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英雄伝説~西風の絶剣~

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第10話 悪夢はふと訪れる

 
前書き
 

 
side:フィー


「あれ、ここはどこ……?」


 気がつくとわたしは真っ暗な空間にいた、辺りは闇で覆われて音もしない。


「誰もいないの?」


 団長やマリアナ、それにゼノやレオ…西風の旅団の皆の姿が無い、そして……


「リィン……?」


 わたしの兄であり大切な人……リィンも見当たらない。


「リィン、皆……どこにいるの?返事をしてよ……」


 いくら歩いても誰も見つからない、唯暗い闇だけが辺りを包んでいた。


 ……怖いよ、また一人ぼっちになっちゃったの?皆と出会う前のわたしに戻っちゃったのかな……皆に会いたいよ。


「ん、あそこにいるのは……」


 前も分からない空間を歩いていたわたしの目の前に人影が見えた。微かに見える黒髪に黒いジャケット、腰に刀をさした私より少し年上に見える男の子のようだ、あれは……


「リィン!」


 間違いない、あの後姿はリィンだ。良かった、彼もこの空間に迷い込んでいたのかな?とにかく早くリィンと合流しないと。


 わたしは一目散に走り出した。


「リィン!待って……リィン!」


 おかしい、どれだけ走っても彼に追いつけない。それどころかわたしは走ってるのに歩いているリィンとの差が縮まらない、それどころかどんどんと離れていく、声を掛けても止まってくれない。


 どうして……どうしてリィンに追いつけないの?いや、お願い。行かないで……


「わたしを……わたしを一人にしないで、リィン―――ッ!!」




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 ガバッ


「……はッ!?」


 あれ、ここは団のアジト……?


 辺りをキョロキョロと見渡すとそこは西風の旅団のアジトの一室だった、良かった、さっきのは夢だったんだ。


「そうだ、リィンは……!」


 わたしは直にベットから飛び起きて彼が寝ているベットに向かう。リィン、いるよね、夢みたいにいなくなったりしてないよね……


 そしてリィンが寝ているベットを覗き込む、そこには……


「すぅ……すぅ……」


 寝息を立てて幸せそうに眠るリィンの姿があった。


 良かった、やっぱりさっきのは夢だったんだ……あれ、安心したら涙が出てきちゃった。


「んん……あれ、フィー……どうしたの?」


 リィンが目を擦りながら起き上がる、わたしはポスンッと彼の胸に頭を預けた。


「フィー?どうしたの、何だか泣いてるみたいだけど……」
「ううん、何でもないの、少しだけこうさせて……」
「う、うん、よく分からないけどいいよ」


 リィンは困惑しながらもわたしの頭を撫でてくれる……この小さくても暖かい手、リィンの手だ。


 わたしはマリアナが様子を見に来るまでリィンに撫でてもらった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー
 

side:ルトガー


「ふんふ~ん♪」


 マリアナが鼻歌を歌いながら料理をしている、マリアナは猟兵にしては珍しくちゃんと料理ができる、俺達だと取り合えず食える状態、つまり焼くくらいしか出来ない。
 マリアナが料理をするのはリィンとフィーの為でもある、二人は育ち盛りの子供だしたまには栄養のある物を食べさせないとって気にしてるみたいだ、まあ生長期の終わった俺達おっさんはいいとして二人にはいいもん食って欲しいからマリアナには感謝だな。


「姐さんの料理久しぶりやしホンマ楽しみやわぁ~」
「しかし本当に手伝わなくていいんだろうか……」


 まるで欲しかった玩具を貰える子供みたいに目を輝かせるゼノとマリアナ一人にやらせていることに何やら罪悪感を感じているレオが座っている。
 まあ俺達が手伝っても邪魔にしかならないしここは任せようぜ。今はどっちかっていうとあっちの方が気になるんだが……


「………」
「えっと……」


 朝からリィンの右腕にくっ付いているのは西風の旅団の姫であり俺の子の一人、フィーだった。


(おい、なんかフィーの様子おかしくないか?)
(確かに……いつもリィンの側にいるが、今日は鬼気迫るといった雰囲気だ)
(大方ボンが何かしたんやないか?)


