間に剣を向けられている。クランはどう見ても現代の地球の科学では作れないような銃を構えていた。
あー…苦戦していた魔道鎧が一撃じゃあな。確かに警戒するか。
「アオっ」
どうしようと考えていると、重い体を引きずってシャルルが駆けてきた。
「シャルルさまっ」
止めるのはマリエッタ。しかし、静止を振り切り走るのをやめない。
「アオ…アオなのか?」
シャルルの言葉でフレアもようやく思い至ったようだ。
うーん、鎧を着ただけなのだが、印象が違いすぎたか?
「シャルル殿下」
と言って俺は方膝を折り、視線を合わせた。
「ぶじであったか」
「見ての通りだが」
とは言え、屋敷の窓から出たわけではないので彼女の体を考えるに数分ほど現場を見ていない訳か。
「敵は逃げた。危険はとりあえずはさったな」
「そうか。…よくやったのじゃ、わがきしよ」
「おっと」
「はぁ…はぁ…」
倒れこむシャルルを腕に抱えると未だに息が上がっている。
そうだ、まだ事件はなんの解決もしていない。
クーデター軍などアオにしてみればどうでも良い事だった。そんな事よりも重要なのは仮にも主とあおぐシャルルの容態だ。
解毒薬が無いと言うのならどうすれば良いのか…
「クランっ」
倒れこんだシャルルを見て孝太郎が叫ぶ。
「仕方ありませんわね。アオ、シャルル殿下をこちらにお連れしなさいっ」
と、クランが観念したように案内した先は卵形の宇宙船のような物の中だった。
その中の医療ポッドのようなものの中にシャルルを横たえると、後は邪魔とばかりに追い出された。
ピッピとコンソールを弄るクランの横につく。
空中モニターに色々な情報が映し出され、それを見てクランが何かを調整しているようだ。
油断なく左の瞳を桜守姫に変えて観察する。
「青騎もどきはそちらのポットに…ああ、えっとそこのあなたも協力してくださらないかしら。発症していない青騎士もどきと軽度のわたくし、そしてあなたの三人の遺伝子データからウィルスに対する抗体をつくるのですわ」
と言うクランの言葉に俺は頷く事が出来なかった。
「どうしても俺も必要か?」
「可能性を上げるためには必要でしてよ。特に害もありませんから」
それでもやはり頷けない。
「どうしたんだ?」
と孝太郎もいぶかしむ。
「本当の事を言おう」
「お、おう…」
「俺の体はすでに普通の人では…たぶん、無い。比較対象にすらならない」
「なっ!?」
「うん?どう言うことだ?」
「おそらく俺のデータは使えないだろうと言う事だ」
「それとデータを取らせないのは別だと思うが…」
「取らせたくないんだ。多分結構危ないものだろうからね、俺の遺伝子データは」
そう言うと孝太郎をデータ採取機器に押し込んで距離を取った。
クランもしぶしぶと引き下がり、時間も無い事から追求してこない。
…
…
…
結果を言えば、どうにかシャルル達は助かった。
だがそれは未来の技術を使ったからと言う事でもある。
それがどう言う事なのか。
物語の通りに一行は逃亡に成功し、打倒クーデター軍の為に再起を計る事になった。
追っての支配が及ばないパルトムシーハ領。正当性は確かにアライア達にある。この先の物語は残念ながら公開前のため俺は知らない。
孝太郎なら知っているのだろうが…なんとなく問いかけるのは躊躇われた。
知らないと言うのなら自分が思い悩む必要も無くなるからだ。
パルトムシーハ領の間借りしている屋敷の中で竈の前に立つ。
いつもならお菓子を作っている時間だが、今日は別だ。
「あら、今日は何を作っていらしてるんですか?」
とは厨房に現れたマリエッタの声だ。
「うおっ…この臭いはっ!」
においに釣られて現れたのは孝太郎だ。
「醤油のにおいだっ!」
「なんですの?ベルトリオン。いきなり走り出したりして」
と後に現れたのはクランである。
鍋を覗き込んだ孝太郎が驚いて声を上げる。
「煮物じゃないか。それも筑前煮か?」
「筑前煮もどきだな。流石に根菜類はそのものと言う訳にはいくまいよ」
「醤油や酒、みりんはどうしたんだ?」
「どうって…作ったに決まっているだろう」
と言って少量の液体を入れたビンを押し出した。
受け取りにおいを嗅いだ孝太郎が気色食む。
「醤油だ…よく作れたな、こんなもの。だが、どうやって作ったんだ?俺は良く知らないが、これは熟成させる物なんじゃないのか?」
「企業秘密だ」
時間を進めれば発酵も熟成も思うがままだ。
「わー、なんですか。この調味料は」
とマリーが興味津々と言った所だ。
「俺たちの…あー、なんて言うか故郷にある調味料なんだ」
そう孝太郎がごまかす。
「ちょっと、あなたっ」
とクランが俺を引っ張った。
「なんだ?」
小声でささやくクラン。
「アレの作り方はだれにも教えていませんの?」
「あ、ああ。教えていないよ。どうかしたか?」
「いえ、なんでもありませんの」
あ、そう。
「しかし、よく作れたな」
孝太郎が筑前煮をつまみながら言った。
「俺はまぁ、料理にストレスは感じないが、孝太郎は違うだろ?そろそろ恋しくなってきたんじゃないかと思ってね」
日本風の味付けは好きだが、流石に長い時間を生きればそういう郷愁も遠くなる。
だが、孝太郎は違うだろう。
「へぇ、面白い味付けですね。…しかし、これでは」
とマリーの言葉が詰まる。
そう、主食であるパンが進む味付けではないのだ。
「米は無いのか?」
孝太郎が問いかけた。
「大豆もどきは見つかったがまだ米は見つけてないよ」
そう言うと孝太郎がシュンとなる。
「こめ?」
「あ、ああ。俺たちの主食だったやつだ」
と、孝太郎。
「へぇ、どんなものだったんですか?」
と言う問いかけの答えはすべて孝太郎に丸投げ。彼女も孝太郎に聞いている風であったしね。
「さて、と」
俺は準備しておいた軽めの朝食をひょいひょいっとお盆に載せると調理場を出る。
「あ、私も手伝います」
そうメイド服を着たマリーが言うので持ち切れない物を持ってもらうとシャルル達の元へと移動した。
華美ではないが、食欲をそそるにおいを立てつつ配膳すると、シャルルとアライアが食卓の定位置に着く。
食事は基本二人だけだ。皇族である二人に同席しての会食は一定身分以上の者が手順を踏まなければならず、自然とこうなった。
本人達が如何に嫌がろうと、皇族としての立場上変えられる物ではない。
食後の紅茶に小さめに作ったマカロンを添えて出す。
「おいしい…」
「ほんとうじゃ」
と、マカロンをほおばる二人に笑顔が綻んだ。
「これはなんと言うお菓子なのでしょうか」
「まかろんと言うらしいのじゃ、姉上」
「こら、シャルル。また厨房に行ったのね」
「ごめんなさい」
「マリー、料理長とパティシエの方に賛辞を送って下さい。本当は私自身がお会いできれば良いのですけれど…」
「えっと…あのーですね…」
アライアの言葉に返答に困るマルリエッタ。
「くっくっく。ならばちょくせつ言えばよろしいではないですか姉上」
「直接って…出来る事ならそうします。…何がおかしいのですか?シャルル」
突然くつくつ笑い出したシャルルをほんの少し眉根を寄せる。
「だって、それをつくったのはわらわのきしじゃもの」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食らったような表情だ。皇女殿下としてはその表情はかなりひょうきんに過ぎる。
「アオ様が…これを…作ったの…ですか」
おおう。なんか言葉までも壊れているぞ。そんなにショックか?
