竜のもうひとつの瞳
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第二十五話
一度は変態の立入を許したとはいえ、流石に二度もあんなことはしたくないとより重力の結界を強化することにした。
最初は潰されるからと近寄ろうとしなかった変態も、私達が全く構ってくれないからと
わざと結界に嵌って潰される感覚を楽しんでるから救えない。
いっそのこと踏み入った瞬間潰れるくらいの結界を張ってやろうかとさえ思うけど、
流石にそれは疲れるし、何より他の人を巻き込んだら居た堪れない。
あの変態に仕えてる人達も、自分の主だから仕方なくって感じで命令聞いてるっぽいし。
なら仕えるなよって思うけど、どういう人間かまでは仕えてみないと分からないってのはあるからなぁ……それに生活かかってるわけだしね。
例えば政宗様のお父さんである輝宗様だって見た目からして温厚な人だったけど、
自分の小姓片っ端から手ぇつけてたってのは仕えるまで分からなかったし。
っていうか、よく小十郎は無事だったこと……。
……そう考えたら息子の所業はまだまともな方か……って、流されちゃ駄目だってば。
でも一番嫌なのは、圧死したところを見たくないからってのが大きいかなぁ。
はっきり言って、アレは酷い。いや、それを過去にやったのは私なんだけども。
恍惚の表情と声でぐちゃって潰れたところなんか見ちゃったら、もう私死のうかなって気になるもん。
それにアイツが死んだら夜な夜な私の枕元に立って、苛めてくれって言ってきそうな気さえするしさ。
「こじゅ~ろぉ~……私もうヤダ~」
そんなことを言って抱きついたりなんだりして何とか誤魔化してはいるんだけれども、
そろそろ変態の顔を見るのも嫌になって来た。
どうにかして逃げ出したいところではあるんだけど、如何せん鎖を断ち切る事が出来ない。
私も小十郎も鎖を引き千切れるだけの力は無いし、能力も役に立たない。
牢の木枠くらいなら吹っ飛ばせるけど、流石に鉄はねぇ……。
せめて誰か抱き込めれば良いんだけど、食事を運びに来る侍女さん以外はあんまり人来ないしなぁ……。
「何か逃げる手立てがあれば良いのですが……」
手立てねぇ……。この際、牢番や侍女さんを抱きこんで鍵持ってこさせるかぁ。
幸い、こっちに食事運びに来る人の何人かは、私か小十郎かのどっちかに惚れてるって顔してるし。
「小十郎、もうこの際形振り構っていられないわ。とりあえずここから逃げることを優先しよう」
「はい、ですがどうやって」
「ちょっと耳貸して」
作戦を伝えるべく小十郎の耳元で概要を話す。
最初は真面目に聞いていた小十郎も次第に眉間に皺を寄せ始め、最終的には顔を引き攣らせて私を見ていた。
「そ、そそそれを小十郎にやれと!?」
「馬鹿、声が大きい……私が出来るんなら私がやるわよ。
アンタだって無駄に二十九年も生きてきたわけじゃないでしょ?
だったらそれくらい出来るでしょ。上手か下手かは別にしても」
「し、しかし……」
それでも腹が決まらない、そんな様子の小十郎に私も痺れを切らして、はっきりと言ってやった。
「じゃあ、何? ここで一生あの変態の側室やるつもり? そりゃ、小十郎が抱かれたいって言うんなら私は止められないけど」
「やらせていただきます」
分かれば宜しい。即答で返ってきたところをみれば、やっぱり小十郎も嫌がってたってのは分かる。
ま、あんな変態っぷりを見せられて好む方がどうかしてる。
黙って立ってりゃあなかなかのイケメンなんだけどもねぇ……残念すぎる。
そんなことを言っている間に誰かがこちらに近づいてくる気配がした。
私は慌てて何事も無かったかのように取り繕い、小十郎に目配せをする。
「分かってるわね?」
小声でそう言ってやれば、小十郎は頷いて答えてくれた。
一体どちらに気のある奴が来るのかとドキドキしながら待ち構えていると、近づいてきたのは牢番さんだった。
あちゃー、これは私狙いじゃなくて小十郎狙いの方だわ。
ちなみに牢番さんは男です。女の人ではありません。
ちらりと小十郎を見てやると、物凄く泣きたそうな顔を一瞬だけ見せたけれどすぐに表情を戻していた。
そして軽くこちらの様子を見て立ち去ろうとする牢番を小十郎が呼び止める。
「おい」
「な、何でしょうか」
急に呼び止められて驚いたのか、牢番がうろたえている。