 ヒソヒソと喋る俺達を見てリィンは不思議そうにしていた。様子を見てると喧嘩したわけでもなさそうだな、むしろ絶対に離さないという気迫さえ感じる……リィンが関係してるとは思うが、う~ん……


「はい、私特製とれたて卵をふんだんに使ったオムレツとしゃっきり玉ねぎやほっくりポテト、魔獣の赤身をいれたシチューが出来たわよ……って貴方達何してるの?」


 料理を運んできたマリアナが怪訝そうな顔で俺達を見ていた。やれやれ、後でリィンから話しを聞くか。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:リィン


「ふう、やっぱり姉さんの料理は美味しいなぁ」


 朝ごはんを食べ終えた僕は団長に呼ばれて今団長の所に向かっている。


「でも今日は何だかフィーの様子がおかしいような気がするな」


 とにかく僕の側を離れない、普段からよく一緒にいるが今日は特にその傾向が強い。今も団長の元に行こうとしたが中々離してくれなかったし様子がおかしいのは確かだ。


「団長、リィンです」
「おお来たか、入ってくれ」


 扉を開けて団長の部屋に入る。


「団長、一体何の用件ですか?」
「ああ、そうたいしたことじゃないんだがフィーの事だ」


 団長の言葉に僕はちょっと納得した。今日はフィーの様子がどうもおかしい、団長もそれに気づいたんだ。


「単刀直入に聞くが、お前何かしたか?」
「いや、特に覚えはないんだけど……」


 ここ最近はフィーと特に何かあった訳でもない。そもそも昨日は普通だったのに今朝からあんな風になってたから心当りはないな。


「そうか、お前にも心当たりがないのか……一体どうしたんだろうな」
「話を聞いてもはぐらかされるし……う~ん」


 本当にどうしたんだろう、心配だな。


「お前、今日は仕事が無かったな?」
「うん、今日は無かったよ」
「なら今日はフィーと町にでも行ってこい」
「フィーと?」
「最近フィーと過ごす事が少なくなってないか?もしかしたら寂しがってるのかも知れないぞ」


 確かに…フィーと過ごしたのって二週間前のレグラム以来だ。


「そうですね、最近はフィーとの時間を疎かにしてました、だから今日はフィーと過ごしてきます」
「ああ、楽しんで来い」
「はい、団長、ありがとうございます」
「ちょっと待て、お前に渡すものがある」
「え、何でしょうか?」


 団長は懐から何か機械のようなものを取り出した。


「団長、これは?」
「こいつは前にシュミットのおっさんから依頼を受けた時に、報酬として作ってもらった特別な導力器でな。スイッチを押すと俺の持っているもう一つの導力器に合図が来るようになっているんだ。何かあったらそれを押すんだ、唯12セルジュしか反応しないらしいから気をつけろよ」
「あの人ですか……正直僕は苦手なタイプです」


 G・シュミット……導力器を発明した『エプスタイン博士』の弟子の一人で帝国随一の頭脳と謳われる人物だ。その頭脳は今の科学の更に先を行っていると言われ、西風の旅団が使っている通信機を作ったのも彼らしい。
 だが性格は面倒で自分が興味のない事や人物には辛辣な対応を取ったり話も聞かないので僕は苦手としている人物でもある。


「まあとにかく気を付けて行けよ。因みにどこに行くんだ?」
「ケルディックに行こうと思ってます」
「ケルディックならここから9セルジュくらいか……なら大丈夫だな。フィーと楽しんで来い」
「はい、ありがとうございます」


 僕は団長に礼を言ってその場を後にした。




side:フィー


「……」


 わたしどうしちゃったんだろう、リィンの側にいないと不安で仕方ない。今朝の夢を見たせい?


「夢を見たくらいでわたし、バカみたい……」


 結局リィンや皆に心配をかけちゃったなぁ。


「フィー、ちょっといいかな?」


 わたしがボンヤリとしていたらリィンが帰ってきた、団長とのお話はもう終わったのかな?