「アオ様は騎士なのですよね?」
「立場上は」
「騎士様が厨房に…?」
「まぁ、もう習慣のような物だな。特に害が無ければ戦場より厨房に居る方が楽しいし」
「まかろんだけじゃないのじゃ。ここ最近の料理はすべてアオのものなのじゃ」
「ええっ!?」
驚くアライア。シャルルもマリエッタもくすくす笑っている。
「騎士様…ですよね…?」
「料理人でも良いですよ?」
衝撃の事実にアライアが戸惑っていると、コンコンとノックをする音が聞こえた。
「失礼します」
と言って入ってきたのはフレアラーンだ。
「フレア、どうしましたか?」
と、何とか平常に戻ったアライアの問いかけ。
「いえ、アライア殿下を煩わせるような事では…やはりここに居たか」
とフレアの視線が俺に向いた。
「今日は調練があるとあれほど言っておいただろう」
「ああ…だけど、俺に何かする事があるか?」
「貴様にはシャルル殿下の騎士と言う立場がある。出席してもらわねば士気に関わる」
あー…なるほど。
「なんじゃ、ちょうれんをすっぽかしてきたのか?はいぜんだけならマリーにまかせてもよかったであろうに」
「いや、単純に面倒だっただけだ」
あ、そう言えば孝太郎もなんであの時間に厨房なんかにと思ったが、どうやら俺を探していたようだ。
「すまぬな…めんどうをかけてしまっているようじゃ」
しゅんとするシャルルの姿に少々良心が痛んだ。
「いや、そうでもない。力の使い方を間違わない限り俺は君の騎士でいよう」
「つかいかた…?」
意味が分からないと首を傾げるがそれよりも、取り合えず調練とやらに出席しますかね。
クーデター軍打倒の為に軍隊を編成し、王都を取り戻す。そのための訓練だ。
うぉおおおおお
だぁああああああ
男達の大声が鳴り響き剣を、槍を打ち鳴らしている。
実を言えばアオは飾り以外の何ものでもない。兵の訓練に付き合うこともないし、訓練をつけることもしない。
何故なら、戦争はその国、その民がするものであるからだ。流れ者の自分では参加するだけの大儀を見つけられないのだ。
しかし、だがせめて…雇い主の命くらいはと考える。
とは言え、シャルルの騎士としての立場があるからこそ、訓練場に居ることを強いているわけだが。
孝太郎が鎧を着込み、フレアと模擬戦をしているのを眺める。
孝太郎は綺麗な型をした騎士の剣術だ。対しフレアのそれは自分にあったように崩してある。
地盤固めは上場だ。そろそろ討ってでなければ時間がクーデター軍との地力の差が付いてしまう。それだけは避けねばならない。
よって、近日中に行軍を開始する予定であった。
一試合終えると孝太郎が近づいてきた。
「戦争が始まるな」
と、何の気もなしに孝太郎に話しかけた。
「ああ…始まる」
「戦場に行くのか?」
「ああ。行く…行かなければならない」
「死ぬかもしれないぞ?」
「ああ、だけどクーデター軍を放っておくわけにはいかないだろ?今は俺が青騎士だからな」
「人を殺すことになる」
「出来れば殺したくは無いな」
「人の死なない戦争はないよ」
戦争を知って、孝太郎が現代に帰ったとして以前と同じで居られるだろうか。
「危機感が無いのはその鎧の所為か?」
「なんだ、気がついていたのか?」
「質問を質問で返すなよ。まぁ、答えは得たが」
彼の鎧は特別制でシステムアシストにより様々な…この時代におけるオーバーテクノロジーの加護により孝太郎を傷つけるのは難しいだろう。それがもし彼の心のゆとりになっているのだとしたら…
「俺と模擬戦をしようか」
「は?」
俺の突然の申し出に孝太郎は驚きの表情だ。
「今のままではいささか心配だ。一度負けてみろ」
そう言い訓練場を人払いさせると中央に移動する。見ているのはフレアと捕虜だった魔法使いのカリス、錬金術師のリディスくらいのものだ。
軍用の革の鎧を着込むと訓練用に自分で削りだした木刀を構える。
「今の自分の全部を出して見せろ」
と言う言葉に孝太郎は戸惑っている。俺を心配しているのだ。
それはそうだろう。彼にしてみれば青い鎧の力が常人を遥かに超える物であるからだ。
「俺の心配は要らない。自分の心配をしろ」
「だが…」
「なんだ?もしかして自分が強いつもりでいるのか?」
「そんな事は…」
「そんな考えでいると」
そう言って一度言葉を切って目を閉じた。
そして再び目を開けると同時に殺気を飛ばす。
「死ぬよ?」
「…っ!?」
生き物としての本能が孝太郎に防御の姿勢を取らせた。
俺の殺気で冗談ではないと悟ったのだろう。殺気を弱めるとようやく孝太郎も木剣を構えた。
「じゃあ、行くよ」
そう言うと俺は一歩踏み込み木刀を振り下ろす。
「くっ…」
ガキンと木と木のぶつかり合う音。孝太郎の振り上げた木剣とぶつかり合ったのだ。
孝太郎の剣を弾いてすかさず二撃目。
肘は上がっていたがどうにかかわしてみせた。
慌てて距離をとる孝太郎。
開いた距離を一瞬でつめるとそのまま突き技。
「御神流・射抜」
技の速度は常人ではかわしきれない。
その攻撃に孝太郎はようやく躊躇いを捨てた。
体からオーラが立ち上る。それをすべて身体の強化にまわしたようだ。その驚異的な身体能力で俺の突きをギリギリかわす。
突きの突進そのままに距離を取ると仕切りなおしだ。
「ようやく本気を出す気になったか?」
「あんた…何の補助も無しに…化け物かよ」
「そう言う孝太郎はオーラを筋力強化に回しているな」
「オーラ?霊力の事か?あんた、分かるのか」
「霊力、ね。呼び方は人それぞれか」
再び構える。
「全部を、持てる全部を使いなよ」
「いや、そうは言ってもな」
まだこちらを気遣っているのか。
「霊力も初歩しか使えていないのによく言う。それはこう使うんだ」
ゴウッとオーラが立ち上る。
「っ…」
プレッシャーを感じている孝太郎だが、これでも何十分の一に抑えてある。
「まずは全身から搾り出せ。そんな物ではまだまだだ」
軽く筋力を強化すると再び地面を蹴った。
「なにっ!?…っく」
先ほどよりもさらに速い突き技。
しかしフェイントも何も無いそれを孝太郎はかわして見せた。
見れば両目に少しオーラがまわっているようだ。
視力強化…いや、それだけでかわせるような攻撃じゃなかったはずだ。…未来視に近いか?