手招きをする小十郎に戸惑いながらも、牢番はゆっくりと格子に近づいてきた。
「……随分と可愛い面してるじゃねぇか」
にやりと笑った小十郎は完全に悪人顔だ。牢番はそんなことを言われて顔を赤くしている。
なんだか恐ろしい光景だったけど、とりあえず私は黙って事の成り行きを見守ることにした。
「俺の相手しろよ」
「なっ、何を仰いますか! あ、貴方様は光秀様の御側室で」
顔を赤らめてしどろもどろに話す牢番に、随分と小十郎が艶っぽい表情を見せて笑っている。
でも、それが若干引き攣っているように見えるのは、私だからかもしれない。
あの子の表情くらい見破れないでお姉ちゃんはやれませんよ。
「固いこと言うんじゃねぇ。……あんな変態の相手よりも、テメェの方がずっといい。
おっと、悪いが鎖で繋がれてるんでな、遊んでやりたいんだがそっちに行けねぇんだ。
流石に牢の鍵を持ってくると変態に怒られんだろ? 鎖の鍵の方持って来い」
小十郎が説得するも、牢番は戸惑って返事をしようとはしない。
あともう一押し、というところなんだけど……さて、どうしたものかしら。流石に私は手を貸せないしね。
そんなことを考えていたら、小十郎が私の予想を遥かに超えるようなとんでもないことを言い出した。
幸村君辺りが聞いたら、破廉恥でござるーって叫ぶ前に噴水のように鼻血噴いて倒れるようなことを。
しかも普段絶対見せないような誘う顔して、ご丁寧に着物まで肌蹴て見せちゃってまぁ……そりゃ反則ですよ。
その顔と低音ボイスでそんなこと囁かれたら私だってくらっとするわ。押し倒しちゃうっての。
牢番は茹蛸みたいに真っ赤な顔をして何処かへと走っていく。
気配が遠のいたのを感じてから小十郎を見れば、あの子ったら泣きそうな表情に戻って膝を抱えて
顔を伏せていたから呆れてしまった。
「……今すぐ死にてぇ……」
同じことやったら私も多分死にたくなると思うけど、この生真面目な弟に関してはかなりダメージが大きかったんじゃないのかと思う。
だってさ、軟派なことは嫌いだって豪語するくらいだもん。ああいうのは小十郎には向かないよ。
でもここで折れられると困る。まだ鍵を持って来てもらってはいないのだから。
「いや、小十郎にしては良く頑張ったって。でもあともう少しだから。もう少しだけ頑張って」
とりあえず慰めて最後まで持たせようと優しく声をかける。
すると小十郎は今にも泣きそうなくらいに涙を溜めて私を見るからなんとも言えない気持ちになってしまった。
いやいや、気持ちは分かるけどさぁ……三十近いんだからそんな泣きそうな顔するの、止めようよ……。
「姉上、今すぐ殺して下さい……いえ、腹を切るので介錯をお願い致します……」
「気持ちは分かるけどまだ心折れないでって。折角頑張ったんだし、あともう少しだけ頑張ろう? ね?」
近づいて頭を撫でてやろうとしたところで牢番が戻ってくる。
私は小十郎から離れて、小十郎もまた顔を上げて涙を拭いて出迎える心の準備をしている。
「か、鍵を」
「格子から投げてくれ」
言われた通りに投げ渡されて、素早く小十郎は鎖を外した。それを私に投げ渡して、牢の格子に向かって小十郎が手を翳す。
翳してから間を置かず、物凄い光と音と共に格子が粉々に吹っ飛んでいた。
「……誰がテメェなんかにそんなことをするか! テメェはあの変態の相手でもしてろ!!」
完全にキレている小十郎に私も鎖を外して近づいていく。
私が優しく小十郎の頭を触れれば、瞬時に極殺が解けて私に抱きついてきた。
いやぁ……こういう行動を小十郎が取るのは本当に珍しい。
大人になってからこんなことやったのって、無かったような……。本当に嫌だったわけね、この子は。
「姉上……」
小さい頃に私に抱きついて泣いていた小十郎をうっかり思い出して懐かしくもなっちゃったけど、
今はそれを懐かしがってる場合じゃない。だって、下手したら変態に掴まっちゃうもの。
とりあえず、小十郎の頭を撫でて軽く宥めておくことにする。
「よしよし、よく頑張ったよく頑張った。後で好きなだけ泣かせてあげるから、とりあえず脱出しよう」
「……はい」
涙目の小十郎の手を引いて、私は何処かへと繋がっている階段を駆け上がっていった。
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