「リィン、何か用事?」
「うん、いきなりで悪いんだけどさ、今から僕と町にお出かけしない?」


 リィンとお出かけ?最近リィンとの時間も無かったし嬉しい。


「うん、行きたい。ちょっと待ってて、準備するから」


 さっきまでの不安が嘘みたいに消えた。やっぱり考えすぎだよね、リィンがいなくなる訳がない。わたしはウキウキしながらマリアナに貰った可愛い服を選んだ。



ーーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「リィン、お待たせ。待たせちゃったかな?」
「ううん、僕も今来たばかりだから待ってないよ。あ、そのワンピース姉さんに貰った物だよね?とっても可愛いよ」
「ん、ありがとう」


 リィンに褒められて上機嫌になるわたし、この服を選んでくれたマリアナには感謝だね。


「それじゃ行こっか」
「あ、リィン。その……」


 モジモジするわたしを見てリィンは一瞬考え込み、スッと右手を差し伸べる。


「手、繋いでもいいかな?」


 あ、気持ち分かってくれたんだ……照れくさそうに頬を左手でポリポリとかきながら微笑むリィンを見て胸がキュウッとしそうなくらい熱くなる。


 そっとリィンの手を握る、小さいけど暖かいわたしの大好きな手……


 そんな幸せな気持ちに浸りながらわたしはリィンと一緒に町まで向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 ゼムリア大陸西部において最大規模を誇る国、『エレボニア帝国』。四大名門の一角『アルバレア公爵家』が治めるクロイツェン州…そこに西風の旅団が滞在しているアジトの一つがある。わたし達は公都バリアハートで列車に乗り『交易町ケルディック』に向かっていた。


 ―――交易町ケルディック……帝国東部に位置する町で近隣に大穀倉地帯を抱え、都市外に広大な麦畑がある。主な名産品は地ビールや野菜が有名かな。あ、そろそろ到着するね。



「人がいっぱい……」


 駅の外には沢山の人で賑わっていた、こんなにいっぱいの人を見たのは始めてかもしれない。


「噂通りケルディックの『大市』は凄い賑わいだね」
「大市……あそこにある沢山のお店がある所のこと?」
「うん、大市には多くの商人が集まるんだ。行ってみようよ」


 リィンに手を引かれて大市へと向かった。


「うわぁ、いろんな物が売られてるんだ」


 名産品である野菜や珍しいアクセサリーなど色んな物が売られていた。


「今日はミラを多めに持ってきたから、欲しいものがあったら遠慮しないで言ってね」
「本当に?やった」


 ふふッ、何を買ってもらおうかな?


「あ、みっしぃだ」


 クロスベルで人気のあるキャラクター『みっしぃ』の人形や他のキャラのキーホルダーなどのグッズが売られていた。


「嬢ちゃん、みっしぃが好きなのか?この店には色んなみっしぃのグッズがあるから是非見ていってくれよ」



 商人のおじさんが言う通りうたたねみっしぃやおすわりみっしぃなど色んなみっしぃ人形が並んでいた。どれも可愛い。


「フィー、何か欲しい物あった?」
「えっと、このうたたねみっしぃが欲しい」


 わたしが選んだのはウトウトとうたたねをしているみっしぃの人形、選んだ理由はわたしと同じでお昼寝が好きそうだから。


「分かったよ、おじさん、この人形はおいくらですか?」
「うたねねみっしぃなら1000ミラだぞ」
「じゃあこれで」
「毎度あり」


 リィンはミラをおじさんに渡して人形を受け取る、見た目より柔らかくてフカフカしている。


「フィーってみっしぃが好きなの?」
「うん、リィンがくれたこの髪飾りと同じキャラだから興味があったの」


 わたしはリィンが初めてプレゼントしてくれたみっしぃの髪飾りを触りながら説明する、これはわたしの大切な宝物、そしてまた宝物が増えた。


「そっか、何のキャラか分からなかったけどフィーが喜んでくれて嬉しいよ」


 リィンがニコッと笑う、すると突然胸が熱くなってくる、どうしたんだろう?