ザザーッと煙を上げ、スライドしながら制動。
「はぁっ!」
そこに袈裟切りに振り下ろす孝太郎。
木刀で受けるが…
「む?」
力負けする?
霊力による身体強化にさらにマニューバスーツである鎧の補助のおかげで岩をも砕く豪剣だった。
さらに剣身を包む衝撃波のフィールドが剣自体の強度も上げている。
無理に力で対抗しようとせず、刀を引き回転するように回避。さらにバランスを崩したところですれ違いざまに後ろから一太刀。
ガィンという音は鎧に当たった音ではなく、バリアに弾かれた音だ。
ふむ、空間干渉系の科学技術によるフィールドか。根幹が科学技術である以上ゼロエフェクトじゃ中和出来ないな。
魔術、魔法で現した炎とマッチで起こした炎はアオにしてみれば別物だ。燃焼という結果は変わらないが、前の二つは魔力なり呪力なりを炎に変化させて燃やしている。つまり、変換のプロセスを行使し続けて現実を書き換えているのに対して、後者は世界に準拠した現象である。
現象に伴う結果まではアオはキャンセル出来ないのだ。前者の例にしてみても、炎そのものでの攻撃はアオには効かないが、燃え広がった炎は唯の現象であり、アオもダメージを受けるだろう。
今回のこれはどちらかと言えば後者に当たる。
しかし、これだけのバリアを瞬時にエリア指定して顕現させるとなると…AI搭載型の補助具が必要だな。どれだ?
と視線を向ければそれらしい物は鎧だけだ。
背後からの一撃をバリアで弾いた孝太郎は自身も回転して木剣を切り上げた。
タイミングを合わせてバイアを解除された場合体勢が崩れたところに俺の剣が届くより速く反撃が当たる。それにバリアですでに威力の大半は殺されている…
次の瞬間足にオーラを回し、地面を大きく蹴ると空中にフワリと浮かぶように後ろに跳躍し、トンボをきる。
空を斬った孝太郎はくるりと回転し、勢いを初速に上乗せして地面を蹴っていた。
腰から飛針もどきを抜き出して二回投擲してけん制。
バチンバチンと前面に押し出されたバリアで弾かれてしまう。
「はぁっ!」
空中で体勢の整わない俺への追撃は…しかし、届かない。
『ディフェンサー』
虚空に現れたバリアが弾いたからだ。
「なにっ!?」
驚く孝太郎。
「魔法の有る世界で防御フィールドが科学技術だけとでも思っていたのか?」
「くそっ!」
悪態を吐く孝太郎を尻目に地面へと着地する。
「まだだ、まだ有るだろう?」
軽い挑発。
まだ躊躇いは捨てられないか。いや、それならばそれでいい。戦場に出なければ良い。
だが、出ると言うのなら試さなければならない。彼を。
「躊躇いを無くせ、でなければ戦場では生き残れない。ただ、死んでいくだけだ」
そう言うと俺はギアを上げる。
先ほどよりもさらに速度を上げ、斬りかかる。それでも追えているのは霊力による先読み故か。
俺の太刀を受ける孝太郎の木剣が強度を上げていく。俺の攻撃に彼のAIが不足と判断したのだろう。
バリアの展開も
孝太郎の攻撃を邪魔しない。なかなか良いコンビネーションじゃないか。
だが、まだまだだ。
孝太郎の攻撃するモーションにあわせて消える防御を縫うようにカウンターを決める。
孝太郎の剣よりも一瞬早く彼の鎧に刀が当たる。
「がっ!?」
御神流、『貫』と『徹』
振りぬいた刀が孝太郎を吹き飛ばし、衝撃は鎧を貫通し内部に浸透する。
ズザザーと煙をまいて地面を転がる孝太郎。
外野が息を呑む空気が伝わってくる。
「かはっ…ごほっごほっ…」
孝太郎は立ち上がろうとして、盛大に咽る。
「ごっ…はっ…かはっ…」
今彼は激痛にのた打ち回っているだろう。
立ち上がるか。立ち上がれるのか。それが先ず最初の一歩だ。
「はぁ…はぁ…」
立ち上がり、息を落ち着かせる孝太郎。その瞳は死んでいない。剣を構えこちらをにらんでいる。
「全力で来い、と最初に言ったぞ。強いつもりでいるのか?とも」
孝太郎の気迫が変わる。
だが、まだだ。死の恐怖の前に向かってこれるか…
孝太郎は体勢を低くした所から一気に距離を詰め剣を振るう。
それを木刀で受けると添えていた左手がスライドした。
バリバリッ
左手の先から稲妻が迸る。
左手に見えていた念はこれか。おそらく念具の一種だろう。
ようやく全力を出すか、孝太郎。
俺は肩を孝太郎の身体の内へと滑り込ませ孝太郎の左手の軌道上からずれると同時に左手の肘を打ち上げてから足を掛け孝太郎を転ばせる。
「ぐっ…」
苦悶の声が聞こえる。
転んだ孝太郎の首を狙い木刀を振り下ろすが、転がりながら距離を空け、反動もつけてどうにか起き上がる事に成功したようだ。
起き上がった孝太郎はガムシャラに剣を振るう。それは身体に染み付いた型は抜けきってはいないが死にたくないと言う気迫の現われだった。
時折、電撃や衝撃はすら混ざってくる。
距離を空け、互いに相手の隙を伺っている。
さて、これで最後だ。これで向かってくるのなら…
「これで最後だ」
「はぁ…はぁ…はぁ」
俺の言葉にも息の上がった孝太郎からの返事は無い。
「……錬」
今までセーブしていたオーラを開放し、さらに攻撃的な意思をにおわせると野生動物など脱兎の如く走り去るだろう量の殺気が周囲に満ちる。
常人にさえ死を幻視させるようなオーラを撒き散らしゆっくりと木刀を振り上げた。
観客はすでに気絶している。惨劇を見る者はいない。
圧倒的なプレッシャー、死の幻視を前に孝太郎はどう動くのか。
…俺一人なら多分逃げるだろうな。
そんな事を考えながら孝太郎を見れば、止まりそうになる呼吸をどうにか制御してプレッシャーにあがなって見せ、さらには剣を握る腕に力を込めている。
…孝太郎はそうなのか。
それが正しい選択なのか。それは一概には言えない。巨大に立ち向かうは蛮勇と捉えるのも間違いではないと俺は思う。
しかし、困難に立ち向かう姿勢には感服する。
だが、先達として彼に挫折を経験させる。半端に戦場に送ることはしない。
「ああああああっ!」
バリアを前面に巡らせて駆ける孝太郎。
「殺さないが…死ぬほど痛いぞ?」
振り下ろす俺の木刀を彼のバリアは一瞬の均衡も許されずに消滅し、そして…
「がああああっ!?」
振りぬいた木刀は孝太郎の右腕を切り飛ばした。
バシャリと音を立てて血溜りの中に倒れこむ孝太郎。
まだ意識はかろうじて残っているようだ。
「戦場に立つと言う事はこう言うことだ。斬られれば痛い。身体を喪失することも有る。そして何より理不尽な死と言うものも」
「はぁ…はぁ…ぐぅ…」
俺は孝太郎に近づくとクロックマスターで時間を巻き戻し失われた血液と共にくっつけた。
「あ…うっ…」
「今は眠っても良いよ。でも今後どうするか、良く考えるべきだ」
そう言うと俺は訓練場を後にした。
しばらくは孝太郎の代わりをしないとだめかな。
目を覚ました後の孝太郎は再起動に手間取っているコンピューターのようだ。
何をするにも失敗が続き、エラーが蓄積されていく。
「さいきんのあおきしはどうしたのじゃ?」
がむしゃらに訓練に打ち込む孝太郎の姿を遠くから眺めていたシャルルのつぶやき。
となりにはアライアの姿も有る。
「レイオス様…」
低いトーンで心配そうなため息が漏れる。
「そなたは何かしっておるか?」
と言うシャルルの問いかけに答える。
「心構えのなっていないレイオスを俺が徹底的につぶした」
「ど、どう言うことですか?」
と、アライア。
「戦場に人を送れば誰かは死ぬ。戦場に出れば自分も命を掛けなければならない。…彼は人の命を奪い、奪われると言う世界からは遠い」
と言う言葉にアライアは表情を歪める。
「彼はまだまだ知らない事が多すぎるな。彼は自分がそうと望まなくてもすでに指揮官だ。戦場で上に立つ立場だ。命令を出す立場の人間が人の死を…死が身近に有るものだと知らないまま出陣させる事は出来ないさ。それはアライア、君も同じだ。君の選択で人が死ぬ」
それはアライアが殺したと言う事だ。
「はい。…わたくしは皇女です。わたくし自身の選択に国民の命が掛かっている事。死ねと命令していると言う事は理解し、覚悟しています」
けれど、と。
「…レイオス様が争いとは縁遠い環境でお育ちになったとはわたくしにも分かります。その人となり、雰囲気に皆知らない内に好感を持ってしまうのでしょう。ですが…」
アライアは一旦言葉を切った。
「ならばあなた様はどうなのでしょうか?同郷であるあなた様は」
「葛藤はもはや時の彼方だ…」
「よくわからんのじゃが、おぬしがあおきしをいじめたのじゃな?」
「まぁ必要な事だったからな」
「…おぬしがいうのだからきっとそうなのじゃろう。姉上、あおきしはきっとだいじょうぶなのじゃ」
何の根拠も無い幼い少女の願望だが、そうであれば良いと、俺もどこかで感じていた。
物語の主人公のような男は逆境で必ず立ち上がる。孝太郎も例に漏れずと言ったところだ。
優しさや騎士の鏡のような行動に陰りは見えないが、意思は以前よりも力強く成長していた。
既に幾つかの戦果を上げている。それが彼の選択であるのなら文句はない。
最近、シャルルを狙う暗殺者が多い気がする。
俺が護衛している関係上万が一も無いが、それでもアライアよりも多いのが異常だ。
今も戦場に向かう孝太郎。総司令として後方にいるアライア。
そして屋敷でお留守番であるはずのシャルルの元に十体を超えるいつぞやの魔道兵。
屋敷は阿鼻叫喚。
襲撃による人死にまで出ている。
「シャルル殿下っ!」
駆け寄るマルリエッタ。
「おお、マリー。はやくこっちにくるのじゃ」
「そうではなくて、速く逃げないと…」
「わらわのきしがおるのじゃ。ここがいちばん安全じゃろう」
そう言ったシャルルの傍には黒い残骸が散らばっていた。
「アオ様?」
マルリエッタ視線がこちらへと向いた。
俺は今、銀の竜鎧を身にまとい、シャルルを背に守っている。
万が一も有ってはならないとシャルルを包むようにプロテクションを張っていたそれを手招きしたシャルルにあわせ解除。マルリエッタが近寄るとそれを包み込むように再度展開する。
「これは…魔法ですか?アオ様は魔法も使えるんですね」
「まあね」
ドゴーンと音を立てて再び家屋を破壊しながら現れる魔道兵。
「次から次へと」
この時代の人々にしてみれば巨大な敵も、アオにしてみれば動く玩具同然だ。
ソルの一振りで粉砕される魔道兵。
目的はシャルルの拉致か?いや、戦力的に殺害も視野に入れているな。
アライアが存命の段階で執拗にシャルルを狙う意味が分からない。
敵はアライアよりもシャルルの方を脅威に見ている?いや、そんな事は無いだろう。しかし、シャルルを殺すことにアライアを殺す以上の意味があるようでは有る。
その理由までは推測できないが…
しばらく本気でシャルルに引っ付いていないとかな。懐く彼女が殺されるのは流石に、ね。
アライアによる王都への進軍は今の所順調だ。
立ち直った孝太郎だが…極力相手兵を殺さないと言うえげつない方法を取っていた。
殺せばそれまでだが、負傷ならば救護や看護により負傷した一人以上の人間の足止めが出来る。
死兵になり全軍で突撃を仕掛けてこない限り足手まといを作ることは有用なのだ。
まぁ、それは結果であって孝太郎は殺したくないだけかもしれないが。
今日は厨房で寸胴鍋を煮込んでいる。寸胴は二つ。
小麦を取り出すとたらいのような大き目の器に入れ、上から水のような物を溶きいれていき、綺麗なダマを作りながら水分を均一にしていく。
それを寄せ集め一つの塊にすると力を入れてこねる、こねる、こねる。
「なにをしておるのじゃ?」
と、興味深々なのはシャルルだ。
時間は昼前厨房からは程よく日本人を引き付ける匂いが漂っていた。
「なんか良い匂いがするな」
「ベルトリオン。どこへいきますの」
それに釣られるようにして現れる孝太郎と、それをたしなめるように着いて来たクラン。
「蕎麦を打っているのか?」
「ソバとはなんじゃ?」
「シャルル殿下、ソバとは蕎麦の実を引いた粉で作る麺料理にございます」
とシャルルの問いに孝太郎が答えた。
「メン?」
「あー…そこからか。なぁクラン、フォルトーゼには麺食の文化は無いのか?」
「有りますわよ。文献では古代フォルトーゼでは既に食べられていたはずですわ」
「だが、シャルル殿下は知らないようだぞ?」
「それは…わたくしにも分かりませんわ。この時代の後に食べられるようになるのではなくて?」
「そうなのか?じゃあやばくないか?」
ひそひそと話し合う孝太郎とクラン。
「で、これはソバというものなのか?」
「いや、懇意の商人からかん水が手に入ったからな」
「かん水だってっ!?」
「きゃあ」
大声を張り上げた孝太郎に驚くクランの声。
「どうしたのじゃ?あおきし」
「もしかしてラーメンなのか?」
打つ麺は黄色身を帯びている。
「ああ」
答えている間に麺棒で生地を伸ばし折りたたむと菜切り包丁でカットしていく。
その太さは細い。
「細麺か」
「ああ。今日のスープなら細麺だろう」
カットした麺をほぐすと熱湯の中にくぐらせる。
その間に器に醤油、寸胴に用意していた鶏がらと魚介のWスープを割り入れ麺が茹で上がると湯切して器に投入、刻んだネギと、チャーシューを沿え煮卵を添えれば完成。
「おおおおおおっ!?ラーメンだ。ラーメンだぞクラン」
「それは分かりますわよ」
感動の声を上げたのは孝太郎だ。
「干物は手に入ったが生の白身魚はこの地ではな。さすがにナルトは作れなかった。あとメンマも」
筍が手に入らなかったのだ。メンマは流石に無理だ。
木を削りだしたお手製の箸を添えて孝太郎にラーメンを差し出す。
「い、良いのか?」