「フィー、どうかしたの?何だか顔が赤いけど…」
「な、何でもないよ…それよりもっと見て回ろうよ、リィン」


 わたしはリィンの手を掴んで引っ張る、どうして胸が熱くなったのかは分からないけど、今はリィンとの時間を楽しもう。
 わたし達は大市を見て回った。


「このパン、ソーセージや野菜がいっぱい入っていて美味しい」
「僕の買ったこのソフトクリームも甘くて美味しいよ」
「本当に?そっちも食べてみたいかも」
「じゃあ食べ比べしようよ」
「あ、それいいかも」


 リィンと食べ比べをしたり……


「リィン、このイヤリング、マリアナによく似合うと思うよ」
「でもこっちのアクセサリーも姉さんに似合いそうだけど」
「他にも見てみようか」
「うん」


 マリアナへのプレゼントを買ったり……


「この地元で作られたビ-ル、ゼノ達が喜びそう」
「皆なら絶対に喜ぶだろうね、子供の僕たちじゃ買えないけど」
「……残念」


 ゼノ達へのプレゼントを諦めたり……


「あ、この小説探していたヤツだ」
「リィンってよく本を読んでるけど何を読んでるの?」
「さすらいの旅人が色んな国に行って悪に苦しめられる人々を救うヒーロー物だよ。タイトルは『アドル戦記』っていうんだ」
「何だかリィンみたい」
「え、僕はヒーローじゃないよ?」


 何気ない談笑を楽しんだりと、とにかく時間も過ぎるのを忘れて遊んでいた。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「もうすっかり日が暮れちゃったね」


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、気がつけばもう日が沈みかけていた。


「うん……」


 本当にあっという間だったなぁ、もっとリィンと過ごしていたかったけど我侭を言ったら駄目だよね。


 ションボリしたわたしを見て何か考えていたリィンが、突然私の手を握る。


「ねえフィー、列車が来るまでまだ時間があるし少し散歩でもしない?」
「リィン?」
「僕ももう少しフィーと一緒にいたいし……駄目かな?」


 リィンの言葉に私は胸がいっぱいになりそうな感覚になった、もしかしてわたしの思いが通じたのかな?だとしたら嬉しい。


 わたしはリィンの提案を快く受け入れてケルディック街道に向かった。



 --- ケルディック街道 ---



「綺麗だね」
「ん……」


 広大な麦畑が沈んでいく夕日の光に照らされて紅く染まっている、とても綺麗な光景にわたしは目を奪われていた。


「リィン、今日はありがとう」
「気にしないでよ、最近はフィーに構ってあげられなかったからこのくらい当然だよ」


 リィンが微笑んでわたしの頭を撫でてくれる、いつも撫でてくれるリィンの手はいつもより暖かく感じた。


「……良かった」
「えっ?」
「フィーが元気になって良かったってこと、今日のフィーは何だか元気が無かったから心配だったんだ」
「……心配かけてごめんなさい」
「そんな、謝らないでよ。フィーが笑ってくれれば僕は嬉しいから」


 ドキッ……まただ、リィンの顔を見てるだけでこんなにも心臓がドキドキする。彼がわたしを思ってくれているのがたまらなく嬉しい。


「そろそろ列車が来る時間だね、戻ろうか」
「……うん」


 楽しい時間、終わっちゃったな……


「フィー、また一緒に出かけよう」
「……ッ!うん」


 そうだよね、またこれるよね。リィンと二人で……いつだって一緒にいるんだから。













 



「……リィン・クラウゼルだな?」



 ……誰?さっきまで気配もなかった場所に白髪の男性が立っている。いつの間にいたんだろうか?


「貴方は一体誰ですか……?」
「名を知る必要はない、リィン・クラウゼル」


 リィンの名前を知ってる、この人は一体何者……?