「何、麺はまだある。料理は趣味だが、誰かに食べてもらった方が作った甲斐があるだろう?」
そう言うと次の麺を茹でている俺。
「あ、ああ。それじゃぁ…いただきます」
麺を箸で掴みつるつると口へ。
「うまい…ラーメンだ…」
「他の感想はないのか、他の」
「い、いや…なんて言うか…余りにも感動するとこれ以外の言葉って出ないんだなって」
「わ、わらわの分はないのかっ!?わらわのっ!」
「皇女が食うような物では無いんだが…まぁいいか」
茹で上がったラーメンにフォークを添えてシャルルに差し出す。
「これは…あおきしとはべつのしょっきじゃが」
「シャルルは箸つかえないだろ?箸で食べた方が美味しいと思うが…今日の所はな」
「むぅ…」
シャルルはむくれるが、反論できず。
「そう言えばクランは普通に箸を使えているな」
と孝太郎。
「フォルトーゼ皇族はどの料理が出てきても問題の無いようにテーブルマナーをしこまれますもの。箸もフォルトーゼの伝統食器ですわ」
「だが、この世界には箸はまだ無いみたいだぞ?」
「うぅ…どう言う事なのんですの…」
小声でひそひそと密談している孝太郎とクラン。しかしその話題は平和だ。
「うまいのじゃ。アオ、これをもういっぱい作ってもらえぬだろうか」
「別に構わないが」
どうするんだ?とシャルルに問いかけた。
「姉上に差し入れするのじゃ」
「ふむ。了解しました、マイプリンセス」
「うむ。よろしくたのむぞ。とびっきりに美味しいやつをな」
「まさか、これがフォルトーゼの麺食の始まりなんて事は…ありませんわよね?」
クランのつぶやきは誰に聞かれることも無く消えていった。
襲撃以来どこに居ても危険は一緒と、シャルルも行軍についていく。
実際どこにいようと戦場の真っ只中でなければ彼女の状況は変わらないだろう。
…巨大なドラゴンが街を焼きに出てこなければ。
何を言っていると思われるかもしれないが、今目の前には巨大なドラゴンが接近してきているのが遠目にも分かる。
赤い鱗に鋭い牙。勇壮な巨体は見て圧巻する。
「あちゃー…これは人間には無理だろ」
オーバーテクノロジーを搭載した孝太郎とて危険な相手だ。
街は阿鼻叫喚。しかし、何処に逃げれば安全なのか、それすらも分からない状況だ。
「あおきしはかてるかのう」
と、シャルルが言う。誰に問いかけたと言うわけではないのだろう。しいて言えば自分にだろうか。
「竜を倒す人間はいる。古来より竜退治の英雄の話は何処の国にもあるだろう。しかし、それを成しえるのは英雄だけだ。レイオスは英雄足りえるだろうか」
そう俺が返した。
「えいゆう?」
「だが、流石にもう二体はな…」
「え?」
肉眼ではまだ米粒ほどだ。俺の眼でようやくと言う距離に二匹の竜が飛んできていた。
一匹目は孝太郎がどうにか善戦している。遠くの二体の体つきは一体目よりは小さく見える。だが…
「アオ…」
きゅっと無意識にシャルルの手が俺の裾を握った。
「ありゃ無理だな。逃げるか」
「それはできないのじゃ」
領民を見捨てては逃げられない。小さいながらも皇女と言う事か。
ガシガシと後ろ頭をかくと意を決して印をくみ上げた。
木遁・木分身の術。
細胞が分裂するように現れるもう一人の俺。
「ぶ、ぶんれつしたのじゃっ!?」
「アオ様っ!?」
護衛に残ったマルリエッタも驚いている。
驚くのはいいが、せめて分身って言ってくれ。
「護衛は俺がする」
「任せる」
木分身を護衛に残して本体は中庭へと移動すると呪力を高めた。
腕に鱗が生えてくる。爪はするどく鉤爪に、背中には力強い翼。体躯は大きく変化し20メートルほどだろう。
この時点で最初に襲ってきた竜と同じほどの大きさだ。
バサリと背中の羽が空気を掴むと空中へと飛び上がる。
広場は突然現れた銀竜に絶叫の声が響き渡っているが、無視だ。
最初の一匹は孝太郎が相手取っている。
現れた二匹は俺の姿を見ると口元に魔力を収束、炎に変質させてプラズマ熱線を撃ち出してきた。
ならばとこちらもとチャクラを口元に集める。黒いチャクラだ。
途中で尻尾が連結した蓮のようにオーラが覆い、その脇から二本尻尾が現れ三本になる。
ダンッ
風を置き去りにして放たれたその黒い塊、尾獣玉は放たれた二発のプラズマにぶつかるがその質量をものともせずに押し切り、逆に二体のドラゴンへと迫る。
「キュアア」
慌てて旋回し尾獣玉を回避したようだ。
…
…
…
「もう駄目ですわ…」
一匹目の竜、火竜帝アルゥナイアは孝太郎がどうにか退けた。
その代償は少なくなく、今の孝太郎は重症を負って気絶している。アルゥナイアを退けた孝太郎を褒めこそすれこの状況をどうにかしろと彼にすがる事はクランには出来なかった。
熱線が飛ぶそれを呆然と見ていたクランだが、目の前を過ぎる黒い塊を意識することが出来たのかどうか。
黒い塊が穿った空気が後方からクランに叩きつけられる。台風もかくやと言うそれを地面に臥せってやり過ごす。
「きゃーーーっ!?なんなんですの?」
必死に孝太郎をかばいながらも視線を空へと移すとその目の前を大きな三尾の銀竜が飛んでいくのが見えた。
「ま、まさか…銀竜…アイオリア…実在していましたの?」
後世の歴史学者や考古学者でもその存在を危ぶむ存在。
銀色の鱗をした竜がフォルトーゼの守護をしていたと言う伝説。
しかし、その実在はアルゥナイア以上に疑わしい物だったのだ。
「…しかし、なぜ?」
このタイミングで現れたのか。それはクランには思いもよらないも事だった。
…
…
…
幻術操作系の術はどうやら操られてていうようで効果が薄い。
人の身で相手をするには大きいと竜に変じたまでは良いが、さてどうしようか。
まずは位置取りがまずい。背後に街があるのは守るには大きい。
が、しかし相手がこちらの動きに乗るか分からない。
結局守りながら戦う事を選択肢から外せないか。
俺は四本に増えた尻尾を扇状に広げると、その尻尾から無数の木槍を飛ばす。
木遁・挿し木の術だ。
投げ槍のように放物線を描いて飛んでいくそれは、しかし規模で言えばおおきな散弾銃の様であった。
飛ばしているのは木だからな、火を吐ける竜たちには少し効果が薄いか。
次の瞬間、俺は火竜との距離をゼロにした。
クロックマスターで過程を省略し移動した結果だけを得る。すると瞬間移動したかのように距離を縮める事が出来るのだ。他の権能…ナグルファルでも可能だが、こちらは行程の省略であるので…
回転ざまに尻尾を一匹の火竜に叩きつける。加速したエネルギーもそのままに叩き付けたその尻尾の破壊力は瞬間移動では得られない物だった。
錐揉みしながら地面へと叩きつけられる一匹の火竜。
それに動揺することも無くもう一匹の火竜が炎弾を撒き散らす。
一発、二発とこちらに向かって放たれるそれを左右に旋回しながら回避する。
げ、地に伏したもう一匹の口が街を狙っている?