「僕の名を知ってるということは猟兵の関係者か?」
「いいや違う、でもお前の名は知ってる奴は裏の世界では多い。あの『猟兵王』の息子なんだからな」


 男が指を鳴らすと周囲にフードを纏った集団が現れてわたし達を取り囲んだ。


「喜ぶがいい、お前は選ばれた。新たなる進化へと至る為の『人柱』にな」


 こいつら、リィンを狙っている……理由は分からないけど人柱なんて言ってる以上碌な理由じゃない!


「小僧は捕らえろ、小娘は殺すなり犯すなり好きにしろ」


 フードを纏った集団は懐から得物を取り出した。


「フィー、僕の背中にしがみ付け。何があっても絶対に離すな!」
「う、うん!」


 わたしは直にリィンの背中にしがみ付いた。実戦経験の無いわたしでは戦えない、護身術は習ってるがあくまで緊急時に使うぐらいで、こうやって取り囲まれた状況ではわたしは逃げる事も出来ない。
 もし団長達もいない時、このような状況になったらわたしはリィンの背中にしがみ付く、人質にされないようにする為だ。
 だがこれは最善の手じゃない、寧ろ悪手だ。リィンにしがみ付く事で彼の動きは制限されてしまうからだ。


(わたし、リィンのお荷物になってる……)


 何も出来ない自分が歯がゆい、さっきまでの幸せな気持ちなんて既に無くなっている。そもそもわたし達は猟兵王、ルトガー・クラウゼルの息子達……こんな風に狙われるのは想定していた。わたしがリィンを心配させたせいだ、それに何でわたしは奴らの気配を読めなかったのか。全部わたしのせいだ……


 ポンッ……


 そうやって自己嫌悪するわたしの頭をリィンは優しく撫でてくれた。


「フィー、君は悪くないよ。本来なら猟兵である僕が周囲を警戒してなくちゃいけなかった、でも僕は奴らに気づけなかった。これは僕の落ち度……だから君は悪くない」
「リィン……」
「大丈夫……何があったってフィーは僕が守るよ」


 リィンは鞘から刀を抜き奴等に切先を突きつけた。


「僕だけならまだしもフィーに危害を加えようものなら………容赦はしないぞ?」


 ゾワッ……リィンの雰囲気が変わる、さっきまでの優しい雰囲気は消え猟兵の冷静で冷たい雰囲気になった。


「ほう、子供ながら中々の殺気を放つな……捕えろ」
『はっ!』


 シュババッ!!


 男の合図と共に奴らは一斉に襲い掛かってきた。リィン、危ない!


「はあッ!」


 ズドムッ!


 リィンは一番近くにいた男の顔面に膝蹴りを打ち込んだ、速すぎて一瞬何が起きたのか分からなかった。
 周りの男達もそれを見て戸惑ったのか動きが止まる、リィンはその隙を逃さずに一人の男の首に回し蹴りを喰らわした。


「このガキ、戦い慣れてやがる!」
「カテジナ様、いかようにすればいいですか?」
「相手は猟兵王の息子だ。迂闊に近寄らずに飛び道具で動きを封じろ」


 男の指示で奴らは体勢を立て直しボウガンを取り出して撃ってきた。


「くっ……!」


 リィンは刀でボウガンの矢を叩き落すが数が多い。しかもわたしを背負っているから動きにくい為、矢が彼の体を掠めていく。
 

 その時わたしの背後から矢が飛んできたが、わたしは矢に気がつけなかった。


「!?ッフィー、危ない!」


 ドスッ!


 リィンの左腕に矢が刺さる、わたしを庇ったからだ……!


「そのまま畳み掛けろ」


 ヒュン、ドスッ、ドスッ!