一瞬で距離をつめるとその顔を手で掴んで地面に打ち付ける事で攻撃をキャンセルさせる。
しかし、そこに降り注ぐ炎弾。
もう一匹のまだ健在の火竜が味方の被害もお構いなしにあられの様に撒き散らしたのだ。
着弾する炎弾。
だが、その炎は俺に害を成さない。魔力を変換して作られた炎弾は俺の身体に触れる前に魔力に戻されてしまうからだ。
それでもかの竜は炎を吐くのをやめない。
俺は睨み付ける様に見上げると、やはりクロックマスターで距離をつめた。
現れたのは炎弾を放つ火竜の上空。そこから身体を捻って尻尾を叩きつけると、自身の炎弾を超える速度で地面に叩きつけられ、そして炎弾が着弾する。
火竜は自身の火炎で焼かれていた。
俺は空をぐるりと飛び回るとそのまま姿を消した。
一方で木分身の方は状況の説明に追われていた。
「竜にへんしんしたのじゃっ」
飛び立った銀竜は黒い塊をその口から撃ち出し炎弾を打ち消した。
「怖いか?」
と言う俺の問いかけにすまなさそうな顔でアライアが答える。
「…うん」
「それで良い。人とし正解だ」
少し寂しいけれどね。
「でも…」
と一泊置いてシャルルが言葉をつなげた。
「アオの事はこわくないのじゃ」
彼女の精一杯の誠意の表れだった。
「そうか。ならば負けられないな」
ぐりぐりとシャルルの頭を撫で回す。
「い、いたいのじゃ、やめるのじゃ」
気まぐれにと護衛していたが、この彼女のためならば護衛するのも良いのだろう。
火竜帝アルゥナイアとの戦いで負った孝太郎の傷が癒えた頃、アライアとどこかに出かけた孝太郎はおっかない力を放つ剣をもって帰ってきた。
「それ、…どうしたんだ?」
「この剣か?これはアライア殿下を俺に与えた下さった物だ」
「それは宝具…いや、神造兵器じゃないか…なんておっかない物を…」
と言う俺の言葉に目を見開いたのはアライアだ。
「アオ様には分かるのですか?」
「本物を見たことがあるからな」
「なっ!?この剣は今まで封印されていたのですよ?」
「ああ、誤解させたようだ。そうじゃない。その剣は初見だよ。だが…色々、宝具を見たことがある身としてはその剣を見れば一目でそうとわかる」
「他にも神託の剣のような宝剣が有るのですか!?」
「その魔剣ほどのものはそうそうないが、俺もかつて持っていたな」
「魔剣?神剣だぞ、これは」
と、孝太郎。
「いや、魔剣だろ。命をか「アオ様っ!」…なんだ?」
アライアが大声を張り上げ瞳で語る。
言うなってか?
分かったよ。
「ふむ。封印を解いたと言ったのなら、それを使うのだろう?」
「使わないですむなら、そう思っているよ」
ふむ。
「少し見せてくれないか?」
「ん、ああ。はい」
信用しているのか、何の抵抗も無く柄を渡す孝太郎。だがもう少し人を疑え。
スサノオから簒奪した権能を発動。偸盗でこの魔剣、シグナルティンを堕としにかかる。
「何をやってるんだ?」
俺のオーラが剣を包み込んだのを孝太郎も感じたのか声を張り上げた。
能力がシグナルティンとアライアとの繋がりを絶とうとした瞬間、アライアが絶叫する。
「やめてーーーーーーっ!」
「アライア殿下っ!」
駆け寄った孝太郎は心配そうに方膝を付き苦しそうにするアライアを抱き起こす。
「何をしたんだっ」
詰問する孝太郎の声は荒い。
「この剣とアライア殿下との繋がりを絶とうとしたんだが、アライア殿下は嫌だったらしい」
肩をすくめる。
「只人の半分の命では大した威力も発揮できないだろうが…それで丁度良いのかもしれないな。…でないと…」
と、俺は手に持ったシグナルティンにオーラを込める。
途端に地面が地鳴りを上げる。
「この星を破壊しつくすのに一週間は掛かるまい」
オーラの供給をやめ、霧散させるように誘導し、破壊エネルギーに置換されること無く元にもどした。
くるりと剣身を地面に向けるとざくりと突き刺しその手を離した。
今日は孝太郎、アライアと俺とで真剣での模擬戦を行う事になった。
提案したのは俺だ。シグナルティンが宝の持ち腐れにならないように必要なことだろう。
シグナルティンの力は単品ではあやふやで、実際は振るう剣士と、制御する魔術師の二人セット出なければ真価を発揮できない。
今回はその為の習熟だ。
余り人に見せる事も出来ないと訓練場にはシャルルやクラン、フレアなど顔見知りが少数ほどだ。
今回の俺は流石に銀の竜鎧を着込む。
しかし、その手に持つのはソルではなく神々しい槍だ。
「なんかその槍すごく強烈な気配がするんだけど」
とは孝太郎だ。
「それはそうだ。これは神具の一種だ」
「なっ!?」
驚きの声を上げたのはアライアだ。
「暁の女神さまの神具が二振りあるなど…」
「ああ、違う違う」
と首を振る。
「この槍の名前は大神宣言と言う。そう言えばレイオスには分かるか?」
これは霊的に身体の内に入れていたために俺が実体になってしまった結果コピーされてしまった神具だ。
流石に神具の相手はソルだと彼女が心配だ。
「なっ!?」
今度は孝太郎が驚く番だった。
「グングニール?グングニールとは如何なる神具なのですか?」
とアライアが孝太郎に問いかけた。
「俺も詳しくは知らないが、北欧神話の主神、オーディンが持つ槍、で良いのか?」
「そうだな」
「なんであんたがそんな物を持っているんだよ。て言うか本物か?」
「本物か偽者かの関係は実際はどうでも良いだろう。しかし、それに見合う神秘を秘めているのならな」
「そう言うものか?」
「そう言うものだ」
さて、槍術は余り得意ではないのだが、な。
互いに刃先を向け合い試合開始だ。
戦争を経験したからか孝太郎も臆さずにシグナルティンで受けた。
キィンキィンと剣戟の音にあわせて呪文を詠唱する。
「ラナ・デル・ウィンデ」
「なにっ!?」
受けたと思った瞬間にエアハンマーの魔法が吹き荒れる。
「レイオス様っ!?」
吹き飛ばされる孝太郎。
「アライア。あんたは後ろで見ているだけなのか?シグナルティンは一人では真価を発揮しないぞ」
何のために二人での模擬戦だと思っているんだ。
「アライア殿下。大丈夫です。あいつの挑発には乗らないで下さい」
「…いいえ、あれは挑発では有りません。あれはあの人なりの指導なのです」
「そうなのですか?」
「ええ。だから次は二人で行きましょう」
「はい」
再び剣戟からのエアハンマー。
「今度は問題ありません、レイオス様っ!」
その言葉どおり、エアハンマーはシグナルティンに切り裂かれるように魔力へと変換され消失した。
「結合分断能力…ディバイダーの能力もあるのか…流石に神造兵器だ」
とと、愚痴をこぼしている暇は無いな。
周囲から凍結した氷柱が降り注いでくる。
アライアの魔法だろう。
アライアはシグナルティンと契約してから魔法が使えるようになったらしい。
現象への介入が得意なようで、氷柱のような氷柱の投射や雷の落雷なんかが出来るらしい。
地面を蹴って避けながら孝太郎へと接近する。射撃魔法ゆえに孝太郎に接近されると途端に取れる魔法が少なくなるのが今のところの悩みの種だろう。
アライアの魔法を避けるために再び近接戦闘を繰り広げる俺と孝太郎。
「くっ」
押される孝太郎は苦悶の声を上げ始める。
「避けてください、レイオス様」
次の瞬間、真上から落雷が降り注ぎ、俺と孝太郎は互いにバックステップ。落雷が二人を分断する。
雷が降り注ぐ最中アライアは詠唱を変化させていた。
『我が名はアライア!マスティルに舞う白銀の粉雪。我が名、我が命を糧として我が騎士に栄光を』
シグナルティンが込められた魔力、願いに呼応して白銀に光り輝く。
「おおおおおっ!」
力いっぱいシグナルティンを振り上げている孝太郎。
「ちょっ!おまっ!それはヤバイだろっ!?対軍宝具じゃないかっ!」
焦る俺。
振り下ろされれば彼のエクスカリバーの一撃とも言える威力で当たりを破壊するだろう。
「いっけーーーーーっ!」
いけーじゃないっ!
撃ち出された白銀の閃光。
避けるか?
げっ!?いつの間に真後ろにシャルル達がっ!?
『マルチディフェンサー』
ナイスだソルっ!
防御魔法で威力を裂きつつゼロエフェクトと呪力耐性とでシグナルティンの攻撃を攻撃色の無いものに返還させていく。
純魔力攻撃だからこそ可能な荒業であった。
衝撃派が収束した所でグングニールを構えると呪力を込めて投げ放つ。
「グング…ニール」
「うぉっ!?」
投げはなったグングニールは狙いたがわずシグナルティンにぶつかり弾き飛ばした。
クルクルと戻ってくるグングニールを引っつかむと孝太郎に駆け寄って首元へとグングニールと突きつける。
「終わりだな」
「…ああ、俺たちの負けだ」
「そうだな…だが」
俺は一度言葉を切って首を振ると言葉を続けた。
「さっきの攻撃はここぞと言う時意外使用禁止だ」
「あ、ああ…そうだな。あれは俺もびっくりしたよ」
びっくりですんだのは俺が何とかしたからだが…まあいいか。
取り合えずシグナルティンの習熟は問題ないだろう。
夜。
バルコニーで夜風に当たっていると、蒼銀の髪の女性がやってきた。
アライアである。
その面持ちは硬い。
周りには人の気配は無い。この時勢でやる事ではないのだろうが、それをするべきと判断するような重要な案件のようだ。
「風が気持ちいいですね」
「…はい」
アライアは間を空けてうなずいた。
しばらく沈黙が支配する。しかしアライアはようやくと意を決して言葉を発した。
「アオ様は…」
躊躇うように、一度言葉を開ける。
「アオ様はどれほどのお力をお持ちなのですか?」
と問う彼女の表情は真剣だ。
「ただの人間なんて千いようが万いようが…たとえ億いても敵わないくらいには強い」
超越者や神、神殺しのレベルじゃなければ相手にはならないだろう。もしくは高度に発達した超兵器であろうか。
決して無敵ではないが、この時代のレベルの人間に遅れを取る事は無い。
「シグナルティンはあなた様を止める一手になるのでしょうか」
「俺が怖い?」
「…はい」
おずおずと、しかししっかりとアライアは返答した。
「俺と同レベルの使い手の手に有るのならな。…言い方は悪いがアライア殿下とレイオスでは不可能だろう。二人では俺が持ったあの時の十分の一の威力も引き出せまい」
「そうですか…」
そうとは俺の力の事を言っているのか、シグナルティンの強さの事を言っているのか。
「とは言え、二人が協力し合えば相手の軍なんて物ともしないだろう。…俺としてはそう言う使い方はして欲しくないけれど」
「どうしてでしょうか?」
「人の争いに神威を持って解決に当たるのは良い結果を得ない。勝ったのは神の威光を借りたアライアが勝ったのであって、極論すれば勝ったのは神だ」
「いけないことでしょうか?」
「いけなくはないな。だが、神威が只の兵器となれば面倒な事になりそうだ。兵器の形をしていればそれを得るのは容易だろう?」
「…はい。なんどもそのような経緯があってあの神託の剣は封印されたのです」
「それを分かっていても解くか。…レイオスの為か?」
「軽蔑しますか?」
「為政者としてはね。…ただ、人として嫌いじゃない」
為政者としてはしてはならなかった。それは絶対だ。
「レイオスの身を守るためだけに使うに留めるべきだな。民への喧伝はしないほうが良い」
「…はい」
こくりとアライアは頷いた。
「アオ様。あなたは思慮深いお方ですね。あなた様のお力が有ればこの戦争は直ぐにでも終わると言うのに、それでもあなたは民に血を流せとおっしゃる。それは一人の武力で片付けてはいけない事を良く分かっていらっしゃるから」
「面倒事が嫌いなだけだ」
「まぁ。くすくす、そう言う事にしておきましょう」
入ってきた時とは打って変ってクスクスと笑い出すアライア。
実際面倒なだけなんだがな。
「それはそうと、アライア」
「はい」
何ですか、とアライア。
「魔剣に命の半分を差し出したな」
「魔剣ではありません、神剣です」
「人の命を食う剣なんてものは誰が作ったにせよ魔剣だろう」