「ぐあッ!?」
「リィン!」


 リィンの肩や足に矢が突き刺さる、このままじゃリィンが…


「リィン!わたしの事は気にしないで戦って!このままじゃ……」


 私は必死でリィンにそう訴えるが何だかリィンの様子がおかしい。


「リィン、どうしたの?リィン!」
「体が動かない。痛みを感じないんだ……」
「えっ……?」


 リィンは体を動かそうとするが動きが鈍い、これってまさか……


「このボウガンの矢にはヘルラビットの毒が塗られている。針が刺すような痛みが走り徐々に動けなくなっていくんだが……中々頑丈だな、まだ意識があるとは」


 毒!?そんなものまで使ってくるなんて……どうしよう。リィンは動けないし周りは囲まれている、絶体絶命で逃げ場が無い。


「フィー……聞こ…え…てる…か?」


 リィンが話しかけてくる、毒のせいで喋るのも辛そうだ。


「リィン!?無理したら……!」
「僕…がす…きを作る…だか…ら…逃げ…ろ!」


 な、何を言ってるの!リィンを見捨てろって言うの!?


「そんな、貴方をおいて逃げるなんて出来ないよ!」
「猟兵は……常に…最悪の状況を…想定する。ここで…二人が…捕まったら…助けも呼べない、逃げて…団長を…呼んで…さっき渡した導力器…使えるだろ?…それで…」
「でも……」
「行くんだ…!これは…君に…しか出来…ない…事だ…!」


 確かにわたし達の通信機には緊急時に皆に通信が行き届く専用のコールがある、でも今から呼んでも団長達も直にはこれない、リィンは囮になる気じゃ……


 シャラシャラッ、ガキィッ!!


 リィンの身体に鎖が巻きついた。


「何をコソコソ話しているんだ?まあいい、取り押さえろ」
「はッ!」


 男達がグイッと鎖を引っ張りリィンの身体を締め付ける。や、止めて、これ以上彼を傷つけないで……!


「はぁ、はぁ……ぐう、あああぁぁぁぁッ!!」


 突然リィンが苦しそうに声を荒げる、まさか毒が回ったんじゃ……!?


 そう思いわたしはリィンを見る。だがわたしは自分の目を疑った、何故ならリィンの黒い髪が白く染まりだしてるように見えたからだ。


「ガキの様子が……うおっ!?」
「何だ、この力は!?」
「引っ張られる!!」


 リィンは大の大人数人に鎖で引っ張られているにも関わらず、逆に自分の方に手繰りよせている。


「があああぁぁぁぁ―――――!!!」


 グイッ!!


「「「うわあああぁぁぁッ!!!」」」


 ドグシャッ!!!


 リィンは鎖を持ち上げて男達ごと地面に叩き付けた。


「リ、リィン……?」


 彼の姿はさっきまでと違っていた、黒い髪は白色に染まりアメジストの瞳は血のように真っ赤に染まっていた。


「フィー……コノ姿ハキミニ知ラレタクナカッタヨ」
「リィン……その姿は一体…」
「ゴメン、説明シテル暇ガ無イ。力ガ抑エラレナイ……!」


 リィンは苦しそうに胸を押さえる、必死で理性を保つように……


「フィー、キミヲ傷ツケル前ニ……逃ゲロ……早ク!」
「そんな事……」
「グズグズスルナ!僕ヲ困ラセタイノカ!!」
「!?」


 リィンがあんなに必死になって怒るなんて初めてだ。


「……分かった、わたしが直に団長達を呼んでくる、だから待っていて!」
「分カッテルサ、僕ハキミトノ約束ヲ破ッタリハシナイ」
「絶対だよ、待っててくれなきゃ嫌いになっちゃうよ!」
「アア、約束ダ……」


 わたしはそういって必死で町まで駆け出した。待っていて、リィン!





 side:リィン


 ……フィーは行ったか。良かった……これでもう抑える必要はない。


「カテジナ様、小娘が……」
「アレは別にいい。今は目の前の異常を優先しろ。さもなくば殺されるぞ」
「しかしあの力は一体……?」
「資料には載っていなかった。だがあの未知の力……ヨアヒム様も喜びそうだな。何としても捕えろ」
「で、ですが先ほどより明らかに戦闘力が向上しているかと……」
「ヨアヒム様の命令に逆らう気か?」
「りょ、了解しました!」


 男達が何か言ってるがもう関係無い。


「全員で取り囲ん……」
「グシャッ!」
「えッ…?」


 男の肩を粉砕した僕はもう……何モ考エテナドイナカッタ。唯破壊スルダケ……ソレ以外ノ事ハ考エル必要ハ無イ!


「ガァぁぁアぁァッ!!」


 グシャッ!!


 何の前触れもなく僕は目の前にいた男の顔面に拳を打ち込んだ、一回だけではなく何度も何度も執拗に……


「このやろう!!」


 すると一人の男が剣を振り切りつけてくる。


 シュバッ!


「と、跳んだ!?」


 僕は跳躍して剣をかわす、だがそれだけじゃ終わらない。体勢を変えて振り下ろすように右足の蹴りを剣を持った男の顔に放った。


 ザシュッ!


 鋭い蹴りで男の顔がパックリと切れて夥しい血が噴出した。男はあまりの痛みに剣を離して顔を抑える。


 ドゴッ、ドガッ、バキッ!


 それを悠長に見てるはずが無く、すかさず連続して蹴りを打ち込み男を吹き飛ばした。


「な、何て奴だ……ひぃッ!?」


 更に直ぐ側にいた男の右手首を左手で握り締める。


「何を……!?ッギャァァァァァ!?は、離せ、折れる!!」


 だがそれを聞いて離す訳もなく僕はそのまま……


 ゴキッ!


「!?ッグアアアァァァァ——―――!?」


 容赦なく骨をへし折った。



「……さっきまでとは攻撃の質が違う、だがどうやら抑え切れてはいないみたいだな」


 白髪の男は無表情で僕を調査しているような事を言っていた。でもそんな事はドウデモイイヤ、次ハオ前ダ……!


 僕は真っ直ぐその男に向かっていった、男は両手を伸ばし指を突きつけるような格好を取る。武器も持っていない、唯腕を伸ばすだけの格好……何を狙ってるかは知らないけど直ニ壊シテヤル!



 ビスッ、ビスビスビスッ!!



 ごほッ!?何で刀が折れて……僕の腹に……穴が?銃なんて持っていなかったはず……薄れ逝く意識の中で僕が見たものは男の笑う顔とパックリと割れた指だった。


「……残念だったな、『瞬骨』は所見じゃ絶対にかわせない」


 男はゆっくりと僕を担ぎ上げた。


「う、うぐぅぅぅ……」
「しかしお前達には失望したぞ」


 白髪の男は腕を折られて悶絶していた男を蹴り飛ばした。


「ぎゃあッ!」
「ヨアヒム様の駒に無能は必要ない……死ね」


 ザシュ、ドシュ、グシャァ!!


 男は右手から鋭い何かを取り出すと、自身の部下たちを切り刻んでいく。
 顔に血がこびりついても無表情のまま殺していく男の姿はまさに悪鬼と言えるような恐ろしさを醸し出していた。


「……任務完了。これより楽園へ帰還する」


 男はそういうと、僕を担ぎ上げて何処かに向かって歩き出す。


「フィーは逃げれたのかな……」


 それが僕の意識が消える前の最後の言葉だった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 その後フィーからの緊急コールを受けたルトガー達は、すぐさまケルディックに駆けつける。だがもう既にリィンの姿は無かった、その後彼らは何週間に渡りリィンを捜索したが、見つける事はできなかった……




 この日、リィン・クラウゼルは西風の旅団から姿を消した。







 
 
 

 
後書き
 時期的には前回のレグラムが7月の下旬、今回は8月上旬くらいです。
 後ミシュラムにある『M・W・L』のマスコットキャラクター「みっしぃ」は本来なら今の時期にはまだテーマパークが出来てないからいないはずですが原作でもティオがガイからみっしぃのストラップを貰ってたからもしかしたら今の時間帯で既に存在してるキャラなのかなー…なんて思って出しました。




ーーー オリキャラ紹介 ---


『カテジナ』


 白髪の17歳程の少年。冷酷な性格で失敗した部下を即座に切り捨てる非情な一面を持つ。謎の技でリィンを瀕死の状態に追い込んだ。


 キャラのイメージはNARUTOの君麻呂。 
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