「それは…」
「命の半分が無いんだ。身体も動かしづらいのだろう?」
実際彼女の動きは以前に比べようもなく緩慢だ。
「はい…」
隠せないと悟ったのかアライアは正直にうなづいた。
「元凶を断ってやろうとしたのに、わがままなお嬢さんだ」
「それは…すみません」
「いいさ。それだけレイオスが好きだと言う事だろう」
「あ、あの…」
「肯定しなくても良い。推察だが…間違ってなかったと言う事にしておく」
「それはそれで困るのですが…」
「となれば、残った半分でも日常生活くらい送れるようにならないとな。レイオスが心配するぞ」
「ですが、それは…」
出来るはず有りませんとアライア。
「幸か不幸か精孔は開いてしまっているからな。訓練しだいで何とかなるだろ」
「精孔?」
「生き物が持っている生命エネルギーは普段はそこまで活性化していない。通り道をせき止めている物があるからだ。しかし、何かの拍子にそのシコリが消え去ることがある。その状態を精孔が開いたと俺は言っている」
「はぁ…」
「開いたと言っても開いただけではただの垂れ流しだ」
見えるか?と問いかけた後オーラを放散させる。
「それは?」
どうやら少しばかり濃度を上げてやることで俺のオーラが見えたようだ。
「俺はオーラと呼んでいるな。まぁ霊力と呼ぶやつもいるし、魔力と呼ぶやつもいる。決まった呼び名は実は無い」
「オーラ?」
「…この状態でも常人よりは身体能力は上がるが…せめてそれを留め置かないともったいないだろう?」
そう言って俺は『纏』をしてオーラを留めた。
「流れっぱなしのオーラを留められれば日常生活に困らないくらいにはなるだろう」
「…教えていただけるのでしょうか」
「じゃ無かったらこんな会話はしないな。ただし他言は無用だ。流石に危険な技術だからおいそれと使える人が増えるのは好ましくない。だが…まぁアライア殿下が覚える気が有るのなら、な」
アライアは少しの逡巡の後に答えた。
「…お教え願えますか。アオ様」
「了解した、マイプリンセス」
教えるのは纏までだ、それなら構うまいとアライアの念修行を請け負った。
戦は戦勝が続き、ついに王都へと到着した。
先にレイオス達が王都に入り、アライア、シャルルは後続を勤めている。
それはほんの少しの油断であった。
伝令の言葉で少しの間シャルルはアライアと離れたのである。
そして襲撃を受けた。
襲撃した者が人間であったなら、アライアをああも容易く連れ去られなかっただろう。
しかし、襲撃してきたのは黒い獣のような何かだった。
「まったく…次から次へと…」
そう言って俺はシャルルを背に守りながら銀の輝く腕でソルを握り黒い何かを切り裂いていく。
黒い魔物と魔道兵がまったくと言っていいほど減らない。
ここが総力戦とでも言っている様だ。
この総力戦とも言える軍勢に俺は縫いとめられ、シャルルを守りきる事は出来たがアライアは浚われてしまった。
早馬でこの事態を孝太郎に知らせたのがいけなかったのか。
彼はこちらに合流することなくアライア救出に先行してしまった。
俺たちが追いついた頃には事態は解決、首魁のマクスファーンと言う男を始めクーデター一味はこの世界からはじき出されたらしい。
そう、はじき出されたのだ。クランの使った未来平気でその存在ごと外宇宙へだ。
よほどの運が無ければ彼らは生きてはいまい。
孝太郎から聞いた話だが、彼らはシグナルティンが欲しかったらしい。そのためだけにクーデターを起こし、アライアが宝剣の封印を解く様に仕向けた。
後世の歴史家は考えもしないであるクーデターの真相であった。
アライア陛下の戴冠式の日。
その歓声をBGMにこの世界を離れようとしている人たちがいた。
「ほら、あなたも行きますわよ」
クランに引っ張られるように揺り籠に乗せられる俺。
「いや、それがさー。俺の場合戻っても俺がいるわけで」
「何を意味の分からない事を言ってますの?」
「ここに居る俺はコピーだったはずなんだけど、実体を持っているんだよね。つまりもとの世界には本体の俺が居る訳。そこに俺が帰っても混乱させるだけなんだよね」
「はぁ?」
流石のクランも理解が追いつかないようだ。
「まぁそう言う訳だから、俺は残るよ。歴史は修正した。大まかな流れは変わらないのなら大河の下流は変わるまい」
そう言うと揺り籠を飛び降りる。
同時に彼ら二人の記憶を改ざんしておくのも忘れない。
虫の知らせか、戴冠式の最中にも関わらずアライア達が見送りに来ていた。
アライアもシャルルも盛大に手を振っていた。
その感動シーンに着地する俺。
「ぬわっ!?アオ、おぬしはかえらぬのか?」
驚きすぎだぞ、シャルル。
「なっ!?アオ様。あなたは未来の世界に帰られなくてよろしいのですか?」
おっと、そっちは詳しい事情を孝太郎に聞いていたんだが。
俺なんか最後まで聞かされずに推察で自己完結したというのに。
「あっちにはあっちで俺はいるから問題ないな」
いや、実際はさびしいよ?でも二人に増えてしまったんだから仕方ない。いまなら世界の壁、時の流れに邪魔されて諦めがつくし…ね。
「そうなんですか?」
「つまりアオはのこってわらわの騎士をつづけるのじゃな?」
「まぁそれもいいか」
「うむ。よきにはからうのじゃ」
そう言うとシャルルが力いっぱい抱きついた。
シャルルを抱えつつ揺り籠を見送る。
彼らが無事に帰れますように、と。
後書き
本編ですらない番外編へのクロス。読んでいる方の大半は意味も分からなかったと思います。原作の知名度も低いですしね。取り合えず完結まで持っていけた二作品をエイプリルフールと言う事で掲載させていただきました。他にも書いては破棄、書いては破棄とうまく行きません。次回投降がいつになるのかも分りませんが、…そろそろ戦闘物を一回くらい離れた方が良いのかも知れませんね。
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